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この時期、結構面倒だなと思いつつ、ウキウキとした気分にもなるのがバレンタインという行事だ。御菓子屋さんの陰謀であることは承知の上でそれでも楽しみにしている人たちのことを考えると打ち切るわけにもいかない。毎年同じチョコレートがいいのか、それとも毎年違うものがいいのか。チョコレートはそこそこ日持ちがするので、ゆっくりと消費できてしかも硬くもないしのどにつかえることもない。どうやら中に柔らかいクリームが入っているトリュフのようなものがお好みのようだ。それでも一緒に暮らしていない場合、味の好みなどは詳細に把握していないので、手探りで迷うことになる。幸い、戦時中の大変な時期を生き抜いてこられた世代だからか、あまり好き嫌いはなく何でもおいしい、おいしいと食べてくれるのはありがたい。糖尿病を患ったりすると、甘いものの摂取は控えなければならない。しかしおかげさまで、そのような心配がないのも大層助かっている。贈り物が届くと、必ず電話をかけてきてくれる。最近はずいぶん耳が遠くなり、こちらも一生懸命大きな声でゆっくりとはっきり発音するようにしているがどうも聞き取る力は心もとない感じがありありする。それでも自分の言いたいことだけ、しっかりと言ってあとはよくわからないところがあってもありがとう、ありがとうと繰り返して終話する。最近は義理の母にも義理の父へ送るついでに送るのが定着している。自分だけ送ってこないのは寂しいよねって、孫にあたるうちの娘にそれとなく義母がつぶやいたことがあったからだ。まあ、確かに女性は特にもらうイベントがないからなあ。ホワイトデーはあくまでお返しのイベントだから。さて、今年は何を送ろうか。
2019年01月28日
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遠方から友人が出張できて、次の日夕方まで暇だというので唐津の汐湯温泉に行ってきた。グルーポンというチケットサイトがあって、そこでお昼ご飯と温泉入浴の手ごろなセットがあったからだ。せっかく首都圏からくるのだからおいしく新鮮なお魚をと思ったのだけれど、お刺身は苦手というので、相談の結果、伊万里牛のすき焼きのプランにした。下記の紹介写真が決め手になったようだ。(※ 写真はグルーポンから引用 )1人分づつの小さなすき焼きだけれどもお昼ご飯だし、わくわくしながら予約したのだった。お昼前に到着して、すぐにご飯にすることも温泉に入ってからご飯にすることもできたのだがフロントの人が今、団体さんがお昼に入られているというので先にお風呂に行くことにした。ここは、露天のお風呂があって、目の前に広がる海を眺めることができる。ここの温泉は温泉、といっていいのかどうかわからないのだけど、目の前の海の沖のほうの海水をくみ上げてきて沸かしているのだ。だから汐湯、というのだそうで、なめると塩辛い味がする。海水に浸かると、あせもが出ないとか風邪をひかないとか言って子供のころによくつれてこられたような記憶がある。そのころは露天はなかったような気もする。 (※ 写真はグルーポンから引用 )潮風に吹かれてのんびりと日向ぼっこしながら入る温泉は格別な気持ちになる。平日であったこともあり、ほぼ、貸し切り状態でゆったりとお湯を楽しんだ。本館のほうへ行く通路は竹が植えられていて、足元にライトがいっぱいしつらえてある。暗くなると明かりがともり幻想的な美しい小道になるように設計されている。昼間でもそれなりに情緒があり、リゾート気分が盛り上がる。(※ 写真はグルーポンから引用 )ランチ会場へ移動する。会場への廊下の向こうは全面ガラス張りで向こうに海が見える。(※ 写真はグルーポンから引用 )席につくと料理が運ばれてきた。すき焼きはどうやらお鍋で作っていただくらしい。仲居さんが言うには、鍋のふたをあけて、煮汁の中に野菜をいれ、ふたをして、煮立ったらお肉とうどんをいれてくださいとのこと。鍋のふたを開けると、はたしてそこにはなみなみとお醤油とお砂糖で味付けされた汁がたっぷりと入っていた・・・・。言われたとおり、ほうれん草やらシイタケやらお豆腐やらを入れてふたをして煮込む。煮立ったらお肉とうどんをいれて今度はふたをしないで煮てみた。・・・・これはちょっと私の知っているすき焼きとは違う料理のような気がする。もしかして、九州ではこういうすき焼きの食べ方をするの?と聞かれてしまう。いや、そんなことはないよ。。。普通はお肉を油を引いた鍋にいれてそれに割り下を入れてお肉を食べてから野菜をいれて食べるんだけど。なんだか変わったお鍋だね。とりあえずお肉は柔らかかったしふたをせずに煮込んだらそれなりにすき焼きのような味がしなくもなかった。こんなことならしゃぶしゃぶにすればよかった・・・・。それでも美しい景色を眺めてのんびりとさまざまな会話を楽しんだのだった。
2019年01月24日
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断捨離というものが流行って久しい。この断捨離とかいうのは、いろいろと調べると奥が深いみたいだが、とりあえず表面だけ追っている私の感想としては、いらないものを捨てましょう、ということに尽きる。しかし、いらないものを捨てることができれば、こんなに簡単なことはないのだけどどう見てもゴミというようなものはともかく、服にしたって「これはまだ自宅で普段着として着れるのではないか」とか本にしたって、「これはいついつ、お小遣いをためて最初に買ったなんとかだから」とか言い分けと膏薬はどこにでもくっつくという昔の言葉どおり、なんやらかんやら「捨ててはいけない」理由がてんこ盛りで先に進まないのだった。かくして「断捨離」などと頑張っては見たものの、我が家はモノであふれかえっている。仕方がないので、発想の転換だ。これ以上ビタ1つたりともモノを増やさないぞという決意でなるべく買わないで済ます、という作戦だ。しかしながら、買い物はストレス発散でもあるため、これがまたなかなか難しいできるだけコンパクトなものや、消費財を買うことで「買い物欲求」を満たしているんだけどそれでもモノが私の生活空間を侵食してくる。じわじわとはびこるカビのようだ。唯一、最近増えなくなったものがある。それは「記憶」だ。物忘れが激しく、新しいことを覚えない‥‥なんというか文字にしてしまうと末期的なうら寂しさを覚えてしまうのだった。そんな私の本日の衝動買い一覧①トワイニングのイングリッシュブレックファストのティーバック 1箱②無印の「ブラッドオレンジ&イタリアンレモン」粉末 2袋③カルディのお湯に解くだけの「チャイ」粉末 1袋茶棚にはまだ紅茶・中国茶・日本茶がのべ1キロ近くあるようですが・・・と娘に呆れられております。
2019年01月17日
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はやいもので、お正月ももう10日ほど過ぎてしまった。そして明日、11日といえば鏡開きの日である。昔まだ私が職場にいたころ、11日は総務の女性が作るおぜんざいが大層な人気を誇り、特に昭和の生まれの男性はにこにこしながら朝からそわそわとおぜんざいがふるまわれる午後を楽しみにしていた。そしてその日の話題は、おぜんざいは粒あんで作るべきか、それとも漉し餡のおしるこ風が好みか餅は焼いたほうが好きか、それとも柔らかい煮込みがよいのかそんな他愛もない話ばかりである。会社で作るものゆえ、おぜんざいは失礼だが手抜きそのもの。まずは井村屋の小豆缶を開け、中身と水を1対1にして砂糖を加えて鍋に入れておく。それに鏡餅をほどよく包丁で切って食べやすい大きさにしたものをオーブントースターで焼いて先のお鍋にいれてひと煮立ちさせれば出来上がりである。この即席のおぜんざいにたくあんがひとり2切れ。ただそれだけのことなのではあるが、毎年の楽しみなのであった。和やかなよい職場だったが、ドライな会社と合併してしまったから、おそらく今はもう、鏡開きをしておぜんざいなどなくってしまっているのだろうなと思うと寂しい気持ちがする。10年勤めていようが、20年勤めていようが、送別会一つしない会社だったから望むべくもない。先ほど手抜きと書いてはみたが、家庭で作る場合もさしてかわりない要領で作っている。時間をかけて2日前から豆を水に漬け、前日には炊き上げとやればやれないこともないのだけど、何かと忙しいことゆえ、つい井村屋の缶詰やら出来合いのレトルトやらにお世話になってしまう。ここ数年、血糖値が高めになってきたこともあって、ある年は黒豆でぜんざいをこしらえてみたこともあるが、雰囲気はでるのだけどいかんせんお味に違和感があって沙汰やみとなった。昭和のころのおかがみは、真空パックといえども塊のお餅で包丁で切り分けるのも結構難儀なことだった。まして、生のお餅でのおかがみはこのころになるときっちりと乾燥してびくともしない。それなのにしっかりとカビだけは生えるというありがたいものであった。今のは、プラスチックのお鏡の形の容器のなかに、小さなお餅が個別包装で入っていて、手間がかからないことこの上ない。さて、明日のための煮小豆とたくあんを仕入れに行かねば。
2019年01月10日
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たまにはいいじゃないと主人がいうので、ひらまつでご飯を食べてきた。おいしいんだけど、相変わらず上品な量だなと質より量に転向してしまった私は皿のなかのご飯を大事に大事にゆっくり食べた。考えて見れば結婚する前は、やれクリスマスだ、誕生日だとなにかと理由をつけてこの手のご飯を二人で食べていた。結婚してからも子供が生まれるまではなんだかんだと理由をつけてあちこち楽しみ回っていたのが、いつのまにやらファミレスとかお金をかけても中華とか。なんとなく普段着でいけるところばかりになってしまっていたなと思い返した。ワンピースを着てパンプスを履いてお化粧までしてご飯とか、久しぶりすぎて肩がこりそう。おかげさまでバブルの時代を少しだけ享受させてもらった身の上なのでこういう楽しみは十分楽しんだような気分になっていたのかもしれない。ママ友、などという付き合いは私にはなかったので、こういうところにも縁がなかった。病をえて、仕事を辞めて自宅で過ごしているうちにこういうちょっとおめかしして出かけないといけないご飯が何となくおっくうになっていたのかもしれない。子供を連れて行って迷惑をかけたらいけないから、最初はそう言った理由でいかなくなっていたレストランにもそろそろまた夫婦二人でご飯に行くのもよいころじゃなかろうか。そう、いつまでも小さいと思っていたが、子供だってもう十分に大きくなっている。一緒にワインを片手にゆったりしたご飯を楽しむ日をつくろうかな。
2019年01月08日
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お正月といえば年賀状。元旦の朝の楽しみである。昔は勤めていた会社の人にこれでもか、これでもかとばかりに出していたのでとても義務感が強くて「何のためにこんなことしているのだろう」と思っていた。枚数が半端ないので、本当に出したい友人には電子メールが使えるようになった1990年代からはすっかりご無沙汰、高齢の親族と仕事関係のみで構成される年賀状だった。ところが、職場で「虚礼廃止」の回覧がまわされ、次第に規模が縮小さらには退職したので、一時は特別お世話になった上司や親族のみに減ってしまった。退職してはや10年がすぎると、すこしづつ仕事関係が減っていき、はがきの値上がりも年賀状の規模縮小に追い風になった。それからだんだんと枚数に余裕ができてきたこともあって、友人への年賀状が少しづつ復活しつつある。私の友人関係はほとんど中学や高校の時の同窓生なので、あちらこちらに嫁に行ったり、仕事で転勤していたりしてなかなか実際に会うことは簡単ではない。いまでこそ、ありがたい「かけ放題」なんていう電話のサービスがあるからよいが、電話代が高かった時代そうそう電話で長話をして旧友を温めるなどということも難しかった。最近は年賀状をみて、年に一度つながりの確かさをありがたくかみしめている。父母の世代になると、鬼籍に移る人も増えて少しづつ喪中の案内が増えて、寂しい気持ちになるそうだ。たまに、年賀状は今年限りにしますという、打ち止めの年賀も交じりはじめ年齢を感じるのだそうだ。私がその状態になるまで、あと30年くらいは猶予がある。それまで、できるだけ積極的につながりが消えないようにせめて年賀状だけはしっかりと出して新年を一緒に寿げる仲間を絶やさないようにしたいと思った。
2019年01月03日
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