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今日の4耐決勝で、隠れアフロ団?のヨコベさんと相棒さんが駆けるトライアンフ・デイトナ675は20位完走されたそうです。厳しい暑さとの戦いでもあったと思います。ホントにおめでとうございます!バイクにリターンしてから早5年、毎年「耐久観戦に行きたいなあ。」と思いつつタイミングが合わず、出かけることができないでいる。鈴鹿耐久レースの開催日が近くなると、必ず引っ張り出しくる文庫がある。娘が生まれる前に買った記憶があるので、もう20年近くも家の本棚に鎮座している。耐久レースが開催される鈴鹿サーキットで出会った20歳の透と、16歳の麻子。海の見えるスタンドから年に一度の耐久レース観戦デートを楽しみにする二人。でも、透のイタリア行きが決まり、麻子が20歳のときに別れてしまう。透への想いが断ち切れない麻子は、毎夏ひとりで鈴鹿へ行き思い出のスタンドから疾走するバイクを眺める。24歳で平凡な結婚をした麻子は、それでも毎年ひとりで耐久レースが開催される鈴鹿へ通う。透との大切な思い出を反芻するために。6年後、30歳になった麻子は、二人が初めて出会ったスタンドで透との劇的な再会をし、それから毎年、耐久レースを見るだけの逢瀬を重ねる・・・この切ない恋を描いたストーリーもさることながら、著者が綴る、暑い鈴鹿での耐久レースの観客やライダーの描写に鳥肌が立つほどの臨場感があって、大好きなのである。明日は8耐決勝。34号車の2年連続もとても楽しみだし、PPの伊藤真一さんは41歳だし。携帯で順位をチェックしながら、応援しようと思う。
2008/07/26
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「29年ぶりのお立ち台デシタ。」なんて言うと、やれ3歳だった、1歳だった、「生まれてません」なんて方もおられまして。10年ひと昔なら、3つも昔の「いにしえ」の話なので記憶の検証をしてみたくなって、『お宝』が詰まった箱から引っ張り出してきました。開発に携わったZ1300を駆けて表紙を飾るのはトクノさん。(カッコイイ!)ワイン・ガードナーさんとペアで優勝した85年の8耐が印象的でホンダのイメージが強いですが、う~ん、トクノさんはやっぱりライムグリーンのツナギとカワサキモンスターが似合いますデス。ページをめくると、その頃、毎月エントリーしていた中山サーキットのサンデーロードレースの記事。当時、モーターサイクリスト誌の編集部員だった川島健三郎サンが取材をかねてエントリーされていた。ローカルレースとはいえ、結構たくさんの台数がエントリーしていて、P125、P250クラスは15台ほど、FXやCBなどの400クラス、レーサー90や125も盛況だった。常勝のセンゴクさんがエントリーするP400以上のクラスは30台以上のエントリーがあった。この頃はスズキのRG250に乗っていてベストタイムは1分05秒。開けては閉じて、の忙しいコースで、握力のないワタシはすぐに腕がパンパンになった。レポを締めくくる最後にレースのリザルトが書かれてあるのですが、たくさんの懐かしい名前の間にP250クラス2位に母ちゃんの名前。(モチロン旧姓)19歳の晩秋、29年後にサーキットを走っている自分の姿なんて、きっと想像もしなかったとオモウ。(笑
2008/07/17
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「持つべきものは友達である。」ワタシのブログの添削までしてくれるありがた~いオネエさんがいる。(ホントはオバさん)幸甚の至りである。アノ画像はあんな風に一気に見せるのではなく、こうしたほうがオモシロイと仰せになる。トップレーサーのクールダウン(耐久レースのピット風景ふう)真実は暑さにヘロヘロ、体力不足のオバさんライダー(ここでもイジらていることに気づかず) ふ~む、なるほど。勉強になりました。(ナンノ?
2008/07/17
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モトレヴォR2から早10日。昨日から「モトルネ・モトレヴォR3」のエントリーも始まっているので、R2の余韻に浸っている場合ではないのですが、友人達から「R2母ちゃん画像」をメール添付やCD-Rでお送りいただいて、ひとりニマニマしながら眺めています。ありがとうございマス。一生の宝物にいたしますデス。でもね、あっちゃんが送ってくれた、こんな画像を見て「これ、ベストショットやわぁ!」と、喜んでいるワタシって、どうよっ。(笑
2008/07/15
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ヘルメットの色がヘンなのは、見なかったことにしてください。諸事情で間に合いませんでした。(涙まあ、次回のレースの楽しみに取っておくとして。(笑 ハッピーエンドさんからサーキットに届けていただいたプレゼントは、大活躍。プニュプニュと触り心地のいい、こんなにかわいいコーンのぬいぐるみがあるんですね!ウォームアップラップからホームストレートに戻ってくると自分のグリッドがすぐ分かりました。(笑 そうそう、「安全第一」です。 オバサン日傘も必携です。(笑 え~っと、ということで(どういうことで?)面倒なレースレポはスルーするとして。(汗毎度ですが、レースよりピットごはんデス。またまた、バージョンアップされたあっちゃんのワンオフキッチンは、使い勝手バツグンです。 土曜のお昼は豚汁とおにぎり。五目おこわのおにぎりが好評。 練習を2枠走りながら・・・ 肉じゃが きゅうりの中華風酢の物大山からサーキット気付けで、鶏肉をたくさん送ってもらったので、 から揚げ 手羽元と手羽先のさっぱり煮あっちゃんがダッチでローストチキンやスモークチキンを作ってくれました ビーフンやカルビと野菜を炒めたりゴーヤチャンプルなどの、フライパン料理がカンタン。ホッケの干物を焼いたり、冷奴でピットの居酒屋は日付が変わっても続く・・・明けてレース当日、朝のサンドイッチは大皿2枚分が即完売ランチはボンゴレとハッシュドビーフあっちゃんが焼いてくれたバターロールとベーコンロールが美味でした。つくり過ぎで無駄になってしまった食材もあるので次回からはコジンマリと。エコクッキングを心がけないと、デスネ。
2008/07/13
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「シャンパンファイトおめでとう」というコメントをたくさんいただきますと、「おめでとう!で何位だったの?」とか「1等賞やったん?」という、質問を直メでいただきまして。出し惜しみしているわけではございませんで、「落書きシリーズ」があまりに楽しかったので、先に紹介させていただきマシタ。ええ、「楽しんだヒトが1等賞!」という母ちゃんのサンデーレースのコンセプトは変らないワケで。その概念から言うと毎レース、チャンピオンデス。間違いなく。規定でPラップを外さなければならず、予選は自分がどんなペースで走っているのかつかめないままギリギリ115に居残りでき、また、レース中も何位を走っているのかも分からず、終わってみれば5位入賞、はばかりながら、高いところに上げていただきました。なんと、29年振りのお立ち台でした(汗↑ん?右手の「ブツ」は深く追求しないように(笑支えてくれたチームの仲間、応援してくれたみなさんのおかげ。そして、早速オープン110クラスを作ってくださったレースを主催する岡山国際サーキットのスタッフの柔軟な対応とホスピタリティからの賜り物かと。心から感謝!
2008/07/08
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終わってから気付きました。(汗予選はスズキではなく、頭突きでもなく「ズズキ」で走ってました。(笑できればもう少しオシャレに貼ってください。と、思ったら赤のガムテープとカッターナイフでこのクオリティーの高さ。虫歯がですか?左足のくるぶしの古傷はもう、疼きませんが・・・いや、だからぁ、髭は団長の髭の方がカッコイイですって。はい、動いちゃだめよん。出来上がり~ お立ち台用「ピエール髭」うん、いつもながらス・テ・キ!↑超キンチョ~(ウエイティングエリア)こんなところでもイジっていただいてます。世界遺産に落書きはご法度です。いやっ、だからぁ、ストロボカラーではありません、って!!レースも終わって撤収作業が忙しい中、まだ、遊んでいるヒトがいたようです。「すぐき」ですか?「かぶ」も美味しいです。あっ!レースレポが先でしたっけ?(笑
2008/07/08
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無事に帰還しております。ほんと~に楽しかったデス。生涯忘れることが出来ない思い出を「たっくさん」いただきました。みなさん、本当にありがとう。毎度ですが、ゆるゆるとご報告いたします。(笑
2008/07/07
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あっちゃんが、ちゃ~んと写メ送ってくれました。とことん手間のかかる母ちゃんです。ゼッケンもステッカーもないので、チラッとダケお披露目。(笑
2008/07/04
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デジカメ持っていたのに写すの忘れました。←バカハッピーエンドの亀田さんにペイントをお願いしていた母ちゃんのバタバタ。昨日夕刻、お店に届けてくださった。とても楽しみにしていたので、マッハの速さで仕事を片付けて、(いつもこのくらいの早さで段取りよく仕事が出来たら 夜遅くまでヘコヘコ仕事しないで済むとオモワレ)バックの中にデジカメが入っているかどうかもちゃんと確かめて、アドレスでこれまたマッハの速さでお店に向かった。とってもキレイに仕上げてくださっていて感激!見惚れて写すのを忘れてました。(汗転んでバキバキになるとイヤなので、走らないで床の間に飾ってみようかと思ってみたり・・・ということで、画像はノチホド。(笑
2008/07/03
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3ヶ月ほど前にトイレのドアで詰めた右親指の爪の内出血がまだ消えない。少~しずつ指先に向かって移動をしているのだけれど。つけ爪するとか、ネイルアートでもすれば隠れるんでしょうが、ワタシの爪が長くなってカラフルなビーズがくっついているなんて周りのドンビキ必至。隠したいキズといえば・・左足くるぶしの上と、足首にある大きなキズ痕。ブーツを履いておらず、スニーカーだったために残ったキズ痕である。素足になりこのキズを見るたびに、一台のバイクを思い出す。小型免許で125JXに乗っていた18歳になったばかりの春、中山でサーキットデビューした頃だった。中型免許を取ると、やはり400ccのバイクが欲しくなる。JXはプロダクションレース用にして、街乗り用に400が欲しいなあ・・・なんて贅沢なことを考えていた。いとこのダンナさんからタダ同然で譲ってもらった一台。それが、小豆色のやかんタンクがオシャレなんて言葉とは程遠いCB400T、通称ホークIIだった。今のリッターバイク並の車重はあったのではないだろうか、重いバイクだったように記憶する。RIDE11に掲載されていた片岡義男さんの「土砂降りのラストシーン」の挿絵で東本さんが描かれていたホークII。まさしく小豆色のやかんタンクのそれだ。とても懐かしかったが、小豆色タンクを見たとたんにアノことが鮮明に蘇り、苦いものがこみ上げてきた。手に入れて3週間と3日め。バイトが終わって、ホークIIで家へ帰る道中の出来事だった。国道から右折し、川の堤防を南の方向へ走った。街路灯もガードレールもない狭くて暗い堤防を家へと急いだ。信号がないという理由でいつも通る抜け道だった。春は満開の桜並木がキレイな土手の、右にゆるくカーブがかかった道に差し掛かったとき、左前方直前に、いきなり現れた人影。千鳥足のおじさんだった。しかも、よろけながら道路の中央に寄ってくる。右によけながらフルブレーキをかけたが間に合わなかった。おじさんの右腕がハンドルバーエンドにあたりホークIIは左側に転倒、そのまま勢いよく堤防の道を滑っていくのがはっきり見えた。しかも、火花を散らしながら。ガードレールがないので川側の土手に落っこちていった。と、思ったら爆発音とともに暗闇の中に大きな火柱が上がった。一瞬の出来事だった。信じられなかった。血だらけになった左足は痛いはずだが、感覚さえなく転んだおじさんに駆け寄りケガはないか聞いた。かなり酩酊しているのか、酒臭い息で「すまん、すまん。。。」と。近所の人が通報してくれたのか、パトカー数台、救急車、ポンプ車、オマケにはしご消防車まで出動の、大騒動になった。幸いおじさんはかすり傷で、大事に至らなかった。ワタシは病院で傷の手当てを受けてから、警察署へ。ワタシの前方不注意と速度違反。次の日はケガをさせてしまったおじさんの家や消防署へもお詫びに行った。でも、そこからの記憶がない。日記もナゼかひと月ほど途切れている。復活の日記には、凹んでいた様子がよくわかる文面で親や周りの皆に心配をかけたことの反省文がつらつらと書かれているが、そのあとに「早く鈴鹿へ行ってBライセンスとって・・・」なんて、書いてある。懲りない性格はこの頃から変っちゃいない・・・のかなあ。鈴鹿で燃えたGSX400の前に自分で燃やしたバイクがあった顛末デシタ。
2008/07/01
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