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ギャンブル依存症というのは治しにくいらしい。身体的疾患が無いからである。私にはもちろんそのケはない。しかしなぜかパチンコの研究の迫られている。
April 30, 2006
プラスチック製品になることである。
April 25, 2006
私は「オシベニスト」である。「オシベニズム」とは「男性はおしなべてオシベである」という信条のことをいう。(という私の造語である)(ちなみに私は「私」という一人称を使っているが男性である)という私のかねてからの直感に理論的裏付けを与えてくれるのは何時の日も(なぜか)上野千鶴子である。女性の言うことに間違いはないのである。かならず「正しい」のである。(「」でくくったのに意味はない)彼女らにおとなしく従っていれば「間違い」はないのにヒエラルキーを重視する「オシベ」がそれを「メシベ」にまで適用しようとしたのが中世以降の人類の最大の誤りである。と、いうような遠大な話は本書にはでてこないが(本書はフェミニズム的パンティ論である)「オシベ」には考えさせられる一冊である。フェミニズムはいつだって「正しい」のである。
April 22, 2006
本日めでたくブログ開設2周年。・・だ、そうである。
April 21, 2006
時間を買い戻すとして、1年10万円。・・まあ、妥当なとこだろ。
April 11, 2006
最近の「リーダー」は「変革」を旗印にすると人気が出るらしい。石を転がしてコケを生やさないというのが資本主義の宿命なのだからしょうがない。しかし、たしか我が国の国歌にはコケが生えるまでがんばろうといったような一節があったな・・・。
April 10, 2006
大人になった子供に子供になった大人が遊んでもらっている。
April 9, 2006
「心の闇」という言葉を良く聞くようになった。現代社会においてそれは深く濃くなっているというのだが、私はそうは思わない。(むしろイマジネーションとしては貧困化しているのではないかと思う)「闇」など誰しも持っているものである。私の想像のなかでは世界は3桁以上の回数滅亡している。(上司が死亡した回数はその3倍である)問題はそれを「やる」かどうかの「しきい値」が低下している事だと思う。自分らしく生きそして死んでいく、のは結構だが他人に迷惑をかけないという美意識は失わないで欲しいと切に思う。
April 8, 2006
描けるだけマシである。
April 7, 2006
「難解さ」も作品のエンターテイメント性の1要素である。しかしその「難解さ」もどこかで直情的な「平易さ」に結びついていかなければ鑑賞される対象としての価値を持たないのではないか。と、感性の衰えをロジックでカウ゛ァーするかのごとき感想を述べてみたりする。かつてはこういった「10人中1人しかワカラン」ような作品を一生懸命理解することで選民思想にも似た優越感を味わったものだが、もはや余暇の暇つぶしに業界人のような勤勉さを発揮すること自体にモチベーションを感じない。衰えたのは感性よりもむしろ向上心かもしれない。
April 6, 2006
価値基準のひとつの「絶対」は貨幣である。そしてその「絶対的」対極が「自分自身」である。先般読んだ「下流社会」によると低所得者層ほど「自分らしさ」にこだわるそうである。「お金はないけど『自分らしい』」と、いうわけである。
April 5, 2006
「活字不感症」の克服にむけてできるだけ刺激のあるものをチョイスした。裏表紙の紹介文によると著者は「日本文藝最強の堕天使」だそうである。結果、明日の仕事を忘れこの時間まで読み通したのであるから「不感症」の改善にはつながったと思う。(作品が短かったのもあるが)平たく言うと「狂人日記」である。作品の中盤いよいよ「わたし」の精神のタガがはずれてくると実に面白くなってくる。そしてラストには妙な寂寥感が残る。やはり自分は活字媒体が好きだと再確認できた。(のは収穫である)(実をいうと本書は中編2本立てなのだがもう1本は未読である)
April 4, 2006
さすがに明日は今日の風は吹かないだろう。
April 2, 2006
実は今日人類が滅亡した。
April 1, 2006
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