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2025.07.08
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カテゴリ: 生物学
南米パタゴニアに野生化したウマで、巻き毛のウマ(アルゼンチン・クリオージョ種)がいる。
​◎20年前の偶然の出合い​
​ 世にも珍しい巻き毛のウマは、今から500年ほど前の16世紀に、コンキスタドールが入植のためにはるかスペインからパタゴニアにやって来た時に持ち込んだウマの子孫だ。曲折をへて、珍しいウマがある獣医の保護を得て、ある程度の個体数にまで増えた。巻き毛のウマは、その獣医のもとに現在、40頭ほどいる( 写真 =巻き毛のアルゼンチン・クリオージョ種)。



​◎最初の出合いから20年で40頭に​
 当初ロドリゲス氏は、そのウマは病気になっているか、汗をかいているだけだと考えた。しかし、ガウチョ(南米のカウボーイ)が驚くべきことを教えてくれた。干ばつや火山の噴火などで個体数が激減する前は、このような巻き毛のウマがよく見られたというのだ。
 このウマに夢中になったロドリゲス氏は、売ってもいいよ、というガウチョの誘いに「イエス」と乗った。妻のアンドレア・セデ氏も同じで、すぐにこのウマと心を通わせた。
​ その時、巻き毛のウマの群れを作りたいという夢が2人に生まれた。約20年経った今、ロドリゲス氏とセデ氏の元にいる巻き毛のウマは、40頭に増えた。この品種で唯一の群れだ( 写真 =アルゼンチン・クリオージョ種の茶色い巻き毛と白いたてがみ)。​



​◎500年前に入植してきたコンキスタドールの持ち込んだヨーロッパ馬が起源​
 なぜアルゼンチン、パタゴニアに巻き毛のウマがいるのか。
 チャールズ・ダーウィンがビーグル号で南米を航海した時、この地域の動植物を綿密に記録したが、巻き毛のウマはダーウィンの目すら逃れていた。このウマの噂は聞いていたものの、ダーウィンはついに見つけられなかったのだ。
 1535年、スペイン人征服者「コンキスタドール」のドン・ペドロ・デ・メンドーサは、一部が現在のアルゼンチンに当たるリオ・デ・ラ・プラタ地域に植民地設立の任務をたずさえ、入植者と兵士、そして100頭のウマを連れて大西洋を渡った。そこには、作業用のウマも、スペインの都市カディスの厩舎から連れてきた高級軍馬も含まれていた。

◎パタゴニアの自然に適応し、3.6万頭にも
写真 =パタゴニアのパンパ)。





​ もともと草食動物のウマたちは草原環境に適応し、驚くほど数を増やした。40年後にスペイン人たちがこの地に戻ってきた時、豊富な草の食料と広大な平原といった好条件が整っていたためウマは爆発的に増えていて、推定で3万6000頭ほどになっていたのではないかと考えられている。それらの野生化したウマの群れは、「バグアレス」と呼ばれた。
 しかし、それだけではなかった。そこには巻き毛のウマがいた。スペインでは見られなかった特徴だ。

​◎野生化しただけでなく一時は広く飼育​
 スペインから新しく持ち込まれたウマは、以前に持ち込まれていてやはり野生化していた野ウマと交配し、「クリオージョ」が誕生した。このウマは、野生化しただけでなく家畜としても広く飼われ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル南部で広く見られるようになった。
 巻き毛ウマが初めて文献に現れたのは1739年のことで、スペインの探検家カブレラとソラネットが、アルゼンチンとブラジルの野生のウマの中に、巻き毛の個体のいることを書き残した。スペインの博物学者フェリックス・デ・アザラも、1801年にパリで出版されたパラグアイの四足獣についての著書に、巻き毛のウマのことを記している。

​◎ダーウィンも観ることがかなわなかった「幻のウマ」に​
 観ることは叶わなかったが、チャールズ・ダーウィンも1868年の『家畜と栽培植物の変異』で、自然淘汰の例として巻き毛のウマについて書いている。ダーウィンはこれを、無作為な変異、今で言う遺伝的浮動で南米の新たな環境でたまたま定着した結果と考えた。ただし前述のようにダーウィンが実際に南米を訪れた時は、野生環境でそのようなウマを見つけることはできなかったので、彼は巻き毛のウマは消滅してしまったと考えたようだ。
 一方で、さらに伝説的な起源があると考える人もいる。地元の言い伝えには、コンキスタドールがやってくるずっと前、テンプル騎士団(フランスのカトリック騎士団で、人里離れたソムンクラ高原に聖杯を運んできたとも言われる)の騎士たちが巻き毛のウマに乗ってやって来て、この地域にそのウマを持ち込んだという話もある。歴史的な裏付けはないものの、この説は根強く、巻き毛のウマの神秘性を高めることに一役買っている。

​◎これまで確認されたことのない遺伝子変異​
 ロドリゲス氏とセデ氏は、ウマの血統を特定するため、何年にもわたって複数の国際団体に連絡し続けたが、返ってきたのはいつも同じ「南米には巻き毛のウマはいない」という返答だった。
 そんな状況が一変したのは、国際巻き毛ウマ団体(ICHO)の調査部で副議長を務めるミッチ・ウィルキンソン博士に連絡が取れ、同氏が訪れてきた時だ。ウィルキンソン博士の仲介で、アメリカ、テキサスA&M大ウマ遺伝学研究所でDNAサンプルを確認した結果、既知のどの品種とも違うことが分かった。他の巻き毛のウマと異なり、このウマの遺伝子変異はこれまで確認されたことがなかった。
 最終的に、ロドリゲス氏とセデ氏のウマは、「アルゼンチン・クリオージョ」の品種に分類された。数世紀前に持ち込まれたスペインのウマの直系の子孫だ。
 パタゴニアにいる巻き毛のウマは、近代ヨーロッパの品種とは完全に無関係で、遺伝的にはガリエゴやガラーノといったイベリア半島北部のポニーとつながりがある。ただし、これらの体高は約142~162センチと、パタゴニアの方が少し大柄だ。

​◎厳冬に生き延びるうえで適応的メリットか​
 巻き毛であることに適応上のメリットがあるかどうかについては、まだ推測の域を出ない。前出のテキサスA&M大学のウマ遺伝学教授、エルネスト・ガス・コスラン博士によると、厳冬に生き延びるには巻き毛は有効だというダーウィン時代からの仮説はあるものの、その証拠はないという。検証にはさらにデータが必要だ。
 巻き毛のウマの群れを作りたいというロドリゲス氏とセデ氏の夢は、このウマを後世に残すことに変わった。しかし、最初の夢の実現も簡単なことではなかった。
 運がよければ、年に1頭か2頭、仔が産まれる。しかしよいエサを与える資金がなかったので、冬に備える食料が十分でなければ、乳が出ずに仔が死んでしまうこともあったという。

​◎パタゴニアの過酷な自然​
 この過酷な環境を生き延びるのは、簡単なことではない。肥沃なアルト・バレ地域にはナシやリンゴの果樹園があるが、川を渡れば、パタゴニアのこの地域の全く別の側面を目にすることになる。そこには木も山もない。ただ石、石、石の世界だ。
 夏は容赦ない日差しで30℃以上になる一方、冬はマイナス20℃まで下がり、厚い雪に覆われる。貴重な水は、雪が解けて出来た小さなラグーンでしか見つからない。
 巻き毛ウマを後世に残せるかどうかは、経済的な問題にかかっている。変異が見つかり、パタゴニアの巻き毛ウマの遺伝子型が明らかになれば、その情報を使って最適な交配相手を選ぶことができる。

昨年の今日の日記 :「世界の選挙(2):イラン大統領選、決選投票で改革派のペゼシュキアン氏当選、イラン国民の切なる願い実るも今後は多難」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202407080000/​





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Last updated  2025.07.08 00:51:52


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