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2026年03月01日
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奥州札所には時々目が飛び出るほど昔に創建された寺院などがあるんですが、今回紹介する札所もその1つです。境内を構えているのは、奥州街道から津軽方面に直接抜けられる鹿角街道の起点 八幡平。岩手県有数の温泉地として知られ、疲れを落とすには持って来いの土地と言えそうです。
街道を抜けた先の鹿角・津軽南部共に行基開創の伝説を持つ札所が散らばっており、なにか行基菩薩を崇敬する集団がこぞって入って来た土地なんではないでしょうか。

2025.7.20
奥州三十三観音霊場三十一番札所:江峰山 聖福寺 白坂観音堂


うだる暑さの中、古風な建物が残る街道を走り、丁字路付近で細路地に抜けました。小川に架かる橋の先には杉並木が伸びており、どうやらお寺の参道のようです。墓地の駐車場に車を停め、勇み足で境内へと向かいました。



大体の曹洞宗寺院(他宗の寺院でも)では境内入り口に六地蔵が置かれています。この寺院も漏れなく六体並んでおりました。



本堂を前にして、チラリと右を見てみると札所の白坂観音堂が置かれていました。今でこそ聖福寺境内に置かれていますが、もとは七時雨山の麓に置かれていたんだとか。聖福寺に遷ったのは近代になってからのようです。
先にこちらを見たいところですが、まずは本堂の方を見ていきましょう。



聖福寺本堂です。木々に囲まれて見えずらいですが、所々の木彫装飾は見事で古雅な風格が漂っています。禅宗らしい落ち着いたカラーリングも好みです。



​では、ご由緒です。
江峰山 聖福寺

曹洞宗 盛香山永泉寺末寺
開山:永泉寺二世 尽室長春大和尚
開基:北愛一彦助(北定愛とも)
本尊:釈迦三尊

 江戸時代に南部盛岡藩により整備され、鉱物資源や塩などを運ぶ重要なルートだった鹿角街道。岩手では津軽街道とも呼ばれ、現在の西根区には宿場町があり、多くの人や物資が交流した歴史の街だ。
 県道から少し入ると染田川が流れ、橋を渡ればそこが聖福寺の境内である。墓地の間を通り抜けると、正面に本堂があり、前庭の右角に観音堂が立つ。聖福寺は、慶長3年(1598年)に初代の寺田城主である北愛一彦助の開基で、 盛岡市永泉寺二世尽室長春大和尚の開山と伝えられている。
 本堂は七間(12.6m)四面、 明治24年(1891年)に再建されたもので、その後も何度も補修を重ねてきた跡がうかがえる。
 御本尊釈迦牟尼仏は平安末期の作で由緒ある仏と伝えられ市指定文化財である。寺内にはこのほかにも市指定文化財が数点あり、大切な市の歴史を今に伝えている。
 ・・・。
岩手・宮城・福島 奥州三十三観音の旅 改訂新版 河北新報出版センター 136ページ より引用

豊臣秀吉に喧嘩をうった漢、九戸政実の乱後に建立された寺院です。


本尊の釈迦三尊像です。鍍金が剥がれ、漆が露出したかのような黒光りを見せております本像は、なんと平安時代末期の作と言われており、市指定文化財となっています。



堂内には釈迦三尊の他にも面白い仏像があります。
黄金の厨子に入った古めかしい地蔵尊像で、光味地蔵菩薩と呼ばれております。こちらも平安時代末の作であり、かつては南部藩家老 楢山佐渡の守り本尊であったと言われています。今では県指定文化財になっているようです。
以下のサイトにて、その御影をご覧になれますよ(サイト内では木像地蔵菩薩立像と表記)!
・八幡平市観光協会 / 八幡平市の文化財

↑のサイトでは、当寺院の他の文化財もご覧になれます。

斜めから。
素晴らしき本堂、しかと拝見しました。続いて観音堂を見ていきましょう。



小振りながらも年季のいったその姿、数百年の歴史を持つ奥州三十三観音霊場の札所にピッタリの仏閣です声を掛ければ堂内にてお参りすることも可能です。




白坂観音堂

開山:行基菩薩
開基:桑原将監吉事
本尊:七面聖観音

・・・。
 三十一番札所の観音堂は別名白坂観音堂と呼ばれ、神亀5年(728年)に行基菩薩の創建によるもので聖武天皇(724~748年)の勅願所として勅使 桑原将監吉事が派遣されたと伝えられている。その後の延長8年(930年)朱雀天皇(930~945年)が再興して寿応山 沢両寺を建立。その証しとして直径1m余、重さ12km余の鋳造の大鏡が秘蔵されている。
 御本尊はとても珍しい鋳造の七面観世音立像で、台座とも50cm余、作者も年代も明らかではないが、かなり古い時代のものと推測され、大鏡とともに市の文化財に指定されている。御開帳は毎年7月17日、縁日も一緒に行われる。
 8世紀という大昔に、都から遙か遠いこの辺境の地に、なぜかくも朝廷と深く関わりのある寺があり、仏教文化が花開いたのかは日本史の謎のひとつ。また、創建が行基菩薩で聖武天皇の勅願所だったことなども不思議ではあるが、その事情については何も伝えられていない。
 聖福寺がこの札所を護持するようになったのは明治8年(1875年)以降で、それまでは現在の上寺田バス停の町裏、田圃のほとりにあったといわれている。さらにその前は、東田川の上流5kmの白坂というところにあり、それが一名 白坂観音と呼ばれるゆえんである。もっと時代をさかのぼって草創当初は、さらに北の七時雨山(1060m)の麓にあったと伝えられているが、場所は特定できない。
 藩政時代までの白坂観音は、修験 南岳院が別当を務めていた。明治維新の神仏分離によって南岳院は還俗し、御本尊はじめ一切の寺宝は聖福寺に移管された。
 昭和49年に大改修された現在の観音堂は、二間(3.6m)四面に欄干のある二尺(60cm)の濡れ縁をめぐらしている。本堂に安置されている県指定文化財の光味地蔵菩薩は、桂材で彫刻された総丈75cm、平安末期の作とされている。右手に錫杖、左手に宝珠を持つ、その穏やかな表情にだれもが心を和ませる。
岩手・宮城・福島 奥州三十三観音の旅 改訂新版 河北新報出版センター 136~139ページ より引用

行基菩薩開創の伝説を持つ霊場です。最初は七時雨山の麓にあったようですが、数回の移転を繰り返し、今では聖福寺境内に落ち付いています。
もとは南岳院という修験僧が別当を務めていたんですね。それが明治の修験禁止令に伴い還俗し、管理者を失った白坂観音堂は聖福寺に遷されます。修験というと神仏混淆が特徴ですが、今でも堂内には神鏡などが多く、その時の名残りが見られます。

御堂の入口には古めかしい鰐口と、かっこいい扁額が懸かっています。



堂内です。
3つの厨子がありますが、中央以外の厨子には何が収められているのかは分かりません。

本尊の七面観音自体も市指定文化財になっており、金属製の仏像としては大きく、法量は50cmもあります。像容は完全に聖観音なんですが、化仏が6つ付いており、パッと見は十一面観音の様にも見えます。七面観音という名前は、この特徴的な見た目から来ていることは言うまでも無いでしょう。
七面観音の御影は、以下のリンクからご覧になれます!
・八幡平市 鹿角街道WEB / 歴史・文化資源 / 七面観世音菩薩

七面観音について、↑のサイトの説明書きも載せておきます。
七面観世音菩薩

 頭頂部の二段に六面の化仏(けぶつ)を配し、天衣(てんね)、条帛(じょうはく)をまとい、右手は念じ、左手は蓮華を挿した宝瓶を持っています。腰裳を身に付け、蓮華座に直立する御姿は、観音経の七難即滅を現しています。
 後頭部・背面は無いことから、かつては大鏡と一体化した『懸仏(かけぼとけ)』だったとの言い伝えがあります。



斜めから。
いつ頃持ち込まれたのか、かなり古い仏像が収められている札所でした。特徴である七面も、背部が神鏡とくっついていたから、化仏を付けていなかったと考えれば合点がいきそうです。このブログでは懸仏説を推したいと思います。



御詠歌
紫の 雲を染田の観世音 ただ十念の おこたらぬ身を
むらさきの くもをそめたのかんぜおん ただじゅうねんの おこたらぬみを

本尊:白坂観音(七面聖観音) आर्यावलोकितेश्वर

今回貰った御朱印です。



以上です。

次の記事
・三十二番札所:北上山 正覚院 大河の一滴を生む観音堂






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最終更新日  2026年04月05日 18時59分36秒
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