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初めて映画にジャズが効果的に使われたのは「死刑台のエレベーター」ジョンコルトレーンのトランペットは雨の巴里の街をさまよう孤独な心によく似合った。映画「大運河」ではメランコリックなMJQの曲がながれた。ミルトジャクソンの流麗なヴィヴォラフォンジョンルイスの乾いたピアノ音が対照的で心地よく重なった。黒人ジャズを、フランス風に洗練させたといわれたMJQ大学時代は、孤独な下宿で何度もこのMJQを聴いた。真っ暗にして聴くと「闇が光ってる」と思えてくる時があった。もう一人好きなのはクリフォードブラウン。若くして死んだ、変幻自在な天才トランペッター。ベニーゴルソンのピアノのYesterdayは美しくて哀しくて100回以上聴いた。ハービーマンのフルートはセクシーで妖艶。ジャンゴラインハルトのジャズギターはジプシーの香が漂う。欧米の夜の街にはいいジャズがあふれているニューヨークの下町には、気さくなスイングジャズクラブがある。描いている僕にウインクしながら本当に楽しそうに演奏する演奏している姿は、どれも格好良い。デッサン風に軽くスケッチしても絵になった。デンバー、サンフランシスコの米国勢は、一般に楽しそうに演奏。アムステルダム、ストックホルムの欧州ジャズメンは、やや思索的な表情で、あまり笑わない。先週、東横線沿線にいいジャズクラブがあるというので探索開始。まずは代官山。街の雰囲気がずばぬけて垢抜けている。渋谷のような「子供たち」がまったくいない。大人の雰囲気、歩くだけでも心地よい。歩道橋を越えてイルミネーションの中を過ぎると通りの向こうに更に雰囲気のいい一角があった。広い地下のレストランは、外人客が多かった。カウンターに座っていると、英語ではなしかけられた。背の高い日焼けした黒いドレスの魅力的な顔立ち。ROSEという名のウエイトレス嬢。ギネスと海鮮スパゲッティを頼んで聞いてみた。「シンガポール人?」「いいえ、日本人です。」えっ?僕は何人にまちがえられたんだろう?日焼けは、潜りとヨットのクルージングとか。店の雰囲気にあうシックな女性ではあった。ピアノジャズだけだったので帰ろうとするとカウンターの向こうの美しい外国女性がにっこり笑う。こちらも、おもわずにっこり。素敵な人だなと思ったら・・・・この店専属ののジャズシンガーだった!「どこの国から来たの?チェコあたり?」「アメリカ人よ。ポーランド系だけど」「アメリカ人には見えない。ポーランドの悲しい歴史を背負ったような深い表情してるよ。」彼女は大国に常に蹂躙されたポーランドの歴史をあまり知らないようだった「これから歌うから、聴いてね。」「追憶をうたって。」「今日は楽譜がないから次回。必ず来てね。」彼女が歌いだしたのは、もう11時近く。マスカレードらしい曲を聴いて帰途についた。東横沿線のジャズクラブはあと3軒。仕事のあとの探索が楽しくなってきたこの頃。これは、むかしデンバーのジャズクラブにて
2005/11/26
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わが住む武蔵野のけやき通りは紅葉が始まっていた。そんな秋の午後、油絵の会にでかけた。今日は、人物モデル。上野の「プールブー」からきた専門のモデルさん。ヌードだと思って、特別の衣装をもってこなかったとか。おかげで、自然な服のくつろいだ姿が描けた。倉敷にいた頃は、裸婦を描くのは、滅多になかった。東京近郊に住んでいると、毎週、水曜日に裸婦デッサンが描ける。したがって、着衣のモデルを久しぶり。気持ちよく描けて楽しかった。着衣の方が、はるかに描きやすい。着衣を描くこつは、ただひとつ。服の下に、どこに肩があり、骨盤があるか、骨格を忘れぬこと。長く、裸婦デッサンを描いているから、服の下の肢体が、ほとんど見えるようになった。でも、困ったことが、ひとつ。ぼんやり、見つめていると、いつの間にか、画家の目になって・・・見えてくるんです。だから・・・・電車の中で、私の前に座っているお嬢さん。ご用心を!
2005/11/19
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風と言う言葉が大好き。越中八尾の寺町の丘の、美しい踊りの夜その名は、「風の盆」シルクロードにあるという美しい桃源郷の谷その名は「風の谷」そして秩父のある山路に見つけた落ち葉と木漏れ日の美しい道誰が名付けたのか、道標の名は「風の道」心地よい自然林の道がつづく。一年中で、もっとも美しく輝く季節が初秋から晩秋。もう10回以上、ここを訪れた。今年も、秋晴れの先週の日曜日に、ここを歩いた。ここの魅力は、くぬぎと栗の落葉樹と光に映える黄葉。そして山路から外れた森の奥に、栗の木々に囲まれた秘密の場所を見つけた。ぎっしりと栗の実を敷き詰めた空間、昔、炭焼きをしたらしい広っぱ。今は、誰一人知らない無人の境。いつも、ここで一休みし、木漏れ日の中でうたたねをする。林檎にチーズをはさんだつまみが、酒の肴。ウイスキーを木漏れ日で温めながら、ぼんやりとすごす至福の時。風となり山に埋もれゆく日々、季節は空を渡る木漏れ日をとらえよ琥珀の液の中
2005/11/14
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朝から雨が降ってるようだった。のんびり朝寝していた。ところが、ベランダに出たら・・・快晴!スケッチブックをあわててリュックに詰め込みながら考える。さて、どこへ行こうか。日光霧降高原は、草原も紅葉が美しい。しかし、泊まりたいペンションがどこも満員。那須の山峡のランプの宿、三斗温泉に行こうか。紅葉の山の傾斜面に広大な露天風呂がある。しかし、今からだと着くのは日暮れ時。今日は、とりあえず近くの秩父にと西武線に飛び乗った。高麗の里でひとまず降り立つ。昔、帰化人が住み着いた里は、丘陵が美しい。絶えず、隣国から襲われた大陸の民は、島国の民が住みやすいという平野には住まず、一望のもとに見渡せぬ丘陵を選んだ。だから、帰化人阿智の臣が住んだ、飛鳥や奈良の丘陵の多い風景とどこか似ている。巾着田は、彼岸花も過ぎ、コスモスも終わり、秋の菊が人気ない里に揺れていた。帰りに、不思議な居心地のよいカフェに立ち寄った。名は阿里山。英国人の主人とタイ人の奥さんが経営とか。無能な建築家まかせの画一的な日本人の家と違って、外国人の家には、主人の個性がすみずみに感じられる。高い天井、木目のベランダのカフェテラスが感じが良い。二階では、ネパール支援団体の円座を囲んでのアットホームな団欒会。月収5千円ほどの貧しいネパールでは、燃料などに木々を切ったり、マラリア退治に森を伐採した結果、いまや国土のほとんどの森林が消失したそう。地道な国土緑化運動を行っているNGOの人々が話をした。海外の国土を心配して、こんな活動を行う人がいる一方、日本の自然林のすでに60%を死の植林で破壊した林野庁と言う犯罪者集団に抗議する人はいない。展示はネパールの羊毛や麻を草木染で染めたザックやセーター。化繊と違う肌合いと柔らかい色彩があった。ネパール料理を売っている瞳の美しいネパール娘を描いた。名前はANU、ネパール語の教師。緊張している風なので描きながら話しする。「ヒンズー教では、主人が死ぬと、若い何人もの奥さんは、一緒に生きたまま焼かれたり埋葬されたそうだけど。ほんと?」「昔はインドではあったそう、でも今はないわ。」描いた絵が気に入ったらしく、「これは私を描いたのだから私のもの。」と言う。「えっ、ピカソの描いた絵は、モデルのもの?」と言ってもなかなか引き下がらない。ふくれっつらの表情すら可愛かった。結局、彼女のディジカメで撮って納得。絵のお礼にと「ネパールのビーンズ料理」をくれた。今、これを書きながらワインのつまみにしたら・・けっこう美味しい!!でも、ANUさん。あまり売れなかった理由知ってる?日本人は、料理の外観に凝る民族なんです。僕も口に入れるのに勇気がいったけど、湿った褐色のネパールのビーンズの粒は、秋の野でときおり見かける、獣のふんにそっくりだったんだよ!
2005/11/12
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「ねえねえ、お母さん、あのチーズケーキ食べたい」「じゃあ、珈琲セット頼んで。珈琲はお母さんが飲んでいい?」「あんな苦いもの、ぜーんぶお母さんにあげる」息子も父親と同じ交渉をして成立!晩秋の秋はぽかぽかと暖かく親子4人幸せななひとときを過ごした思い出。霧が峰高原の粋なコロボックルヒュッテに一人旅のスケッチ旅行で立ち寄り窓辺の珈琲カップと外の高原を描いた。左下に空間ができたので、赤い帽子にしたら何気なく、そんな会話が浮かんできた。わが娘にも、そんな頃があった。「お父さん、大好きと言え」「大好き!」無邪気で、天衣無縫だった娘。堅固に見えた、幸せな日々。誰も思ってもいなかった。幸せのかなめの母親がいなくなるとは。火炉に入る母親の棺に伏して号泣した娘。赤い帽子を描きながら、そんなことを思い出していたら・・涙がとまらなくなった。先週は、山仲間と北八が岳で年に一度の大合宿の予定だった。四方から登った各仲間が、北八の池の山小屋に合流する。総勢、40人近い大合宿。スケッチブックを入れてリュックの準備ができた。その金曜の深夜に娘から電話。旦那さんがいないので、泊まりにきてと。娘には新しい命が宿っていた。まだ、二十日も先なのにと思うも、なんとなく胸騒ぎがして・・・。急いで、山行を取り消した。土曜の夜は、娘と静かな夜をすごしいろんなことを話した。翌朝、隣室の娘から携帯に電話。「お腹が痛いから動けない、タクシー呼んで!」娘は自分で起き上がるのもやっとの状態。重いバッグをふたつ抱え、娘を支えて産婦人科へ。待つことしばし。気になって病室のまわりをうろうろはらはら。やがて・・「おぎゃー!」と赤ん坊の声。娘は、無事、母親となった。若く見える私は・・・赤ん坊の父親に間違えられた!娘は、病床の母を支えて6年間、家事全般を伝授された。人の心の悲しみも。生きていることの喜びも。耐えて生きることの大切さも。一生かかって体得することを、しっかり、母から学んだから、きっと、いい母親になるだろう。
2005/11/03
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