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1つの商品には本質的価値と、副次的価値の2つがあります。コトラーは確か商品の価値を1次から3次までの3つに分けていたと思いますが、実際の現場ではそこまで分ける必要はなく、本質的価値と副次的な価値の2つがあると理解していればOKだと思います。その本質的価値と副次的価値とは何か?簡単に言えば、オムライスの本質的価値は「美味しい」ということです。食べ物に関しては、そこは外せませんね。そして美味しさ以外の要素、例えばそれを食べる環境やそれを食べてもらうときの演出。そういったものに価値があるとするならば、それは副次的な価値です。分かりますか?以前、私が”本物の華”と”珍しさの華”という小阪先生の言葉をこの日記に引用しましたが、本物の華=本質的価値珍しさの華=副次的価値そう置き換えてもかまわないかもしれません。さてさて、なぜあえて私がこの話を書いているか?というと、世間はとかくこの本質的な価値と副次的な価値を比べた場合、副次的価値ばかりを扱おうとする傾向があるからです。珍しさばかりを追いかける傾向があって、そこに本質的な価値があるないは問題にしない場合があります。芸人に喩えると分かりやすいですね。一発芸が受けて瞬間的に人気が沸騰するけれど、一気に忘れられて行く芸人がいます。それが良い悪いというものでもなく、珍しさの華は珍しさの華だけで終わる。そこに本物の華(本質的な価値)がなければ。商売は一見人気稼業に似て見えます。でも、人気だけでも困ります。だって自分の生活が掛かっているんですから。長く商売をする。そこに必要なのは、自らの価値をきちんと把握する姿勢であり、珍しさだけではなく本質的な華を持つことです。本質的な価値を磨く。副次的な価値を持つ。両方大事です。でもどちらかと言うならば先ずは本質的な価値を磨く所から入らなければ、その商売はあっという間に終わります。珍しさの華も本物の華も華は華。でも、どうせなら華は長く咲かせたい。そう考えるのは私だけでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.31
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今日は朝から体調がすぐれずにいます。日記はお休みします。体調を整えて、万全の仕事をしたいと思います。今日はこれからゆっくりお休みしますね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.30
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今から十数年前、テレビ東京系で放映されていた「ファッション通信」という番組の中でナレーターの大内順子さんが「今年、パリコレのデザイナー達が共通して持っているテーマは”ナチュラル”です」と解説されているのを聞いて、「なちゅらる???」と頭の中が?だらけになった記憶があります。その画面に映し出される衣装のどれを取っても、その頃の私にはそこで言われている「ナチュラル」という言葉がピンとこなかったのです。後で分かったのですが、そこで語られていた”ナチュラル”と言う言葉は、単純に自然派志向といったものや自然素材を使ったファッションといったものとは違う、もっと総合的な意味を持つ言葉でした。簡単に言うと女性は女性らしく、女性として持っているものを”そのまま”表現する。女性としてのボディラインを強調するのでもなく、隠すでもなく、”ありのまま”に表現する。あるいは、可愛い女性は可愛らしく、セクシーな女性はそのままセクシーに。その、”そのまま”や”ありのまま”を一言で括ったときに出てくるのが”ナチュラル”だと言うことに気が付いたのは、初めてその言葉を聞いた数年後、街に”ナチュラルな”女性達が目に付くようになってからでした。LOHASという言葉を初めて聞いたのは約2年前。やっぱり最初は「ロハス???なんだそりゃ?」と頭の中が?だらけになったのを覚えています。ナチュラルよりももっと分かりにくかったですね(笑)それでもそれとなく興味を持って調べてみた結果感じたのが、どうやらLOHASも上に書いたナチュラルと同じ流れの中から生まれてきたものじゃないか、という感触でした。もちろんそのまま同じとは言えませんが、LOHASという言葉の底流にあるものは”ナチュラル”にかなり近いと考えています。「無理のない」という一言に括れる生活意識の流れですね。それと共に感じているのは「LOHASはどうやら流行とは違う」と言うこと。どちらかと言うとLOHASという言葉も「これからはこれだ!」といった感じの流行に近い扱いを受けていますが、どうもそれだけではないものをLOHASは持っている。それは上にも書いた”生活意識の流れ”の中で生まれたものだからです。さてさて、前置きが長くなりましたが(実は前置きでした(笑))私の知人に大和田順子さんという方がいらっしゃいます。イースクエアでマーケティングディレクターをされていた方で、そのお仕事をされているときに日経新聞で彼女が書いたLOHASの紹介、それが日本で最初にLOHASという言葉を伝えた記事でした。日本のLOHAS伝導の第1人者といって良いでしょう。その大和田さんが所属されているNPOローハスクラブのメンバーと共に本を出版されました。日本をロハスに変える30の方法 ~BUSINESS LOHAS大和田さんご自身とは昨年の11月に初めてお会いしましたが、大人の素敵な女性と言う印象で、やはりナチュラルな方とお見受けしました。LOHASについて興味のある方はぜひ上記の本をお読み下さい。ちなみに上に書いたLOHASについての考えは、あくまでも私の感じているものです。そんなに外してはいないとは思っていますが、大和田さん達のおっしゃるLOHASとはもしかしたら違うかもしれません。それも含めてLOHASに興味をもたれた方は大和田さんの本に触れてみるのも良いと思いますよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.29
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今日、ある方からこの日記にメッセージを頂き、そのお返事を書きながら考えていたことがあります。私の理想の商売について。私の理想の商売は、例えばお客さんに対して「あんたにはこの商品が良い。あんたのことをよく知っている俺が言うんだから間違いない。買ったほうがええよ。」と、言った時に、お客さんがろくにその商品の説明を聞かずに「あんたが言うなら間違いないだろう」と買って下さる。あるいは、お客さんの方から「あんたはこういうのは得意だろう?やってくれ」と言われて「分かった引き受ける」こんな感じの会話で成立する商売。それが私の理想の商売です。書いてみれば拍子抜けするぐらい簡単ですが、実際にそれが出来るかどうか考えられてみてください。案外難しいことが分かります。特に「無理じゃないかもしれないが、現実にはそんな商売じゃ売り上げが維持できない」と思われる方も多いでしょう。しかし、私自身は自分が経営している飲食店での感触から、あながち無理でもないと感じています。理想どおりとは言えませんが理想から60点ぐらいの商売は、今、出来つつあります。(と言っても60点。まだ40点残っていますが)飲食の方では年に何回か、商品名と値段だけを書いて商品に関する説明は殆どないDMを打つことがあります。「説明せんでも俺の作る料理を知っている人はこれで買う」と考えた上で。そして、実際にそういうDMでありながらしっかりとした反応が取れます。もちろん、そのDMを打つ”前”をしっかり築いているからこそ出来るのですが、お客さんとの信頼関係がきちんと出来ていれば後は余計な言葉は要りません。以前、先輩の商売人にこんなことを言われたことがあります。「島瀬、今の時代はお前が思っているほどお客さんは情が篤くはないぞ。思った以上に情が薄いのが今のお客さんだ」今から6年ぐらい前に言われた言葉ですが、その時はその言葉に違和感を感じていても何も言い返せませんでした。しかし、もし今ならこう言うでしょう。「お客さんの情が薄いのは、商売人の方がお客さんに対して情が薄いからです。」きちんとお客さんとコミュニケーションをとるならば、今でもお客さんは驚くほどの温かい気持ちを持ってこちらに応えてくれます。これは田舎だからだとか都会だからとかは余り関係ないでしょう。相手を人として扱えば、こちらも人として扱ってもらえる。当たり前ぐらい当たり前の話です。そこは、人が人である限りは変わらないだろうと感じています。と、まぁ色々と書きましたが、これは私の理想の話です。これがそのままあなたの理想になるとは言えません。商売の形は人それぞれ。その中で、商売の答えもその人その人によって変わるでしょうし、むしろ変わるのが当たり前です。あなたにはあなたの答えがあります。あなたにとっての理想の商売って何なんでしょう?良かったら考えて見て下さいね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.28
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お願いがあります。今日の私のこの日記は最後まで読まれなくてもいいです。その代わり↓のブログの記事をぜひお読み下さい。美しい商人たちに、「積み重ねが足りないんだ」と言おう。 このブログでも再々ご紹介している田上康郎先生のブログです。夕方、この田上先生の文を読みながら涙がこみ上げてくるのを感じました。田上先生のご年齢は確か60近かったと記憶しています。自分が60になった時、果たして田上先生のように「私はまだ、積み重ねが足りないんだ。」と言えるかどうか・・・。オリジナリティを追求する、とことん追求する。それは言葉にすると簡単です。でも、そこには実行され続けてきた方しか分からない世界がある。そんなことを感じさせられた記事でした。あまりダラダラと書くのも野暮ですね。ぜひお読み下さい。美しい商人たちに、「積み重ねが足りないんだ」と言おう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.27
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商売の基本は”誰に何を売る”の一言です。これは、どんな状況でも変わりません。複雑なビジネスモデルを組んだとしても、商売のセンスのある方はきちんとここを押さえます。逆に、ここを押さえずに商売を作ろうとしても無理があります。以前、知り合いの社長さんの戦略計画をお聞きする機会がありました。もう2年ぐらい前です。世間的には実力のある社長さんと言われる方でしたが、そのお話を聞きながら「この計画からはお客さんが見えてこない」と感じたのを覚えています。ぱっと見は魅力的な計画でした。でもその計画にはお客さんが抜けていた。「多分、この計画は動けずに終わるな」とその時感じたのですが、その頃はまだコンサルなんてやっていませんし、ペーペーの私が口を挟む筋はなかったので黙っていたのですが、結局その計画は文字通り計画倒れで終わったようです。商売には相手(お客さん)が要ります。だから相手(お客さん)のことを考える。それがなくては商売じゃない。それは当たり前すぎるぐらい当たり前の話です。でも、この当たり前が一番忘れられやすい。不思議な、でもよくある現象です。これに気が付いた人は、何も考えずに商売をスルスルっと上手く回しています。これに気が付いていない人は、考えて考えて、悩んで悩んで、でも前に進めないということもよくあります。分かるか分からないかは、本のちょっとの差なんですが。でも、その本のちょっとが大きな溝を作っている。商売の残酷さを、時に感じます。あなたはどうですか?お客さんのことを考えた商売ができている実感がありますか?もしなければ、今日のこの内容をちょっとだけ考えて見て下さい。その「ちょっとだけ」が将来的には物凄く大きな差を生みます。それは本当にちょっとだけの差なんですよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.26
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今日は快晴の山口です。暖かいといっていい陽気ですね。今日はお店をお休みさせてもらっているので、この陽気の中、気持ちの良い昼寝が出来ました。寝る子は育つ、じゃないですが、相変わらず良く寝る私です(笑)さてさて、下の文章は昨日発信したメルマガの中にも書いたものですが、こちらでも紹介しておきます。私の友人の紹介文です。良かったら読んでみて下さいね。───────────────────────────────────── ■ 崖っぷちに立たされた時─────────────────────────────────────こんばんは。田舎のゲリラの島瀬です♪さて、このメルマガは私を個人的に知ってくださっている方が多いので書いても大丈夫だと思いますが、私は崖っぷちになると強い男です。商売で逆境にぶつかるとニヤニヤしてしまう変な奴です(笑)そういう奴なので、どういうわけか友達も崖っぷちになると燃える人が多いようで(崖っぷちにならないと動かないともいいますが(笑))、マイナスの逆境をプラスにしてしまった事例が私の周りにはゴロゴロしています。一昨日、ある友人からメールをもらいました。そのメールもまさにそれ。今、商売的に苦しい。でもそれをバネにしてイベントを企画しているので見て欲しい。そういうメールでした。そのメールの送り主は下津世輝さん。和歌山で宝石店を経営している2代目の経営者さんです。ネット上では”にゃんにゃん”のハンドルネームでその名前を目にされたこともあるかもしれません。彼が今やろうとしていることは↓のブログに書いてあります。http://60shukyaku.sblo.jp/article/284765.html正直に言うと、このブログだけではまだ彼が何をしようとしているのか分からないでしょう。私もその辺りは彼に伝えてあります。「これじゃ、分からないよ」と。しかし、それを承知の上で彼のブログを紹介します。なぜならば、大事なのは”今”じゃないからです。今だけで言うならば、彼は経営が思うようにならずに苦しんでいる2代目でしかありません。しかし、逆境を目の前にして動くことが出来る人は必ず成功します。「あきらめなければ成功する」とは良く聞く言葉ですが、その「あきらめない」をとことん突き付けられるのが、逆境の時なんですね。苦しい時ほど、あきらめない自分を問われるのです。それを今、彼は経験しようとしています。もし良かったら下津さんのこれからをブログを通してご覧になってあげて下さい。応援してあげてくれとは言いません。でも、ブログを読みながら「まずいな」と思ったことは彼に「それは拙いよ」と言って上げてください。「こうした方がいいよ」と思うことがあれば、それもコメントに出してあげてください。「全然ダメ」と思ったら、それを書いて下さっても結構だと思います。それらの全てが彼がこれから”本物の”経営者になるために必要な助言になるはずですから。よろしくお願いします。ぜひ、彼のブログを見てあげてください。ちなみに下津さんと私は昔池袋のにゃんじゃタウンでむさい男3人が集まって遊んだ、淡い(苦い?)思い出を共有している仲です。そしてちょうどその頃、私は鶏インフルエンザに直面して逆境を引っくり返していた真っ只中。うーん、なつかしいな~(笑)
2006.01.25
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ライブドアの堀江社長が逮捕されたようですね。今朝、知りました。(遅すぎ(笑))一応、コンサルなので今回の件には関しては何も言えないと感じています。その会社のことは現場を見ないと分かりません。傍目からしたら「何をしているんだ!」と思うようなことでも、現場に行くと全く逆の事情があったりもします。会社経営において外野の意見ほど的確で、同時にあてにならないものはありません。だからこそ、コンサルとして「外野からの発言はならべくしない」と私は決めています。まぁ、そう言いながらもポロポロっと言ってたりするんですが(苦笑)堀江社長に関しては、以前、あるインタビューテープを聴いてびっくりしたことがあります。お話を聞きながらそこに感じられる感情の波が実に穏やかなんですね。波紋程度のことは起こるけれど、波はたたない。どちらかと言うと、大きな波を立てながら社員や周りを巻き込んでいくタイプの社長さんしか知らなかったので、堀江社長の穏やかさには驚かされました。そして「これが新しいタイプの社長さんなんだな」と納得したのを覚えています。(”穏やか”といってもそこは温かさや親しみとは違います。単純に感情の波がフラットなんですね)堀江社長がこれからどこへ行くのかは分かりません。それを予想しても、それは上に書いた「外野の野次」と一緒です。しかし、堀江社長のような”穏やかな”社長タイプはこれからも増えていくだろうと予想しています。その中で今までと違うビジネスの動きも生まれる。それには良い面も悪い面もあるでしょう。それも踏まえながら、これからのビジネスと時代の動きを見ていこうと思っています。(だからと言って法律違反を擁護する気はありませんよ。その点は誤解のないように明記しておきますね)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.24
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戦略を持つことの意味。色々ありますが、私的に戦略的な動きが出来るようになって一番の収穫は”新技を繰り出さなくても良い”と言う点でした。新技とは戦術ですね。新しい戦術をどんどん出していく。あるいは新しい商品を次々と生み出していく。それは表面的には素晴らしいことです。見応えがありますしね。でも、私はそれがきつかった。なぜならばそんなに手持ちの技は持っていない人間なので。でも、戦略を持てばその「新技の呪縛」から抜け出せます。もう少し詳しく書くと、新技を繰り出す意味はお客さんを飽きさせないことです。お客さんを飽きさせない。常に感動させる。期待を常に良いほうへ裏切る。もちろんそれはそれで凄いことなんですが、でもふと振り返ると私達の周りには「新しくないのにいつもある」ものも結構あります。映画で言うならば「釣りバカ日誌」。テレビなら水戸黄門や大岡越前。サザエさんやドラえもん。主要な登場人物はいつも一緒。でも根強いファンが存在する。私自身は自分の商売をする上で「その方が良い」と感じて、そうなるように戦略を組んでいます。(それをどうやって実現するかは、詳しくはここでは書けません。微妙すぎるんで。でも次のメルマガにネタにしようと考えていますよ)もちろん常に新しいもの、より大きな感動、より大きな魅力を求めて自らの商売を磨き続けるのも素晴らしい。それも戦略です。どれを選択するかは、あなたの資質と力量と経験、何よりもあなたの価値観に沿うものです。でも、もし「商売は常に新技を繰り出さなければならない」とひたすらに囚われて苦しんでいる方がいらっしゃれば、今日の日記を少しだけ覚えて置いてみてください。そこに今の自分のやっていることとは全然違う世界がある可能性もあります。そして、時には「その方が自分は向いていた」ということもあります。単純に考えると、自分を狭めるばかりになりますからね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.23
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地域性について書きましょう。正直に言うと、昔、私は商売にこれほど地域性が出るとは思っていませんでした。3年前ぐらいには、単純に「うちのお店と同じことをやったらどこの飲食店だって上手く行く」と考えていました。でも、分かる方には分かると思いますが、かなり浅はかな考えでしたね。今、私はコンサルとして東京にクライアントさんを持っていますが、こと集客に関しては東京と地方ではかなりの落差があることを実感しています。例えばマスコミリリース。東京でもマスコミリリースを仕掛けて取材を得ることは出来ます。でも、その先の集客まで行くと、案外反応が薄い。地方ほどメディアの権威がないのでしょう。雑誌に掲載されて一気に集客、と言う反応は得にくいようです。(東京ではメディアは流行を追いかけています。地方ではメディアが流行を作ります。その差がそのまま集客の反応として出るんでしょうね)チラシや広告に関しても同様ですね。地方では1つ1つのツールの精度が高ければそれだけである程度の集客は望めます。でも東京ではツールの精度だけでは限界がある。精度の高いツールがウヨウヨしているのもあるでしょうが、情報の絶対量の多い東京では単純なキャッチフレーズやコピーの工夫程度では思ったほどの反応は得られない。もっと根本的な対策が求められます。東京に集客の特効薬なし、と私自身痛感しています。しかし、変わらないものもあります。東京と言う地域、あるいは地方のそれぞれの地域性の中で、商売をする上で変わらないもの。それは先日の晃志さんの言葉をそのままですが、”あり方”です。やり方は場所場所によって、地域によって、その環境によって、変える必要があります。でもあり方は変わらない。考えてみれば単純なことですが、でも案外そこに気が付いている会社も少ないでしょう。あり方は東京だろうが地方だろうが変わりません。そこに商売が上手く行く秘訣のようなものが集約されていると感じるのは、私だけでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.22
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「同業と競争しない商売」と言う話を、私はこの日記でよく書きます。私のコンサルとしてのコアコンテンツと言っても良いかも知れませんね。「競争しない」というと胡散臭く思われる向きもあるでしょう。私もそうだろうと思っています(笑)「競争しない」という考えはどちらかと言うと私の価値観と環境が生み出した考え方です。それは私にとって正しいものですが、同時に全ての人にとって正しいものとは限りません。競争が正義と言う場合もあります。特に業界全体が成長期にある場合。その場合、競争が市場の拡大を生み出します。同業者同士で競争すればするほど儲かるという現象がそこでは起こり得ます。逆にこの時期に「競争しない」と言ってしまえば、市場の動きから自分から外れてしまい、割を食う。「いい人は儲からない」と言う現象がこれですね。でも、その時期を過ぎれば、今度は競争が邪魔になります。飽和し成熟した市場内で競争すれば、自分で自分の首を絞めることになりかねません。少ないパイを奪い合うわけですから、自然と競争は激化し、収益性は下がります。成長期の時期に競争を勝ち抜いてトップに立った会社は、そこでもある程度の収益は見込めます。それはランチェスターの言う強者の戦略そのままですね。しかし、成長期で競争しながらも他を圧倒できなかった場合は、同じ土俵内での競争を捨て別の観点からもう一度商売を作り直す必要があります。そうしないと、商売が続けられないからです。その時、私の言う「同業者と競争しない商売」は役に立ちます。面白いもので、私の今のクライアントさんにいは成長期のお客さんはいらっしゃいません。成熟期の、特に競争が激化して通常の差別化レベルでは差別化しきれない業種の方が多いです。そこのステージにおいては、競争から抜けるという観点は非常に大事です。単純な競争ではなく、新しい商売を創造する必要があるんですね。そこで私を見出されたクライアントさんの卓見は見事だと感心しています。逆に、今はまだ競争の最中にある業種のお客さんは私のところにはいらっしゃいません。リフォームや工務店などは、「そろそろ必要なはずだけど」と私自身は見ていますが、まだお声が掛かりません。リフォームや工務店関係は男性的な商売なので余計に競争意識が激しいと言う点もあると思います。しかし、まだ競争の中に利があると見られているのでしょう。そうは言っても時間の問題、と私は予想していますが(笑)もしよかったら”競争”という観点からご自分の業界を眺められて見て下さい。競争することも正義です。競争しないことも正義。今、自分にとってどちらが正義かは、今のあなたの環境が決めることです。あなたの価値観だけでも決められないし、ましてや私が決めることでもない。企業は環境適合業。あなたの価値観と環境は噛み合っていますか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.21
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今日は短いですが一つだけ書きましょう。自分らしくあるということは、生きるということとイコールです。人は自分らしくいられない時にモチベーションが下がり、時には自分を殺す(精神的にも肉体的にも)作業をしてしまいます。逆に自分らしくあるならば、どんな苦しい環境でもモチベーションを高く前に進むことが出来ます。自分らしくありたいという欲求は、人にとって生命力そのものかもしれません。これは、私の仮説です。正しい、正しくないは分かりません。皆さんも考えてみてください。そして意見を下されば、嬉しく思いますよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.20
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昨日は第7回チャーミングビジネス研究会を開催しました。参加された皆さん、お疲れ様でした。今回のゲスト講師は楽天では晃志さんとしてお馴染みの橋本社長さんでした。晃志さん、素晴らしいお話をありがとうございました。私自身、今回の晃志さんのお話には大きな学びを得ました。「あり方」と「やり方」あり方は変わらない。やり方は変わる。人のあり方と、事業のやり方。晃志さんの言われる「あり方」はそのまま私が言うポジショニングに繋がります。企業の姿勢、会社の理念、経営者のスタンス。それらは全てポジショニング(立ち位置)の問題であり、それは同時にその経営者と会社の「あり方」の問題です。その「あり方」の中で何をして、どうやってやるか、は「やり方」の問題です。そのやり方は、融通無碍、決まりはありません。やり方であり方をごまかすことは出来ません。そこには嘘があります。そして、その嘘はお客さんも社員も見ています。人は常に相手の「あり方」を見ます。そこに嘘はつけません。先ず何よりも自分のあり方を問う。そこが一番大事なところですね。抽象的な話なのでピンと来ない人もいるでしょう。ピンと来ない人は、自分の周りを見てください。自分の周りに居る人たち。その人たちがどんな人で、どんな気持ちで生活していて、どんな想いの中で動いているのか?それが自分の価値観の中からではなく、相手の価値観も踏まえて見えれば、その人の「あり方」は見えてきます。そして、自分のあり方も見えてきます。見えてくれば分かるでしょう。大事なのは、相手よりも自分のあり方。相手を自分の価値観に沿わせるのではなく、自分のあり方を問う。それが出来るならば、人は幸せに、愛を持って、他人と繋がることが出来る。若輩者の1つの意見です。でも、そんなに外していないと思っています。晃志さん、素晴らしいお話をありがとうございました。(今日の日記は完全に自分に向かって書いていますね。それもたまにはいいでしょう)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.19
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昨日の「私の側でもなく、あなたの側でもなく、両者の間に生まれるもの」という話。抽象的で分かりにくい話ですね。でも、「目に見えて分かりやすい」だけが真実を知る唯一のやり方ではありません。今日は昔の日記を再掲しておきます。文中にある、”商売人”を自分、”お客さん”を他人と置き換えて読んでみてください。自分と他人の間に生まれるもの。それを生み出す最初のきっかけが、この文のなかにあります。良かったら読んでみてください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「なぜ商売人とお客さんの間には認識のギャップが生まれるのか?」なぜだと思いますか?答えは色々でしょう。アプローチの仕方も色々あるだろうと思います。その中で、もし私なりの考えを言わせていただけるなら、商売人とお客さんの認識のギャップは、特に商売人を軸にした時のギャップは、ある大事なことを忘れているか気が付いていないか気が付いているけれど忘れたふりをしているかだと思います。その大事なこととは「その人の人生において主人公は自分であるが、他の人の人生においては脇役でしかない」ということです。自分中心に考えるということは、悪いことではありません。その人の人生において自分が主人公であることは紛れも無く事実だと思うからです。でも、同じように、他の人の人生に置いてはその人が主人公であり、私達は脇役です。脇役として関わり、脇役として役割を持っています。そこに認識のギャップが発生する原因があります。自分が主人公であり、自分は脇役である。言葉上では矛盾しているように聞こえますが、事実ですね。そしてその矛盾がコミュニケーションのギャップを生んでいたとしても、その埋め合わせは出来る、とも思っています。自分が主人公であり、自分は脇役である。この言葉が言葉上でも、行動においても、コミュニケーションスキルにおいても、理解でき、納得できるならばです。例えばこの日記。この日記は私が自分の人生の主人公として体験したこと、感じたこと、学んだことを軸に書き進めています。そして、主人公として情報発信という行動を行っています。でも、これを読んでいるあなた。あなたにとってこの日記と私は、あなたの人生の中の1ページに登場する脇役でしかありません。この日記があなたの人生の中心点になることはありません。あなたの人生の中心点はあなた自身です。あなたがこの日記から学ぶ内容や理解するものを私が決めることは出来ません。それはあなた自身が決めることです。私がその決定を拘束することも出来ません。私は自分の人生の主人公としてこの日記を書いています。でも、同時にこの日記を読んでくださっているあなたの人生の脇役です。もしかすると、どんな役を与えられているかは私が決めることではないかもしれません。でも、私の思いがあなたに伝わり、あなたにとって私が重要な役割をもつことになるならば、それはとても素晴らしいことだと思っています。その素晴らしさが私に喜びをもたらします。私は私の人生の上では主人公です。同時に、私はあなたの人生の上では脇役です。主人公として脇役として自分の役割を持ち、役割を全うできるならば、それが私の幸せに繋がります。そして、それがあなたの幸せに繋がる。そう信じています。ロマンチストな考え方かもしれません。でも、大事なことだと思っています。あなたは、どう思われますか?
2006.01.17
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昨日の日記にみかりんさんが素晴らしいコメントを下さいました。私がこれまで繰り返し繰り返し語ってきたことを綺麗にまとめてくださったようなコメントです。みかりん?!。さん>どんな仕事であれ、いかに『人として』の部分に注目できるかが重要だと思っています。>>コンピュータ等の機械は人が動かしています。>人が動くところにお金の流れがあります。>人が生きていること自体、社会に対して影響を少なからず与えています。>ですから社会現象を人の感情を抜きにしては語れないと思います。>>人間関係にはコミュニケーションが必要不可欠で、その先にマネージメントやマーケティング等のビジネス的発想があるのだと思っています。>>人は決して一人では生きられませんから。-----最後の一言。実はそこに商売というものがどういうものかがきちんと表現されていますね。商売人じゃないみかりんさんですが、分かる人のは分かるんだと感じたコメントでした。人は決して一人では生きられない。だから、商売がある。考えてみればこれほど当たり前のことはありません。でも、この”当たり前”もどのくらいの人がきちんと分かった上で商売しているのか?「人の動きが経済を作る」と言ったのは城野宏氏です。商売はどこまでも”人と人との間”で生まれるものです。間です。この”間”というものも抽象的で目に見えないものですが、でも、大事なことだと感じています。私とあなたの間。私の側でもなく、あなたの側でもなく、両者の間に生まれるもの。ここら辺りは理屈じゃないですね。分かる人のは分かるでしょう。あなたはどう思われますか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.16
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先週から連続で、「感情をonにする」と言うテーマで書き続けてきました。この話は昨日で一区切りついたので、今日でおしまいです。しかし、最後に1つだけフォローしておきましょう。流れの中でこの「感情のonとoff」の話はマネージメントや組織の話として書きましたが、マーケティングや戦略構築、ビジネスモデル作りにも全く同じことが言えます。マーケティングや戦略構築は、スキル的にやってしまおうと思えば出来ます。技術だけでそれをやっつけてしまうことは可能ですね。でも、そうしてしまうと、そこに「商売の心」はありません。「商売の心」はお客さんとの間に生まれます。お客さんと商売人の間に交わされるコミュニケーションの中から生まれるのです。その心を抜いた商売は、ただの集金マシンです。その集金マシンの中で働く社員さんも、また機械のようになるのは、ある意味当たり前。商売に心を生みだそうと思えば、先ずその商売を仕切っている経営者自らが感情のスイッチをonにした状態から戦略を組む。そうしなければ、心の伴った商売は出来ません。当たり前すぎるぐらい当たり前の話です。でも、一番見えにくい当たり前ですね。あなたはどう思われますか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.15
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感情のスイッチをONにする。もう少し続けます。昨日の日記にジョーダンさんから面白いコメントを書いていただけましたね。少し長いですが、そのまま掲載します。ジョーダン1348さん>めちゃ深いところまで行きましたね。>>スイッチを入れる入れないという表現いいですね。>>私は、スイッチを切ってきたことがあります。>>中小零細工務店の下請けは怪我をしても労災が効き>>ません。>>労災は社員のものです。>>社員さんが怪我をした場合だけ適用されます。>>その中で、一人親方、その家族は自分で労災に入ら>>ないとダメです。>>私は下請けのほとんどの人たちが、一人親方かその>>家族のため、もらえないと分かっている費用を集め>>られませんでした。>>一般には安全対策協力費の名目で、一率いくらと>>売り上げから協力してもらいます。>> 私は優しさから、これが出来ませんでした。>>労災を父はその制度さえ知らなくて、払ったことが>>ありませんでした。>>その存在すら、意識ありませんでした。>> 今回、調査になりました。>> 相手は国、払ってもらえない、払われる資格が無>>いのに、保険料を払わなければならない矛盾。>>もらえない保険を払わなければならない矛盾。>>感情にスイッチを入れても仕方がありません。>>こういった小さな矛盾も感情のスイッチを切らせる>>要因ですね。>>私も答えが欲しいですね。>>矛盾に対してどうするか。>>楽しむという心、>>どう楽しみましょうか。>>スイッチを入れてどうしたいのか。>>どうしたいかと言えば>>もらう権利がある人だけがかけるという形にしたい>>ですね。>>そのためにスイッチを入れたら>>相手は国>>国は結局責任を逃れたい人間の集団です。>>スイッチを入れ続づけ>>楽しむ事がしてみたいですね。>>どうしましょう。>>やはり、政治力を持つまで行きますか。>>マスター-----(ちなみにマスターと言うのは、親しい人が私に使うニックネームです。昔、”ねむの木マスター”という名前をネットでもお店でも使っていた名残ですね。お客さんも、友人もマスターと呼ぶ人が今でも多いですよ)実は昨日の日記を書いた後に思い出した出来事がありました。7年ぐらい前でしょう。車の追突事故で私の乗っていた車が全損という目にあった時のこと。しかも、車を買って4日目。怪我がなかったのが幸いでした。事故後の処理も、追突してきた若い女性とその家族の方とのやり取りもスムーズに進んで、保険を使って円満解決と言う流れで進みました。(「当てた人があなたで良かった」と後々までその娘さんのお父さんに言われました。誉められたのかどうかはよく分かりませんね(苦笑))しかし、その保険会社との交渉が難航しました。新車で全損なので同じ車種の新車に替えようと思っていたのですが、保険会社の提示してきた金額では、10万近くこちらが手出ししなければならない。追突なので10対0の過失が相手に認められているにもかかわらず、こちらが実際は負担を持たなければならない。当然、その金額を見たときには納得出来ずに「保留させて下さい」と言いました。私の方としては、保険の知識もこういう場合の法律的な知識もないので判断のしようがなかったんですね。考える材料がないので何人かの人に相談して決めようと思ったのです。しかし、保険会社はそれを認めてくれませんでした。「法律的にはこれより下の金額です。状況を考慮しての精一杯譲歩しての金額です。これが受けられなければ裁判になります」この1点張り。とりあえず、その日は帰したのですが、その夕方にまたやってきて、「上の者から『何をやっているんだ』と言われました。これでダメなら裁判。今日中にこれで示談か裁判かを決めて下さい」唖然としましたね。こちらが「情報が少ないので、そちらの提示が妥当だと判断できればそれで判を押しますから、少し情報収集をさせて下さい」と言っても受け入れてくれません。何を言ってもダメ。判を押すか、裁判か、を強要してきます。その担当の方は若いお兄さんで、その頃の私とほぼ同年代だったでしょう。その表情は硬く、そこからの感情は一切見えません。まさに感情を完全にOFFにした状態でした。1時間ぐらい話して膠着状態が続いたのですが、その場を解いたのは、コーヒーでした。余りにも殺伐とした空気に嫌気がさして、私が「おいしいコーヒーでも飲みたいな」と思ったんですね。思っただけではなく、気がついたら行動に移していました。その時あった一番良い豆を使って、いつもよりも丁寧に丁寧にコーヒーを淹れました。そして出来上がったコーヒーを2人分のカップに分けて注いで、その相手の方にも「美味しいですよ。一息付きましょう。」と笑いながら出したんですね。そのコーヒーを飲みながらふと見ると、相手の方も救われたようなほっとした顔をされていました。感情がONになったんですね。それからはうって変わった雰囲気で話が進みました。「この提示はおかしいと私自身も思います。でも、うちの会社の制度ではこうなるんです。」その担当者の方も正直にお話されました。私も「これ以上は平行線なのは事実でしょうね。納得できたんで判を押しましょう」と、そこで示談を成立させました。それ以上ごねることも出来たでしょうか、それはすべきでないと判断した上で示談を成立させました。その後、結果的には保険会社とは別に相手のお父さんが「それなら足りない分は私が持つ」と言ってくださって、全て丸く収まりました。自動車保険に関するシステムは、あくまでもシステムです。”理”の部分ですね。そこに情を絡めてもしょうがないです。でも情を絡めるべき所は別にあります。それは”人”です。ジョーダンさんは「相手は国」とおっしゃいました。でも、そこは感情をONにする相手ではありません。感情をONにする相手は、いつも目の前の人。国とはコミュニケーションは取れません。でも、人とはコミュニケーションは取れる。感情がONになった相手同士のコミュニケーションは、それがその場のごまかしに見えたとしても、違います。別のものを生み出します。あの日、コーヒーを飲みながら保険会社の担当のお兄さんは「美味しいですね。今度は友達と来ます」とおっしゃいました。あれからそのお兄さんとが来て下さったかどうかは分かりません。でも、その言葉を聞きながら「次は別の状況で会いたいな」と思ったのは事実です。矛盾があったとしても、目の前の相手には感情をONに出来ます。ジョーダンさん、この説明で納得出来ますか?(他の方も、思ったことがあればコメント下さいね)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.14
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昨日の日記に対して多くの方がコメントを下さいました。コメントして下さった皆さん、ありがとうございます。ジョーダンさんが書かれていましたね。「マスターはどんな答えが欲しいですか。」私は水面に向かって石を投げただけです。そして、その石がどんな波紋を残すのかが知りたかった。その波紋を見て感じたものの中に、私にとっての答えがあるだろうと思いながら。昨日の日記を読んで色々なことを考えられた方がいらっしゃると思います。その考え自体に正しい正しくないというものはありません。私が投げた石を受けて、感じたことをきちんと考えて下さったのなら、それがあなたにとっての答えです。ただ、1つだけフォローしておきましょう。okapeekotoさんのコメントにONとOFFについて書かれていましたね。okapeekotoさん>組織の一員として生きている人間には『自分の感情スイッチ』をONにしたりOFFにしたりする能力があります。その能力が無いとストレスで身を滅ぼします。(サラリーマン歴14年の経験からそう感じています。)>>ストレスからの防御反応 → 野性的能力 → 本能>>マニュアルで管理された組織の末端に『感情』を求めるのは酷なような気がします。>>先日、自動車リコールの知らせが届きました。担当サービスマンから整備工場まで自走で来て欲しいと言われました。私は「分かりました。」と答えました。>>おそらくコレもマニュアルに沿ったやり取りなのでしょう。そんなもんだと自分に納得させています。本能が言わせているだけなんだと。-----私自身も感情がOFFになった状態の末端の人たちに「ONにしなさい」と言うつもりはありません。昨日は私自身が感情をOFFにしたくなかったので、強引に相手の感情をONにしました。その行為自体は私のわがままで、対応された社員さんには「いらんことをしたかもしれない」と反省しています。ただ、そう思いながらも私があえて昨日の日記を書いたのは、この日記の読者に経営者が多いからです。okapeekotoさんは感情スイッチはサラリーマンの習性として書かれていますが、実は経営者でも感情のスイッチをOFFにしている人はたくさんいます。田舎なら、飲みに行って”酒と女とゴルフ”の話になるとやたら目が輝きだすくせに、仕事の話になると表情を消して口が重たくなる経営者がたくさんいます。都会にはそういう人は少ないですが、苦行僧のように厳しさを自分に課している人や、金儲けにギラギラしていて、それ以外の諸々の感情を置き去りにしている人がたくさんいます。そういう状態は感情のスイッチがONになっているとは言えません。そして、経営者自身が感情のスイッチをOFFにしていれば、そこに集まる社員さん達の感情がONになることもないでしょう。わがままは経営者の特権です。その特権に乗った上で、自分の感情をOFFにしたり、自分の感情の表層だけに従うと、周りの人間にもその影響は同じように現れます。逆に、自分の心の底にあるピュアな思い、そこをOFFにせずに素直になれるならば、その影響も同じようにお客さんや社員や家族といった周りの人間に現れます。先ずは自分です。自分が感情のスイッチをONに出来ているかどうか?それが周りに人たちをONにするかOFFにするかを最初に決めます。大企業のような大所帯がその社員さん全員の感情のスイッチをONに出来るかどうかは、分かりません。しかし、絶対出来ないとも思っていません。それは中心点に居る(わがままが振舞える)経営者次第でしょう。その方が豊かで純粋な感情をONにして、その影響力を発揮されるならば、感情をOFFにしないでも組織が形成される可能性はいくらでもあります。ちなみに感情のONとOFFといっても抽象的ですね。もっと分かりやすく言うと、感情がOFFになっている状態を人は”あきらめる”と言います。感情がONになっている状態を”楽しんでいる”と言います。まずは自分があきらめない。”あきらめる”を大人の知恵ということもあります。でも、感情を抑圧した大人は大人じゃありません。子供よりも性質が悪いことすらあります。感情が豊かな大人こそが、本当の大人だろうと私自身は感じています。今日のこの私の意見にかんしても、賛成反対、異論反論、色々あるでしょう。私自身も自分の中で整理しながら書いていますが、極論や思い込みが含まれている可能性も多分にあります。ですので、ご自分が感じたことがあれば、そのままコメントに書いて下さい。この場所では、感じたことには正直に反応されてOKですよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.13
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今朝、ちょっとした喧嘩をしました。相手は日本を代表するある大企業の1つです。喧嘩の理由そのものは、私に非があります。本来なら払うべき料金を払い忘れていた。それは私のミスであり、そこに関しては言い逃れは出来ないなと思っています。しかし、それが喧嘩に発展した理由は別にあります。大きな会社なので、私の相手をしてくださったのは現場の社員さんだったのですが、その対応が余りにも悪かった。悪かった、というと違うかもしれません。「こういう場合はこう処理する」と予め決められていて、現場の社員さんたちはそれに従っただけです。その社員さん達が悪いとも私は思っていません。でも、処理された私は機械でも物でもありません。感情を持った人間です。その感情を無視されても気持ち悪いだけです。その気持ち悪さが引き起こした喧嘩でした。(と、書いていますが、それでも喧嘩を吹っかけた非は私にあります。そこは大人気ないことをしたと反省しています)結局、この喧嘩はたらいまわしにされて、現場の責任者の方で半分和解。そして本社のお客様窓口の責任者の方との間で、完全に決着されたのですが、しかし、そこまで時間と手間をかけないと解消できなかった理由は、”感情”です。最初にないがしろにされた私の感情は、そこまで行かないと見てもらええなかった。最後に本社の責任者の方にこんな話をしました。「今日、朝から何人もの方とお話させていただきましたが、『人と話をしている』感触が全くありませんでした。機械と話をしているようでした。大きな会社ですからそうしないとまとまらないのは分かりますが、あまりにも酷いと思います。あなたも会社の中では役割を持ってお仕事をされているのは分かりますが、その役割の中で表現すべき感情が、あなたからは感じられません。私は別に苦情を言って『改善してくれ』と言っているのではありません。ただ、私が思ったことと気持ちを伝えたいだけです。でも、まるで機械とお話しているようで伝わっていると感じられないのです」この話をしてから、その方の対応が変わりました。感情が伝わる話し方をされ始めたんですね。そして、それから1分後にはこの喧嘩は決着していました。おそらく、私がこんなことをしたからといって、この会社は変わらないでしょう。ただ、私は自分の感情に素直に動いただけで、世間的にはそれはただの”わがまま”です。子供のダダと一緒ですね。私のしたことは決してほめられることではありません。でも、子供であろうと大人であろうと人は感情を持っています。そして、”感情を持っている”ということを忘れられてしまうと、そこにはコミュニケーションは存在しません。言葉だけが行き来するだけです。(そして感情を置き去りにして”言い方”というスキルだけが問題にされるようになります)この会社の場合、何よりも社員の方々が”感情を持った人間”として扱われていないんじゃないか、と今日の喧嘩を通して感じました。社員さん自身がこの会社で自分の感情を置き去りにされてしまって、機械の歯車でしかなくなっている。それがそのままお客さんにまで行ってしまっている。日本を代表する超大企業相手での話です。実はこの会社だけではなく、別のある大企業でも同じ現象を感じたことがあります。それは私自身が関わった上での話ではなく、私の近い人間がその企業の下請けの会社でバイトとして働いた話を聴いた時のことです。小売という業種では日本を代表する会社ですが、内情はボロボロでした。その親会社の経営者は何冊も本を出して「商売の神様」と崇められています。でも、そこで働く人たちは感情を置き去りにされて歯車のように扱われ、そして使い捨てられている。お客さんと直接接触する小売業でありながら、お客さんのクレームを聞く窓口がない。そしてクレームが出て、それが会社のシステムエラーが原因のクレームであっても、現場だけで処理させて、上にこのクレームは上がらない。トップダウンはあってもボトムアップはない。そして親会社から子会社には、毎日のようにストレス発散が目的だとしか言いようがない怒りの電話が掛かる。・・・・それは商売ではありません。私は、コンサルとして大きな会社をクライアントには持っていません。(そして持つだけの実力も、まだありません)飲食店の経営者としても総員11名の小さな組織のトップでしかありません。その私が偉そうに言うのはお門違いかもしれませんが、でも、「相手は感情を持った人間なんだ」ということは、どんなことがあっても忘れてはならないことだと感じています。お客さん相手であっても、従業員さん相手でも。最近、色々な組織論やマネージメント手法が語られています。私はその方面は専門外ですが、しかし、そういった手法を聞く時に違和感を感じることがあります。なぜならば、組織やマネージメントを”スキル”として語っている人が多いからです。組織は生身の感情を持った人の集まりです。その感情に焦点を当てずにスキルを語っても片手落ちです。人は感情を持っています。それはお客さんであっても、社員さんであっても一緒です。感情を殺してしまえば、それは既に人間ではありません。人間の形をした機械です。その機械を量産する大企業。そしてそれを崇める人たち。そして感情を置き忘れてスキルで組織を作ろうとする、これからの大企業たろうとする経営者達。そこに、いい悪いを通り越して、恐ろしさを感じるのは、私だけでしょうか?商売は人と人との間で生まれます。人と人との間の気持ちのやり取りやコミュニケーション。そこに本当の商売があると私は思っています。今朝の喧嘩は最後の局面の手前まで、気持ちの悪さしか感じませんでした。気持ちの良い商売は、その対極にあると私は感じています。あなたはどう思われますか?良かったら意見を聞かせて下さい。(繰り返して書きますが、喧嘩の内容自体は私が仕掛けた子供の喧嘩です。そこに正義はありません。今日の日記に関してそこに違和感を感じられる方もいらっしゃるでしょう。そのお叱りもお受けします。もし違和感を感じられた方がいらっしゃれば、それをそのままコメントにして下さいね)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.12
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昔、柔道をやっていた頃、明治時代の初期の柔道のことが書いてある本を見つけて読んだことがあります。その中に「昔は技を狙って掛けるのではなく、相手を倒したときの形を見て審判が『今のは体落とし』『今のは足車』『今のは払い腰』と決まり技を決めていた」という記述を読んで「なるほど、そういうものかもしれない」と感じたことがあります。相撲は今でもそうですね。”四十八手”と言われる技の体系はあるけれど、狙って繰り出すのはその中のほんの一部。後は、決まってからの後付けで審判が決まり手を決めて行きます。何の話をしてるかと言うと、昨日の日記の内容です。”ポジショニングとUSPの違い”なんて、本当はどうでも良いんです。そんなことを知らなくても、商売は出来ます。むしろ、知らないからこそ上手く商売が出来ている方もいらっしゃいます。私自身も知りませんでした。でも、先にやっていました。自分の商売の現場で必要なことを必要なタイミングでやっただけです。それを後から整理して『後付け』しただけなんですね。商売の現場では必要なのは理論ではなく、必要なことを必要なタイミングで行う判断力であり、センスです。その判断力とセンスは、現場での場数で磨かれます。理論をどんなに磨いても、商売の現場では役に立ちません。でも、じゃぁなぜ昨日の日記のようなことを私自身がこだわっているかと言うと、1つには自分のやったことをきちんと整理して再現性を持たせたいから。(偶然上手く行ったじゃなしに、何回も出来るようにしておきたいですよね)1つにはコンサルとしての単純な知的好奇心。(悪い癖です)1つにはコンサルとして人に指導するのに、自分の整理が出来ていないとあいまいな指導しか出来ないから。(「俺は出来る」じゃ話になりませんから)USPとポジショニングの違いなんて、本来は商売の現場ではどうでもいいことです。それをあえて書いたのは、言葉に引きずられてこんがらがっている人が多いと感じたからです。もし自分の中でそこがこんがらがっていると言う方には、昨日の日記は少しだけ役に立つでしょう。あるいは、自分のやったことを整理したい人にも、少しだけ役に立ったはずです。でも、昨日の日記を読んで違和感を感じた人がいれば、その違和感は正解です。理論を知らなくても、商売は出来ます。商売は理論から生まれるのではなくお客さんとの間で生まれます。それを分かった上で理論とは付き合ってください。(と、昨日の日記の不注意をフォローしておきます(苦笑))明日から東京出張です。夜の飲みは1人の方が誘ってくださいましたが、もう1・2人はOKです。夜の予定がない人は飛び込みでどうぞ。メールは見れないので携帯電話の番号を書いておきます。そちらに電話下さい♪090-4659-7970今夜以降メールが見れないので、緊急の用事がある方も携帯に電話してください。メールの方は返事が遅くなるかもしれませんが、ご了解下さいね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.09
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さて、これから書くことは実際の商売上ではあまり役に立たない話です。コンサルとしてのこだわりだけで書かせてもらうのでちょっと気が引けるのですが、一度言葉にしておいても良いかと思い、書きます。何を書くかと言うと”USPとポジショニングの違い”です。この2つがどうもごちゃごちゃになっている人が多いようなので。実はこの2つには表面的な差はありません。どういうことかというと、私の飲食店で使っている「田舎の良さを伝える田舎の喫茶店」と言うワンフレーズ。これは私のお店のポジショニングを表現した言葉ですが、同時にUSPです。USPとは競争優位性と訳されますが、もっと簡単に言うと「私のお店はここが違いますよ。だからあなたが買い物する時は私を選んでくださいね」ということを分かりやすく伝えるのがUSPです。「田舎の喫茶店」というワンフレーズもそういう意味では、まさにUSPです。そして、私の例以外でも、多分にポジショニングとUSPは連動します。ポジショニングを明確にすることでUSPが生まれる。あるいはUSPを導き出すことでそこにポジショニングが反映される。だからこの2つは非常にややこしい関係に嵌っていると言って良いでしょう。(だからマーケティングを勉強されて混乱される方が多いのもしょうがないでしょう)でも、最近私がコンサルの現場で感じていることは「ポジショニングを表現した言葉だろうが、純粋な競争優位性を示した言葉だろうが、言葉にしてしまえば全部USP」と言うことです。荒っぽいですが、その荒っぽさを承知の上でさらに「しかもUSPって言葉だけじゃない。要するにお客さんに自分のところの会社、あるいは商品の良さを『目に見える』ようにしてあげるとそれは全てUSPになる」と考えています。事実、私のクライアントさんにはイメージキャラクターを軸に使われている方がいらっしゃって、その方には何も言っていませんが私自身は内心「この方の場合、このキャラクターがUSP」と意識しています。そしてその業界ではその店しか持っていない商品メニューを作られたクライアントさんには「このメニュー自体がUSPですよ」と伝えてあります。じゃぁ、ポジショニングは?と言うと、これが厄介な話ですが「ポジショニングは自社の立ち位置であるが、それ自体には『形がない』」と思っています。つまりポジショニングには形がなく、USPには形がある。ポジショニングは戦略を考えるときに大事になります。戦略自体も形のないものです。USPは戦術を考えるときに大事になります。戦術はツールや行動によって形を得るからです。私は戦略を考えるときにはポジショニングを重視します。でもツール作りの現場、あるいは戦略を戦術に落とし込む現場では、ポジショニングをUSPとして形にする(言葉にする)ことの意義を感じています。さらにそのポジショニングからもう一歩突っ込んで「売るための何か」を形としてお客さんの目に見えるように、あるいは耳で聞こえるように表現することの重要性も戦術上は重要だと感じています。ポジショニングは目に見えない。USPは目に見える。お分かりになるでしょうか?ちなみに「ポジショニングを明確にするっても目に見えないものをどうやって明確にするの?」と感じられた方もいるでしょう。ふふふ。そこは、ずるいようですが私のコンサルとしてのノウハウです。チャー研に参加していただくか、コンサルを依頼してくだされば、実際にポジショニングを明確にする作業をお見せできると思います。興味のある方は私書箱へメッセージを入れておいてくださいね。ところで秋武さん、USPについて、この内容で納得できます?(と、振っておく(笑))・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.08
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私は自分のことをポジショニングの専門家だと思っています。ポジショニング、あるいは立ち位置。この立ち位置を先ず明確にすることが戦略の出発点です。もしこの立ち位置をあいまいにしたまま戦略を組もうとしても、その戦略は地に足の着かない絵空事で終わります。ポジショニングを明確にすると言うことは、自分の足元の足元をしっかり見るということです。そしてもう1つ。ポジショニングには”役割”という意味も入ってきます。この社会には色々な会社があります。そのどれをとっても同じポジションの会社はありません。100の会社があれば100の立ち位置があり、そして同時に100の役割がある。役割がない会社は存在しません。何らかの役割があるからこそそこにその会社はあるのです。これは人間関係にも全く同じように通用する考え方だと思います。そもそも商売は人と人との関係性の中から生まれます。違う道理がないですね。このポジションと役割の関係を見ていて思うのは「役割そのものに良い悪いは存在しない」と言うことです。どんな悪い条件で商売をしていても、悪い人間関係の中にはまっていたとしても、それを「悪い」と決めるのは多分に自分であったり、世間の常識であったり。でもそこは本当は良い悪いを言うところではありません。それはただそういう環境にいるだけなんですね。自分で選んだ環境でもあり、与えられた環境でもあり。そこで良い悪いを言っても何も変わりません。さて、何を書いているかと言うと今日のエンジェライトさんの日記を読んでの感想です。非常に考えさせられる内容です。エンジェライトさん「あなたは逃げていませんか?」これを読んであなたはどんな感想を持つでしょう?不条理と言えば不条理です。エンジェライトさん自身はDVに気が付き、動いた。もう1人の方は気が付いても動かなかった。その結果、エンジェライトさんは自分らしい生活を得ることが出来、もう1人の方は自分達が塗り固めた嘘が崩壊した。その差はなんなんでしょうね?その差もまた「役割の違い」と言ってしまうと実も蓋もありません。でもそれだけでもなさそうです。もうお1人、最近ずっと注視している日記があります。Hanaさんの日記難しい病気の中、動き出したHanaさんに注目しつつ応援しています。自分の人生は自分のもの。だから自分の意思で動く。それが大事だと言ってしまうのは簡単です。でも、それが出来ないものも人生だったりします。今日の日記にオチはありません。結論もあえて出す気はありません。でも、ちょっとでいいから考えてみてください。自分の人生について。そして、自分の役割について。もし、その役割が自分にとって「悪い」と感じられる方がいらっしゃれば、エンジェライトさんにコンタクトを取ってみるのも1つの方法です。彼女のセラピーはそこを引っくり返します。もし、その役割が自分自身だけではなく自分の商売においても良いと感じられない方がいらっしゃれば、私にメールしてみてください。そこを引っくり返すのも、ポジショニングの専門家としての私の仕事です。でも、最初にすべきことは先ず自分に正直になること。あるいは、自分を客観視してみること。それが出来れば、あなたは動けます。動けば、役割は引っくり返せます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この楽天で頂いたご縁を形にするために、プライベートメルマガを発行しています。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.01.07
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さてさて、今日は連絡事項が2つあります。1つ目は、来週の10日(火)に今月の東京出張があります。その時、夜「一緒に飲もう!」とおっしゃる方がいらっしゃれば、私書箱へメッセージを下さい。実は先月の東京出張の際にも簡単な飲み会を開催しました。この日記を読んでくださっている方々を中心に、私が直接知っている方々に声をかけたのですが、思いの他楽しい集まりになりました。今回は、今日急に思い立ったのでごくごく少人数で肉弾密着接近戦(?)をしてみるのも面白いかと思っています。場所は池袋。時間は19時から。この機会に田舎のげりらの実物に会ってみたい方、あるいは前回も来たけれど、また飲みたい方、あるいは「飲むのに理由なんかいならい!」とお思いの方、どなたでもOK。ぜひメッセージをお送り下さい♪連絡事項その2は、こちらをご覧下さい♪(これもヤバイのかなぁ・・・)
2006.01.06
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どうも私の日記の内容のサイクルはチャーミングビジネス研究会のテーマと連動しているようで、前回の”コミュニティマーケティング”の後は最初の振り出しに戻って”今のポジションを知る”となっています。必然的に”客観視””自分を見据える””商売人としての姿勢”、そんな内容が日記にも反映されてきています。この辺りの連動性は、日記とチャー研の両方を追える方には面白いと思いますが、そうでない方にはいつものごとくとらえ所のない漫然とした内容に捉えられるかもしれません。それはそれでいいと思います。言葉で伝わるものは限界があります。思考を変えるために一番最初にすべきことは言葉を変えること。自己啓発の世界では、ある意味当たり前になっている話ですが、私はその「言葉を変える」さらに前があると感じています。言葉を変えようと思うならば、その奥には”体感”があります。人は自分が感じたことを言葉にしているだけです。”汚い”と感じたことを言葉の上だけで”綺麗”と言っても無理があります。その”感じたこと”を変えていく作業。あるいは何を感じてもらうかを意識すること。それが以前、日記にも書いた”解く”と言う作業であり、それをすることによって相手の伝わり方も理解も違ってきます。単純に「言葉」を変えるだけではなく、「感じること」も変えていく。それが言葉で伝える作業の前段階として必要なんだと意識しています。しかし、何をどう感じるかは、人によって変わりますね。だから「こうすれば良い」という公式的なものは生み出しにくい分野です。それを承知の上で私自身の経験上言えることは、考えてもらうより先に感じてもらう方が大事だということです。その辺りの絡みで、私がコンサルとしてポジショニングを作る指導をする上で、最初に感じてもらいたいことを意識してこの日記を書いています。そのために、今月は(も)かなり抽象的な内容が多くなると思いますが、あまり考えずにお付き合い下さい。考えるよりも感じることの方が大事な時もあるのです。今朝は起きて見ると雪でした。でも、かなり雪には慣れてきましたね。12月の雪には泣かされましたが、今月はそんなに不安を感じてはいません。今日から平常営業です。今年も頑張りましょう。
2006.01.05
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この年末年始にかけてずっと読んでいる本があります。司馬遼太郎著「坂の上の雲」この本を読むのは今回で4度目です。一番最初は中学2年の頃。姉が買ってきたのを、父と私と3人で読み回し、面白かったので中学生から高校生にかけて3回、繰り返して読みました。(その頃は”繰り返しの重要性”なんて考えていなくて、単純に本を買うお金が少なかったので面白いと思った本は繰り返し読むのが当たり前でした。考えてみるとその習慣が今になって生きています)この本を年末から読み直し始めたきっかけは、岡山のわくわくアトムさんのところに行ったときに「お勧めの本は何かありませんか?」と聞かれ「あなたはまだ戦略って何か見えていないでしょうから、この本が良いですよ」と答えたのが始まり。人に勧めておいて、私自身が最後に読んでからもう17年もたっているので、確認の意味をこめて手に取ったのですが、読み進めていくと相変わらず面白い(笑)やはり良い本はいつ読んでも良い本です。この本を読んだからといって経営戦略が分かるというわけではありません。商売の本でもないですし。しかし、この本には「戦略と戦術の違い」が繰り返し繰り返し出てきます。この「戦略と戦術の違い」がこの本のテーマの1つである「なぜ明治期の日本がロシアとの戦争に勝てたのか?」とい命題の答えにもつながる、大事な要素になっています。城野宏氏は日露戦争を評して「引き分けに近い勝ちを得るという戦略が日本にはあった。戦略があったから日本は勝てた」と書いていますが、その”戦略”を、当時の日本の世相や軍部の動き、国の考え方だけではなく、その時代に生きた個人の生き方を通して書き出しているのがこの本の良さとも言えます。この本を10代の頃に繰り返し読んだことはたまたまでしたが、その偶々が今になって商売の戦略を考える上で役に立ったことは言うまでもありません。私の戦略指南書の1つですね。私は常々「商売は戦争じゃない」と言いながらも、こういう戦争を描いた本をお勧めするのは違和感があるかもしれません。争い事は嫌いです。競争も必要ないと思っています。でも、その過程で戦略というものを戦争という歴史を通して学ぶ必要があるならば、それはそれで否定はしません。まぁ、そんな理屈は置いておいて単純に面白い本なので、楽しんでくだされば良いと思います。面白いですよ。興味のある方はぜひ読んでみてください。(今、スピリッツという雑誌で「日露戦争物語」という漫画が連載されていますが、その原作本でもあるので、最初に漫画から入られても良いと思いますよ)
2006.01.04
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毎月、私が地元山口で開催しているチャーミングビジネス研究会(というか勉強会)があります。文字通り”魅力的な商売”を追求するために毎月開催している研究会ですが、その1セット目が終了した機会に参加されている方にお願いしたアンケートが少しづつですが戻ってきています。今日は、その一部をご紹介しましょう。----------------------------------------------------チャー研のいいところは、なんと言っても、商売・ビジネスの根幹となる考え方が、じっくりと語られるところだと思います。それは「自分の軸」に焦点を当てた、経営の実践道でもあります。それは島瀬さんの講義はもちろん、参加者の方々が、浮ついたテクニックに走るのではなく、時間をかけじっくりと自分の商売をスリムにスマートに磨きをかけていこうとする姿勢を感じます。わが道を行く!この言葉を実践しながら、しっかりとお客様に受け入れられる経営をできる方は幸せです。なんとすばらしいことでしょう。その方法論が、チャー研にはあります。自分らしく、お客様と共に永続する企業を目指す。私は、このようなすばらしいコミュニティを指導させた島瀬さんに、大きな感謝をしています。しっかりと、自分を見つめるいい機会でもあります。真に質の高い経営を目指す。静かなれど志し高きこの集まりに、とてもゆったりとした、心地よさを感じています。Mさん------------------------------------------お仕事に対する気持ちや人生に対して純粋ですね。とってもステキな方ばかりです。遠方なので出られないのですが、うらやましい。とっても。参加できる人たちが。(^^)/また参加したいなと思っています。内容は日頃伺っていることがさらにわかりやすくて。濃くなっているなと感じました。参加させていただけてありがとうございます。Rさん----------------------------------この方々は参加者と言うよりもオブザーバーのような方ですが(笑)しかし、この感想を読みながら「我ながら良いコミュニティを作ったな」と感じました。他の参加者の方のアンケートも、本人の了解を得ていないのでここには出せませんが、気持ちのこもった内容を書いてくださりありがたく思っています。このチャーミングビジネス研究会は毎月開催しています。諸般の事情により(詳しくは12月末の日記をご覧下さい)ここでの告知はしませんが、第1回開催のときに「継続の中から力をつけていただくために、私の方も最低10年は続けます」と参加者の皆さんに公約したので、その約束は何が何でも守るつもりでいます。もし、まだこの研究会に参加されていない方で「出てみたい」と思われる方は、この楽天でブログを書いている山口県の商売人の方に聞いてみてください。たぶん、殆どの方が詳細をご存知のはずです。図らずも紹介制になってしまったこの研究会ですが、あくまでも人数ではなく質を考えています。そういう意味ではオープンな告知をするよりも、紹介制のほうが向いているかもしれませんね。山口県で質の高い商売を目指される経営者の方は、”チャーミングビジネス研究会”と言う名前を、今後どこかで聞くことになると思います。名前を覚えて置いていただけると嬉しく思いますよ。
2006.01.03
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あけましておめでとうございます。今日から仕事始めです。飲食の方は年末年始は関係ないですね。昨日、1日だけ休みましたが、今日からまた追加のおせちつくりに追われていました。例年通りのお正月です。でも、例年とは違うのは↓のようなメールが入ってくるところ。「島瀬さん、元旦に今年の事業方針と目的を決めました!読んでご指導下さい。」元旦から気合の入ったクライアントさんですが(笑)でも、その気持ちは素晴らしいですね。商売に焦点が100%合っている。以前、このクライアントさんと話をしていて「私は30代から40代前半までは子供と過ごす時間をなによりも大切にしていました。商売に使う時間よりも子供のための時間を優先して、でも子供の手が掛からなくなったら、商売だけを専心するつもりでした。その頃はお金が自動的についてきて、それほど商売に真剣にならなくても子供に時間が使えたんですが、今は真剣に向き合わないといけなくなっています。ある意味望みどおりですね。面白いものです。」そう、面白いですね。結局、人は自分が思った人生しか過ごせません。心の底で何を望むか?だけなんですね。あなたが心の底から望んだことは間違いなく実現します。望まないことは実現しません。心の奥の奥の奥で、あなたは何を望んでいますか?30日に質問を出しましたね。あの質問と今日の日記の内容は一対です。自分の好きなことしか人は望めません。あなたが大好きで、あなたが心の底から望むことは何でしょう?それがもし言葉にして表せられるならば、それは今年かないますよ。間違いなく、ですね。
2006.01.02
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