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これは渋谷区笹塚にあった「福寿」先日上京した折に、友達と思い出話に花を咲かせた、懐かしい中華そば屋さんです。今は、もう存在しませんが、大将の人柄の良さと透き通った鶏がらスープの美味しい中華そば♪が気に入って足繫く通っていました。追記 中野区出身の友達から情報がありました。「福寿」には、あの渡辺謙さん、タモリさんも来店されていたそうです。♪私は残念ながら一度もお見掛けしていません。小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 12 話つい先程まで、どんなふうに話を始めようか?考えていた・・・良く思われたい気持ちが心の中を占めようとしていた。悪い癖だ。よし、知っていること、それが真実かどうかはさておいて、知っていることをありのままに伝えれば、それでいいのだから。それより、目の前でじっと待ってくれている青木氏をこれ以上待たせてはいけない。 「はい、それではお話をさせて頂きます。実は、私が生まれたあの町には恐ろしく古い歴史を持つ神社がありまして。なんと創建は紀元前667年なんです・・・」「君、それは!それが本当ならば日本の始まりである皇紀よりも古いことになるぞ!」「はい、ご存知のように、日本の歴史は神武天皇が即位された年で、西暦では紀元前660年ですから、かの神社の創建は皇紀より7年も古い、そういう事になります。神社の制札に記された縁起によれば、紀元前667年に即位前の神武天皇が海路豊予海峡に差し掛かったおり、急に船が動かなくなり難儀していたところ、地元の海女姉妹が海底深く潜り、海を治める大蛸が持っていた神剣を取り上げたところ、海が静まり。海女姉妹は剣を神武天皇に捧げた。その剣を神武天皇が御神体として祓戸(はらへど)の神を奉り、建国を請願した。とされています」「・・・何とも、それは・・・是非ともその神社を訪れてみたい。何時とは言わないが、リョウくん、また案内を頼みたい・・・君の都合のつく時で構わないから・・・そんなことなら今回・・・実に惜しい事をした」(会長はそれほど歴史に強い関心をもたれていたのか・・・。俺こそ知ってさえいたなら・・・)「分かりました。いずれなるべく早いうちに実現させましょうか」「どうか私の我儘を許して欲しい」そう言って青木氏は深々と頭を下げたのだった。 いつも有難うございます。
2025.04.29
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皆さんこんばんは。突然ですが、東京に行ってきました。今、ブログの中で東京で知り合った人たち、その中で、青木氏のこと、ケンさんのこと、などについてお話を展開していますが、その方々とは違う意味でそれはそれは、一言で言い表せないほどお世話になった方々、それはご一家ですが、再会の願いも果たせないまま、その おじさん、おばさんが相次いでお亡くなりになりました。何ともなんとも、悲しくて、でも、いろんな障害があって葬式に参列できずにいました。まるで砂を嚙むような思いとはあの日々の私の無念さ、あのことでしょう。来る日も来る日も、心に雲がかかっているようでやり切れない思いの毎日でしたが、ついに!やっと念願だったお仏壇と遺影に手を合わせること事が叶う、その日がやって来たのです!皆さんにお知らせもせず、申し訳ないことでしたが、全ての障害が取り払われたと知った私ははやる気持ちを抑えきれず、懐かしい東京へ向けて旅立ちました。懐かしいお二人の遺影に手を合わせると、あの頃のことが走馬灯のように蘇ります。夢と仕事に全力で走っていた私は、帰省もままならずにいた。それをお二人は不憫に思っていてくれた。そう思わずにはいられない日々でした。頻繫に食事に招待して下さり、特におじさんは忙しい中、一流の腕をふるってご馳走を食べさせて下さいました。なにしろおじさんは、あの上皇上皇后陛下のご成婚のみぎりに料理人の一人として腕を振るわれたほどの一流の料理人です。作って下さった料理の美味い事と言ったらとても口に出して言い表せないほどの美味しい料理でございました。その御子息である御兄弟に歓迎されました。あれほど喜んでもらえるとは思いもせず、熱いものがこみ上げてきて、どうにも人前に出れないようにくしゃくしゃの顔をさらけ出す始末・・・。懐かしい東京、懐かしい人たちとの温かい交流の数々を思い出し、語り合う私と記念に写真を撮ろうと何度も言い、その度に忘れて昔話に夢中となり、とうとう一枚の写真も撮れないまま・・・。それでも時間は容赦なく過ぎてゆきました。帰りは長男のS君が、バス停まで送ってくれて、自分が濡れるのに構わず私に自分の傘を差し掛けるのです。断っても断っても・・・「そんなに優しくしてくれると帰りたくなくなるじゃない!」そう言っても聞きません。優しいけれど意地の強いところはおじさんに似てる・・・。弟のH君は池袋の街中で人目も憚らず、ハグしてくれた。「会いたかったよー」と感極まった声でね、こっちも抑えていた感情が解き放たれてしまう。なんて温かい人たち!!ご両親と同じ血が流れていることを強く感じた。「来てくれてありがとう」と何度も言ってくれたけれど、それは俺のセリフ。あんなに歓迎してくれて・・・ありがとう、本当にありがとうございました!!!また会いにゆくよそれまで元気にしててねー!
2025.04.17
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