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田舎の村から、街中のホテルへと戻ってきました。結局、田舎では電波が不安定で、ブログを見ることもできませんでした(涙)昨夜は、村にある私の英語教室の5年生の生徒達と一緒に児童館で日本の生徒達が作った、日本のカレーと焼きそばでお別れ会をしました。焼きそばは、ミーゴレン(インドネシア語でミーは麺、ゴレンは炒めるという意味)という味付けだけが違うものがあり、こちらの生徒達も食べてくれましたが、問題は、カレーで、こちらにもカレー(Kare)という同名の食べ物があるのですが、サフランとココナッツミルク、唐辛子で作ったさらさらのスープ状で、日本のカレーとは見た目も香りも、味も、かなりちがいます。生徒達は、おそるおそる、口に運びますが、中には、まったく食べない子も…やっぱり見た目が違うと難しいのかな、と思っていたら、「あの子は今日初めてニンジンとタマネギを見たので、 なかなか口に入れられないのです。」と、児童館のスタッフが教えてくれました。こちらでも街のスーパーでは、普通にニンジンとタマネギは売られていたので、120キロほどしか離れていない、畑がたくさんある村で、ニンジンやタマネギが作られていなかったり、売られたりしていないことは全く想像していませんでした。国際理解…本当に難しい…《自分の長所を言えない子-1》海外研修中は、ずっと生徒達と一緒にいるので、教室や1,2泊の国内研修では、なかなか見えることのない生徒の姿が見える機会でもある。今回もメンバーそれぞれ、いろいろな面を見せてくれた。中でも、M君は、私が思っていたタイプと全く異なっていたのでビックリした。彼は現在大学まである私立校の中学2年生。しかしこの学校は彼の第一志望校ではなかった。受験前まで、彼は、僕頭いいよオーラを放つ、どちらかと言えば鼻持ちならないタイプだったが、受験後、僕は、頭がいいと思っていたけど、実はそうではなかったらいしい、と言うなど、険が取れて、同じクラスの仲間と冗談を言ったりするようになった。勉強面でも受験後は受験準備で遅れていた分を取り返すかのように一生懸命勉強し、半年後には、かなり宿題が多く、進みが早いクラスに移り、他の生徒に追いつこうと、努力していたので、目的があって、その目的の為に努力していると思っていた。しかし、海外研修での彼のだらけた態度、彼が書いた日記を読んで、思い違いをしているのではないかと疑念を抱いた。そこで昨夜、彼と話しをした。「あなたの将来の夢って何?」彼は、私が話しがある、と言った時点で、自分のだらけた態度を注意されると思っていたのだろう。私がこう切り出したことに驚いた顔をした。「えっ、将来ですか?何も考えていません。今しかないから」やはり、私は間違っていた。「先があって、その為の今があるんじゃないの?」「えっ、そんなふうに考えたことがない、 いや、昔は夢があったんだけど、無理だと思って…今はわからない」「あなたの長所、いいところを活かすこととか、興味のあることとか 自分の可能性を広げることを考えたらどう? あなたの長所、いいところは何?」「えっ、悪いところはたくさんあるけど、いいところなんてあるのかなぁ」その後1時間くらい彼と話したが、どうやら中学入学後、今を楽しむ生活と非常にだらけた生活態度で常に親から叱られ、怒られている毎日を送っているらしい。「欠点のない人がいないように、長所のない人もいませんよ。」「先生には、僕の長所がわかりますか?」「もちろん。先生が感じている長所はあります。」「えっ、何ですか?」「教えない(笑)まず自分自身を見つめて、自分を知ることから始めないと」今夜、彼が提出する作文にその答えが書かれてくるはず。
2008年03月31日

昨夜は、夜7時から突然の雷雨。あっという間に冠水状態になる道路も。この島の大学では、お習字コンテストなるものが開かれていて、孤児院での日本語教室のインドネシア人の先生から孤児院の生徒達に練習させて、出展させたいので、日本の生徒たちにお習字を教えて欲しいとリクエストがありました。たまたま今回の参加メンバーに書道4段、5段という有段者がいたので、日本の衣食住についての発表の後、お習字を教えました。この島にも筆を使って文字を書く習慣がありますが、筆をすべらせて書く方法で、なかなか払う、止める、など力のいれ加減を教えるのに苦労していました。研修期間中は、毎日日記を書かせます。中学2年生の生徒が、昨日の日記にこのように書いていました。この国では、義務教育の小学校でも親の都合で辞めさせられる子供がいると聞きました。日本は、中学までは義務教育で、当たり前のように学校に行けるのに、時々、めんどくさいな、と思っていた自分が恥ずかしいです。これからは、もっと一生懸命勉強しようと思います。孤児院の子に、あなたの夢は何ですか?ときかれたので、獣医さんと答えて、あなたの夢は何ですか?とききかえしたのに笑っていて答えてもらえませんでした。何も考えていないのかな?と思っていたけれど、それは、突然、学校に行けなくなるかもしれないから、夢が持てないから答えられないからだと知りました。夢に向かって何も心配せず、学校に行き、勉強できるのは幸せだと思いました。もっと努力しなければいけないと思いました。今日は、いよいよ前半の山場である高校訪問です。子供の年齢が上がるにつれて、お母さん自身のスピーキング力から英語のアウトプットに苦労されている方にお勧めの方法がある。つぶやいて英語力をアップさせるという方法があるが、自分が見た物や、感じたことを素早く英語で言うことは、いわゆる英語で考える頭を作り、英語でのレスポンスを早くするトレーニングでもある。子供に英語を教えるときに、時間を決めて、部屋にある物や、窓から見える景色を英語でお互いに言い合う。目的は、英語で考える頭を作り、素早くレスポンスすることだから、ペットの犬が、ソファの上で寝ていれば、Spot is sleeping on the sofa. のような簡単な文でいい。必ず、お母さんから始め、慣れてきたら定着させたいセンテンスから始めると、子供は、それを真似しようとし、同じような文を作って言い、インプットしたセンテンスがアウトプットすることで定着する。家の中のネタが切れたり、窓から外が見えない状況でも絵本の絵や、雑誌の写真のページなど、使えるネタはどこにでもある。私の教室では、慣れてくると長い文を作った方がポイントを高くするなどして、ゲーム形式にして楽しんでいる。お母さん自身の英語力アップにも役立つ方法なので、是非、お子さんと一緒に楽しんで欲しいと思う。スピーキング力に自身のない方は、起きてから寝るまで…というタイトルのテキストが数多く出版されているので、ヒントを掴む為にも本屋に行った際にチェックし、(同じようなタイトルでも本によって設定場面が異なるので、 購入前に必ず自身の目で確認すること)お気に入りのも本が見つかったら、家事をしているときなどにつぶやいてみてはいかがだろうか?
2008年03月28日

今日は、朝から晴れています。昨夜遅くに到着し、日本時間の2時ごろに就寝したにもかかわらず今朝は、ちゃんと自分たちが決めた予定通りに起きて朝食を作っていました。さすが、長年、教室の国内キャンプで鍛えられているだけあります。キッチンとリビングダイニングルームに3つのベッドルームがある長期滞在型のコンドミニアム形式のホテルに宿泊しています。この海外研修には、私の教室の生徒達によって運営されているボランティア組織のメンバーでなければ参加できません。このボランティア組織が行う、チャリティーイベントなどを小学校低学年からスタッフとして手伝い、集めたお金がどのように使われていくかを勉強し、中学、高校生になると大学で国際協力を学んでいる先輩と集めたお金をどのように使うかを考えていきます。この研修も、単なる文化交流だけではなく、チャリティーイベントで集めたお金で運営されている孤児院での日本語の授業を視察し、どのように自分たちが集めたお金が使われ、役立っているかを自分の目で見るという目的があります。日本語教室を始めて、今年で6年になりますがよく勉強した生徒たちは、身につけた日本語力を活かし大きな土産物屋さん、病院のスタッフとして日本人を担当するなど就職難のこの島で比較的優位な条件で働いています。数年前に海外研修に参加した生徒が、孤児院の子供達と数日間交流した後で、「先生、日本の子供は、物がたくさんあるから、もっと、もっと欲しいと思うけれど、 孤児院の子供達は、物がないから、どんなものでも、嬉しい、と言って喜んでいる ここに来るまでは、物がたくさんある私たちは幸せで 物をあまり持っていない孤児院の子は可哀想だと思っていたけれど、 どちらが幸せなのか、わからなくなった。」と言い出しました。午後、2時から孤児院へ向かいます。今年の参加者たちは、孤児院で何を感じるのでしょうか?*孤児院と言っても、実際に親がいない子だけではなく 親に収入がなく学校に通わせられない子供もいる。 孤児院で生活する子供たちは、寄付金によって高校まで進学させてもらえる。
2008年03月27日
大手英語教室での修業時代に、講師の指導・管理という部署に移動になった時の研修で、早期英語教育の巨匠から、「講師の方々は、英語の成績が優秀だった方が多いから、 生徒がつまづくと、どうしても自分が習得した方法で 教えようとなさって、指導法が違ってしまうことが多々あります。 注意するように」という話しがあった。特に具体例が示されたわけではないので、何を注意すれがいいのだろう、それまで、モデルレッスン以外、他の講師の授業を見たことがなかった私には巨匠の話が理解できなかった。私の担当していたエリアに有名国立大学を卒業後中学で英語を教えていたベテラン講師がいた。事務所にその講師の生徒のお母さんからクレームの電話が入った。「子供が授業が難しくて、おもしろくないと言うので、 授業を見にいったら、文字を書かしているではないですか。 遊びながら英語に親しむということで子供も楽しみにしていたのに 話しが違うじゃないですか」慌ててその教室へ飛んでいった。開講して3ヶ月目の小学2年生のクラス事前に講師に連絡していないので、教室の中に入って見るわけにはいかないので、窓の外から先生に見えないように、中の様子を見る。レッスン開始5分、簡単なグリーティング(英語)は、講師マニュアル通り、次は、歌のはずなのだが、講師は突然ホワイトボードに天気を英語で書き日本語で「覚えていますか?先週ノートに書きましたね。」こんなレッスン、マニュアルのどこを探しても書いてないし、日本語は原則的にレッスン中は使用禁止で、やむをえず使用する場合は、英語のイメージを損なわないように注意する、と、研修で耳にタコができるくらい聞いているはず。(私も講師時代に研修の度に聞かされ、うんざりしていたほど。)次のレッスンは、開講から1年2ヶ月の4年生。使用しなければならないテキストをやったのは、僅か15分残りは、中学1年生の問題集のコピーをやらしていた。レッスンの終了を待って教室に入り、クレームの電話があったことを伝えるも私のレッスンは、マニュアル通りの指導するより成果が上がっていて親御さんたちにも喜ばれています。そのようなことを仰るのは、その方だけで、気にすることはないと思います。と、言うのを聞いて、巨匠の話していたのは、この事だと思った。この講師は、読み書き中心で英語を学習し、リスニングとスピーキングは二の次にしていても英語ができるようになったので、その方法がいいと思っているのだ。生徒の年齢など関係がない。英語を始めてからの期間で、レッスン内容を決めている。これでは、早期に英語学習をする意味がない。年齢やインプット量に合わせて聞く、話す、読む、書く4技能のバランスは変えるべきなのだ。英語子育てをしているお母さん方には、是非、聞く、話す、読む、書くのバランスに注意してお子さんに英語を学習させて欲しい。英語圏の小学生の学習教材は、その年齢が興味を持つ内容で、子供にとっても親しみ易い内容になっていて、私も使用しているし使用している方も多いと思う。しかし、どんなに努力しようとも朝から晩まで、英語を聞いて、話している英語圏の同年代の子供達より遙かに英語のインプット量は少ない。そんな当たり前のことを忘れて英語圏の同学年用の教材をそのまま、英語圏の子供達と同じように使用してしまうと知らないうちに読み書きの比重が高くなってしまう。このくらいなら、読めるだろう、書けるだろうと教材を選択してはいないだろうか?読める、書けるを重要視ししがちなお母さん自身の英語の習得方が影響してはいないだろうか?早期英語教育は、母国語を習得したように自然に英語を習得させ将来4技能をバランス良く使えるようにする土台を作ることだと考えて私は、指導している。日本の教育システムで学習させていくのであれば、中学以降、読む、書くの学習量が非常に高くなってしまう。もし、私と同じように考えて英語子育てに取り組んでいるのなら、子供のうち、特に英語学習の臨界期と言われる9歳までは、意識的に聞くことに比重を置くべきだと考え聞いて理解したことを、他の3技能で使用する形の学習方法が望ましい。文字がない状態での暗唱が比較的簡単にできるのもこの年齢までだ。少なくとも、中学入学前に読んで理解する力が、聞いて理解する力を、書く力が、話す力を超してしまう、という状況にならないように留意して教材選びはもちろん使い方を工夫することが必要だと思う。今日から生徒達の海外研修です。2日の帰国まで、更新が不定期になると思いますがネット状況が可能であれば更新の際に研修の様子などもお伝えしたいと考えています。
2008年03月26日
ピアノも家で練習しないし英語教室の宿題も、前日にサッとやるだけで一生懸命やるという姿勢が見られない、と、嘆いているお母さんは多いと思う。そのような子は、私の教室の宿題のあるクラスにもいる。暗唱の宿題も上っ面だけしか覚えていないので、とてもCDと同じようには言えていないし、内容まではイメージできていない。数年経つうちに、毎日聞いてきちんとやっている子とすべての技能でかなりの差がついてしまう。このような子供は、もともと理解力のある要領のいい子が多く小学校低学年の時期に、なんでもさっと出来てしまいいつの間にか、とりあえずできていればいい。という「とりあえずやればいいんでしょう」姿勢になってしまう。特に何年も習っていると習っていることが当たり前になり、「なんとかなるさ」と子供にも甘えが出てくる。「ちゃんとやらないなら、辞めさせるから」と言っても数年間辞めさせられないでいるのだから辞めさせられることは絶対にない、と思っている。いくら宿題をやれと言っても真面目にやらないか、しばらくやっても、またやらなくなるの、繰り返し。お母さんも、英検に合格するなど、ある程度の成果が上がっているので、惜しくて辞めさせることができない。しかし、長い目で見たらいいかげんにやっておいても大丈夫、という「とりあえずやった」勉強を続けてそれが当たり前でいるより、そのような勉強では、なんとかならない状態がある、自分で努力しなければならない、ということを学ばせた方が後の学力は飛躍的に伸びる。小学校の時に学習習慣がつかなかった子が中学や高校で学習習慣がつくケースはごく希だ。ほとんどがそのままか、テスト前日に勉強をする一夜漬けを繰り返す最悪の状態になる。私は、小学校4年生から6年生の再三話しをして注意をしても態度が改まらない「とりあえずやった」的な学習態度の生徒には、最後の手段として、荒療治(?)を行う。「そんな勉強しかできないのなら、 お母さんにお月謝をいただくのは心苦しいから 今月で辞めて欲しい」と伝える。まさか、先生から辞めろと言われることなど想像をしてないので、あたかも自分の物を突然取り上げられたように殆どの生徒が、びっくりして泣き出し、ちゃんとやるから続けさせてくれと言う。身につけた英語力が惜しいのは、子供も同じだ。「今まで、何回も言っているのにやらなかったのだから、 ちゃんとやりますと言われても、悪いけれど信じられない」「じゃぁ、どうすればいいの?」「自分で考えてみて、一週間後にどうするのかを聞かせて。」家に帰って泣きながら、お母さんに辞めさせないでと先生に頼んでと言う。お母さんには、あらかじめ電話で「時間を決めて学習させる為に学習スケジュールを書いて先生に提出してみれば?あなたが、そのスケジュール通り勉強したら、お母さんも先生にお願いしてあげる。」と言って下さいとお願いしてある。翌週、今までにない完成度で完璧に宿題をやってくる。自分の完成度に自分でも驚き、初めて、今までの「なんとかなるさ」的な学習では中途半端な力しかつかないことを身をもって知る。子供にとって大切な学習習慣を身につける為や、努力して力をつけることの大切さと素晴らしさを学ばせる為に口先だけでなく、本当に辞めさせる勇気が必要な時がある。子供は、その時初めて英語が、自分にとってどのくらい大切なものなのかを知り、もっと勉強したい、と自分から願う。自から努力することを知っている人間は強い。これは大人も子供も同じだ。次回は、「自分が習得したように教えてしまうー子供に英語を教えるときの注意点-2」
2008年03月25日
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昨日は、お墓参りの帰りに、近くの横浜ららぽ~とに寄りました。紀伊国屋書店で、中高校生用の教材を物色していたら、実にタイムリーな本を発見。日本のことを1分間英語で話してみるこの本の英文を監修したのは、現在カナダの大学で日本の古典文献を研究中の大学院生小中学校時代を日本で過ごしたので、外国人にとって、日本のどんなところがおもしろいか、という内容になっています。自動改札機、おたく、ギャル、部活、行事などホームステイをする時に覚えておけば、ホストファミリーとの会話も弾むし、もちろん読み物としてもおもしろいしので小学校高学年以上の暗唱用の教材やQ&Aを作りリーディング教材としても、リスニング教材としても使用できると考えて購入しました。早速今日、この本とCDを海外研修の参加者に渡し現地の小中高で行う、日本の生活を紹介する発表のために一人1トピックの暗唱を課題として出します。これで、7時間のフライトも退屈せずに過ごせますねこのブログによく来て下さっている方のブログにお子さんが中学1年生で、英検3級に合格し、中学校の先生に褒められてとても嬉しそうにしていた、という日記があった。私はこの日記を読んで、私は私の教室の生徒達に彼女と同じ喜びを味わうチャンスを奪っているのではないかと考えてしまった。ブログに紹介されている学習経験、学習内容から少し語彙や文法の確認などを行えばもっと早い時期に十分合格できたはずだ。タイミングなど、いろいろな問題があったのだろうが、結果的に、中1で受けたことによって、自分の意志で努力し学校の先生に評価されるといううれしいおまけがついてきて、本人のモチベーションは、すごく上がった。そしてなによりも、学校で受験したことにより、彼女の合格を喜び、褒めてくれる人が大勢いた。褒めてくれる人が多ければ多いほど、嬉しいものだ。生徒自身が学習の成果を目で見られるようにと1年生もしくは年長から児童英検を導入し、児童英検が終わると、3年生くらいから英検に移行していた。従って習得の早い生徒や、意欲的な生徒は、小学生のうちに準2級や2級まで終えてしまう。準会場受験は2級までなので、特別準会場となっている中、高校でも受験できるのは、2級までだ。合格する英語力があると判断しても敢えて英検を受けさせない、という選択。小学生は、準2級もしくは3級までしか受験させず、2級や準2級は中学入学後の6月に、準会場である私の教室ではなく学校で受験する。どうせ受かるなのだから、何も急いで受けることはない。受かることで本人が一番喜び、合格が有効な時期に受けさせればいい。大切なことを私に気づかせてくれた日記を書いてくれたお母さんと娘さんに感謝している。次回は、「長い目でみれば、思い切って辞めさせるという決断が必要な時もある」
2008年03月24日

26日に出発する海外研修の準備もいよいよ大詰め。現地の小学校、中学校、高校で日本の生活を紹介する発表を行うので、その資料を作っているところです。外国語としてお互いに学習している英語が共通言語として活躍します。資料、スクリプトすべて自分たちで英語で作成し、最後に外国人講師のチェックが入ります。鉛筆で下書きして、OKが出たら、マジックで書きなさい、と言ったのに…ソーラン節、フォークダンス、お手玉、手遊び、まるで興業に出かけるようです十分な英語力がない状態で短期間、英語圏で生活することが、小、中学生にとって有意義な経験といえるのだろうか?修行時代と合わせ英語圏での海外研修を引率した8年の間、この疑問が私の中で消えることはなかった。翌年の海外研修をどうしようかと考えている時、一人の生徒のお母さんから、中学生の娘に、自分の今の生活から想像もできない世界があるということを見せてあげたい。娘を私がボランティアをしているタイへ連れていって欲しいと頼まれ、正直驚いた。当時私は、スラム街の子供達の為に学校を設立した有名な財団に係わっていたので、よくタイへ出かけていたしタイで5年以上活動していたので、仕事を離れて仲良くしていた通訳もいた。彼女にコーディネートを頼めばできなくもない、しかしアジアともなると衛生面、安全面など、英語圏とは、比較にならないほど、危険な要素が多く、精神的な負担も大きい。安全について確信が持てず、私は、すぐに実行に移す気にはならなかった。そんな時、小学生の時に修業時代の私が引率した海外研修に参加した大学生が教室に遊びに来たので、海外研修について尋ねた。「自分が今のように子供の人権に関心を持ったのは、先生と行ったアメリカでの海外研修で訪れたメキシコ側の国境の町で自分と同じ年の子供が物売りをしているのを見たからなのです。ホームステイなどの事はほとんど覚えていないけれど、その子供達が私たちを見る目は、今でも心に残っています。」その言葉で、私は、子供達をタイへ連れていく決心をした。タイは、文化を理解する上で非常に大きな役割を果たす食べ物が子供達の口に合わなくて、1度で取りやめることになったが、7年前にインドネシアの島で今のスタッフを紹介され、1年間通いつめて人脈、ルートを作り、その島を研修地に決めた。その後、鳥インフルエンザの流行があったりと不安材料はつきないが、情報提供やアドバイス、現地でのケアなどこの研修をご理解いただき、サポートして下さっている方々のご助力で細部に渡りスムーズな対応が確約されていることは、とてもありがたい。家の仕事を手伝う為に学校を辞めなければならない小学生弟や妹の為に進学を諦め、就職をする中学生、高校生や家が貧しく教科書が買えない生徒がいることを知り、親への感謝を口にする生徒達学校へ行けるのに、行かない自分が恥ずかしい、といって不登校を止めた生徒。ボロボロの英語の辞書を回しながら使っている生徒たちの為に研修中に使う為に持ってきていた自分たちのお小遣いを出し合って、英語の辞書を寄付することにした生徒達。自分たちにとって当たり前のことが、当たり前でない世界に暮らす自分たちと同じ年の子供達の生活を体験することで、当たり前のことなどなにもないと知り今の自分の恵まれた環境に気づき、感謝するようになる。価値観を根底から考え直す。この年代の子供にしかできない経験であり、必要な経験なのだと私は考えている。今年の参加者たちが、現地で何を感じ、何を学ぶのかとても楽しみだ。
2008年03月23日
「ブログの難しさ」を書くきっかけとなったコメントを頂いた方から木曜日に謝りのメッセージを頂きました。文字だけの世界が生んだ誤解でしたが、一方でコミュニケーションの大切さも感じました。「先生、やっぱり兄弟で育つということはすごいことですね。 娘が経験をしながら、逞しくなっていくのを見て 下の子を産んでよかったと思います。」このお母さん自身は、ひとりっ子で、上の子が年長さんの時に下の子を出産した。5歳になっていたこともあり、頭ではお姉さんになるよ、と言われて下の子が生まれるのを楽しみにもしていたようなのだが、いざ生まれたら、お母さんを独占できない寂しさから赤ちゃん返りをし、幼稚園にも行かない、英語にも行かない、お母さんと一緒にいる、と号泣するようになってしまった。まったく幼稚園に行かなくなると、もう友達という横のつながりができつつある年長さんだけに戻りにくくなる可能性があるので、お母さんと一緒に自宅から1時間程離れた実家にいた一ヶ月の間、英語のある日は、お婆ちゃんが、幼稚園まで連れていき、私の教室の同じクラスのお母さんが、幼稚園から私の教室まで送り、レッスンが終わると、またお婆ちゃんかお爺ちゃんが迎えにきて、という連携プレーで、幼稚園と英語に通わせた。お母さんと自宅に戻った後、登園時にぐずったりしたがお母さんも下の子を連れて一緒に通園し、なんとか毎日幼稚園に通えるようになった。下の子が数回に渡り入院するような病気になったこともあり、本当にお母さんは大変だったと思う。下の子が生まれるまでは、甘えん坊で、与えられるまで、何もしなかったのが、今では、ゆっくりでも、自分でやり遂げる頑張りやさんになり弟に目が配れるまでに成長した。兄弟は、それぞれ我慢しながら育つので、譲る、思いやりの心が生まれ、他人を受け入れる基礎ができるが一人っ子は、どうしても自分以外の人との接点が少ないので、自分中心の生活スタイルになり、マイペースになる。マイペースが通用する環境ということもあり、みんなと遊ぶより、一人で遊んでいた方が楽しい。という一人っ子の子も多い。だまって従っている子もいるし仕切られるのは嫌という子もいる。私の教室でも一人っ子を持つお母さんの中には、子供が小さいときから積極的にスキー教室や、田舎体験のような雑誌などで募集される宿泊プログラムに一人で参加させている方が多い。幼少期から同年代の子供達にと一緒に生活する機会をたくさん持つのは一人っ子にとって、マイペースが通用しない環境での生活を体験でき非常に効果的だ。このような宿泊プログラムに参加してきた私の教室の一人っ子たちは、参加していない一人っ子と全く違う。一人っ子ということが、わからない程、人との関わりを積極的に楽しむことができている。もちろんよく観察すれば、一人っ子だな、という部分も垣間見えるが同じクラスの子供達や一緒に参加した生徒達に、「え~一人っ子なの!そう見えない。」と言われ、嬉しそうだ。何故、そう言われると嬉しいのか?と、一人っ子である友人に尋ねたところ「私も、やっぱり一人っ子なんだ。と理由がわからないままに 小さい時から言われ続け、一人っ子であることに コンプレックスを持っていたから、 一人っ子に見えない、という言葉はとても嬉しかった。」と答えてくれた。一方、幼児期から低学年時に他の子供達と一緒にそれも知らない場所で、生活するという経験をしなかった一人っ子たちは、環境への順応力が育っておらず大きくなるに従って、マイペースが通用する居心地のいい自分の家や親戚の家には行くが知らない場所で家族以外の人と泊まることへのハードルが高くなり学校行事である移動教室にも疲れそうだと、気乗りがしないと言う子もいる。私の教室には、一人っ子キャンプというプログラムがあり参加者も手伝うスタッフも講師も、すべて一人っ子のみ弟がいる私も、参加できなかった(笑)このキャンプは、一人っ子である講師の発案で行われたのだが、キャンプから帰ってきた生徒達は、みな笑顔で「こんなにいっぱいしゃべったことは、なかった。楽しかったぁ」と嬉しそうに報告してくれた。子供同士でなければ、笑い合えない話しがある共有できない時間があり、経験できないことがある。積極的に親のいない環境で、他の子供と話し、笑い合える機会を幼児期から勇気を持って与えてあげて欲しい。
2008年03月22日
チベットでの暴動でダライラマを非難する中国政府餃子の毒物混入事件で、中国国内で混入された事実はない、と言い切った中国政府どんなに自分たちを正当化しようとも真実は必ず世界中の人の知るところとなり、中国がどのような国か判断されるのだと思います。「お姉ちゃんがやっていることは、何でもやりたかった」「ぼく、お姉ちゃんより上手にできるよ。」「兄という目標が常にあったから、ここまでがんばれたと思う。」「お姉ちゃんと同じくらい、英語ができるようになる?」下の子にとって上の子は、いつの日からか目標になり、ライバルになることも多い。「姉がやっていたので、」「兄がやっていたので、」と答える著名なアスリートが多いように、上の子がやっていることを下の子もやりたい、と言って始めるケースはとても多いと思う。そしてだいたい下の子の方が優秀な成績を残している。上の子が開拓した道を、後ろから進んでいくことができることも大きな要因だと思う。そんな下の子でも、上の子と下の子である自分を比べて損をしていると思っている。「先生、この間お姉ちゃんとアルバムを見ていたら、 お姉ちゃんが赤ちゃんの時の写真はたくさんあるのに、 私の写真は少ないの。」と教室の壁に貼ってあるインドネシアのスタッフの子供が赤ちゃんの時の写真を見ながら、寂しそうに言ってきた生徒がいる。たぶんお姉ちゃんは初めての子だから、新鮮で、何でも写真を撮りたかっただけで、上の子の方が可愛いというわけではないのだろうが、下の子は、お母さんは、お姉ちゃんの方がかわいいと思っている。と思い込んでいる。私の教室では、3年生から辞書の購入をお願いする。レッスンを終えたHちゃんが、早速、推薦している辞書の名前が書かれたプリントを迎えに来たお母さんに見せて、辞書を買ってと、頼んでいた。「じゃぁお姉ちゃんと同じのでいいわね。」と、言うお母さんの声が聞こえたので、「一応、Hちゃんと一緒に行って、 この三冊の中から選ばせてあげてあげてもらえませんか? 挿し絵などの好きずきがありますし、 Hちゃんの気持ちも尊重してあげて下さい。」とお願いした。翌週、Hちゃんから、お母さんのお手紙と言って封筒を手渡された。「昨日、娘と一緒に大きな本屋さんに出向き、 辞書を購入してまいりました。 結局、姉と同じ辞書を選んだのですが、 とても楽しそうに選び、満足そうにしているのを見て、 今まで、何も考えず、姉と同じものを買い与えていたことを 反省いたしました。」というメッセージが入っていた。下の子が、自分が損してると感じる気持ちの中にお姉ちゃんとワンセットは嫌という自己主張を感じる時がある。お母さんが一人っ子や上の子だった場合は、なかなか気づきにくいかもしれないが、お古は嫌、同じは嫌、という言葉の中にそのような気持ちが潜んでいることを理解してあげて欲しい。
2008年03月21日
先週、私のクラスの4、5年生の女の子達の会話をきいて思わず吹き出しそうになった。一人っ子、上の子、下の子、1番得なのはどれ、と言い合っている。「ぜったい一人っ子が得だよ。」と妹が二人いる生徒が言う。「だって、全部自分のものじゃん。分けなくていいし」「でも、いつも一人なんだよ。兄弟がいた方が楽しいよ」「絶対、上が得」3人兄弟の末っ子の生徒が言う。「下は一番損。お姉ちゃんは何でも新し物を買ってもらえる」じゃんけんで一番強いものはどれか、という議論のように決着はつかない。研修やイベントの後の食事会などで、1~4才、歳の離れた弟や妹を持つそれも勉強ができる生徒たちが「弟(妹)に、英語で抜かされるのは絶対に嫌」「私より、妹(弟)の方が頭がいい」と言ったり「弟(妹)は私より英語ができるようになる?」と尋ねてきたりする。幼くても上の子には年上、という自負、プライドがあるのだな、と感じることがよくある。上の子と下の子、どちらが得かと聞かれれば、物理的なものはともかく、下の子の方が環境的には圧倒的に得をしていると思う。英語をとってみても、上の子が暗唱の宿題をやる為に英語のCDを聞いていれば自然と英語が耳に入ってくるように、生まれた時から、環境が備わっている。上の子にひらがなを覚えさせようと、ひらがなの表を部屋に貼れば、それを目にし、自然と覚えてしまう。上の子が習い事をしていて、お母さんが下の子を連れて、送り迎えに行けば、その習い事を目にする。上の子が親に叱られているのを見聞きすればこういうことをすると怒られると学習している。インプットされる知識と情報量は、上の子がその年齢だった時とは比較にならない程多い。私の教室に通っている兄弟会員を見てみると下の子の方が、要領がよく、楽に課題をこなしていく。幼い頃、下の子は、上の子が大好きでいつも一緒にいていろいろなことを一緒にやりたがり上の子も自分を慕ってくる下の子が可愛くていろいろ教えてあげる。ところが、下の子との年齢差にもよるが、自分が苦労して覚えたり、やったことを簡単にできるようになっている、と感じると、その関係に微妙な変化が見られるようになる。それまで、下の子が隣で、自分の勉強を見ていて、いろいろやったり、一緒に真似していても嫌がっている様子がなかったのに、突然、一人でやる、向こうへ行ってと言うようになる。特に下の子が小学生になって、自分と同じ勉強をするようになると意識し出すケースが多いと感じる。「お母さんは、弟(妹)には怒らない。弟(妹)をかわいがってる。 ずるい。上は損。」と上の子の生徒達、特に女の子がよく言う。初めての子である上の子の子育てはお母さんも手探り状態。ある意味全力投球なので、少しのことでも心配しどうしても口うるさくなってしまう。下の子は、もともと要領がいい上にお母さんも上の子でいろいろ学習しているので、これはあまり気にすることはないな、という判断ができ下の子には、あまり口うるさく言わなくなる。「あなたたちは、お母さんにとって初めての子どもだから、 お母さんだって初めて経験するから、心配で、口うるさくなるの。 でも初めてだから、いろいろ心配してもらえて、 いろんなことをやらせて貰ったり、 買って貰ったりしているとは思えない? それに弟(妹)の面倒を見ているから 年下の子の面倒みられるようになって、 今の優しくて気がつくあなたになったんじゃない?」兄弟げんかをしていると、どうしてもお姉ちゃんなんだから、お兄ちゃんなんだから少しくらいがまんしなさい。と言いがちだが、「お姉(兄)ちゃんは大きいから、たくさんね。」と、上の子のプライドを満足させてあげる工夫もしてあげて欲しい。
2008年03月20日
今日は、朝早くから出かけていたので、更新がこの時間になってしまいました。学習障害-LD1999年旧文部省によって下記のように定義された。学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。まだ日本でこのように定義される1993年に私は、アメリカでこの言葉を聞いた。まだ英語圏で海外研修を行っていた時に生徒を連れてモデル校となっているカリフォルニアの公立中学校を訪れた際、私が連れいる一人の生徒を見た先生が「あの子、LDだと思うけど、違うかしら?」と言ってきたのだ。Leaning Disabilities-学習障害初めて耳にする言葉だった。そう言われたのは、中学3年生になったばかりのMちゃんで英語を話す、聞くは、標準的なレベルの習得ができたのだが、読むと書く能力が、標準的なレベルに達することができなかった。簡単な単語でも、正しく書けないことが多かった。看護師をしているお母さんは、集中力がなく、真剣に勉強していないから覚えられないのだと、いつも勉強するように厳しく言っていた。でも私は彼女を指導しながら、努力していないとは思っていなかった。覚えようと同じ単語を100回以上書いているノートも見せてくれたことがある。でも、お母さんにそのノートを見せても、何回書いても覚えられないのは覚えようとして書いていないからだ、と認めてくれようとはしなかったと言う。お母さんに責められることで、Mちゃんはどうしていいかわからなくなってしまいやっても怒られるからと、好きな英語ですら、勉強することに意義をみいださなってしまった。学校から帰ると部屋に閉じこもり漫画をよむことが多くなり私の教室にも行きたがらなくなってしまった。そこで少しでも英語好きのMちゃんに戻るようにお母さんは、かねてからMちゃんが行きたがっていた海外研修に参加させることにしたのだった。「LDの子の多くが絵を描くなど、必ず才能があります。 私たちは彼らが持っている才能を開花させ、伸ばす為の 特別なプログラムの授業を行っています。 Mちゃんに見せてあげていいですか?」Mちゃんは、目を輝かせて、1時間飽きることなく他の生徒達と授業を受けていた。私は、帰国後お母さんに、Mちゃんが学習障害児かもしれない、とお母さんに話すべきかどうか、とても迷った。障害という言葉にも抵抗があった。でも、もしお母さんが、学習障害ということを理解してくれればMちゃんは、もうお母さんに勉強しろと責められることはなくなる。私は、思い切ってお母さんに、教室に来てもらいアメリカでの出来事を報告した。お母さんは、とても驚いたような顔をしたが、私も学習障害児のことを調べてみます。と言ってくれた。それから2週間後、お母さんから私に会いたいと電話があった。Mちゃんのお母さんは大きな病院に勤める看護師さんだったので、精神科のお医者さんにLDについてきいたところLDかどうか診断できる病院を勧められ、検査の結果、限りなくLDに近いグレーゾーンと診断された。その診断を聞いてお母さんは、勉強しろと言うのを止めMちゃんに何を勉強をしたいかと尋ねた。英語と絵を勉強したい。と言ったという。「先生にアメリカでの出来事を知らせていただけなかったら、 学習障害とは思わず、私はずっとMに勉強しろと、努力が足りないと 責め続けていたと思います。 お陰様でギクシャクしていた親子関係が とてもおだやかなものになりました。 ありがとうございます。」Mちゃんは、花を育てることも、とても好きだったので、高校で園芸を学び、今はガーデニングデザイナーとして活躍している。現在では、LDかどうか診断できる機関も増えている。もし、さほど難しくない、同じ分野で、子供が長い間躓いて、できないようなら、是非、専門家に相談して欲しいと思う。そして一人でも多くの先生に指導していてLDじゃないかと思える子がいたら、勇気を持って、お母さんに教えてあげて欲しいと思う。そしてADHD多動性障害についても我が子がそうでないかと心配しているお母さんが多い。本やネットで調べて悩むより専門家に相談することをお勧めする。
2008年03月19日
昨日は、嬉しいことが二つありました。他の人から見たら些細なできごとかもしれないのですが子供が新しいステージにあがる手伝いができたことはこの仕事をしていてなにより嬉しいことなので、昨夜はとても幸せな気分でした。一つは、「うちの子が最近英語に行くのが楽しいって言うようになりました」という報告が二人の小1の生徒のお母さんからきけたこと。何度もこのブログい書いているが、私の教室では、英語以外の子供の他の可能性を広げてほしいと週に一度で効果的に英語を習得させる為に年中や、年長からほぼ毎週暗唱の宿題を出し、毎週チェックをする。最初から自分から進んで宿題をやる年中や年長などいるわけがないので、お母さんたちには、教えるのではなく、決まった時間に毎日、やる習慣をつけることが小学生になった時にとても大事な学習習慣に繋がるので教えるのではなく、かならず一緒にやろうというスタンスで宿題をやるように促してほしいとお願いする。やってきていないと、チェックの時に泣き出す生徒もいる。こちらも辛い。でもここで、自分の感情に負けてしまうとその子が伸びなくなってしまうということは、今までの経験で痛い程わかっているので、泣くなんておかしい。泣くほどやってきていないと思うよ。何の為に宿題するの?宿題をして英語ができるようになって、得するのは誰?宿題をしないで損をするのは誰?先生でもお母さんでもないよね。と、厳しいことを言い続ける。もちろん「お母さんできない、教えて」と何度も泣いて?頼まれても「一緒にやろう」と、つっぱね行きたくない、とゴネる子供を送り出すお母さんも辛いと思う。でも、自分の力でやり遂げないと、「やっているうちにできるようになった」やれば、できる!を経験させられない。わからないことがわかるから勉強は楽しい、という学習の本質が学べない。「英語に行くのが楽しくなった」という言葉は、できるようになることの楽しさがわかりやればできる、という自信が持てた、ということだ。この二人からこの言葉を聞くまで、ほぼ2年かかっただけにとても嬉しかった。そしてもう一つの嬉しいできごとは、一昨日の早朝にプリスクールを辞めて4月から幼稚園の年中クラスに通い始めるというお母さんから問い合わせのメールをいただいた。私の教室がプリスクールに通わせていらっしゃた方の求める教室でないこともあるので、どのような理由で幼稚園ではなく、プリスクールを選択したのかとプリスクールを辞めて幼稚園に転園する理由、そして今後どのようなレッスンを望んでいるかを教えて欲しいと返信、夜遅くに、返事がきた。プリスクールを選択したのは、入園前にすでにプリスクールに通っていたこと早生まれで落ち着きがなく、少人数のプリの方が目が届いていいと思った。通えば英語が伸びるようになり、英語力がどうなるか見てみたかった。そして下の子を妊娠してから、その子に赤ちゃん返りの様子がみられ週3日プリに通い、他の日は一緒にいてあげようと考えたとあり、幼稚園に移る理由は、まだ迷っているので、はっきりとは答えられないが、思いっきり遊ぶ、けんかする、泣く、謝る、ということが少人数だと目が届きすぎて経験しにくいと思うようになったこと、2年かけて大勢の中でも先生の言うことを聞いたり、皆と同じことをしていかなくてはいけないということを覚えて欲しいと考えるようになった。そして、英語をどのように習いたいかは、通っていたプリスクールは遠いのでかえることにしたが、まだ決めていないという内容だった。私は私の教室の指導方針やこのブログに書いているプリスクールについての考えを書き私の教室は、距離的に遠すぎるので、その方の自宅近くのネイティブインストラクターがいる教室を紹介し今回の幼稚園に転園させるという判断は、間違っていないと思うと書き添えたメールを送った。そして昨日の朝、ありがとうございます。インターに行かせる予定も海外生活の予定もないのに、プリを続けていて先が見えなくなっていました。通っているうちにどんな力をつけさせてやりたいのかわからなくなってしまったと思う、というメールを受け取った。お母さんが我が子の将来を熟慮して下した決断に自信を持てその子が新しい一歩を踏み出すことができたことは、とても嬉しい。
2008年03月18日

昨日はよいお天気だったので、気分転換に研修所から車で10分ほどの館山湾にある沖の島へ行きました。向こうに出っ張って見えるのが沖の島です。ここは珊瑚の生息地の北限として知られていて私の生徒達も、夏休みのキャンプで環境教育の一環としてNPO団体のプログラム「沖の島探検」に参加しました。なんと沖の島の入り口にある沖の島弁天の桜が咲いていました。今年は、3月26日から4月2日まで海外研修があり桜は諦めていたので、とても嬉しかったです。年長さんと1年生が初めて参加するキャンプでは「自分のいいところと悪いところを書く」という課題がある。これは自己を知るという自己評価を上げるプログラムの一環なのだが、自分の悪いところは、すらすら書けてもいいところは、なかなか書けない子が多い。悪いところとしてお母さんの言うことをきかないところお母さんに怒られるところと書く子供達が多い。何を怒られるという記述は、ほとんどなく、こちらが「どんなことで怒られるの?」と促すとすぐに起きないこと、宿題をすぐにしないことなど即座に具体例を口にする。ところが、良いところが書けない子に「お母さんやお父さんに褒められたことを書いてごらん」「え~…」と、なかなか出てこないか「一つだけある。絵が上手だって褒められた。」我が子を一度しか褒めない親がいるわけがないのだが、子供にとって褒められることより、叱られたことの方がインパクトが強く、心に残っている。褒める言葉と叱る言葉が同じであれば心には、叱る言葉の方が強く残ってしまう。私は教室で極力「七褒め三叱り」を実践するようにしている。もちろん褒める材料のない子もいて、難しい場合もあるが、自分の椅子の片付けを行わずに叱った生徒が次の週に、進んで自分の椅子を片づけたら、「今日はちゃんとできたね」褒める。するとその翌週は、私の椅子まで片付けてくれる。褒めらようとする行動は、わざとらしいが、周りの様子が見られるようになったということでもある。これはとても大事なことだ。最初はわざとらしかった行動が、だんだんと自然になり、身についていく。最初の進歩に気づいて、ちゃんと褒めてあげることが大切なのだ。自分のことを見ていてくれる、という気持ちが子供をどんどん良い子にする。叱るのは簡単だけれど、褒める事を探すのは難しいと思われるお母さんも多いだろう。そんな時は褒める材料を作ればいいのである。身の回りのいろいろなことをやらせる。トイレの床掃除でも、自分の洗濯物をたたんでしまうことなど、なんでもいい年長さんになれば、火や刃物を使うこと以外は教えれば一人でやらせても大丈夫だ。最初は上手にできなくても、「床の汚れがおちて、ピカピカになってる。上手にできたね。」と具体的に褒め。そして「次は棚の上とか、拭けるところは上の位置から拭いてね」とか「次は真っ直ぐ目に沿ってに拭いてみて」とか次回へのリクエストをし課題を与える。そして次回その通りにしていたら、「だんだん上手になっていくね」と褒める。お母さんの手伝いをしている子供は、手際だけでなく、よく気がつき、進んで行動する。食事の時にテーブルの上を拭いて、食器などを並べるというお手伝いを家でしている子供は、研修の時に、ドレッシングが出てないことに気がつき「ドレッシングはどこ?」ときいてくる。「よく気がついたね。えらい。普段からお手伝いしてるね。」私たちに褒められ、うれしく、自信になる。そして、もっといろいろなことができるようになりたいと思いお母さんのやることをよく見るようになるのだ。その視線に気がついてあげて欲しい。子供が小さい時は、自分で身の回りのことができると褒めて自分から進んでするようにし向けていたはずなのに、その時期が過ぎると、褒めることが減ってしまってはいないだろうか?「七褒め三叱り」-よい子を作る黄金率だ。
2008年03月17日
ブログで伝えることの難しさを痛感しています。読み手の思いで、同じ文章でも、受け取り方が違うのは当たり前のことなのですが…事の発端は3月14日付けの日記にいただいたコメントでした。もともとこのブログを始めるという考えは「もっと前に先生にお会いして、先生のお考えをきいていたら…」「住まいが離れているので先生の話を直接きくチャンスがなくて残念」という生徒のお母さん、友人の方たちの声から生まれた。そして私の考えだけでなく、私の考えに対する他の方たちのコメントからいろいろな考えを知ってもらい選択や悩み解決のヒントになればと思いブログを始めた。価値観は、人それぞれ違うのだから、私の考えを受け入れるか、受け入れないかは、その人次第であり受け入れれば「いい人」で受け入れなければ「悪い人」という考えはない。私のブログによくコメントを送って頂く方は一時、コメントがエラーになって書き込めない時期があったことをご存知だと思うが実は、知人が原因の一つだと考えられた禁止ワードの設定を変更している際に誤って、頂いていた未読を含むメッセージやコメントを消してしまったのか、メッセージやコメントが消えてしまった。おそらくこの時に、この方に送っていただいたコメントも消えてしまったのだろう。私は、読んでいないのだが、「批判的な意見は受け付けない」と決めつけられてしまった。もともといろいろな考えを知っていただく場としてブログを始めたのだからあきらかにブログの内容に無関係な営業コメントや、アダルト系コメント以外、私の考えに批判的内容だという理由でコメントを削除したりはしない。私も実際に自分が書き込んだコメントが削除された経験を持つが読んでもらえれば、いい。と考えているので、「批判的な意見は無視する人」と思いもしないので、そのように判断されたことに驚いた。Oxfordの研修についても私の指導法とは対極の指導法であり私には受け入れ難いものではあるが、長年多くの先生やお母さんたちに支持されている指導法なので、親子英語に取り組むお母さん方に、知っていただくいい機会だと思い紹介した。しかし、そうは受け取られていない。英検の受験についても同様だ。私はこの方にお会いしたことはないしこの方も、私に会ったことはないし、私のレッスンを見たこともない。営業目的のブログではないので、あえて自分の指導方針や指導理念について細かく触れることはしていない。しかし私の始めたばかりのブログを読んで、このように判断されてしまった、ということは、もちろん私の稚拙な文章力のせいもあるだろうがボリュームの制約、公の場としてのモラルもあり、曖昧な表現しかできないことと正しく理解されていないと思ってもその場でこちらの意見を伝えられないことが原因なのかと思う。これがブログの難しさであり怖さなのだと今回の件で痛感した。もし私が「ブログに書かれていること」に書かれているような先生だとしたら、22年間、少なくとも16年間、競争の激しい東京で殆ど口コミだけで自分の教室を続けてこられなかっただろうし今の生徒やお母さんたちとの関係はなかったと考えている。と、書けば、謙虚でないと受け取られてしまうのだろうか星の数ほどいる先生皆、それぞれの指導理念と目的を持って指導している。私にとってのよい先生の基準から離れていたとしてもその先生が受講している子供たちを幸せにしているならその先生は、いい先生なのだと私は思う。今回の件で、読み手を制限できるMIXIへの移転を勧められたが私は私の考えや、他の人の考えをひとりでも多くの関心のあるお母さんにブログで伝えたい。最終的な判断は、読み手であるお母さんやお父さんが下す。その判断材料のひとつとなれば、このブログの存在価値はあるのだと信じて続けられる限り、続けていこうと思う。あまりに驚いたできごとだったので、とりとめのない内容になってしまいました。すみません。でも、今回の経験は、今後ブログを続けていく上でとても勉強になるよい機会だったと思っています。やはりコメントを頂けるのは、ブログのよいところだと思いますし楽しみでもあるのだと思いました。これからも、よろしくお願いします。
2008年03月16日
昨日の東京は、荒れた不気味な天気の一日でしたが、自分の子供をプリスクールに通わせて失敗だったと30分以上グチを言って、入会案内書を持って帰ったお母さん、私の教室を、プリスクールだと間違えてサイト掲載の営業電話がかかってきたり昨日のブログにコメントを書き込んでいただいた方のブログに行ってみたらプリスクールを経営されていたり、と、天気だけでなく、プリスクールつながりの妙な一日でしたまだ海外研修を英語圏で行っていた10年ほど前にオーストラリアのゴールドコーストの公立中学へ現地の日本語の授業に参加する為に行った時のこと廊下に並べられた机で勉強させられている生徒が数人いた。私の視線に気がついた案内係の先生が、「授業態度の悪い生徒は、教室の外に出されます」昔、日本でも悪いことをすると水の入ったバケツを持たされて廊下に立たされた時代があったが…もう授業の始まりを知らせる予鈴がなったというのに校庭でお菓子を食べながらおしゃべりをしている女子生徒たちがいる「教室に早く入りなさい」注意生徒された生徒は、肩をすぼめ、返事をするわけでもなく廊下に向かって歩き始めた。その反応は、おかしくなるくらい日本の中学生と同じだ。「中学2年生なんです。一番面倒な学年です。」やはり国は違っても同じような環境で育つ先進国の子供達は、どこでも同じなのだ。14歳になると男の子は、極端に口数がすくなって親に何も話さなくなったり女の子は、男の子や洋服などに興味を示し、自分を飾り立てるようになる。女の子を持つ親にとって、中2の夏休みは要注意の時期だ。よく言えば自己主張を始めるのだが、ただ大人の言うことをききたくない、強制されたくないから、という実に薄っぺらなものだったりもする。自分の主張が薄っぺらなことは、子供自身も知っていて自信がないので、反抗しながらもどこかで大人の意見を求めている。そして反抗的な態度をしながら、自分への親の気持ちを確かめている。私の生徒にも中2の時に万引きをした女の子がいた。中1まで友達と仲良くできる、特に問題のないよい子だった。ところが中2になった途端に、服装が乱れどこか荒れた雰囲気が感じられるようになったので、小学校低学年から仲の良い友達にきいてみたら、両親とも仕事が忙しく、遅くまで家に帰らないし、4月から大学生になったお兄さんも家にあまり帰ってこないので、夜遅くまで友達とゲームセンターで過ごしているという。彼女と話しをしようと考えていた矢先、彼女は万引き事件を起こした。万引きは悪いと思っていたけど、家に一人でいても寂しいから、その仲間たちに嫌われたくなくてやった。と翌日、母親と私の教室に謝りというか報告にきた彼女は泣きながら私に言った。もう中学2年生だから、一人でも大丈夫だというお母さんの判断が違っていた彼女はまだ中学2年生で、家に帰った時にいろいろ言うお母さんに「うるさいなぁ」と言いながらもお母さんの顔を見て安心したかったのだ。14歳の岐路で間違った選択をしない為にも先日紹介した「その子育ては科学的に間違っています」に書かれているように12歳までに社会的なトレーニングをしておくことは非常に大切なことだと思う。していい事、わるい事の判断ができていれば親のお財布からお金を盗む万引き、恐喝など凶悪犯罪に繋がる行為は絶対にしない、と、まではいかなくてもかなり重い足枷にはなるだろう。そう考えていくと6歳から12歳の大半の期間を勉強さえしていればよい、という中学受験準備に使うことへの危険性を、考えずにはいられないのである。追記:Eの今Eは、3月に推薦で入学した私立高校を卒業する。アルツハイマーのお婆ちゃんの面倒もよくみるおしゃれ好きの優しい女の子だ。英語の実力試験が学年トップだったこともあるので、高校の先生は皆、大学進学を勧めたのだが、本人は中学生のころからの夢「人をきれいにして、喜んでもらえる仕事をしたい」を実現する為に美容専門学校へ進学する。音大を首席で卒業したお母さんは、娘を英語の先生にすることを夢みていたので、私にEを大学に進学するように説得してくれと頼まれたがEの夢をずっと聞いていた私は、「大学は本人が行こうと思えばいつでも行ける」と逆にお母さんを説得した。Eが入学する美容学校はニューヨークの美容学校と提携していて成績優秀者は、留学できる可能性がありEは、英語力を活かして、アメリカでメイクを学びたいからがんばっていい成績を取ると、期待に胸をふくらませている。
2008年03月15日
高校を卒業した時点で私の教室も卒業ということになっていて3月は、生徒達の旅立ちの季節、どことなくしんみりするはずなのに、バイトとして居残り旅立たない子もいるし、キャンプなどのイベントを手伝ってくれたり、旅立ち後も近況を報告(グチ?)しに教室に寄ったり、駅やスーパーで顔を合わせる機会が多く、まるで実家に帰ってくる子のような状況で、しんみりしないのです。そしてとうとう昨年は、教え子が相次いで結婚し赤ちゃんが生まれるとの報告がありました。3年後には、いよいよ教え孫の誕生?年中さんの生徒がひとり、お父さんの転勤で関西に行くことが決まり来週のレッスンで私の教室を辞めることになるがお母さんは、2年程度で戻れるので転居先で英語を習わせ、今のクラスに戻りたいどのような視点で教室を選べばいいかを教えて欲しいと言っている。(私の教室は友人の紹介)という報告が担任講師からあった。私が英語に限らず講師やインストラクターを「できる講師」かどうか見極めるポイントは、数年分のカリキュラムを書けるかどうかだ。「できる講師」は、数年後の生徒の力をイメージしてカリキュラムを立て、それに沿って指導をしながら、生徒の習得度を見ながら、そのカリキュラムを微調整し、最大限の力を引き出していく。もちろん生徒にも数年後だいたいどのくらいの力をつけられるかを話すことができる。「あなたの力だったら、最初の半年は…をやって、次は…、 3年後には、…くらいのことができるようになりますよ。」という言葉が聞ければ、「できる講師」だと私は判断する。英語教室を選ぶ際も、講師からこのような説明がなされなかったら「2年後にはどのくらいの力をつけられますか?」と質問してみて「お子さんによりますが、だいたい…」という返事がきければまぁOK「それはお子さんによります」で終わってしまうところは、NG。2、3年の経験では、数年後のゴールの基軸が作れないしましてや生徒一人一人の潜在能力を見極め微調整する余裕などない。そこで講師の出入りが激しい大手の児童英語教室では、カリキュラムに基づいて作成された教材を使用することになり入会時に高額な教材を購入させられる場合も多い。それは「教材を教える」ことで、ある程度のレベルのレッスンをどの講師でも提供できるからだ。私が修行していた大手の英語教室も著名な指導者の書き下ろし教材を生徒に購入させ講師は配られたマニュアルやレッスンプラン通りのレッスンをするように指導していた。ところが、マニュアルやレッスンプランは、筆者が想定したクラスでその教材を使ったと仮定して書かれているため筆者が想定したクラスより、実際は、生徒のレベルが低かったりクラスサイズが大きかったり、小さかったりした場合はそのまま使うことができないので、あくまでも一例にすぎない。これが、同じ看板の教室であっても、講師の力量によって習得レベルが異なる一因となっている。子供に英語を教えているお母さんのブログを読むとよく使用している教材が紹介されている。お母さんは何らかの理由があって選択しているのだろうが私からみれば、あきらかに間違った選択、使われ方をしている場合が多い。聞き流し、読み聞かせ中心の指導をしておきながら、突然英検4級の問題集をやらせて、合格しないとウチの子は習得ペースが遅い、などもっての他である。子供の習得ペースが遅いのではなく、お母さんの間違った指導が原因なのだ。このようにカリキュラムなしに指導しても無駄が多く、無理なことを子供に強いることになり、成果もあがらない。指導経験のないお母さんには、自分でカリキュラムを作ってそのカリキュラムに沿って教材を自分で選択し、使い方を考え教えるという「教材で教える」ことはできない。DWEなど、すでに数年分のカリキュラムにのっとって組まれている教材をメイン教材として使っている場合はいいが、市販の教材だけを使用する場合は、きちんとシリーズで使用するべきだと思う。これから英語子育てを始めようと考えているお母さんには、通信でもよいので、CD付のシリーズ教材のなかから教材を選択し1年間メイン教材として使用してみることを勧める。そうすれば、どの程度のレベルの絵本を読み聞かせとして使用できるかメイン教材の難易度と比べながら選ぶことができ、誤った無駄な選択をする可能性が低くなる。そして教材を選ぶ際には、たとえ何の知識もなくても書店に足を運んで立ち読みしたりサンプルを請求したりして、実際に見てから選ぶこと。ブログでいいと書かれていても、教材には相性がある。相性の悪い教材は、長くは続けられない。私たちからみれば、殆どの教材が最初の1年は、アプローチや絵が違うだけで同じ程度の内容だ。これ、楽しそう!という感覚で選択し、続けることが大切。
2008年03月14日
水曜日は、教室外の仕事や打ち合わせを行うために授業を持たずに空けてある日なのですが昨日は、入会希望の新1年生のレベルチェックがあり3ヶ月ぶりくらいに、教室に出かけました。ロビーで子供を待っているお母さんの中に私が月曜日に上のお子さんを担当しているお母さんがいらしたので、話していたら、3ヶ月前に入会した初めてお目にかかるお母さんに「こちらお子さんは、何年生ですか?」と尋ねられてしまいました。どうやら貫禄不足のようです…多くの女の子が小学校中学年後半からお母さんとぶつかり始め中学2年生で一番危ない時期を迎える。そして娘が反抗的な態度を取り続けるので、悪いことは悪い、と叱り続ける強い母か嫌われたくなくて言いなりになる都合のいい母か、自分に従わないので言っても無駄と諦め理解のある母のいずれかになる。テレビで渋谷周辺を深夜うろうろしている半家出状態の中・高校生が紹介され、「お母さんは、心配しない?」ときかれて「電話入れてるから、大丈夫」とか「何もきかれない」と応える表情は不満気で、寂しそうだ。未成年である我が子が何日も電話一本で家に帰らない状況を結果的に容認している母親。「都合のいい母」も「理解のある母」も子供にとっては、自分と真剣に向き合ってくれない自分への愛のない母親だと受け止めている。「結局ウチのハハオヤって自分のことが一番大事なんだよね。」「先生、ウチのママっておかしいよ。 友達の家に泊まりに行っちゃダメって。 友達を連れてきてウチで泊まればいい、って。 何時までに家に帰ってこいってうるさいし、 私のこと信じてないんだよね」この生徒のお母さんは、今はもう私の友人の一人になっているが、彼女の子育ては、育児書など無関係、とにかく子供を真っ直ぐな人間にしたい、という彼女の母の愛で身体をはった体当たり的なものだった。暗唱の宿題ができなくて教室を辞めたいという2年生の娘に「いいよ。でも、学校も新体操も行かさない。 ずっとママと一緒におうちにいよう。」学校でいじめに合って、死にたい、と言った小6の娘を泣きながら抱きしめ「わかった。ママも一緒に死ぬから。 Eちゃんが死んじゃったら、ママ、生きていけないから 一緒に死のう」どんなに子供がみんながやっているからと言ってもウチはダメと決して許さない強い母だ。「信じてる、信じてないではなくて、 それだけEが大事っていうことだと思うよ」「?」「いくらEが気をつけていても何が起こるかわからないでしょ? 変な人が襲ってくるかもしれないし。 それにね、いいよ、って言った方がお母さんは楽なんだよ。 あなたとケンカすることもないし、友達の世話もしなくていいし。 でも、言わない。何故? 誰のために、ダメって言ってるかわかるでしょ?」この後もいろいろな親子バトルがあり、その都度、親と子双方から話しを聞かされたが、ある日Eが仲のいい自分の友達が親とケンカして家出をしてしまって学校にも来なくなってしまったと言ってきた。「Eは家出をしたいと思った事ないの?」「ママがうるさいから出ていきたい、と思ったことはあるけど、 ママは裏切れない」英語でも味覚でも、本能的に「いい物」を吸収する子供の鋭い感覚は、自分へのお母さんの愛も見抜いている。そして反抗的な態度をとっていても心の奥では子供である自分の為を考えて与えられた親の愛に感謝していることをお母さんたちに知って欲しい。
2008年03月13日
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ようやく新しい外国人講師が決まりホッとしています。こちらの条件を完璧に満たしているわけではありませんが、最終的には、私の教室で働きたいという熱意と気配りのできる点が決め手になりました。モンスターマザー 世界は「わたし」でまわっている/石川結貴 著子を持つ母親である私自身の中にも、怪物的なものが潜んでいることを認めておきたい。いろいろな価値観を持った人がいて当然だしとうてい理解できる範疇を越えた人とは付き合わなければいい。しかしこれが生徒の親となるとそうも言ってもいられない。子供には罪はないからだ。勉強も「できる子」「できない子」に二分され平均点が60点であっても、実際は80点以上か40点以下の子が多く平均点である60点の子がほとんどいないように子育ても「がんばるお母さん」か「がんばらないお母さん」に二極分化されている。この本でも使われているが、教育の現場では、この現象を「ルーズソックス現象」と言っている。(ルーズソックスが消滅した今も、ルーズソックスという言葉が使われているのは いかにも教育業界らいしい)ルーズソックスのように一部だけが上位に止まり、ごそっと残り大多数がゴソッと下に落ちてたるんでいる状態がんばらないお母さんは、早期英語教育にも関心がないので、スーパーで子供を野放しにしておしゃべりに夢中になっているのを見て不愉快になるくらいだが、問題なのは、いいお母さんだと他人から評価されたい為に、「がんばるお母さん」だ。私の教室にも、子供が1番であることに拘り「がんばるお母さん」がいた。何かで1番になったことがある人なら、なんでも1番やずっと1番でいることは不可能に近いと知っているので、子供にそのようなことは求めないだろう。そのお母さんは、勉強で一番になったことがなくそのコンプレックスを子供を一番にすることで払拭、自分の人生をリベンジしたいとしか思えない。我が子を一番にする為には、理不尽な要求をぶつけてくる。「なぜ、E君は一番上のAクラスで、うちの子はBクラスなのですか? クラスを替えてくれませんか?」「なぜ、うちの子は選抜メンバーに選ばれないのですか?」と、ものすごい剣幕で担当講師に迫る。正直、何度も辞めて欲しいと思ったが、毎週、楽しく通ってくる子供を見ていると、それも言い出せない。結局、可哀想なのは子供で、親が子供を一番にする為に、自分が満足できないと塾や教室を頻繁に変えるので、子供は力を付けることができないし、仲間になる事もできない。私の教室も自分の子供を認めてくれない、と判断されたのだろう3年間(これでもよく続いた方らしい)で辞めていき、先日このブログで紹介したアイン君が通っている御三家といわれる私立中学の受験に備えて、電車で40分ほどかかる有名進学塾に通わせ始めた。英語が苦手だった自分が子供に英語を教えて、低学年で英検2級に受かり、英語学習雑誌で紹介されたと自身のブログに書いているお母さんも「他人にすばらしいお母さん」と評価されたくて「がんばるお母さん」の典型だ。何の為に英検を受験するのだろう?親や大人が提案しなければ、子供が自分から受験したいなどと言うわけがない。お母さんが、自分ががんばった成果として英検合格が欲しいのだ。どのようにすれば英検に受かるかを熟知している英語に堪能なお母さんは、幼児の我が子に英語は習わせていても決して英検を取得させるようなことはしない。その年齢の子供に英検は必要ないしなにより英検取得が子供の学習目標とは考えていないからだ。どのように自分の子供を育てようとお母さんの勝手だが「他人に評価されたい」というお母さんの自己満足が、優先順位を狂わし、その年齢で学ばなければならない事や子供の可能性を潰していないかをよく考えて欲しい。プライムタイムを逃し、損をするのは、かわいい我が子なのだ。幼児期に英語学習を始めるのは、子供の可能性を広げるが英検2級を取得したり、1番というのは子供が望んでいる目標ではない。子供の将来を考え、成長過程で何を一番子供のためにすべきなのかを正しく判断する為に、疑問を持ちながら悩み、さまざまな意見に耳を傾けて勉強するお母さんが、将来子供に感謝される素敵な「がんばるお母さん」だと思う。次回は、「お母さんを裏切れないー子供は自分へのお母さんの愛を感じている」
2008年03月12日
オックスフォード出版から東京で行われるセミナーの案内がきました。Let's goシリーズを使用されている方、使いたいと考えている方には著者が主宰するグループの講師によるセミナーなのでとても勉強になる研修だと思います。興味がおありの方は、問い合わせてみてはいかがでしょうか?Oxford University Press, Japan would like to let you know that IIEEC Teacher Training Center will be holding the following workshops titled メBest Ways to Teach Letユs Go to show you メEffective, Exciting and Fun Ways to Teach a Complete Unit in Letユs Go as follows;March 16th (Sun.) 9:30-11:30Best Ways to Teach Letユs Go: STEP 1Focus Title: Letユs Go Level 1Place: Ebisu 303 (Ebisu station)April 20th (Sun.) 9:30-11:30Best Ways to Teach Letユs Go: STEP 1Focus Title: Letユs BeginPlace: Ebisu 303 (Ebisu station)Fee: 5,000 Yen (Tax included), Seating capacity: 30 people, for each sessionFor further details, please visit www.oupjapan.co.jp/eventsWe hope you will join us to get the most practical ideas for using Let's Go, and you will learn how to make your lesson plan more easily and effectively!ELT DivisionOxford University Japan コミュニケーション力を育てる為には、まず親子でコミュニケーションの場を作る事が大切だ。読み聞かせをしているお母さんは多いと思うが、読み聞かせを聞かせるだけで終わらせるのではなく親子の意見交換の場にしてみてはどうだろうか?読み聞かせをする時の、注意点として読んだ後に「どうだった?」などの感想を聞かない事、とある。子供は楽しいお話を聞いて、その世界に浸って頭の中で楽しんでいるのにそこに読み手である親が進入して、楽しい世界から無理矢理連れ戻す事をしてはいけないという考えと子供達は、楽しかった、よかった、おもしろいと思ってもそれを言葉で上手に表現できないからだ。大人だって感動に浸っている時は、そっとしておいて欲しいのだから子供だって同じだ。そこで、感想を聞くのではなく、読み手でもある親の感想を語りかける。それも、明らかに子供が持つ感想とは違う事を言ってみる。そうすれば、否定する事から始められるので、子供は、自分の感想を言いやすくなるし、子供も積極的に自分の意見を言い、会話が弾む。これは本だけではなく、子供が大きくなったらニュースでも新聞でも何の話題でも使える。見た親の方から、子供に否定したくなるように自分の考えを伝え、子供に反対意見を言わせる。どんなくだらない意見でも否定せずにちゃんと聞いてあげる。相手の聞く姿勢があるから、話し手は話しを続けようという気になる。大切なのは、どのように話すかではなくて、共通の話題について話す機会を作る事なのだ。子供は成長の過程でどうしても親と対立をし親と面と向かって話しをしなったり、本音を話さなくなる。授業中に個人的に話しをする機会があると学校の事や自分の考えをベラベラ話す男の子が家では、全く話さないとお母さんから聞き驚くことがよくある。だれかに自分の事を聞いて欲しい、理解して欲しいという欲求は誰にでもある。自分の考えを伝えるということに慣れてさえいればたとえ親に言えなくても親以外の身近な大人に言うことができる。コミュニケーションとは意思や感情を伝え合うことであり人と人との関わりを作る礎でもある。コミュニケーション力を高めていくことは人間関係形成力の育成に繋がる、という学者もいる。年齢が上がるに従って、コミュニケーション力の低下がさまざまな問題を引き起こす誘因となっている今、自分の考えや意見を言う事に慣れさせるのも幼児期に必要なトレーニングだと思う。
2008年03月11日
怪我、病気、おねしょの子を出さず、無事に研修を終える事ができホッとしています。初めての宿泊研修では、「話し合って決める」「分ける」という事を学習させる為に8名で9コのミニトマト、2種類で8コのケーキ、20コのブロッコリーなど、単純には分けられないように仕掛けをしている物もあります。今回の研修では、分ける前に数を数え、話し合って決めたように一人づつ取り始めるのに何故か、最後に足りなくなったり、余ったりと不思議な現象が毎回起きる度に泣いたり、笑ったりしながら解決していました。そして、普段の生活で「分ける」という感覚が薄い一人っ子の生徒達が、初日は意見を言う事もなく黙って従っているだけなのに翌日には、しっかりと自分の意見を言うようになるなど皆、それぞれに大きく成長した二日間でした。長年教える仕事をしていると、勉強ができる子には、ある決まった特徴がある事に気がつく。普通の子は95点取れば、あ~よかった95点だと間違った5点の事は気にしない。でも勉強ができる子は99点でも、まちがった1点が気になるのだ。何点取れたかではなく、どうして間違えたか、が問題なのだ。もちろんこれは、1段階を理解すれば、10段階の問題を解いてしまう、ひらめきを持った天才、と呼ばれる子供はあてはまらない。私の教室にも、私がアイン君と呼んでいる天才的な頭脳を持った生徒がいていわゆる御三家という私立中学に入学、今は高校生だ。同じクラスで学習する生徒達は、あの子が東大に行かないで誰が行くの、というくらい、別格のひらめき、考え方をしている。(地は女の子に弱いシャイな優しい男の子なのだが…)彼は、漢字や英単語をある程度見て覚えてしまうことができるので、漢字や単語を書いて覚える習慣がなく、正しく書けない。学校の記述式の英語のテストは、散々な点数だ。彼曰く、努力できるのも才能だ。俺には、その才能がない。一方秀才と誰もが認める、6年生の女の子がいる。彼女が小学校4年生の時に、私が間違えて渡してしまった3級の長文のプリントをさっと解いてしまって、びっくりして尋ねたら、CDを聞いて覚えて、暗唱する宿題を誰に言われたわけではないのに、phonix学習が終わった2年生の後半から何度もCDを聞いて、聞こえてくる英文をノートに書くというディクテーションを行って、その英文の意味を辞書で調べノートに和訳まで書いていた。もちろん正しく書けていない単語もあるので、辞書で見つからない場合もあり、その時は、お父さんに聞いて教えてもらったと言う。彼女は5年生の時に中学1年生の内容をやっているクラスに飛び級したのだが、その時も、宿題の問題集だけをやるのではなく、自分で問題を作り、それを解いて私に○をつけて欲しいと持ってきて私を驚かせた。お父さん、お母さんは基本的には、彼女の勉強にはノータッチで質問してきた時だけ、教えるというスタンスだそうだ。私の教室にいる彼女のように秀才タイプの勉強がよくできる子供達には共通した特徴がある。塾に行かず、低学年から通信で勉強を続けている事だ。通信には、塾ほどの強制力がないだけに継続するには、自分から進んで学習する姿勢が必要になる。誰かと一緒に比べられて勉強するわけではないので、自分自身がライバルになる。諦めようとする自分と戦わなければならない。これがやり抜く子にし、能動的な学習姿勢を身につけさせる。幼児期から、幼児教室に通い、塾に通うととりあえずお勉強ができる子になる。でもそれは塾の指導力というより強制力で、できるようになっているだけで、一番大切な自分から進んで学習する姿勢は育ってはいない。たとえ塾に行かせるとしても、この能動的な学習姿勢が身についていないうちにいくのは危険だ。幼児期に大切なのは、幼児教室に通う事ではなく決まった時間に勉強する習慣を身につけさせ、「努力したらできた、わかった」という達成感を経験させていく事ではないかと思う。
2008年03月10日

年長さんと1年生と宿泊研修に来ています。寝袋たたみに苦戦している男の子事前に配布されたプリントには「寝袋をたたんで袋に入れる練習を必ず自宅で行い 自分で入れられるようにしてくる事」と書いてあるのに。何故か入れられなかったのは、男の子ばかり。やはりお母さんは男の子に甘いのか、と思ってしまいます人間、いくつになっても一度も経験していない事は辛い。30代で生徒達を連れてアメリカのコヨーテ、ガラガラ蛇の出る山の中で行われたサマーキャンプに参加した時に、つくづく思いしらされた私。インストラクターから出された最初の指示が虫歯のある人はプールに入らない。草むらで蛇に噛まれない歩き方、寝袋にはノミがいるので、テントの外に干して日光に当てる、というものだったそして人間、たとえ幼くても一度経験した事には、強い。阪神や中越と同じような大震災が、いつ自分の住んでいる地域で起こり避難所生活を強いられる事になるやもしれない。そんな時、家族以外の他人と一緒に寝食を共にする経験や決して清潔とはいえない仮設トイレを経験をしているのと、いないのでは身体が感じるストレスは、かなり異なるはずだ。私の教室では、2年に1度、中学生と高校生がリーダーになり小学生の縦割りキャンプを公営のキャンプ場で行う。薪を使ってご飯を炊き、外にあるトイレやシャワーを使用する。この経験を数回する事によって環境の変化に順応できる柔軟性ができ、将来、世界中のどこに行っても精神的に楽に暮らす事ができる。インドネシアでの海外研修でも、このキャンプを数回経験した生徒達はジャングルの中にある家でのホームステイなど日本の生活環境と全く異なる環境にもかかわらずよく眠り、現地の子供たちと笑いながら食事をし実にリラックスした状態で生活を楽しむ事ができる。海外でスムーズに生活をしていく為に必要なのは、英語力だけではない。異なったものを受け入れられる心の柔軟性も是非、幼児期から育ててあげて欲しいと思う。
2008年03月09日
4年前、M君とK君は私の教室に入ってきた。二人とも一人っ子、国立や私立小学校を受験する子が多く通う幼稚園に入園お母さんたちもママ友と言われる関係で、よく一緒にいた。私の教室では年長さんから、本格的に暗唱の宿題が始まるのだが、M君とK君の発音が、他の子供と比べておかしい。明らかにお母さんの発音だ。お母さんを呼び出し、この年齢の暗唱の宿題は、言える事が目的ではなく言えるようになるまで聴くことで「英語を聴く耳を育てる事」と何度も繰り返しやる事で、あきらめない子の芽を育てできなかった事ができるようになった時の達成感を教える事が目的でありお母さんがCDを聞き取り、お母さんの言う英語を聞いて言えるようになっても意味がない事だと説明をした。M君のお母さんは、猛反省をし、それ以降宿題を手伝う事はしなかったのだがK君のお母さんは相変わらず、宿題を手伝っていた。再度電話で注意を促すものの「先生のチェックの時に言えないのは可哀想なので。」その後も宿題を手伝い続けた。暗唱の宿題が始まってから半年後に習得度をチェックする為に児童英検の過去問を行うのだが案の定K君の「英語耳」は育っておらず、散々の点数だった。この結果に少しは反省するかなと思ったが、状況は変わらず、2ヶ月後に児童英検を受験するもののK君だけ次の級に進める点数をクリアできなかった。当然、外国人講師と一緒に行うゲームでも問題が聞き取れないので、カードが取れない。ついにお母さんが宿題を手伝い続けた弊害は英語だけではなくなった。「ぼく英語ができない」というコンプレックスを持たせてしまったのだ。K君のできないは、英語だけではない。自分の洋服をたたむことができない。自分の荷物を片付けられない。自分で身体を洗えない。もちろんお箸も上手に使えない。しかし本当に可哀想なのは、できない事ではなく自分でやったという達成感を知らない事だ。子供は「できた」という達成感を積み重ね自分に自信を持つ事で諦めない、やり抜く子になっていく事ができる。このやり抜く力は、勉強だけではなく、精神的に成長する為にも一番大切なものだ。このやり抜く力の芽は、お母さんに褒められる事で育つ。なんでも身の回りの事を自分でやらせて、少しでもできれば褒める。そしてだんだんと完璧にできるようステップを踏ませ、最終的に、がんばってやっているうちに、できるようになったという達成感を持たせてあげて欲しい。私の教室の宿泊研修は、すべて寝袋を使用する。寝袋をたたみ入っていた袋に入れるのは、子供にとって大変な作業だが、何度もチャレンジしてできるようになると達成感も大きい。しかし、入れられない事を心配したお母さんが他の入れやすい袋に入れ替えて持参させるケースも多い。もちろん家でちゃんと練習してきて、元の袋にきちんと入れられる子供もいる。そして違う袋に入れてきた子供達の中に必ず、元の袋に入れられる子供たちを見て「今度は、いんちきの袋じゃないのに入れてこよう」っと言い出す子がいる。別の袋にしか入れられないのでは、達成感は得られないのだ。お母さんがすべき事は、入れやすいように別の袋を用意する事ではなく入れやすいような袋に入っている寝袋を選ぶべきだったのだ。困らないように手を加えてしまった事で子供が成長の機会を逃してしまっている事がよくある。子供が簡単に履くことができるようにとマジックテープ式の靴が主流となってしまった為に紐を結ぶといった指先を使うトレーニングがされなくなり安全ピンが使えないなどの、さまざまな弊害が出ている。他のクラスの生徒と差がついて、レッスンについてて行くことができなくなったK君を見てお母さんは「このクラスの皆さんはおできになってウチの子ついていけないみたいなので 英語にコンプレックスを持ってしまうと困るし 隣の同じ学年のレベルが下のクラスに移動させて貰えないでしょうか?」と最近言い出した。お母さんの「できないと可哀想」という自己満足の自己愛とその場だけの自子愛がK君の成長を妨げている事にお母さんはまだ気がついていない。K君が、数年後、できないコンプレックスに潰されて不登校や引きこもりにならなければいいと、願っている。
2008年03月08日
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一昨日、一日遊んでしまったので、昨日は朝から海外研修に参加する生徒達の為に対インドネシアのODAについて説明をする為に外務省の資料を読んだり、父母会の為の資料を作成する為に本を読んだり夜教室に行くまで、一日部屋に篭もっていました。それにしても花粉と黄砂のWパンチは、きびしいです。その子育ては科学的に間違っています/國米 欣明知人が子供の不登校、引きこもりで悩んでいるのもあり、Amazonでこの本のレビューを見て思わず買ってしまった。長男は中1の一学期より一年以上不登校を続けています。この本を読みながら痛切に感じたことは「出来ることなら子育てをやり直したい」という思いでした。この本が批判している通りの子ども中心に育て、この本が指摘している通りになってしまったという感じです。冷静に見れば、わが子の性格的欠点も、この本がいっていることとそっくり。恐ろしいほど説得力があります。 身勝手なことや、すぐにキレることや、根気のなさを、それも子どもの個性だからとカウンセラーに説得され、しぶしぶ受け入れていた母親の切ない気持ちが本当にバカみたい。そのことで主人と何度口論になったことか・・・一人眠れないで涙にぬれて夜を明かしたことも。 もっと早く夫婦がこの本の子育ての基本原則を知っていたら、と悔やまれてなりません。ストップ・ザ・ハッピー子育て(!)、今では痛切にそう感じています。こんな家庭悲劇はもうたくさんです。日本人全員に読んで欲しいです。脳学的にどうのこうという説明の是非はともかくとして私が、早期英語教育の指導者から教わったクラスコントロールの基本「大人になってダメな事は、年齢に関係なくダメという姿勢を貫かなければならない」は、この為であったのかと再認識した。この本では、キレる子にしない為のキーワードは自己抑制力だとし、まず0歳までに心の中に断念の芽(ダメのインプット)を育てなければならないとしている。そして自我が目覚めて起こる反抗期の前に要求を我慢させる、という自己抑制力(自制心)の基本的なトレーニングは終了していなければならないと続く。自我が発達したワガママな子に、抑制力を急にトレーニングしても断念する事を受け入れられる訳がない。子供は自分の気持ちを抑える事を知らないので、荒れるだけだ。母親がダメなものはダメと子供に言えず断念のトレーニングをされなかった子供達が荒れる子供たちになっていると書いている。前出の知人は、知人達の間でも、子供にNOと言えないお母さん、で有名だった。子育てには、抱きしめる愛、叱る愛、突き放す愛(自立を促す愛)が必要時には心を鬼にし、子供の要求を退けなければなければならない。幼児は小さな悪魔である。ヒトは人によって人になる。これも幼児教育に携わる人が学ぶことである。子供は、親や教師から善悪を教えられて、はじめて善悪の価値観を持つ事ができる。叱る為の必要条件などこの本は、私たちのような幼児や小学校低学年の子どもたちに携わる仕事をしている者にとっても、非常に興味深く、役立つ本だと言える。自制心を育てる自己抑制トレーニングの可能な時期は3歳まで、自制心を育てる育てる自己抑制のトレーニング可能な時期は3歳まで(外国語のインプットの臨界期は9歳とされているのに 自己抑制力の臨界期は3歳…英語のインプットより先にダメを教える 英語子育てをするなら Stop~, Don't~から始まるという事ですね(笑))してもいい事、悪い事、しなければならない事などの社会性のトレーニングは12歳までに(社会性のトレーニングと躾は異なる)一人の大人として、せめて自分が携わっている子どもたちには社会性のトレーニングをする機会を積極的に作っていきたいと思う。追記:昨日の日記のテーマだった園選びについてこの本でも触れていた。自由保育と設定保育同じクラスの園児が、揃って全員で遊びや音楽などを学習する=設定保育園児がそれぞれ好きな子と好きな事をして保育室で過ごす=自由保育さきごろ個性を育てる自由保育という声が多いがそもそも個性を育てるのは、もっと先の時期だと思う。この時期に必要なのは、個を抑え集団への適合訓練だ。この訓練をしていない手抜きの自由保育が小学校の学級崩壊を招いていると作者は述べているが、私も同感だ。お母さんの鋭い観察眼で、自由保育か手抜き保育かを見極めて欲しい。
2008年03月07日
幼稚園、保育園についてのコメントをありがとうございました。私の教室に通う若いお母さんにも読むように勧めました。これからも、いろいろなご意見をお聞かせ下さい。よろしくお願いします。教室ではいよいよ春休みに行う海外研修の準備が始まりました。参加する生徒達は、訪問先の小、中、高校などで発表する為に日本の生活、文化を紹介する紙芝居の作成など歴史、おりがみ、習字、盆踊り、日本の遊び、ODAなど、日本について学習するよい機会です。もちろん研修国のインドネシアについても学びます。英語教室の海外研修なのに英語圏でない事を不思議に思われるかもしれませんが修業時代を含め約10年渡り、英語圏で行う小・中学生を対象とした10日程度の短期英語研修プログラムの引率経験から、この年代に必要なのは、英語圏での研修ではない事に気がついたからです。私の教室の海外研修については、後日、機会があれば触れたいと思います。親子留学は、留学ではない「留学」を広辞苑を調べると1.よその土地、解くに外国に在留して勉強すること2.出入国管理及び難民認定法に定める外国人の在留資格の一つ。 日本の大学、専修学校の専門課程、高等専門学校などで教育を受ける事ができる。とある。多くの親子留学プログラムは、1ヶ月以内のプログラムだ。短いものだと1週間というものもある。内容も会社が設定した現地の子供との交流プログラムやホームステイを体験するというものがほとんど。英語学習の通信教育、子供英語教室も行っている某有名出版社のホームページの親子留学のコンテンツにある親子留学の収穫を読んでいただければ、親子留学というのは商品名であって、留学などではない事がわかっていただけると思う。破綻したうさぎの英会話学校の宣伝文句、駅前留学と同じく「留学」という言葉に憧れを持つ英語コンプレックスのお母さんをターゲットに開発された商品だ。この程度の経験をさせるのなら、何も高いお金を払って「親子留学」に参加する必要はない。家族でアメリカやオーストラリアのリゾート地にある大きなホテルには長期滞在者向けに、カルチャー体験や、料理教室、スポーツなどのアクティビティが用意されていて幼稚園や小学生向けのアクティビティもほぼ毎日ある。もちろんインストラクターが使用する言葉は英語のみ。費用は、材料費など実費のかかるプログラムもあるがほとんどが無料だ。親同士が仲良くなれば、一緒に食事に出かけたりというチャンスもある。家族で旅行に出かけ、これらのプログラムを利用すれば普通の家族旅行が親子プチ留学にグレードアップすることができる(笑)私も教室のお母さんから子供と一緒にアメリカへ行き子供が研修プログラムに参加している間に自分も英語の勉強ができるプログラムを作って欲しいと言われ知人宅の近くで行われているアメリカの小学生が夏休みの間参加する有名なサマーキャンププログラムを見学した事がある。しかし、校長先生とも話しをしても、ここでの経験が、後々どのような形で参加した生徒達に活かされるのかが疑問で結局、実施しなかった。私の教室の幼児や小学生の時に、アメリカでの研修プログラムに参加した経験を持つ生徒達は10年後、ほとんど何も印象に残っていない、と言う。子供にとっては、ただの旅行の1ページにしかすぎないのだ。私が英語圏での研修旅行を止めてしまった大きな原因の一つでもある。私は、子供の研修旅行に最も大切なのは、その年齢でしかできない、後々まで、心にに残る経験をさせる事だと思っている。そして、自分にとって当たり前の事が当たり前でない世界を見る事で、今の自分の環境、自分を支えてくれている親への感謝を学ばせ、自分ができる事を考えさせたいのである。親子留学ーネーミングに踊らされる事なく子供にとって本当に必要な経験なのかをよく考えて賢い消費者になって欲しいと思う。
2008年03月06日
「○○君」「はい」「○○君、もっとお返事は大きな声で。わかりましたか?」「はい」両腕を身体の脇につけ、手は指先までまっすぐにしている。「はい、よろしい」これは、私立の△幼稚園に通う生徒が、突然繰り広げた幼稚園ごっこだ。彼らが通うのは、私立小学校へ進学を希望する子が多く通う幼稚園で授業内容も英語、国語、計算、俳句と盛りだくさんだが、躾が厳しい事でも有名だ。△幼稚園の園児は、とても静かに食事をする。隣県からも通ってきている園児もいる程、人気がある。その一方、あまりの厳しさに夏休み後に不登園になり転園するケース子も。この△幼稚園と対照的なのが私立の□幼稚園スポーツと芋掘り(自然とのふれ合いを大切に、が謳い文句)で有名な幼稚園。とにかく元気が一番。どうやら先生と園児が朝の挨拶をする時にハイタッチをする事が習慣になっているらしく私の教室でも相手が嫌がろうが、ハイタッチをして駆ける回る。ここの園児は授業中じっと座る習慣がついていないので、この幼稚園のあるエリアの小学校では、入学時の注意事項として、この幼稚園の卒園生の名前が校長から担任に報告されると、友人の幼稚園経営者は言う。この両極端の二つの幼稚園の園児を同じクラスに入れると大変だ。△幼稚園の生徒は、みんなで歌う時は、お友達の声が聞こえるように歌いましょう。と指導されているので、大きな声で元気よく歌いましょう。と指導されている□幼稚園の生徒達が大声を張り上げて歌うと、「お友達の声が聞こえるように静かに歌わないといけないんだよ」と言い出す。園の教育方針が違うので、こちらも注意のしようがない。子供だけでなく幼稚園の選択が違うという事は親の価値観も異なり、親同士も相容れない。教室のロビーで□幼稚園の子が△幼稚園の子をふざけて突き飛ばしても「子供のした事ですから」で片付けようとする□幼稚園の親の感覚は△幼稚園にの親には受け入れられものではなく、大問題になった。結局、□幼稚園の価値観は、大人になってして悪い事は、子供でもしてはいけない事、という私の教室の指導方針に反するので、翌年以降□幼稚園の園児の入会は、お断りしている。長年園児と接していると、幼稚園と保育園だけではなくどの幼稚園に通っているかがわかるほど、指導方針に違いが見られる。最近では、幼稚園でも延長預かりをやっていたり、英語などの勉強の時間を取り入れている保育園もあり、幼稚園の保育園化、保育園の幼稚園化が見られるようになってきた。仕事を持っていて、保育園という選択肢しかなくても自分の子育ての方向性に合う保育園を探す事が可能になった。保育園にしろ幼稚園にしても園の選択には、どのような教育方針が自分の子供の性格に合っているかを見極める子供を観察する力、子供をどのように育てたいのかという想像力そして何を大切に考えるのかという価値観が必要だ。観察力と想像力は、園の体験や説明会に出向いた時に園長の話、室内の様子、先生たちの動きからその園の本当の姿を見抜く為にも必要だ。内気な子に、元気が一番という指導方針の園は向かないし副担任がいたとしても1クラスの人数が多いところも合わないだろう。小学校受験を考えているなら、同じように受験をする予定の子供たちが多く通う園の方が子供が小学校受験や準備を受け入れやすいだろう。日本人としての教育を大切に考えるのであれば、お作法や俳句、七夕などの行事を文化とし教えている園がいいだろう。開かれた心の育成に力を入れている園なら、縦割りのグループアクティビティを積極的に取り入れているはずだ。バスがあるから、送り迎えがあるから、お弁当作りがないから、という条件で園を選んで欲しくない。幼稚園や保育園は、子供が初めて人として生きる為のトレーニングをする場である。よく考えないで間違った選択をし、子供が後々まで残るダメージを受けると親も後々まで後悔をする事になる。よいスタートを切らせてあげて欲しい。そしてなにより大切なのは、安全だ。1人の担任が受け持つ生徒の数など教室での事故防止ばかりに気がいきがちだが、幼稚園バスによる事故も多い。園児が自分の園の幼稚園バスに轢かれるなど、あってはならない事が起きている。園庭や子供がいる園の敷地内にバスが乗り入れで園児が乗り降りしている幼稚園は安全への配慮が足りないと見ていいだろう。又、どの子も平等にという大義名分の立前から発表会の時にシンデレラが何人もいたり、ピーターパンが双子という話しにしてしまったりする幼稚園も親とのもめ事をさけたいが為に平気で話しの原作を歪めてしまう、御都合主義だと考えた方がよい。最後にできれば3年保育を選択して欲しい。何故なら、最初の1年で選択した園が子供に合わないと判断したら、転園当初は苦労しても年中、年長と2年間子供は自分に合った園で楽しく過ごすことができ、その子にとっての園生活は2年間通った楽しい園の方になるからだ。どのようにして園を選ばれたか先輩ママさんの経験を、若いママさんたちに届けたいと思います。コメントをお待ちしています。次回は、親子留学について
2008年03月05日
昨日は、週末の研修で気になる行動が見られた1年生のお母さんと面談をしました。話す前は非常にデリケートな問題であり、きちんと理解していただけるか心配でしたがお母さんも気になり、不安に思っていたとのこと。今後も教室と家庭、それぞれにその子の様子を観察し、連携しながら対応を考える事になりました。日頃からいろいろな話しをしお母さんと信頼関係を築いていたからこそ、こちら側も話すことができたし理解していただけて、話してよかったと、ほっとしました。子供に習い事をさせているお母さん学校でこう言われたけれど、教室ではどうですか?など日頃から先生に子供の教室での様子を尋ねた方がいいですよ。先生もしばしばお母さんに子供の様子をきかれると、その子をよく観察するようになりお母さんが子供の様子を気にしている事がわかるので、変わった事などがあった場合報告し易くなります。先生のコメントを受け入れるかどうかは、お母さんの判断ですが、子供に関する情報は多ければ多い方がいいと思います。せっかく高い?月謝を払っているのですからただ習うのではなく、いろいろな方法で先生を活用した方がお得ではないでしょうか?一昨年の夏休みの研修で食育のアクティビティを取り入れ、出汁を取って作った味噌汁と、出汁を取らずに出汁入り味噌を使って作った味噌汁の違いがブラインドでわかるか、という実験をしてみた。その結果、2年生以下の参加者の8割が出汁を取って作った味噌汁が美味しいといい中学生に至っては3割程度しか明確に応える事ができなかった。年齢が低い子ほど、微妙な味がわかる繊細な舌を持っている。南房総の研修所で行う研修では、野菜はすべて地元産のものを地元のスーパーで購入し、使用する。先週末の1、2年生の研修でも、地元産の新鮮なブロッコリーとカリフラワーを出したのだが、一口食べて、この野菜美味しい、と言った。確かに東京のスーパーで売られている物とは、比べものにならない程美味しい。身近に地産地消の環境がある子供達は本当に幸せだ。低学年の生徒は、まだ科学的に作られた旨味調味料など人工的な味に高学年の生徒ほど毒されていない。辛い味に代表される刺激的で濃い味に慣れてしまった子供は、繊細な味がわからなくなり、研修で料理を作らせても味付けができない。味の基軸が狂ってしまっているのだ。スナック菓子、カップ食品、インスタント食品そして市販の総菜このような塩味がきつい物ばかり日常的に食べていては、味覚がおかしくなるだけではなく、健康的にもよくない。塩分と油分の過剰摂取は、将来成人病になる危険性を育てているようなものだ。そして食の安全性。中国産餃子の問題で、食品のチャイナフリーが叫ばれ国産野菜の価格が高騰しているが、実は我が家は、7年以上前に「中国産の野菜を中国の金持ちは決して食べない。」「中国野菜は毒菜」という週刊誌の記事を読んで以来、食品のチャイナフリーを表示を見てわかる範囲で実践しているし、研修やキャンプ、パーティーなどのイベントで用意する食事も野菜に限らずすべて国産の材料を使って作っている。日本の基準値を遙かに超える多量の農薬を使い、長期に保存させる為に防カビ剤を多量に噴霧している輸入果物、野菜などを身体を作る大事な時期に食べさせるわけにはいかないからだ。私が子供達の食べる物に拘るには理由がある。それは、夢半ば17歳で病に倒れ星になってしまった生徒がいるからだ。多忙な共働きの両親に育てられた一人っ子の彼女は中学生の時、朝食を食べる習慣がなかった、お菓子をよく食べ、そして偏食だった。彼女の食生活と病気の因果関係はないのかもしれないが、彼女の食生活は、健康な身体を作るものとは、ほど遠かった。もう二度とあのような悲しい思いはしたくない。これは私の個人的な望みだが、英語習得にかかる費用を捻出する為に安い輸入野菜を買ったり今日も英語教室で遅くなったから、夕食は簡単に済ませようと、危ない輸入食材で作られた添加物たっぷりの出来合いの総菜やお弁当を子供に食べさせる事はして欲しくない。子供の健康と味覚は、英語より遙かに大切な事のはず「病気予防は、毎日の食事から」これは、何も中年に限った事ではない。発育途中の子供にこそバランスの取れた安全な毎日の食事が必要なのだと思う。次回は、「園選び、学校選び」について
2008年03月04日
ブログを続けていて、一番楽しいのはコメントでいろいろなお話やご意見を聞ける事。ちょうど区内で私立幼稚園を経営している友人から最近○○プリスクールからうちの園に転園したい、という問い合わせが立て続けにあるけれど、あそこ何か問題あったの?まぁ幼稚園でも保育園でもないからね。と電話があった日に実にタイムリーなコメントをいただいた。まだお読みでない方は、是非、お読みいただければと思います。2月27日:英語より大切な事-2プリスクール英語で保育を行う無認可保育園というイメージだが殆どのプリスクールが定款上は、幼児英語教室。園児の殆どがインターナショナルスクールへ進学する予定のない子という不可思議な存在N君は、現在私立幼稚園に通う年中さん。去年の1月に私の教室に転入してきた。N君のお母さんは、英語が少し話せ、N君をバイリンガルにしたいと思い、インターネットで車で30分ほどで通える隣県のプリスクールを探し入園させたいとお父さんに言ったところ、商社に勤務し英語がペラペラのお父さんは英語を教えるかどうかではなくて幼児教育の質で園を選ぶべきだと大反対。どうしても子供をバイリンガルにしたいお母さんは諦めきれず年少さんだけプリスクールに通わせてみて、ダメだったら普通の幼稚園に転園させる、通常の幼稚園で習う範囲の国語は、家でお母さんが教える事約束し、お父さんを説得、N君は、プリスクールに通い始めた。通い始めは、N君が日に日に英語を口にするようになり、プリスクールに通わせてよかったと思っていた。しかし半年程送り迎えをしているうちに、お母さんは、保母さんとして働く外国人の子供の扱い方に疑問を持った。狭い園庭で遊ばせている時、子供に目が行き届いていないので、危険な遊びをしていても、気がつかない。これでは、いつ自分の子供が大けがをするかわからない。N君は翌月プリスクールを辞めた。しかし、自宅近くの評判のよい幼稚園にはすぐには空きがなく、欠員の出る4月まで待って年中さんから幼稚園に通い始める事になった。躾的な幼児教育をプリスクールでは、全く行っていなかった為に幼稚園に入園してから勉強以外でもかなり苦労したそうだ。プリスクールには認可がいらず、英語教室がプリスクールやナーサリー、インターナショナル、キンダーなどと名乗り保育資格のない外国人に保母さんのような事をさせているところが大半だという。現に私の教室で短期パートで働いていたニュージーランド人の男性講師のガールフレンドは、高卒にも係わらずプリスクールで働いていた。そのプリスクールの契約は3ヶ月毎の更新だという。就労ビザを取得する為には最低でも1年間の契約でなければならないし一ヶ月25万円以上支払わなければならないと定められているが、就労ビザの申請がいらないワーキングホリデービザを持っているカナダ、オーストラリア、ニュージーランド人であれば3ヶ月毎の更新の契約でも給与が20万円でもバイトでも法的に問題はない。プリスクールの講師にオーストラリア人やニュージーランド人が多いのは、そういう理由だ。保育園や幼稚園は子供の安全を保証し人として生きていく為に必要なトレーニングをする所のはずだ。多くのプリスクールが、定款上は英語教室であり、この当たり前の事をしていない。仮にも保育を名乗るプリスクールを利益優先の英語教室感覚で運営する経営者のモラルも疑うが、我が子を英語が話せるバイリンガルにしたいと望むあまり、プリスクールに飛びつくお母さん達も、何が一番大切なのかを考えて選択して欲しい。英語を話せるようになる事が一番大切という事はない筈だ。そして英語を話せれば、国際人国際人になるには、外国人に慣れなければ、などという謳い文句に煽動されてはいけない。国際人とは民族的偏見のない、国際主義者の事を指す。英語が話せて、いろいろな国の出身者と暮らしているアメリカ人は皆、国際人という事になってしまう。子供を国際人にしたいのなら、英語力をつける為にプリスクールに通うのではなく、偏見を持たない、開かれた心の育成に力を入れている幼稚園や保育園に通わせるべきではないのだろうか。次回は、英語より大切な事3-星になってしまった生徒・子供の舌と食の安全
2008年03月03日
昨日から小1と2年生の研修の為に南房総にある教室の研修所(ただの家ですが)に来ています。食事の支度、洗い物、部屋やトイレの掃除、すべて生徒達が自分たちで分担を決め協力て行います。それだけに後片付けも大変で、こちらは寝不足ですが、1泊2日とはいえ、親元を離れて自分たちだけで生活できた、という自信が生徒達を逞しくし、数年後、目にする未知の事にも意欲的にチャレンジするようになる姿に私たち講師もがんばれます。一昨日、私の自宅近くの病院に入院している友人のお母さんのお見舞いに行ってきました。この方は、NHKラジオの「お話出てこい」やテレビアニメでも有名な声優さんで今までも私の教室のクリスマス会や、読み聞かせの会、キャンプなどに来ていただき、有名な民話や昔話を朗読していただいていますが回復したら、是非また生徒達の前で朗読したい、と言っていただきました。このブログに来ていただいている皆さんは、日本語の読み聞かせに興味がありますか?私の教室の生徒達だけに聞かせるのはもったいないので、夏休み期間にこの研修所近くの施設で、地元の子供達や遊びに来ている子供達を集めて読み聞かせの会をやるのもいいかな、と思ってみたりしています。ご意見をお聞かせ下さい。次回は、プリスクール、キンダーについて
2008年03月02日
一昨日、都立高校の発表が終わり私の教室の本年度の高校受験は終了無事、全員第一志望校に合格でき、ほっと胸を撫で下ろしました年々都立や私立の中高一貫校に進学する生徒が増え、高校受験をする生徒は減ってきているのですが、やはり全員の結果が出るまでは、ヤキモキ1月中旬のセンターから始まり、私立中学、私立高校、都立中高一貫校、私立大と約2ヶ月に渡った今年の受験シーズンも後は、国立大の発表を待つだけになりました。毎年生徒達の力も上がってきて、来年は医学部志望、再来年は東大志望と受験校のレベルも高くなり、決して生徒の前では顔には出しませんが、模擬試験の結果に一喜一憂内心はドキドキ、ハラハラ幼児や小1から教えている生徒達だけに自分で受験する方が、よっぽど気楽ですPhonix(フォニックス)音声学の初歩=音と文字を結びつける読む、書くへのステップ的な学習。Phonix指導法と言えば松香先生と言われる程昔から有名で、多数のテキストが出版されている。同じテーマで書かれているブログを拝見しているとPhonixとは書かれていないが、文字のところ、や並び替えのところで停滞していると書き、悩んでいるDWEユーザーのお母さんが多いことに気がついた。文字の導入=早期英語教育ではPhonix指導を行う事を意味するが、それだけで本が何冊も書けてしまうくらい奥深く、難しいましてや年齢が低ければ、理解力だけでなく文字への興味や集中力なども習得に係わってくる。個人差があって当然テキストは個人差を考慮されて作られているわけではない。同じようにテキストを進めていっても、皆、同じように文字に興味を持つ事はない。日本語を話し始めたり、歩き始める時期が子供によって違うのと同じなのだ。読める、書けるは、聞く、話すという技能と異なり親でも進度がわかるだけに、他の子と比べ気になって焦ってしまうのも理解できる。しかし、焦るあまりアルファベットを読ませようと、がんばってしまうのはかえって文字嫌いにしてしまう危険性が大きい。又、アルファベットを書いたからと言って文字に興味を持ったと考えるのも早計子供にとっては、見えるものを描いている、お絵かきだったりする。そんな時は、まず褒めて、文字を書くとお母さんが褒めてくれる、と、喜ばせ、文字を書くことに慣れさせる事から始めよう。もともと幼児は、母国語ですら4技能をバランス良く習得しているわけではない。英語だからと言ってどうして、読む、書くに拘るのか。Phonixの初期の習得度は、聞いて知っている単語を読めるようになる事で判断できる。が、よく知っている短い単語が読めるようになってもPhonixをマスターしたとは限らない。何度も見ているうちにアルファベットの並びを覚えてしまっているだけかもしれない。お母さんが3年間自宅で指導していた新小1が編入の為にレベルチェックに来た事があるが、使用していたテキストを見るとPhonixのワークがあり、アルファベットが記入され学習していた事を示しお母さんもフォニックス指導は終了していますとおっしゃった。Phonixを習得していれば、文字を音にして発音する事ができるはずなのに、その子は知らない単語をphonixのルールに従って発音する事ができなかった。彼は、phonixを習得したのではなくスペルを覚えていたのだ。彼の年齢ならスペルを覚えるより、幼児期の優れた「耳」を使って聞いてわかる単語を増やしたり、長い英文を聞いいてイメージできるような学習をした方が後々役に立ったのに。正しくphonixを教え、習得していけば、20程度の知っている単語が読めるようになると、一気に読めるようになる。焦る事はないのだ。もし、文字の導入部分で停滞してしまったら、コツコツテキストを進めて行かなくては思わず思い切って飛ばし指追いを始めたり、身の回りにある英語を読もうとしたり等文字に興味を持った行動が見られた時に、飛ばした部分をやった方が、数倍早く進む事ができ、子供もどんどんできて楽しいと思い、意欲的に取り組むようになる。それに子供は覚えるのも早いが、忘れるのも早い、子供用の教材は、必ず同じ事が形を変えて何度も出てくるはず。1回飛ばしたところで、たいした影響はない。同じ教材を同じようにやっても、皆、同じように習得する事はない。個人差があって当然なのだ。お母さんが悪いのでも子供が劣っているわけでもない。自分の事でお母さんが悩めば、子供は不安になる。子供の文字の習得が遅いと言ってイライラするなんてもってのほか。何と比べて遅いと言っているのか?そもそも日本語の読み書きだって小学校入学前にできれば問題はないのだから幼児が英語を読めるようにならないからと言って、決して劣っている事にはならない。プロの先生だって我が子を教える時には先生になれない。私の教室には、大学を含め学校や塾の英語の先生の子供達が通っている。「職業なもので、どうしても教える姿勢になってしまって。 自分の子供は教えられない、ってわかっているんですけどね。」とおっしゃる。お母さんはお母さん、お父さんはお父さんなのだ。指導経験のない、乏しいお母さんにその子のペースに合わせてカリキュラムを書き効果的にPhonixを教えるのは無理だ。お母さんは先生ではなく、子供の一番の味方。早く習得させなければと焦るあまり、一番大切な事を忘れてはいないだろうか?親子で英語を学ぶ基本は、教えるのではなく、一緒に取り組もう、というスタンスのはず。そうすれば、イライラする事もなく英語の時間は、親と子にとってもっと楽しい時間になると思う。
2008年03月01日
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