不思議 0
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東日本大震災から10年、もう10年か、まだ10年か?それまでも阪神淡路大震災など大きな災害がありましたが、東日本大震災は広範囲におよび、未曽有の災害でした。日本は台風・地震、それに最近多いのが、局地的豪雨による大雨災害など、自然災害の多い国です。事前の備え、減災のためには必要です。今日 3・11は東日本大震災の被災者には忘れられない日でしょう。 別ブログはこちら → 「あれから10年」
2021年03月11日
東日本大震災から9年目。 東北の復興はかなり進んでいますが、原発関係の避難は未だに完全収束には至っていません。そして現在は、新型コロナウイルスの影響で、災害級の騒動になっています。 経済はリーマンショック以上の打撃になっているとか。 早く収束してほしいですね。東日本大震災のボラ記録 過去記事はこちら ↓ 「気仙沼・小泉浜到着」
2020年03月11日
前回 11/9に木曽町社協のボラバスパックで長沼に行きましたが、今回は私の所属団体「熊野レストレーション」の災害ボラ。天気予報は雨模様でしたが、全く雨も降らず、暖かいボラ日和でした。詳しくはこちら → 「長野災害ボラ 第2弾」
2019年11月26日
今年も多くの自然災害がありました。 9月10月に大きな台風が来襲し、地元の長野県をはじめ、東北など広範囲で被災し、ボランティア不足が言われています。私もガレージ作りや予期せぬ入院などで、なかなか日程調整できず、やっと災害ボラに行けるようになったので、私が住んでる木曽町社協のボラバスパックに行ってきました。詳しくはこちら → 千曲川堤防決壊現場の近く 災害ボラ
2019年11月10日
西日本豪雨災害から4か月が経ちました。しかし、現地ではまだまだ片付いていません。時の経過ともにボランティアの数も減ってきています。元々この災害はあまりにも広範囲で、ボラが分散し、ボラ不足が言われていましたが、より深刻な状態になっています。詳細はこちら → 再々度 広島へ
2018年10月14日
台風24号、どうやら日本に向かってきそうです。 今までのなかで一番勢力が大きく、もしこのまま日本上陸 となればかなりの被害が予想されます。 今後の動向に充分ご注意!今年は多くの災害が起こり、西日本を中心とした豪雨災害では、被害地域が広範囲になっており、災害ボランティアが分散して、各被災地で不足を言われています。詳細はこちら → 「災害ボランティア」
2018年09月25日
先月、広島・三原市と安芸郡坂町小屋浦へ行ってきましたが、特に小屋浦地区の被害状況がひどく、国道の渋滞によりボランティアが来ない という状況を見て、再び小屋浦地区に行くことに・・・詳しくはこちら → 安芸郡坂町小屋浦 再訪
2018年08月19日
いつまでも酷暑が続きます。 熱中症対策を怠りなく。先日の3連休+α(7/14~18) で、広島県三原市と呉市安浦地区、安芸郡坂町・小屋浦地区へ行ってきました。詳細はこちらで → 西日本豪雨災害
2018年07月22日
つい最近 九州北部で豪雨災害があったばかりなのに、また 秋田で大変な豪雨になっています。最近の天候不順はホントに困りものですね。異常気象による豪雨、これはいつ・どこで起こるかわかりません。あなたの居る街でも起こり得ます。 他人事と思わないで、関心を持ってください。ところで、先週の連休に福岡・朝倉市へ災害ボラに行ってきました。詳細はこちら →(クリック) 「九州北部豪雨災害ボラ」
2017年07月23日
今年は台風の上陸件数が多く、あちこちで大きな被害がでています。台風10号で東北・岩手の広範囲に、また北海道ではこれで3つ目の台風で、これまた大被害がでました。そして、16号では九州にも被害が・・・最近の日本は毎年大きな自然災害が起こるようです。北海道はちょっと遠すぎるので、岩手なら(それでも遠い) と、岩泉にお手伝いに行ってきました。詳細はこちら →「岩手県岩泉町 台風10号災害ボラ」
2016年09月25日
行って来ました、熊本。詳細はこちら →「熊本・大分地震 災害ボラ」災害ボラは確かに危険も伴います。 しかし、私たちのような特殊作業ボラは別として、一般ボラで女性や非力な人でもできることは多くあります。 そして、現場を自分の目で見ると、TVで見るのとはかなり違います。 ぜひとも自分の目で見てください。他人事ではありません。 地震・台風・大雨と、この日本で住む限り、いつどこで起こっても不思議ではありません。不安を煽るわけではありませんが、明日 あなたの身の上にも起こり得るかもしれないのです。
2016年05月14日
昨年の今日、御嶽山が噴火して、多くの犠牲者が出た日です。 まだ見つかっていない方もおられます。 今日はいろいろ追悼行事もあるようです。 謹んで犠牲者の方のご冥福をお祈りします。当時、広島に災害ボラ現地常駐として滞在しており、多くの方からご心配頂きましたが、現場は山の上で素人には何もできないであろうし、「家さえ無事ならいいや」と、そのまま広島に滞在してました。今年は大きな災害もなくホッとしていた矢先、茨城県や宮城県で大変な洪水災害が起こりました。ということで、また行ってきました 「台風18号 鬼怒川越水被害ボラ」やれやれ、やはり日本は毎年自然災害から逃れられないのか。
2015年09月27日
10日ほど前に帰ってきております。8/20に起こった広島市安佐南区・北区の土砂災害のためのボランティアサポート。9/15より広島市へ入って2か月余、一部 残っているところはありますが、ガテン系作業はほぼ終了しました。 詳細は → 「広島市土砂災害 Part3」 しかし、この寒波。 12月初旬というのに真冬並みの景色になりました。長期広島出張のため、家まわりの冬準備ができず、困っております。
2014年12月06日
9/15より広島市へ来て早2か月が経ちました。8/20に起こった広島市安佐南区・北区の土砂災害のため、南三陸のNPOが立ち上げたVCのボランティアサポートに来ておりますが、10/18に遺骨発掘の重要ミッションも終わり、緑井8丁目周辺のガテン系ボラはほぼ終了しました。そこで、一番後回しになっていた「うつろ木」所有の貸家解体に着手することに・・・詳細はameburo 「広島土砂災害 脅威の家屋解体」
2014年11月17日
9/15より広島市へ来て1か月半。8/20に起こった広島市安佐南区・北区の土砂災害のため、南三陸のNPOが立ち上げたVCのボランティアサポートに来ております。詳細は別ブログ Ameba Burog 「広島市土砂災害」
2014年11月01日
9/15より広島市へ来ております。8/20に起こった広島市安佐南区・北区の土砂災害のため、南三陸のNPOが立ち上げたVCのボランティアサポートに来ました。詳細は別ブログ Ameba Burog 「広島市土砂災害」
2014年10月04日
季節はいつの間にか夏から秋へと移りつつあります。今年の夏は夏らしい日が少なく、天候不順でしたね。 そして、災害が多くありました。 確か昨年も多かったような気がします。どうも日本の気候は狂ってきているようです。知人も多いので、高山市へ災害ボラに行ってきました。先月も南木曽町災害ボラに行ったばかりなのに・・・詳細はこちらのほうで・・・ 高山市災害ボラ
2014年08月26日
先日の台風8号の影響による梅雨前線の活発化で、遠く離れた山形県南陽市や長野県南木曽町で大きな被害をもたらしました。山形県南陽市は昨年も大雨被害にあい、2年連続です。 長野県南木曽町では土石流が発生し、中学生1人が死亡しました。ということで、近くの南木曽町災害ボランティアに行ってきました。詳細はこちらのほうで・・・ 行ってきました南木曽町災害ボラ 南木曽町災害ボラ その2尚、長野県南木曽町豪雨災害義援金の募集がはじまりました。 南木曽町豪雨災害義援金
2014年07月16日
まる1日半かけて(むろん下道)未知の土地、東北は気仙沼市本吉町小泉に着きました。 → 気仙沼・小泉 浜区避難所あれから もう2年 か、まだ2年 か。遅れている復興、まだまだ道のりは遠そうです。別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。尚、別ブログはこちら → アメブロ
2013年04月18日
楽天ブログも久しぶりの更新です。さて、先日(11/16~21) 久しぶりに行った東北へのボラ。 今年5月GWに行ってますが、半年ぶりの東北行きです。メインは昨年4月~6月まで延べ 1ヵ月半滞在した、気仙沼市本吉町・小泉の仮設住宅での屋台イベントですが、せっかくあちらへ行くのなら、その前に福島に寄って行こうと思ったから。また、震災直後 twitterで知り合った、当時 福島二本松在住の方との縁で、避難動物を一時保護している動物病院には昨年当初より行ってます。11/15 夜出発の予定なので、13日には冬タイヤに交換。 14日には工具など大物を車載。 14日は小雨模様だったが、午後には雪に変わってきた。 ただ、今頃の雪はすぐ溶ける。ところがなんと、15日朝にはうっすら積もってた。 例年 11月の雪はすぐ溶けてしまうものだが、異例。 後からTVなどで見たら、今年一番の冷え込みで、各地で降雪があったらしい。とはいえ、積雪はほんの1cm程度で、それ以上は積もることはなかったので出発予定には支障は無い。11/15午後から最終積み込みを終え、準備OK! 夜10時 予定通り出発。高速道路に乗り、のんびりモードで走行。 途中 野尻湖あたりから道路脇はかなりの雪。 ここらへんはかなり降ったのだろう。 路面の雪は溶けてはいるが、水濡れ状態。 でもそんなに走りにくい状態ではない。北陸道経由で行くか、関越道経由で行くか、思案中のとき、情報案内板に 関越道碓氷峠付近 積雪50キロ規制 の表示があり、北陸道経由にする。距離的にはほぼ同じだが、関越道のほうが道路幅が広く走りやすい。 その分 事故も多いので、事故渋滞がよくある。 また、パトさんも多いようだ。ということで、続きはアメブロ 福島原発20km圏内へ で。
2012年11月25日
5/4 深夜1時過ぎに、無事帰宅しました。昨日、茨城など北関東で竜巻による被害がありました。 ホントにこの頃は大きな自然災害が多くありますね。 やはり人間は自然に対して無力です。4/29に出発。 例によって福島二本松で途中下車し、東北へ・・・4/30 仙台若林区で農地再生作業。5/1・2 気仙沼本吉・小泉で同じく農地再生作業。5/3 大雨で終日休養日。 お天気が良ければ、あちこち見て回るつもりでしたが・・・ 連れていったゴンタがあわや被害にあうところでした。5/4 歌津で被災し、仙台へ一時避難していた知人が、大崎市古川七日町醸室で開いた珈琲専門店に訪問。 二本松で福島県議員と会談。同日、中越沖震災でお世話になった方の祖母が亡くなったので、富山県入善町へお参りに寄り、帰路に。詳しくは別ブログで・・・今回は、仙台若林区の農地再生作業。尚、別ブログはこちら ●別ブログ 05/17の新着は「今年の初東北 番外編」 前回は「今年の初東北 気仙沼・小泉編」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2012年05月07日
さて、いよいよGW間近。 みなさんはどこかへお出かけの計画はあるでしょうか?昨年は東日本大震災の影響で自粛ムードが漂い、GWもお出かけの人は少なかったようですが、その反動もあり、今年はかなりの方がお出かけの計画をしているようです。今年のGWはお天気も良いようで、お出かけ日より。私はそういう世間のムードに関係なく、おとなしくしているつもりでしたが・・・急遽 東北行き決定!詳しくは別ブログで・・・尚、別ブログはこちら ●別ブログ 04/27の新着は「GWは東北行き」 前回は「陽炎(かげろう)」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2012年04月27日
桜前線もどんどん北上し、中部から関東にせまっており、これから東日本大震災の津波で甚大な被害にあった東北に北上します。昨年の今日、2011年4月18日 宮城県気仙沼市本吉町小泉にいました。前日の17日に、現地から要請のあったテントを受け取りに高山へ、同時に社協にお勤めの知人から福島のわんにゃんの餌を受け取る。このお方(社協にお勤めの人)、実はごんたの一時預かりのお母さんなのである。 一時預かりの本人 娘さんは現在 結婚して名古屋在住。 久しぶりの再会で、ごんたも尻尾フリフリ。高山から松本へ出て一般道で北上。 松本の知人牧師宅でちょっと長居しすぎたので、軽井沢で夕方になってしまった。ルートは、上田~軽井沢~前橋~桐生~宇都宮~那須~福島~仙台~名取~塩釜~松島~南三陸。 初めての東北行きで、地理不案内。 それにナビもついていないので、事前にプリントアウトした地図・工程表が頼り。桐生を過ぎたあたりで深夜、どうやら道を間違えた模様。 道路沿いのGSで宇都宮への道順を尋ね、何とかルート復帰。 深夜なので道もすいており、走りやすい。 お昼間なら那須高原の美しい景色が見えるのだが・・・午前4時過ぎ、郡山着。 二本松の福島県議員にわんにゃんの餌を手渡すことになっているのだが、ちょっと早く着きすぎたので、車中で仮眠。 午前7時すぎに出発。 福島県議員に連絡をとり、午前8時すぎ荷物を手渡し。その後、北上。 なぜか名取付近でまた道に迷い、海岸方向に行ってしまった。 元に戻り、多賀城・塩釜通過。 テレビなどで見ていたが、あまりにもの惨状。 道を通れるように残骸を両脇にどけただけで、家や船などの残骸が山積み。写真も撮りたかったが、とても停車して撮るのははばかられる。 それに、渋滞しており、ノロノロ運転。 車中から撮る機会も少なく、結局は撮れなかった。 松島通過。 ここから山道に入るのだが、またまた道に迷ってしまい、くりこま方面に行ってしまった。 Uターンして、何とか登米着。 道に駅で南三陸への道を尋ねるが、人によってルートが違う。正規のルートが通行禁止や途中の橋が通行禁止になっているため、かなり迂回路が複雑なようである。 ま、行ってみれば何とかなると思い、進んだが、甘くはなかった。 あちこち迂回させられ、やっと45号に出る。ここまでくれば、後は北上するのみ。 午後3時、やっと南三陸着。 ここもひどい! 予定より2時間以上遅れてしまい、携帯で連絡をとり、小泉へ。 ここから先は、過去ログ「気仙沼・小泉 浜区避難所」参照。ということで、あれから1年。 長いようでもあり、ついこの前のようでもあります。尚、別ブログはこちら ●別ブログ 04/04の新着は「陽炎(かげろう)」 前回は「ボランティア依存症」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2012年04月18日
ずいぶんのご無沙汰でした。 12月も早1週間を過ぎ、いよいよ今年も残り少なくなってきました。 あちこちでクリスマスイルミネーションが盛んだと思います。前回お知らせした、気仙沼市本吉・小泉地区、イルミネーション計画も風雨のなか、無事飾りつけができたようです。『小泉地区、イルミネーション計画』*後援 小泉地区の明日を考える会元はまセン仲間も数人 応援にかけつけました。 全国から物資提供やら募金支援をいただきました。 ありがとうございました。尚、第4次気仙沼・大島 支援活動も無事終了し、今後の気仙沼・大島、本吉・小泉地区の支援についての会議も開かれ、息の長い支援をすることになりました。 みなさまのご支援を今後ともよろしくお願いいたします。 尚、第2次気仙沼・大島ボラについては、アメブロ「気仙沼・大島」をご覧ください。第2次気仙沼・大島ボラに行ったときに寄った、原発避難 ペット保護施設です。 ここには現在 猫 約70匹、犬 約10匹が居るそうです。 1ヶ月前に聞いたときは、猫 約50匹と聞いていたのですが・・・敷地は2500坪あるので、原則 猫は放し飼いなのだそう。 むろん、放浪しないよう近隣の農家などには、決してエサをやらないように言ってあるそうです。近隣農家は野ネズミなどがいなくなって感謝されているのだそうです。 しかし、これだけ多く居れば世話も大変だし、エサ代もかなりかかると思います。世話は現在 二本松社協からボラを数人派遣してもらっているのだそう。 やはりエサ代はかなりの負担だそうです。 今までに何度かメディアが取材に来たこともあるそうで、その時には一時的に支援物資が送られてくるそうですが、長続きはしないようです。また、メディアに取り上げられると、猫の数が増えるそう。 心無い人が捨てにくるんでしょうね。 それに、嫌がらせもあるのだそうです。確かに、人間が大変な時期に犬猫どころじゃ・・・というのもわからないことはありませんが、ペットも命あるものなのです。 それに、なかには家族同様にしている人もいます。原則、現在 原発避難地域に残っている動物は処分されることになっています。 以前、立ち入り制限(禁止ではない)のときには、NPOなどが立ち入って給餌や救出していましたが、20km圏内は今は入れません。 原発問題はまだまだ先が長い期間がかかるでしょう。 自主避難も増えて、ペットの行き場が無い人も多くいます。 できましたら、多くのご支援を頂きたいと思います。尚、上記のように嫌がらせなどもあるので、保護施設の公開はしておりませんので、お心のある方はメッセージでお知らせください。 保護施設の場所をご連絡いたします。 福島のにゃんこ、わんこに愛の手を・・・東北もまだまだ息の長い支援が必要です。 また、新たに台風12号被害の関西・紀伊半島も支援の手が必要とされています。 「明日は我が身」と思い、ご支援をお願いいたします。●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら 更新しました●別ブログ 12/08の新着は「丸太橋作り 完成」 前回は「テコ?コテ? 」 別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年12月06日
暦上の立冬も過ぎ、いよいよ冬の季節。 東北の被災地では、仮設住宅の防寒対策などに追われているようです。 仮設住宅は基本的にプレハブですから、部屋の防寒対策がなされていません。さて、9月に参加した、第2次気仙沼・大島「元はまセン有志部隊」の第4次気仙沼・大島 支援活動が決定したようです。活動日時:11/26日,27日(土・日) 組織形態:大島災害対策本部の団体要員で活動 内容:瓦礫撤去、民宿「門松」の離れ小屋の片づけお手伝い 主な持ち物:元気な心と身体 災害派遣等従事車両証明書申請用 活動証明書 発行可一般の方の参加も可能ですので、お問い合わせください。また、今年4月から6月まで長期滞在していた、気仙沼市本吉町小泉地区に、夏の花火大会「夜空に咲く花プロジェクト」に続き、イルミネーションを灯す計画が企画されています。『小泉地区、イルミネーション計画』*設置予定日:2011年12月3日(土) 調整によっては12月4日(日)の可能性もあり*開催期間:2011年12月31日迄(予定)*場所:小泉小学校駐車場付近 小泉小と小泉幼稚園の間にある駐車場のフェンスを予定*内容:イルミネーション設置*イベント:今後の調整で…有無は未定物資募集、募金募集、お手伝い募集!*後援 小泉地区の明日を考える会尚、第2次気仙沼・大島ボラについては、アメブロ「気仙沼・大島」をご覧ください。第2次気仙沼・大島ボラに行ったときに寄った、原発避難 ペット保護施設です。 ここには現在 猫 約70匹、犬 約10匹が居るそうです。 1ヶ月前に聞いたときは、猫 約50匹と聞いていたのですが・・・敷地は2500坪あるので、原則 猫は放し飼いなのだそう。 むろん、放浪しないよう近隣の農家などには、決してエサをやらないように言ってあるそうです。近隣農家は野ネズミなどがいなくなって感謝されているのだそうです。 しかし、これだけ多く居れば世話も大変だし、エサ代もかなりかかると思います。世話は現在 二本松社協からボラを数人派遣してもらっているのだそう。 やはりエサ代はかなりの負担だそうです。 今までに何度かメディアが取材に来たこともあるそうで、その時には一時的に支援物資が送られてくるそうですが、長続きはしないようです。また、メディアに取り上げられると、猫の数が増えるそう。 心無い人が捨てにくるんでしょうね。 それに、嫌がらせもあるのだそうです。確かに、人間が大変な時期に犬猫どころじゃ・・・というのもわからないことはありませんが、ペットも命あるものなのです。 それに、なかには家族同様にしている人もいます。原則、現在 原発避難地域に残っている動物は処分されることになっています。 以前、立ち入り制限(禁止ではない)のときには、NPOなどが立ち入って給餌や救出していましたが、20km圏内は今は入れません。 原発問題はまだまだ先が長い期間がかかるでしょう。 自主避難も増えて、ペットの行き場が無い人も多くいます。 できましたら、多くのご支援を頂きたいと思います。尚、上記のように嫌がらせなどもあるので、保護施設の公開はしておりませんので、お心のある方はメッセージでお知らせください。 保護施設の場所をご連絡いたします。 福島のにゃんこ、わんこに愛の手を・・・東北もまだまだ息の長い支援が必要です。 また、新たに台風12号被害の関西・紀伊半島も支援の手が必要とされています。 「明日は我が身」と思い、ご支援をお願いいたします。●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら 更新しました●別ブログ 11/26の新着は「きつね と たぬき」 前回は「丸太橋作り」 別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年11月21日
前回、参加した「元はまセン有志部隊」の第2次気仙沼・大島 支援活動に続き、紀伊半島 支援、第3次気仙沼・大島 支援が決定したようです。紀伊半島については、ほとんどの社協VCは県外ボラ、個人ボラの募集は終了しており、調整が難航したようで、告示がかなり遅れてしまったようです。県外ボラ、個人ボラの募集終了はいつものごとく、緊急の片付けボラは少なくなって、これからは生活支援に移行する という社協方針です。東北でも同様でしたが、紀伊半島でも山間部、特に山奥のほうでは、まだ手付かずのところも多く、立ち入り禁止、もしくは立ち入り制限のところがあります。そういうところは危険作業が多く、これまででも自衛隊や専門業者などが作業をしており、一般(特に社協)ボラはあまり入ってません。 つまり、放置状態。ま、いつものことですが・・・紀伊半島台風12号被害 支援■ 場所:熊野市飛鳥町・五郷町周辺 ■ 目標:流木などの撤去、または山間部での活動 ■ 日時:10月29日(土)30日(日) 9時開始~16時終了予定 ■ 組織形態:紀伊半島生活戻し隊の要員で活動(http://crepm.exblog.jp/) 紀伊半島生活戻し隊 10月29日の様子です。 「第8次隊の活動~1日目~」 第3次気仙沼・大島 支援■ 11月4、5、6日■ 活動詳細はまだ未定一般の方の参加も可能ですので、お問い合わせください。 ただし、危険作業も多く、ある程度ボラ慣れした方の参加が望ましいと思われます。 尚、第2次気仙沼・大島ボラについては、アメブロ「気仙沼・大島」をご覧ください。前回 第2次気仙沼・大島ボラに行ったときに寄った、原発避難 ペット保護施設です。 ここには現在 猫 約70匹、犬 約10匹が居るそうです。 1ヶ月前に聞いたときは、猫 約50匹と聞いていたのですが・・・敷地は2500坪あるので、原則 猫は放し飼いなのだそう。 むろん、放浪しないよう近隣の農家などには、決してエサをやらないように言ってあるそうです。近隣農家は野ネズミなどがいなくなって感謝されているのだそうです。 しかし、これだけ多く居れば世話も大変だし、エサ代もかなりかかると思います。世話は現在 二本松社協からボラを数人派遣してもらっているのだそう。 やはりエサ代はかなりの負担だそうです。 今までに何度かメディアが取材に来たこともあるそうで、その時には一時的に支援物資が送られてくるそうですが、長続きはしないようです。また、メディアに取り上げられると、猫の数が増えるそう。 心無い人が捨てにくるんでしょうね。 それに、嫌がらせもあるのだそうです。確かに、人間が大変な時期に犬猫どころじゃ・・・というのもわからないことはありませんが、ペットも命あるものなのです。 それに、なかには家族同様にしている人もいます。原則、現在 原発避難地域に残っている動物は処分されることになっています。 以前、立ち入り制限(禁止ではない)のときには、NPOなどが立ち入って給餌や救出していましたが、20km圏内は今は入れません。 原発問題はまだまだ先が長い期間がかかるでしょう。 自主避難も増えて、ペットの行き場が無い人も多くいます。 できましたら、多くのご支援を頂きたいと思います。尚、上記のように嫌がらせなどもあるので、保護施設の公開はしておりませんので、お心のある方はメッセージでお知らせください。 保護施設の場所をご連絡いたします。 福島のにゃんこ、わんこに愛の手を・・・東北もまだまだ息の長い支援が必要です。 また、新たに台風12号被害の関西・紀伊半島も支援の手が必要とされています。 「明日は我が身」と思い、ご支援をお願いいたします。●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら 更新しました●別ブログ 10/25の新着は「立ち木伐採 Part3」 前回は「立ち木伐採 Part2」 別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年10月24日
いよいよ秋本番。 朝夕めっきり涼しくなりました。 今年は3月の東日本大震災、長野北部大震災、7月の新潟・福島豪雨災害、8月の台風12号による和歌山・奈良・三重 豪雨災害、と自然災害が相次ぎました。地震や台風は日本に住む限り、避けられないものです。 いつ、どこで起きるかわかりません。 被災されていない方でも、「明日は我が身」かもしれないのです。そのためには、普段からの備えも必要です。 避難路確認や避難用具などの準備も怠らないようにしたいものです。そして、ペットを飼っておられる方は、「もしも」の場合、ペットの避難先を確保しておくことをお薦めします。災害時、避難所にはほとんどの場合 ペットは持ち込めません。 避難所片隅にペット用スペースがあるところもありますが、稀です。特に多頭飼いをされておられる方は、避難先の確保は必須条件です。 一時預かりしてくれるところでも、5匹・10匹などは、まず預かってくれません。さて、前回お伝えしたように、今回 気仙沼・大島にボラに行くことになったので、以前から聞いていた、「原発避難」によるペット一時預かり施設へ給餌用支援物資搬入しました。尚、気仙沼・大島ボラについては、アメブロ「気仙沼・大島」をご覧ください。当初は22~24の3日間の活動でしたので、21日に出発し、同日朝に福島到着の予定でしたが、台風15号の来襲により、現地の22日の作業は中止。よって、1日順延し、22日 午前0時出発。 これだと台風に追っかけられるより追っかけることになり、幾分マシであろう と思われたが、なかなかうまくはゆきませんでした。午前7時前後に福島県郡山手前で、「この先 災害により通行止め」の電光板表示が・・・ どうやら台風15号の影響でがけ崩れがおきたらしい。今回のボラリーダーに渋滞を知らせるために連絡すると、なんと!ほんの少し先にいるらしい。 渋滞で郡山ICで降りたとのこと。 残念ながらこちらはICを500mほど過ぎてしまった。ノロノロの渋滞にはまること2時間弱。 ようやく流れ出し、二本松で降りる。 予定より遅れること2時間。前回 ペット用支援物資の配送でお世話になった福島県議員にもお会いするはずだったが、当日は岩手へ行かれる とのことで、残念ながら断念! とりあえず動物病院へ・・・ ここには現在 猫 約70匹、犬 約10匹が居るそうです。 1ヶ月前に聞いたときは、猫 約50匹と聞いていたのですが・・・敷地は2500坪あるので、原則 猫は放し飼いなのだそう。 むろん、放浪しないよう近隣の農家などには、決してエサをやらないように言ってあるそうです。近隣農家は野ネズミなどがいなくなって感謝されているのだそうです。 しかし、これだけ多く居れば世話も大変だし、エサ代もかなりかかると思います。世話は現在 二本松社協からボラを数人派遣してもらっているのだそう。 やはりエサ代はかなりの負担だそうです。 今までに何度かメディアが取材に来たこともあるそうで、その時には一時的に支援物資が送られてくるそうですが、長続きはしないようです。また、メディアに取り上げられると、猫の数が増えるそう。 心無い人が捨てにくるんでしょうね。 それに、嫌がらせもあるのだそうです。確かに、人間が大変な時期に犬猫どころじゃ・・・というのもわからないことはありませんが、ペットも命あるものなのです。 それに、なかには家族同様にしている人もいます。原則、現在 原発避難地域に残っている動物は処分されることになっています。 以前、立ち入り制限(禁止ではない)のときには、NPOなどが立ち入って給餌や救出していましたが、20km圏内は今は入れません。 原発問題はまだまだ先が長い期間がかかるでしょう。 自主避難も増えて、ペットの行き場が無い人も多くいます。 できましたら、多くのご支援を頂きたいと思います。尚、上記のように嫌がらせなどもあるので、保護施設の公開はしておりませんので、お心のある方はメッセージでお知らせください。 保護施設の場所をご連絡いたします。 福島のにゃんこ、わんこに愛の手を・・・東北もまだまだ息の長い支援が必要です。 また、新たに台風12号被害の関西も支援の手が必要とされています。 「明日は我が身」と思い、ご支援をお願いいたします。 口先では何とでも言えます。 口先より実行。 と、同時に面と向かって何も言わず(言えず)、他であれこれ言うのは最も恥ずべきこと。 異論があれば、直接言うべし! ●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら 更新しました●別ブログ 10/17の新着は「立ち木伐採 Part2」 前回は「立ち木伐採」 別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年10月08日
和歌山・奈良・三重の台風12号被害ですが、土砂崩れでできた土砂ダムが決壊寸前になっています。 これが決壊すると、一気に土石流が流れ出し、大変な被害が出ます。現在 元はまセンメンバーも個人で何名かは現地入りしていて、生の情報をもらっていますが、まだ現地は混乱しているところもあるものの、各地でVCも立ち上がり、本格的ボラ募集をしはじめているようです。しかし、気になるのは台風15号。 現在 沖縄付近に停滞している影響で、南から湿った空気が紀伊半島に流れ込んでおり、16日夕から17日夕にかけて特に雨が強まる見込みだとか。山間部では地盤がゆるくなっていて、再び土砂崩れが起こり、2次被害が出る可能性もあります。 これ以上の被害が出ないよう願うばかりです。 ところで、最近 地震が多いですね。 本日未明(AM4:26)も岩手県沖でM6.3 盛岡で震度4を観測しました。 未明の地震は寝いってるときだけに怖いです。さて、気仙沼・大島行きも近ずいてきました。 現在 現地では田んぼ作業が多くなっているそうです。 海水がなかなか引かず重機も入れないため後回しになっていた とのこと。ススキなどが伸び、瓦礫が見えないので除草作業をしたら、奥には漁船があり、このほかプレジャーボートや自動車、バイクなどもあったそうです。 まだまだ作業に人手が要るようです。しかし、気になるのは天候。 どうやら22日は雨模様。 海水がまだひいてない田んぼ作業というと、泥だらけになるのは必至。 それでも晴れればいいけど、雨模様だと最悪! 雨 降りませんように・・・さて、4月にも気仙沼行きの途中に福島・二本松に寄って、原発20km圏内に取り残されたペットたちの給餌支援物資を福島県議員に託してきましたが、今回は詳細情報を頂いたので、視察がてら直接その保護施設に搬入します。昨日、連絡をとって聞いたところ、現在 猫が70匹保護しているそうです。 1ヶ月前に聞いた時点では、50匹だったのですが・・・ これだけ多くいれば、世話も大変ですがエサ代もバカになりません。 これでは支援物資のエサもすぐ無くなるかも・・・ ペット用給餌支援物資の一部 ●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 09/19の新着は「明後日から東北」 前回は「3度目の東北行き」 別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年09月17日
またまた ずいぶんとご無沙汰してしまいました。東日本大震災から半年が経ちました。 報道でもあるように、有名なところは、ほぼ復旧も終わり復興へと歩み始めています。 ところが、まだまだ復旧すら終えていない僻地がかなりあります。福島原発もかなり落ち着いてきましたが、収束にはまだまだ年月がかかります。そして、それ以降 新潟・福島会津地方の豪雨被害。 それに、つい最近の台風による奈良・和歌山・三重の豪雨被害と、今年は自然災害が相次いでいます。どうも最近の日本は悪夢に見舞われているようです。ところで、表題にもありますように、またまた東北へ行くことになりました。 3度目。 行き先は、気仙沼・大島。 今月21日からの予定です。気仙沼・大島は、今まで何度か社協主催のボラバスなどが入っていますが、やはり社協の一般ボラではできないことが多く、まだかなりの処理待ちが残っているようです。そのような理由から、先月入った、元「はまセン」有志から再度の現地入りが計画され、召集お誘いを受けました。社協では危険作業はできません。 これは仕方ないことなんですが、もう少し何とかならないものでしょうかね。詳細はアメブロ「3度目の東北行き」をご覧ください。東北はまだこれから復興への道程は始まったばかり。 これから何年もかかると思われます。 息の長い支援をお願いしたいと思います。 津波で丘に打ち上げられ座礁したフェリー(無事 海に戻されました) ●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 09/09の新着は「3度目の東北行き」 前回は「夏バテ」 別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年09月10日
以前紹介した、南三陸町で風呂を運営していた自衛隊の撤収により、南三陸町長から風呂設置依頼があり、風呂運営ボラがいまだに残っています。 「陸自撤収を受けNPOがカバー」 河北新報 6/27「はまセン」メンバーの現地よりの報告。「女性メンバーが足りません!」「女性でないと女湯を管理できないので困っています。 お一人の参加でも大助かりです。」とのこと。現在、兵庫のスタッフが急遽応援に行く準備をしていますが、いくら早くしても到着が7日以降になるそうです。 7/05 8:301日前倒しして、本日夕方到着予定です。救いの女神を募集中! 南三陸町・名足地区 応援旗 この旗には重要な意味があります。 あえて書きませんが、それを聞いた人は感無量になったそうです。 小泉浜に花火を!! 詳しくはここ ↓ 「東北地方・太平洋沖地震 本吉町 被災地 現地レポ<余談その52>」●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 07/06の新着は「七夕伝説」 前回は「タイヤ交換」 前々回は「気仙沼・小泉浜 / 住民交流会」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年07月03日
前回、「どんなことでもそうですが、世の中には知られていない裏面があるものです。 他に、利権問題などもありますし、表面だけ見ていると、大きな間違いをすることにもなります。」と書きましたが、こんなこともあります。 「災害廃棄物処理場で県説明」 河北新報 6/22 「気仙沼の計画に住民反発」 読売新聞 6/23 注) 時間経過により記事が削除されています 震災で出たガレキを焼却・破砕するための「2次仮置き場」を小泉地区に作る計画です。 場所はこのブログでも何度か掲載した、この少し手前付近です。 また、記事中でもあるように、小泉地区以外はいずれも公有地です。 県内の5ヶ所の計画地のうち、小泉地区だけが民有地なんですね。これも何度も書きましたが、「小泉浜地区は行政支援が一番遅れていたのですが、一番早くガレキ処理も終了しました。」かなり遅れて一部地域にガレキ処理の行政支援がありましたが、初期は社協などを含めてガレキ処理などの行政支援はほとんどありませんでした。独自NPOでやっときれいに片付けた、その土地に「ガレキ2次仮置き場」ができるんです。前回 書きましたが、「ここは、いつでも一番最後になる地域だからね」という住民の声。 今度は、「いつもイヤなことを押し付けられる」となるんでしょうか?そりゃあガレキの量は半端なものではありません。 どこかに作らなきゃならないのは当然です。しかし、行政支援もろくにせず、やっときれいに片付けたところに作るのはどうなんでしょうか? それも住民説明も無しに、水利組合だけに説明して決めた。地元の方のブログ ↓ にもっと詳しく載ってます。 「東北・太平洋沖地震 写真 本吉町 被災地 現地レポ35」ついでに 「なぁ~んでぇ~なぁ~のぉぉぉぉーーっ!!!」重機もなく、人海戦術できれいに片付けました。 雨の日でも休むことなく作業し、他ではやらない危険作業もやりました。 そこに「ガレキ2次仮置き場」ができるんです。「はまセン」では隣の南三陸町・歌津・名足地区長の依頼により、2週間延長して手つかずのところのガレキ処理をしました。そして、南三陸町で風呂を運営していた自衛隊の撤収により、南三陸町長から風呂設置依頼もあり、風呂運営ボラがいまだに残っています。 「陸自撤収を受けNPOがカバー」 河北新報 6/27困ったときには支援要請する。 でも、行政支援はしない。(ボラの派遣、重機の投入、無料通行証の発行などなど)ま、気仙沼市と南三陸町は行政区域が違いますから、気仙沼市の行政不支援を南三陸町は「関知しない」と言えばそれまでですが・・・ (南三陸町との??な逸話もありますが、それはまた後日)しかし、小泉地区の2次ガレキ置き場設置の説明会には、県担当者、気仙沼市長とともに南三陸町長も「お願い」に出席しています。行政支援もろくにせず、やっときれいに片付けたところに「ガレキ2次仮置き場」を作る。 これを「理不尽」と言わずに何と言うんでしょうか?私たちはその地の住民ではありませんから、余計な口出しはできません。 しかし、あまりにもあまり、という他はないですね。まあ、他にもいろいろありました。 縦割り行政、縄張り意識、メンツ主義などなど・・・ おりを見て少しずつ暴露していきます。 7/2 21:30小泉浜に花火を!! 詳しくはここ ↓ 「東北地方・太平洋沖地震 本吉町 被災地 現地レポ<余談その52>」●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 06/30の新着は「気仙沼・小泉浜 / 住民交流会」 前回は「2度目の東北から帰ってきました」 前々回は「被災地支援」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年06月30日
5/28より2度目の気仙沼・小泉浜滞在。 2週間の予定を1週間延長して、6/21に帰ってきました。 今年は被災地で誕生日を迎えました。 記念になるかな?当初、気仙沼市の南端 旧本吉町のはずれにある小さな集落には行政支援も殆ど届いていない状態。 食料も無く、1日1食が数週間続き、食器も数が無く、とうふのポリ容器を使いまわした という。また、社協などの行政関係者の姿もなく、当然 ガレキ除去する行政やボランティアの姿は全く見えませんでした。地域の方からは「ここは、いつでも一番最後になる地域だからね」という諦めの言葉が聞かれたそうです。そこで、4/20に「NPO法人 サポートコミュニティ飛騨」が独自でボランティアセンターを立ち上げ、ボランティアの募集を始めました。5月のGW中は多くの方が全国より駆けつけてくれ、5/3には総計600名以上もの方たちが来てくれました。 これまでに延べ約8000人以上ものボランティアさんたちが来てくれました。遠くは北海道から飛行機で、また 九州からフェリーと陸路で2日以上もかけて来られた方もいます。 公共交通機関の方は、3~6時間、中には仙台前泊と何時間もの乗り継ぎ待ち時間を費やして来られました。そして、東京消防庁勤務のグループや新潟レスキュー隊のグループが個人的に来られ、専門家ならではの高所作業などをやって頂きました。また、九州・熊本の土建屋さんグループ、静岡・焼津の土建屋さんグループはダンプやユニック車にユンボなどの重機を積んで来てくれました。 皆様のご支援ありがとうございました。 このように、全国から集まってくださったボランティアの活動を見て、地域の方からは、「ボランティアさんに勇気をもらったよ。もう一度漁船を買って頑張るよ」という声や、地域の役員会でも、「仮設住宅への入居で地域がバラバラになりかけているけど、ボランティアさんにどこよりも早くこんなにきれいにしてもらったんだから、今度は自分達が気持ちを一つにして地域を良くしていかねばなんねぇっぺ」という声が次々出されるようになりました。 被災地は、まだこれから復興の長い道程がありますが、一筋の希望を持ってもらえるようになりました。 以前 UPした当初の避難所への進入路です ボランティアさんたちが片付け中 片付け完了!です。 こんなにきれいになりました 小泉浜地区は行政支援が一番遅れていたのですが、一番早くガレキ処理も終了しました。 このことを聞きつけた隣の南三陸町・歌津・名足地区の区長より悲痛な依頼がありました。見に行ってみると、ほとんど手つかずのまま。 このように、行政支援の遅れている地域はまだあります。 人口の大きい町優先で、小さい地区はどうしても後回しになります。画像集をアメブロに載せています。また、メイン道路に面しているところは早く片付けますが、入り組んだところは後回し。 見てくれ優先、縦割り組織、縄張り意識の大きい「お役所仕事」の典型ですね。行政区域も違いますが、ここ「はまセン」は社協VCのように、行政区域なんて関係ありません。 地域住民の依頼があれば断れません。よって、小泉浜地区にお願いして(そこをベースにするため)一部チームが残っています。 名足地区のガレキ処理終了次第、撤収予定です。南三陸町・歌津の山奥もですし、気仙沼方面にも何度も行きましたが、やはりこういうところが一部あります。 行政側では外部の人間には、そういうところへは案内しません。現地で自分であちこち行った人が初めてわかるものです。 同様に、自分であちこち行った他の方もそういうところを目にした方がいます。どんなことでもそうですが、世の中には知られていない裏面があるものです。 他に、利権問題などもありますし、表面だけ見ていると、大きな間違いをすることにもなります。もっとやりたいところも多くありますが、入梅したこともあり、屋外作業はしばらく無理。 それに、小さなNPOでは資金面などの問題もあります。「はまセン」のボラ活動は、とりあえず一旦終了します。 皆様のご支援ありがとうございました.。●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 06/24の新着は「2度目の東北から帰ってきました」 前回は「被災地支援」 前々回は「気仙沼・小泉浜 Part2」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年06月24日
結婚式をやってました。 「はまセン」ヘ来ていたボラカップルの結婚式です。 オメデトー!! 詳細はまた後日。フジTVが取材に来ていて、翌日(5/29)フジTV系列のニュースで放映されました。 またまた3週間ぶりに、やっと帰ってきました。 2週間の予定を1週間延長してきました。当初 小泉浜地区は行政支援が一番遅れていたのですが、一番早くガレキ処理も終了しました。 それを聞きつけた隣の南三陸町・歌津・名足地区の区長より悲痛な依頼がありました。見に行ってみると、ほとんど手つかずのまま。 このように、行政支援の遅れている地域はまだあります。 人口の大きい町優先で、小さい地区はどうしても後回しになります。また、メイン道路に面しているところは早く片付けますが、入り組んだところは後回し。 見てくれ優先、縦割り組織、縄張り意識の大きい「お役所仕事」の典型ですね。行政区域も違いますが、ここ「はまセン」は社協VCのように、行政区域なんて関係ありません。 地域住民の依頼があれば断れません。よって、小泉浜地区にお願いして(そこをベースにするため)一部チームが残っています。 名足地区のガレキ処理終了次第、撤収予定です。南三陸町・歌津の山奥もですし、気仙沼方面にも何度も行きましたが、やはりこういうところが一部あります。 行政側ではバスツアーなどの外部の人間には、そういうところへは案内しません。現地で自分であちこち行った人が初めてわかるものです。 同様に、自分であちこち行った他の方もそういうところを目にした方がいます。どんなことでもそうですが、世の中には知られていない裏面があるものです。 他に、利権問題などもありますし、表面だけ見ていると、大きな間違いをすることにもなります。もっとやりたいところも多くありますが、入梅したこともあり、屋外作業はしばらく無理。 それに、小さなNPOでは資金面などの問題もあります。●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 05/20の新着は「被災地支援」 前回は「気仙沼・小泉浜 Part2」 前々回は「気仙沼・小泉浜より帰ってきました」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年05月28日
前回、23日間も滞在した気仙沼・小泉浜。 水道は復旧したようですが、水圧が低く、電気がまだ未通電なのでポンプアップができないようです。かなり片付きましたが、まだまだやることはいっぱいあります。 ということで、またしばらく(半月ほど)あちらでお手伝いしてきます。 明日出発です。しかし、台風が・・・雨がやんだ隙に荷物積み込み。 これから行ってきまぁ~す! 気仙沼・小泉浜ボランティアセンターでは6/12まで(延長決定)開所しており、継続的にボランティア募集しております。全国の皆様、少しでもお手伝いください。 詳細は下記URL参照ください。 http://hamacen.hida-ch.com/●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 05/20の新着は「被災地支援」 前回は「気仙沼・小泉浜 Part2」 前々回は「気仙沼・小泉浜より帰ってきました」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年05月27日
東日本大震災から2ヶ月以上経ち、場所によっては仮設住宅の建設もすすみ、避難所生活から脱却するところもあります。しかし、まだまだ復旧に至ってないところも多くあり、いまだ避難所暮らしのところもあります。大勢がひとところで生活する避難所暮らしはプライバシーがなく、ストレスも溜まります。 2ヶ月以上も経った今 被災者の精神的苦痛も大きくなってきていると思います。また、仮設住宅に移れる人も従来のコミニケーションがなくなり、不安が募ることもあります。 これからはこういった被災者の精神的ケアが必要になってくるでしょう。それとともに、支援物資も食糧や日用品などはかなり豊富に届いていますが、衣服などは災害発生時がまだ寒さの残る時期だったため、冬物がほとんどです。しかし、ここ数日の暑さでもわかるように、現在では冬物は不要で半袖などの夏物が要るのですが、今までの支援物資の中に夏物はほとんどありません。このように被災地の状況は日々変わってきています。 そこで、現地では今何が必要かを個々に書き込めるシステムがあります。 それが、http://311help.com/被災された方々がグーグルマップ上に自分の居場所と必要物資や支援要求を書きこむことができたり、このような支援物資を送れます というような支援意思表明の書き込みできることで、助けを必要とされる方と、何かお手伝いしたいという方を直接繋げてくれるサイトです。例えば、宮城県仙台市泉区の避難所に基礎化粧品やヘアゴムなどを送ってほしい という支援依頼書き込みが、連絡先と投稿日時と共に地図の左側に掲載され、同時に地図上の郵送希望場所に支援要請を意味する赤いマークがつきます。また 海の上につけられた支援意思表明を表す黄色いマークをクリックしてみると、オーストラリア在住の方が発送できる支援物資リストと共に、「遠い異国で何もできずに悶々としている仲間がたくさんいます。ぜひ支援させてください」と書きこまれたコメントを見ることができます。さらに、解決した書き込みは緑色のマークに変更することができたり、再度支援が必要な場合や支援できる場合には、マークを赤色や黄色に戻すこともできる仕組みになっているので最新の情報が探しやすくなっています。こういものを使って有用な支援物資を送ることができます。 ただ、掲載情報が古いものもあり、必ず確認が必要です。そして、衣服などは新品もしくはそれに近いものをお願いします。 私も現地滞在時、支援物資の整理をしましたが、どうも見てもかなりの古着で処分品のようなものもけっこうありました。こういうものは、できればご遠慮いただきたいと思います。 支援の気持ちはわかりますが、やはり気持ちよく使っていただきたいものです。 yuu tube 気仙沼・小泉浜活動記動画 ←クリック かなり片付きましたが、まだまだやることはいっぱいあります。 気仙沼・小泉浜ボランティアセンターでは6/12まで(延長決定)開所しており、継続的にボランティア募集しております。全国の皆様、少しでもお手伝いください。 詳細は下記URL参照ください。 http://hamacen.hida-ch.com/ 気仙沼・小泉浜はいまだ電気、固定電話回線も復旧していません。 電気は発電機、通信は携帯電話です。どうやら水道は復旧(5/15)したようですが、水圧が低く、電気がまだ未通電なのでポンプアップができないようです。 ●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 05/20の新着は「被災地支援」 前回は「気仙沼・小泉浜 Part2」 前々回は「気仙沼・小泉浜より帰ってきました」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年05月22日
さて、話は前後しますが、今回 往路は下道走行でしたので、4/17に出発 翌4/18午後遅く、まる1日以上かけて気仙沼・小泉浜 避難所に到着しました。 前にも書いたように、途中 多賀城・塩釜で悲惨な光景を目にしながら走りましたが、このときは渋滞しながらも、そこそこの速度で走ってたので、写真を撮ることができませんでした。気仙沼・小泉浜 避難所に到着時、その光景には驚き、言葉もありませんでした。 その手前の南三陸町も同様でしたが、周囲一面ガレキだらけ。 自動車もひっくり返っており、電柱も折れて横たわっています 到着してすぐに、すでに来ている人たちが風呂の設営をやっており、そのお手伝い。 画像は別ブログ、アメブロでUPしております。その数日後、今までは手書きの小さい案内板だけで、見逃しやすいので(実際 私も見逃して通り過ぎました)、看板の設置をやりました。このころはボランティアの人数も4~6人程度と少なく、看板設置もひとりでやってました。 持って行った大ハンマーが役にたちました。 これで看板も発見しやすくなり、迷う人も少なくなるでしょう。 その後、風呂場前の駐車場の整備、テントサイトの整備など、これから来るボラさんの受け入れ準備をやりました。テントサイトの整備は岐阜・高山から来られた方2人で、風呂場およびその周辺は私と、やはり岐阜・高山から来られた大工さん+一般ボラさん。特に災害ボラのときは大工さんは重宝されます。 以前の中越沖地震、柏崎でもそうでした。 大工仕事は山ほどありますから・・・受け入れ準備も完了したので、ニーズの一部であるガレキ処理(あちらで作業要員がいるというので、ひとりで行きました)や、ビニールハウス解体の試し作業(これは大工さんと2人で)などをやりました。ボラ活動は2人以上でするのが原則ですが、当初は人数が少ないので、ひとり作業、ふたり作業が多かったですね。 私と大工さんは単独作業が多かったです。原則2人以上でするのは、もし事故などがあった場合に備えてのことで、プロやセミプロ以外の一般の方にひとり作業をさせることはまずありません。というわけで、その後 独自でボラセンを立ち上げたこともあり、序々にボラさんも増えてきて、GWには600名を超える方々が来られました。 道具も各個人が持参してきていた物以外はたいした物がなかったのに、充電式インパクトレンチや各小道具、長靴、マスクなど現場用小物、そしてエンジンチェンソーなども寄付頂き、充分揃いました。 yuu tube 活動記動画 ←クリック かなり片付きましたが、まだまだやることはいっぱいあります。 気仙沼・小泉浜ボランティアセンターでは6/12まで(延長決定)開所しており、継続的にボランティア募集しております。全国の皆様、少しでもお手伝いください。 詳細は下記URL参照ください。 http://hamacen.hida-ch.com/ 気仙沼・小泉浜はいまだ電気・水道はもちろんのこと、固定電話回線も復旧していません。 電気は発電機、水は給水車での補給です。5/15どうやら水道は復旧したようですが、水圧が低く、電気がまだ未通電なのでポンプアップができないようです。 JR気仙沼線橋梁崩壊 左側に家が乗っかってます ●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 05/20の新着は「被災地支援」 前回は「気仙沼・小泉浜 Part2」 前々回は「気仙沼・小泉浜より帰ってきました」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年05月14日
5/9 夕方 4/18から23日間滞在していた気仙沼・小泉浜より帰って来ました。GW中は多くのボランティアさんが全国より駆けつけてくれ、5/3には総計600名以上もの方たちが来てくれました。 感謝、感謝です。尚、画像は別ブログ、アメブロでUPしております。かなり片付きましたが、まだまだやることはいっぱいあります。 気仙沼・小泉浜ボランティアセンターでは5/29まで開所しており、継続的にボランティア募集しております。全国の皆様、少しでもお手伝いください。 詳細は下記URL参照ください。 http://hamacen.hida-ch.com/ 気仙沼・小泉浜はいまだ電気・水道はもちろんのこと、固定電話回線も復旧していません。 電気は発電機、水は給水車での補給です。 JR気仙沼線橋梁崩壊 左側に家が乗っかってます ●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 05/12の新着は「気仙沼・小泉浜 Part2」 前回は「気仙沼・小泉浜より帰ってきました」 前々回は「忘れられているもう一つの大震災」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年05月11日
4/18日(月)早朝 途中 福島・二本松に寄って、原発避難区域に取り残された犬・猫の給餌ボラさんに届ける餌を福島県議員・本田 とも氏 に託してきました。 同日、多賀城・塩釜を経て、夕刻に目的地 気仙沼・小泉 浜区避難所に到着。 多賀城・塩釜で悲惨な光景を目にしながら走りました。 尚、ここ浜区避難所では、いまだ電気・水道はもちろんのこと、固定電話回線も復旧していません。 電気は発電機、水は給水車での補給です。 南三陸町 携帯電話はここでは通じるので(場所によっては通じません)、ネット接続は携帯で飛ばしています。 公用のPCがありますが、なにせ公用なので自由に使えませんから、簡単なブログUPになります。また、画像UPも手間がかかって難しいので、後ほどUPします。ここは気仙沼市の南端で、行政の目が届きにくく、行政支援もかなり遅れ、当初は1日1食しか食べられなかったそうです。 現在は物資に関しては一揃いありますが、相変わらずインフラは遅れています。道路も小泉大橋が落ち、寸断されて山越え経由でないと本来の行政区の本吉町に行けません。そのため、ボランティアもほとんど入ってこず、やむなく2日前に独自でボランティアセンターを立ち上げました。 下記URL参照 http://hamacen.hida-ch.com/ここも、とにかく悲惨な光景があちこち見られます。 上記のごとく、インフラの遅れている地域なので、行政のガレキ処理もまだ手つかずの状態です。今のところ、GW明けまで滞在予定です。昨日(5/9)、夕方 帰って来ました。 4/18から23日間、長かったようで短かった期間でした。 画像UPがここでうまくUPできないので、続きはアメブロでUPしました。 こちらから → 募金・ボランティア募集の活動 一覧表●総合災害情報 SAVE JAPAN! エリア別救済支援情報サイト ●通信各社の伝言ページ NTT東日本災害用伝言ダイヤル「171」 NTT東日本災害用ブロードバンド伝言板「web171」 NTTドコモのiモード災害用伝言板サービス ソフトバンクモバイルの災害伝言板 KDDIの災害用伝言板サービス イー・モバイルの災害用伝言板 ウィルコムの災害用伝言板●安否確認 google 消息情報 赤十字 安否情報確認サイト MemoLi 現在位置表示機能●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 05/10の新着は「気仙沼・小泉浜より帰ってきました」 前回は「忘れられているもう一つの大震災」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年04月22日
東北を中心とする、東日本大震災から1ヶ月が過ぎました。 福島原発事故はレベル7になり、なかなか収束のメドもたたず、10km圏内は遺体捜索も放置されたまま。ようやく10km圏内の捜索活動がおこなわれるそうですが・・・ 放射能騒ぎで風評被害にもさらされ、福島県民はまさに三重苦。 あまりにも気の毒です。さて、今まで某NPOの後方支援をしてきましたが、情報収集も落ち着いて、一段落してきましたので、現地入りしたいと思います。まだはっきりとわかりませんが、宮城・南三陸町か気仙沼で活動することになりそうです。 予定では3/18に現地入りし、しばらくお手伝いしてきます。(帰る日にちは未定)生活用品、寝袋、大工道具をいっぱい積み込んだので、車内は荷物であふれてます。尚、現地ではまだ電気が復旧していないところも多く、たぶんPCが使えないと思いますので、最悪 帰るまではブログ更新はお休みするかもしれません。できれば携帯で更新したいですが、携帯も通話可能のところと不可能なところがあるようですので、あまり期待できません。ということで、しばらくあちらでお手伝いしてきます。 明日出発です。 こちらから → 募金・ボランティア募集の活動 一覧表●総合災害情報 SAVE JAPAN! エリア別救済支援情報サイト ●通信各社の伝言ページ NTT東日本災害用伝言ダイヤル「171」 NTT東日本災害用ブロードバンド伝言板「web171」 NTTドコモのiモード災害用伝言板サービス ソフトバンクモバイルの災害伝言板 KDDIの災害用伝言板サービス イー・モバイルの災害用伝言板 ウィルコムの災害用伝言板●安否確認 google 消息情報 赤十字 安否情報確認サイト MemoLi 現在位置表示機能●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 04/11の新着は「忘れられているもう一つの大震災」 前回は「桜前線」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年04月16日
東北を襲った未曾有の大震災からもうすぐ1か月経とうとしています。 しかし、いまだに避難所の公的支援に格差があるようです。また、公的避難所でなく、一般家庭などに集団避難しているところには一層格差がひどいそうです。 いつになったら行政支援が円滑になるのでしょうか?原発も危機を脱したようですが、まだこれからの問題が山積です。 それに電力不足も深刻で、今だけの問題ではなく、これから数年間は続きますから、小手先だけの対策では解決できません。被災地も道路状況はやや改善され、仮設住宅の建設もおこなわれていますが、実際の復旧はまだまだこれからです。これから一般ボランティアの力が要るときですが、災害ボランティアはなかなか難しいところがあります。 特に初期のときは、衣食住が自己完結できる人しかできません。これは今まで何度も災害ボラに行った経験のある人しかできず、おのずとから人数は限られてしまいます。 しかし、中期に入ると一般ボラのできることも多くあります。 とはいえ、やはり災害ボラは気楽に参加できるものではありません。 それなりの心構えは必要です。では「今 何ができるか?」 となると、やはり物資提供、義援金寄付、ということになるでしょう。 私もそうお奨めしています。 ただ、必要物資はその時々で変わってきます。 中期になると、物によっては余る物もあるので注意が必要です。そして、この頃になると被災者が必要になるのが「すぐに使える現金」です。 ところが、せっかく多くの人が寄付した義援金は、実際被災者の手元に渡るのは数か月先なんですよね。これは制度上 仕方のないことなんですが、もう少し早く渡せないものか と思います。 こんな意見もあります。 清水国明 「ちょっと過激な意見です」災害ボランティアでこういう記事を見つけました。「十人十色のやり方で」 2011年3月19日 読売新聞「人手不足など深刻」 3月29日(火) 産経新聞「ボランティアは押しかけていい」 4月5日(火) ニューズウィーク日本版最後の「ボランティアは押しかけていい」はちょっと無茶ですが、ボランティアの数は「足りない」というのは、どの災害現場でも同じです。局地的な災害の場合はそういうこともありますが、大規模災害ではボランティアの数が余るということは、まずありません。 たいてい「足りない」のが実情です。しかし、受け入れ側の体制が悪いと、せっかくのボランティアをうまく使いきれないことがあります。 また、今回のような場合、受け入れ側の行政そのものが崩壊しているから、受け入れ体制そのものがとれません。通信が遮断され、行政がまったく現状把握できなかったこと、それに行政そのものの崩壊、加えて、あまりにも広範囲だったことが行政対応の悪さに拍車をかけました。道路も各地で寸断され、初期の物資輸送も混乱を極めました。 やっと輸送が改善されて集積所には多くの物資が集まりましたが、それを各避難所に配送できないという有様。その上、避難所の現状把握ができていないから、非常な格差ができてしまいました。 残念ながら、今回の政府の被災者対策はお粗末の限りといわねばならないと思います。原発問題が最優先で、どうしても被災者対策がおろそかになってしまったという実情はありますが、それにしてもいまだに解決されていないのが不思議です。初期の物資輸送の遅れも、民間のNPO団体などはいち早く先遣隊を出し、道路情報を収集して翌日~3日後には現地へ輸送しています。 太平洋側の道路が寸断されているので、ほとんどが日本海側の新潟経由で現地入りしています。何も道路は太平洋側だけじゃありませんから・・・ また、物資がまったく届いてないところもtwitterなどで発見し、届けています。民間のNPO団体などがやっていることがなぜ政府にできないのか。 これはやはり民間のキメ細やかな対応のなせる技でしょう。 行政は縦割りのせいもありますし、法的制約も多い。 何よりも臨機応変ができません。こうしてボランティアのことを書くと、よく「偽善者」とか、目立ちたいだけの「売名行為」、「(行かない)人を見下している」とか言われます。 そんなつもりはないんですが、まあ そう思われるのは私の言葉の使い方が悪いんでしょう。でも 被災者は何でもいいんです。 後方であれこれ理屈を言ってるよりは、今の窮状を助けてくれれば・・・twitterで見つけた、ある被災者の叫びです。 「善意でも、偽善でも、売名行為でも、支援物資は全てありがたいです」さて、災害が起こったとき、まず「救援」があります。 たいていは着の身着のまま避難していますから、被災者の欲しいのは「衣食住」すべてです。住のほうは自治体の避難所などに避難しているはずですから、「食」の支援が一番です。 次に「衣」になりますが、今回 行政支援が被災者に届いたのは1週間以上経っています。 しかも、1週間以上経っても届いてないところも多くありました。 あまりにも遅すぎる。次に「復旧」、そして「復興」となります。 災害現場によって、また 災害規模によっても違いますが、半月~1か月後くらいから「復旧」が始まります。この復旧時からがボランティアの活躍の場ですが、残念ながら今回の場合、地域格差も大きく、いまだ復旧に入れてない地域も多くあるようです。今回は被災規模が大きく、広範囲にわたっていますので、金も人も多く要るでしょう。 また、期間も長くかかることが予想されます。 一過性に終わらないで、息の長い支援が必要だと思われます。地震国日本、いつ自分もその立場になるかわかりません。 こちらから → 募金・ボランティア募集の活動 一覧表●総合災害情報 SAVE JAPAN! エリア別救済支援情報サイト ●通信各社の伝言ページ NTT東日本災害用伝言ダイヤル「171」 NTT東日本災害用ブロードバンド伝言板「web171」 NTTドコモのiモード災害用伝言板サービス ソフトバンクモバイルの災害伝言板 KDDIの災害用伝言板サービス イー・モバイルの災害用伝言板 ウィルコムの災害用伝言板●安否確認 google 消息情報 赤十字 安否情報確認サイト MemoLi 現在位置表示機能●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 04/11の新着は「忘れられているもう一つの大震災」 前回は「桜前線」 前々回は「東日本大地震 原発事故」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年04月09日
春日大社です 昔お譲さん がいっぱい ということで、いきなり「春日大社 お掃除ボラ 2度目」レポ尚、昨日のブログはショート・ショート 「母の日」 ご覧になってない方はこちらもどうぞ昨年に続いて、2度目の「春日大社 お掃除ボラ」です。 今回はGW明け(まだGWの方もいますが)ということもあり、若干 少ない168名の参加。 それでも昨年の100名よりは多いです。思い起こせば、昨年の「春日大社 清掃ボラ」(←クリック)で今の会に初めて参加しました。 会としては2回目のお掃除ボラだったそうです。お天気も良く、暑いくらい。 確か昨年も暑かった。 今回はで京都方面へ行き、途中で乗り換えて近鉄・奈良駅へ・・・(このほうが運賃が安いし、若干 時間も早い)今回も昨年と同じ区域。 慣れてはいるけど、違う区域に行きたかったなぁ~ 清掃活動中です 今回は昨年よりもゴミの量は少なく、 これ↓ 昨年の半分くらいですね。 今回 多かったのは、キャンディーなどの個包装紙、缶飲料のプルトップ。しかし 今は缶飲料のプルトップは、はずれないようになっているはずなんですが・・・いずれも木の下、草などが生えているところで多く見られました。 木陰で休憩することが多いからでしょうね。 GWのときもすごい人出だったそうです。あと 草などが生えているところ などは、やはり隠したい心理が働いているんでしょう。 ということは、ポイ捨ては良くないことだとはわかっているはず。わかってるなら、捨てるなよ! と言いたい。 尚、「春日大社とは」は、昨年の「春日大社 清掃ボラ」参照ください。 鹿です 帰りので眠ってしまい、終点の京都まで行ってしまった。 京都駅で、女学生に「終点ですよ!」と起こされました。 恥ずかし で、逆戻り。 尚、ずっと書いてますが、来楽暮さんが昨年に続いて、ながの東急で5月7日から13日まで展示販売会をします。 お近くの方はぜひ、お越しを・・・大学からアクセスの多い別ブログ●別ブログ5/6の新着は「カーシェアリング」 前回は「アトランティス伝説」 こちらも見てね
2009年05月09日
今日はお天気もよく、汗ばむほどの気温でした。 お出かけした方も多いと思います。 私も今日は朝早くからお出かけしました。残念ながら遊びに、ではありませんが、恒例の「お掃除ボラ」です。 今年1月の「お掃除ボラ・住吉大社」に続いて、今年2回目のお掃除ボラ。 大阪城公園 メインロードの噴水です。 何度か書きましたが、この大阪城公園というのは私にとっては懐かしい場所なんです。 子供のころは近く(といっても、3kmくらいありますが)に住んでおり、友達とでよく遊びにきました。この噴水も思い出深い場所。 友達とラジコンボートを走らせて遊んでいたのですが、池の中に入ったとき、ビンの割れたものを踏んで大怪我をし、慌ててへ帰ったことがあります。 3針 縫いました。もちろん、今はそんな遊びをすることはできません。 当時はまだそんなに人は来ず、閑散としてましたから・・・ あ 話が横へそれてしまいました。 ということで、本日は行ってきました、「お掃除ボラ・大阪城公園」尚、昨日のお題は 「長岡京」←ご覧になってない方はこちらもどうぞその前に、私が属しているボラ団体のいくつかのうちののひとつで、このお掃除ボラなどをやっているのが、「わいず倶楽部」といい、読売新聞・大阪支社が後援しています。バックボーンに読売新聞社がありますが、活動は自主的なもので、原則的に読売新聞社は口出ししません。 ただ 記者やカメラマンは必ず同行しますし、記事として紙面に掲載されます。また 計画段階のアポ取りや、許認可などの段取りなどは便宜を図ってくれているようです。 昨年の大阪城公園清掃が第1回目の活動で、第2回目が春日大社。 私はこの「春日大社 清掃ボラ」より参加しています。昨年の大阪城公園清掃は初回だったせいもあり、参加者が80人だったそうですが、今回は250人にもなりました。 また、今回は特別参加もいて、これがまた私とは関係深い人たち。 詳細はあとで・・・さて、午前10時、事務局長の開会宣言で各班にわかれ(今回は7グループ)、お掃除開始。 私のグループはバス駐車場を含む区域。 前回の住吉大社もそうだった。駐車場はあまりゴミが少ないので楽だが、の往来が多いので危険。 今回はだから、よけい危険度が増す。ゴミを見つけようと下ばかり見ていると、ついついが近ずいてきても気がつかないことがあるので、注意が必要です。 で、せっせとゴミ拾い。 この画像でちょっとヘンなことに気付きません? 野球のユニフォーム姿の若者がゴミ拾いをしてます。 そう、彼らが今回の特別参加組。 ある部員が新聞紙面でこの催しを見て、監督に「参加したい」と申し出たそうです。最近の若い子が新聞を読むということ自体 感心ですが、それを見てボランティアに参加したいなどと言うのは、これまた非常に感心。それで、監督が校長に申し出をし、わいず倶楽部へ参加の打診があったわけです。 というのは、このわいず倶楽部は原則55歳以上が参加資格だからなのです。もちろん倶楽部側としては快諾したそうです。 そして、今回の特別参加となったわけですが、その学校とは「大阪府立成城高校」ここ、私の母校なんです。 いやぁ~奇遇ですねぇ~私は8期生で、かなり昔の卒業生です。 昔は工業高校でしたが、2005年(平成17年)に多部制単位制高校(クリエイティブスクール)総合学科の学校として生まれ変わり、現在はかなりユニークな学校となっているようです。あまり知られていませんが、プロ野球の野茂選手もここの卒業生です。ということで、監督・校長(途中参加)・部員らに挨拶をして、一緒にゴミ拾いを楽しくやりました。 拾ったゴミです。 自転車も・・・ 最終、この倍ありました。 公園にはこんな乗り物も走ってます。 ここでちょっとボラ団体、「わいず倶楽部」の宣伝。さて、もうすぐ定年も近い。 また 定年になって、今まで仕事中心の生活だったが、まだ元気なので、ちょっとは人の役に立つことをしてみたい。 ボランティア活動などもやってみたい。しかし、ボランティア活動をやりたいけど、どうやればいいのかわからない と思っている方は多いのではないでしょうか? そういう人たちのためにあるのが「わいず倶楽部」なんです。お掃除以外にもいろいろありますが、お掃除なら誰にでも気軽にできます。 初めての方も多くいますし、ご夫婦で参加されている方も多くおられます。ただし、活動地区は今のところ関西限定ですし、参加資格は55歳以上です。 関西在住の方で興味のある方はぜひお訪ねください。 また 今回のように、グループでの特別参加も可能です。ブログ仲間に、こういう記事に触発されてボランティア活動をはじめた人もいますし、また 一般の方から「参加するにはどうすればよいのか?」というお問い合わせをいただいたこともあります。 こういう記事が、そのきっかけになれば幸いです。ということで、今日は楽しいお掃除ボラになりました。 先々週のものですが、大阪城(この日は行ってませんが・・・) 新聞記事 大学からアクセスの多い別ブログ やっと更新しました。●別ブログ4/13の新着は「アトランティス伝説」 前回は「謎の企業 B-CAS社」 こちらも見てね
2009年04月18日
今日(1/24)は寒かった。 福岡市内も雪が降り、山口市では1センチの降雪だったそうです。 このように、あちこちで降雪が見られ、交通も混乱していたようです。その寒いなか、行ってきました、今年度 初めての お掃除ボラ。 今日はあの有名な住吉大社。 大阪では「すみよっさん」と呼ばれ、お正月三が日の参拝客数は、毎年200万人を超えるといわれます。古くは「日本書記」や「古事記」でも記述のあるように、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が妻・伊邪那美命(いざなみのみこと)を黄泉の国から連れて戻ってくるという望みを達することができず、逆に汚れを受けてしまいます。その汚れを清めるために住之江の海に入って禊祓い(みそぎはらい)したとき、住吉大神である底筒男命(そこつつのをのみこと)、中筒男命(なかつつのをのみこと)、表筒男命(うはつつのをのみこと)が生まれました。また 古代では十四代仲哀天皇の妻である神功皇后(じんぐうこうごう)が新羅(しらぎ)に出兵する際に、住吉大神の力をいただいたことがきっかけで、この住吉の地に神社が祭られることになりました。そして 近世では紫式部の源氏物語に、明石の君に関連した重要な舞台として描かれています。 ということで、本日のお題 「お掃除ボラ・住吉大社」尚、昨日のお題は 「リクライニングマナー」 ご覧になってない方はこちらもどうぞ「SL用ボイラ修繕」で書いたように、お仕事がしっちゃかめっちゃかになっており、お返事、ご訪問、遅れておりましたが、お返事は今 書いてます。 住吉大社 正門鳥居 さて、こういうボラ日記を書くと、「自己顕示」がどーちゃらこーちゃら と言うひねくれた考えの人がいるようです。別に自慢してるわけでもなく、自分を見てほしいわけでもなく、ただ やれる時間にやれることをやっているだけなんですけどね。それに、こういう記事に触発されてボランティア活動をはじめた人もいますし、また 「参加するにはどうすればよいのか?」というお問い合わせをいただいたこともあります。 こういう記事が、そのきっかけになれば幸いです。しかし、昨年 「京都・鴨川 お掃除ボラ」に参加したとき、市役所の担当の方が言われたことはちょっと意外でした。このときは初めての市街地清掃。 市役所担当の言われるには、「目立ってください。 見せびらかしてください」と・・・前回の写真を見てもらえばわかりますが、そのために市役所の用意したゼッケンまでつけました。 これこそ「自己顕示」そのものです。 理由はというと、ボランティアが清掃しているのを一般人が見れば、良識のある人なら「ああ ゴミを捨てないようにしよう」と思うから だそうです。 もっとも良識のずれた、ひねくれた人もいますが・・・なるほど と思いましたね。 昨日 書いたような雪下ろしなどは簡単には出来ませんが、お掃除なら誰でも出来ます。 時間の都合さえつければ・・・よく 時間がない という人がいますが、それはボラに裂く時間がないだけで、他の遊ぶ時間や趣味であちこち行く時間はあるのですから、価値観の違いですね。ま ボラはするのも自由、しないのも自由。 でも 筋違いの批判・誹謗・中傷はお断り! さて、前置きが長くなりましたが、本題のお掃除ボラへ、今回は神社境内なので、さほどゴミもなく、楽勝と思われた。 まあ せいぜい落ち葉くらいなもの。 ただ この落ち葉というもの、いくら片付けてもキリがない。 みなさん どの程度やればいいのか で悩んだようです。まずは参道および周辺のお掃除。 ただ この落ち葉掃除というのはけっこうやっかい。 というのは、細かい砂利の上のある落ち葉は普通に掃くと、砂利まで掃いてしまう。これ ちょっとコツがあるんです。 竹ほうきを持ち上げて、先っぽで跳ね上げるようにして掃くと、落ち葉だけが掃けます。 つまり 上っ面だけ掃くわけです。上っ面だけの言葉を吐くのはいけませんが、落ち葉掃きは上っ面だけがグー ただ 持ち上げているため、ほうきの重量がすべてかかるので、けっこうつらい。 そして、林になっているようなところは落ち葉が山済み。 これはすべて片付けるのはムリ。 まあ 道から見て見苦しくない程度にお掃除しました。 こういうのは木曽でしょっちゅうやってますが・・・ 正面から拝殿へ行く途中の太鼓橋 住吉大社 第一本宮 住吉大社鳥居前 阪堺電車 ということで、午前10時過ぎから12時まで、約2時間弱 お掃除ボラ終了! 今日は寒かったので、寄り道もせず、即 自宅へご帰還しました。尚、参加したいがどうすればよいのかわからない という方は、各自治体(市役所、町役場)および社協に問い合わせれば、ボラ団体を紹介してくれます。 もちろん お問い合わせいただければ、私の知ってる範囲でお知らせしますが・・・なぜか大学からアクセスの多い別ブログ なんとNHKからもアクセスあり!●別ブログ1/19の新着は「アナログ放送終了」 前回は「美徳はどこへいったのか?」 こちらも見てね
2009年01月25日
お掃除ボラ、行ってきました。 お天気も回復してまずまずの日和。 やはり普段の行いがいいのか?午前9時半、京都市役所前に集合。 今回は川端通り(鴨川沿い)のお掃除。 川端御池から加茂大橋間、もっとわかりやすく言えば、京阪三条のちょっと上から京阪出町柳まで、約2.5km。今回は平日にも関わらず、今までと同じ人数(約200名)が集まったそうです。 当然 リタイアした人や奥さまたちが多いが、私のように仕事をやりくりして来た人もそこそこいます。ということで、本日は 「京都・鴨川 お掃除ボラ」尚、昨日のブログは 「招き猫は左手、右手?」ご覧になってない方はこちらもどうぞ市役所の環境整備課担当の言われるには、「川沿いは一応 役所の管轄なので、毎日そこそこ掃除していますから、そんなにないとは思いますが、なにしろみなさまご存知のとおり 怒涛の3連休の後。 どれだけあるかわかりません」とのこと。まあ毎日やってるとは言え、せいぜい3~4人でざっと見るだけ。 こんな人海戦術はとうていできません。 で、6グループに分かれて各担当地域へ、お掃除隊出動 確かにそれほどでもないが、やはり3連休の後。 けっこうありました。これが2グループ分。 後 4グループ分を合わせると、少なくともこの倍以上はあります。 この方は市役所環境整備課担当。 一番多かったのは、タバコの吸殻。 次に菓子類などの小箱・包装類。 次いで、意外と多かったのは食べ物を入れてあったプラケース。 スーパーなどでパック詰めしてある、あの透明ケースです。あと ジュース缶類もありましたが、これは逆に意外と少なかったです。 まあ 自販機のそばには空き缶箱がありますし、コンビニ前にもあるからかもしれません。しかし 予想していたとはいえ、けっこう拾いましたね。 この川端通り、500m~800mくらいに道路わきにゴミ箱があるんですよ。 それでこれですから・・・ ポイ捨てがいかに多いか ですね。 ゴミはできるだけ持ち帰りましょう。尚、前回のお掃除ボラは「春日大社 清掃ボラ」それで お昼前に解散。 せっかく出町柳まできたのだから、叡山電車で鞍馬に行くことに。 子供が小さいとき行ったきり、20年ぶりくらいでしょうか。平日ですから空いてましたが、それでもお昼前なのに電車は8割方の乗客。 もちろん席は満席。 外国人もちらほらと、半数以上が観光客のようでした。 駅前の天狗のモニュメント 鞍馬寺です しばらく散策して、貴船へ戻る。 貴船神社です。 叡山電車・観光用パノラマシート 外向きにシートがあります 電車内から見た紅葉。 フラッシュが映ってしまいましたが・・・ 途中駅の紅葉 今日はいっぱい歩いて、足がちょっと お疲れモード。 なので、風呂に入って早く休みます。なぜか大学からアクセスの多い別ブログ●別ブログ11/11の新着は「CAもプロレタリアか?」 前回は「医療費、介護費用」 こちらも見てね
2008年11月25日
昨夜の雨、すごかったです。 横の側溝が普段はちょろちょろの水量なのに幅一杯に流れてました。 台風のときみたいに・・・ 近隣市で床上浸水もあったようです。今日はやみましたが、また 今晩から降るようです。 九州・熊本でも豪雨の被害が出てますね。 一昨日 入梅した東北も地震後の崖崩れなどが心配です。ところで、岩手・宮城内陸地震の被災地で、神戸大生の「出張足湯」ボランティアが好評を得ています。 この「出張足湯」 昨年 新潟・中越沖地震ボラでもきていました。記事はこちら→「出張足湯」ただし 時間の経過とともに記事内容が変わることがあります。行政や大企業の支援に比べれば小さい支援かもしれない。 それでも「放っておけない」と現場に駆けつける学生たち。 この小さな思いやりの心が、被災者の心の支援になります。昨年 「震災ボランティア その2」、「震災ボランティア その3」でも書きましたが、ボランティアさんたちは「何かしたい」という気持ちで行きます。 たとえ小さなことでも・・・ボランティアは誰でもできるものです。 別に特技や資格などなくても、その気さえあれば・・・ そんな時間がとれない。 健康に自信が無い。 などなど、いろいろな障害はあるでしょう。けど、昨年行った新潟・中越沖地震ボラでは足の悪い方(障害3級)がボラセンの受付業務をしていました。 関東の若い男性は夜行列車に乗り、1泊2日(土日)の短期日程でやってきました。「放っておけない」、「何かしたい」 その気さえあれば・・・ここに、NPO法人「レスキューストックヤード」 栗田暢之代表理事の話を紹介します。 -----------------------------------------------------------------数年前、中山間地を襲った土砂災害で、避難所から戻った老夫婦が自宅を見て絶句しました。 土砂が玄関や窓から入り込み、室内外の区別がつかない惨状となっていたのです。2人は一度は再建をあきらめました。土砂を片付ける主体は「被災者自身」だからです。 行政は原則として私有地には立ち入れず、親せきや地域の協力を期待したくとも、地域全体が被災地です。仮に身内で作業をしても、土砂との戦いは1日、2日では終わりません。 そこで外部からの支援が必要となり、災害ボランティアにその役割が期待されるのです。老夫婦宅にも全国からボランティアが大勢駆けつけました。 土砂をスコップでかき出す作業から始め、一輪車に乗せて集積場所まで運搬します。土砂に埋もれたタンスや冷蔵庫。タンスは水で膨張して引き出しが開かず、やむを得ずに後板をはがして中の物を取り出しますが、当然、中はドロドロです。私の大嫌いな用語に「災害ごみ」があります。 昨日まで使っていた大事な宝物ばかりなのに、それはごみなのでしょうか。 ボロボロの紙切れも、被災者にとってはたった1枚の思い出の写真かもしれません。つまり、作業を早く済ますという視点ではなく、被災者のペースに合わせながら、「大変でしたね、これはどうされますか」と会話を交わしながら作業することが非常に大切です。今度はおばあちゃんの肌着が出てきます。 これを男性に触られたらイヤでしょう。 水害後の作業というと屈強な男性ばかりが期待されがちですが、女性の手も必要なのです。そして、次は畳。 濡れた畳は本当に重い。皆で担ぎ上げ、集積場所まで運びます。その後はいよいよ床下の土砂です。人の力ってすごいもの。 ボランティアが毎日十数人、10日間ほど格闘して先が見えてきたころ、傍らで懸命に作業していた老夫婦の汗が涙に変わる。 一度はあきらめた家が、「また住める」ことになるからです。ボランティアも、もらい泣きしながら「良かったですね」と握手している。 こうして何人の被災者に「希望」の火をともしてきたことでしょうか。阪神・淡路大震災で「ボランティア元年」と言われた1995年から13年。 この間も一つの被災地に何千人、何万人ものボランティアが駆けつけてきました。日本社会に確実に定着してきた「災害ボランティアの文化」を続けていきたいと思います。(2008年6月13日 読売新聞) -----------------------------------------------------------------私も昨年 新潟・中越沖地震の災害ボラで経験しましたが、被災者の心のこもった「ありがとう」にはホントに癒されます。ということで、本日のお題は 「ボランティアをするのは」また硬い話で申し訳ないですが・・・ 尚、昨日のお題は 「禁煙すると」←ご覧になってない方はこちらもどうぞさて、本題のボランティアすが、「原義は志願兵であり、歴史的には騎士団や十字軍などの宗教的意味を持つ団体にまで遡る事ができる。 語源はラテン語の志願者である。」 とされています。日本のボランティア活動の始まりとしては、1989年のアメリカ・サンフランシスコ大地震でした。「救援はお金しか出さない」と言われていた(今でもその傾向はありますが・・・)日本が、お金ではなく人的活動をしたと評価されました。そして、1995年の阪神・淡路大震災では全国から大勢のボランティアが被災地に駆けつけたことから、「ボランティア元年」とも呼ばれ、その震災の日(1月17日)を「防災とボランティアの日」とされています。1990年に富士ゼロックスが「ソーシャル・サービス・リーブ」として開始した休暇制度が「ボランティア休暇」、「社会貢献活動休暇」などの名称で、主に大企業を中心に普及しました。その後、国家公務員にも「ボランティア休暇」が導入されることになり、その後、自治体の多くも「ボランティア休暇」を設けるようになってきました。しかし 職員が休暇を取得することで、業務進行や業績に影響するような場合、制度があっても取得しにくいという課題があります。そして 大会社、官庁に設けられているにも関わらず、まだ「ボランティア」そのものが理解不足です。 むしろ 中小企業、自営業についている人のほうが積極的です。 それには、自分自身が助け合い精神が身にしみてるからかもしれません。 失礼かもしれませんが、大会社、官庁勤務の方々は暮らし向きもそこそこ良く、人の助けも不要だからかもしれません。 さて、ボランティア活動中に不慮の事故にあうときがあります。 本来 無償の志願活動ですから、その事故に関しても自己責任(これが真の自己責任です)でしたが、それではボランティア自身に負担が多すぎます。そこで 近年は、「ボランティア活動保険」に入る場合が多くなっています。 この「ボランティア活動保険」はけっこう古くからありましたが、ボランティア活動そのものが認知されていない時代でしたから、加入率は低かった経緯があります。 しかし 最近は高齢化社会を迎え、ボランティア活動への意識が高まり、そしてそれを担うボラ ンティア活動者が著しく増加しています。また、日本の社会経済情勢、国民の生活形態の変化も著しく、ボランティア活動の範囲・内容も福祉・環境保護・災害救助ボランティア・NPO活動などと広範囲に変貌しています。尚、「ボランティア活動保険」の取扱いは、社会福祉協議会で行っています。 ボランティア個人、またはボランティアグループ等が加入申込者となり、 ボランティア個人を被保険者として、全国社会福祉協議会が一括して保険会社と締結する団体契約です。最近は多くなってきたボランティア。 しかし この前「好き勝手」で書いたように、まだまだ日本の民主主義は根の浅いもの。特に最近の日本では、自己本位な考えで事件を起こす人間も増えてきています。 どこまで人のことを考えられるか、そのへんに真の人間としての成長が問われるところです。「ボランティアをするのは」 ただ単に困っている人がいるから、それだけなんです。今日のお昼は「王女サファイア」で載せた、おたんじょーびぷれぜんとの「奥出雲 酒蔵らーめん」を作ってみました。 ちょっと太麺の縮れ麺。 麺に仁多米の米粉を練りこんである。 スープはしじみエキスの入ったみそ味。 ラードを混ぜてあるため、ちょっとこってりぎみ。 おいしゅうございまひた~以前にもらった「松江ラーメン」も同じようなスープだが、こちら↑のほうがラードの混入率が少なめなので、松江ラーメンよりはあっさり味。 本業多忙のため、まったく更新してませんが・・・●別ブログ6/1の新着は「足のむくみ」 前回は「長野・聖火リレー裏話」 こちらも見てね尚、迷惑書き込みがやたら多いため、現在 別ブログのコメント欄は承認後でないと投稿表示できません。 ご了承ください。
2008年06月21日
今日はこの前からお知らせしていたように、奈良・春日大社の清掃ボランティアに行ってきました。ということで、本日はいきなり「春日大社 清掃ボラ」レポート尚、昨日のブログは 「漢方薬 その1」←ご覧になってない方はこちらもどうぞ朝6時起床。(会社へ行くより早い) 7時過ぎに家を出、大阪環状線経由で鶴橋から近鉄線に乗り換え、奈良まで約1時間。(家から最寄駅まで20分かかるので、1時間20分)やけに人が多いし、学生が多い と思ったら、今日は学校は休みじゃないんですね。 だから電車の本数も多く(休日ダイヤで検索してました)、予定より早く9時過ぎには着きました。 なので 先に本殿、若宮宮などを参拝。9時半 受付で参加証を示し、ゴミ袋、名札などを受け取り、各グループに分かれます。 本日の参加者は7グループ、総勢100余名でした。今日はお天気もよく、京都・舞鶴で30度を超す夏日だったそうです。 10時から各グループごとに分担地域に行き、清掃活動。 清掃活動中です 尚、春日大社とは和銅3年(710年)、藤原不比等によって、常陸国鹿島から藤原氏氏神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)を春日神として祀ったのがはじまりです。また、神護景雲2年(768年)に社殿の造営となり、香取神 [經津主命(ふつぬしのみこと)]・枚岡神 [天兒屋根命(あめのこやねのみこと)}を合祀し、少し遅れて比売神(ひめがみ)を合祀し、四柱を祀る官社となりました。明治4年に春日神社に改称し、官幣大社に列しました。 昭和21年12月に、現在の春日大社に改称。元々 春日の地に祀られていた地主神は、廻廊隅にある榎本社として祀られています。地主神は、春日地方の旧勢力であり、和邇氏一族の小野氏が奉祭したと考えられていますが、この経緯に関して以下の伝承があります。常陸から遷って来た春日明神が春日山の神に、山を三尺借りたいと申し入れました。耳の不自由な春日山の神は詳細を聞かずに承知したが、春日明神は山全体の地下三尺であるとの理由を付け、結局 山全体を領するようになった といわれています。尚、春日明神が鹿に乗ってきたという伝説があり、神の使いとして鹿が大事にされるようになったそうです。 また、春日山は平城京の水源にあたり、山中には雷神・水神の鳴雷社も祀られています。春日大社には、摂社五社の他、本社内院に七社、中院に八社、外院に十七社があります。さらに、若宮内院(垣内)に二社、若宮外院に七社、飛地境内に十五社の計五十六社の末社があり、摂末社合わせて六十一社が存在します。 春日大社 ニの鳥居 春日大社:境内境内に含まれる主なものは、標高295mの御蓋山全域の山林部と、社頭から西方、飛火野(とぶひの)一帯の芝原、若宮おん祭の御旅所(おたびしょ)から一の鳥居に至る参道の地帯を含む平野部で、これら全域は昭和60年国指定の史跡です。往古、春日興福寺の境内は145万坪余(約500ha)あったといわれますが、明治4年に社寺領は上地され、明治7年 あらためて春日神社境内を309,602坪(実測)と定められました。昭和21年 国家の管理をはなれ、境内地の大半は国有地となったが、昭和26年 284,056坪の無償譲渡が決まり、更に有償譲渡及び旧来の社有地と併せて、現在総面積は約32万坪(約100ha)あります。この32万坪を7グループ(総勢100余名)に分かれ、10時から約1時間半 清掃ボラを行いました。 意外とゴミは落ちていなく、ちょっと拍子抜けでしたが、それでも家庭用大型ゴミ袋に15個分集まりました。(写真 撮るの忘れました)12時前に終了。 ゴミを集めて、集積所へ、その後 各斑の点呼。 それから宮司さんのお話が30分ほど。(まあ ここに書いた内容+α) 歴史好きの人にはいいけど、そうでない人には疲れた後の30分はチトつらいかも・・・ そして 12時半に解散です。その後 ちょっと散策。 ついでに近鉄の駅まで徒歩で・・・ だから けっこう歩きました。 奈良もよく通過はしていますが、ゆっくり歩いたのはン10年ぶりですかね。 良い お散歩(歩きすぎたけど)になりました。春日大社:本殿(国宝)本殿は、近畿圏に数多く分布する春日造の古式例として今日国宝建造物に指定されています。 檜皮葺き、切妻造り、あでやかな朱塗りです。御殿は四柱の神を祀るため四棟が並び、平安の頃より、二十年という式年で建て替えが行われてきましたが、江戸時代末期の文久三年の造替を最後に、破損に応じて修理を行いつつ今日に及んでいます。本殿向って右(東)から、第一殿 武甕槌命(たけみかづちのみこと)、第二殿 経津主命(ふつぬしのみこと)、第三殿 天児屋根命(あめのこやねのみこと)、第四殿 比売神(ひめがみ)の四柱が祀られています。 武甕槌命と経津主命は水神(自然神・観念神的)、天兒屋根命と比売神は、祭儀にかかわる司祭者を神格化した神(人格神的)として、神格はきわめて対照的です。また、武甕槌命のシンボルは「杉」であり、芸能神の依代(よりしろ:神が依りつく物)である「松」が天児屋根命御子神を祀る若宮のシンボルであることから、樹神信仰が見られ、御蓋山(みかさやま)の木を伐ることは堅くタブーとされた。そのため、春日山は承和8年(841年)より狩猟・伐木が禁止され、現在も春日原始林として入山が禁止されています。 平安朝に入ってからは、明らかに藤原氏の氏神信仰が中心となりました。また 本殿までの参道の途中にある「神苑」は参拝者にやすらぎを与える神様の庭として、現在は一般に公開しています。元は、万葉植物園として昭和7年(1932年)に開園されたものといわれており、藤が有名です。また 万葉集に歌われた植物、約270種類が植えられています。それぞれの植物にはそれを詠んだ万葉歌の標柱も添えられています。 神苑の藤 木曽に着いてます。(5/1 AM11:00) 室内温度 12度。◆行方不明の ケイ君 まだ見つかっておりません。 長くなりそうなので、お知らせはヘッダーに移動しました。●別ブログ4/29の新着は「お米をもっと食べよう」 前回は「老眼」 こちらも見てね尚、迷惑書き込みがやたら多いため、現在 別ブログのコメント欄は承認後でないと投稿表示できません。 ご了承ください。
2008年04月30日
昨日はちょいとアクシデントがあって、ブログをお休みしました。 昨日は仕事部屋のPCの整理&配置代えをしてました。 電気配線もやり直し。むろん プリンターやら、CDRW、MOなど、周辺機器のケーブルもやり直し。 これがけっこうメンドイ。以前にも少しやりましたが、とりあえず使えるようにしただけで、プリンターなども設置せず、また 今のPCとの連携もしてませんでした。 よく見えないが、左側3台のうち、手前が仕事用最新機種、真中は古いWin98、向こう側が古い仕事用。 仕事用のものは2台を連携してます。 だから キーボード、マウスは兼用。見えないけど、左側奥は前のまま。(個人用 古いWin98) 左下にはずした仕事用PC。(壊れてますが、HDを入れ替えて、とりあえず動くようにはしました)で、仕事用の古いPCのIEがおかしくなった。 それにOutlook Exp.も起動しない。 てなことで、修復ソフトを導入して、なんとか回復。(でも 前より反応がめっちゃ遅い)てなことで、昨日は夜中の3時までかかってしまい、ブログ更新もできず。 おまけに、今日は出勤するつもりが、寝過ごしてしまったので、自宅お仕事になりました。まあ データもすべて持って帰ってきてるので、自宅でもできますが・・・ということで、週末のお約束 温泉シリーズの次は、グルメシリーズですが、今回 お休みです。てなことで、未だに業務多忙のため、ご訪問もなかなかできません。 また コメントのレスも遅れております。 ご容赦!尚、一昨日の温泉シリーズは「南信 遠山温泉/かぐらの湯」 ご覧になっていない方はこちらもどうぞ阪神大震災以来 急速にボランティアが普及してきました。 しかし 日本ではまだまだ歴史も浅く、あまり参加していない人が多いのが実情。また ボランティアの意義をよくわかってない人もいます。 さて、あるところが「ボランティア活動」についてのアンケートをとりました。有効回答者数 45,439人(男性25,166人・女性20,273人)Q1 あなたは、何らかのボランティア活動に参加していますか?1位 まったく参加したことはない 56.2%2位 過去に参加したことはあるが、現在は参加していない 25.5%3位 継続してではないが、ときどきは参加する 10.2%4位 継続して参加している 7.2%5位 自分でボランティア活動を主催している(していた) 0.3%「継続してではないが、ときどきは参加する」「継続して参加している」、「自分でボランティア活動を主催している(していた)」を合わせて、現在も参加する機会がある方の割合は約18%。ニュースなどで見聞きするほどには、まだまだボランティア活動の参加は一部の人だけで、一般の参加率は高いとは言えないようです。それでも年代別で見ると、年齢が高くなるほど、ボランティア活動への参加経験をお持ちの方は多くなる傾向にあります。 特に、「継続して参加している」という方は顕著に増えています。人生を重ね、人のやさしさや思いやりの大切さが身に染みてわかってくるようになると、「自分なりにできることで、少しでも人の役に立ちたい」と思う気持ちが強くなってくるのかもしれません。Q2 あなたが参加・主催している(していた)ボランティア活動は、どのようなものですか?1位 清掃・ゴミ拾い 42.4%2位 青少年・子ども関連 24.2%3位 祭り・イベント 21.8%4位 募金・寄付金活動 17.8%5位 障害者関連 13.7%6位 地域振興 12.7%7位 高齢者関連 12.0%8位 自然環境保護 8.5%9位 緑化運動 7.5%10位 防災 7.1%1位は「清掃・ゴミ拾い」(42.4%)でした。 自分の家のまわりなど身近なところからでもすぐに始められる清掃・ゴミ拾いなら、誰でも気軽に取り組みやすいと言えるかもしれません。年代別で見ると、どの年代も1位は「清掃・ゴミ拾い」でしたが、2位以下にはばらつきが見られました。 まだまだ子育ての最中という方が多いであろう40~50代は、「青少年・子ども関連」が上位にランクインしました。60代以上の方では「高齢者関連」や「地域振興」などが上位に上がるなど、参加しているボランティア活動の種類は、それぞれの年代での生活上の関心事と密接なつながりがあるようです。Q3 あなたは、そのボランティア活動のことを何から知りましたか?1位 学校や職場での話題 27.5%2位 家族や友人が参加している(対象者となっている) 21.9%3位 家族や友人からの話 19.9%4位 活動している人たちに声をかけられた 16.5%5位 政府や自治体が発行する広報紙、定期刊行物 15.2%6位 新聞・週刊誌・雑誌 6.9%7位 インターネットのWebサイトやブログ、メールマガジン 5.9%8位 住戸への投げ込みビラやチラシ 4.9%9位 活動している人たちを街で見かけた 4.6% 10位 NPOやNGOが発行する広報紙、定期刊行物 4.5%参加または主催しているボランティア活動を知ったきっかけは、「職場の人や家族、友人など身近な人とのやり取りを通して」という回答が多く見られました。新聞や雑誌、インターネットなどのメディアで見聞きするよりも、身近な人から話を聞いたり、誘いを受けたりするほうが、「ボランティア活動に参加してみよう」という気持ちを促して、行動に移しやすいようです。人と人がつながり合うことがボランティアの根幹にあるのだとすれば、そうした活動に参加しようと思うきっかけをつくってくれるのもまた、信頼の置ける人とのつながりなのかもしれません。Q4 ボランティア活動を通じて自分が変わったと思うことは何ですか?1位 社会に対する問題意識が高くなった 34.1%2位 仲間や友人が増えた 27.3%3位 視野が広くなった 24.4%4位 特に変わったと思うことはない 21.0%5位 思いやりの心を持てるようになった 20.4%6位 他人の立場で物事を考えられるようになった 13.3%7位 人と積極的に関わりを持つようになった 12.9%8位 協調性が身についた 8.0%9位 命の尊さを知った 5.5%10位 生きがいを見つけられた 4.3%もっとも変わったと思うことは、「社会に対する問題意識が高くなった」(34.1%)でした。ボランティア活動に参加することによって、それまで当たり前のように感じていたことに疑問を持ったり、見過ごしていた問題点に気づいたりするなど、新しい視点で物事を捉えられるようになるようです。また、2位の「仲間や友人が増えた」(27.3%)ことによっても、視野が広がり、問題意識が高まるのでは、と考えられます。こんな意見もありましたいろんな知識が身についた(30代・女性)自分の考えの甘さを知った(40代・男性)はっきりと意見が言えるようになった(40代・女性)無償であるがゆえの純粋な気持ちが取り戻せたこと(70歳以上・男性)我慢強くなった(40代・女性)Q5 あなたが、今後、機会があったら参加してみたいと思うボランティア活動は、どのようなものですか?1位 自然環境保護 30.4%2位 緑化運動 27.1%3位 清掃・ゴミ拾い 25.4%4位 災害救援 18.8%5位 祭り・イベント 17.5%6位 青少年・子ども関連 16.1%6位 地域振興 16.1%8位 特に参加してみたい活動はない 14.2%9位 外国人・国際交流 14.0%10位 高齢者関連 11.7%1位は「自然環境保護」(30.4%)、2位は「緑化運動」(27.1%)と、環境問題の活動が上位を占めました。地球温暖化や異常気象など、最近ますます環境問題が深刻化してきていますから、皆さんの関心も高まっているようです。2008年は、地球温暖化の問題、CO2削減への取り組みが、これまで以上にクローズアップされる年になりそうです。身近なところから、少しずつでも、環境のための活動を始めていきたいですね。 年代別で見ても、「自然環境保護」と「緑化運動」はどの年代でも上位に上がっています。Q6 あなたが、ボランティア活動に参加してみようと思わない理由は何ですか?1位 自分のことだけで精一杯 32.3%2位 忙しくて参加する余裕がない 29.9%3位 体力的に自信がない 19.7%4位 特に理由はない 19.5%5位 関心がない 13.5%6位 ひとりで参加する勇気がない 10.3%7位 ボランティア活動に参加するきっかけやチャンスがない 9.8%8位 具体的に何を行っているのかわからない 8.3%9位 自分がやりたいと思えるボランティア活動がない 8.2%10位 まわりにボランティア活動をしている人がいない 7.7%Q5で、「特に参加してみたい活動はない」とお答えいただいた方に、その理由を聞いてみたところ、1位は「自分のことだけで精一杯」(32.3%)、2位は「忙しくて参加する余裕がない」(29.9%)と、気持ちや時間に余裕がないという回答が上位を占めました。また、職業別で見ると、会社員・公務員や自営業の方は「忙しくて参加する余裕がない」が一番。専業主婦(主夫)やパート・アルバイトの方は「自分のことだけで精一杯」がそれぞれ1位となっており、日々の生活に追われてくらしに余裕のないことが、ボランティア活動への参加を困難にしていると感じている方が多いようです。そもそも『ボランティア』の語源には、ラテン語の「Voluntas(ボランタス=自由意志)」、フランス語の「Volunte(ボランティ=喜びの精神)」、英語の「Volunteer(ボランティア=志願兵)」などが関係していると言われています。一説によると、『ボランティア』という言葉が最初に登場したのは、1640年代のイギリスなのだとか。 当時のイギリスは失業者が多く、国内は混乱した状況で、人々の生活は不安に満ちていました。そこで、「自分たちの住む場所は自分たちで守ろう」という町の呼びかけに応じて、自警団に参加する人たちが現れたのです。この自警団員のことを人々は、「自分から進んで町の呼びかけに応じた人」という意味と、「善意や正義を持った人」という2つの意味を込めて、『ボランティア』と呼んだのが、ボランティア活動の始まりなのだそうです。「ボランティア活動に参加してみたいけれど、どうやって始めればいいのかわからない」という方や、「どのような活動をしている団体があるのか、調べたい」という方は、お住まいの地域の社会福祉協議会内にあるボランティアセンターに問い合わせてみてはいかがでしょうか。昨日、仕事部屋で悪戦苦闘しているときに、ピンポ~ンとチャイムが。 何かまた頂き物のようである。 見ると「花さん」からの贈り物。画像ではよく見えないが、皿と同じ花が小鉢にもプリントされている。 おしゃれです。 「花さん」ありがとー! 全然 更新してませんが・・・●別ブログ1/7の新着は「2008年 今年の運勢」 また、前回は「救急医療」 前々回は「値上げラッシュ」 こちらも見てね
2008年01月27日
今日の楽天メンテ 長かったですねぇ~ いつもなら午前9時30分終了予定なら、9時ころには終わってるんですけどね。以前に緊急メンテがあったとき、誰かがヘンなものをほうりこんだのかもしれません。さて、この頃続いている防災シリーズですが(いつの間にシリーズになったの)、お待ちかねの「冷蔵庫」問題、やっと完結編をお送りできます。その前に、新潟・柏崎の救援物資の話題-----------------------------------------------------------------新潟県中越沖地震で被災した柏崎市で、水などの救援物資が大量に余り、市職員らが保管場所の確保に頭を悩ませている。3年前に発生した中越地震では、2005年2月時点で、県に寄せられた分だけで10トントラック約150台分の物資が余った。特に個人からの救援物資が多かったため、柏崎市は中越沖地震が発生した翌日の7月17日、個人からの救援物資は受け取らない方針を表明した。しかし、全国の企業や自治体からは市に救援物資が殺到した。市によると、全国の357企業と178自治体から、ペットボトル入りの水約68万本とお茶約28万本、約2万枚の毛布などが届いた。このうち、水1万5000本、お茶5000本、毛布1万7000枚などが余り、保管場所として使われる体育館など4か所が満杯状態になっている。市防災・原子力課の担当者は「全国から寄せられた善意の品なのできちんと保管したいが、場所も限られており結論は出ていない」と頭を悩ませている。富士常葉大の小村隆史准教授(防災学)は「救援物資は『被災地を襲う第2の災害』と呼ばれることもある。受け入れ・保管・配布のコストに加え、地元での売買の機会を奪うため被災地経済の復興の足を引っ張りかねない」と指摘している。(2007年9月8日 読売新聞)-----------------------------------------------------------------もったいないですねぇ~ 3年前の能登地震のときもこの問題がありました。 そのときは廃棄処分に数百万円の処理費用がかかりました。入札売却して、それを義援金に算入することはできないのでしょうか。ペットボトルの水 多少ワタクシたちも消費に協力しましたが・・・内緒!尚、昨日のブログは 「いじめ Part-2」です。ご覧になってない方はこちらもどうぞさて、「いよいよイベント Part-2」での続き、「冷蔵庫搬出作戦」 いっきまーすさて、君の任務だが、危険家屋の赤紙宅に立ち入り、重要物資の無傷搬出が使命である。 例によって、君、もしくは君のメンバーが捕らえられ、あるいは消去されても当局は一切関知しない。では、成功を祈る。 ジャンジャン♪ ジャジャカジャン~♪てなことで、私、まっつぁん、かーぼさん、えーじさん、と4人が2台の車に乗り込み(私とまっつぁんは軽トラ)、しゅっばぁ~つ!私が運転役、まっつぁんが地図を見て方向を指示する。 その後をえーじさんがついてくる。 さすが40日以上現地にいただけあって隅々までよく知ってる。途中 今までに走ったことのある道もあった。 そして 現地到着。 家人が表で待っていた。 早速えーじさんに判定してもらう。家人いわく、「基礎がやられてるから赤紙だけであって家はたいしたことないんだよ」、「今までここで住んでたしね」えっ 今まで住んでたの!なるほど 基礎の塚石がずれて基礎柱が斜めになってる。 まあ 何もないときはいいが、いくら家部分がどうもないとはいえ、強い余震などがあれば危険だ。平屋だからいくぶんマシだが、2階建てならチョー危険。 写真を撮りたかったが、やはり家人の見てる前で興味本位の写真は撮りかねるので、撮れなかった。(気が弱いし・・・) えーじさんが見て、「あ これなら大丈夫」と保証。(まあ これくらいなら私でもわかるが、微妙な場合は素人判断は危険)てなことで、えーじさんも加わって搬出作戦開始。 デカイ冷蔵庫だったが、簡単にあちらの軽トラに載せ、ロープをかける。(念のため 毛布、ロープは持参してきた)そして えーじさんはお迎えのため、一足先に出発。 我々は家人と軽トラと一緒にボラセン前の仮設住宅へ・・・仮設住宅に到着。 すると まっつぁんが飛び降りてボラセンのほうへ走ってく。 しばらくすると、ボラセンに待機していたボラたちが来た。あ なるへそ、 ここなら危険もないし、普通のボラの人に手伝ってもらえる。さすが まっつぁん 機転が早い。そして ボラさんたちが荷降ろしし、仮設住宅への据付もおこなった。荷降ろしの最中、えーじさんがお迎えにいったおばあさんを乗せて立ち寄ってくれた。 そう あの「ありがとう」にでてきた、おばあちゃんです。初対面だが、なにせこちらはえーじさんの日記で知っているから初対面とは思えない。 イベントを楽しんでもらうよう言って、ご挨拶。これで すべて丸くおさまった。 めでたし、めでたしボラセンに帰ってくると、イベントは大盛況。 たこ焼き、焼きそばの前にはながぁ~い行列。(これはこの前書いたとおり) ボラセン入り口の、かーぼさん、あかまっちくん そして 午後3時にイベント終了。 お片づけをする。 お片づけ終了後、がら~んとしたボラセン前 えーじさん、まっつぁんたちは一足先に帰る。 その後、終業ミーティングで最後のご挨拶。 そして 資材・送迎班で、あかまっちくん発案の1本締めで、本日の業務終了。 ボラセンも終了。あかまっちくんたちもここから直接帰宅する。 私はごんたを回収に長岡基地に戻る。 かーぼさんも長岡駅まで同乗。 長いようで短い1日でした。 みんな ご苦労さん! あ 余談ですが、送迎班在任時、田中真紀子邸の前 何度も通りましたよ。●別ブログ9/9の新着は「地下街の恐怖」 前回は「B級グルメ」 また、前々回は「どこまで出世したいか」 こちらも見てね やっと更新しまスタ
2007年09月09日
台風9号は午後7時現在、静岡県・石廊崎の南約120キロの海上を北上中です。 深夜から未明にかけて静岡県から関東地方に上陸し、東日本から北日本を北上する見込みです。進路にあたる地方の方は、大雨や暴風、高波に厳重な警戒および注意が必要です。 被害の少ないことをお祈りいたします。さて、一昨日のブログ「いよいよイベント 」の続きですが、体調がおもわしくありません。 腰痛のほうはさほどでもありませんが、身体が妙にだるい。 ですので、ほんのさわりだけ・・・(やっとメールの整理がついた) その前に、昨日の「ムコ多糖症」←ご覧になってない方はぜひどうぞ。知名度の低い病気って見落とされがちですが「電池が切れるまで」の本にも書かれているように、自分の灯火が消えるまで一生懸命戦っている子供達がいます。その子達の為に何が出来るのか、少しの時間でも考えられたら・・・これが昨日の内容です。ただいま まだお仕事中! 1人で居残りしてます。9/7 19:00溜まってたレスは少しずつ片付けてます。 イベント開始 1時間後。 まだ さほどの人出ではなく、かなり閑散としている。 ところが、この30分後くらいから、どんどん人が押し寄せてきた。 それがこれ↓ 午後12時すぎにはピークを迎え、午後1時にはカキ氷のみつが無くなった。次いで、やきそばも売り切れ。 幸い たこ焼きは作るスピードが遅いため、まだ材料はあるようだ。また お昼前には来られない人のため、仮設住宅への宅配も行った。 が しかし、日曜日でもあり、イベントに来ている人、また 本宅に物を取りに行っている人も多く、半分ほどは留守だった。 仮設住宅への宅配風景 前回の送迎班在席の経験により(地理を少しでも知っているし、車にも慣れているため)、この宅配にも出動した。あ 問題の「冷蔵庫」忘れているわけではありません。 では、時間をさかのぼりまして・・・ 赤紙宅の冷蔵庫搬出作業。受けるべきか、断るべきか、悩んだあかまっちくん。とりあえず、即答できないため、後で電話を入れる旨 依頼主にお願いする。まず そばにいた顧問 K氏に意見を求める。K氏いわく「ボラセンからは出せないけど、個人的に行くのは自由」そして これまたそばにいた私にウィンク(何を意味するかは即座に理解した)で、不肖ワタクシめが彼に、「じゃ ボラセンからは規定でボランティア派遣はできないが、全防災が独自に行けばいいんじゃない」「ただし 念のため、えーじさんかバードさんに見てもらって、危険と判断したら作業はできないが・・・」全防災はボラセンをはずれて独自に動くことが許されている。 ただし ボラセンにはひとこと言って、だが・・・もちろんこの行為の責任は各自の自己責任。 決して強制はされない。 つまり志願した者が行くのである。今までも赤紙宅の補強工事などはバードさん、えーじさん、まっつぁん、などが行なっている。 超危険宅には見張りを立てて、万一の場合はホイッスルを吹くことで緊急脱出する前提で・・・実際に緊急脱出するまではいかなかったが、危険な場面には何度か遭遇したそうだ。 そして えーじさんは11時に人を迎えに行くので、その途中に寄ってもらうこととして同行を了承してもらう。 ちょうどそこに用事を済ませた まっつぁんが帰ってきた。 もうひとり、近くにいた かーぼさんにも尋ねてみる。(この人も前回、バードさんとともに危険宅の作業をしている)OKとのことなので、これでメンバーは揃った。 作業は私、かーぼさん、まっつぁん と3人いるから充分。(もちろん人数が足らなければ、あかまっちくんも一緒に行くはずだった。 電話番を他の人に頼んで・・・元々2人で行くつもりだったし)で、あかまっちくんに依頼先に承諾電話を入れるよう促す。てなことで、赤紙宅の冷蔵庫搬出作戦に出動です。 つづく・・・ 全防災の公式ブログが開設されました。全国防災支援ネットワーク会議(暫定)公式Bloghttp://blog.zenbousai.net/今後、全防災としての最新の情報は上記ブログに掲載されることとなります。●別ブログ8/19の新着は「B級グルメ」 前回は「どこまで出世したいか」 また、前々回は「初恋」 林芙美子の初恋物語 こちらも見てね 更新してないけど・・・
2007年09月06日
いつまでも暑いですねぇ 9月になったのに、まだ厳しい残暑。 もう暑いのは、いいざんしょてなことで、いよいよ本チャンのイベントレポ。その前に、前日 バード氏は現地関係者とのお付き合いで外出中だった。 いつ 長岡基地に帰ったのか、誰も知らない。(本人弁:午前3時ころだったそうだ)そして 翌日も朝早くから、イベントのメイン実行者のライオンズクラブと打ち合わせのため、出かけていった。 これも 一部の人しか顔を見ていない。 一体 いつ寝たのか?さて、9/2当日 全防災メンバーも朝食を済ませ、各自の車で出発。(現地から直接帰る人も多いため) 私の相棒(いつから相棒になったのか)、あかまっちくんは、朝4時に家を出て直接現地へ着くそうだ。尚、あかまっちくん、昨日のブログ「大阪に」で、コメントをくれています。 本日も更正している間においでになった。 ありがとー! 現地 西山ボラセン着。 このボラセンもこれで最後になる。 私はたった1度しか来ていないが、ちょっと寂しい気もする。 ちなみに あかまっちくんはこれで4度目。朝 9時前、ミーティングが始まる。 いつもなら、昨日の反省点、引継ぎ、また 新人紹介、出戻り紹介があるが、本日は最後のため、省略。「今日 1日 がんばっていきましょう」ということで、各自 準備にとりかかる。 イベント日とはいえ、まだ通常のボラや引越しボラはある。 前日予定で3件 引越しボラのニーズがあった。 イベントの案内看板を作る えーじさん。 手馴れたもの イベントの目玉、たこ焼き、やきそば、準備中のライオンズクラブ面々 空はどんよりくもり空。 準備中に雨がパラパラと降り始める。 頼むから今日1日もってくれ と祈るような気持ちで準備を進める。 イベント開始直後(午前10時半) 空模様が怪しいので、人出は少ない。 ところで、わが相棒。 本日は電話番をおおせつかった。 前回は資材貸出&送迎班リーダーだった。 前回 私もそこにいた。 これが その資材貸出&送迎班のいる場所 今日も引越し、および一般ボラはあるので人数は少ないが、資材貸出&送迎班人員が待機している。 イベント開始1時間後。 まだ人出が少ない。 もっと来るのだろうか チト心配。 そして、あかまっちくん受け持つ電話番も手持ちぶさた。 が、そこで電話が・・・仮設住宅へ引越しを済ませたが(自分たちで荷物を運んだらしい)、冷蔵庫が重すぎて運べない とのこと。 軽トラックもあるし、家から車まで運び出してくれればいい とのこと。が、しかし よく聞くと、赤紙のお宅。 これは困った。ちなみに赤紙は「危険、立ち入りはしないよう」、黄紙は「要注意、できれば立ち入りしないよう」という区別になっている。原則として、赤紙の家にはボラを出せない。 というか、作業禁止である。しかし どうやら残っているのは冷蔵庫だけで、他のものは自分たちで運び出したらしい。 今はまだ夏の時期、冷蔵庫は必需品。心のやさしいあかまっちくん、はたと悩みました。 なんとかしてあげたいが、一般ボラさんには頼めない。 ちなみに今日も5~6人 待機しているが・・・さて、この要望をどうさばいたのでしょうか。 この続きはまた明日にでも・・・尚、レスしていないブログの分、序々にレスしてゆきますので、しばらくお【まっち】を・・・ 今までのレス、昨日、今日で一気に書き上げました。 遅くなってメンゴですぅ~ 全防災の公式ブログが開設されました。全国防災支援ネットワーク会議(暫定)公式Bloghttp://blog.zenbousai.net/今後、全防災としての最新の情報は上記ブログに掲載されることとなります。●別ブログ8/19の新着は「B級グルメ」 前回は「どこまで出世したいか」 また、前々回は「初恋」 林芙美子の初恋物語 こちらも見てね 更新してないけど・・・
2007年09月04日
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