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引っ越しの日取りは決まったのに、事務所として使う物件がまだ決まっておりません。本日も大宮に出向いて部屋探しです。結構、難航。。人からの紹介で、古いけど広くて、来月には空くと言われていたところを当てにしていたんですが、5月まで空かないことになってしまったらしく、今週になってちょっと慌てております。生活の出費を押さえていくための転居なので、なるべく初期費用も家賃も押さえたい。でも、これからの東京を離れて暮らす人生の滑り出しが上手く行くようでもありたい。上京してから30年近く東京の街場に住み慣れたダンナさまを、一番近いコンビニまで歩いて10分、電車は1時間に3本の地方都市に連れてくること。母は家で仕事のフリーランス、父は夏から定年退職、祖母は要介護、わたしは都内に働きに出て留守ばかりというわたしの実家に住んでもらうこと。無理をせず、一緒に住むことで、みんなが何か一つでも楽になるようでありたいと。まずは大宮駅の近くに仕事場を見つけること。もうちょっとねばってみます。
2009.03.31
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昨晩教育テレビのETV特集『ひとりと一匹たち 多摩川 河川敷の物語』から目が離せなくなってしまいました。 もちろんネコの話しだから見始めたんですが、近所の公園に地域ネコたち(みんなで可愛がってる野良ネコ、首輪もしてます)がいて、数年のつきあいになります。 昨年の半ばからその公園に住み始めたおじいさんがいて、近頃はそのネコ達がおじいさんの後をじゃらじゃらとついて歩きます。(他にその技があるのはネコおばさんだけ) わたしの方が昔から可愛がっているのに、なんでこんなにもネコとおじいさんたち(住んではおらず日中だけ滞在する人もいます)は仲良くなってしまうのだろうという思いから見続けてしまいました。 番組の話に戻ると、多摩川の河川敷でネコの写真を撮り続けている小西修さんという写真家の方がいるんですね。 河原にネコを捨てる人はすごく多い、けれど実は河川敷でネコが自力で生きて行くことはとても難しいのだそうです。 そしてその捨てられたネコの世話をしているのは、河川敷に暮らすホームレスの人たちなのです。(ネコだけではなくイヌを飼っている人もいます) ネコを撮るということは、つまりホームレスの人たちとの付き合っていくということでもあったのでした。 捨てられた子猫をくわえて(拾ってきて)、自分のお乳をあげて育てようとするイヌを見て、愛情というものに気づかされるおじさんが出て来ます。 毎朝5時に町に出て空き缶を集め、(その手際のよさ、あらかじめ缶をもらう話をつけておく社交性や交渉力、50キロ近い荷物を自転車で引く体力、身ぎれいだし、機会さえあればまっとうに働ける人であることがよくわかります)それをお金に換え、そのお金のほとんどをネコ(7匹)とイヌの餌代にしているのです。 空き缶の買い取り額も、原油の高騰や金融危機、グローバル化によって、キロ170円から30円にまで下がっていて、社会からはみだしたような河川敷に暮らす人の生活さえ影響しているという事態にも驚きました。 ムーンライダースの『ニットキャップマン』の歌そのままに、イヌを残して亡くなってしまう人もあるし、台風の増水で流される人、いわれのない暴力で亡くなる人もいました。 飼い主のいなくなったイヌを可愛がりながらも「でも、もっと他の人に飼われた方が幸せだ」と言ってしまえたり、ホームレス狩りが怖くないかと聞かれ「ここで暮らす人は一度は死ぬことを覚悟したから」と怖いとも怖くないとも答えなかったり、元の生活(丘に上がると表現されていました)ことが怖いような気がするという人がいたり。 あまりにも切なくて、自己責任という言葉が無責任に聞こえるようでした。 そんな人たちを支援する人たちがいたり、残されたり捨てられたネコの見回りを欠かさない人がいるということに救いを感じました。(もちろん潤沢な資金や人材があるわけではないので最終手段的なケアだと思いますが) ネコが河川敷では自力で生きられないことをよく知っている人たち。 身を削ってネコと暮らす人たち。 ネコのように河川敷にはじき出された人たち。 生き延びること、優しさをもつこと、そのバランスについて考えてしまいました。 ビワコを近所のビルのゴミ捨て場で拾ったこと、大病をして初めてネコを発見したこと、そんなことも思い出しました。
2009.03.02
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