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2月は昔の美しい言葉で言えば、如月(きさらぎ)。如月と言う語感には冷ややかで、睦月ほどのにぎやかさもなく、弥生のような春の気配もない感じが伴う。どっちつかずの、とまどいの月。そんな感覚にぴったりの句がある。 如月の 人の華燭の 銀のさじ華燭の宴に招かれて、華やかな宴の雰囲気にとけこめずにいるひややかな気持ち。高価な銀のさじの冷たい感覚が如月にぴったり。創った人の名を思い出せないけど、こんな美しい冷ややかな句を作る女性は、とても鋭敏な豊かな感性で日々を生きているのだろう。ところで、先月、苗場に初めて行った。スキー場は、やや無理に作ったよう。変化に富みすぎて滑りやすいところが少なかったけど。ドラゴンドラと言う長いゴンドラに乗っていった山頂の景色はとても素晴らしかった。素晴らしいはず。いつも登っていた苗場山頂への美しい登山ルートの美しい紅葉樹林を根こそぎ、なぎ倒して作ったスキー場。いつの間に誰が、こんな自然破壊を許したのだろうか。ぶなやくぬぎの自然林を徹底的に破壊尽くしたスキー場だった。和田小屋を囲むうっそうとした紅葉の樹林が影も形もなくなくなっていた。そして、さびしく、かつ美しい雪の壁があった。苗場の宿は破壊の犯人、西武系列のホテルを嫌い、昔は大名が泊まった浅貝の旅籠屋、「本陣」実は、日本に帰って心底古来の日本を感じる小説が読みたくなっていた。「山からの絵本」という素晴らしい画文集の名作をなした辻まこと氏はお父さんだったアナーキストの先鋭的理論家辻じゅん氏と巴里にいたとき、ふたりで中里介山の「大菩薩峠」を読みふけったと言う。私も、いま全く同じような心境にある。今、たそがれ清兵衛が話題になっているけど、藤沢周平の名作は10年前にほとんど読んでいた。藤沢周平の小説の落ちはいつもほっと心に灯が灯る。とてもあたたかく優しい。オーヘンリーの短編集ににている。森鴎外の高瀬舟のように非情な突き放した眼ではない。今は、もっと過酷な、あるシリーズを読み漁っている。このシリーズの短編の落ちは、藤沢周平の対極にある。つい信じて巻き込まれた主人公が味わうのは、皮肉な悲哀に満ちた結果である。「渡世人は、あまり表情を動かさなかった。その切れ長の眼は沈みきったいた。その虚無的な翳りが、笑いを知らないような凄みを漂わせていた。その渡世人は唇は引き締まっていた。唇の左端には五寸ほどの長い楊枝がくわえられていた。渡世人が息をもらすと木枯しのような風の音が鳴った。」孤独な渡世人、木枯し紋次郎も、ここにわらじを脱いだことのだろうか。上州新田郡三日月村には、いまも紋次郎という名の墓があるそう。この雪の露天風呂で知り合った叔父さんが、見てきたと話していた。むかし、そんな風に孤独な影を背負って旅していた束縛が嫌いな無頼な人も多数いたのだろう。そんなして旅できるなら、無頼無宿の旅をしてみたい気がする。その頃の旅は、今以上に人情が厚く、かつ一方では今以上に非情であったのだろう。そんな事を考えながら入る宿の露天風呂も良かった。まさしく雪の露天風呂。白い雪のたっぷりと積もった庭を見ながら、ゆっくりと湯に浸かっていると心底、大和の国にいることを身体の髄から感じた。 ひさしより 大往生の しずり雪もう湯殿の灯が消える頃だった。「不必要に分厚く節穴のない」板壁の向こうでしずかに湯浴みする音が聞こえた。 灯を消して 湯浴みするかや 雪女
2004/01/31
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一年間もの海外滞在をしっかり終えて帰国したので、たっぷり25日間の休養期間を取った!その間は、全く仕事なし!この快感! スペインでは夏の休暇はこれが当たり前とか。長い海外滞在のおかげで、日本では気づかなかった楽しみがいっぱいあった。赴任地は、登山やスキーの風習?がほとんど無かった!子持ち昆布も白子も讃岐うどんも醤油らーめんももずく酢も無かった!しばし秋津界隈の居酒屋探訪の楽しかったこと!日本人ほど多様な食材を独特の味付けで楽しむ民族があるだろうか?と思った。その豊富なこと!美味しいこと!そして、山仲間の誘いを受けて、1年間眠っていた「自然回帰活動」はフル回転。まずは箱根山荘に数日。雪の樹林を歩いて駒が岳へ。大晦日は大菩薩峠の山小屋介山荘へ。山小屋の恒例とかで吟醸酒、ワインの飲み放題!次は熱海の山荘に1泊。翌日は山の会の新年恒例の雑煮山行。ここでは雑煮の食べ放題。久しぶりで食べた餅が美味しかった!食べてばかりでは、肢体の美観をそこなうと行動開始。スキー三昧、露天風呂三昧。まずは戸隠スキー場へ。東京からわずか3時間で到着する変化に富んだスキー場。山の会の恒例のスキーツアーとか。北アルプスの連山を眺めながら心地よい滑降。最近は、もっぱら自在に滑れるショートスキー。このストックいらずの短いソリのとりこになっている。 樹林滑降いずこで逢わむ雪の精 舞う雪も積もるも消ゆも雪の中
2004/01/22
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大晦日の早朝、山梨の塩山からタクシーで柳沢峠へ。そこから5時間、雪の尾根を越えて、大菩薩峠へ向かった。6人の山仲間と心地よい新雪を踏み黙々と歩いた。一年ぶりの雪山を歩く幸せ。山頂は肌を切るような雪風を受けて通過。暖かい炬燵の中のけだるい感覚より、この寒気に張り詰めた緊張感が好きだった。やがて雪を舞い上げる雪煙のなかに今夜の宿、介山荘が見えてきた。山小屋は山好きのたくさんのパーティでやがて満員。それから、就寝の10時まで、思いがけない宴となった。数々の山小屋の若主人の心配りがあった。年越し蕎麦も食べ放題。飲み頃に冷えた白ワインと吟醸酒も飲み放題。若主人は歌舞伎役者ばりの独身の好青年。その陽気な司会で全員参加の歌やかくし芸や恒例の豪華景品があたる陽気なゲームが始まった。私も昔ワンゲル歌唱指導係りの美声?を披露した。これほど、心からもてなしてくれる山小屋をほかに知らなかった。山宿でもっとも思い出深い夜となった。最短距離だとタクシーで降りて2時間ほどの山小屋、介山荘。山好きの独身女性の方、ぜひお嫁さんに立候補方。とても素敵な若主人です。酔って歌って酔いを醒ましに氷点下の峠に出ると、いつしか満点の星空。翌朝は雪の道をふたたび登って小さなピークへ。初日昇るかじかんだ指の雪の尾根大菩薩峠の尾根からは40km離れた富士の霊峰がいつも見えた。初日を待っている間に、山肌が刻々と茜色に変わった。片肌に茜装う初日富士 元旦は、ふたたび大菩薩嶺から美しい草原の丸川峠を経て下った。南アルプスの千丈、甲斐駒、北岳ほかの雪の峰をながめつつ尾根をたどった。樹氷の枝が雪の富士を遠く指し示していた。4時間半雪道を歩き、心地よい疲れを感じる頃、ふもとに降り立った。待っていたタクシーで塩山の熱い温泉へ一目散。1時間ほどゆっくりと湯につかって雪道をのべ9時間歩いた脚をいやした。紅白もボブサップも無縁の大晦日。悔いの無い新たな年の始まりとなった。今年も去年同様良い年となりそうです。
2004/01/02
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