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発車時刻になりました。長めの汽笛を鳴らし、C571のエスコートする9522レは力強くその歩みを始めます。例によって過去画像再掲です。2008(平成20)年04月05日に撮影しました。同じく2008(平成20)年04月20日の撮影です。同じく2008(平成20)年07月20日の撮影です。9522レの行程中最大の見せ場とあって、沿線には多くのギャラリーが集い、この鉄路の名女優の渾身の演技をその目に、フィルムに、メディアに、焼き付けるべく構えます。「観客」に応えてベテラン大女優は花道で鍛え抜かれた決め台詞と決めポーズを見事に決めてくれます。その頃車内ではこの先に立ちはだかる25‰勾配に関してのレクチャーアナウンスがされていました。曰く…「1000分の25、1000メートル進む間に25メートル昇る急勾配…」すると向かい側のボックスにいた若いグループから声が上がりました。「そう言われてもピンと来ないわよぉ~」ごもっとも…1000分の25…水平距離1000メートルに対して25メートルの高低差が生じる勾配。三角関数で言えばタンジェントでしたっけ?生憎高校時代、これで躓いてそれ以降数学は赤点専門になってしまった私にはこのあたりは何とも言えません(^^);ただ…1000メートルで25メートルと言う事は、1メートルに対して2センチ5ミリの高低差。たとえて言えば会議室によくある長テーブルの、少しガタが来てちょっと傾いたヤツ程度でしょうか?1メートルで2.5センチですから、20メートルで50センチの高低差、即ちこの客車の前後で50センチの高低差が出来ると言う事です。(え?12系客車の全長は21.3メートル、客室長さは20.8メートルだ!ですって?正確にはそうなりますがそこは概数で良いです。「堅気の衆」への説明であるならば)なのでこのアナウンスの説明文を提案するとしたらこういう形でどうでしょうか?「この区間は1000分の25という、水平距離1000メートルに対し、25メートルの高低差が付く急な坂となっています。即ち、このやまぐち号の客車の前と後ろで50センチの高低差が付きます。5両編成ですから1両目の先頭から最後尾までの間だと2メートル50センチの高低差が生じます(いや寧ろこうしましょう=機関車の先端から最後尾の客車の展望室のところまでおよそ3メートルの高低差が付きます=と言う風に)。やまぐち号の客車は5両編成で180トンありますが、平坦な区間で機関車に必要とされる牽引力は1トン当たり約4キログラム、即ちこの列車だと約750キログラムです。ところが、1000分の25の勾配ですとこれが1トンあたり約25キログラムとなり、この列車を牽引するには機関車には約4トンの力がかかります。軽自動車がいきなりトラックに変わってしまうようなものです」こう案内すれば、「堅気の衆」にもイメージがわきやすく、見た目じゃ急坂に見えない25‰勾配の厳しさが通じるのではないかと考えます。(ではなぜその場で説明しなかったのか?ですって?暗算に少し自信がなかったのと、いきなり見知らぬ如何にも怪しげなおやぢが蘊蓄垂れたら鬱陶しがられるのがオチです。はい)往路の9521レがそうであったように、9522レもこの25‰勾配ではその歩みは遅く重苦しいものになります。しかし焦りは禁物、ここで下手に焦ると文字通り足元を掬われ=要は空転=てしまいます。一歩一歩それこそ踏みしめるようにC571は9522レをエスコートしていきます。田代トンネルを始め点在するトンネルを潜り、往路9521レでは停車した仁保駅を通過します。仁保駅を通過する9522レです。これは2008(平成20)年07月19日の撮影です。無事峠を制することが出来ました。後はもう難所はありません。本州の西端に位置しますので北海道・東北・関東地区に比べると日没の遅い山口県ですが、それでも秋の日はつるべ落としの喩の如く、17時近くなると日はかなり傾きます。山口駅・湯田温泉駅と連続停車して次はいよいよ終着駅の新山口駅です。矢原駅を通過する9522レです。西日が優しく列車を包み込み、旅のフィナーレを華やかに盛り上げます。このカットを撮影してほどなくでした。い!痛ててててて…目に激痛が走りました。シンダのかけらが目に飛び込んで来たのです。これは痛い!マジで痛い!…文字通り痛い目に遭いました…客扱い停車はこの後ない筈ですが、9522レは大歳駅に停車しました。対向のスーパーおき号と交換するためです(眼の中のゴミがまだ取れず激痛が残っていたので撮影は不可能でした)。いやいやいや…蒸機列車にはこういう落とし穴がある!迂闊にも失念していました。自戒自戒…まだまだ乗っていたい、御名残は尽きませんが、列車は定刻に新山口駅1番ホームに到着しました。往路2時間復路1時間40分、ちっとも退屈することなく、疲労感も覚えず堪能できました。新山口駅構内図です。1番ホームから4番ホームまで移動する必要があります。さて、急げば5分の接続で白市行1586Mがありますが、階段の昇り降りを伴う乗り換えは、自分1人なら気にもしませんが齢76の老母が一緒です。その上1586Mは下関始発。座れないリスクも有得ます。ここは避け、1本後の新山口始発の岩国行558Mを待つこととしました。558Mは4連+2連の6両編成、と言っても後ろの2両は途中の徳山までです。下車駅は徳山ですから編成中何処に乗ろうと問題はありませんが、ここは岩国行編成の方に乗りました。558Mです。岩国行基本編成は転換シートの115系3000番台広セキN-09編成。一方の徳山までの付属編成は同じく広セキながらT-14編成。固定クロスです。居住性が違う上に、老母の場合トイレが近いと言う事もあって編成内にトイレがないのは危険なのです。(以前のT-01~04編成はトイレがなく、長時間乗車の必要のある時にはこの編成を使う列車は出来得る限り避けていました。しかしこのたび福知山支社から異動してきた編成はトイレが付いているようです。もっとも、共通運用なのでT編成運用の列車は今も原則避けています)平日なら下校時間・退勤時間と重なりかなりの乗車のある558Mですが、日曜日とあって乗客は少なめでした。防府でかなりの乗客が入れ替わり車内は更に空きます。この先日中であれば車窓右手に波穏やかな周防灘・瀬戸内海が広がりますが既に日は沈み夜の帳に包まれ、沖合を行く船舶の明かりが遠くに見えました。徳山駅に到着したのは18時16分、駅前のコンビニエンスストアでお弁当を買い、それが今夜の夕餉となりました。長々とお付き合い下さいまして有難うございますm(_ _)m(10月18日のネタの完成に何時までかかっているのだ?>ぢぶん)(殴)。追記、フォトアルバム容量が上限に達してしまいました。過去画像を一部削除する必要が生じました。つきましては過去の日記に画像の抜けたものが増える可能性が有ります事予めご了承くださいm(_ _)m(T-14編成の写真も撮影していますがそういった事情で今回は紹介出来ませんでした事申し添えます)
2009年10月27日
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徳佐駅を発車して一路新山口を目指す9522レ(2009=平成21=年09月05日の撮影)です。しばらくは長閑な里山風景の中を列車は快走します。この界隈はリンゴやナシの果樹園が広がります。ウィキペディアによれば、本邦におけるリンゴ栽培地の南限になるのがここ阿東町です。第一次産業が盛んな土地で豊富な農産物が生産されています。県内では屈指の豪雪地帯で冬場の気温も低く、別名「山口県の北海道」と呼ばれているとか…前記ウィキペディア情報より。往路の9521レは停車した地福駅は通過、快適な速度で列車は走り続けます。渡川駅を通過後、左カーブを切って鉄橋を渡る先では、山口線をオーバークロスする国道9号線脇に、数人の「ご同業」の姿が見えました。こんな感じのカットが撮れる場所です(これはこの日の日記で紹介したもので、撮影日は2007=平成19=年09月22日です)。ただ、御覧の通り煙はあまり吐かない場所です。短いトンネルをくぐると長門峡駅に到着です。ある程度の乗客の入れ替わりがあり9522レは発車します。ここは国道9号線と並行し、駅のすぐそばには道の駅「長門峡」があり、丁度良い蒸機ウォッチングポイントです。歴戦の「鉄」から通りすがりの「素人」さんまで、ギャラリーには事欠きません。大勢に見送られ列車は発車します。沿線からローアングルで撮影すると中々迫力のある写真が撮れます(これも既出画像=この日に紹介したもの=です)。この先篠目駅の手前まで山口線と国道9号線は並走します。おや?ここにも…列車の速度にぴったり合わせたハイデッカーの観光バスが車列の先頭を走っています。バスの乗客は力走するSLを間近に見ることが出来上機嫌ですが、センターラインの黄色い対面交通区間。お急ぎの後続車は追い越しも出来ずさぞかしイラついていたのでは?(^^);(品川530様も津和野での撮影後この辺りでの撮影を目論まれたようですが、この観光バスに行く手を阻まれ撮影できなかったとか…同じくアテの外れた各位にはお見舞い申し上げます)これはこの日に紹介したカットです。画面では判り辛いのですが、この日はマイテが増結され、C56160のアシストがありました。但し重連ではなく後部補機として最後尾にいたのでこの写真には写っていません。この辺りも特に9522レだと煙を吐きます。インカーブをローアングルで撮れるので迫力のあるカットがモノにできるとあって人気の高いポイントですが、交通量の多い幹線道路、しかも歩道がないので安全には十二分にご注意を(駐車スペースも殆どありませんので)…程なく列車は篠目駅に到着、この先に控える難所に備えて呼吸を整えます。区間最大の難所を前に、体調を整えるC571です。以下 次号(笑)
2009年10月26日
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津和野に来たからには、道端のお堀に泳ぐ鯉に挨拶しないのも画竜点睛を欠いた話です。今は亡き祖父(老母の父親)は地元で企業経営をする傍ら、庭の池に鯉を飼うのが趣味でした。今でも老母の実家(今では年老いた叔父夫婦が暮らしています)の庭の池には、その当時の鯉の子孫が泳いでいます。鯉の泳ぐお堀端は津和野駅から徒歩で10分余り。自分1人或いは足腰に何の衰えもない若い世代なら30分のインターバルで駅から往復するのに苦労はありませんが、齢76、喜寿の祝いもした老母にはこの距離を30分で往復するのは少々不安が拭えず、同行者としては気が気ではない部分が有りました。最後には年寄りをせかしながら、やっとことさ駅に戻って改札口をくぐったのは発車3分前。急いで階段を昇り降りして車内に落ち着きます。ー乗車前のホームでは撮影出来なかったので、前回紹介の写真を再掲します。定刻に列車は発車。落ち着いた山里に汽笛の咆哮が響きます。9522レは発車後ほどなく最初の難関に差し掛かります。津和野の街並みをパノラマ風に眺めながら一歩一歩、緩やかに確実に高度を稼ぎ県境の峠を目指します。ネット上で何かとお世話になっております品川530様も実はこの日ご出撃だった由。その時の様子がこの日の日記に紹介されていました。添付されているお写真、4号車の窓から腕を出してる怪しい人物…あれ?もしや?(爆)沿線から撮影するとこの辺りでしょうか?美祢線5990レの撮影組も9522レには間に合ったのか?往路と比べて明らかに沿線の「ご同業」の数が多くなっていました。白井トンネルへ向かう途中、並行道路を明らかに列車にスピードを合わせて走る観光バスを見かけました。2階建てならぬハイデッカーの「2階だけ」バス。観光バスの乗客が手を振ってくるので返礼代わりにこちらも手を振ります。これぞジョイフルトレインならぬ手ぇ振るトレイン旅先でのこういう出会いは良いものです。もっとも、「撮り」派は必ずしもいい顔しないとか…白井トンネルを抜け列車は山口県に入りました。しばらくは長閑な田園風景と果樹園と石州瓦が車窓を彩ります。以下 次号(笑)
2009年10月25日
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津和野駅前に保存展示してあるD51194号機。1974(昭和49)年の山口線SLさよなら列車をエスコートしたカマです。津和野駅で一旦下車。さて、復路の9522レの発車までのインターバルタイムはどう過ごそうか?、ここまで来て津和野太鼓谷稲荷神社に参拝しない手はないのですが、ここは今までに何度も参拝しています。実は今回の「乗り鉄」に利用したのは鉄道の日記念の乗り放題切符、JR西日本管内限定、普通列車限定ながら1枚3,000円のフリーキップです。徳山~津和野間往復するとお一人様3,780円、既に二人で1,560円分得していますが、折角何処までも乗れるキップなら行けるところまで行ってみようではないか?と、老母が提案しまして、駅に掲示されている時刻表を確認します。(ここ最近「倅の酔狂」に付き合わせているせいか?老母にも少しずつ「鉄」分が芽生え始めました。フリーキップの乗れるところまで行ってみようなどと言う発想は「鉄」そのものです)(^^);津和野駅13時04分発益田行2541Dはキハ402076以下の2連で到着しました。一路益田へ。中々山口線の津和野~益田間には乗る機会がありません。前回乗ったのは四半世紀以上前の大学生時代の話です。生意気で世間知らずの若造は下腹も弛み白髪も隠せないおやぢになり果てました(^^);2541Dの車内は空いていたのですが、思いのほか賑やか…否、誤解を恐れずに言えば五月蠅い騒がしい見ると、幼い子供とまだ若いその父親そして「お連れ様」の御一行様が何が嬉しいのか知る由もありませんがとにかくはしゃぎまわっているのです。子供が元気なのは良いのですが、列車内と言った「パブリックスペース」ではおとなしくするのがマナーでありエチケットの筈。親がた窘めて然るべき場面ですが…肝心の親が子供以上にはしゃいで騒いでいます。やれやれ…(^^);え?何故注意しなかったのかって?だってあの手の「御仁」は注意してもまず聞いてくれません。下手すりゃ逆切れして暴力をふるわれてしまう危険さえあります。触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず…です。ま、五月蠅いのが鬱陶しいもののそれ以上の被害はないので「スル―」しておきましょう(^^);石見横田駅でキハ187系の特急「スーパーおき」号と交換します。益田駅です。乗換で利用した経験はありますが下車したのは初めてです。益田の町でも散策したかったのですが接続の都合上14時03分発2546Dで早速折り返します。結局滞在時間は20分に満たない短時間でした。2546Dは先ほどの2541Dの編成がそのまま折り返します。再び津和野駅に降り立ったのは14時46分、9522レの発車時刻まではあと34分です。以下、第2部復路編に続きますm(_ _)m
2009年10月24日
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徳佐駅に到着する9521レ(例によってこの日紹介した既出画像)です。田代トンネルをサミットとする第一の難所を越え、ここまでは比較的坦々と走ってきた9521レSLやまぐち号ですが、この先今度は白井トンネルをサミットとする県境の峠が控えています。上り列車と交換する都合もあって徳佐駅ではしばらく停車します。僅かな停車時間の間に呼吸を整え居住まいを正したC571は、いよいよ「最後の難関」に挑むべく力強く歩み始めます。これも同じくこの日紹介した既出画像です。まず大きく左にカーブ、然る後に右カーブを切るC571と9521レの姿はまるで花道で決めポーズと決め台詞をビシッと決めた大女優の貫録です。例によって過去画像の再掲ですが、幾つか紹介しましょう。ここも線路の両側にギャラリーの姿が多く見られました。流石に9月20日のそれには及びませんでしたが…(^^);S字カーブを抜けると、船平山駅まで一直線に走ります。ここで折角ですから最後尾オハフ13701の展望デッキに出てみました。平坦な直線区間、C57は軽やかに飛ばします。ほぼ同じ場所を行く9521レ。去る09月13日に撮影しました。船平山駅を出るといよいよ最後の難所、県境の峠に挑みます。白井トンネル(そのほぼ中央部が県境です)を筆頭に前後にいくつものトンネルがあり、出でては潜りの繰り返し。改造されたとはいえ9521レは12系客車ですから窓が閉めてあれば車内に煙が入ってくることは殆どありませんが、かつての在来一般型客車時代には難行苦行の区間だった事でしょう。(否、全国的に見ればもっともっと厳しい環境の路線が多々ありました)峠道を制した列車の左手にいよいよ津和野の町並みが見えて来ました。無事難所を越え心なしかほっとした様子で9521レは津和野駅に到着しました。新山口~津和野間、2時間の乗車時間でしたがちっとも退屈も疲労感も味わうことなく、あっという間でした。復路の9522レの津和野駅発車時刻は15時20分、約2時間20分のインターバルです。第1部終了。第2部復路編は改めて紹介します。
2009年10月23日
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長門峡駅では団体さんの乗車があり、それまで空席だった向かいの席も老夫婦が着席し埋まりました。添乗員さんの指示で各自が席に着くころ列車は発車します。この先は名うての「撮り鉄スポット」が続き沿線の「ご同業」の数が増えます。ですが今日は案外その数は多くないようです。老母が気付き指摘してきました(このところ「倅の酔狂」に随分と付き合わせていますから…)こんなシーンやこんなシーン(この日紹介した既出画像)が撮れる絶好の場所なのに人が少ないのは何故?この日=2009(平成21)年10月18日=はもう一つ「鉄」界で大きな歴史の変換点となる日でもありましたので、おそらくかなりの人々がそちらに行っていたことでしょう。え?歴史の変換点となったもの?はい、これです↓美祢線で長く運転されていた「赤ホキ」貨物列車が最終運行となった日でした。5990レの美祢駅発車時刻が10時00分で厚狭駅着が10時44分、そして山陽本線から宇部線へと走るこの列車を撮影していたら9521レと両立させるのは至難です(実際自分も挑戦しましたがかなり厳しかった経験が有ります)。9521レは快走します(これもこの日の既出画像で恐縮至極m(_ _)m)。この付近、国道9号線とも並行しますが、見ると向こうの道路、どうやら9521レにペースを合わせたと思しき車列が続いています。その先頭にいるのは2階建てならぬ2階だけバス。秋の行楽シーズンとあって「安近短」コースの観光ツアーのバスでしょうか?しかし幹線道路とは言いながら対面交通でセンターラインも黄色いこの辺り、中にはイラついている後続車もいたのでは?(^^);鍋倉駅に到着する9521レの姿。例によってこの日紹介した既出画像です。このあたりは長閑な里山に抱かれた田園風景が広がり、日本のふるさとそのものの穏やかで牧歌的な車窓が堪能できます。慌ただしい都会生活に疲れた旅人には良い目の保養になりましょう。しかしそこで暮らす地元民にしてみれば?都会的な便利さとは無縁の不自由さがあるわけでこれはこれで結構大変でもあります(^^);鍋倉駅周辺には果樹園が広がり、おそらく本邦におけるリンゴ栽培の南限地でありましょうが、リンゴ園・ナシ園が点在します。折しも絶好の果物狩りシーズンとあって、リンゴ狩り・ナシ狩りツアーと思しき子供たちの団体が下車して行きました。駅のすぐそばにも果樹園が有り、中には窓から手を伸ばせば届きそうな所に、おいしそうなリンゴが実った枝もありました。惜しいことに届きませんでしたが…(爆)(って、仮に届いても黙って採ったら犯罪です!)鍋倉駅を発車すると次は県内最後の停車駅徳佐駅です。以下 次号(笑)
2009年10月22日
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列車は仁保駅で8分停車します。上り列車と交換するとともにこの先沿線一の難所を控えているため調子を整える必要があるためです。交換する上り新山口行2542D。この日はキハ402122でした。10分間停車して9521レを待ち構え、入れ替わるように発車していきます。そういえばこのキハ402122、以前にも出会っています。この日に紹介したカットこの界隈を受け持ち担当として東奔西走していますのでご縁が深くなった模様です。発車時刻になりました。9521レは仁保駅を後にします(車内にいてはこんな写真は撮れません。過日の既出画像です。この写真では重連ですが、乗車日は単機牽引です)。駅を出るとすぐにトンネルに入り、そのトンネルを抜けるといよいよ山口線最大の難所に差し掛かります。平坦線でこそ俊足を誇るC57ですが、連続する25‰勾配を5両編成180トンの客車をエスコートして登ろうとすると渾身の力を振り絞ってもその歩みは遅く重くならざるを得ません。奮闘するC57を車内より。このあたり線路は山の中腹に張り付くように走っています。以前このあたりで沿線から撮影するべく訪ねたことが有りますが集落の付近からかなり高いところを走っているため見つけることが出来ず、逆にウリ坊=イノシシの子供=に出会って驚いた経験が有ります。それでも沿線でかなり線路に近いところから撮影している「ご同業」を見かけたのにはぶったまげました(^^);(一体どうやってアクセスしたのやら?)難所をやっと制して、9521レは篠目駅に着きました。まだ時計の針は12時の少しだけ手前ですが、そろそろ昼餉としましょう。乗車前新山口駅の売店で買った駅弁の包みを開けます。数多くの種類のおかずが少しずつ並べられた盛り付けも綺麗なお弁当でした。生憎中にはちょっとばかし苦手なものもありましたが(^^);そこは老母に手伝ってもらいました(いい年こいて好き嫌いは×!)篠目駅を発車した列車は次の長門峡駅を目指します(この写真もこの日紹介した既出画像です)以下 次号(笑)
2009年10月21日
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穏やかな秋の日差しの下、9521レは快調に走ります。新山口~宮野間にはさしたる勾配もありません。発車してほどなく車内放送がありました。客レのお約束、ハイケンスのセレナーデが流れますが、今やそれを聴ける列車は貴重な存在となりました。幾度となく利用した山口線ですが、しばらくぶりの利用なだけに、沿線の風景にも変化が見られます。かつてはだだっ広い田園風景だったところが新興住宅街になっていたり、見慣れない大規模小売店が出来ていたり、やはり町は生きています。湯田温泉・山口と連続停車しますが、山口駅で早くも向かい側の席の家族連れが下車し、入れ替わり別の乗客が乗って来ました。車内より撮影。このあたりはまだ平坦ですが、宮野駅を過ぎると明らかにペースが落ちました。その先に控える峠に向かって上り勾配にさしかかったためです。沿線の「撮り鉄」氏の姿も目立ち始めました。それにしても皆さん、どうやってそのポイントに辿り着いたのかしら?車内から見回してもそのポイントにアクセスできそうな道が見当たらない場所でカメラを構えている御仁も少なくありません。でもそれだけならまだいいのです。中には信じられないほど接近した場所で構えている人もいて正直ひやりとしました昔まだおおらかだった時代には犬走りで撮影しても大目に見られていましたが今では緊急停止されかねません。昔やってて定年を機に再開した…なんて人が得てしてそのあたりを読み間違えている事例が目立つように感じます。喘ぎながらも坂を登り切った9521レは仁保駅に到着しました。ここで呼吸を整えこの先の25ミリ勾配に備えます。以下 次号(笑)
2009年10月20日
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さて、9521レの発車まではしばらく時間が有ります。老母がWCに行っている間ただ待っているのも勿体ない(いくらなんでもWCの中までは付き合えませんもっとも、別の部屋に入ってもどうしても自分の方が早く済んでしまいますので時間が余ります)ので、C571と9521レ編成を撮り鉄します。お約束のアングル同列車を編成最後尾から界隈では希少なJR世代旅客車キハ187系の特急列車が到着しました。SLは大人気。ホームは記念撮影をする人々で大賑わいでした。9521レの津和野到着は12時42分、ランチタイムにかかります。折角だから車内で駅弁にしよう!ということで、駅売店で購入。列車に乗り込みます。2号車15番C・D席。欧風内装のオハ12701です。後ろ向きの席なのがちょっと残念(^^);10時41分、汽笛一声9521レは新山口駅を発車。一路津和野を目指します。以下 次号(笑)
2009年10月19日
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例によって今更ながらのお話で恐縮至極m(_ _)m。この日10月18日。SLやまぐち号に乗ってきました。同列車への乗車経験は実は今回が初めてではありません。この日よりの日記で紹介しておりますのが初回で、この日は2回目です。前回の時は津和野発の9522レのみの片道体験でしたが、生憎降雨が酷く、今ひとつ楽しめなかった部分もあり今回再チャレンジとなったものです。前回の天気が天気だっただけに今回も不安はありましたが、有難いことに好天に恵まれました。自宅最寄りのバス停を8時51分発のバスで徳山駅へ。徳山駅09時26分発625Mに乗車します。単に9521レに接続するだけなら、後続の09時52分発3331Mでもよいのですが、同行者(齢76の老母)には階段の昇り下りが楽ではなく、新山口駅での7分での乗り換えは慌ただしいと判断し、625Mにしました。転換シートのN編成かL編成を期待していたのですが、この日の625Mは広セキC-37編成、シートピッチの狭い300番台車です。未更新車ですが、それだけにシートモケットの柄が変わった以外は車内には原型を良く残しています。車内は結構の乗車率でしたが、幸いクロスシート部に進行方向を向いた席を得ることが出来ました。09時26分定刻に625Mは徳山駅を発車し、一路山陽本線を下関に向けて走ります。乗り慣れた区間ですが、コンビナート・内海・市街地・田園風景…僅か42分の間に結構車窓の変化があり、退屈はしません。新山口駅には10時08分、定刻に到着しました。目指す山口線の9521レの発車時刻は10時41分、約33分のインターバルです。6番ホームから1番ホームへ、階段の昇り降りを伴いますが老母にも十分な時間的余裕が有ります。1番ホームには既に9521レが据え付けられていて、乗客を待っていました。以下 次号(笑)
2009年10月18日
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はい、タイトルどおりです。何時の間にか山口線詣でも相当な回数になってしまいました。蒸機の場合煙を無視できず、どうしても同じような場所から撮影する機会が多くなります。ふと見るとこの場所、鍋倉~地福間で、同じような構図で撮った写真が幾つかありました。2008(平成20)年08月01日。ミハサロことサロンカーなにわ編成が登板した時に撮影しました。2008(平成20)年08月23日。マイテが増結された時に撮影しました。そしてこれは去る2009(平成21)年09月20日、ゆうゆうサロン岡山編成登板時に撮影しました。一般に人気の高い撮影ポイントはもう少し地福駅寄りの場所で、新山口行きは順光線で正面がちに撮れることで著名なのですが、敢えて手前のこのあたりで撮影することが殆どです。理由1。ここだと撮影後直ちに撤収し次の撮影予定地への移動が容易(奥の撮影ポイントからだと道が狭く人やクルマ殺到すると身動きが取れなくなります)。理由2。ここだと後追いで編成を綺麗に収められるので、何時もと違う客車を使う時には撮りやすい(カマ以上に客車が気になるタチでして…)運転開始から何時の間にか30年、すっかり地元の風物になりました。クルマで押しかけて撮影するだけでは面白くない!ということで今月中旬久々に乗り鉄することにしています。
2009年10月05日
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