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遠野では、蹄がわれない馬が評判で、馬の牧場がたくさんあったのです。羽を取ったトンボを三十匹ぐらい箱にあつめると、トンボはみんな南の方へ飛ぼうとするから、同じ方向を向いてちぎれた羽をキラキラさせて、それはきれいでしたよ。
「おばあさん、ほら、りっぱだよ」と見せると、つっつ婆に怒られる。「アゲヅ(とんぼ)というものは羽っこがあって、空飛んで生きるもんなんだ」。羽を取られたら殺されたも同じだ」って。
次の日になれば箱からはい出てあっちにわやわや、こっちにわやわやしている。それ見て、羽切られたら、ものも食えないし死んでしまうと気がついてくる。
それで今度は糸をトンボのしっぽにつけて飛ばしてあそぶ。「飛んだ飛んだ」と喜んでいると、またつっつ婆に怒られる。
「トンボは自由に飛んでこそ飛んだと言える。それがトンボの生きるということなんだ」って。
今度は草の茎をトンボのお尻にさして放すと、細い草の穂つけて飛ぶんですよ。するとまた「しっぽに草の茎さされて生きたと言えるか」と怒られる。
悪いこととは思わず、子どもっていろいろ試してみる。それがあそびなんだもの。トンボ捕ってあそべと大人は教えながら、一方で叱ってさとしていたんですね。
卵産むころになると、トンボつかまえて羽をいためないように持って、しっぽを手のひらで受けて、「粟ぼっこ なぁせ 粟ぼっこ なぁせ」
と、しんぼうづよく五分ぐらいうたう。すると、細いしっぽからたくさん卵を産むんですよ。それが面白い。そうして逃がしてやるから、トンボもいためなかったしよかったと思って、卵を見せに行くと、つっつ婆にまた怒られる。「アゲヅは子孫を残すために生まれてきた。それを手に卵産(な)させられたら、トンボの一年は無駄になってしまうんだ」って。「水に流してくる」と言っても、「卵というのは、雄と一緒になってつながって水に落としてはじめて生まれてくるものなんだ。人も同じなんだ」と教えられる。子どもにも悪かったとわかってきて、トンボを捕らなくなっていきます。
大人から「トンボ捕らないのか」と言われても、「えらねえ」といって捕らない。そうすると、大人は、あーわかったんだなって思う。そうやって、あそぶことをとおして、生命の尊さを教えていたんですね。