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先日の発言で触れました通り、入院の必要性は無くなり仕事を継続する事も可能である旨会社に伝えました。しかし会社の回答は…「職を離れ療養に専念せよ」この日の発言でも触れましたが、これはこの病気に罹った事を報告した際(その時はかなりの重症であるとの診断結果だった事もあって)仕事を続けることに自信を失っていたため会社としては私が退職の意思を持つものと解釈し、一ヵ月後に退職するものとして事務処理をしていたことによるものです。当初予定では1月23日が最終出勤日の筈でしたが、人手不足もあって31日まで延長勤務を求められ、それに応じてこの日まで勤務しました。幸か不幸か?投薬もあって思いのほか病状は回復に向かい仕事の継続は不可能ではなくなり、また職場の上長も惜しんでくれましたが、人事部の決定事項は覆すことは出来ません。かくして…再び職を失うことに相成りました。ただ、2ヶ月程度療養した後、職場に相変わらず欠員がある場合復職できる可能性があるとの事でした。この際だから…老母でも引き連れて温泉にでも行って見るとしましょうか?(^^);
2008年01月31日
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弊ブログでは原則として時事問題は取り上げません。と申しますのも時事問題は得てして賛否両論に割れやすく、対応を誤ると発火炎上の危険があるためリスクを避けるものです。言ってみれば触らぬ神に祟り無し。如何にも臆病なブログ主らしい発想です。(って、第三者みたいに言うか?>オレ)(殴)ただ、今回は原則を外れた内容になります。何、例外の無い原則はありません(自爆)先日マスメディアで報道されていましたが、米国系大手ファーストフード店の店長職が管理職か否か?会社規定では管理職非時間管理労働者として残業手当支給対象外となっていたものが、その職務権限からは社会通念上の管理職と看做すことが出来ず残業手当てを支払うのが妥当であるとの裁決が出た由。3年前までの己の姿がオーバーラップして、とても他人事とは思えない話でした。同社に限らず、チェーンストアにおいては、経営執行責任者(代表取締役)を頂点に取締役会があり、各部署(総務部・経理部・人事部など何処の会社にもあるような部署から、各社其々名前は違うでしょうが、仕入れ担当の部・新商品計画企画立案の部・営業政策計画立案の部・新店出店計画立案の部・店舗統括事業本部、その統括事業本部の下に各地域別営業部があってその地域別営業部に幾つかの各地域別営業支部など)があり、各地域別営業支部は幾つかの店舗をまとめて管理します。デパートやGMSスーパー・CVS、専門店でもロードサイドに大きな駐車場を併設するような大規模な店舗の店長・支配人・統括責任者達ならそれなりの権限も与えられ、経営者・取締役などと同等かそれに準ずる立場でありましょうが、同じ「店長」職であってもそれら大規模小売店の中にあるテナント形態のショップのそれは、さして大きく強力な権限があるわけではなく、「売場主任」のようなものです。パート・アルバイトの採用決定権があると言っても、人手が足りないからといって自分の一存で求人雇用したり、人手が余ったからといって簡単に解雇したりはできません。人件費予算は本部が管理するので人手が足りない場合はその結果どれだけ仕事にマイナスになり人を雇えばどれだけそれが改善されるか?数字の裏づけを以って上申する必要があります。言ってみれば本部の意向に従って動く操り人形です。前職時代の私の立場がそんなものでした。内実はお世辞にも管理職とは言い難いのですが、売場責任者=店舗責任者=管理職=残業手当支給対象外とされ、残業手当の支給はありませんでした。しかし、売場責任者ともなれば様々な仕事が生じ、8時間勤務したから帰る…とは参りません。なんだかんだで2時間~4時間以上残業するのはザラでしたので、月間で見ると70時間超の残業時間になってしまいます。ホンネの部分としては「残業代くれやぁあああ!」と叫びたかったのですが…しかし言えませんでした。それを言っちゃオシマイなのが判っていたからです。(サービス残業を前提にしないと会社が回らなかったので…本当に残業代を支給していたら人件費だけで粗利益を食い潰していたことでしょう)その意味では今回の話、残業代請求できるのは羨ましくもあります。いあいあいあ…世の中難しいものです。
2008年01月30日
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最近更新頻度が下がっています。ブロガー失格ですね(^^);さて、この日再び病院に赴きました。この日の日記で触れたように、前回は外来受付時間に間に合わず投薬のみでしたので、今後の相談も兼ねて院長先生の診察を受けるべく訪れたものです。実は今回直前まで移動の交通手段の選択に迷いました。というのも28日、周南市界隈では降雪が見られたからです。とはいえ、平地では積雪には至らない程度のもの。否、たとえ山間部と雖も、この界隈のそれは以前暮らした事のある富山市界隈のそれと比べれば物の数ではありません。当時冬場であっても自動車通勤を余儀なくされていたので雪道走行は経験があります。しかし今のウチのクルマにはスタッドレスタイヤは装備していません。富山在住時代は生活必需品だったスタッドレスタイヤですが、千葉に引っ越してからは出番が無く、雨ざらしのまま10年が経過して、タイヤのゴムは劣化し、ホイールまで錆が浮く始末。千葉を引き上げる際手放し(廃棄処分)してしまいました。当地も積雪は皆無も同然で日常生活では必要性も殆どありません。しかし今回福岡までクルマで行くとなると?山陽自動車道区間はともかく、山口ジャンクション以西中国縦貫道は美祢市界隈で山間部を通ります。山陰の積雪が気になります。NEXCO西日本にアクセスして道路状況を確認しますと…?幸いにも行路上積雪降雪による交通規制は無いとの事。一安心です。そこでクルマ利用で出掛けました。(自分1人で赴くなら当然ながら鉄道利用ですが、齢74の老母を伴うとなると?乗換えに伴う階段の昇り降りやホームやコンコースの移動の負担に不安が残りますので…)例によって周南市三田川交差点から国道2号線に入り、徳山西インターから山陽自動車道へ。山口ジャンクションから中国縦貫道へと進みます。山中の道中は縦横の曲線が連続し、クルマに弱い人だと酔うのでは?とさえ感じます。雨交じりの空模様で見通しも良くないので、日中ながら敢えてヘッドライトは点けたまま走ります。(叔父に言わせると「タクシーじゃあるまいし昼行灯したって意味ないじゃないか」との事。やっぱり判ってないんですね。あの爺は…。何故敢えて昼行灯するのか?ライトは見る以上に見せるためのもの。つまりこちらの存在をアピールし相手に注意を促すことで、こちらが相手に気付く前に相手に回避行動を取ってもらうことでより事故のリスクを排除するためのものです。他力本願の謗りを受けても、雨天曇天薄暮の時間帯など、見通しの悪い時には私は点灯させます。クルマって便利な道具ではありますが一歩間違うと人の命を奪う危険性をも持ち合わせているもの。臆病なぐらい慎重で良いと思うのであります)。王司のパーキングエリアでオニギリと缶コーヒーを購入し朝御飯。関門橋を渡って九州へ。案外海峡の水面は穏やかでした。北九州市内で道路工事中の区間がありそこは徐行しましたが概ね順調に流れ今回は時間に十分余裕を持って到着する事ができました。さて、院長先生に相談してみると…?「容態もかなり落ち着いてきたことだし、この分なら入院は必要ないね」神様有難う!!!先生有難う!!!まー当分の間投薬は続けるとしても、入院加療の必要性は無くなったとのことで一安心です。あとは、勤務先の処遇がどうなるか?実は当初予定では、今月下旬から治療に専念するため退職を勧告され、去る23日が最終出勤日。翌24日は休日としその日を持って除籍…でした。しかし22日ごろ店長から話があり、急遽25~27日の間出勤要請が下りました。更に25日には再び延長され、28日まで出勤。29・30日は休日とし31日に出勤せよとの下命。やはり素人目にも落ち着いてきた様子が見て取れた模様で、折から人手不足の事もあって延長勤務となったものです。もしかしたら?失職は回避できるでしょうか?いえ、下手に期待すると外れた時が辛いです。余計な事は考えないようにしましょう。いずれにしてもこれは勤務先上長の胸三寸。自分ではどうする事もできません。31日出勤時相談した時の結果待ちです。閑話休題。無事診察も終わり時刻はまだ正午を迎えていません。では、前回参拝できなかったこの御社を参拝します。大鳥居から本殿までの長い事…由緒ある大社だけの事はあります。でもココは、クルマを使わなくても参拝するのに苦労はありません。何故なら?地下鉄の駅が其処にあって、アクセスが便利なのです。無事参拝が終わりそろそろランチタイムを。前回暖簾を潜ってその美味しさに感動したラーメン屋の支店がこの駅至近の場所にあると知り、行ってみたのですが…残念な事に其処には駐車場がありません。諦めて次の店を探そうとクルマを進めると?ご当地の著名神社への道標が…これは是非とも参拝せよとの思し召しと、早速クルマを進め参拝します。この御社、その故事来歴は頗る由緒正しいものですが、学生時代はとうとう1度も参拝する機会を得ないままに終わってしまいました。九州の雄都福岡市、その東区の市街地の中に、こうも緑深い鎮守の森があることに新鮮な感動を覚えました。いい加減おなかも減りました。昼飯はどうしよう?初回通院時に利用したファミリーレストランが中々感じも良かった事でもあり、其処に向かいました。無事腹ごしらえが終わりました。さて、折角2社詣でた事ですし、比較的近いところにも著名な神社があります。こちらにも参拝することにしました。この御社、日本一の大注連縄があるとのことですがなるほどでかい!苦しい時の神頼み。何事も上手く行くようにお願いします。(きっと今年の10月、出雲大社では界隈の神様達の酒飲み話のネタにされそうですね。あいつウチにも来た。ウチにも来た。ワシんとこにも来たぞ…って)(^^);参拝が終わり参道を振り返ると海まで真っ直ぐに見事に一本道が続いています。つられてついつい浜辺まで行ってみました。寒風吹きすさび、烈風肌を刺す厳寒のこの日でありながら、波打ち際ではマリンスポーツに興じる人々の姿が…なるほど、こんな日にはウインドサーフィンやパラグライダーにはうってつけなのですね。寒がりの私には到底真似できません。皆さん若いなぁ~元気だなぁ~…つい最近までは、ご当地は鉄道アクセスも容易だったのですが…西鉄宮地岳線は今は無く、鉄路は西鉄新宮で御終い。国道495号線を北九州方面に進んでいくと?津屋崎駅前の看板のある交差点へ。しかしそこには既に津屋崎駅は遺構すらなく、駅があったと思しき場所にはそれらしい風情の微かに残る更地があるだけでした。そのまま一般道を進み、門司港インターから関門橋を渡り中国縦貫道へ。下関ジャンクションから今度は山陽道へ。この辺りは意外にも対面交通区間でした。スピードは控えめに進みます。宇部ジャンクションから山口宇部有料道路へ。こちらの方が高速道路然とした貫禄がありました。20年ぶりに走りましたが当時はまだ対面交通だったはず。今浦島の感ひとしおです。時刻は19時を回りました。今から晩御飯の炊事も一仕事。そこで、前から気になっていたお店へ。駐車場が一杯でクルマの停め場所に苦労しました。頼んだのはミートソーススパゲッティ。麺を大盛りにしてもらいました。なるほど、繁盛するのも判ります。美味です。スタッフの応対も丁寧です。ただ唯一惜しまれるのが…禁煙席に座ったのですが、店内の空調が必ずしも良くないのか?喫煙席から流れてくるのか微かにタバコの、あの大嫌いな汚らわしい身の毛もよだつようなおぞましい匂いが感じられた事。これだけがまるで画竜点睛を欠いたように残念でした。尚お店の雰囲気、食事の美味しさ、スタッフの応対、いずれも水準以上だったことは、同社の名誉のため明記しておきます。また機会があれば、是非訪ねてみたいお店です(今度は是非、カルボナーラスパゲッティ食べようっと…)
2008年01月29日
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例によってフォトアルバムの容量捻出のための画像データ修正ですm(_ _)mこの日の発言に添付しておりました画像ファイルを削除しました。尚、当該画像は一部余白部分を削除の上リサイズしたものを改めて紹介しますm(_ _)mこれは確か1990=平成2年頃の撮影です。撮影場所は新疋田~敦賀間、所謂鳩原ループの辺りです。まだ登場して然程の年数の経っていない頃で、当然キップはプラチナチケット。乗りたくてたまらなかったのですが何より休暇が取れず一度も機会を得ていません。あ?トワイライトエクスプレスとして登場してからこそはまだ間もないのですが、先頭のEF81も従う24系25型も、既に十分ベテランの域に達する車歴を重ねていた事は言うまでもありません。さて、今日はもう1枚(爆)。同じEF81ですがこちらは北斗星用の星ガマ。この時は年賀状用に慌てて12月に撮りにいったものです。生憎条件が悪く高速シャッターが使えなかったので、窮余の一策、流し撮りに挑戦してみました。一応何とかそれなりに収まりました。お目汚しかも知れませんが取り急ぎm(_ _)m
2008年01月25日
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はい、今回も例によって画像修正(縮小リサイズ)です。今回はこの日の発言に添付していた画像です。↓今度は民鉄。これは何時だったか?確か1994年頃だったかと思います。ふと思い立って、京福電鉄福井支社(現 えちぜん鉄道)に「乗り鉄」したくなり出掛けた際に撮影したカットです。旧京福電鉄福井支社(現 えちぜん鉄道)の、今は亡き永平寺線東古市(現 永平寺口)駅にて撮影したものです。
2008年01月24日
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はい、例によって今回も画像リサイズの話題です。この日の発言に添付してありました画像をフォトアルバム容量捻出のため削除しました。↓当該画像の余白背景部分をトリミングしリサイズしたものです。今度は特急北越です。金沢所所属の485系。先頭はクロの6連です。しかし…あれ?クロ481?クロ480?国鉄末期に随分といろいろな改造車が出たため、形式区分が複雑になってしまいました。常識に考えればクロ481となるべきところでしょうが、本来のクロ481とは氏素性が同じではない上、偶数向きである事を思えば、クロ480だったのでしょうか?少々記憶が曖昧になってしまい誠に恐縮至極ですm(_ _)m例によってお目汚しの段お詫び申し上げます。
2008年01月23日
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はい、例によって例の如く。今回も過去発言添付画像のリサイズ話です。今回はこの日のものが対象です。軽便鉄道、ローカル私鉄というと、ついついこんなイメージが思い浮かんでしまいますJPEGファイルの縮小リサイズはノイズが出るのであまり嬉しくはないのですが止むを得ません。しかし、自作絵って時間が経ってから見直すと辛いものがあります。あそこが拙いここが良くないあれやらこれやら欠点ばかり…まだまだ修業が足りません。
2008年01月21日
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1月17日…やはりこの日は特別な日でもあります。そう、阪神淡路大震災。あの悲しい大災害から早くも13年経ちましたが、改めて6434人の御霊に哀悼の意を表します。(神戸市・西宮市界隈には友人知人が多く居住していた事もあり彼らの安否が判らないうちは本当に不安でした。神戸市東灘区在住の友人から無事との便りが届いたのは1年後でした。)閑話休題数日前、思い立って鉄道模型メーカーのサイトにアクセスしてみると?欲しかったものの諦めかけていた製品の在庫がまだあることが判明、矢も盾も溜まらず通信販売を申し込んでしまいました。その品物が届きました。16番ゲージの在来一般型客車オハ47近代化改装車2両と、同スハフ42を1両です。同社が以前販売したスハ43・スハフ42は既に一編成は組めるだけ所有していますが、TR-23D台車を履いたオハ47が欲しくてついつい手を出してしまいました。(スハ43の台車をTR-23に換えるだけならオハ35用のそれと交換する手もありますが、平軸受けのオリジナルTR-23ではイマイチらしくなく=そういうオハ47もいるにはいましたが=かといって自分で台車の軸受けを加工する腕も無く、一も二もなくこの製品に飛びついたのです)製品は同社らしい細密感溢れる仕上がりで好印象ですが、惜しまれる点も幾つか…スハフ42の後位側昇降ステップが旧製品時代そのままのレリーフ状態。ドア部分の表現を変えた以上はおそらく金型も更新したでしょうに、ここが改善されていないのは残念です。また、テールライト部も赤色円板を後部標識に使っていた時代のままの表現なのも少々残念。現役時代晩年にはそれは使われていなかっただけに寧ろレタリングなどで表現できるようにしてあれば…とはいえその辺りは重箱の隅を突く程度の瑣末な問題であり、製品全体は高水準であることは言を待たない事を明記しておきます。さて、ナンバーはどうしよう?こういうことも楽しみの一つです。今回の製品は良く見ると…?電気暖房仕様車のようですので、2000番台の番号を振るのが順当ですが、含まれているナンバーを見て驚愕しました。スハフ42 239 広トマ何と!このナンバーは知ってるも何も!此処徳山にかつて在籍し、岩徳線の通勤通学時の輸送力列車として、同線に2往復あった10両編成の客車列車に使われていたクルマで、私も何度か世話になった事のある車輛です。となるとこのナンバーは無視できません!しかしそうなると?今度は折角付いている電気暖房装置が邪魔になります。わざわざ切り取るのは大変だし第一勿体無い!これは…?既に持っている蒸気暖房仕様車と床を交換できるか?今度試してみる価値がありそうです。しかし完成するのは何時になる?それは神のみぞ知る…(おひ!>オレ)(なんてことほざいてると某政令指定都市の公共交通機関で市民の移動の足の重責を担っておられる御仁からお叱りが来そうですが…)(^^);画像が何も無いのは寂しいので、模型ではなく実物のスハフ42です。生憎話題になったスハフ42239ではなく、大井川鉄道にいるスハフ42184(旧秋アキスハフ422184)ですが…
2008年01月17日
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前回通院時の投薬分が尽きました。入院の必要の有無そしてこの病気をきっかけに再び職を失うことになった経緯その他相談したい事もあり、病院に行きました。前回より早めに、朝食も摂らずに出た事でもあり、途中のサービスエリアに立ち寄ったのですが…これが間違いでした。思いのほか待たされてしまい、うどん食べる以上に時間を食ってしまいました。出来る限り急いだのですが、関門橋を越えた先で工事区間があり徐行を余儀なくされてしまい、古賀インターを降りた時点で11時。診療受付締め切り時刻の午前11時30分までに到着するか否か非常に厳しくなってしまいました。思い余って病院に電話すると…?「今日は院長が11時30分に出発しないといけないので受付延長は出来ない」とのことでした。学会?往診?出張?私用?理由は知る由もありません(もっとも、他人様の事情を根掘り葉掘り聞くのは失礼です)。しかし…「はい、そうですか。では出直します。」とは簡単には言えません。隣県から高速代を費やしてやって来ているのですから…再び病院に電話して投薬のみお願いできるか問い合わせてみたところ了解をいただけましたので診察・相談は後日改めて訪ねた時にする事にして、薬のみ受け取りました。さて用事は終わりましたが折角此処まで来たので、同行した老母の希望もあり、まずはこの神社に参拝しました。1月中旬の平日ながら全国にその名を知られた御社だけあって、参拝客で賑わっています。本殿で祈祷を受けている人々もいましたが、時期的に受験生とそのご家族のようです。人事を尽くして天命を待つ。事前の勉強は勿論ですがやはり最後は神仏にすがって…昔も今も、受験生気質は変わらないようで…本当はこの御社にも行きたかったのですが、気が付いた時には大鳥居の前を通り過ぎていました。(否、寧ろこの公園の方が気になっていた=学生時代には結局訪ねる機会を得ずに終わった=のですがそれも叶いませんでした)。参拝が終わって門前町を散策します。参道のすぐそばには西鉄大宰府駅。此処は公共交通を利用してのアクセスも容易です。自分1人の時なら迷わず利用なのですが…。おなかも空いてきたので食事の出来るところを探します。参道脇のレストランのメニューに出ていたこんな感じのランチ、ご飯の形が梅鉢型に盛られていました。流石は大宰府の門前のお店です。しかしこの店、混んでいたので利用は諦めました。大宰府駅前の交差点、その角にラーメン屋がありました。表看板には…「九州ラーメン総選挙第1位受賞」の文字がありました。さぞかし美味いラーメンを食わせてくれるのか?と少し期待して暖簾を潜ります。さして広いお店ではありませんでしたが、午後2時台になった事もあり店内も多少落ち着いていてすぐに座れました。ラーメンと餃子を注文します。運ばれて来たラーメンを口にしました。美味い!いやいやいや…看板に偽りなし!掛け値なしで美味しいのです。第1位受賞は伊達じゃありません。値段もお手頃で、これで流行らないはずがありません。ウチの近所にも是非出店して欲しい!(お世辞抜きです!)このラーメンを堪能するために再びご当地を訪ねる価値は十分にあります。来て良かったぁ~(^^);無事参拝が終わり折角だからもう1箇所、やはり由緒あるこの御社を参拝する事にしました。とにかく広い!交通安全にご利益があるだけあって駐車場がだだっ広いに驚きました。閑散期の平日だけあってこの日は空いていましたがシーズンにはこの駐車場が満杯になる由。いずれの御社も2度目の参拝です。前者は高校受験の時以来なので概ね30年ぶり、後者は大学時代以来で概ね四半世紀ぶりです。当時とは街の風情も変わったようです(といっても昔の街並みを詳しく覚えているわけではありません。しかし四半世紀も経てば街の風情はある程度変わるものです)。あちこち寄り道した関係で帰宅したのは夜も遅い時刻になりました。
2008年01月16日
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はい、タイトルどおりです。フォトアルバム容量捻出のため例によって過去発言添付画像を削除し縮小リサイズしたものと差し替えました。今回の対象まずはこの日の分ちょっといい気になって集めすぎたのがいけないのかも知れません。コイツらにアパート内を占拠されてしまいました…(^^);此処に写っている連中の衣装は自作です。身頃の部分は共通の型紙を元にしました。生地を変えたり、スカートの長さを変えたり、ワンピースにするかツーピースにするかでも随分雰囲気を変えることが出来るものです。因みに、作ったのは5年前だったりしますがあとはこの日の分(2枚)これは何時頃でしたでしょうか?ジェニーシリーズに15歳ヴァージョンが出るとのことで、店頭で現物を見たところ「ストライクゾーン」(爆)でしたので「お迎え」してしまいました。(ドールファンの間では、市販品のドールを購入したり、当該ドールの所有権が自分に移った場合などにこの「お迎え」なる表現を使う人が少なくないのです)。で、少し遊んでみました。画面左の子にはネコ耳と尻尾をつけました。といっても、ネコ耳は市販のネコ耳カチューシャを載せただけです。シッポの取り付けも特別な事はありません。根元を臍下あたりから股間を通してお尻に回して充てたまま下着を穿かせているだけです。(だもんでトイレにでも行ったらシッポが落ちてしまいます。え?人形がトイレに行くわけ無い?…あ?それもそうだった)(^^);この方法だと当然下着はまるでオムツカバーのように「もこもこ」状態ですが、アウターがフレアスカートですから影響はありません。確認するにはそれこそスカートをめくらないと判らないのですが…それはエチケット違反です(爆)。因みに、2人の着ている衣装は身頃の型紙は同じものです。そして、下のこの写真も然り。いずれも多少余白の部分をトリミングした上でリサイズしました。多少のノイズはご容赦下さいm(_ _)m
2008年01月14日
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フォトアルバム容量の都合で過去発言の添付画像を削除しました。今回対象になったのはこの日のものです。「姉妹」お揃いとしてみました。例によってこの文字色・書体の部分が元画像の説明文です。尚、再UPに際して元画像の背景余白部分をトリミングの上リサイズしました。
2008年01月13日
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例によってフォトアルバム容量捻出のための、過去ログ画像の修正です。今回はこの日分です。Dollの館2元画像の余白部分をトリミングし、縮小リサイズしたものです。尚、元発言に添付してあった画像は削除しました。尚、この書体・文字色が元発言の写真説明文です。これは実は20系客車をイメージして作ったものです(^^);20系=夜の女王のイメージから、青系統のプリンセス風ロングドレスということでこんな感じになりました(^^);ただ、本来は縁取りのレースは淡いクリーム色にするべきなのですが…実際その色のレースを当ててみたところイマイチな感じがしたので白のレースを使いました。でもこの色だと、12系以降のカラーリングですね(^^);(^^);(しかし、12系・14系・24系・25型…いずれも女王様だのプリンセスだのの風格には及びません)(^^);実はこの子は王侯貴族の血は引くものの赤子のうちに里子に出され出自を知らないまま下働きの娘として育ってしまったところ親切な魔法使いに助けられ、晴れてプリンセスに…って何処かの童話のネタですね(爆)。(しかし…何故靴だけ魔法が解けなかった?それ以前にガラスの靴でダンスのステップなんぞ決めたら割れてしまわないか?まさかアクリル・ABS・FRP製をガラスと偽った?)JPEGファイルって縮小リサイズするとノイズが発生するのであまり嬉しくはないのですが、こうしないと新規画像が貼れないので痛し痒しであります。
2008年01月12日
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はい、タイトルどおりですm(_ _)mフォトアルバム容量に余裕が無いのでこの日の発言に添付しました画像ファイルを縮小リサイズしました。ただ、最早編集可能期限を大幅に過ぎていますのでこの日再UPします。尚元画像は削除しました。↑当該画像です。しかし作成してから2年も経つとやっぱり粗が目立ちます(最近ちっとも絵が進歩していません。精進が足りませんね…)
2008年01月11日
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フォトアルバム容量に余裕がありませんので、ファイルサイズの大きな過去画像を縮小リサイズしました。今回紹介するのはこの日の発言に添付しましたこの画像です。↓元は横位置写真でしたが、背景部分をカットした関係で縦位置写真になっています。お気づきの事と思いますが、ディズニーアニメ「不思議の国のアリス」のヒロインの衣装のイメージで作成したものです。
2008年01月10日
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タイトルだけで済んでしまいそうですが…先日の発言で触れました、当初参拝予定だったものを道路事情の不安で諦めたこの神社ですが、この日訪問しました。自宅からクルマで概ね2時間程度の場所です。これが自分1人での参詣なら、鉄道利用となるところですが、年老いた母親を連れて行く関係でクルマを使いました。路面には雪も無く心配していた凍結箇所は無かったのですが、山影にはまだまだ融け残った雪が残っていました。多少遠回りでしたが交通量の多い幹線道路を使って正解だったようです。松の内も過ぎ、特設売店?らしき施設の解体作業が行われていましたが、流石は5大稲荷の1つ、普段から参詣客の多い御社だけあって境内には人も多く、駐車場には他府県ナンバーもゴロゴロ(って、ウチのクルマも実は購入時の居住地のナンバーのままで、山口県内を走っていても他府県ナンバー車になってしまいますが…)。帰宅後は、母に依頼された寒中見舞い葉書の作成と印刷を行いました。母にとっては実弟の死去は喪中葉書投函の理由になり、行き違いで届いた年賀状に寒中見舞いの返信をするのは当然ですが、さて、私の場合は?死去したのは同居していない叔父=近所に住み何かと意見して来る叔父の弟=であり喪中葉書を出す程ではありませんでした。しかし今年は賀状を出し損ねました。戴いた年賀状に対しどのように返礼するのが良いでしょうか?生憎今回はカメラを持って行かなかったので写真がありません。太鼓谷稲荷神社に因み白狐の巫女さん(のつもり)です(^^);追記 何故巫女さんの脇にネズミがいるのか?それは今年の干支である事そして今年私が年男になる事によるものです。
2008年01月09日
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はい、タイトルだけで済んでしまいそうですが…弊ブログページで紹介しています画像が多くなり、フォトアルバム容量の上限に近付きましたので、去る2006(平成18)年07月01日付けで紹介しました日記(同年06月24日のトラストトレインボランティアレポート)に添付しました画像データを一旦削除しました。尚、当該画像をリサイズしたものをこちらに紹介します。トラストトレイン千頭駅到着の図です。C12164はATSの関係で登板出来ません。元発言では以下のように紹介した写真です。大井川鉄道新金谷駅側線にいた同社籍の旧型客車。元国鉄否、鉄道省オハ3522以下5連。但し、正調オハ35シリーズは手前の2両のみ。後ろの3両(青帯の2両はお座敷車、白帯の1両は展望車)は、残念ながら古い電車を改装したものです。「堅気の衆」にはどうでもいいような事でしょうが、我ら「鉄」ものには極めて大きな違いです(^^);そしてこのカットです。5月に紹介した時とは逆側サイドを紹介します。
2008年01月08日
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2008(平成20)年も早1週間が経ちました。旧年中は格別のご高配・ご厚情を賜りました事誠に有難く厚く御礼申し上げます。本年も皆様方の益々のご健勝ご多幸をお祈り申し上げますと共に、倍旧のご指導ご鞭撻を賜りたく伏してお願い申し上げますm(_ _)m…と、今更ですが年頭のご挨拶とさせていただきます。おかげさまで開設以来2回目の正月を恙無く迎えることが出来、弊ブログも3年目となりました。これもひとえに皆様方のお引き立てあればこそ。私は幸せ者です。本来なら1月1日付けで年頭挨拶を申し上げるべきでしたが1週間遅くなってしまいました。これは昨年1月1日、叔父が逝去したため元旦はまだ喪に服すべき期間内でありましたこと、2日より初売りセールのため仕事が始まり6日まで勤務が続いた事、その関連で初詣に行けたのが本日1月7日であった事…によるものです。とはいえ、今年は曜日の関係で本日1月7日が仕事始めの企業さんも多いようですので…(^^);さて、初詣。何処に行くべきか少々迷いました。当初考えたのが此処でしたが、道中山あいの峠道があり万が一積雪凍結状態だったら走行不能に陥る危険があり計画変更、まずは地元の氏神様に参拝する事になりました。さて、この神社、行って見ると創建1300年という看板が立っていました。今年2008(平成20)年の1300年前となると?西暦で言うところの708年、元号で言うと和銅元年、何と平城京遷都の西暦710年よりも前!こんなに歴史があったとは…意外でした。この神社はありがたいことに本殿のすぐそばまでクルマで登ることが出来、駐車場から然程歩かずに参拝が出来ます。いえ、私1人なら石段を登って上で参拝しますが、今回は年老いた母と、腰が曲がって足腰も弱った伯母が同行していましたので、敢えてこのように対応しました。無事参拝が終わり、神社から程近い場所にあるラーメン店で昼食。その後夕食の材料を買出しに近所のスーパーへ。そして伯母宅に立ち寄り伯母を降ろし、帰宅。買い求めた食料品を冷蔵庫に収納します。さて、朝方はぐずついていた空模様が午後持ち直して来ました。時刻は午後2時を回ったところ、折角だから3社詣でをしようか?と言う話になり、やはり昔から事あるごとにお世話になった御社へ詣でる事にしました。県内ではもっとも初詣参詣客が多い由。あれ?こちらの御社とどっちが多いんだろう?(^^);由来によると創建は903(延喜3)年、日本最古の天満宮にして日本三天神の一つに称されることもあるとのことですがしかし、北野天満宮・太宰府天満宮は著名なものの、ことこの天満宮は全国区の知名度はお寒い限り。県民としては少々複雑でもあります(^^);そんなこんなで始まった2008(平成20)年。果たして平穏無事に済むのか?はたまた波乱万丈上を下への大騒ぎな年になるのか?それは…神のみぞ知る?と、言うわけで本年も宜しくお願い申し上げますm(_ _)m
2008年01月07日
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