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久しぶりに善光寺へ行った。8月の最後に日だが心なしか観光客は少ない気がした。客待ちのタクシーも行列をなしていて暇そうである。本当は7月中にここに来たかったのだがとうとうその機会もなく今日になってしまった。お目当てがあった。善光寺の境内、大勧進の前の放生池のハスの花を見たくてここまでやってきたのだ。 しかし写真のように花は終わり、実をつけたハスだけがそこにあった。やっぱりなぁ・・・・事前に前日、善光寺のHPでハスの情報を得ていたのだが残念だった。HPには8月の下旬に咲き始めた・・・・そう書かれてあったので期待して善光寺に行ったのだが花は一輪も咲いていなかった。池の亀さんが私たちの騒ぐ声でざわざわと集まってきた。何匹いるんだろう・・・・ハスの代わりに亀さんをパチリ!!善光寺には去年まではとの餌を売るお婆さんたちがいたのだが今年から仕事が廃止になったとかで姿が見えなくなった。少し、ううん大部寂しいなぁ。三門の両側に一人づつ小さな椅子に腰をかけひざ掛けをしてはとの餌を売るお婆さん2人。はとは全国的には餌をやらないで、とかふん害が問題になるがここ善光寺でははとが準レギュラーなのだ。三門の看板には善光寺の文字にははとが書かれている。さて何羽のはとがいますか?一度来て見て数えてみてくださいな。はとの餌を買う観光客は多かったが餌がお婆さんの手から離れるとはと達は一斉に観光客めがけていや、餌をめがけ集まってくる。まるでヒッチコックの「鳥」の映画のようにはとがわんさと集まり手に持った餌を狙って腕に頭に足元につまりは体中はとだらけになるのだ。そうとは知らない観光客。みんな可愛い~♪とかいいながらはとに餌を買う。見ているおかんはとても楽しみだったのに・・・悪趣味かな?善光寺といえばうちの父は旅行が好きでしょっちゅう長野にもやってくる。大抵はツアーで団体旅行だ。志賀高原だの草津温泉だの・・・・その多くが善光寺参りをツアーに組み入れている。だから父が旅行で長野に来るときはどこに泊まって善光寺にはいつ来る?そんな打ち合わせをしてつかの間、父と会ったりする。本当にすれ違うだけの時も有った。長野市から2時間かけて父の泊まっている宿まで行って10分で帰ってきたこともあった。善光寺にはそんなこともあって愛着がある。牛に引かれて善光寺参りのお話し。お婆さんが川でさらしていた布を牛が角に引っ掛けて走り出した。お婆さんも牛を追って一緒についてきた。着いたところが善光寺で夢枕に出てきたのが如来様で牛に姿を代えお婆さんを救った。と有ります。昔から女人救済の寺でも知られているそうでいわば女の見方?私たち女二人はその後仲見世のおやきをお土産に買ったらサービスのおやきをご馳走になった。これって善光寺さんのご利益か?長野のおやきやさんではおやきを買う人にその場でも食べていただくサービスそんな店が多いです。サービスというよりも長野人の人をもてなす気持ちだと思います。街中の店では難しいかもしれませんが郊外では当たり前に試食とお茶まで出ます。
2004年08月31日
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長野市の茶臼山動物園で大人のための動物飼育講座に参加する人を募集している。動物が好きなおかん。早速応募のはがきを書いた。私は大昔、高校生当時将来の夢は動物の飼育係か漫画家だった。どちらも漠然としたものだったので紆余曲折を経て今に至るが結婚したり子供ができたりしては進路はその都度変更を余儀なくされてきた。しかしそれも人生だと素直に受け止めている。市の広報でこの飼育体験の募集記事を見たときは平日ということで少し迷ったが抽選で選ばれるのであたれば参加してもいいかなと軽い気持ちで応募することにした。犬や猫以外の動物を世話したことは無い。動物園やサファリパークで見るだけである。実際、どんな体験が待っているのか・・・・多分、普段は入れない動物園の秘密の場所を体験はできるだろうな。今から抽選に当たったつもりである。虎がいいかなぁ、象がいいかなぁ・・・・いろいろ考えているうちに昔の夢が再び膨らんできた。というかおかんの病気が出た。早速動物園にメール。「私、経験も資格も無い主婦です。飼育係になりたいのですがどうでしょう?」というような内容で送信!!すぐ電話が掛かってきました。このパターン、覚えてらっしゃいますか?この間のヘルパーの講習会のときと全く同じ。でも今度はすごく優しい返答が返ってきました。実際は私が考えていた答えと同じでした。今のところ欠員が無ければ入れないし市の職員で間に合っています。他に飼育ではなくて動物園内の雑用についても聞いていました。それについてはシルバー人材センターに依頼しているということでした。もう少し年を取れば念願の動物園に就職できるかも?知れない。年を取るのもいいもんだゎ。
2004年08月30日
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仕事先の事務員さんに「ダイエットに使うサイクルマシン」をいらないかと言われて飛びついた。息子に言うとすぐ使わなくなってゴミになるから・・・・そう言われたがダイエットは長年の夢!!何だかいろいろ試したがあまり効果のあったものには今まで出会わなかった。こんなに後悔するならもっと節制をしておけば良かったが全て後の祭り。お腹から腰周りについた贅肉は私が大好きなようで離れられないらしい。最近、少し体力の無い私。歩くのはリナチャンの散歩のときだけで後は買い物に出かけてスーパーの中を歩くだけ。超、自堕落な生活をしている。何か運動をせねばいけないと思っていたが一人で散歩も寂しいし、ママさんバレーなどの激しさには多分ついていけないし・・・サイクルマシンならTVを見ながらできるぞ~♪お気楽なおかんの思うこと。早速、近所のお友達に軽トラを借りお隣の須坂市までサイクルマシンを取りに行った。親、姉妹は私の軽トラに乗る姿を想像できないだろう。大阪に住んでいては体験できないことを長野でいっぱい体験することができて本当に「何でもできる」という自信につながっている。長野市から犀川を渡り須坂市へ、桃やりんご畑の間を走り抜ける軽トラック。おかんもその風景にぴったり同調している。「似合うかなぁ」農家の仕事も大変な重労働だ。私にはできもしないなぁ。さてさて、無事に例のサイクルマシンを家に持ち帰った。その夜、少し乗ってみた。なるほど、結構太ももには力が要るな。続ければ面白そう!!5分で終わった。それから・・・・・・まだ使っていない。
2004年08月29日
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長野県はきのこの生産がとても盛んなところである。特にえのきだけやぶなシメジなどは全国一の生産高を誇っている。ここら辺の農家でもきのこを作っていてスーパーなどに卸していたりする。きのこにもいろいろ有って他に椎茸、舞茸、エリンギ、なめこなどが栽培されている。私はどのきのこも好きだが中でも舞茸とエリンギが好みの味だ。舞茸は「このきのこを山で見つけたものが、小躍りして喜ぶ」所から名がついたと言われている。とてもよい香りと、独特の歯ざわりで料理をする意欲がかきたてられる。天ぷらや炒め物にするが我が家では断然「炊き込みご飯」。一日ほど天日干しにしたものを使ってご飯を炊く。干すとビタミンが増えるし香りもよくなるのだ。エリンギも我が家ではよく使う。切り方によってはあわびの味がするそんなふれこみまであるが実際つるりとした舌触りで不思議な味のきのこだ。長野市にはきのこの歌で有名なホクト産業がある。ホクトによるときのこはとてもからだにいいらしい。詳しく知りたい人はホクトのHPを見て欲しい。お料理のレシピについてはここをクリックしてね。ダイエットに、動脈硬化や脳梗塞の予防にもきのこがいいらしい。脂肪肝にも骨粗しょう症の予防にもきのこなんである。長野が大好きなおかん。精一杯 長野のPRでした。
2004年08月28日
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爽やかな風が吹く今日この頃秋というには少し早い気がするが長野の夏はすでに終わりの気配・・・・そんな今日、仕事仲間と戸隠へ出かけたのでちょっと足を伸ばして中社まで。戸隠には3つの神社がある。長野市から上っていくと初めに宝光社があり次に中社、奥社と続く。宝光社を過ぎると中社までの道のりにずらっと並ぶそば屋。戸隠まで来て蕎麦を食べないバカはいない・・・そんなことは無いがちょうどお昼時とあったので連れの彼女を私のお勧めの店に案内した。彼女は「蕎麦は嫌い」そう言っていたが「ここの店で食べてみて!」半ば強制的に連れて行った。私のお気に入りは中社の前の2階建ての店。他の店にはまず入らない。まずしゃれた店内がいい。木のぬくもりが感じられて旅人が落ち着ける雰囲気がある。長野の店にしては(?)失礼だが愛想がいい、気持ちがいい対応。他県はまだ夏休みなのか目当ての店の前には家族連れやいかにも旅行者という人でいっぱい。待つこと15分2階の席に通された。蕎麦が嫌いという彼女には何も聞きもしないでざる蕎麦と野菜の天ぷらを注文。やがて、蕎麦、天ぷらが運ばれた。ここの店のいいのは生のわさびが1本、おろし金と一緒に出されてくること。自分でわさびをすりおろして蕎麦の薬味にいれて食べる。おつな趣向で客が喜ぶのだ。そしてゆでたての蕎麦の美味しいこと・・・・まだお勧めがある。ここの天ぷらは最高に美味しい。ごま油100パーセントであげた野菜やきのこ、春は山菜などであるがこれだけを食べに来ても価値があると思う。さて、彼女の反応は?「美味しい!!」と大喜び。蕎麦湯の効能と飲み方を教え鼻高々のおかんでした。やっぱり美味しいものは好き嫌いを無くすんやなぁ・・・・あ~おいしかった!!9月22・23日にそば祭りがあります。信州そばまつり9・10/
2004年08月27日
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夕方、用事が終わってうちに帰ると玄関になにやら大きな荷物がおいてある。荷札がついているのでどこからかの小包なんだな。そう思って確かめてみると実家からだった。私たちが実家に行くと長野に帰った頃必ず荷物が届く。別に私が送っているわけではないし実家の父が私に渡し忘れたものでもない。実は実家に行く度に何かしら忘れ物をしてくるのだ。あんまりたいしたものは忘れないんだけれど実家ではそれらをわざわざ荷物にまとめておまけのお菓子などを詰めて送ってくれるのだ。このおまけが・・・・嬉しい。今回の忘れ物は息子が私のためにお土産に買ってくれたお菓子と猫たちの餌いれ、猫のリードだった。そしておまけのおかきなどなど・・・・毎度の事ながらおまけの方が多くて父に申し訳なく思いながらも感謝しておかきを頂いた。さて、息子が買ったというお菓子長野には置いていない。だから大阪で買うのだがどうしてこんな美味しいものを売っていないのかなぁ不思議である。大阪にしかないからまたそれが楽しみだったり自慢だったりするんだけれどね。ウエガキの鶯ボールというお菓子なんだがどうも関東には無いらしい。塩と砂糖だけの純な味どうして「鶯ボール」って名前がついているのか?お菓子の袋には梅のつぼみをかたちどった・・・・そう書かれてあって納得!!丸いそのお菓子は小梅が咲いたように見える・・・・・見よう!!梅に「鶯」なんだゎ。とにかく甘辛くて美味しい。実家からのおまけにはこの鶯ボールのミニサイズ小袋入りも入れてくれてあったりしておかんは今、それをつまみながらのPC。生まれ育ったところの味っていつまでたっても抜けないものだなぁ。まだまだ大阪には自慢のお菓子がある。関西といった方が正しいな。日本一のおかき処 播磨屋のおかき中でも丹波の黒豆入りのおかきがおかんは一番好き。新潟のおかきも美味しいが絶妙な塩加減は関西独特のものだと思っている。グルメの皆さん。一度お取り寄せしてみてくださいな。
2004年08月26日
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最近、将来を見越して何か資格を取っておこうか・・・・なんて考えたりすることが多くなりました。今もっている華道師範、調理師、アマチュア無線2級、それらの資格は今のおかんにはあんまり役に立ちません。そこで姉妹が揃って取得しているヘルパー2級というのに目をつけました。うちには父もいるし姉妹でヘルパーの会社も出来るぞー!!てな感じでインターネットでちょこっと調べてみました。いろいろ調べていくとなんと講習費が無料の講習会があったのです。県の福祉課が募集を行っているもので早速、応募用紙をPCで取り出し指定のFAXナンバーへ応募用紙を送りました。これで今年の10月から土曜は全部、お勉強だ!!よし!!やるぞ!!気合も入ってきました。そこへ電話が掛かってきました。「もしもし、おかんさんですか?」「そうです」「福祉課ですがこちらへ今FAXをおくられましたか?」「ハイ、送りました」「それがですねぇ、・・・・」「?????・・・・・」「これ、去年の募集のやつですよ」どうぞ笑ってやってください。本当の話です。(涙
2004年08月25日
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またやってしまった・・・・本日の夕方郵便局での出来事。今日は嬉しいお給料日。早速、郵便局のATMに行きポンポンポン暗証番号入力これはOK次に金額を入力「ごまんよんせんえん・・・・」頭ではそう思いながら指先が動いて示した金額は54千円。ありえへんゎ!!そうも思ったがこのおかん!!なんと確定を押してしまった。まぁそれでも相手は機械やから54千円が5万4千円ということに解釈するだろうと思っていたが機械の紙幣扉が開いてびっくらこいた!!!そこには54枚の千円札が「こんなところじゃ狭いよ~」とでも言っているかのようにひしめいていた。しばらく唖然となったが機械の賢さに脱帽。も一度その54枚の千円札を入金して、5枚の1万円札と4枚の千円札に交換をした。昔からおかんのずぼらでドジな性格は直らない。だから人命に関わるお仕事には絶対につけない。いまどきのファジーな感覚でできるお仕事は無いでしょうかね。
2004年08月24日
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お盆が明けた20日娘の学校では始業式でした。他県ではほとんどの学校が8月末まで夏休みがあると思うのですが長野市では昔から夏休みはとても短いのです。といっても私が長野に来た16年前からしか分かりませんが・・・・それでも2年前に学校週休2日制になってからは休みが多くなったんですよ。以前は夏休みは20日間しかありませんでしたから他県の40日に比べれば半分の休みしかなかったのです。今年は30日くらいありましたね。子供たちにとっては長い休みが嬉しいようです、やっぱり。よく「長野は夏休みが短い代わりに冬休みが長いんでしょう?」と言われます。こたえはNO!です。冬休みは冬休みで学校が12月28日まであり始業式は他県と変わりないのでやはり冬休みも短いのです。それはどうしてなのか ?長野では平日に先生の研修日があったり昔からの名残で寒中休み(1月末から2月初め)田植え休み(ゴールデンウイーク中)稲刈り休み(敬老の日ごろ)そんな休みがあったので長期の休みが他県よりも短かくなったのです。親としては・・・・・学校へ行ってくれてたほうがお昼ごはんの心配が要らなくていい・・・・なんてずぼらなことを思っていますが。夏休みと言えば断然 吉田拓郎の夏休み♪麦わら帽子にせみの声夏のまぶしい日差しが目に浮かんできます。青春やったわぁ~
2004年08月23日
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日本最北に位置する北海道その北海道代表駒大苫小牧高校が高校野球史上初北海道勢の優勝を果たしたそうだ。長野県の高校も甲子園ではなかなか勝てない。だからこの駒大苫小牧の快挙は本当に快挙 ! !素晴らしいなぁ。北海道に行った事もないので土地の事情はよく分からないが多分・・・多分の話し長野よりもっと過酷な冬を過ごされているのではないだろうか。長野でも冬場は雪があって十分な練習はできない。3月までは雪でグランドが埋まり4月までは雪が舞いグランドは泥んこ状態。ミナミの方の学校が羨ましくなる部分である。練習量の差が試合に出るのは仕方がないこと。だからこそそんな不利な部分を乗り越えての優勝は素晴らしい感動と雪国の高校生へ希望を与えてくれた。来年からの高校野球が雪国中心の展開になれば面白いやんかなぁ「さすが北海道、雪のパワーですね!!」そんな実況中継が聞けたりして・・・・
2004年08月22日
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今日はお出かけ先で山ほど野菜を頂いてきた。家庭菜園で作ったもので私に持たせようとわざわざ畑に行って採ってきてくれたものだ。新鮮、かつ無農薬で安心のお野菜だ。これ以上のご馳走は無い!!オクラや茄子が大好きな私、今日の夕飯は天ぷらに決定した。茄子にもいろいろあってどんな種類があるのか楽天で見てみたが信州の丸ナスはマイナーなのかアフェリエイトには出されていなかった。西の方では茄子のことをなすびと呼ぶ。昔はなすびと呼ぶのが主流だったらしいがやがてそれが縮まってなすになったらしい。原産国はインド。暖かい国のものだったんですネェ。実は私、以前は丸ナスどころかなす自体が食べられなかった。なすデビューできたのは17歳、なんと修学旅行で長野に来て最後の日の夜善光寺の宿坊で晩御飯だった。そのとき出された茄子の天ぷら、意外と食べれた・・・・というのがきっかけ。実はおかん、よそで出されたものはなかなかNO!!といえない性格。あの時も「残したらあかん」の一念で茄子を口にしたと思う。おかげで今は茄子大好きである。子供たちがすきなのはナスのピザ。長ナスならたてに半分、丸ナスなら輪切りにしてあらかじめ火を通しておきピザソース(無ければケチャップ)とろけるチーズを乗せふたを閉めてチーズが溶ければ出来上がり。もちろんオーブンでしてもOKです。それでは晩御飯の時間なので失礼しますね。
2004年08月21日
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お盆も終わってここ2~3日で長野もすっかり涼しくなりました。リナチャンと夜の散歩に出かけるときもいつものように半そで短パンという夜だから許せる?(お見苦しい)姿では寒くて寒くて・ ・ ・ ・そんな長野になってしまいました。見上げる夜空の星もくっきりととても美しく輝いています。りんご畑のそばでは何も照明が無いので星の数も多く見えるのですね。ここに住んでいるとほんの小さなこと・・・例えば綺麗な花を見つけたり心地よい風に吹かれたときそんなことでも自然すばらしさに感動します。人間が手を加えられない不思議がそこにありますね。時には自然も恐ろしい怪獣になったりしますが人間の力が及ぶはずも無くただその脅威を感じて身を震わせているだけではないでしょうか。さて、自然の成り行きで我が家の同居人(?)達にも変化が見えてきました。イヌのリナチャンはこの夏、暑くて重い毛皮を脱いだばかりでこんなに寒くなってしまいなんだかがりがりの身体に寒さが身にしみそうで可哀想になってきます。今でもまだ抜け毛が続いているのにまた冬毛が生えてくるのかしら?冬毛が抜け落ちたリナチャンは別人(?)のようにスマートでなんだか羨ましい!!私も脱皮してスマートになれないかなぁ?無理ですね(悲猫たちは ・ ・ ・ ・というと今まで部屋の一番冷えるような所、廊下や窓際の畳の上にできるだけ体の温度を下げようと伸びれるだけ伸びて寝っころがっていました。夜も、気温が暑くなると段々私から離れていくのですが少し涼しくなってきたのでまた私の腕枕で寝るようになりました。日本には四季がありますがここ長野はその四季がとってもハッキリしているように感じます。冬は雪が降り春には本当に様々な花が咲き乱れ夏は清清しいけれども暑い夏ですし秋は山の紅葉が美しい。日本のどの場所にも当てはまるかも知れないけれどはっきりと季節を感じますしまたそれぞれの季節に合った生活があります。そんなことでより自然を感じることができるんですね。今は水田が緑一色で風になびいています。せみの声も心なしか寂しそうに聞こえます。扇風機も昨日は止めましたし網戸もこの夏以降初めて閉めました。それくらい朝夕は涼しくなった長野です。暑いのは勘弁してよって感じでしたが長野の夏って短いんですよね。ちょっと寂しくなるお盆明けなんですよ。
2004年08月20日
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今日もリナチャンといつものように夜の散歩に出かけました。今日は一日中風が強くウサの小屋の屋根が吹き飛ばされそうな勢いでとても心配でしたが何とか持ちこたえました。この風は、今、日本海にいると思われる台風の影響ですが日本中に被害が出ていています。とにかくビュービュー吹きまくっています。か細い私は風に吹かれて飛んでいきそうで・・・・・大丈夫です。飛んでいきそうなのはリナチャンの方でした。強風の中でもわんこの散歩は欠かせません。今日もりんご畑のほうへ・・・リナチャンが連れて行ってくれます。いつものコースがインプットされているんですよね。りんご畑コースはリナチャンのお気に入りです。りんご畑に着くと心配していたことが当たっていました。10月末には収穫できるはずのりんごがりんごの木の下にたくさん落ちていました。おそらく3分の一は風で落ちてしまった思われます。りんご農家の方が明日の朝、畑を見たときどんなに落胆されることでしょうか?何年か前も同じような被害がありました。長野県の南部に台風が通ったときのことでした。もうすぐ収穫する予定だったりんごが無残にも台風の被害に遇い大変な損害だったことがありました。長野のりんごはとても甘くて私は大好きです。りんごがこんなに美味しいものだったなんて長野に来てから知りました。だからりんごへの思いは格別です。今年も美味しい長野のりんごが食べれますように・・・・どうかこれ以上被害が出ませんように・・・・これから台風は北上して東北、北海道へと向かっているそうです。どうか、あんまり暴れてくださるな。
2004年08月19日
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長いお盆休みを利用して実家のあある大阪へ帰省していたがその休みも今日でおしまい。いよいよ第二のふるさと長野に帰ります。今回は懐かしい中学時代の同級生に会いましたしUSJも初体験をしました。同級生には大阪名物たこ焼きをご馳走になり涙が出そうなくらいうれしかったです。何時もいつも、メールで私のことを励まし支えてくれたお二人に感謝以外の何もありません。東洋一のつり橋「星のブランコ」にも連れて行ってもらいました。ありがとう また行きますね!それから、これからもヨロシクお願いしますね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお父ちゃん帰省中はお世話になりました。犬も猫も連れてきて大変な迷惑をかけちゃったね。ボーリング、楽しかったよ。それにしてもお父ちゃん元気やなぁ。それにUSJに連れて行ってもらって本当に有難う。話の種がひとつ増えました。話は聞いていたけどあそこはやっぱりすっごいスケールやったね。でもディズニーランドには・・・・・・?タイプが違うしね。スパイダーマンが一番面白かったよ。今度は涼しいときに行きたいなぁ。大阪の蒸し暑いのはほんまにごめんやわ。おねぇちゃん達、色々お土産有難う。妹ちゃんも色々ありがとね。みんな、また長野にも泊まりに来てよね。いつでも大歓迎やし。それじゃぁ、またね。元気でね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー来ていただいた方へごめんなさい。お返事は必ずします。2~3日待っていてください。
2004年08月18日
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私は自称晴れ女。何かある時には必ず晴れる。それか、雨がやんでくれる。7月、私は自分を信じずにいて花博に行ったとき一日中傘を持ち歩いてとても邪魔だった苦い思い出がある。でも、長野を出たときから現地に着くまでずっと雨だったのだからまさかやむなどとは誰も思わなかっただろう。かんかん照りの花博でかえって日傘にい利用すればよかったなぁ。後でそう思った。大阪にいる友達と約束していたその日は大阪に大雨注意報が出ていた。夜半から激しい雨。雨がひどければ明日は取りやめ、そう思っていた。でも、朝になれば雨もやんでいて予定通り交野市(かたのし)まで遠出を決行!!交野市は星にまつわる伝説のある町で中国の織姫、彦星のお話になぞらえた七夕伝説や機物(はたもの)神社の七夕祭り、 (機物神社) 3つの隕石の話、そして町を流れる天の川(天の川)星という字の付いた地名などなど・・・・・。3つの隕石の真ん中を流れるという天の川の上流に東洋一を誇るというつり橋を見に連れて行ってもらった。 その名も星のブランコ。 (星のブランコ)駐車場からはその姿はまだ見えない。しばらく歩くと急に登山道のような急坂になった。 (果てしなく続く急坂)あまり体力のない私はその急坂を見てちょっと躊躇したが東洋一を見てみたいという一心でゆっくりゆっくりと登り始めた。時折、先に歩いている友達に「大丈夫?」と気遣ってもらいながら後を付いていく。ありがたい・ ・ ・ ・ 。一人ではとても登りきれないもの。どれくらい急坂が続いたのかとても永く感じたが本当はそうでもないかも知れない。やっとのことで登り切ったらそこはやはり天上の世界・ ・ ・ ・ ・はるかかなたに天の川を見下ろすお星様の高さかな ?その東洋一のつり橋は本当にお星様のためのブランコやはりそんなイメージだった。なんて交野の人達は夢のある人達なんだろう・・・・。伝説の町の伝統がちゃんと根付いている町なんだなぁと思った。大阪でも奈良県に近い位置にあり昔から大阪のハイカーに人気のたくさんのハイキングコースがある。長野と同じく、自然の多いところである。緑の中にいればここが大阪なん ?そんな思いもしてくる。こんな所なら長野から越してもええかなぁ?友達もおるし・・・・・いやいや・・・・大阪にはいずれ帰る時も来ると思うけど今は未だ帰れない。それに大阪、蒸し暑いもん ! !ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー来ていただいた方へごめんなさい。お返事は必ずします。2~3日待っていてください。
2004年08月17日
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オリンピックの最中我が家でもオリンピックに負けないくらい壮絶な戦いが行われました。父と私と息子の3人で3世代対抗ボーリング大会東淀川杯をすることになったんです。現役ボーラーの父83歳の今も月に2回はボーリングを楽しんでいます。昔とったきねづかを頼りにしている私。力の有り余っている息子。この3人のうち誰が金メダルを取るんでしょうか?父のこの勇士を見てください。 とてもとても83歳には見えません。1ゲーム目若さの息子がリード。私と父は100をやっとのことで越えました。2ゲーム目私がリードその後が息子、父の順。しかし、すごい低レベルでの戦い。3ゲーム目私の腕は疲れてきてボールがこぼれ落ちそうです。父も少し疲れてきましたがまだまだやれそうですごおおい!!息子は力でピンを倒していきます。最後は父の勝ち。私はびりで終わりました。さて、東淀川杯優勝は? 息子そして父と私は仲良く同点にて試合を終了しました。私の中学から高校にかけて第一次のボーリングブームでした。毎日の様にボウリング場へ通ったことを覚えています。高校生の頃には学校へ行く前にゲームをした時期も有りましたよ。ブームの頃は朝6時からゲームが出来ました。すごい時代でしたね。ゲーム代も安くて100円でできたり1時間いくらで投げ放題とか。今、父の通うボーリング場はボーリングをすると同じビル内のゲームセンターでUFOキャッチャーなどのゲームがただで出来るサービスが付いていました。UFOキャッチャー・・・・やりましたが結果は惨敗でした。さて、私も昔散々ボーリングをしたほうでしたが悲しいかな、年々、スコアが落ちていきます。昔話で語り素敵な思い出として残しておいたほうがよさそうですね。あぁ、あの頃は青春だった・・・・。あっ、父は今も青春しています!!
2004年08月16日
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今日はオリンピックのテレビ観戦で少し寝坊をしました。お盆休みに感謝です。お休みでない人!!ごめんなさいです。でも時差ってものがあってどうしても中継が真夜中になってしまうのは仕方がないのだけれど出来れば明日の仕事に支障のない時間に中継をしてくれたらなぁって思いますね。さて今日は中学時代の同級生に会いに行きました。何年振りでしょうか?確か、9年前に会ってから後は年賀状のやり取りだけだったかな?今年に入りこのHPを作ってからはメールのやり取りに変わり毎日のように交信し始めました。やはり、HPやメールは今の時代にはコミュニケーションとして本当に必要になっていますね。同級生のうちは実家から車で行くんですが大阪の町も車で走るのは本当に久しぶり!!地図をしっかり助手席にセットしてチラッと見れば分るように置いて国道1号線を京都方面へ。約45分。途中で道が分らなくなったので迎えに来てもらいやっと到着しました。中学の同級生というのはご夫婦ともそうなんです。地元の中学を出て2人ともこの町から引っ越しました。二人ともそれが同じ町に引越しをしたんですね。そして運命的な再開!!そして結婚!!そして今は可愛い娘に変身した「愛ちゃん」とぬいぐるみのような愛くるしいワンコ「マロンちゃん」の総勢3人と1匹の楽しくにぎやかな生活を送っています。久しぶりの再会・・・・果たして9年ぶりにお互いを見て同級生3人がどう思ったのかは本当のところはだ~れにも分りません。ただ言えるのは一番体型が変わったのはこの私ということだけです。あぁ~・・・・・昔のスカートをもう一度はいてみたい。そんな思いの今日一日でした。それでも目の前で焼いてくれたたこ焼きをあまりの美味しさに一番たくさん食べたのは私でした。所詮、ダイエットは無理みたいですね。
2004年08月15日
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大阪に着きました。久しぶりの大阪は予想に反してそんなに蒸し暑くなくやっぱりお盆だからかなぁ?実家に着いて一息ついてからリナちゃんの散歩に行きました。懐かしい町並み、裏通り幼い時の記憶が蘇るときの瞬間!!以前住んでいたアパートの向こうには6年間をすごした小学校が見えます。あんまり優等生ではなかったのでここではパスです。小学校の隣に小さな公園がありそこから何やら懐かしい音楽が聞こえてきました。「盆踊り!!」懐かしい顔ぶれも見つけました。盆踊りなんて久しぶりやわぁ・ ・ ・ ・ ・あまりの懐かしさに、暫し、りなちゃんと見入っていました。リナちゃんもなんだかうれしそう!!でも、私がいた頃と違って人数が少ないし太鼓のやぐらはあったけどそれを打つ人は居なくて少し寂しいな。昔はもう少し賑やかだったのにな。ここいらの盆踊りは10時まで踊りますが昔からのお楽しみがあります。8時頃に一度休憩があり子供たちにアイスのプレゼントがあります。数が余れば大人たちにも回ってきますがそれがとってもうれしい時間なんです。「踊らない子にはあげないよ」なんて大人たちは子供に踊りをけしかけたりします。それでも踊りに参加しない子もいますがそんなことは関係ありません。「さぁ、休憩!!アイスを配るよ~」おじさんの掛け声で子供たちが一斉にやぐらの周りに集まってきます。そして9時で子供の時間が終わりになります。ここで再度子供達にお菓子のプレゼントがあります。私なんかは終わりの頃を見計らって盆踊りに参加する「キセル」をよくやったものです。昔からお調子者だったんですね。子供達には「あられちゃん音頭」が人気でいつもその曲がかかります。よちよち歩きの女の子が浴衣を着て踊っている姿はまるでお人形のようでした。子供達の間に大人が混じり踊りの見本をみせています。炭坑節、ドンパン節など懐かしい曲が続いて流れます。今年の目玉は「キヨシのドンパン節」だそうです。おまけの話ですが「西淡路音頭」も出来たそうです。ちょっとローカル過ぎるお話でしたね。さて明日は中学時代の同級生と何年ぶりかの再会です。その話はまた明日、お楽しみに
2004年08月14日
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早朝、もろこしを求めて信濃町へ車を走らせた。 市街地へ出ると急に山道になる。私は運転が遅いので後続の車に何台も先に行って貰いながらくねくねと曲がりくねった山道をひたすら走る。うっそうとした森を抜けると緑の田んぼが広がりそしてまた山の中へ。こうしていくつかの峠を越えるとやがてなだらかに下っていき田んぼや畑の間を走ることになる。途中、ますの釣り池などが点在する。約束の時間より少し早くついたのでちょっと車を走らせてそこいらをドライブしてみた。するとどうだろう ! ! !初めに、大きな木の上にいるサギを見つけた。白くないのでアオサギかなんかかな?そのサギを見ようと車を移動して広い場所に止まってみた。すると、そこにはカラスの大群 ・ ・ ・ ・100羽近くいた。そしてそのカラスと遊ぶかのようにとびの群れ ・ ・ ・ ・これは10羽くらいを確認した。うわっ! ! ! すごい ! ! ! なんて感心していると鳥の群れに混じってなんときつねが2匹いるじゃありませんか? 親子のようではなく同じくらいの大きさなのでペアかもしれません。とにかくこんなラッキーなことは滅多にあるもんじゃありません。そのまま30分・・・・・きつねを観察し続け至福のときを過ごしました。さて、もろこしを作っているおじさんとおばさんの写真です。 「よそで買っても美味しくないんだ」そういうとおばさんが説明をしてくれた。おばさんちは種を蒔くとき、1週間ずつずらしながら段々に収穫できるように考えて作っているのだ。どうも、美味しくないもろこしは種を蒔くのは一度にやってしまい収穫の時期がずれてまだ収穫には若かったり熟れすぎていたりしているものらしい。なるほど。同じ信濃町でも味に差ができるのはこういうことが原因だったんだなぁ。手をかけている分美味しくなるんだよね。忙しいおばちゃんに別れを告げもろこしをもらって帰路についた。もう一度きつねに会いに行きましたが残念なことにもういませんでした。望遠のカメラうを持っていなかったのが本当に悔やまれました。一応携帯で撮った写真を載せますがきつねは私がわかるだけです。(笑 焼きもろこしの店 蕎麦の花明日から大阪に行くので、日記がかけないかも知れません。書ければ書きます。それでは皆さん、行ってきま~す。
2004年08月13日
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長野市を北へ一山、ふた山越えて行った所に信濃町があります。新潟県に近く、雪深い里であります。この町は朝夕の寒暖の差が激しく農産物には最適なようで美味しいお米や、もろこしなどの野菜が取れるところです。14日に大阪に帰るのでもろこしをお土産にしようと決めました。それで農家のおばさんにTELをして「明日取りに行くから準備しておいてね」そう頼んでおきました。おばさんちのもろこしの味は最高で、明日も早く行かないと「後から来た人が先にもって行っちゃうよ」との事で、朝一番に貰い受けに行くことになりました。黒姫山への道沿いや、国道沿いには夏になると焼きもろこしを売る店が出ます。沢山ある店の中では山へ登る途中の店が好きでよく行きます。「もろこし食べに行こう」それだけで車を走らせます。長野市内であの味は何処にもないんです。山沿いの道を行くといくつかの店を通り過ごしていつもの店に車を止めます。白樺の木で小屋を作り、テーブルと椅子を並べてあります。テーブルに着くと小屋の内側には池がこしらえてあり、井戸水(?)を引いているみたいで手を入れるととても冷たくて気持ちいいですよ。このお店に限らないんですが皆とてももてなし上手です。ここはお漬物が必ず出ますし冷たいトマトを出してくれるところもあります。そしておまけのもろこしも・・・・・1本150円から200円それだけでも「安い」のにお茶や漬物におまけ。長野の人は気がいいんですよ。ほんとに。このあたりには黒姫高原コスモス園があります。アクセスはこちらここ信濃町には他にも沢山の見所もあるので残り少ない夏休み遊ぶもよし食べるもよし体験するもよし・・・・ということでそんな信濃町はここをクリックしてね
2004年08月12日
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むか~し、大阪に住んでいた頃近所に一軒、うどん屋さんがあった。うちの母は時々そこのうどん屋さんの出前を取っていた。私の家族はうどんが好きな家族だったのかうどんは乾麺を買ったりゆでてあるのを買ったりお店の出前を取ったりそんな記憶が蘇ってくる。その近所のうどん屋さんのうどんは親父さんが一人で作っていてアツアツの汁に湯がいたうどんをいれかまぼこ、たっぷりのネギ、それにおぼろ昆布を入れて出来上がり。カツオと昆布の絶妙な味(といっても小さかった私にそんな微妙な味は分かるはずがないが・・・・)私は特別にそのお出汁に中華そばを入れてもらっていた。何故だかどうしても思い出せないのだがうどんの出しに中華そばこれが私の定番だったしうどん屋のおじちゃんも何にも言わずに作ってくれたものである。今はと言うとやはりあまり食べたくないなぁ。きつねうどんに入っているあの甘いお揚げさんが関東の人には信じられないという事を聞いた。かじるとじゅう~っと甘い汁が出てくる。それをまたうどんのお汁につけてそしてまたかじる。うどんのお揚げ一つでこんなにも幸せに酔いしれてしまう・・・・今うちでおうどんを作るときやはりあのうどん屋さんの昆布の香りをすぐに思い出してしまうな。大阪のきつねうどんに対して長野はたぬきそばと言うものがある。大阪でたぬきは揚げの入ったそば=つまりきつねそば。つまりたぬきと言えばそばなのに対しこちらではたぬきというものには天かす(揚げ玉)が入っていてたぬきそば、たぬきうどんというのだ。たぬきのうどん?なんとけったいな・・・・関西の人はそう思われるかも?でもこちらはこれが普通なんです。クろたぬさんのきつねうどんも読んで見てください
2004年08月11日
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夕方、テレビを見ている息子に聞いた。「塚原青雲は、いつ?」 「今やってる」そら、申し訳ない(何に対して?)せっかく甲子園で長野の代表が出るんやもん。そしたら、一回戦の日くらいカレンダーにでも丸しよし!!あぁもう7回の裏やゎ。2対0で負けてるぅ。・・・・あっ・・・・一点入れたゎ!!いやぁもう最後の攻撃・・・・あと一点でも入れてよし・・・・ふ~っ長野の夏(甲子園)はこれで終わりました。去年、たった17人しかいなかった野球部員。今年はなんと45人。聞いて驚いたのが全校生徒が50人ということ。野球のためにあるような高校ですね。負けて泣き崩れる部員たちを見ているとなんとも勝負の厳しさが伝わってきます。勝って爽やかな笑顔の球児たち。本当に対照的。これこそ甲子園野球の魅力ですね。力一杯やったからこそ、その感動が伝わってきます。長野の言葉に「ずく出せ」とか「ずく無し」というものがあります。ずくというのは精一杯やる気持ちとか根性のことだとかで表現される言葉です。ずく無しは怠け者といった意味でよく使われるようです。このずくは今でもよく使われる言葉です。まだまだ続く熱戦でもずくだせ高校球児たち!!!そして今日もこの暑さにへろへろで「今日は暑いから」なんて言いながら家事も手を抜いているずく無しなおかんでした。
2004年08月10日
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私の生まれ育ったうちでは食卓に絶対並ばないものがありました。厳密に言えば父がいるときには食卓に並ばないもの・・・・そう言ったほうが正しいかな?それはお漬物でした。えっ??なぜっ??日本人なら当たり前に食べるお漬物が・・・・・我が家で出すのはタブーでございました。うちの父は本当に鬼のような?とんでもございません。時々写真も公開していますが温和でおもろい関西人ですよ。「お父ちゃん、トランプするからカード切って!!」「よっしゃ!!ほな、はさみ持っといで!!」そんな駄じゃれの大好きなおとんです。滋賀県は井伊大老のお膝元で生まれ、純和風のお爺ちゃんとお婆ちゃんに育てられてどうして純和風のお漬物が嫌いになったのかはいまだに分かりません。それで、母は父のいないところでしかお漬物を食べることができなかったんですな。この母、父と違って漬物さえあればご飯が食べれるほどの漬物人間。一日も漬物のない日は耐えられない。でも父の前では食べられず、みんなが食事を終えた後一人でこっそり漬物でご飯を食べるんです。悲劇の女王のようではありませんか?(大袈裟ね)漬物ばかりでやせ細った母・・・・とんでもありません。あの、肝っ玉母さんのようですって言うと分かったかな?母は時々キムチを買って来ました。キムチは臭うので父にはすぐ買って来たのがばれるんです。「臭い!」父が必ず言います。当然隠れてこそこそと食べるんですよ、母は。キムチといえばそんなので私は両親を思い浮かべます。近所にキムさんという韓国人の奥さんがいてとっても仲良くしています。私の大阪の家族は母以外はキムチが食べれません。キムチ以外の漬物も食べれませんでした。私もそうでした。私はこちらに来て野沢菜などを食する機会も増えて大分、漬物類が食べれるようになってきたのですがまだまだ苦手には変わりはありません。ましてやキムチなどとんでもない!!!そんな風でした。しかし、キムさんと知り合ってから度々、キムチをもらって来るうちになんとキムさんちのキムチだけは食べれるように変わったんです。それどころか今は美味しいと思うんです。不思議とそうなってしまいました。彼女の作るキムチは日本人が作るキムチの数倍辛いそうだ。でも食べると辛さの中にいろんな旨みがぎゅっと詰まっている感じ。超~から~いんだけど超~美味しい!!!今日は意気投合して一緒にキムチを移動販売しよう!!そんな話しで盛り上がった。そうだ楽天のフリマに出してみようか?チラシも作ろう!!二人のおばさんの夢が果てしなく広がった一日でありました(おしまい)
2004年08月09日
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こちら〔長野市〕の生活も早16年目。見も心も長野県人・・・・と言いたいところだがこのおかん生まれ育った大阪と違う寒い長野で、毎日灯油をたいたり雪道を運転したり雪かきしたりなどはへっちゃらなのである。むしろ寒いのは暑いよりも好きだしとにかく雪景色が大~好きなのだ。もって生まれたあつかましい性格でもって知らない人の中にはいっての生活もなんのその!!!多分どこの土地でも平気で住んじゃうタイプだと思ってる。言葉はすぐに感化され土地の言葉をうまく使えたりする。自分でも驚き。瞬間、バイリンガルギャルに変し~ん・・・かも?しかし、しかしなのだ。居食住の食だけは大阪圏を出られないで居るまま。困ったもんだ。で、実家のお父ちゃんにお取り寄せをお願いする。お好み焼きのソース淡路には売っているビクトンとんかつソース王将の餃子残念ながら長野には店がない。551蓬莱の豚まん新大阪駅でこうてきてぇ。ベルギーワッフル551の隣の店やでぇ!!サンテレビの放送何で長野ではジャイアンツしか放送せんの?〔これは荷物にならないね〕実家からの小荷物にはいつもこんなお取り寄せが入っているのである。小さい頃から慣れ親しんだ大阪の味。長野に居るから恋しいのかな?今度大阪に帰ったら中学時代の同級生がたこ焼き食べさせてくれるんやて。メッチャ!!嬉しいわぁ!!
2004年08月08日
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今日は長野の夏のお祭りびんずる祭りが行われています。連といって踊りを形成するグループがそれぞれの持ち味を出して町中を踊り歩きます。踊る方も見ているほうも両方楽しめる・・・そんな祭りだと思います。練習を積んで全員がとてもよく揃っている連はとてもきれいですが、この日とばかりにパフォーマンスの凝ったすばらしい連も魅力です。連によって踊り方も様々で見る側も、本当に楽しめる祭りです。中には踊りながらビールを飲んで酔っ払った人もいたり・・・・。踊る人,それを見る人屋台のお兄さん歩きつかれて道路にしゃがみこむ人縁日だけを楽しんでる人みんな,みんな、今日は誰もが主役ですね。ソロソロ最後の花火の時間でしょうか?さてびんずるというのはびんずる尊者のことで釈迦の正法を伝える16羅漢の一人だそうです。善光寺の本堂を入ると右手に木像があります。なんでも神通力の持ち主だったとかで皆さんこの木像を撫でていかれます。足の悪い人は「足が治るように」と願い足を撫で・・・・どこか病気があれば、その部位を撫で・・・・おかげでおびんずるさんはつるつる。見事にお顔ものっぺらぼうに限りなく近づいて・・・・この分では、いずれは無くなってしまうのでは?そんな心配をしてしまうおかんでした。
2004年08月07日
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故郷(ふるさと)兎追いしかの山~誰でも知っている童謡実はこの作詞者は長野の出身である。高野辰之と言って長野市の北、豊田村の生まれで〔1876-1947〕岡野貞一〔鳥取県〕とともに故郷を作った。幼い頃に遊んだふるさとを思い描きこの童謡を作ったのだった。兎を追った山は大平山小鮒を釣った川は斑川であると言う。高野が生まれた豊田村は長野市から18号線を新潟方面へ。アップルラインを走り、「あっちこっち」のGSの看板を右へ。「あっちこっち」と言うのは地元の人間はよく知っている看板で駅のホームにある駅名を書いた看板をまねて「海はあっち、山はこっち」と案内してくれている看板のことだ。道がYの字に分かれていて迷った人のために親切な看板である。海〔新潟の上越方面〕はあっち〔左へ矢印〕山〔山之内、中野、妙高方面〕はこっち〔右へ矢印〕看板のまま進めばよろしい。さて、ふるさとの豊田村は温泉に高原に博物館・・・・身も心も癒されるところです。そうそう、行列のできる蕎麦屋さんこの村にあるんです。蕎麦屋さん、3軒ありますがさて、お好みはどこでしょうか?もう一つ、朧月夜(おぼろづきよ)菜の花畑に・・・・の歌詞で始まる歌ですがこの歌も高野の曲。豊田村のお隣、飯山市の情景だといわれている。菜の花〔野沢菜の花〕は飯山地方の花で今では菜の花祭りも行われている。飯山の菜の花この歌をうたってみると頭に黄色い菜の花や、月夜に浮かぶ山々・・・・本当に見事に信州の情景を歌った曲だなぁと感じる。いつまでもこの自然がこのままでいますように。童謡を詳しく知りたい人には
2004年08月06日
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何か美味しいものはあるかな?信州の料理の本があったのでぺらぺらとめくっていくうちに母のことが思い出された。母は私同様お料理が下手だった。料理だけではなく家事一般、苦手な人だった。その血を受け継いでいる私も自慢じゃないが家事はお任せしたい方。でも今日は母の話。お袋の味って何だろう?母よりもオネェちゃんの料理の姿を思い出す。9つ離れたオネェちゃんは私が小学校の5.6年のときはもう立派な社会人だった。母の料理は中々思い出さない代わりにオネェちゃんが作ってくれたことは鮮明に覚えている。炒り鳥、ジャーマンコロッケ、かす汁、五目寿司などなど・・・・。どれも美味しかった記憶が残っている。さて、母親の料理といえば・・・・・お刺身、買ってきた天ぷらやから揚げ。およそ料理と呼べるものを思い出せないのだ。町の市場へ行くと市場のお兄さんオネェさんがたに言われるまま、何でもかごの中に入れていく。「安うしとくでぇ」 「買ぉてぇなぁ ネェちゃん」こんな言葉に心底弱いらしい。市場や商店街の人間はいくら歳の人でも決して「おばぁちゃん」とは呼ばずうちの母を呼ぶように「ネェちゃん」と呼ぶ。私も「オバちゃん」と呼ばれたりするとなんだかムッとくるのはこんな環境で育ったからかも?立派な「オバちゃん」なんだけどね。そんな母がいっぱい買って何を作ったのか・・・・全く思い出せないのも辛いものがあるなぁ。確かに母の料理はまずかった。これは覚えている。焼き飯もまずかった。おわんに鰹節としょうゆを入れてお湯を注いだ簡単お澄まし・・・・。蕗の煮物、サトイモご飯、漬物にラッキョウ、悲しいかな嫌いなものばかりが思い出されるぅ。母のことが嫌いではなかったが料理や家事ができないその時の母はおそらく今の私と同じくらいの歳。今になれば母の身体のこと、家庭のこと、なんだか私に重ねあわせて考えられる気がする。大変な苦労の人生やったもんなぁ。段々歳ととってきて身体もしんどかったやろなぁ。生きているうちにもっと・・・・って思うけどもうできない。今は天国で私のやってることを見て「同じことやっとる」って思って笑ってるんだなきっと。で、おかんの「お袋の味」ってなんやろ?お・かあ・さん・は・や・す・め・・・のは=ハンバーグだよね、きっと。これは美味しいよ。お母さんは休め
2004年08月05日
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長野市の東に位置する〇〇中学。娘の通う〇〇中学校の先生が夏休みに「職場体験研修」を計画。生徒の「職場体験学習」は昨年も県下全中学校で行われたが教える側が、学校を挙げて学ぼうとする試みは今までにないということで注目を浴びている。先生方の受け入れ先は、建設会社や旅館、ガソリンスタンド、自動車整備工場など様々。たった一日で・・・・・という懸念もあるようだが新しい試みは評価したいと思う。しかも36人の先生のうち都合のつかない5人の先生を除き全員が参加。学校ぐるみでの参加も評価したい。先生方にとってこの体験は視野を広める効果だけでなく今後の学校運営にも影響があるものと期待してやまない。なんだったらおかんが先生に職場体験させたろか?家事手伝い・・・・・そら大変な職場なんよ。(ホンマ)
2004年08月04日
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もうすぐお盆。長野には「かんば」を燃やす風習がある。「かんば」とは白樺の事でその樹皮を迎え火、送り火として燃やすそうだ。「かんば」はスーパーやホームセンターなどどこでも売っていて、初めはなんに使うものか分からなかった。それにしてもあれだけの樹皮を毎年どうやって集めるのか・・・・・。そちらの方が心配。まず13日にお墓に行ってお墓の前で半分だけ燃やしてご先祖様をお迎え。そして16日に家の玄関で残りを燃やして送り火にするということらしい。人になぜ「かんば」なのかと聞いたがよく燃えるということ意外は分からないらしい。今年のお盆は久しぶりに大阪へ帰ろうかなと思っている。母は8年前に亡くなった。その母を今年は信州流「かんば」でお迎えしてやろうかな・・・・って思った。かんばの話
2004年08月03日
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リナチャンと夜の散歩。黒猫が散歩できないときは私の仕事。家からすぐのところに「りんご畑」まだ青い実だが、しっかりとりんごっぽくなっている。美味しくなるまであと3ヶ月もかかるのだ。ん~~ん、待ち遠しいなぁ。りんご畑の横の道端。赤と白の可愛い花が咲いている。昔、その花でよく遊んだ。オシロイバナ・・・・・オシロイバナの身はmmくらいの黒い実でその皮を剥くと、白い粉っぽい粒が出てくる。昔、女の子たちがその粉で白粉ごっこをしたのでそんな名が付いたとか。私はその花を摘まんでラッパを吹くようにしてピーピーと鳴らして遊んだ。鳴らないときには別の花を摘んでは鳴らしてみた。結構うまく鳴ったときは友達に自慢したりオシロイバナだけではなくすずめの鉄砲の茎も鳴らして遊んだっけ。小さかった頃は自然のものでいっぱい遊んだなぁ。静かな夜の散歩はちょっとメルヘンチックかな?月のきれいな夜だよ。
2004年08月02日
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長野市には善光寺の仲見世に味噌を使った味噌ソフトや巨峰ソフト、フジりんごソフトそんなソフトクリームが売っていて結構観光客には人気である。安曇野には名産のわさびを使ったわさびソフトがあってこのようにその地の特産品をソフトクリームにした製品は全国にあるらしい。長野の味噌ソフト 安曇野わさびソフト変わったところでは岐阜のカレーソフト(エエッ!?)三重の伊勢しょうゆソフト(エエッ!?)兵庫の赤穂塩味ソフト(エエッ!?)新潟の枝豆ソフト(エエッ!?)とまぁ、本当にそれでソフト作って美味しさが増すのぉ??と思ってしまうのはおかんだけ。世のソフト好きには結構人気の商品ばかり。そんな変わった名物ソフトの人気ランキングをハイウエイオアシスが行っている。いろんなソフトがあってへ~~~80へえ???よかったらプチッとランキングに投票してみてくださいな。SA.PAおもしろソフトランキング投票所
2004年08月01日
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