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美しく優雅なフォルムで搭乗者を魅了しながら、いざそのハンドルを握り操ろうとした瞬間、手のつけられないじゃじゃ馬と化すスポーツカー。ファーハド・マジディとはそんな選手だ。エステグラルの押しも押されぬスター選手として若くしてスターダムにのし上がると、若干18歳で代表入りを果たす。彼が初キャップを刻んだのはマィエリ・コハン率いるチーム・メッリの一員として挑んだ96年アジア杯の準決勝サウジアラビア戦でのことであった。その後、代表デビューを飾ったこのドゥバイの地が彼のフットボールライフの大半を占める事になろうとは誰も予想だにしなかったに違いない。当時のマジディは現在のようなストライカーではなく中盤で優雅なパスを操る司令塔であった。彼が代表に台頭したのと同時に代表から去ったのが現イラン代表監督のアミール・ガレノイである。つまりガレノイにとってマジディは代表とエステグラルにおいて後継者と目されていたのである。しかし彼を登用したマィエリ・コハンがダエイとの確執から更迭されたことで、マジディがフランスワールドカップのメンバーに選出される事は叶わなかった。 その後もエステグラルでは常にファンに愛され、同僚からも可愛がられ、さながら貴公子として振舞ったマジディであったが代表での実績を積み上げることができず、この頃から代表との相性の悪さを感じさせていた。そんな生活に突如、終止符を打つかのようにオーストリアの強豪ラピッド・ウィーンへとレンタル移籍を果たす。 背番号9を背負い期待を一身に受けたマジディの同僚にはミランからレッドスターを経て移籍してきたデヤン・サヴィチェビッチや、ロマン・ヴォールナー、ゲルト・ヴィマーといった選手がいた。ここで12試合3ゴールという結果を残したマジディであったが、ラピッドからの契約延長のオファーが来ることは無かった。(後にメフディ・パシャザデもこのチームで素晴らしい活躍をしながら契約を打ち切られている。彼もエステグラルからの移籍であった。)この頃、イラン代表はオーストリア代表と試合を行い5-1で敗れているが先制点を奪ったのは奇しくもオーストリアを離れる事になっていたマジディであった。そしてこのゴールを餞別にUAEのアル・ワスルへと移籍し彼のUAEでの生活が始まる。またちょうどこの年、キリンチャレンジ杯にイラン代表の一員として来日したマジディのプレーをスタジアムで見たのだが、かつて中盤の指揮者であった背番号7は、絶大なる存在感を示すアリ・ダエイのパートナーとして幾度と無く日本のディフェンスラインの裏を破るスピード溢れるストライカーとしての才能を感じさせるプレーを披露していた。試合はハミド・レザ・エスティリのずるがしこさがこじ開けた日本ディフェンスの穴をアリ・ダエイが打ち抜きドローで終えたが、事実私の印象に最も残ったのがマジディのスピードであったと記憶している。多くのイラン人が、オイルマネーに身をゆだねるマジディを快く思っていないのは確かだ。アル・ワスルからスタートした彼のUAE生活はアル・アリ、そしてACLの為にアル・アインへの短期間レンタル、そして再びアル・ワスルを経てアル・ナスルへ移籍するなどアリ・キャリミ以上にUAEで長くプレーするイラン人選手である為だ。これは若くして成功し、クラブで貴公子のように扱われたマジディにとってUAEでのぬるい生活が快適であることを示している。そしてイヴァンコビッチにも幾度と無く代表に召集されながら、親善試合パナマ戦で途中交代を強いられた事と、バーレーン戦を前にマジディをメンバーから外した指揮官がその理由としてマジディの怪我についての虚偽の発言をした事に憤慨し「私はもう彼の元ではもう代表でプレーしない」と宣言し代表を去る傍若無人ぶりは、まさしくそういった生活のなかで助長されたものだろう。それでもひとたび彼が代表でプレーすれば輝きを見せることも事実である。(39キャップ11ゴール)その性格が災いし98年と同様にW杯メンバーに名を連ねることができなかったマジディを見て、つくづく代表に縁の無い選手だと思ったものである。そんな代表に愛情の感じられない彼だが、共にエステグラルでプレーした弟のファーザド・マジディとの兄弟愛は例外である。エステグラルの右サイドから高精度のクロスを乱発し、2004年アジア杯には驚きの代表入りを果たした弟とはACLで対戦しているが、ピッチで抱き合う姿はピルーズィとバイエルンとの親善試合においてのキャリミ兄弟のそれと代わらぬ光景であった。ドイツで醜態をさらしたチーム・メッリは再起が期待されている。その舵取りを任されたガレノイはかつての自らの後継者の名をリストに加えた。ジャヴァド・ネコーナムやアリ・キャリミがUAEから欧州へと旅立つと、マジディの居るリーグにはエナヤティ、ハティービ、ボルハニ、ショジャイー、カービィといった才能が続々と移籍を決めた。もはやUAEへの移籍がかならずしもイラン人選手にとってマイナスでは無いことを表している。そのリーグで長年素晴らしいプレー(動画)を見せたマジディにガレノイは期待をかけている。貴公子も29歳を迎えた今、チーム・メッリと彼の相性の悪さを解消する最後のチャンスは果たして生かされるのだろうか。
2006.07.29
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「若手にチャンスを与えたい」やはりというべきか、カリム・バゲリは代表招集を辞退する旨を表明。この発言によって彼は図らずもさらなる尊敬を集め、真のスターである事を証明した。それはチーム・メッリが文字通り国民を代表するチームであり、いかなる英雄であろうとも私物化してはならないものだと言う事を示している。続けて彼の口から出たのは「私と同じように何人かの選手は振舞うべきでしょう」と引退を明示せずにアメリカへ逃避したかつての同僚へのメッセージだった。思えばカリム・バゲリが代表からの引退を表明したのが4年前の2002年、現在33歳になる彼が29歳の頃である。そう中田と同じ年齢でのことだった。そして共にピークを極めた中での引退という点でも類似する。ただ異なるのは中田が全てのサッカーシーンから身を引くのとは対照的に、当時カタールでプレーしていたバゲリは国内に戻り、本来のボランチではなくスイーパーとして4年にわたり目覚しい活躍を見せたことだ。バゲリは本来あらゆるポジションでプレーする選手だった。96年のアジア杯ではDFとして、アルミニア・ビーレフェルトではGK以外の全てのポジションで起用された。だが皮肉にも、彼が2002年の予選ではブラゼビッチにより急遽スイーパーで起用された事が、彼の代表引退を早める結果となる。最終予選のバーレーン戦で自身のふがいない守備により目前にあったW杯への切符を逃した事で自らの限界を感じ、後進に道を譲る決意をしたのだ。彼の代表のキャリアはここでついえた。しかし彼のフットボーラーとしての挑戦は終わってはいなかった。悪夢を味わったスイーパーというポジションを極め、自らの過去の汚点を払拭したのだ。同じように中田も代表でのトップ下を中村に奪われ、ボランチに起用された事で輝きを失った事は対象的な事実だ。代表引退から4年、33歳になってもなお国民から復帰待望論が巻き起こるカリム・バゲリこそ真の英雄と言えるだろう。それでも彼が再びチーム・メッリで腕章を巻く姿を想像すれば興奮を禁じえないのも事実である。一方、国内では新生チーム・メッリが始動。コーチ陣には懐かしいアリ・ペイラヴァニの顔も見られた。またダエイとの確執から解き放たれたイマン・モバリが、自らの継承すべく10番をまとうために戻ってきた。またボルトンのスイスキャンプに帯同しトライアルを受けたテイモリアンの姿も。彼の移籍は主力のホセイン・バダマキをピルーズィに放出したアブ・モスレム側が金銭面でさらなる額を要求したことで頓挫するという財政難のイランのクラブによくあるトラブルが発生。過去ログ1、2でも危惧していた事だが、この移籍が実現しなければチーム・メッリの損失は計り知れない。オサスナへの移籍が実現したネコーナムもビザの関係で国内にとどまりU-23、そしてチーム・メッリのキャンプに帯同している。だが既にオサスナは練習試合を戦っておりいち早く新チームに合流すべきだろう。彼らが欧州で活躍し、バゲリの開いた道を進み踏襲することが今求められている。その他のキャンプ画像はこちらとこちら。またガレノイ新監督はダエイとザンディ、そして人選についてメディアに自らの意思を「ダエイは尊敬に値するが、もはや代表でプレーする事は無いでしょう。またザンディの落選については3-5-2もしくは3-4-3のシステムに合致しない事に拠る戦術的なものである。」と述べた。また自身の率いたエステグラルから大量に選手を招集したことについて「彼らはチャンピオンであり、昨シーズン素晴らしいプレーを見せた。彼らにはその権利がある」と自らをも賞賛するような自信に満ちたコメントで締めくくった。また予想通りエステグラルの監督は辞任し、チーム・メッリの監督に専念するようだ。この日、チームを優勝に導いた指揮官を代表に送り出す事となったエステグラルでは最後のミーティングが行われガレノイのアシスタントコーチでかつてのエステグラルのストライカーであるサマド・マルファヴィ(画像:ガレノイ右隣)が後任に就く事が選手達に伝えられた。これで心おきなくガレノイが代表に専念し、いい仕事をしてくれる事だろう。追加情報:40名の召集選手のうちノウリについてですが、ピルーズィのペジマン、フーラドのミラドではなくセパハンのイランB代表&U-23代表MFモハマド・ノウリのようで、彼も初招集ですね。
2006.07.23
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注目を集めていたガレノイ就任後初となる代表候補40名が発表されました。内訳は以下の通り。【GK】4名ミルザプール、タレブルー、ルードバリアン、ラハマティ【DF】12名バゲリ、フェクリ、レザイー、サデギ、ゴルバニ、バフティアリザデ、ハディ・アギリ、シャクーリ、カービィ、アミラバディ、ベイクザデ、シールザド【MF】15名マハダヴィキア、キャリミ、マダンチ、バヘディ、ネクナーム、モバリ、マジディ、テイモリアン、ノウリ、バダマキ、カゼミアン、ショジャイー、マニイー、ナヴィドキア、カゼミ【FW】9名ハシェミアン、ボルハニ、ハティビ、エナヤティ、アクバルプール、ラジャブザデ、ゴラム・レザ・レザイー、アバシファード、ハンザデ赤:初召集(A代表のみ)青:復帰なんといっても注目はバゲリ、モバリが復帰。そして自らが率いたエステグラルからはフェクリ、サデギ、ゴルバニの3バックに両アウトサイドのアミラバディ、さらにはボランチのカゼミやGKのタレブルー、ラハマティとピルーズィへ移籍したがバヘディにアクバルプール(*ラフ・アハンへ放出)、エナヤティの2トップという4分の一を占める選手が召集された。また久しぶりの復帰となったマジディも元エステグラルのスター選手である。これはガレノイがエステグラルと同じ戦術でチーム・メッリを率いる意思の現われだろう。その一方、ダエイ、ゴルモハマディ(代表引退)、ザンディの3名がリストから外れた。ベテラン両名の引退はともかくザンディが外れた理由としては、現在所属チームが無く、コンディションもベストの状態に無いことが考えられる。さらに言えばガレノイの戦術にはスピードのあるサイドウインガー(アミラバディ、マダンチ、バヘディなど)が好ましい事からガレノイの元でザンディがプレーするチャンスは無いと言う噂もある。ブランコに誘われイラン代表を選択したザンディだが、ガレノイの元では無条件でスタメンを飾るどころか、召集さえも厳しい可能性が高い。彼には所属クラブをいちはやく探し、活躍することが代表復帰の唯一の手段だ。ただ、イラン人監督によるチーム・メッリが求められた今回の状況下で、事実上ガレノイがザンディの召集を好ましく思わず拒否したとの見方もある。勿論ファンはザンディの復帰を望んでいるが・・・そして過去ログで何度か話題に取り上げたパスの左サイドバック、ジャヴァド・シールザドとアブ・モスレムからピルーズィへ移籍したホセイン・バダマキ以外の初召集選手4名については後ほど追記します。まずはアリ・レザ・アバシファード。サイパで10番を背負い5ゴールを叩き込んだ長身FWで元U-23代表。今季からダエイの抜けたサバ・バッテリーに移籍したが、クラブでも代表でもダエイの後釜になれるだろうか。 続いてハディ・アギリ。セパハンでモフセン・ベンガルと強固な守備ラインを形成するソリッドな守備者。彼も元U-23代表に名を連ね、脂の乗った25歳で初のフル代表選出となった。ガレノイの想定する3バックのうちの2枚の強靭なストッパー候補の一人だ。そしてファジル・セパシから2名。ハシェム・ベイクザデは得点力のあるMFで、驚きの初選出。同じくファジルのモルテザ・ハンザデもまったくのノーマークから嬉しい初選出を飾った細身の長身の攻撃的MF。ファジルからは彼とコンビを組むゴラム・レザ・レザイーも選ばれており中堅クラブからの3名選出は意外だ。ガレノイの標榜する理想の2トップとして長身のエナヤティとスピードのあるアクバルプールと同様にファジルでの素晴らしい連携をチーム・メッリにもたらすことを期待しているようだ。また今回の選考からは怪我のジャッバリ、ザレ、そしてスパルタク・モスクワへの移籍が噂されるノスラティは手術直後ということで選出されなかったが、彼らもガレノイの候補メンバーにはいずれ加わることだろう。またU-23の主力からもフル代表との兼任組を除いて選出を見送っている。ただ最初にも述べたように、今回の注目はかつてのスーパースター、バゲリ(32)の復帰である。確かにピークは過ぎているが、経験に裏打ちされた守備で最終ラインのスイーパーに起用されることが予想される。ただ既に代表からの引退を表明してから4年が経ち、その間幾度と無く復帰を拒んできたバゲリが果たしてチーム・メッリに戻ってくるだろうか。もし復帰を決めれば拒む理由は何一つない。そして同じように長いブランクを経て復帰したフェクリ・ジョイバリ(37)もガレノイの元でスイーパーを務め、チームを優勝に導いたベテランだ。ここにバフティアリザデ(33)を加えた30歳オーバー3人衆をスイーパー候補として競わせるつもりだろう。これは98年の本番を前に守備の建て直しのため急逝復帰を果たした35歳のモハマド・ハニを連想させる召集だ。できればここにパシャザデという選択肢も加えてもらいたいところだ。勿論彼らが2010年までもつ可能性は低く、彼らの経験を若手が引き継ぐ事が何より重要なのである。この事は過去ログでも語っているが誠実な人柄とリーダーシップを兼備した真のスーパースターであるバゲリならその役割をこなすことは容易であろう。攻撃的な戦術を好むガレノイだが、その召集メンバーには強固なペルシャの城壁を再建する意思も感じてとれる。初戦はアジアカップ2007のグループB組予選、8月16日にアザディスタジアムにシリア代表を迎えて行われる予定だ。
2006.07.21
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昨シーズン、エステグラルを国内リーグ優勝に導いたアミール・ガレノイがイラン代表監督に選出された。ホマユン・シャフルハ二以来となる待望のイラン人監督の誕生だ。ガレノイは昨シーズン後、エステグラルを離れると噂されながら一転して留任を決め今シーズンのトレーニングにも参加していただけに、今後の動向が注目される。おそらくチーム・メッリの監督に専念することになるだろう。ガレノイといえば選手としてはダエイの上の世代でプレーした元代表MFである。 【後列左から:ガルーシ、ハクプール、ダエイ、バゲリ、シャハルディ、アベドザデ、前列左から:ディンモハマディ、エスティリ、ガレノイ、オスタドアサディ、サデギ】選手としても優れた司令塔であり、監督としても見事な手腕を見せるガレノイであれば新生イランの舵取りを任せるには十分であろう。また戦術面では、イラン国内リーグ発足時に大勢を占めた3-5-2システムを用いることが多く、DFには中央にベテランスイパーを用い、その左右に頑強な2枚のストッパーを起用する傾向がある。その前に2枚のボランチ、両翼には攻撃的なアウトサイド、トップ下にパサーを置き2トップは高さと速さという違うタイプを据えるシステムが彼の戦術の特徴だ。イヴァンコビッチが4年間用いた4バックから3バックに移行する事になるのか、それとも4バックを踏襲するのかなど興味は尽きない。またダエイに関しては、ガレノイはエステグラルでフェクリ・ジョイバリやマンスーリアンといったベテランを重用しているが、彼が現役時代に共にプレーした頃のダエイでは無いことをよく分かっているだろう。 またガレノイといえば、日本がドーハの悲劇を味わう引き金となった93年のW杯最終予選の日本戦にも出場している。(16番がガレノイ)前年の広島アジア杯での敗戦の雪辱(ピュス、モハンマドハ二、シャフモハマディら3人が退場するなどの激闘)を狙うチーム・メッリが闘志むきだしで日本と対峙した試合だ。試合開始早々、日本のパサーであるラモスに巨兵フォヌーニザデの残虐なタックルが襲い掛かると、ブラジルからやってきたサムライの腰が完全にひけてしまう。この場面をアリ・キャリミがアザディスタジアムにて中村を相手に再現したのは記憶に新しいところだ。身長195センチのGKアベドザデの左がそのフォヌーニザデである。このタックルがラモスの足を完全に痺れさせたのは想像に難くない。試合はこのプレーを境にイランが流れを掴むとレザ・ハッサンザデー、そして若き日のダエイの得点が日本の望みを断ち切る。その後中山が執念の一点を奪いボールを抱えて走る姿もむなしくイランが見事に雪辱を果たしている。その試合で中盤の司令塔として、また組織的な守備を率先したガレノイなら迷えるチーム・メッリに確かなヴィジョンを示せるだろう。ハンス・オフトは試合後ガレノイをアジアナンバーワンの選手だと絶賛した。イランは現時点で最良の選択をしたと言えそうだ。
2006.07.17
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47位、それがイランにそしてアジアにつきつけられた現実だ。失望を味わったドイツ大会から、チーム・メッリは立ち直るために何が必要だろうか。懸念の新監督問題ではIFFのエグゼクティブディレクターに就任したダリウシュ・モスタファヴィがマィエリ・コハンの監督就任を要望するなど、イラン人監督を望む声も聞かれればアリ・ハーンや、レネ・シモンエス、フィリップ・トゥルーシエ、さらには前任のイヴァンコビッチまでもが候補に挙げられている。当然新監督にかける国民の期待は大きく、イヴァンコビッチがメンタルの部分でチームの分裂を防げなかったことからイラン人監督就任を望む声が大きいのも頷ける。その一方でヒディングやミラン・マチャラのように確実に結果を出している外国人監督を望む声もある。どちらにせよアリ・ダエイがリーダーとしての影響力を失いかけている混沌(カオス)状態にあるチーム・メッリには強い意思を持ったリーダーとなれる指導者が必要である事は疑いの余地が無い。それは国籍以上に重要視されるべきで、その為には選手の信頼を集める事のできるカリスマ性と、選手に、そしてイランサッカーに愛情を持っている事が必要条件である。そう考えるとこの監督人事は一筋縄ではいかないように思う。また戦術面では他国と比べイランに2つの要素が欠落していた。それは絶対的なストライカーと強靭なセンターバックである。ドイツ大会を通して素晴らしい戦いを見せた国には必ずと言っていいほどその2つを備えていた。カンナヴァーロ、アジャラ、マルケスといった決して体格を武器にしていない選手達の素晴らしい活躍。特にメキシコ戦でイランはその脅威を身をもって味わった。マルケスは攻守に渡りイランを脅かし、サルシドはイランのワンダーキッドに改めて守備のレッスン不足を痛感させ、オソリオもまた大会を通して陰のMVP級の活躍を見せた。メキシコはほとんどの選手が国内でプレーしており、洗練された連携力がそれぞれの短所を補い合い、長所を生かし合うまでに昇華されたチームにイランがつけいる隙は残念ながらほとんどと言っていいほど無かった。ゴルモハマディが代表を去った今、イランに求められているのは彼らのような守備者である。個人的には大会前に彼は去るべきだと述べたが、それは確かにリスキーではあった。だが韓国の20歳のDFキム・ジンギュが堂々と世界の舞台で躍動する姿を見て羨ましく感じたのも事実である。彼らのような若手に公平にチャンスを与えることは2010年において貴重な財産となるからだ。レザイーはしばらく代表でプレーするだろうが、2010年に向けて、これからの守備のリーダーに据えるべき人材が24歳のジャラル・ホセイニである事は確かだ。既にU-23ではネコーナム、ルードバリアンを抜いて戦ったスプリング杯においてキャプテンとして優勝に導き、知性、体格、守備力その全てが抜きん出た存在である。ブランコにも一度だけ国内組のみで行われたキシュ島キャンプに召集された経緯があるが、まずは12月から始まるアジア大会でオーバーエイジとして結果を残すことが求められている。そうなれば自然と彼がレザイーの横に納まる事だろう。そしてU-23で彼とコンビを組むシェイス・レザイーも同い年のカービィとは正反対の強靭な体格と守備力、スピード、攻撃力をも持ち合わせたタレントである。さらにはペジマン・モンタゼリ、オマーランザデ、ミルトローギなどが新生イラン代表の守備を形成する可能性を秘めている。勿論ノスラティやサデギ、シャクーリらの中堅組の奮起も必要になるだろう。そしてもう一つの問題である力強いストライカーの不在であるが、これは言い換えればダエイの後継者が居ないという事である。ドイツ大会でDFの2得点に終わった事実は、深刻なストライカー不足を顕著に示した。強固な守備陣が目立ったドイツ大会においてもルカ・トーニやヤン・コラー、ボルヘッティといったストライカーの力強さはイランには無いものであった。素直に考えればヴァヒド・ハシェミアンとアラシュ・ボルハニが候補に挙がるだろうが、どちらも残念ながら1トップで強豪国の守備に風穴を開けるほどのインパクトは無い。若い頃のダエイのように理屈ではなく、形にこだわらず体でボールを押し込むタイプのハードなストライカーが必要なのだ。オラーディも爆発力はあるが世界レベルではサイズ、実力共に世界レベルに達していないことはバイエルン戦で露呈したし、エナヤティに関しても長身ながら1トップを張るほど強靭ではない。あえて名を挙げればフェリドーン・ファズリやニクバフト・ヴァへディの方が適任かもしれない。実はこのタイプのストライカーが枯渇している事がイランにとって深刻なもう一つの問題であり、欧州や南米と互角に渡り合うためにも2010年までになんとしても解決すべきである。代表引退の声明こそ出していないがダエイというイランの最大の英雄の穴は簡単に埋まりそうにない。そんな中、レネ・シモンエス率いるU-23代表はサバ・バッテリーとの練習試合を行った。(画像はこちらを参照。)新たに迷将ファーハド・カゼミ率いるサバのキャプテンはアメリカへの移籍が噂されるダエイに代わりベテランで元代表ボランチのヤドラー・アクバリが務め、長髪を切ったサイード・ベイギ、ボスニア人ストライカー、アブディッチと元イランB代表のユーセフィ、ゾハニなどがシモンエスボーイズと激突した。U-23代表のスタメン------------RoudbarianArzani----Sheys----Hosseini---Akbari--------Nekounam--M.Zareh-----Heydari-----------Yavarzadeh--------Khorsandi---Yousefi一方U-23代表はホセイニ、ルードバリアン、オサスナへの移籍が決定後、帰国したネコーナムがオーバーエイジとして入った。シモンエスはこの3人をイスラム大会、西アジア大会と起用しておりアジア大会でも起用する事はほぼ確実だ。またボルトンのスイスキャンプに帯同しトライアル中のテイモリアンやUAEへの移籍が取り沙汰されているカービィとショジャイーなども本大会に向けて再びチームに加わることだろう。彼らの戦いが新生チーム・メッリの明るい未来を示してくれることを祈りたい。
2006.07.15
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インタートトカップ第2戦、カイセリスポル(トルコ)がホームにFCショプロン(ハンガリー)を迎える一戦がまもなく始まります。第1戦アウェーゲームを3-3で引き分けているカイセリスポルは勝利もしくは2-2までの引き分けで勝ち抜きが決定します。なおネット放送などはこちらを参考にしてください。カイセリスポルのスタメンきました。---------------------Ivankov--Aydin T.-----Reshad S.-----Johnson S.----Toledo R.--Mehmet T.---Bülent B.---Kevianpour H.---Fatih C.-----------Gökhan Ü.-----Muhammet H.またカヴィアンプール(元イラン代表)がスタメンですね。GKは前回ポカしたイヴァンコフ。ギョクハン・ウナル(トルコ代表)の決定力に期待。また、左サイドにサラゴサから加入したパラグアイ人、トレドもデビューするようです。彼はドイツでもプレーした左サイドバックです。守備面でも頑張って欲しいところ。前回すごいミドルを叩き込んだ右サイドのメーメト・トパーズも要チェックです。キックオフです。ネット中継大変重くなってます。いまだ0-0.カヴィアンプールは左のボランチですね。24分経過。カヴィアンプールが右からペナルティエリアに進入。30分経過。カヴィアンプール中盤でうまく散らしています。前半終了。0-0カイセリスポル、ホームの声援を受けて押していましたが、得点できず。ドローでも勝ち抜けですが先制しないとくるしくなりそう。またトレドは出てないようです。後半開始。53分カヴィアンプール交代。動きは良かったと思います。88分CKのこぼれ球をファティフが豪快にドライブシュートを叩き込んで先制。ゴール動画はこちら。1-0で試合終了。カイセリスポル勝ち抜けです。UEFA杯本選に向けて幸先いいスタートとなりました。
2006.07.08
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テイモリアンに続きジャヴァド・ネコーナムもスペインのオサスナへの移籍が決定した。W杯前にアル・シャルジャとの契約を解除していたネコーナムは、リーガエスパニョーラ初のイラン人となる。ドイツでは低調なパフォーマンスに終始したが、これまでチーム・メッリを支え続けた功績を評価され、この3年契約に至ったのだろう。バスクのチームであるオサスナの印象としては、私の好きなソシエダも幾度と無く獲得に動いた屈強なCBのクルチャガとレアル・マドリーから都落ちしたバルドのラインにミロシェヴィッチ、元ハンブルガーのロメオの2トップが頭に浮かぶ。(画像はオサスナ公式より)この中央にネコーナムが陣取る事になれば、オサスナの攻撃のダイナズムは確実に増す事だろう。またオサスナもチャンピオンズリーグ予備選からの出場権を得ており、カヴィアンプール、テイモリアンとのイラン3大ボランチが欧州の舞台で見れることになるかもしれない。ただテイモリアンはプレミアリーグの外国人に対する厳しい移籍条件を満たすことが必要になりそうだ。一方、国内ではブラジルキャンプが中止となったレネ・シモンエス率いるU-23代表が始動した。テイモリアンは渡英したため不在だが、ボルハニ、カービィ、ショジャイーのフル代表組にホセイニ、ヤヴァルザデ、シェイス・レザイー、マジャール・ザレ、モンタゼリといったイランの未来を支えるタレントが勢ぞろいした。彼ら若い世代がアジア大会、オリンピックで結果を残す事は海外組が活躍する事と同じくらい、いやそれ以上に重要である。2010年の主役になれるよう、アジアの誇りを取り戻すべく精進して欲しいものだ。中田英寿がドイツのピッチで涙を流したように、イランにも自らのふがいなさに涙した選手がいた。テヘランの魔術師ことアリ・キャリミである。あれほど夢見たピッチに立つ権利を得ながら、怪我をひきずり最悪のプレーに終始したキャリミはアンゴラ戦後ロッカールームで涙を流したといわれる。思えばチームワークの欠如からふがいない結果に終わった日本とイランのドイツでの闘いはどことなく似通ったものがある。そしてチームの和を乱したという意味で中田とキャリミにも少なからずチームのエースとして同じものが欠如していたように思う。それは自己犠牲と献身性である。アリ・キャリミはドバイでの王様生活をひきずり、バイエルンで見せる献身性とは裏腹にチーム・メッリでは横暴なキングとして振る舞った。このエースの態度がドイツ組、国内組、ダエイ派、キャリミ派といった様々な派閥を生み、監督へのリスペクトをも失わせチームと呼ぶにはおこがましいものに成り下がる要因となった。そして中田に関して言えば、彼が大会前にインタビュアーに述べたひとつの言葉が私の胸にひっかかった。「自分は全力を尽くします」この言葉が決してチームをまとめるリーダーの言葉でないのは明らかだろう。彼は一見ピッチで全力を尽くしてはいたが、チームの和を優先していない時点でフットボーラーとしての献身性は極めて低い。わがままなプレーで勝利に貢献する事が許されるのはフットボールにおいてはほんの一握りの才能だ。皮肉にもサッカーは独りでは出来ないということをピッチで体現してしまったように映った。この試合後、中田は引退を表明し新たな人生に進むことを宣言した。「サッカーは自分の為にやる」彼らしい判断だ。既に引退試合を組むプランもあるそうだが、ネットでいくらファンに感謝の意を述べようが、我々の心にまったく響かないのはなぜだろうか。彼はやめるべきではない。何が「美学」だ、「彼ならしっかり考えた上での決断だろう、だから尊重したい」だと?馬鹿げている。我々ファンは背番号7をまだ見たい。これが本音だ。そしてチームの和に問題があるならピッチ上で殴り合ってでも本音をぶつけて解決すればいい。そして彼を見たいファンがいる限りピッチに立って欲しいと願う。こんな形で引退することより、海外チームで干されJリーグに戻ってもピッチに立ち続ける姿の方が私は好きだ。中田らしいキレイな引き際は、私には最後まで自分を飾るナルシズム以外には見えなかった。一方、チームの和を乱し国民の批判を浴びたアリ・キャリミは子供達の輪の中にいた。それは中田が守り続けた純粋にサッカーを楽しむ心を取り戻すかのようでもあった。ドイツで同じような失望を味わった2人だが、中田は最後まで自分を愛し美学を貫く一方、子供達に夢を与えるキャリミの姿はより輝いて見えた。
2006.07.05
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中田英寿が衝撃的な現役引退を決めた翌日、アンドラニク・テイモリアンのボルトン・ワンダラーズ入りが確実となった。ボルトンといえばネコーナムに触手を伸ばしたことでも知られ、国際色豊かなチームとしても知られている。この移籍でテイモリアンは同じくイラン代表のボランチでチャールトンに在籍したカリム・バゲリに続くプレミアシップ史上2人目のイラン人となる。バゲリが名将アラン・カービッシュリー率いる昇格したばかりのチャールトン・アスレチックに移籍した当初は、チームメイトから「アジアのジダン」と賛辞を送られなど、プレミア初のイラン人として期待を集めていた。しかしバゲリ自身英語ができず、妻もイングランドに慣れることができないなど、ピッチ内外に問題を抱え、結局プレミアでの出場は同じ昇格組のイプス・ウィッチ戦に途中出場しただけでイングランドを離れている。この失敗の後、バゲリは中東のクラブへ移籍、日韓W杯最終予選敗退、そしてチーム・メッリからの引退とあいなったわけである。その後古巣のピルーズィに戻ってからはキャプテンとして素晴らしい活躍を見せ現在に至っている。テイモリアンはこの先輩の汚名を晴らすことができるだろうか。イングランドといえば以前に代表キャンプを行いクイーンパークレンジャーズ(2nd division)に3点を叩き込まれるなど、あまりいい思い出が無いがテイモリアンのプレースタイルには合致することだろう。23歳という年齢は決して若手ではない。W杯でスタメンを確保したことで巡ってきたこのチャンスをがっちりと手中に収めてもらいたいところだ。一方、暫定的にキウマルス・ハシェミが就任していたIFF会長にヘシメット・モハジェラニの就任が正式に決定したようだ。マシャード生まれのモハジェラニは現役引退後、ディトマール・クラマー(日本のサッカーの父)のコースでコーチ学を学び、初めてのW杯出場をイランにもたらした英雄であり、アル・シャハブやUAE代表の監督を務めた後は、当ブログでも幾度も扱ったようにオーストリアのアドミラ・バッカーのジェネラル・マネージャーなどを務めていた。この男の下でなら再びチーム・メッリが世界の舞台で成功する可能性は高まりそうだ。ただ69歳という高齢が心配されるが、アドミラのGM時代の精力的な活動ぶりを思い出せば、それも杞憂かもしれない。どちらにせよ政治に左右されない本当の意味でのチーム・メッリ(国民のチーム)をつくって欲しいものだ。 またピルーズィとエステグラルの狭間で揺れていたイランU-23代表MFベフシャド・ヤヴァルザデ・アフランジャニ(23)が正式にエステグラルとの契約にサインした。彼にはライバルであるピルーズィに移籍したバヘディ・ニクバフトの後釜として左からの攻撃を支えることが期待される事だろう。またエステグラルはサバ・バッテリーからマスード・ザレを獲得し、さらにはモハンマド・ナヴァジの復帰も噂されている。今シーズンの移籍マーケットではこの両チームの「買い漁り」が目に余るが、その移籍金に見合った活躍をACLなどで見せてもらいたいものである。エナヤティやハティービが高額なサラリーにつられ中東に渡れば、テイモリアンやカヴィアンプールは厳しい欧州での戦いに身を投じる。だが忘れてはならないのはチーム・メッリのベースは国内組でしっかりと固めなければ、ドイツで見せたようなイランのアイデンティティーをまったく見失ったサッカーに終始してしまうという危惧を持つことではないだろうか。イランらしいチームを国内組でつくりあげ、そこに海外組が経験やエキスを持ち込むのが理想である。この事を何より痛感しているのがモハジェラニだと私は信じている。
2006.07.04
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背番号6を背負いスタメンに名を連ねたハメド・カヴィアンプールは相も変わらない積極的なプレーを敵地で披露した。インタートト杯、移籍したトルコのカイセリ・スポルと、どちらの意味においてもカヴィアンプールにとって重要な初戦となったハンガリーのFCショポロンとの一戦は両者20本近いシュートを打ち合っての3-3の壮絶なドローゲームとなった。前半早々PKをトルコ代表ストライカー、ギョクハン・ウナルが叩き込み先制すると終了間際にも追加点を挙げて2-0で前半を締めくくる。後半開始早々に1点を返されるものの、またしてもウナルのポストプレーからトプズがミドルを叩き込み3-1とホームチームを引き離す。しかし、ここからショプロンが底力を発揮し2点を返し意地のドローに持ち込み初戦を終えた。ショプロンの3点目はカイセリ・スポルのGKがあまりにもお粗末なファンブルで同点弾を許してしまった事が悔やまれるが、敵地でアウェーゴール3を奪ったことは次節に向けて有利な状況だと言える。ハイライトを見る限りではカヴィアンプールの動きは切れており、積極的なプレーで80分プレーした事はデビュー戦としては成功と見て良さそうだ。トルコ各誌の評価も平均点(5)から(7)とまずまずの評価を得ている。ポジションとしては若干上がり気味のボランチの位置でプレーしたが、これからも攻守両面で存在感を発揮してくれそうだ。また同僚の点取り屋のウナルの動きが際立っており、この試合でもカヴィアンプールからの素晴らしいフィードに鋭く反応し、ゴールを脅かしたプレーが見られたが両者の連携が成熟すれば、ウナルが公言した「35得点」も現実味を増すだろう。カイセリ・スポルは1週間後ホームにショポロンを迎える。なおショポロンに昨季まで在籍したルイジ・サルトル、ジュゼッペ・シニョーリは残念ながらチームを離れる決断をした為、大物との対決は実現しなかった。この試合の詳しいスタッツ、画像、ハイライト動画はこちら。一方、残念なニュースをひとつ。ブラジルキャンプを予定していたシモンエス率いるU-23代表だったが、8名のパスポート取得が間に合わずキャンセルとなった。 AFCニュースよりかなりの強豪クラブとの練習試合を組んでいただけに、是非とも素晴らしい経験を積んできて欲しかったのだが。それにしてもイランのこういった不手際はあまりにも多く、関係機関ももう少し迅速に柔軟に対応して欲しいものだ。イランらしいといえばそれまでだが、ピッチ外のマネージメントの拙さが選手達の成長を阻むような事はあってはならない。IFFの会長のクビをすげかえた早々にこれでは、何も変わっていないと言われても止むを得ないだろう。そこらへんを彼らはどう改善するつもりだろうか。追記:先日発表されたU-23代表25名にオーバーエイジ組のネコーナム、ルードバリアン、さらにW杯出場コンビのショジャイー、テイモリアン、カービィ、ボルハニそしてダギーギ、アリ・アミリ、オラーディの合計9名が追加召集。
2006.07.02
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