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かつての、イタリア人街と景観保護地区を調査。Terara Hotelの近くで旧イタリア軍司令部の敷地内に、アプローチのすばらしい一角を発見。そこは住民が不法占拠してスラム化しているが調査開始。一軒の建物に10家族が暮らすようなところだ。ゴンダール城の正門前の道を挟んであるスラム街へ進入。このスラム街に伝統的円形家屋が点在する。スラム街のメイン通りに入ると、ちっちゃな子供たちが集まってきて、ユーユーと声をかけてくる。入ってすぐ右側に最大規模の円形家屋が、すぐさま中に入って撮影交渉。10ブルぐらいを払ったら自由に写真が取れるようになった。真っ暗だが土間中央付近は釜戸のようになっていて、そこでの煮炊きによるススが天井一面を黒く染め上げている。土と石組みの壁と柱に木組みの屋根構造。
2008.02.29
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市長公用車がお迎えに来た。これから、市役所で打合せをする。その前に、テラスからチェックした場所と、建物を調査に行く。始めにダブラ・ブラハン・セラシエ教会へ。石積み造りで屋根は茅葺の堂々とした雰囲気の教会だ。門をくぐって敷地内に入場するとき、門番の叔父さんに呼び止められた。何でも入場に際してお金を要求してきた。先生は文句を言うが、どんな理由があっても無料で入場は許可しないとの事。写真撮影をするならプラスα要求された。仕方なく支払って中へ。見事な建物だ。礼拝室の天井画と壁画は観光ガイドに有るとおり、実際の物を見て確認したのみ。壁の構造、仕上げ状況、屋根構造、葺いてある植物の写真撮影、軒裏の仕上げ方等を調査。開口部の板と床板の収め方も調査。荒っぽいようだが実に上手にできている。次にゴンダール城へ、当然入場料を取られた。一人5ブルなので全員10ブル札をだして、お釣りを5ブルづつくださいといっても、計算ができないのか、何故そのようなことをしないといけないのか、全く理解できない様子なので、とにかく返却してもらって、一人づつ支払って5ブルづつお釣りをもらった。このお城もガイドに書いてあるので確認したのみ。国際会議場をどこにするのか、どの建物にするのかを検討。広い敷地内に多くの城跡がある、それを一つ一つ調査する。会議場として一番の候補は、山下さんが感嘆の声を上げた建物。2階建てだったのが、床に使っていた大引きがなくなっており、屋根がイギリス軍の爆撃で崩壊した建物。
2008.02.24
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空港からの道中、後ろへ飛び去る風景の木々はほとんどがユーカリの木。聞けば土地全てが禿山状態になったため、急遽オーストラリアから木を移植したとか。ユーカリの木は一人勝ちの木で、回りに植物が生えなくなってしまうが、そんなことは言ってられないぐらい荒廃したみたいだ。旧イタリア軍用地を通過して市内に入る。ゴンダールは街道町でにぎやかだ。人力車を馬に引かせるタイプの馬タクシー、アフリカの肩にこぶがある牛、ヤギ、それに市民が混じって大賑わい。多くの人はチッカという家に住んでいる。チッカは壁は土で塗り壁、屋根は木で骨組みをしてその上にトタンがはってある。街道町から一歩出ると再開発が行われている。道沿いにはデベロッパーによる大型アパートの建築現場がある。道を挟んで反対側には、米国アトランタで成功した人達が、豪勢な家を建築し町を形成しつつある。ゴンダール大学が右手の山裾に見えてきた。ここは医学部に力を入れていて、日本の徳島大学が支援している。最近のゴンダール経済は、スーダンからの石油輸送基地として注目され始め、徐々にではあるが経済状況が良くなってきている。市内を一望できる政府系ホテル「Goha Hotel」(ゴハ ホテル)に到着。チェックインを済ませ、テラスの展望台から市内を一望して打合せ。ゴンダール市は地図がないため、実際に高いところから見て、建築予定候補地を絞り込み、円形住居のある地域等の確認を行った。世界遺産の教会やゴンダール城の位置を確認し、スケッチしておく。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.18
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メイン道路沿いは建築ラッシュ。鉄筋コンクリート造りだが、仮設資材がものすごい。ちょっとエチオピア人には失礼だが、原始的な感じだ。形容の仕様がないので写真を見てほしい。あえて説明すると、足場は全てユーカリの木の丸太で、シートはブルーシートだったのか、まるで幽霊船の帆さながら、風化してしまっている。各階の床のスラブ打ちは、サポート代わりにこれまたユーカリの木を、人が通れないぐらい林立させる。地震のない国なのか各階の柱もまっすぐ上まで通っていない。太さも各柱まちまちでその場その場で造っている感じだ。それでも完成時はまともそうになる。道路に目を転じると先ほどと同様、すごい状況だ。信号はほとんどなく、有っても警察が車をさばいている。信号を守るドライバーが少ないから警察がたってるのか。渋滞に巻き込まれると、一斉に物乞いが現れる。子供からお年寄りまで、ハンディギャップの人、バッタ物を見せてくる人など。どの車も無視しているようだが、続けていると言うことは、時にはお金を手に入れられるのか。目的地は今夜の宿AXUM HOTEL(アクスム ホテル)。そこで、16時から日本大使館のM書記官と打合せをすることに。ホテルの2階にあるレストランで打合せ。
2008.02.17
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アディス アベバ上空に差し掛かる。眼下に広がる大地は圧倒的に土色で満ちている。耕しやすいところから耕したよう、無秩序に畑が広がっている。緑、濃緑、黄緑などモザイク模様さながらといった状況だ。土地改良区による農振以前の日本の畑も同様だったのでは。大きな川が乾燥しきった大地に、安心感を与えるようにうねって流れる。ついにアフリカの大地を踏みしめるときが来た。空港で出迎えてくれたのはエチオピアンカラーの多くの旗、それと香辛料の臭いがする。旗は緩やかにはためき、強烈な太陽に誇らしく輝いている。香辛料はインジュラ(エチオピアの主食)の臭いとの事。日本は醤油の臭いがするらしいが、やはり国ごとに臭いがあることを実感した。入国審査を済ませ空港ロビーへ、外貨両替所に向かってそこでエチオピアらしいお出迎えを受けた。両替所は不在、しばらく待つがいっこうに帰ってくる様子がない。空港職員にいつ頃帰ってくるのか質問するが、はっきりとしない。返ってきた答えは「昼ご飯に出ているのでしょう。おきのどくですが」。とうに昼食時間は過ぎているのに、のんびりとしたものだ。仕方なく外へ出ると、今度はタクシー運転手や、車の手配師が集まってくる。先生はこれはと思う人物にタクシー代の直接交渉をおこなう。相手も真剣だが先生も真剣に交渉する。40BIRR(ブル)で交渉成立。外国人の相場は50ブルだそうだ。40ブルは地元民の相場とのこと、日本のように走行距離はあまり関係ない、市内はほぼ一律だ。(ちなみに1ブルは13.8~14.5円)
2008.02.16
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エチオピア移築のために、昨年の11月現地調査団を派遣しました。NPOからは松江支部のSさんに代表として行って頂きました。エチオピア移築の現場管理をお願いする予定です。彼は元はメディアの出身で今は古民家再生の専門家という変り種。写真と文はS氏のものです。連続してお伝えできないのですが数回に分けて(数十回かな?)お送りいたします。その1「関空を出るときM先生から一言アドバイス。カップヌードルを買って持参すると、以外に後で役立つことがある。とのこと、Yさん(ある有名な建築家)と私は2個づつ購入。ガチャガチャ袋に入れてもらい出発。コンビニの帰りにエチオピアに行くみたいだった。ちなみにカップヌードルは食事が口にあわず、空腹なとき現地でお湯をもらって食べるといいとの事。しかし、私はアディスに向かうエチオピア航空機の中に、置き忘れてしまった。拾った人はどうするものか考え込んでいるのでは。 エミレイツ航空機に搭乗。席に座ろうとすると女性の声で「よろしく」と、振り向くと隣は日本人が着席した。しばらく話をしていると、ドイツで永住権を取得しミュンヘン在住とのこと。独身だが近所に住むドイツ人の彼氏とその家族みんなで、お付き合いをしていると。実家は京都北部にお母さんが一人で暮らしている。仕事はドイツで、日本の古い町並みを見てみたい人達を募って、アテンダントとして日本を案内している。島根県、鳥取県はよくドイツ人を案内する。京都から山陰を中心にツアーを組んでいるそうだ。」
2008.02.13
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関係者からの今夜の電話で来週中には島根での解体を行わないと間に合わないとのこと。急遽移築会議を行い、準備を開始しました。持ち主の方の解体の許可、コンテナの用意と輸送費の積算。植物検疫のためのガス処理、などなど急にあわただしくなりました。浜田港からジプチまで送ります。コンテナの中の梱包等の検討を明日から始めなければなりません。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.12
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昨日からあたふた・・・古民家のフランスへの移築とエチオピアへの移築が同時に動きそうだ。エチオピア移築は世界遺産のあるゴンダールへ。フランスはボルドーの近くポアチェに移築です。ポアチェは古いお城のある敷地。景観も歴史もすばらしいところです。調査に行った全員が「帰りたくなーい」というほど。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.11
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こんなときには同じようなことが起きるものです。夜になってフランス移築の関係者から電話。さらにエチオピア移築関係者からも電話で「今月中に解体し、出来るだけ早いうちに発送してほしい」と。古民家の海外移築は大変なのです。一番がコンテナ詰め。荒波の大洋を渡るので十分な緩衝材を入れる必要があります。さらに検疫。古材には虫がいるために消毒が必要になってきます。などなど様々な問題をクリアしないといけません。来週から行動開始です。がんばらなくっちゃ。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.09
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島根県内のあちらこちらで小学校などの統合により廃校となる校舎が増えています。先日、国道54号線沿いの山奥の学校に調査に行きました。戦後に建設されたと思われる校舎は質素でシンプルなのですが木材はふんだんに使用されています。このような校舎が、この4月から廃校になるのですが、使用目的がないまま取り残されるのを心配しています。小学校は原風景。なんとか活用する方策がないものでしょうか。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.09
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このところ会員さんの中で古民家の改修や移築が盛んになってきました。調査をしているときに出会った古民家を改修したり、移築する機会が増えたからでしょう。古民家の調査をしていると、調査の最中に住んでいる人から古民家の改修や移築の相談があり実現する、という結果です。調査をするということが営業につながるという一石二鳥の古民家です。写真は昨年、調査の段階で出てきた古民家を同じ市内に移築し再生したものです。古民家を希望される方は、意外にも若い方が多いこともわかってきました。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.07
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古民家研究会のホームページには登録古民家が載っています。主に、解体移築の登録でありますが、中には土地付きで販売希望の物もあります。よーく見てください。U・Iターンのご希望の方があれば、ぜひお申し付けください。空き家になった古民家は、雨が漏りだすと1年で崩壊してしまいます。何とか一棟でも古民家を守ってあげたいのです。出来るだけ早めにお申し付けください。今日も定住したいた方からご相談をいただきました。母屋、蔵、畑に山林付きです。ありがとうございます。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.06
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3日からの出張で先ほど帰還。東京へは月イチくらいのペースで出かけます。私が出かけるというと、様々な人間が毎回集まってくれます。今回も海外旅行(建築専門)会社、デザイン会社、編集関係、発明家などなどです。もう10年くらいですかねー。毎月のように集まってくれ、ひと月の間にそれぞれのところに持ち込まれた情報を交換し、プロジェクトを組み立てます。今回も面白プロジェクトが始まりそうです。今回の出張のメインは国の機関に出向している人との面会。われわれの古民家に対する考え方を聞いていただきました。単に古民家を売買するのではなく、環境問題とか景観といった視点で捉えていることに興味を持っていただいたと思います。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.05
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先日登録調査を行ったものです。出雲市の郊外にある、出雲地方では標準的な古民家です。梁、桁共に色合いが良く、太さも程よく、上品な古民家です。土間にある格子戸は保存状態もよく、その他部分も良い状態で保存されています。格子戸の格子デザインは島根県内でも地域性があり、出雲地域の格子ピッチが狭く上品さがあります。どちらかというと京風。NPO日本古民家研究会のホームページはhttp://www.n-kominka.net/
2008.02.02
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