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6年生のこの時期、志望校や通わせたい学校のレベルに達していない我が子の成績を見て、受験させた方がいいのか、させない方がいいのか悩んでいらっしゃるお母さんは多いのではないかと思う。以前のブログにも書いたが、私は、中学入試にもプラス、マイナスがあり、その子の性格や、成長によって決めるべきだと考えている。特に男の子は、中学入学以降に、身長もぐっと伸びるが、学力も突然変異でもしたかのように、伸びる子が多い。現に私の教室も中学生2年生までは、女の子たちがトップを占めているが高校生になると、その女の子たちを抜く男の子たちが現れる。小学生時代、お母さんに言われて、しぶしぶ勉強していた男の子が中学2年生を境に、自分から進んで学習するようになったケースはいくらでもある。W君は、従兄弟が通っていた、有名大学付属中学に入りたいと希望し大手進学教室に通い始め、またたく間にトップのクラスに入った。土曜日に行われるテストの結果も合格レベルに達していたので、進学教室の先生も太鼓判を押していた。しかし、私はその話しをお母さんから聞きながらもともと良い子で育ってきて、プレッシャーに弱い線の細いタイプだったので本番で実力が出せるかどうかが、心配だった。お母さんにも、自分でがんばれるお子さんだからなるべくプレッシャーを与えないで、リラックスして受験に臨めるようにしてくださいとお願いしていた。そして、その心配が現実に…テストの2週間前に体調を崩したことで、思うように勉強ができなかったことが、プレッシャーになり実際のテストで実力が発揮できず本命はおろか受験した学校すべてが不合格になってしまったのだ。親御さんは、隣区の公立中学校に越境させることも考えていたのだが、本人が、いまさら公立中学には行くなんて、格好悪い。と言うので、結局、偏差値が10以上下の大学付属の中学を受験し入学した。入学後、他の生徒達と同じように、全く勉強しなくなった彼は、私の教室でも学習意欲が見られなくなった。そんな時に、医学部の進学者が多いことで知られている私立の中高一貫校に通う、4年生から私の教室に通い始めたA君が、彼のクラスに上がってきた。A君は、小学校からその学校に通っているので、中だるみとは無縁で、熱心に勉強していた。どういう訳かA君がW君の、闘争心に火をつけ、英語は非常に熱心に勉強するようになった。これで、他の科目も勉強するようになるかと思っていたら、生徒同士が試験勉強の話しをしている時にW君が、テスト勉強なんてしなくてもウチの学校はレベルが低いから1番になれるから、しなくていいんだ。と言うのを聞いた。「本当に一番なの?」と尋ねた私にW君は、テストの順位が書かれた紙を見せてくれた。確かに、すべての教科で1番という訳ではないが、総合の成績で学年で1番になっていた。そして相変わらず私の教室の勉強以外、ほとんどする事のない状態で中学3年生も終わりに近づき、受験シーズンを迎えた。公立中学に通っている小学校からずっと同じクラスで一緒に英語を勉強してきたN君がW君が、中学受験に失敗した志望校の一つの高校を受験することになった。困ったことになったな、と思ったが、志望校を変えろとは言えない。N君は見事にその学校に合格した。N君は、小学生の時から、W君よりできなかったので、N君の合格はW君を複雑な気持ちにし、寂しい顔でこう言った。「先生、高校から入る、っていうこともできたんだよね。 見栄を張らないで、公立の中学に行っていたら、 合格できたかもしれないね。」「何、言ってるの。大学受験というチャンスがあるじゃない。 高校生になって本当にその学校に行きたいのなら、大学から入ればいいのよ。」4月5日のブログで紹介したJちゃんのように受験を直前で取りやめた生徒もいるし、合格した学校であっても、第一志望校ではないから行かない、という選択をした生徒達もいる。W君と同じクラスで勉強していたMちゃんもその一人だった。続きは、次回に…
2008年04月30日
昨日いただいたメッセージで英語育児をしている人の中には、日本語のテレビを見たがって英語の物を拒否し始めたら嫌なので見せない、というお母さんがいると知り驚き、その子どもたちが可哀想になった。日本語でも英語でもテレビを見せないという教育方針ならわかる。英語の物を拒否し始めたら嫌というのは、親のエゴだし、もし日本語のテレビを見て英語の物を拒否し始めたらそれだけ子供が英語に興味がない、とは思わないのだろうか?英語の習得の為に、母国語を避ける環境を作る。日本語の習得を封じ込めてまで、英語を習得する価値があると言うのだろうか?日本語は、習得が最も難しい言語の一つと言われている。今、私が第三外国語として習得しようとしている習得が最も簡単な言語と言われるインドネシア語と比べるとサバイバルする為の最低語彙数ですら、比べものにならないほど多くの語彙を必要とする。日本語が母国語でよかったと、つくづく思う。長い歴史の中で磨かれていった、美しい言語だからこそ俳句、短歌、川柳などが、生まれたのではないかと思う。私の知人の一人は、子供が生まれて1年後にアメリカの地方都市に海外赴任することになり、彼の息子は、英語環境の中で幼児期を過ごすことになった。奥さんは、学生時代の英語に磨きをかけようと息子をベビーシッターに預けて近くのコミュニティーカレッジにせっせと通っていた。夫婦の会話は、日本語だが、奥さんは、せっかく英語圏にいるのだからと子供には、英語を習得させようと英語で話しかけをした。息子は3歳から近くの子供達と一緒にナーサリースクールに通い始め現地の子供達と変わらない英語を話せるようになった。しかし日本語は殆ど話せない状態になり、私の知人は、帰国後を心配して奥さんに日本語を学習させるように言うが、日本に帰れば、日本語は自然に身に付くと奥さんは、聞く耳を持たなかった。そして、それから半年後、彼に帰国の辞令が下り、帰国した。奥さんは、せっかっく身につけた英語を忘れないようにと息子をインターナショナルスクールに併設されている幼稚園に通わせたいと考えたが、費用の高さに断念せざるをえず、車で30分ほどのプリスクールに通わせることにし家ではケーブルテレビで放映される英語の子供番組やアメリカのテレビ番組のDVDなどばかりを見せていた。そのプリスクールに通っている子供は、全員が日本人、日本語も飛び交う環境なので、またたく間に日本語を話せるようになった。ところが、プリスクールで仲良くしていた子が、突然、プリスクールを辞めて幼稚園へ転園した。驚いて、お母さんに電話で理由を尋ねると通い始めた幼児教室の先生に日本語の語彙数が同年齢の子どもに比べると極端に少なく、小学校での学習についていけない可能性があると指摘されたからだと聞かされた、不安になり、帰宅した夫に相談した。家には、日本語で書かれた絵本もなく、翌年に小学校に入学するのに、ほとんどひらがなが書けない。更に、彼の学生時代の友人(私の友人)が1歳下の子供を連れて、遊びに来た時にその子どもが、漢字の書かれている絵本を読んでいるのを見て初めて我が子が危機的状況にいるのを悟った。その日を境に、息子に対する日本語の特訓が始められ、もちろんプリスクールを辞め幼稚園に転園もした。そして公立小学校に入学。学年が上がるごとに、物語を読んで答えるなどの読解力の問題ができなくなってきていて、今年4年生になったその子が、国語だけでなく読解力が必要となってくる算数などに躓くのではないかと不安はつきないという。そして学校の勉強に追われて、英語に触れる機会を失ってしまったら英語をペラペラと話していたことが、信じられないような状態だと言う。今は英語を忘れてしまったかのようになっているこの子だが、中学や高校で英語に触れれば、その片鱗を表すことは間違いないし再び英語圏に行き、しばらくの間生活をすれば、また、英語を自然と話すようになるだろう。しかし、その程度の事の為に母国語の習得を犠牲にする価値があるのだろうか?英語が話せるようにしてくれ、と子どもが頼んだわけでもないのに、母国語をなおざりしてしまったツケは、子供が払わなくてはならないのだ。国際人とは、何国人でもない人の事を指す言葉ではない。言葉はその国の文化であり、identityだと私は考える。日本語がきちんと使えず、日本の文化が理解できない日本人は、英語が話せても国際人にはなれない。日本人として優先すべきは、正しい日本語の習得だと思う。日本に住んでいる日本人でありながら、母国語が正しく使えない日本人に育てようとしていることを親子英語や英語育児に填っているお母さんたちは気づかない。英語を習得させることは、その子にとってプラスになるべきことだ。決して何かを犠牲にしてまで行うことではないと私は思う。過ぎたるは及ばざるが如し
2008年04月29日
夢先生は、実は、おせっかいおばさんだったのです昨日の続き…お母さん方とプリスクールや英語サークルに熱心に通っている幼稚園の同級生の話しになった時に、一人のお母さんから、どうすれば英語が話せるようになるかが、わからないから、過度にやりすぎてしまうのだと思う。と聞いて、目から鱗が落ちた。自分が英語が話せない、苦手だから、子供は英語を話せるようにしたい、しかし、どのようにすれば英語が話せるようになるかがわからない。どの程度やればいいのかもわからない。だから外国に行く予定も、インターナショナルスクールに行くのでもないのにプリスクールに入れたり、私たちからみれば、そこまでしなくても、という状態までやってしまう。一方で、自身の経験から、どこまでやれば話せるようになるか幼児期や小学生時代にどの程度の英語力があればいいかをわかっている英語に堪能な親御さんは余裕のある取り組みをしている。どのようにすれば、どの程度やればいいのかを教えてあげれば、過度に走らずに済むということだ。でも、どうやって…ブログで具体的に教え方を、書くことができないし個別に対応することも不可能だ。と、考えていたら、生徒のお母さんから「地方の田舎に住む妹に、通える範囲には英語教室がないので、 ここで勉強したことを教えてくれるように頼まれて、 どう説明していいか、わからなくて困ってるんですよ。 DWEやパルキッズを勧めたんですけど、 やり通す自信がないって言うんですよ。 子供の英語の通信とか添削指導なんてないですよね?」と尋ねられた。通信、添削!この方法であれば、これから親子英語に取り組みたいと考えているお母さんには、子どものお年齢に合ったカリキュラム、取り組みをお教えし、お母さんは、私が指定した教材を通販で購入し、私が作ったカリキュラムに沿って教えもらえばいいし、すでに取り組んでいるお母さんたちには、ブログで書くより詳しく、学習内容を知らせてもらえばブログでは、書ける内容が限定されるが、メールでファイルのやり取りができれば習得度や成果をチェックし、アドバイスすることができる。実は、今までもブログを読んで、学習法についてコメントでアドバイスさせていただいた事はあるが、どのように習得が進んでいるのかがわからず、有効なアドバイスだったのかどうか気になることがあった。この方法であれば、成果も確認でき、その都度臨機応変に対応できるので、私も安心できる。限られた時間で行うことになるので、どこまでできるかわからないが、ご希望があれば、チャレンジし、だんだんといい形にしていきたいと思っている。おせっかいなので、当然、無料です。(笑)ご興味のある方は、ホームのページの左下にあるメール欄のメッセージを送るをクリックして連絡先メールアドレスを入れて送信してください。お待ちしています。
2008年04月28日
お陰様で今年の2月6日から始めたこのブログのカウンターが3ヶ月弱で1万を超えました。もちろんアフィリエイト目的や、自分のブログのアクセス数アップの為に内容に関係なく訪れる方もいるので、この数字を素直に喜んでいいのかと思うところもありますが、どちらかと言えば興味のある方が限定されるマイノリティーの分野それも固い内容で思いつくままに書いているこの拙いブログを毎日たくさんの方にお読みいただいていることに再度、驚き、感激しました。そして、今ではコメントや掲示板、メッセージで意見交換ができることや、感想をお聞きすることが喜びであり、大きな励みとなっています。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。このブログを始めた理由の一つに、幼児期にお母さんが将来の国語力の為に、意識的に正しい、質の高い日本語の習得を心がけ取り組んだ生徒とそうでない生徒達が成長するにつれてコミュニケーション力に差が出て英語習得にも影響が出てくることを目の当たりにして、幼児期の日本語習得の大切さに気がついた事がある。そして、お母さんが英語習得に拘り日本語の習得を妨げられている子供達の将来を憂慮するようになったことがある。英語と日本語、どちらが習得が難しい言語かと考えたら圧倒的に日本語の方が複雑で難しい。せっかく日本に住んでいるのに、我が子を貧しい日本語力で苦労している帰国子女のようにしてしまっている危うさに気づいて欲しい、一人でも多くのお母さんに幼児期の日本語習得の大切さを知ってもらいたいという思いもありブログを始めた。しかし、このブログを続けていくうちに、コメントやメッセージをいただくようになり我が子をバイリンガルにしたくて、英語が苦手の私が教えて8歳で英検準2級に合格させました的なブログを書いているようなお母さんたちだけが親子英語や英語子育てに取り組んでいるわけではないことを知った。早期英語教育が浸透してきたことによって、我が子に幼いときから英語に触れさせることがいいという考えが広まり家庭の中に英語環境を作ろうと努力しているお母さん方、通える教室がない、費用的な問題で通わせられない通わせたい教室がない、という理由で自分で教え始めたお母さん方が溢れる情報に悩みながら、手探りに近い状態で、孤軍奮闘、英語学習に取り組んでいることもわかった。指導経験が殆どない状況なので、教材の使用の仕方なども当然、無理な部分や無駄な部分が多いし、習得順序を誤っている為に行き詰まってしまっていてもその事に気づかずに悩んでいる方も多い。そして、もったいない事に小学生に上がると、親子英語とともに家庭での英語環境が消滅してしまうケースも少なくない。とても熱心に取り組んでいるだけに、継続することで、良い形で習得させてあげて欲しい、と思うようになり、このブログ以外に孤軍奮闘しているお母さん方を応援できることがあるのではないのか、と考え始めた。これだから口の悪い友人は、この営業目的ではないブログのことをおせっかいブログ、と呼ぶのだろう。確かに、頼まれもしないのに、いろいろ意見を言って(書いて)いるのだから、おせっかいだ。でも、おせっかいも、たまには、人の役に立つことがあるので、一つくらいは、こんなおせっかいブログがあってもいいだろうと思ってるし性分なのだから仕方がない。(回りはもう諦めを通りこして呆れているが…)私が運営している教室であっても、教室は教室として、純粋に指導内容、レッスンを見て、体験して選んでいただくべきと、という思いがありこのブログに教室の所在地などを記載していない。ありがたいことに、このブログをお読みいただいている方から通わせたいので教室の場所を教えて欲しいというメッセージを東京や近郊にお住まいの方からいただくようになった。通常のレッスンに参加して頂くことはできないが、南房総の研修所(ただの家ですが)で行われるイベントや課外学習の一部をオープン化し、興味のある方に参加していただくことで私の教室の一部を役立てていただけるのではないかと考えた。もちろん宿泊型の研修をこのブログで一般募集することは、法律に抵触する可能性があるので、顧問弁護士と相談して参加していただく方法を考えることが必要だが、それほど難しいことではないと考えている。そして、先日生徒のお母さん方と話しをしていて思いついたおせっかいが、もうひとつ詳細は、次回に
2008年04月27日

昨日の続き…英語を母国語のように教えるのだから、日本語は使ってはいけない、私の英語力では無理と考えていらっしゃる方は多いと思う。そんなことはない。子どもが、英語を聞いて想像して作ったイメージを壊さないようにイメージ作りを促すように使えば問題はないし、そもそも英語で理解をさせることは、アイディアさえあれば、それほど難しい英語を必要としない。学習を始めて1年ほどたった、年中のクラスの生徒に「先生、hardって何?」と聞かれたことがある。自宅でたまたま見たケーブルテレビの外国の幼児番組で、キャラクターが It's so hard.と言っているシーンが彼にはウケて、なんでそう言っているのか、知りたくなったらしい。DVDのように何度も見られるのであれば、繰り返し見ることで、イメージできるが、1度、それも途中から見たのでは、難しい。hardには、難しいと固い、二つの意味がある。レッスンが終わったら教えてあげるね。と英語で言い。終了後にロビーで、どのような場面で、使われていたのかを尋ねると困難な、厄介な、という意味で使われていたことがわかった。私と生徒のやり取りをかいつまんで書くと、こうなる。(英語が苦手な方にも使いやすい言い回しに変えた部分や、 やり方のイメージをつかんでいただく為に省略した言葉もある。) 教えついでに反意語のeasyもインプットしておくことにし、まず、ミスプリントしたコピー紙を目の前で破ってみせ、同じ紙を生徒に渡しながら、「Can you tear the paper in two?」紙は簡単に破れる。 「It's easy.」次に、頂き物のお菓子が入っていた箱の蓋をばらして渡し、「Can you tear the paper?」子どもの力では、簡単に破れない。「It's hard.」そして、メモ用紙に、ひらがなで、くま と書き「Can you read this? It's easy.」と言って目の前に置く。くま と簡単に読める。次に、ひらがなで書かれた寿限無の1ページを置く、「Can you read ?」生徒は、しばらく読んでいたが突然「It's so hard!」と頭を両手で挟んで叫んだ。彼が、見たシーンのイメージに填ったのだろう。突然、そのキャラクターになってしまったそれから、しばらくの間、レッスン中に、少し難しい質問をするとIt's so hard.を連発し、外国人講師を困らせることに…英語を英語で説明するニュアンスを掴むには、英語圏で発売されている子供用の辞書を読んでみるといいと思う。これは私が、生徒の語彙を増やす為に使用しているアメリカで購入したSNOOPYの辞書。英英辞典で英単語を調べた方が、、英和で調べるよりもその単語の使われ方がイメージできる。英語と日本語は、おせんべの裏表のように一対ではない。修行時代の巨匠の言葉だ。英語を聞くと、頭の中を日本語が駆けめぐるような状況にしてしまわないように注意しながら、日本語を使えばいいのだ。家庭で、英語のDVDやCDを聞いて、子供が内容について日本語で話したり、お母さんが日本語で質問するのは、聞いた英語で想像したイメージを損なわないので、全く問題はない。日本語を使ってはいけない!と考えずに英語のイメージを損なわない、ふくらませる為に使うと、考えれば、英語で教えることがもっと楽に楽しくなるのではないだろうか?
2008年04月26日
日本語で何て言うの?わからないから嫌。という我が子にどのように接していけばいいのかという問題は、親子英語を実践しているお母さんが必ずぶつかる大きな問題の一つではないだろうか。そして指導法もさまざまなので、いろいろなお考えの先生がいらしゃると思う。私も日本語で何て言うの、どういう意味? どうして?と日本語の意味も知りたがる年齢の幼児クラスの生徒に尋ねられることがよくある。でも、私も他の講師も決して日本語で答えない。質問の答えのイメージできるまで、英語で例をあげ続ける。お母さんにも家で子供に日本語での説明を求められても答えずに教室で先生にききなさい、と言って下さいとお願いしている。私も、小学校高学年や中学から習い始めた生徒に同じ質問をされたとしたら、まちがいなく日本語で説明する。しかし、母国語の干渉が強くなってくる臨界期を迎える前の生徒には、絶対に日本語で説明することはしない。日本語で説明するとすぐに理解し、使えるようになるというプラス面がある。しかし、その裏には、日本語の介在、干渉を促すというマイナス面がある。どちらを選択するか、ということになる。幼児向けの英語の本も、英語と日本語の両方が書かれているものと英語だけのものがある。もちろん、発音がカタカナで書いてあるものは、論外だが、日本語の記述があるものは、使用しないようにしている。特に日本語が読めるようになってきた時期など自然と日本語を追うようになり、英語に日本語が介在するようになる。そればかりか英語を日本語で確認する習慣が自然とつき、わからないと嫌、日本語で言って、と説明を求めるようになってしまう。英語聞いて、意味をイメージするという想像力が育たないからだ。せっかくDWEなど英語を英語で学習するという学習法で学ばせ日本語の介在、干渉を受けないで想像力を育てているのであれば日本語が併記されているような教材を使用することは避けるべきだと思う。子供が気に入っているキャラクターの教材に日本語が書かれている場合は、日本語を修正テープや、修正液で消してしまってから使用するようにしてもいいかもしれない。何故、英語を学んだのに話せないのか?一因の一つは、英語をイメージする力がないからだと考えられる。このイメージする力、想像力こそ、幼児から英語を学んだ子供たちが身につけることのできる運用力の元になる大切なものだ。(もちろん家では何もせず、週1回英語教室に通っている子供には、 身にけることはできない)そしてこの想像力を育てることが、早期英語教育の目的とも言える。母国語である日本語で考えるとよくわかるのではないだろうか。幼い子供は、親の話を聞いて、すべての言葉の意味がわからないのに、第三者に昨日お父さんとお母さんはこんな話しをしていたんだよ、と、想像した内容を話すことがあると思う。大人である私たちも日本語でニュースを見て、アナウンサーと一語一句違わずに、言うことは不可能だが、聞いて描いたイメージを言葉で表すことはできる。この想像力は、母国語の干渉が強くなる臨界期以降の子供達には、なかなか育てること難しく、わかる言葉だけでイメージを作り上げる想像力に優れているのは、語学習得能力にも優れている幼児期なのだ。だから、幼児から英語学習を始める意味がある。私の教室に編入してきた、他教室で日本語を介在、干渉する指導法で学んだ生徒たちは英語のみで学習してきた生徒が、年齢が上がるにつれて難易度の高い長文問題や和文英訳問題を得意とするのとは対照的に、年齢が上がるにつれて、問題の難易度も上がってくると想像力が育っていない為に、運用力に乏しく、語彙力を超えた長文の理解が困難で、和文英訳の問題ができなくなる傾向が見られる。特に和文英訳は、大学入試レベルになってくると直訳した日本語が書かれているわけではないので、和文からその文をイメージした内容を英語にする、という作業が必要になる。しかし、日本語を直接、英語にしようとしてしまうため、正しい答えを導き出すのに苦労している。オーストラリアの中学校を訪問した時にフランス語の授業を見学する機会に恵まれた。オーストラリア人の先生だったが授業はすべてフランス語で行われていて生徒が英語で質問しても、先生はフランス語で何度も例を上げながら、イメージさせようとしていた。レッスン終了後に先生に感想を求められ、私が日本で英語を幼児や小学生に英語を指導している方法と同じです。と答えると、うれしそうに「英語で説明した方が簡単なんだけれど、 それだとフランス語で考えて、言うということが難しくなったしまうから できる限りフランス語でイメージさせるように教えているんだ。」と話してくれた。英語を母国語のように習得するナチュラルアプローチ法で指導する時に日本語を使用しては、いけないわけではない。英語のイメージを損なわないように日本語を使えばいいのだ。長くなってしまったので、日本語の使い方や日本語で何て言うの?と聞かれた時の対処方などは、明日のブログで。
2008年04月25日
一昨日のブログのコメントにも書いたが、継続は力なり、と言うなら、指導する者として継続したくなるレッスン、教室であるべき。継続しなければ学習者本人が成果を感じられない早期英語学習を指導する者として肝に銘じて取り組まなければならないことだ。私の教室で指導助手や教務補助として1年生から高校卒業まで私の教室に通っていた大学院生と3歳から同じく高校卒業まで通っていた大学生が、働いているが、幼児から学んでいる小学生たちを見て自分たちより遙かに習得レベルが高いと驚いている。彼女たちより、小学生たちの方が学習能力が高いという訳ではなく彼女たちには申し訳ないが、先生も試行錯誤しながら、よりよい教え方をあみ出し、そして、実際に指導することで腕をあげる。仕事として具体的な指導方法を提供している教室があるので、このブログで具体的な教え方を書くわけにはいかないが、Phonix指導ひとつとっても2年生に導入するのと3年生に導入するのとでは、使用する教材やプリントは同じでも集中力や興味が異なるので、語りかける言葉や進め方は、全く異なる。今、私が2年生に行っている教え方は、何百回とphonix指導を行っていくうちにだんだんと磨かれていったもので定着レベルも数年前と比べると格段に上がった。幸いな事に、私の教室は、親御さんの理解もあり、95%以上の生徒が進学、進級に関係なく継続してくれるので、考えた指導方法を実践する機会に恵まれ、数年後にその指導方法が有効かどうかを見極めることができる。私も最初は幼児から教室で英語を指導する意義を見いだしていなかった。ところが、3歳から私の教室に通い始めた生徒が高校生になった時、外国人講師に高校生のクラス分けをするように指示した時に何の情報も与えていないのにも係わらず、彼女が上位クラスのメンバーとして選んだのは、小学生から習い始めた理解力のある生徒たちではなく幼児から英語を習い始めた生徒たちだった。この時から、私は幼児から英語学習を開始した生徒たちが身につけている運用力に着目し始めた。そして指導していくうちに、幼児から英語を学習し始めた中学生以上の生徒達が、学校や私の教室で学習する文法事項を4技能で運用できることに気がついた。ナチュラルアプローチ法の5つの仮説の一つである自然形態素習得順序仮説 自然な状況の中で言語の学習が行われる場合は、 母国語と外国語の区別なく文法形態素は予測可能な順序で習得される。が私の中で立証されたのだ。現在大学4年生で某私立大学の法学部に通う卒業生は、小学校1年生から私の教室に通い始め高校2年の時に大学受験準備の為に有名予備校に通い始めた。その予備校は単科受講ができなかった為、英語の授業も受講することになったのだが、まじめにコツコツと語彙を覚える生徒に比べて語彙力が乏しいその生徒が、模試やTOEICでクラスで上位の成績を取るのでいったいどういう勉強をしてきたのだ?と講師に尋ねられたという。予備校の講師が驚くほど、中学から英語学習を始めた他の生徒たちと異なった英語力を幼児や小学校低学年から英語学習を始めた子供たちは秘めている。その秘めたる力を引き出し、有効に活用させてあげることが私たち早期英語学習を指導する者の務めだと考えている。私の教室の親御さんは、中学で教鞭を取っている方、大学で英語を教えている方、英語を使って仕事をしている英語に堪能な方が多い。自身が英語に堪能なのに、何故、自分の子供達を私の教室に通わせるのか。もちろん自分の子供に教える難しさを知っているという理由もあるが、早期英語教育によって英語を習得した生徒に合った教え方があり幼児からの英語学習で習得した英語力を活かす指導は、実際に幼児から生徒を指導し、その力の優れた点、劣っている点を知っている者にしかできない。その事を知っているから、月謝を支払って習わせ続けるのだと思う。今、私は、幼児や1年生から私の教室に通い始め多聴の為の暗誦プログラムに取り組んでいる4年生、5年生に文法シラバスで指導しているが、(中学生への教え方とは全く異なる)規則的な考えをインプットし理解するとすぐにそれを4技能で運用し始める。レッスンの度に幼児から英語学習を始めて身につけた英語力の底知れない吸収力に驚かされている。その可能性は、計り知れない。
2008年04月24日
進学塾の中には、高学年になると、習い事を辞めるように言うところがあり、どうすればいいのか、悩んでいるお母さんも多いのではないだろうか。確かに通っている進学塾によっては、ほぼ毎日授業があるようになったり、土曜日、日曜日も模擬テストや講習などが入ってきて、他の習い事に通うのは無理という状況になってしまう場合もある。そして将来、英語を話せるようにしたいから、受験準備が本格的に始まる4年生までに、ある程度の英語力をつけておこうと考えて、幼児から熱心に英語学習に取り組んでいるお母さん方も多いだろう。今年、幼児からDWEと外国人講師の英語教室で4年生まで熱心に英語学習をしていた女の子が私立受験を終えて私の教室に入会したいとレベルチェックを受けに来た。外国人講師とのレベルチェックでは、外国人講師の簡単な問いかけすら聞き取れず、英語が口から出なかった。それから2ヶ月、学校と私の教室と再び英語環境を得たことで、ようやく簡単な会話ができるくらいまでに戻ってきた。しかし、彼女の4年生までの取り組みを考えると、2年間、全く英語環境のない生活を送っていなければ、将来もう少し高いレベルに到達していたのではないかと思え、残念でならない。私の教室にも2月中旬に受験準備で2ヶ月半~3ヶ月半休んでいた生徒が教室に戻ってきた。受験準備に専念する為に4年の後半から教室を辞める生徒が2,3名はいるが、殆どが、受験ぎりぎりまで通って、受験後再びまた仲間と学びたいと、希望する。そこで私の教室では、私立中学受験をする生徒は、11月もしくは12月から受験準備に専念させる為に休会させ、受験を終えたら、レベルチェックを受け、該当するレベルのクラスに入り、休んだ分を週3回教室に来て講師が指定するクラスを受講する。そして新年度が始まる4月に再びレベルチェックを受け、該当するレベルのクラスに入る。しかし、どんなにがんばっても元いたクラスに戻れる生徒は僅かだ。特に一生懸命暗誦の宿題をやってリスニング力と運用力をつけていたAカリキュラムのクラスで学習していた生徒は、なかなか元のクラスへは戻れない。塾での勉強に追われるようになってくるとどうしても暗誦の宿題にかけられる時間が減ってしまい聞き込むレベルが他のクラスの生徒より低くなる。当然、リスニング力と運用力が他の生徒に比べ伸びず、じりじりと差をつけられる。そこに休会というブランクが生じる。英語圏で生活していた帰国子女ですら、英語環境がまったくなくなってしまった生活をしていると再び英語圏で生活するようになっても、すぐには元には戻らず、英語力を維持する為に、帰国子女専門の英語教室に通う子どもも多い。それより遙かに乏しい英語環境で身につけた英語など、英語に全く触れなくなれば、消えてなくなることはないが元のレベルに戻るには、それなりの努力が必要だし、受験に影響されずに学習を続けていた生徒達に追いつく為には、高いモチベーションと相当の努力が必要だ。私たち講師は、常にその子の将来の到達レベルを想定しているので、中学受験で、その子の到達レベルが下がってしまうことが残念でたまらない。将来、幼いときからの英語学習に見合うレベルに近づけさせたいと考えるなら、英語を耳にする環境をなくさないで欲しい。教室に通わなくても英語環境は、家庭で作ることができる。市販の音声教材、DVD、DSのゲームなどを毎日10分程度聴く、遊ぶだけで、英語環境をなくしてしまった場合と比べると元の到達レベルには及ばないものの、到達レベルは格段に上がる。継続は力なりせっかく幼い時から努力して習得してきた英語力を少しでも良い形で将来に活かしてあげることを考えて欲しい。
2008年04月23日
私の生徒のお母さんからも尋ねられることがあるくらい、学校のテストの点数からよく幼児期から英語を習わせても中学で学力の差は見られないという話しをよく耳にする。十把一絡げに幼児から英語を習わせても、と言われてもどのくらいの期間学習していたのか、辞めてしまってから数年たった子どもも含まれいるのか極めて曖昧だし、幼児期から英語を習っている子どもたちが、いかに楽に、よい点数を取っているかという事には触れられていない。通っている英語教室によっても、どの程度子どもが熱心に英語学習に取り組んだかによっても習得内容、習得レベルは異なるが、週に1回、ほとんど宿題がなく高学年になっても場面シラバス(昨日のブログに説明あり)で行われいる文法的整理がなされない会話中心の教室に通っていても教材を読ませる為に最低限のPhonix指導は行われるので、英語の音とアルファベットを結びつけることができ、スペルを覚えるのに費やす時間は、少なくてすむ。また、英文をまとまりでイメージできるので、教科書の暗記も短時間で行える。英語のテストにかける勉強時間短縮された分他の教科にまわせるというわけだ。幼児から家庭でもリスニングや暗誦を行い、さらに高学年から文法シラバスを導入されたカリキュラムで学んでいる子どもたちは、教科書を初めて手にした時に、教科書が読めるだけではなく文法を含めた内容が、すべて運用レベルで理解できる。従って、私の教室では、中学の教科書は丸暗記させるのではなく英文を和訳し、その和訳見てを英文で言う、書くという作業を語彙、スペルなどを確認させる意味でテスト前に行うように指導している。早い子なら1、2時間の勉強で、満点に近い点数を取る。そもそも暗記主体の中学校のテストでは幼児から英語を習っている子どもの英語力とそうでない子どもの英語力を比べることはできない。並べ替えや英作文など運用力主体のテストであれば、両者の学力の差は、もっと顕著に出るだろう。幼児から英語を習っている子どもたちが、本来持っている運用力を発揮できるのは、暗記主体から運用力主体の授業になる高校からだ。昨日のブログでも書いたが、中学で、暗記主体の学習方法でよい点数を取っていた子どもは、運用力が育っておらず、運用力を必要とする高校英語についていけない。偏差値35からの出直し英語などと予備校の宣伝文句に書かれているが、出直すには、時間がかかる。幼児から英語学習を始め、中学、高校ときちんと英語学習に取り組んでいれば受験の時期に解法テクニックを身につけるけで、中学から英語学習を始めた子より遙かに少ない学習量で偏差値70は、達成できる。確かに、多くの英語教育者が言う、単語を覚えようとしない。言えるからいいと言って文法に興味を示さないなど幼児や小学校低学年から英語を学んできたがゆえに陥りやすいマイナス部分もある。しかし指導者が、それらのマイナス面に気をつけ、生徒に高いモチベーションを持たせて学習させていくことで、解決できる問題だ。幼児から英語学習を始めても、文法主体の学校での英語には効果がないなどという話しを信じて、子どもの可能性を奪ってしまうことのないように気をつけていただきたいと思う。
2008年04月22日
私の教室は、中学生、高校生の為に個別レッスンも行っている。もともとは、部活でグループレッスンに間に合わない生徒や編入レベルに満たない生徒の補習の為に設けたのだが私の教室に通う生徒の英語が苦手な上の子や生徒の友人の英語に躓いてしまった中学生を受け入れる受け皿ともなっている。他教科の点数は平均点以上にもかかわらず英語の点数は20点以下、よく見ると小文字が正しく書けていない中学3年生やheやsheが代名詞だと理解していない中学2年生、中1で学習するbe動詞と一般動詞の使い分けで躓き、英語はわからないと投げてしまったケースは数え切れない。ようやく土曜日に英語の補習を行う公立中学校も多くなってきたが、ここ数年の早期英語教育ブームで、幼児から英語学習を始め中1で英検2級を持っている子どもとアルファベットと身の回りの単語くらいは知っています、という子どもが、同じクラスで学習している状況。公立中学で教鞭を取っている友人に「あなたのような人がいるから、私たち教師は苦労するのよ」と話す度に非難されても、大変さが想像できるだけに、ごもっとも、と頷くしかない。あれほど中学の先生方の反対が強かったのにもかかわらず小学校で英語が必修化が決まった背景には、彼女のような中学校で英語を指導する先生の声が多く上がり穿った見方かもしれないが、格差対策の一面もあるのではないかと思っている。英語を教科として考ると、実にやっかいな教科だ。暗記と運用、両方の力が必要なばかりではなく1年生でbe動詞と一般動詞の使い分けに躓くと、その後の文法事項は、知識として覚えられても運用することはできない。いわゆる積み重ねの構造になっている。そして、中学で英語の成績がよかったのに、高校で英語に落ちこぼれた、という話しをよく聞くが、中学時代に単語を含めて教科書を丸暗記するような暗記主体の学習しかしてこなければ、運用主体の高校の英語の授業にはついていけない。逆に英作文や書き換えなど、運用力に重点をおいた学習をしていれば、高校で学習する文法事項の80%が、中学で学習した内容の延長線上にあるので、ほとんど苦労することはない。今年のセンター試験の問題を見てもわかるように、知識を問う問題から運用力を問う問題へと出題傾向が変わりつつある。中学生時代にどのよう学習をするかが、非常に大切だということだ。英語に躓いているお子さんをお持ちの方はもちろん他の教科はいいのに英語の成績が悪く英語が苦手だと悩んでいるお子さんをお持ちのお母さんは特に、なるべく早くお子さんを連れて高校生も通っている英語教室の門を叩き、日本人講師に個別レッスンをお願いすべきだ。英語教室の講師であれば、自身が英文法を運用レベルで身につけているので、どのように指導すれば、運用力をつけられるかを知っている。そしてどこで躓いているのか、何が原因で難易度の高い問題ができないのかを判断し躓きの原因まで戻り、1から理解させて指導していくには、個別でなければ対応できない。なぜなら、躓いている箇所は同じでも、理解力やすでに持っている英語力に個人差があるからだ。今年大学を卒業して社会人になったYちゃんも中学1年生の時に英語に躓き、テストで40点以上を取ったことがなかった。お母さんがいくら塾に行きなさいと言っても病院に行くように怖くて行くことができず、そうこうしているうちに2年生の夏休みも終わってしまった。ところがある日、私の教室の前を通り楽しそうに英語を学んでいる幼児や小学生を窓越しに見て「あんな小さい子でも、楽しそうに勉強しているのだから、 私にもできるかもしれない」と、お母さんに私の教室に入れるかどうか尋ねてくれと頼んだという。レベルチェックの結果、彼女もbe動詞、一般動詞の使い分けで躓いていたことが判明。週1回の個別レッスンの他に、中1の文法事項を学習している5年生、6年生クラスにオブザーブ参加(後ろに座って授業を聴講する)をさせた。それから1年、彼女は、得意科目を記入する欄に英語、と自信を持って書けるまでになった。小学生から持ち上がりの生徒しか教えていないと思い込んでいないで、近くにある英語教室を訪ねて、相談してみることを勧める。小さいころから指導して、英語を習得させていくのも楽しいが、できなくなってしまった子どもをできるようにしていくのも私たち英語を指導している者の楽しみでもある。きっと力を貸してくれる先生が、回りにいるはずだ。
2008年04月21日
今日は、少々堅い専門的な話です。児童英語教育を含む早期英語教育には、さまざまな指導法があるが私の教室は、ナチュラルアプローチ法をベースに指導している。アメリカの第2言語学者クラッシェンらの5つの仮説1.学習と習得 第二言語学習は、文法を意識的に学んで知識を蓄積させるのに対し、 幼児の母語習得のように無意識に獲得する習得とに区別される。2.モニター仮説 意識的に学習された文法の知識は、第二言語の運用に際して 文法的正確さをチェックするモニターとして働くのみで 発話に貢献することはない。又、文法規則を十分に知らないと 有効に活用することはない。3.自然形態素習得順序仮説 自然な状況の中で言語の学習が行われる場合は、 母国語と外国語の区別なく文法形態素は予測可能な順序で習得される。4.インプット仮説 最も有効なインプットは、学習者が習得した能力より少し上のレベル。5.情意フィルター仮説 情意フィルターすなわち、心理的障害は、高いモチベーションと 前向きに学習を楽しむ態度が作られると低くなり、 インプットされたものが効果的に吸収され、言語習得の成功率が高くなる。これら5つの仮説から導かれた原理が下記の4つ。1.理解は、表出に先行する。 表に出てこなくても理解している。 発話しないからと言って理解していないわけではない。 →多量に聴くことが大事2.表出は段階的に生じる 発話は段階的に起きるので、発話を強制したり、誤りを訂正しない。3.学習者の情意フィルターを低くする。 楽しみながら学習させる。4.場面シラバスを用いる ナチュラルアプローチは伝達能力を身につけることにあるので、 文法中心のシラバスではなく話題中心、場面シラバスを用いる。私の教室の指導方法は、この考えをベースに作られている非常にシンプルなものだ。1.母国語を習得したように指導する。(幼児から小学校2年生まで)2.年齢的に概念のないことやイメージできないことは教えない。(2年生までは、年齢別クラス編成をベースとし飛び級は1学年まで 年長と小1は原則同じクラスにしない)3.習得に優れた時期を見計らって4技能を導入する。4.幼児や低学年から学習を開始した場合、規則に興味を持つ10歳を目安に 文法シラバスへと徐々に移行する。(レベル別クラス編成を主体とする。)私の15年間6レベル(但し下2レベルは6年と9年)のカリキュラムもこの指導法に沿って作られていて講師は、担当クラスに該当するレベルのカリキュラムに沿って教材を選択し、レッスンプランを作って指導している。しかし、この方法もすべての年齢に有効なわけではない。実際この方法が有効なのは、8歳までで、臨界期である9歳をすぎ、母国語の干渉が強くなると効果的な指導法とは言えない。従って、私の教室では、レギュラークラスの英語学習未経験者の受け入れを1年生までとしている。今月開講した私が指導している1年生クラスは、今週から課題曲が入ったCDを聴き、今月の課題曲と指示された歌を歌えるようにするという、多読ならぬ多聴きの為の家庭学習を開始する。聴く力が落ち始める2年生の後半まで、どこまで聴く力を伸ばせるか、これからの1年間が最初の勝負だ。
2008年04月20日
昨日生徒のお母さんからサークルと教室はどう違うのですか?という電話があった。なんでもサークルで英語を習っている友人から今のサークルを辞めたいが、違うサークルで探すべきか教室を探すべきなのかで悩んでいて、尋ねられたという。サークルと教室では、英語を教えるということは同じだが、サークルは、非営利の同好の士の集まりであるのに対し、英語教室は、商売であり、顧客の満足度を重要視する。運営形態が異なるので、運営姿勢も異なるし、費用も異なる。そもそもサークルと教室を比較することに無理があると思う。サークルを辞めて私の教室に移ってくるお母さんに理由を尋ねると会場や参加人数が少ないなど、先生の都合で休みなることが多かったという理由が一番で、費用が安いので指導内容は2の次という人が多いが、他の教室から移ってくる場合は、指導内容に満足がいかなかった、という理由が殆どだ。今のサークルを会場や先生の都合で休みが多いなど指導内容以外の理由で変わりたいと考えているなら、違うサークルに変わっても同じ問題にぶつかるだろうし、指導内容に満足ができないという理由なら、私のように大手英語教室で指導していた方が教室ではなくサークルを開いているケースもあり、サークルを主催されている方のブログで公開されているレッスン内容を拝見すると、英語教室以上のレッスンを提供してると思える方もいらっしゃる。一概に教室の方が、良いレッスンをしているとは言い難い。金額に見合うレッスンとレッスン環境を提供しているかどうか、教室とサークル、両方を視野に入れて検討すべきだと思う。私の教室は、他の教室から移動してくる生徒が多いが、年中さんなのに、私の教室が4つ目の教室という生徒がいた。もっといい教室があるのではないかと教室を転々と変えるタイプの親御さんだった。私の教室も子供が急に外国人講師を嫌がるようになったという?の理由で1年半後に突然辞め、5つ目の教室へと去っていった。確かに、習得レベルが上がったことで、それまでの環境では合わなくなり学習環境を変えた方がいい場合もある。しかし、学習環境を変えるという事は、子供にとって、一緒に学ぶ仲間、先生、指導法を含む新しい環境に馴染まなければならないというマイナス面もあることを忘れてはならない。順応性の高い社交的な性格の子どもはいいが、慎重な、内向的な子どもにとっては、かなりの苦痛を伴う。先日、このブログを訪問してくださった方のブログに履歴から訪問させていただいたが、アルファベット、色、数字と同じことばかりを3ヶ月やっているので、英語教室を辞めて、1回500円のサークルだけにしようかと考えていると、書かれていた。通常、同じ語彙を教えるにしても、単語レベルからフレーズ、リピートから運用まで、週を追う毎に難易度が上がり、講師の問いかけや、教え方が異なっているはずだ。それを、同じカードを使用している、新しい語彙を教えていないと言って、進歩がないレッスンと決めつけるのは、あまりに早計だ。他へ移ろうと決める前に、まずレッスンをよく観察し、疑問な点は、講師や教室関係者と話してみる。それでも納得がいかない、状況が変わらなければ、移ることを考えて欲しいと思う。外国人講師のレッスンを受講させたいと考え始めたが、通っている教室には、外国人講師がいないなど、条件面で合わなくなったのなら、迷わずに教室を探し始めるべきだが、そうでないのなら、子供が楽しく通っている教室を変えるというリスクの高い選択は、最終手段にすべきだと思う。
2008年04月19日
私の教室では、5年ほど前からを環境問題についての啓発活動を行い地球温暖化防止に取り組み、reduce、reuse、recycleを推進している。課外活動の学習テーマとしても取り入れどのようにゴミを軽減するか、水の使用量を減らすかなどを考えさせるアクティビティを環境保護のNPO団体の協力などを得て行い、生徒達にも実践を促している。活動を行っているなかで、大量の紙を使い、その中の数パーセントしか有効に活用されていないチラシなどの紙媒体による宣伝を行うことに疑問を持つようになり、ここ2年、チラシの作成、配布を止めている。しかし、一方で問い合わせの時に数年前に入れたチラシを手に「子供がこの年齢になるまで取っておきました」と教室を訪れる方もいらっしゃったりして、まったく入会案内の広告をしないことも躊躇われる。そこでゴミが出ない広告媒体としてwebを利用した宣伝に関心を持つようになり、現在、無料ページに教室の名前とホームページのアドレスだけ掲載している検索エンジン会社の営業マンに有料ページについて話しを聞く為に昨日の午後、会った。ヒット数、利用者の年齢、1年間の利用料などの説明に続き、有料ページの制作見本として見せられた、ある英語教室のページを見て驚いた。4ページの広告に使用されている教室での授業風景を中心とした10枚以上の写真、すべてに生徒の顔がはっきりと写っている。どのような人が見ているかわからないサイトに、生徒の顔を出す。きちんと親に説明し、理解を得られているのだろうか?私には、考えられない事だ。経営者、指導者のモラルを疑う驚くようなことはまだある。特に進学塾生徒の学力からかけ離れた難関校ラインを、がんばれば行けるよと生徒や親に吹き込み、「もう少しがんばれば…」と子供と親の気持ちにつけ込む。模擬テストでだいたい可能かどうかわかりそうだと考えるかもしれないが、小学生では、偏差値が一定しないことは普通のことだし、あと偏差値2、3で志望校の合格ラインに届くと思ってもその偏差値2つ3つが上げられる可能な数値かどうかは、指導している講師にしか判断できない微妙なラインだったりする。通常授業の他に特別講習、特別授業、個別授業を受けさせ、結果、落ちると、「少し、努力が足りなかったね。」などと言われて終わり。受験が終わった後、塾が勧めた志望校ではなく、滑り止めとされていた私立の中高一貫校に合格した生徒のお母さんから本来合格できる学校は、合格した学校で、塾に言われた志望校は、ウチの子には無理だったのだと思います。結局、塾にカモにされていたんですね。と、聞くことが多い。確かに勉強したことは無駄にはならない、しかし、そのような塾の利益追従の方針は、子どもの心に「あんなに努力してもできなかった」という気持ちを刻み込む。私には許せない行為だが、受験が終わったら、もう客ではないからどうなろうと関係ない。と、考えているからできるのだろう。最長で15年、共に歩く私には、とてもできない。ネットや足を駆使して卒業生などの情報収集を自分で行い塾の勧める学校ではない学校を受験校として選択できる親御さんはいいが、そうではない親御さんには、知らず知らずのうちに薬漬けにされてしまう患者のように塾のカモにされてしまうことのないように中学受験にもセカンドオピニオンが必要なのではないかと思ってしまう。
2008年04月18日
5年生のDちゃんが私の教室に編入したのは3年生の時とても3年生とは思えないほど、すべての行動が年齢より幼く、友達との関係がウェイトを占め始める年齢にもかかわらずお母さん、お母さんと甘えていた。その様子は、幼児のようでもあった。もちろん学習習慣もついておらず、担当講師は、彼女をレッスンに集中させる為に苦労をしていた。そんな彼女が、1、2年生と一緒に宿泊研修に初めて参加することになった。お母さんから参加申し込みの際にこの子は、私と離れて寝たことがないので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。と聞かされた担当講師は、不安な面持ちで私に報告をしてきた。集合の時も遠足気分で盛り上がっている1、2年生の横で、同じクラスの生徒と話すこともなくお母さんと手をつないで不安そうに出発を待っている。「がんばってね」と見送るお母さんの顔も心配顔だった。案の定、研修所に着いてお昼ごはんを食べ、勉強をしていると頭が痛いといってべそをかき始めた。「病院に行こうか?」「ううん、家に帰りたい。おかあさんのところに帰りたい。」かなり本泣きになる。「わかった。わかった。とにかく、頭が痛いのなら少し寝たら?」「うん」隣の部屋に布団をひき、彼女を寝かせる。隣にぬいぐるみを置いてあげると、しばらくして、泣きながら眠り始めた。ここでお母さんに迎えに来てもらい、彼女をこの研修から脱落させてしまえば彼女に「できない経験」を作ってしまう。私の頭の中、お母さんを呼ぶということは考えていなかった。彼女が目覚めて、他の生徒たちにどのような影響を与えどのような状況になるかわからないがとににかくお母さんと離れて寝ることができた、他の参加者と同じように一人でできた、という自信を学校の宿泊研修が行われる前に彼女につけてあげたいと考えた。2時間ほどして彼女は、目覚め、布団の中でめそめそし始めたがあえて私たち講師は、彼女を放っておき、様子を見ることにし、生徒達に夕食の準備をさせていた。すると、彼女が起きたことに気がついた一人の1年生の女の子がべそをかいている彼女のもとに行き、「大丈夫だよ。私もがんばってるよ」と言って布団から出ている頭を撫で始めた。「どうする?少しみんなと一緒にやってみる?」後ろから声をかけた。1年生の女の子の「一緒にやろう」という声に、布団からおきあがり、みんなのいる部屋へと1年生と一緒に入っていった。夜、また寂しくてべそをかいていたそうだが、翌朝、髪の毛をくしゃくしゃにして苦労しながら寝袋をたたむ彼女の顔は、昨日までと異なり、自信に輝いていた。この研修から、Dの様子が変わり、学校でも仲の良い友達ができ、勉強にも積極的になりました。これからはDを信じて、いろいろ経験させようと思います。と、お母さんから、嬉しい報告があった。ほんのささいなきかっけが、良くも悪くも子どもを大きく変える。勉強させることだけが、子どもの学力を伸ばすとはかぎらない。小さな自信を持たせてあげることで、自分の可能性を感じて、自分の力で伸びようとする。幼児までなら、お母さんが褒めることで子どもは自分に自信を持つことでできるが、小学生になれば、できない、できるとは思わないことを出来るようになった経験をすることでしか、自分に自信を持つことができない。この研修での経験で自分にチャレンジする自信を持ち、人間関係や英語に積極的に取り組むようになったDちゃんを見ていると自信を持たせてあげるきっけ作りも私たち小学生を預かる講師の大切な仕事だと思う。そして、小学生を持つお母さん方も勉強でなくても、スポーツや習い事で、一人でできた、というきっかけ作りの機会を積極的に与えてあげて欲しい。
2008年04月17日
昨日、日本人講師から、おもしろい話しを聞いた。年中クラスのお母さんの一人が、子供を連れて遊びに行く公園に3,4歳児を連れたお母さんたちの明らかに浮いている一団がいて、英語で話しをしているという。しかし、お母さんが子供に英語で話しかけても子供達は、英語で返事をするわけでもなく皆、凍り付いたような表情をして遊具で遊んでいる。その表情に胸が痛くなったという。そして、あまりの不気味な雰囲気に、その中の一人のお母さんに話しかけられたが何も答えずに、子供の手を引いて公園を出てきたという。「どういうグループなの?」「夢先生も知りたいですよね?」「興味あります!見に行きたいくらい。」「私もです。お母さんも不思議がっていたので、 今度遭遇したら尋ねるように頼んでおきました。」その一団の正体は…?来週には、ご報告できると思いますそして一昨日、3月18日のブログで紹介したプリスクールから幼稚園へ転園した子とお母さんが、私の教室を訪れた。問い合わせをいただいた時に、私の教室より近い英語教室を紹介させていただいたのだが、一度、会って話しがしたいし、レベルチェックもお願いしたいという連絡を再度いただき、お会いすることになった。U君は、反抗期の真っ最中。お母さんが入りなさいと言っても「嫌。ぼく帰る」しか言わない。家でも、英語で話しかけても、日本語で答え、英語は嫌とCDなども止めてしまうそうだ。彼にとって英語は強制されるというイメージなのだろう。私が英語で話しかけても、日本語でしか返事をしない。英語嫌いだもん。と教室を駆け回る。しかし、外国人講師が、ボールを持って表れると、さっと近寄り、外国人講師の英語の問いかけに答え始めた。なんともわかりやすい興味がないわけではないのだ。その証拠に、時間になりロビーの入り口で別れた後、ガラス窓に張り付いて、私が行っていた小学2年生のレッスンをしばらく見ていた。「先生、幼稚園に行かせてよかったです。」つまんな~いと言いながら、毎日楽しそうに出かけて行き、帰ってからは、幼稚園で習った歌を口ずさんでいるという。「確かに英語だけで考えれば、プリスクールを辞めたことはマイナスですが、 この子の人生全体で考えれば、本当に辞めてよかたと思います。」メールでお勧めした「その子育ては科学的に間違っています/國米欣明著」も読まれたそうで、この年齢にもっとも必要なことは、英語を身につけることではないと確信したそうだ。お母さんは、編入を希望されているが、隣県の自宅からの距離もある(道路が空いていて車で30分)ので、実際通っていただくにしても、3時からの幼児の時間帯に間に合うかどうかという問題もある。とりあえず、通っていただけるかどうかわからないが、幼稚園での生活が落ち着く6月以降に再度レベルチェックをすることになった。このブログにいただいた、プリスクールに通わせていらした方のコメントがなければ幼稚園への転園を決めかねている、と問い合わせのメールに書かれていてもそのことには触れずに、クラスがないとお断りしたと思うと伝えた。U君は、このブログのおかげで出会えた子だ。
2008年04月16日
春は、移動のシーズン。毎年1人は、お父さんの転勤に伴って地方に転居する生徒が出る。2、3年で東京に戻ってくるケースが多く、再び私の教室に通い始める生徒も少なくない。今年も、年中さんが一人4月の終わりに地方に転居することになり、2、3年で東京に戻れるので、すぐに私の教室に戻れるように転居先での教室を紹介してほしいと連絡があった。戻ることを考えて、なるべく私の教室に近い内容で指導している教室、できればナチュラルアプローチ法で指導している。(その年齢の子がイメージできないことを指導しない。 たとえば、曜日の感覚のない幼児に曜日や明日、昨日などをを指導しない)年齢別+レベル別(ただし幼稚園児と小学生を同じクラスにしていない)外国人講師と日本人講師が教えている。もし、どちらかという選択肢なら指導力のある日本人講師かカリキュラムコントロールを日本人がきっちりしている教室での外国人講師という条件で探すことにした。幸い転居先の県にこのブログを読んでいただいている方がいらっしゃり連絡させていただいたところ、すぐに、転居先近くの3教室を教えてくださり、助かった。さっそくインターネットで検索すると3教室ともヒットし、指導内容などがわかった。その中で小学校高学年になったら、他の道を探したら、と面談で言われた、云々という仰天の書き込みを読み、運営方針に疑問を持ったものの、わずか2,3年なので、外国人講師と日本人講師、レベル別クラス編成と指導面の条件に合っていた1教室を、生徒の親御さんに連絡した。そして昨夜、レベル別クラス編成の仕方、指導法などの詳細を聞くために電話した。東京で英語教室をやっていますが、来月、年中の生徒がそちらのエリアに引っ越すので、紹介する教室を探していて、そちらの教室の詳細をお聞きしたいのですが、今よろしいですか?はい。でも引っ越した時点で連絡を貰えればパンフレットを送りますよ。という高飛車な返答。パンフレットを送ってもらう前に通えるかどうかやシステムなどを伺う為にお電話しています。お忙しいなら、あらためてお電話しますがその後も要領を得ない返答が続き、話し方といい、BBSの書き込み通りの印象だ。ウチは一貫したカリキュラムなので、4年生以上は入会できません。最初に年中の生徒と言ったのに…こういう受付ならいない方がいい。講師は、外国人講師と日本人講師ですか?半分づつ指導します。幼児クラスもそうですか?そうです。でもウチはレベル別なので、小学生も同じクラスにいます。5歳児から7歳児、ひょっとしたら8歳児までが、同じクラス!この年齢の2年の差は大きく、動作の速さや思考レベルの差はもちろん幼稚園と小学校という生活環境が全く異なり興味の対象も異なる。指導法がナチュラルアプローチ法ではないことがわかるし生徒の為のレベル別ではないかと疑える幼児と小学生を英語レベルだけで年齢差を考慮せずに同じクラスにすると5歳児は、7歳児の行動や思考のスピードについていけず英語そのものがつまらなくなってしまう危険性があるばかりか急ぐことばかりを意識するようになり、じっくりと考えるという姿勢が身につかない可能性がある。この段階でこの教室は候補から完全に消えた。年に二回しか入会はできませんので、9月の説明会に参加していただかないと入会できません。ということは、10月まで入れないということだ新しいクラスをオープンするのなら、開講人数を確保しなければならず、一定の時期まで待たせるのは理解できる。しかし、既存のクラスに編入させるのに、何故、待たなければならないのか?年齢的に3ヶ月以上間が空いてしまうことはまずいということを知らないわけではないだろう。教材が半年ごとの進度になっているのか、新しい生徒がばらばら入ると既存の生徒に負担がかかるというのだろうが、それをうまくフォローし、さばくのが講師の指導力でもある。教室の方針を全面に打ち出しているのはいいが、いささか杓子定規すぎて、生徒不在、生徒を大切にしていないという印象を受けた。結局、第二候補である著名な児童英語指導者のカリキュラムを採用している外国人講師が指導する教室を紹介することに決めた。オリジナル教材を使用しているので、教材費が高そうなのがネックだが、クラス編成が、よく考えられている、リスニングの家庭学習を指導の柱としている2点を評価した。英語教室選びは、難しい…と痛感した。満足のいく教室がなかなか見つからない、英語子育て、親子英語に取り組む要因の一つなのではないだろうか?私の教室は、満足のいく教室として選択されているのだろうか?教室経営者として一抹の不安を抱いた。
2008年04月15日
昨日の続き…Fちゃんは、1年生の時にKが英語を習い始めるときいて、お母さんに自分も英語を習いたいと言ったが「英語はまだ早い」と言われ、ピアノと習字を習い始めた。ところが学年が上がるに従って、英語を習い始める子が増えたのと、宿題が大変と言っていたKが、英検に合格したことで、大変だけど、がんばればできるようになるから楽しい。と言い出したので自分も英語を習いたいと強く思うようになった。そこで、Kに自分も私の教室に入れないか、と相談した。私の教室が1年生の5月までしか、英語学習未経験の小学生を受け入れていないことを知らないKは、宿題が大変だけど、がんばるなら先生にきいてみてあげると約束。自宅に帰ったKは、そのことを自分のお母さんに話した。Kの話しをきいたお母さんは、子供どうしで決められることではないとFちゃんのお母さんがそのことを知っているのかFちゃんのお母さんに確認の電話を入れた。Fちゃんのお母さんは、低学年から大手の英語教室で英語を習っていた知り合いの子が、中学で英語の成績がかんばしくないと聞き、小学生で英語を学習しても意味がない、と考えていてFちゃんに英語を習わすことを躊躇していた。Kのお母さんは、Kの兄や姉が私の教室で学んで、どのような成果がみられたか、どのように変わったかをFちゃんのお母さんに話した。その話をきいたFちゃんのお母さんは慌て、Fちゃんに英語を習わせることを決めた。「先生、Fちゃんをこの教室に入れてあげて。 ちゃんと宿題もやると言っているし。 Kも教えてあげるようにするから」友達の役に立ちたいというKの気持ちと長年英語を勉強したいという気持ちを持ちながら親の無理解で、習得の好時期を逃してしまったFちゃんになんとかいい形で英語を習得させたいと、クラス枠をひねり出し、問い合わせの2名を加えて開講することに決めた。開講から半年程たった先週、Fちゃんと外国人講師が話しているところを目にした。講師の報告だとFちゃんは、Kのクラスに入って一緒に勉強したいと一生懸命宿題をやり、勉強していると言う。しかし、それは、Kが怠けない限り、彼女がどんなに一生懸命勉強しようと実現することはない。外国人講師の話を理解しようと、眉を寄せて聞き、とまどいながらも懸命に答えている姿を見て、彼女が1年生から英語を学習していれば、きっとKと同じくらいできるようになった可能性が高いと、わかるだけにがんばる機会を与えて貰えなかった彼女が可哀想でならなかった。英語だけではなく習得の開始に適した時期がある習い事は多い。金銭的な事情があるなら仕方がないが、子供が習いたい、と言い出したことを時期尚早と頭ごなしに決めつけずに、ネットや本で専門家の意見そして多くの知人の意見を聞いて無理解から子供の可能性を潰さないように結論を出して欲しいと思う。
2008年04月14日
一昨日無事、小学校1年生の開講日レッスンが終わった。英語だけで進められることもあって、最初は皆緊張していたが、10分ほどで、インプットした英語を聞き取り、反応できるようになった。外国人講師の指導パートに入っても初対面にもかかわらず、全員が物怖じすることなく一緒に遊び始め、時折、笑い声が聞こえるようになった。(外国人講師の指導パート中は、日本人講師は教室外に出ている)後半には、大きな声で歌ったり踊ったり笑い声が出て積極的にレッスンを楽しむようになった。まずは、大成功といえるだろう。まだ本人たちは気がつかないだろうけれどこの日に英語の勉強を始められたというのは、将来、英語で困る可能性が減っただけではなく、新しい可能性を身につけることができる機会を親から貰った幸運な子供達だ。英語は幼いうちに身につけることが大事だと英語育児や乳児から英語教室に通わせる親もいれば、「英語はまだ早い」と、英語を習いたいと言う小学校低学年生の我が子に言う親もいる。幼児期から英語を勉強しなければ、英語が話せるようにならないというわけではない。大人になっても努力すれば、必ず英語は話せるようになる。ただ、できるようになる為には、大変な努力と時間を要する。一方言語習得能力の高い時期である幼児期から英語学習を始めると大人になってから努力するよりは、はるかに楽に英語が習得できる。そして、学校で学習する英語をコミュニケーションレベルで活かすことができ、無駄がない。しかし、将来わかるこのメリットを「英語はまだ早い」という親御さんに理解してもらうことは難しい。私の教室は、英語の学習経験がない子供は小学校1年生までしか受け入れていない。これは、私が採用している指導法であるナチュラルアプローチが7歳くらいまでしか有効な学習法とは言えないと考えているからだ。しかし、昨年、地方で塾を運営している友人から小学校高学年から始める英語クラスのカリキュラムと指導マニュアルを作って欲しいと依頼があった。大手での修行時代に、5年生から始まるクラスを指導した経験から臨界期(8歳前後)後の子供たちへの英語の習得は聞き取る力はもちろん、時間的な制約など臨界期前の子供達と大きく異なり、指導法も違わなければならないことはよくわかっている。Let's goシリーズで有名な仲田先生の指導法は、臨界期後でも有効とされているが、ナチュラルアプローチと相反するところが多くでどうも受け入れられない。断ろうかと考えているところに、昨年の秋、高校生で個別レッスンを受講している生徒の4年生の妹、近所に引っ越してきた4年生、1年生から私の教室に通っている5年生Kちゃんの同級生のFちゃん、3名同時期に、入会希望の問い合わせがあった。通常なら、お断りして近所の英語教室を紹介するのだがKとFちゃんとの話しを聞いて、Fちゃんの為にクラスを開講し、高学年からでも有効な習得方法を模索することにした。続きは明日…
2008年04月13日

今日は、早朝からテニスのイベントのボランティアスタッフとして1日働いた。このイベントはかなり大規模で、テレビでおなじみの神尾 米プロ、ウィンブルドンの解説で有名な福井 烈プロウィンブルドンのミックスダブルスで優勝した平木 理化プロなどのプロ選手も一日、エキジビションマッチなどのイベントやクリニックを行った。先日、伊達公子選手が現役復帰宣言をしたが、平木プロも現役でも十分通用するような、すごいショットを打っていた。昨日読んだ4月13日付けのAsahi Weeklyに場を白けさせる人、いわゆるKYな人のことをparty-pooper、略してPP、と言うとあった。私が所属する連盟に、笑ってしまうくらいKY(空気読めない)おぢさんがいる。今日も一緒に仕事をしたが、打ち上げで、もう皆早く帰りたくて、うずうずしているのに、一席ぶち始めた。やっぱり彼は、party-pooperだ。
2008年04月12日
新学年が始まった今週は、新しくなった担任の先生についてよかっただの、最悪だの、生徒達から聞かされる。「私、ついてないんだ。また○○先生になっちゃった。 ○○先生嫌いなのに。」「どうして?」「だって、私のこと嫌いなんだよ。」「どうしてそう思うの?」「私にだけ注意するんだもん」「それって注意されるようなことしたんでしょ?」「でも私だけじゃないよ」「でも、注意されるようなことをしたんだよね?」「うん、でも…」「注意されるようなことをしたんだったら、注意されても仕方ない。 注意されるのが嫌だったら、注意されることはしないの。 注意されるようなことしてないのに、注意されたら、言っておいで。 それは誤解だから、お母さんと相談して解かないとね。」自分の感性や価値観の合う人はいい人で、自分の感性や価値観に合わない人は悪い人という判断は間違っているし危険な考え方だ。先生は、友達ではない。批判したところで状況は変わらない。受け入れなければならない人間関係は、いくつになってもある。どんな子供でも、本音は先生に好かれたい。自分のことを見ていて欲しい、と思っている。だから、先生を試すようなことをしてしまう事も。お母さんにも、子供の前で担任の先生について批判的なことを言うのは控えてほしいと思う。子供にとって担任の先生との関係は、学校生活を左右する重要なものだ。なかでも一番気を遣うのは、通知票「あゆみ」で不本意な評価をされた時のフォローだ。これは、お母さんも同じだと思う。今年の4月から2年生になったAちゃんは、歌と手遊びが大好きで、教室でも楽しそうに大きな声でいつも歌っているし、気分がいいとよく鼻歌を歌っている。しかし、彼女が先月持ち帰った通知票「あゆみ」には楽しく歌が歌えていない、と評価されていた。これには、彼女もショックだがお母さんもショック担任の先生は、どこを見ているのか、と憤るお母さんを子供の不信感を煽るからとなだめ2年生も同じ先生なのだろうから、面談の時にでもどうしてそのような評価になったのかと尋ねるのではなく、こういう評価だったけれど、どういう点に気をつけさせればいいのか?と相談するようにアドバイスをし、あゆみの呪縛ですっかり自信をなくしたAちゃんには、「英語では、いつも楽しく歌ってるのにね。 学校で歌う時は、大勢で歌うから緊張しちゃうのかな? 2年生になったら、ここで歌うみたいに笑顔で歌えるといいね。」と声をかけた。先生が通知票を記入する期間は、だいたい決まっている。どこか感覚的に切り取られた印象で評価されてしまうことは、項目によっては、避けられらないのだろう。子供が学校で自分の姿すべてを見せているとは限らないし家庭や私の教室で見せる姿と全く異なった姿を見せている場合があるとお母さんと話していて感じることが多い。お母さんが家での我が子の様子を見ていて、面談の時に担任の先生が話す、我が子の性格的な話しに納得がいかないので、私から見て、どのような子に見えるかを知りたいというお母さんも多い。大手英語教室から移ってきたCちゃんのお母さんもそんな一人だ。Cちゃんは、大人しい印象だが、負けず嫌いな、がんばりやさん。口数が少なく、積極的に自分の意見を言うタイプではないが、一生懸命に黙々とやるので私のクラスでも信頼されているし、キャンプでは、年下の子の面倒もみてくれていた。とお母さんに伝えると担任の先生の評価は、私の評価と全く異なりもっと積極的に参加しましょう。と通知票に書かれ、一生懸命やっているのに、そう書かれてしまったことで、担任の先生への不信感から、Sちゃんは学校が楽しくないと言うようになったと聞かされた。そんな担任の先生に対してSちゃんのような気持ちを抱いている生徒にする話しがある。「先生ね、4年生の3学期、当時の通知票は5段階評価だったんだけど 図工で2をつけられたことがあるの。 他の勉強がよかったから、その2はくやしかったんだけれど なんで2なのかわからないから、どうしようもなかった。 でもね、5年生になって図工の先生が替わったら1学期の成績は5になった。 同じような絵を描いているのに、先生が替わったら評価も変わるんだよ。 テストでつけない通知票ってそんなもんなんだ、って思った。 たまたま今回、担任の先生には、そう思えただけ。 一生懸命やっているなら、それでいい。」通知票を書いている先生の中には、こんな気持ちで書いている人もいるのだ。通知票の所見についてテストなど客観的な尺度がある項目ならともかく担任の先生一人の主観で下される評価に、必要以上に一喜一憂することもない。我が子には、こういう面もあるのだな、とアドバイスとして受け取ればよいのではないのだろうか。もちろん納得がいかない評価をされたと感じるのであれば不信感を抱いたままにせず、面談の際に担任に、評価の理由を尋ね、前向きな気持ちで担任との関係を作っていけるように子供を促してあげることは、とても大切だと思う。
2008年04月11日
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久しぶりに担当する、他教室などで英語学習経験のない1年生クラスが明日、開講する。今週に入り、開講日レッスンを時計を見ながら頭の中でシミュレーションするなど何年やっていても開講日は緊張する。今年は、生徒募集の広告をホームページ以外では行わなかったにもかかわらず、親御さんの紹介や繋がりで、募集人数以上の方に入会していただいたので、急遽1クラスを追加し、私が担当することになった。余談になるが、よく、駅前のウサギさんの学校がクローズしたので、生徒さんが回ってくるでしょう?と聞かれる。しかし、私の教室とウサギさんの学校では、指導方針、方法が違うので、親御さんの考え方、生徒のレベルも異なり、問い合わせをいただいても、編入いただけるケースは、殆どない。今年、入会いただいた方も、駅前のうさぎの学校を選択される親御さんのタイプではないので、残念ながら?全くと言っていい程、影響がない。大手、個人の教室からサークル、英語が得意なお母さんが子供の同級生を集めて教えるなど今や英語を習う場は、いろいろある。どこで習っても英語は英語だ。選択肢が増えたことによって、受け手の価値観によって、住み分けができているような気がする。歌、手遊び、ゲームなどアクティビティなどレッスンで使うアイテムの数と質、発展力でそのレッスンと講師のレベルがわかる。生徒を惹きつけるレッスンを行う為には、数多くのアイテムを準備しておくことが必要だ。あるクラスで効果的だったアクティビティが他のクラスでは、そのままでは使えなかったりするので、レッスンに隙を作らない為には、周到な準備がものを言う。本屋はもちろん、どの店に行っても、これ、レッスンで使えるかも…と思ってしまうのは、身の回りの物を使って教える、早期英語講師の職業病だ(^^;;で、小学校低学年、中学年用のリスニングコンプリヘンション力をアップする為のスリーヒントゲームを発展させた、クイズ形式のアクティビティのネタの為に、大人のための英語・算数・理科・社会を購入した。大人のための、となっているが、アメリカの小学校教科書でドリル、とサブタイトルがあるように小学生の知識でも使える部分が多い。CTP絵本で読んで学習したことを、クイズ形式でリスニングとスピーキングで復習させることができると思う。ただし、社会は、3年生までは、アメリカ歴史ネタが多く使えない部分もあり。併せてメイン教材が終了してしまった小学生の為のリスニング教材候補としてアメリカの小学校教科書で英語を学ぶも購入してみた。各ユニットごとに問題集のように問題がついていてそれがなかなかおもしろい。さすが教科書だ。内容によって、使用できる学年が異なりそうなので、クラスごとの使用マニュアルを作ることにする。レッスン時間の数倍の時間が準備に費やされるのは、何年指導していても変わりがない。生徒を惹きつけるレッスンを行う為に創意工夫は欠かせない。早期英語講師に必要なのは、想像力と創造力そして忍耐力だ。4月はいろいろな面で初心にかえる、よい時期だ。おまけこれは、来月以降、順次始まる、3、4年生の為の国語のレッスンに使用する音読用の教材として購入。ちびまる子ちゃんの音読暗誦教室音読、暗誦をすることで、正しく、美しい日本語が身につくと書いてある。パブリックスピーキングの基礎を作る為にも人に聞かせる話し方を習得させたい。何故、ちびまる子ちゃん?と思ったが、ちびまる子の4コマ漫画や挿し絵ならぬ1コマが単調になりがちな本にアクセントを与えていて、小学生でも楽しめる本にしている。親子で十分楽しめると思う。
2008年04月10日
まず、嬉しい知らせからお伝えしたい。ブログで知った不登校を続けていた中2の女の子が月曜日の新学期に学校へ行きました彼女が、学校へ行かないことの罪悪感から解放されて新しい一歩を踏み出したことは、とても嬉しい。一方、私の教室のS君の姿は、見られなかったという。ご家族が考えを変えてくれるといいのだが…。長年、子供達に携わる仕事をしているうちにいじめに悩んでいる、その手前の友達関係で悩んでいる子供がわかるようになってきた。なんとなくだが、その子の放っている雰囲気というかオーラが急に変わるのだ。かえって毎日見ている親や学校の先生より、一週間に一度しか会わないからわかるのかもしれない。「今日のレッスンで少し様子が変でしたので、 学校で何かあったかもしれないから、 お子さんに目を配っていてくださいね。」とお母さんに電話で伝えた後、娘と一緒にお風呂に入っていたお父さんが、慌ててお風呂から出てきて、娘の太股に鉛筆で刺した後が無数にあると告げた。小学校4年生の彼女は、友人関係のストレスから自分を傷つけていた。時間がある時は、レッスンが終わってから、「学校でなんかあった?」と本人に聞いてみる。すると、だいたい、なんらかのことがおこっている。昨日まで仲良く遊んでいた友達(友達だと思っていた)が急に他の子と遊ぶようになった自分の持ち物を隠された夏休みの提出物を壊された、などなど人生経験の浅い子供にとっては、突然自分の身に降りかかったできごとを理解できないばかりか理不尽なこととは考えず、自分が悪いことをしたのか、と考えて落ち込む。落ち込むことで、オーラが変わるのだと私は、思っている。私が英語教室をやっている理由の一つに学校以外の世界を子供に持たせる為、がある。学校以外に自分のことを理解してくれる認めてくれる仲間がいれば、自分を責めて潰れることはない。幸い私の教室の生徒は、かなりの広範囲から通ってくるので、学校で起こったことを話しやすい環境で、レッスン前や終わった後など、お互いの学校であった話しをしている。「学校で嫌なことがあっても、 英語に来れば、みんな優しいし、楽しかったから、 学校でもがんばれた。」「英語だけは、がんばりたかったから 辛かったけど、学校に行った。」御三家の一校に通う天才(と私が思っている)アイン君のお母さんは、アイン君が小1の時に、運動でも勉強でもいいから、強くなる為に人より秀でている物を作れ、とアイン君に言ったそうだ。運動が全くダメだった彼(今だに泳げない)は、勉強を選び英語と一緒に通信学習を始めた。そして、小学校5年、勉強以外のことができない彼を凄まじいほどのいじめが襲った。ハリネズミのように全身がトゲトゲしたオーラが覆うようになった。とにかく彼と話しをして、ストレスを発散させるようにしたし、レッスンのある日は、学校から終わると帰るとすぐに私の教室に来て、ロビーにある分厚い漫画の本をレッスンが始まるまで1時間以上、ニヤニヤしながら読んでいた。後日、彼は、「俺は、今の学校に入ることでしか 俺をいじめた奴を見返してやることはできなかった。と思ってたし、 学校へ行かなかったら負けだから。 でも英語に来ると落ち着いたんだよね。」と当時の気持ちを話してくれた。いじめは、理不尽なもので、防ぎようがないのだから、いじめに負けない強い心と意志を育ててあげればいい。スポーツでも、勉強でも、ピアノでもなんでもいい、自分で自信の持てる、何かを育てて、自己評価を高くするそして、不登校にならない為に家庭以外のシェルターを作っておく。幼い時から学校以外で自分を認めてくれる場、受け入れてくれる場、仲間を作ってあげることを心がけてあげて欲しい。
2008年04月09日
今朝、西オーストラリア・パースにある留学、ホームステイなどのコーディネートをする現地手配会社の代表者と会い、話しを聞いた。私は、以前もこのブログに書いたように小学生、中学生の英語圏での海外研修にあまり意義を見いだしていないのだが、高校での語学研修プログラムがない高校に通う生徒や父母から英語圏での研修を実施、紹介して欲しいという要望があり、今回、話しをきくことにした。もちろん、このブログを読んでいただいている親子留学に興味のある方の為に親子留学のことも聞きましたよ中には、親子留学というより、日本を1、2年脱出したいお母さんが、子供を現地の小学校に通わせ学生ビザを取得させて自分は、保護者ビザを取得して、何をするでもなくオーストラリアで生活している、という驚くようなケースもあるそうだが、親子留学の基本のパターンは、期間は、2週間くらい、親子でホームステイをしながら、子供は、現地の幼稚園や小学校に通い、お母さんは、希望すれば、ホームステイ先に先生が来て勉強もできる。もしくは、親子で先生の家にホームステイする4パターン。お母さんが現地の学校に通う場合は、子供を託児所のようなところに預ける、ということも可能。ホームステイは気兼ねをして嫌という人には、海岸沿いのコンドミニアムにステイするというチョイスもある。長年に渡り、いろいろな現地手配会社とおつき合いしてきたが、20年以上、その地に居を構えて生活をされているだけあって小回りがきいた対応ができ、学校に勤務(先生ではない)していた経験があり子供に慣れているなど信頼して任せられる方だと思った。5人以上集まると学校に通わせることも可能で、費用も安くなる、とのことだったので、このブログに来ていただいている方が相談して時期と内容を決めて、この会社に費用を算出させて申し込みおのおのにパースまでの往復の航空券を購入して、現地に集合するという形での親子ちょこっと留学体験旅行をしてはいかがでしょうか(笑)《What is your hobby?は、使わない方がいい-hobbyについて》私の教室では、Japan Times、週間ST、Asahi Weekly、英字新聞3誌をとっているのだが、4月6日付けのAsahi Weeklyの記事に、興味深い記事があった。hobbyというと、プラモデルを作るとか、コレクション系のディープな趣味のイメージなのになぜか中学で、好きなことを答えるというイメージに指導されてしまうことにかねてより疑問を持っていた。この記事の筆者も辞書や参考書の多くが日本語の趣味とhobbyの違いについて警告しているとしているのに、同じように使う人が後をたたない、と書いている。hobbyというのは、Native speakerにとっては、情熱があり、没頭して我を忘れるようなことで、My hobby is collecting stamps.という答はOKだが、My hobby is sleeping.という答えは、日本英語に慣れているNative には理解されても、違和感があると書かれている。やはり、hobbyとは、アキバ系おたくっぽい趣味という感じなのだ。そして、私のような、そのようなディープな趣味を持っていない人も多いからこの記事に書いてあるようにWhat is your hobby?やWhat are your hobbies?と相手が趣味を持っていることを前提している尋問調で、高圧的な尋ね方をせずにIs there anything that you are interested in?と尋ねるのが一般的なのだろう。What is your hobby?これも中学の教科書などテキストにもよく使われているので、何も考えずに使っている人も多いはずだ。今まで、何も考えずにhobbyを使っていたお母さんは、是非、今日から、子供に自己紹介させる時は、My hobby is playing soccerではなく、I like to play soccer.とさせましょう。
2008年04月08日
今日から新学期。今、私には、今日学校に行くことができたかどうか気になっている不登校の子供が二人いる。一人は、私の教室に通っている新6年生のS君で、もう一人は、ブログで知った名前も知らない新中2の女の子だ。S君は、私の教室で不登校になった6人目の生徒だが、なんとか学校へ行かそうと、小さな可能性を探していた今までの5人のお母さんと異なり不登校になってまだ数週間だしこのまましたいようにさせておけば、気持ちも落ち着いて春休みが終わって友達も何も言わなくなるだろうから、学校に戻れると考えているので、そんな安易なものではない、と考えている私や担当講師、我が子と一緒に力を貸そうと考えていた同じクラスのお母さんも新学期の今日を、ただ待つしかなかった。S君が不登校になったきっかけは、ささいな事だった。昨年の秋頃、受験準備の為に通っている塾の宿題が多くなり、深夜までかかるようになってきた。当然、朝起きられない。今日、学校を休んでいい?、と言うS君をお母さんは、軽い気持ちで許した。ところが学校へ行った時に、友達に、どうして学校を休んだのか?ときかれたことで(おそらく年齢的にかなり辛辣な口調できいたのだろう)彼は、学校を休みがちになってしまい、受験準備で一杯一杯だったこともあり、なにもかも嫌になった、ととうとう3月から不登校になった。私の教室も年明けから休みがちになっていたがその都度、お婆ちゃんから、身体の具合が悪い、という欠席連絡が入っていたので、担当講師も受験準備で忙しくて体調管理が難しくなってきたのだな、と不登校になる危険性を感じていなかった。3月になりお母さんから不登校になっていると担当講師に連絡があり、担当講師から私に報告があったが私は密かに、S君が不登校になる危険性を彼が3年生の頃に感じていたので、来るべきものが来たな、と、別に驚きはしなかった。彼は、3、4年生の時の私の教室の宿泊研修を、当日の朝、お腹が痛いとドタキャンを繰り返していたのだ。行きたいけれど、ネガティブな気持ちがあると、身体が言うことをきかない。今の不登校の兆候がこの時すでに表れていたからだ。今まで、不登校になった子、なりそうになった子を見ていると、子育ての方法と生活環境に共通点が多い。そして、それは、まさに以前紹介した《その子育ては、科学的に間違っています/國米欣明著》に書かれている通りだ。ドタキャンした時に他のお母さんのように、その日の様子など具体的に相談されていれば、不登校の危険性の話しもできたのだが、別段、S君のお母さんからその後、何の連絡もなかったので、あえてこちらから、デリケートな問題だけに一歩踏み込んだ話しはできなかった。中学受験で、ストレスから、多汗症になった生徒顔面がアトピーで湿疹だらけになった生徒チック症状がひどくなった生徒、肺炎など体力の低下から症状がひどくなる生徒など身体と心は、口より正直に子供の状態を表す。学力だけでなく、体力的、精神的な力もつけていないと中学受験は乗り越えられないのだと思う。そして、私の生徒で最初に不登校になってしまったIちゃんは、中学2の夏休み後から約1年、学校に行かなかった。きっかけは、部活をめぐっての友達とのやりとりで、友達だと思っていた子が自分の味方になってくれなかったので裏切られた気持ちになったという、よくありがちなものだった。学校へ行かなくなって半年は、私の教室にもこなかったが、勉強しないことへの不安もあったのだろう、突然、勉強したい、と電話をかけてきた。でも、学校を休んでいるのに家を出て友達に見られたら、何か言われるかもしれないと言うので、とりあえず私が、彼女の家に出向いて、教えることにし、彼女の家へ向かった。ところが、彼女は私が椅子に座ったとたん、学校であったこと、今の気持ちを、溢れるように話し出した。最後は、抑えていた気持ちが抑えられなくなり泣き出して声が出なくなった。ああ、彼女は自分の気持ちを誰かに聞いて欲しかった、どうしたらいいか教えて欲しかった、背中を押して欲しかったのだと感じ、しばらく二人で泣いた。二人で勉強をしながら、いろいろな話しをした。学校に行かないことが、悪いことをしていると思っているのならなるべく早く学校に行けるようになろう。それには、まず自分のことを好きになろう、大切にしよう。好きになれる自分になるように努力しよう。学校に行かないで損をするのは、大切な自分誰かのことを気にして学校に行かないなんて、もったいない。その人とは、数年後もう会うこともないような人なんだよ。青が好きな人もいれば、赤が好きな人もいるようにあなたのことをみんなが好きなわけじゃなくて、当たり前。みんなに好かれないダメな子だ、なんて思うことはないの。地球上には、たくさんの人がいる。これから出会う、あなたを本当に理解してくれる人、あなたが、理解して力をかしてあげたいと思う、本当の友達に出会う為に、もっと力のある魅力ある自分にならないと。その為にも、外に出ていろんな人と出会って勉強して力をつけようよ。「でも、もし同じ学校の子に見られたらどうするの?」「ん~その時は、学校に行くリハビリ中、って言っておけば。 もし、前の学校に戻るのが嫌だったら、転校することもできるし」3ヶ月後彼女は、私の教室へ、その1ヶ月後には、同じクラスの生徒に誘われて塾にも通い始めた。そして、見事彼女は、夏休み明けから以前通っていた学校へ通い始めた。「先生、心配してたことにはならなかった。」もちろんその後、彼女は、学校へ行かなかったツケを志望校を受験できない、という形で払うことになった。「先生、私、なんてバカなもったいない事をしたんだろう」出席日数の足りない彼女を受け入れてくれたのは、あまり評判のよくない、女子校だった。泣きじゃくる彼女に「確かにもったいない1年だったかもしれないけど、 長い人生の中のたったの1年だよ。 それに不登校の経験が無駄だったかどうか、なんてまだわからないでしょ。 その経験があったから、見えるようになった、 わかるようになったことも、たくさんあるんじゃない。 まだまだ、リベンジできるでしょ。」彼女は、3年後、志望校だった6大学の一つに合格して、自分のような経験をした子供の為にと、中学教諭の道を歩んでいる。名前も知らない女の子だけれど、今日も学校へ行くことができなかったのなら、このブログを読んで、連絡をくれればいいな、と思っている。
2008年04月07日
私が海外研修に行っている3月28日に文部科学省は小学校学習指導要領の改訂を告示にともなって新学習指導要領では小学校5・6年で週1コマ「外国語活動」を実施することとした。外国語活動においては、音声を中心に外国語に慣れ親しませる活動を通じて、言語や文化について体験的に理解を深めるとともに、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成し、コミュニケーション能力の素地を養うことを目標として様々な活動を行う、と、いう内容だ。文科省小学校外国語活動サイト教材の内容を見てみると、民間の英語教室と同じような内容。これが20年近く検討されてきた結果なのかと少々がっかりだが、未だに反対論も根強くあるという背景、又、学校という環境では、できることに限りがあるのでこの程度の内容にまとめざるを得なかったのだろう。外国語を習得する臨界期を越えてしまった5、6年生に音声を中心に外国語に親しませる活動をすることが、使える英語力の習得に効果があると思えないが、少なくとも、金銭的理由で英語教室に通えない子供達が読み書きが主体の中学英語に触れる前に短期間でも耳から英語に触れることで、英語嫌いになる子供達が減る。そして、幼いときから英語を学習している子供達にとって自分ががんばってきたことが評価される機会が増える。この2点においては、英語必修化を喜びたい。しかしどのような内容であれ必修化されることで大手英語教室は、生徒獲得に一層力を入れ、英語を習わなければ、お子さんは落ちこぼれますよ。くらいのことを言うのだろう。そして、私立中学が英語を受験科目とする可能性も高まった。小学校での英語必修化は、英語教育ビジネスにとって追い風になるのだろうが、本来の目的から離れた無意味な先取り学習に走る親を作りだし英語偏重主義に拍車をかけるだろう。私はこれを喜ぶことはできない。明日から2008年度のレッスンが始まる。英語必修化の波は、私の教室にどのように押し寄せてくるのだろうか?
2008年04月06日
よく小学校3年生のお母さん方から「中学を受験させた方がいいのか?」という質問をされるが、当然のことながら、中学受験にもプラス面とマイナス面がある。しかし、その子供や進学先の学校によってプラスだと思っていたことが、実はマイナスだったり、その逆の場合もある。受験させたい理由も「難関大学に入れたい」「父母の出身校で校風が気に入っている」という具体的な理由から、「公立中学に行かせたくない」「高校で受験するより、中学で受験した方が有利だから」「よい環境で学ばせたい」という抽象的な理由まで様々で、親御さんの判断、としか答えようがない。一般的に中学受験のマイナス面としてあげられているのが生活すべてが受験勉強優先になり、友人関係など本来その年齢の子が学ばなければならないことを学ぶ機会を失ってしまうことがあるが、それ以外に、もうひとつマイナスとなりうる可能性がある。それは、中学で学力が伸びる子だった場合だ。子供の身長と同じで、学力が伸びる時期も子供によって異なる。もし中学で伸びる子だった場合、6年生終了時の学力で入れる中学に進学し、合格した達成感で中だるみしてしまったら、伸びる機会自体を失うことになってしまう。私の教室のJちゃんは、今年、都立高のトップ5の一校に合格した。実は、Jちゃんは、中学受験をするつもりで、5年生から大手進学教室に通い始めたが、早合点、おっちょこちょいの性格が災いして受験間際になってもなかなか偏差値が上がらず、50台前半の中学を受験するように指導され、お母さんから、中学から行かせる価値があるのかと受験に踏み切れないと相談された。Jちゃんは、聞き上手な、チャレンジ精神旺盛な前向きの性格の女の子で特に私立中学でなければ、という子でもなかったし、どちらかと言えば、いろいろな価値観の子供達が集まっている公立で幅を広げていけるタイプだと感じていた。そして、年齢が上がり、精神的に成熟すれば、落ち着きが出てミスが減り都立の上位校を狙える可能性も十分あると考えていた。そのことをお母さんに伝え、お母さんは、受験直前に受験を止めることにし、Jちゃんも、中学で勉強をがんばって3年後の可能性に賭けたい、と言った。中学2年生の後半まで、ケアレスミスに泣かされていたが、3年生になったころから、落ち着きが出てきて、ケアレスミスがほとんど見られなくなった。志望校の選択も、中学受験の時とは異なり、自分から説明会以外の日にも積極的に高校に足を運び、資料を読み、私の教室の先輩達のアドバイスに耳を傾け自分に合ったカラーの学校はどれかと考えて選んだ。合格後の最初のレッスンの時にJちゃんは、「先生、中学受験をしなくてよかった。 受験勉強は大変だったけど、とても大切な経験ができたと思う」と嬉しそうに言った。最終的に子供の人生に責任を持つのは、進学塾の先生ではなくお父さん、お母さんだ。年齢的に自分で自分の可能性を知ることができない子供に代わって我が子の将来の可能性を判断できるのは、お父さん、お母さん以外いないのである。そして、どちらが正しいのかという答えがない選択だからこそ回りの雑音に惑わされることなく、納得のいく選択をして欲しいと思う。
2008年04月05日
成田に向かう機内の中で読んだ雑誌に、中学入試についての記事があり私立校の校長が、受験後の中だるみは、人生を考える期間として…と語っていた。なんという認識の甘さだろうか。最低でも2年の間、受験の為に、という生活を強いられ受験が終わった途端、腑抜けのような、終わってしまった状態になる。これを前出の校長は、中だるみと呼んでいるのだろう。勉強をしなくなるだけならいい、開放感から遊ぶ楽しさ、快楽を求めるようになり、繁華街で遊ぶ、飲酒、賭け麻雀、違法ドラッグ、遊ぶ金欲しさに親のお財布からお金を盗む、コミュニティ、2ショットダイヤルで援助交際をするこれらは、私の教室の私立中学、それも偏差値の高い学校に通っていた中学生が起こしたトラブルだ。人生を考える期間、などという言葉で片付けていいのだろうか?もちろん、中には、有名私立中学入学後すぐにテツリョクなどの塾に入り、東大や難関大を目指して学習を開始する中だるみと全く無縁の私立中学生もいるし、私の教室にも、公立中学や、小学校から私立に通う生徒達と学習することで、自分で目標を作り、受験が終わったことで、それまで好きだった英語や、他の習い事に打ち込む生徒もいる。しかし、そのような生徒達は、ごく一部でしかない。多くのお母さんたちが、私立中学入学後、新たな頭痛の種を抱えているのである。御三家と言われる私立校に通っている生徒が中学から高校に進学し、高校から入学してきた生徒達を見て中学受験はしない方がいい、と思ったと言ってきた。自分を含めて中学から入って中だるみしている生徒と高校から入った生徒では、人間的な出来、スケールが違うと言うのだ。「中学に入った後、テツリョクへ行ってても勉強しない奴がいるくらい たるみきってしまうのは、仕方がないことだから、 受験しない方がいい、 俺も受験しなければよかったかも」彼以外にも、中学受験をしなかった方がよかったのでは、と口にする私立中学生、高校生は少なくない。もちろん数年後、彼らの考えが変わる可能性もある。しかし、高校受験に踏み切る生徒もいる。高校受験は、生徒自身が自分で決めた目標をクリアする為に自分自身で戦うが中学受験は、そうではない。自分自身で目標を決めたのではなく、自分自身で考えて合格に向けて勉強してきたのでもなく、すべて、親と塾が決め、轢いたレールを走らされてきた。特に有名大学の付属、それも100%近く付属の大学に進学できる中学に入学した生徒達に勉強しろ、と言っても、受験以外の目的で勉強してこなかったのだから、中学受験が終着駅であり、勉強する理由が存在しないので、する訳がない。大学が昔の専門学校のように総合大学であっても新学科を設立するなど専門分野に特色を出し始めた。昔と違って大学は、自分探しをする場ではなく、将来に活かせる勉強をするところとなった。今は、高校で、将来を想像し、大学を決める時代なのだ。高校受験を通して、自分の将来を考え、自分と真摯に向き合い成長し、自らの手で合格を手にして自信を持った生徒達を見ていると本当に中学受験が人生においてプラスの選択なのか、疑問を感じてしまうのである。
2008年04月04日
昨日の日記で紹介した、勉強以外のことに興味を持ち始め、勉強に身が入らなくなったとお母さんに心配されていた生徒が今回の海外研修に参加して、どのような気持ちを持ったか彼女が両親に書いた作文を紹介しよう。今回たくさんのお金を払ってインドネシアへ行かせてくれてありがとうございました。初めての外国は、人は、もちろん、環境もまったく違いました。孤児院、高校、児童館、小学校、お寺へ行ってさまざまな事を学びました。今回の研修で一番初めに心を打たれた事は、普通に車が通っている道路(注:片側3車線)に男の子がお金をもらおうと歩いていたことです。日本だったら、自分が死ぬかもしれない、危険な場だからそんなことはしません。そんなことは予想もしていなかったので、びっくりしたし、悲しかったです。孤児院では、勉強をもっとしなきゃ、という気持ちにさせられました。それは、孤児院の子供達の中には、私が英語を話すより、日本語を上手に話す子供がいたので、努力が足りないと思ったのと勉強したいのにお金がなくて、学校に行けないことを聞いて自分は普通に学校に行けていて幸せなのに、あまり勉強をしないなんて悪いと思ったからです。児童館、小学校の子からは、集中して人の話しを聞くということを教わりました。私たちの発表を聞いて、着物、袴、白無垢と日本の物を覚えてくれました。だから私も、いろいろな人の話しを集中して聞いて、色々な知識を取り入れなければと思いました。いつもテレビを見ているけれど、今回7日間、テレビを見ませんでした。テレビを見なくてもよいほど、充実していました。これからは、テレビを見ないで、他にやるべきことを見つけて楽しんだりしたいと思います。あと、いつも髪を真っ直ぐにしたい(縮毛矯正)をしたいとわがままを言っていましたが、こっちでは別にあまり気にしないでいられました。だから、そういうことにお金を使わないで、もっと大切なもの、たとえば募金とか、勉強、人のために役立つもの自分のために役立つものにお金を使おうと思います。こうやって色々考えたり、感じたり出来たのは、お金を出してくれた、お父さん、お母さん、そしてこの研修で出会った人のおかげだと思います。感謝しています。人生において何が大切なのか、ということを考え始めた彼女に、もう「勉強しなさい」という言葉は、必要ない。次回は、中学受験後の中だるみ-中学受験をしなければよかったと言う子供達
2008年04月03日
体調を崩す生徒もなく、全員元気で解散し、今年の海外研修も無事終了し、2007年度が終わりました。4月7日から、新1年生をはじめとする新しい生徒達を迎えて2008年度が始まります。新年度も生徒達の笑顔と笑い声が溢れる教室でありたいと思っています。中学生も2年生ごろになると、それまで全く服装などに関心がなかった子でも同じクラスの男の子など異性を意識し出すとともに、洋服や髪型など、自分の外見を気にし始め、10代独特のファッション感と相まってお母さんたちの心配の種となるケースが多い。パンツが見えるローライズのパンツ下着にしか見えないキャミソール、パンツ下着が見えるほど短いスカートパジャマのような上下のスウェット私が「埴輪スタイル」と呼ぶ極限まで短くしたスカートの下に短パンを履く服装などは、TPOを考えた服装や、自分たちの価値観が通用しない場がある事を教えるとともに年頃の男子生徒も多く、通ってくる際の安全面の配慮もあり同席者を不快にさせるマナー違反として私の教室では、化粧とともに禁止している。化粧をしてくれば、洗面所で洗顔、洋服は、着替えに家に帰らせるなど、守らなければ教室には入室させない。しかし、マナー、規則に反しなければ、着せ替え人形で遊んでいたように自分の着せ替えを楽しむことは別に悪いことではないと考えている。たかが英語を勉強しに来るのに、これからレストランで食事をするかのようにおしゃれをしてくる生徒がいるが、勉強以外の事にだいぶ興味を持ち始めたな、と感じても特にその事を注意したりしない。その子なりの自己主張であり、注意しても変えられるものではない。この子が自主的に気持ちを勉強に向けることでしか変わらないのだ。今回の海外研修に参加した中学生のお母さんから持ち物の打ち合わせをした時に、夏休みごろから、服装に興味を持ちだし、最近勉強に身が入っていないようで、成績も下がり気味なので、先生からも注意して欲しいと言われた。もちろん私も秋頃からおしゃれをして教室に来るようになり家庭での学習時間が減っていることにも気がついていた。しかし、秋の時点で彼女は今回の海外研修の参加メンバーに内定していたので、家庭での学習時間が他の生徒と比べて少なく、宿題も最低限の量しかやってきていないことは注意したが、それ以外は何も言わなかった。海外研修に参加すれば、彼女は変わると確信していたからだ。彼女の気持ちにどのような変化がおこったのか明日の日記で紹介したいと思う。
2008年04月02日
昨夜、この研修で学んだ事、両親への報告書の発表を行った。まず、昨日の日記で紹介したM君の作文を紹介したいと思う。《先を考える事》「あんた、そろそろ研修じゃないの?」「そう言えばそうだねぇ。」「まだ支度していないの?」「だってお互いの機嫌が悪くて、喧嘩してたんじゃ、どうしようもないだろ」「あんたが、親に感謝もせずに、いつも勝手にキレてるんでしょうが」「はぁ?そりゃそっちだろ」僕は、研修の日の前日まで親と言い争いをして、結局黙ったままその夜支度をした。今考えれば、とても情けない事である。又、1日目の日記は、自分のした事が記されているだけだ。まさに「馬鹿らしい」の一言しかない。2日目の孤児院訪問、それなりの事を感じ皆と同じように行動し普通だった。3日目の高校訪問、緊張したが、やるべき事をしていた。現地の人とも交流できた。4日目の村の小学校訪問、発表も何とかできて、男の子とも親しくなれた。5日目の寺の清掃、児童館での遊び、発表、踊り、やることはした、終わった。全て感じた事は感じた。しかし自分中心だった。全て自分の目線でしかない。僕は何て損をしてしまったのだろう。何故、もっと考えて行動してこなかったのだろう。悔しかった。5日目の夜、夢先生と長く話しをした。そこで、始めに聞かれた事は、何故、この研修に来たのか?、何故、僕が選ばれたたのか?であった。先生は、僕の答えから、僕に夢がなく、何も先を考えずに研修に参加し、又、普段教室で勉強していた事にきづかれた。その後、先生といろいろと話しをした。先生は、先を考える事、先、将来のために今があるという事を話された。又、夢がないなら、自分の可能性-長所-を探すと良いとおっしゃった。僕がわからずに質問すると、丁寧に例を上げて説明してくださった。最後に先生は、「これは、先生の考え方だから、別に正しいから従えという事ではない。」と話された。僕はその後、いろいろ考えた。主にやる事が終わった後、言われてみると、この研修で、なんと無駄な時間を過ごした事だろう。今までは自分中心、自分からの視点、やる事をただこなしているだけだった。しかし、よく考えてみると、自分のために本当にたくさんの人の多大なる協力があって、自分が今、こんなにも誰もが出来ない、貴重な体験が出来ているのである。ごく当たり前の様な事だろうが、気づいて考えてみると、とても奇跡的だ。僕は、久しぶりに人に感謝する、という感情を本当の意味で思い出した。又、勉強したいという理由がない事も考えた。何故、僕は今、勉強しているのだろう?理由の一つに今の夢先生の教室のclassで勉強している事が楽しいというのがあげられるが、それでは他力本願えあると言われたし、確かに自分でもそう思う。やはり、自分の夢を見つける事が大切だと思った。何か自分で大きな目標を作りたい。まずは、自分の長所を見つける、そこから始めてなるべく早く教室の回りの人のように、大きな夢を持ち、もっとやる気を持って勉強ができるようにしたい。先を考えて行動できるようになりたい。先生の意図とは少し外れるかも知れないが、僕は今回の研修に来て、自分の現状がわかり、これからすべき事が見つかって、とても良かったと思う。《両親へー海外研修に参加してー》まずは、この研修に参加させていただいて、ありがとうございました。僕は、この研修で色々な沢山の貴重な体験をする事が出来ました。又、普段TVを通してでは感じない事を目の当たりにして驚きの連続でした。研修当日まで親子喧嘩をして、何度迷惑をかけたことでしょう。僕は、反抗して口げんかをした後、堕ちた僕を見て寂しそうな顔をする後継を幾度となく見て、流してきました。本当にごめんなさい、すみませんでした。僕は今回の研修で、自分たちの行動は本当に沢山の人々に支えられて出来ているという事をありありと感じました。そして感謝を久しぶりに思い出しました。いや、これが初めてかも知れません。そして、産んでここまで育ててくれた両親にとても感謝せねばならないと思いました。それから、夢先生から先を考えて行動すること-自分の夢、目標に向かって行こうという精神ー向上心を学びました。僕には、今、何もこれといったものがありません。そこで、自分の可能性、要するに長所を探してそれを伸ばしていきたいと思います。その途中で、夢を探したいと思っています。これからも思っている事とは反対に、喧嘩をする事と思います。しかし、いつまでも反抗していても仕方ないし、感謝せねばならない両親に反抗するのは意味がないどころか申し訳ないことであります。家庭内平和に努めると共に、自分の可能性を探して行きたい僕にご協力をお願いします。宜しくお願いします。この彼の発表を聞いて、他の参加者が感極まって泣き出し、その様子を見ていて、私ももらい泣きをしてしまった。生徒には、この研修の本来の目的である、1.当たり前の事などなにもない、2.感謝の気持ちを持つ3.自分を理解し、反省するという事は、全く伝えていない。しかし、参加者全員が同じような作文を書く。14歳という多感な時期だからこそ、感じられることがあるのだと思う。この作文を通して、一人でも多くのお母さんに、反抗している我が子の心の中を知っていただき、諦めることなく、導いていっていただきたいと思う。今年の海外研修も残り一日。今回も生徒達の心の中に、新しい芽が芽生えたことがとてもうれしいし、その芽を育んでいって欲しいと願っている。児童館運営の資金援助をしてくださっている教室の全ての保護者の方々、村長さん、村役場の職員の方々、村のバンジャール(隣組)の皆さん、訪問させていただいた小学校、高校の校長先生、そして全ての先生方、日本語教室をやらせていただいている孤児院の院長先生、園長先生、そして、現地スタッフの家族、誰一人が欠けても、この研修は行えなかった。皆様の暖かい心遣いに感謝するとともに、人の和に恵まれて、本当に幸せだと感じている。
2008年04月01日
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