Mishizawaメイン(ブログ版)

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2008.11.13
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テーマ: 鉄道(27194)
カテゴリ: 鉄道全般
名古屋の「レトロでんしゃ館」には、地下鉄だけでなく市電も展示されています。

名古屋市内にはかつて路面電車が走っていたが、昭和49年3月に廃止された。

名古屋市電の歴史は古い。名古屋は明治31年(1898年)に、京都に次いで日本で2番目に電気鉄道が走った都市である。

当初は名古屋電気鉄道による開業であったが、大正11年(1922年)に名古屋市に買収され、名古屋市電が誕生した。

名古屋に限らず、東京の都電も元々は民間の鉄道会社であったが東京都に買収されたという経緯があるが、大正時代、不況下で市街電車の運賃が高い事に不満を持った市民が 暴徒化して電車を焼き討ちする事件が相次いだり、東京ではいくつかあった民間の市街電車が運賃を談合によりつり上げたことが問題になったりしたため、自治体がこれらの電車を買収し公営化したという歴史がある。

大正時代の米騒動がきっかけで名古屋市は公設市場を設けたが、これの電車版といった感じか。


さて、この「レトロでんしゃ館」には、3輌(連接車があるので正確には4輌?)の市電が保存されています。

081108-33.jpg
2000型車輌 2017号。
昭和31年から昭和33年にかけて29両が製造され、昭和47年まで活躍したとのこと。


081108-34.jpg
無音電車は車輪にゴムを挟み込んだ弾性車輪により騒音を抑えていました。
この弾性車輪はのちに地下鉄東山線の 100形電車 や、それに続く小型車に広く採用されました。
なお、弾性車輪そのものは名古屋市電だけでなく、横浜や大阪でも採用されていましたが、地下鉄車輌も含めここまで大々的に普及した都市は名古屋くらいでしょう。

081108-27.jpg
博物館内にあった電停(停留所)のプレート。
よく見るとスタンドの台座部分に、弾性車輪の一部と思われる円盤状の部品が再利用されています。

081108-36.jpg
さて、この車両は車内に入ることができます。
早速乗り込みます。

当時の電車はステップの段差が高く、ちびっこにとっては大変です。

また、この車両は床下部分をスカートで覆ったすっきりとした外観でもあります。
床下にあるごちゃごちゃとした台車や電気機器を覆ってすっきりと見せる設計は、地下鉄東山線の100形に共通する思想でもあるように思えますが、路面電車に関しては、同時期に登場した東京都電8000型も同じような処理を施している部分もあり、名古屋市電独自の特徴とは一概には言えません。

081108-38.jpg

この車両は窓が2段構造となっており、上段固定、下段が開閉式なのですが、上段がサッシュレスですっきりしています。
昭和30年代前半にこのようなサッシュレスガラスが当たり前のように使用されていた事に驚きを隠せませんでした。
どこまで先進的だったのか、名古屋市交通局。

ちなみに窓構造は国鉄モハ71形を参考にしたという説があるようです。

081108-42.jpg
同車の運転台。


今回はここまで、つづく。


レトロでんしゃ館
アクセス
地下鉄鶴舞線「赤池」駅下車(2番出入口)徒歩約7分






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Last updated  2008.11.14 01:10:57
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