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2009.01.19
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カテゴリ: きまぐれエッセー
料理


しかし、半世紀ちかく前の信州では、肉など動物性タンパク質は簡単に庶民の口に入らなかった。
淡水魚は食べたが、海からの魚は輸送の関係で、すべて塩辛いものだった。
肉を食べるのは特別な理由があるときに限られていた。特別な日、盆暮れや葬祭、そして田植えや稲刈りのあとの慰労であったり、家畜の更新であったりした。
家畜の更新とは、農耕用の牛馬が死んだり、山羊が乳を出さなくなったり、鶏が卵を産まなくなったとき、それまでの働きに感謝しつつ亡骸を食するということだ。
毎日餌を与え、可愛がっていた鶏を料理するときなどに、殺すところを見るのは子どもごころに辛かったが、たべるときにはいかに大きい肉をとるか、兄弟で争って食べたものだ。長い間、家族とともに暮らした家畜だから、骨の髄まで煮込んでしゃぶった。
また、稲の取り入れが済んだ田んぼで落ち穂拾いをしたこともある。
落ち穂を拾いながら、田の畔にいるイナゴやバッタ、ときにはカマキリまでも捕まえて持ち帰った。

子どもたちは集団で遊ぶことが多かった。
川遊びでは、橋から下の水たまりに飛び込んだり、深みに潜って魚をヤス(モリ)で突いたり、雪の山で野ウサギや小鳥たちの罠をしかけたり、ずいぶん危険なこともした。捕まえた獲物は、大人が料理をしてくれ一緒に食べた。
誰が決めたというわけではないが、高学年の子どもは威張ってはいたが、低学年の面倒をみて、幼い子どもたちは年長者のしぐさをまねて大きくなった。
僕も、川に流され、池に落ちて死ぬかも知れないと思った経験があるそのつど誰かに助けられて今に至る。
山に入って食べられる木の実を探したり、蜂や兎を追ったり、怪我をしたときには血止めの草で応急処置をしたり、子どもたちは自然のなかで生きるすべを学び、危険からの対処や社会的ルールを覚えていった。

年上の者が先生であり兄貴分でもあったから、自然に年長者を敬う気持がついていった。
山に入って、熊や猪と出会う確率は今よりずっと少なかった。動物も人間を危険な存在として認識していたし、子どもたちも、どこが危ないか知っていて、お互いにテリトリーを守りあっていたということだろう。

信州人は蜂の子が好物で、地蜂はもちろん、すずめ蜂でも巣を見つけると小躍りして採取した。巣をとるときには蜂に刺されることもあったが、それほど慌てることもなく振り払って手際よく採ってきた。
怖がって逃げると追ってきて、よけいに刺されることも知っていた。

こんな経験や体験は、いまでは何の役にもたたないかも知れないが、ほんの半世紀ほど前までは人間が生きるということが、すべてリアリティーだった時代だ。
自然のなかで出会う生き物や、植物のひとつひとつに役割や意味があって、かかわって生きているという実感を人々はもっていたのではないだろうか。
僕たちが、ゴルフ場やダムの建設に反対したのも、権力への反発などという情緒的なものではなく、動植物のひとつひとつ繋がって、関わり合って成り立っているいのちの連鎖を、大開発行為は乱暴に断ち切るということにほかならないという思いがあったからだ。

少年から青年期に、日本全体が高度成長からつづくバブル経済に踊るなかで、日本人の体内に蓄積していた自然と共存し合う暮らしが忘れられていった。
人間もいのちの連鎖のひとつなのだという、生き物としての原体験をズタズタに切り刻まれて、団塊世代の子どもたちの子どもたちの現在では、生きるということのリアリティーとバーチャルの境目が、まことに見えにくくなってしまっているのではないだろうか。

ステーキとして出される肉が、切り身として出される魚が、その何日か前まで命をもっていた動物の死骸の一部であるということを、理屈では理解できても、実感として考える子どもが幾人いるだろう。

戦争が悲惨なものであるということは、戦乱に明け暮れた戦国時代の武士たちでさえ自覚していた。
戦った相手の敗軍の将の首をはねても、手厚く葬って敬意を示した。過ちをおかせば責任者は腹を切って責任をとった。死は身近にあっても、命の意識はくっきりとしていたことであろう。
ところが現在の戦争行為では、手作りのロケット弾を放つテロリストのいるあたりにレーダーで照準を合わせて、モニターで確認してミサイルを撃ち込むのである。後日に戦果を確かめに行って、ようやく肉片や血の塊から命が存在したことを確認するというのが、このところの戦争ということだ。まるでテレビゲームのバーチャルが、現実に行われるようになったわけだ。

テロというレジスタンスによって、抵抗する彼らと、それを掃討するという犠牲者数の差は、何百分の1といったところであろう。いつでも命の価値の差は厳然としてある。

机上でしか学ばない人間は、命に対してのリアリティーに欠け、この地球という星の上での命の連鎖にも無神経になってしまう。命の連鎖に無頓着の人たちが国や世界を動かす中枢に置くという間違いを、我々は犯してしまっているのではないだろうか。
そんな社会や環境をわざわざつくって、そのなかに子どもたちを置くという過ちを犯してはいないだろうか。

人として、子どもから大人までの成長する過程で、ペットであれ、家畜であれ、植物であれ、自然のなかにあるいのちと関わることなく過ごしてしまうことは、生命を司るものとしての必須科目ともいえる大切な学習を欠くことになっている。

狩りはともかく、釣りをして魚の命を殺める体験も、生きた姿からの料理をしてみる体験も、野山で怖い経験をすることも、ときには大けがをしてしまうことも、大切な経験として蓄積されていくはずだ。
机とモニターだけを見つめて育つ子どもたちが、はたして、未来をどのように実感して関わってゆくことができるのだろうか。



つかまえて!
蝶クリック












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Last updated  2009.01.19 20:00:04
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