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1+1が2であることすら「ウザく」なっているようなら人間やめなさい。
July 31, 2006
中学の時教師に「お前らに選挙権を持たせたらピンクレディが総理になるだろう」と言われたことがある。次期総理は安倍氏が有力らしいが・・。
July 26, 2006
とにかく最近のニュースは「平謝り」のオンパレードである。謝ってるのに許せないのは当人がどんな気持ちで謝ってるのかがわかるからである。当人がどんな気持ちで謝っているかがわかるのは自分もそういう謝り方をしているからである。
July 25, 2006
いい加減な事言ってないでもっと痩せろよ。
July 24, 2006
「宮崎アニメ」がついに「世襲」された。このまま一子相伝されたら100年後には「伝統芸能」と呼ばれるようになるだろう。
July 23, 2006
始めて2年になる。当初は何か世界とつながったかのような空間性を感じてもいたのだが、最近は何故か自身の村民性を際立たせているかのようで不本意である。コミュニティに対する自縄自縛感は市民意識における権利と義務に似て苦痛と安堵のバランス感覚を強制する。違和感である。
July 21, 2006
もう何年も前の話だが上司がやっとパソコンを扱うようになった。と、言っても標準の指示書類を自分で打ち込んでプリントアウトがきるようになっただけである。しかしその時、彼は家に帰ったらこんなことを言ってるんじゃないかとふと思った。「お父さんは会社じゃコンピューターで指示を出している」たしかにそれ以来、指示書はたくさん出るようにはなったが・・。
July 20, 2006
人生にはいろんな「別れ」がある。そしてその度に色々な「言い訳」がある。今回のケースは以下のとおりである。「収拾がつかない」
July 19, 2006
2007年問題の表面化である。2007年問題とは単に団塊の世代の大量退職というだけでなく、1つの「スピリット」の終焉である。誠実に「モノ作り」に励んできたスピリットである。それを「カウンター」でしか乗り越えを計らなかった「シラケ世代」は唯物論的現実に四苦八苦するしかないのである。(まさにパロマの「不正改造」などは「こうすれば動くじゃん」という軽薄な「カウンター」である)
July 18, 2006
一般的には失望感を伴う。しかし本音を言えば優越感を感じる場合が多い。
July 17, 2006
そして山頂に着いた船頭たちは、なぜか達成感に酔いしれるのである。そんな時に、たとえば客の1人が「ぼくたちは川下りに来たのであって、山登りにきたのではありません」などと言おうものなら「空気読めよ!」などど船頭たちはマジキレするのである。そういう「舟」は世間には結構ある。
July 16, 2006
無い方がいい。が、世間はそれによって成り立っている部分もある。
July 15, 2006
歳をとったら「美しさ」より「清潔さ」が勝負である。
July 14, 2006
暴力でしか収まりのつかない臨界点というものがある。それは理解できる。
July 13, 2006
じゃんけんで負けてもトラウマになる。と、いうことか。
July 12, 2006
「罪の文化」と「罰の文化」という分類がある。それによると日本は「罪の文化」でヨーロッパは「罰の文化」だそうである。「罪の文化」とは当事者が「罪の意識を感じているか」で、「罰の文化」とは「罰を受けているか」で「赦し」が発生するという情緒的機能のことである。思うに、日本は今「罪」から「罰」への過度機ではないだろうか。混在しているのである。だから当事者に「罪の意識」と「罰を受ける」の両方を求めるのである。今の日本の社会に「赦し」が発生しにくい根拠はそんなところにあるのかもしれない。
July 11, 2006
見つからなければ何をやっても良い。むしろそれがテクニックとして賞賛される。サッカーは、いまいちすっきりしない「スポーツ」である。「人間的」ではあるが・・・。
July 10, 2006
年をとると、他人の迷惑よりも自分の都合が優先されがちになる。たとえば、通路の真ん中で平気で立ち止まる。後ろを歩いていると迷惑である。そう、廊下とかで・・・。
July 8, 2006
「30年間のベスト30 第1位」というふれこみにつられて読んだのである。私はこういう受け手に不快感を与えないように心配りをされたエンターテイメントが嫌いである。「不快感」もエンターテイメントの1要素だと思っているからである。
July 7, 2006
「国」なんてのは所詮広義の意味では全体主義なのである。人間が求めるのは「拘束」だからである。そういった意味では「我が国」も「かの国」もたいした違いはないのである。肉体が生き延びるのに精一杯の「かの国」では貧困のため年間何人が死んでいるのかは不明だが「我が国」でも精神が生き延びるのに困難なため年間3万人が精神的に餓死しているのである。「生」に対するモチベーションは「貧困」によってもたらされるものだからである。
July 5, 2006
2ちゃんねるにも書いてある。
July 2, 2006
「いかなる時も建設的であれ」という強迫観念を取り去ってリラックスすることは建設的である。
July 1, 2006
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