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「ベン・ハー」(1925) BEN-HUR : A TALE OF THE CHRIST監督 フレッド・ニブロ 原作 ルー・ウォーレス 脚本 ケイリー・ウィルソン ベス・メレディス 撮影 ルネ・ガイザート,カール・ストラス パーシー・ヒルバーン,クライド・デ・ヴィンナ音楽 ウィリアム・アクスト出演 ラモン・ノヴァロ,フランシス・X・ブッシュマン メイ・マカヴォイ,ベティ・ブロンソン,マーナ・ロイ 本編141分 モノクロ&部分的にカラー スタンダードサイズ アメリカ映画がサイレントだった時代の超大作「ベン・ハー」(1925)をDVDで鑑賞。 コスミック出版の500円(価格400円)DVDです。画質も不満のないもので、字幕翻訳も上手です。 ローマ帝国の支配下にあるパレスチナ。ユダヤ人の豪族ハー家の長男ベン(ラモン・ノヴァロ)は幼友だちのローマ人メッサラ(フランシス・X・ブッシュマン)と再開する。兄弟同然に育った親友との再会を喜ぶベン・ハーだったが、メッサラはそうではなく、かつての彼とは人物がちがっていた。今ではローマ軍の武人であり、ユダヤ人のベン・ハーを軽蔑した態度をとる。 ローマから新しい総督が赴任してきて、その盛大なパレードが行われた日、ベン・ハーは家族といっしょにベランダから見物していて過って瓦を落としてしまう。総督に怪我をさせてしまったことで、ベン・ハーは母(クレア・マクドウェル)や妹(キャスリーン・キー)とともに、メッサラによって捕らえられる。 ベン・ハーは重罪人として奴隷の身分に堕とされ、母と妹は地下牢に投獄される。 ベン・ハーが漕ぎ手として乗船するローマ海軍のガレー船団を海賊が襲い、その海戦でベン・ハーが乗る船は沈められてしまう。彼はローマ海軍の司令官アリウス提督(フランク・カリアー)を救助したことで、アリウスは命の恩人である彼を自分の養子に迎える。 自由と豊かな暮らしを得たベン・ハーは母と妹を探すために旅に出る。 ベン・ハーはかつてハー家に仕えていた豪商シモニデス(ナイジェル・ド・ブルリエ)と、その娘のエスター(メイ・マカヴォイ)に出会い、ベンとエスターはたがいに惹かれあう。 そしてベン・ハーは戦車(チャリオット)競争に出場することになり、対戦相手の中には憎い仇敵のメッサラがいた。数万人の観衆を前にかつての親友と、いまはユダヤとローマという民族どうしの威信を賭けた戦いがくりひろげられる。メッサラは卑怯な手段でベン・ハーの戦車を倒そうとし、その結果、落命してしまう。 勝利したベン・ハーはユダヤの民衆に、ローマ人が処刑しようとしているユダヤの預言者イエス・キリストを救おうと呼びかけるが、処刑場でキリストはベン・ハーの救いの手を拒否する。 キリストが病気を快癒させた2人の女性がいるとベン・ハーは知らされ、それは探し求めていた母と妹だった。キリストは磔刑を甘んじて受け、その神の奇跡は、母と妹だけでなく、そして世界中の虐げられる人々に降り注ぐこととなった。 物語は、私たちがよく知っている1959年版「ベン・ハー」(ウィリアム・ワイラー監督)と同じです。ベン・ハーと仇敵メッサラとのいさかいの原因などは、ちょっと異なり、ヒロインのエスターとの関係もちょっと異なっているけれども、基本的ストーリー展開は同じ。 1925年という、日本では大正14年ですが、この時代にこれだけの大スケールのスペクタクル映画があったことに驚かされます。 エルサレムに新総督が赴任してきたときのパレードや、ベン・ハーがローマの英雄となって凱旋するパレード、最大の見せ場である戦車競争が迫力ある描写で展開する競技場の大観衆。これらのスペクタクル場面にいったい何人のエキストラが動員されているのだろう? スペクタクル歴史劇の代表作である1959年版「ベン・ハー」にけっして劣るものではないし、むしろ軍艦が激突する海戦のシーンなどはこの古いサイレント版のほうが優れているのではないか。 基本的にはモノクロですが(赤や黄色の画面になったりする)、聖母マリアやキリストの誕生など宗教的なシーンがカラーで彩色されている(初期の2色法テクニカラー)。部分的にしかカラーが採用されていないのは、まだ色彩映画が普及する以前で、全体をカラーにする余裕がなかったのかもしれない。 サイレント映画といって侮るなかれ、です。一見の価値ありという以上の、必見の作品。
2018年03月03日
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アメリカにおいて映画は巨大ビジネスだったのですが1950年代になるとテレビが一般家庭に普及したことで観客が減少し、斜陽産業となってゆく。 シネマスコープや立体音響、シネラマなどはテレビに負けまいとして、観客を映画館に呼び戻そうとした努力のたまものです。 かつては花形産業だった映画会社は経営に苦しくなっていた、そんな1959年。特に20世紀フォックスは苦しかったそうで、所有する土地を売ったりしたが、それでは根本解決にならず、大ヒット確実の作品を撮るしかないと。 大ヒットを見込める映画は?となって生まれたのが「クレオパトラ」の企画だった。当初の予定では予算200万ドル、撮影期間2ヶ月だったのが、最終的に4400万ドル、4年間になった。 撮影地の選択ミス、はじめはイギリスのパインウッド・スタジオに巨大セットを組んで開始したのですが、天候が悪いためにいっこうにはかどらない。天候待ちで無駄な日数が増えてゆく。その後、イタリアのチネチッタ撮影所に移動するのだが、パインウッドの巨大セットがほとんど使われることなく取壊されることに。このような無計画のための無駄が増えてゆく。 さらに主演のエリザベス・テイラーが流感をこじらせ肺炎になって一時危篤状態に。その回復待ちのためにさらに撮影が遅れる。 監督の交代、脚本の書き直し、出演俳優の交代など、トラブルが続出。 ようやく完成した「クレオパトラ」は6時間もの大作。監督・脚本のジョセフ・L・マンキウィッツは2部構成の「シーザーとクレオパトラ」「アントニーとクレオパトラ」の、それぞれ3時間の作品にするつもりだったそうです。 経営危機に陥った20世紀フォックスの新社長となったダリル・F・ザナックはそれを短縮させて、4時間に編集。 仮に各3時間の2部構成で、第1部の「シーザーとクレオパトラ」を公開し、その半年後に第2部を公開することにしたら、その半年後にエリザベス・テイラーとリチャード・バートンが別れていたらどうなるんだ?、と。 当時エリザベス・テイラーとリチャード・バートンは、それぞれ夫と妻がある身での不倫スキャンダルを起こしていて、その話題性がある早いうちに公開すべきだと考えた。 完成プレミア上映がおこなわれ、その時のものが現在のDVDとブルーレイソフトになっている251分版です。劇場公開ではさらに編集カットされて194分になった。 豪華なセットと衣裳。格調のある音楽と延べ20数万人というエキストラと巨大なセットによる大スケールのスペクタクル歴史劇。たいへん面白いという意見と、凡庸で退屈という意見、評価が分かれる作品です。 私は、歴史劇が好きなので、退屈することなく面白かったし、見ていて楽しかった。 冒頭で政敵ポンペイウスの軍を破ったシーザーが、戦場跡で多くの戦死者を焼く煙を見て暗い顔をする場面。 勝利の喜びがなく、敵も同じローマ人ではないかと。すべてはポンペイウスが悪いと云う。 そのポンペイウスがエジプトへ逃げたと聞いて、シーザーは軍をエジプトへ向かわせる。 エジプトのアクレクサンドリアへ上陸したシーザーはこの地でポンペイウスが殺されたことを知る。 エジプトでは王位を巡ってプトレマイウス13世と姉のクレオパトラの内紛が起こっていて、シーザーはクレオパトラに肩入れし、彼女を女王の座につける。 クレオパトラが絨毯にくるまってシーザーのもとへ現れるシーンはよく知られたエピソードですね。 シーザーとクレオパトラはお互いに利用価値を認めていて、それが恋愛関係へと向かい、政治的なやりとりの面白さがあって一息に見せる。クレオパトラのローマ入城、シーザーの暗殺、とつづき、後半になるとアントニーとの恋愛ドラマが目立つようになってしまったのが惜しいところですが、全体に見てけっして凡作ではなく、最高にぜいたくな歴史劇映画として見応えがある。現在ではぜったいに作ることのできない超大作です。
2016年02月21日
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「クレオパトラ」(1963) CLEOPATRA監督 ジョセフ・L・マンキウィッツ製作 ウォルター・ウェンジャー脚本 ジョセフ・L・マンキウィッツ シドニー・バックマン ロナルド・マクドゥガル撮影 レオン・シャムロイ特殊効果 L・B・アボット編集 ドロシー・スペンサー音楽 アレックス・ノース出演 エリザベス・テイラー、レックス・ハリソン、リチャード・バートン ケネス・ヘイグ、マーティン・ランドー、ロディ・マクドウォール 本編251分 総天然色 シネマスコープサイズ 紀元前エジプトのプトレマイウス朝最後の女王クレオパトラ。その名を知らない人はいないだろうとのことで、歴史上の人物では最も有名な女性です。 1959年、そのクレオパトラを主人公にした史劇映画を撮ろうと考えた人がいたのですが、これが製作費を湯水のように注ぎ込み続けたあげく金食い虫になり、莫大な金額(当時の4400万ドル)に膨れあがり、20世紀フォックス社が倒産しそうになった(映画は大ヒットしたものの、製作費を回収し、赤字を免れるにはその2倍以上の興行収入をあげないとならない)。 結局、「史上最大の作戦」と「サウンド・オブ・ミュージック」の高収益のおかげでなんとか倒産はさけられたものの、この大失敗の不名誉は映画史に記録されるできごとです。 劇場公開版は本編194分だったそうで、現在DVDやブルーレイソフトで見られるのはプレミア公開版の251分。4時間以上もの長時間映画ですが、これでもまだカットされていて、元々は6時間もあったとか。 これまでにクレオパトラを描いた映画はチャールトン・ヘストンがアントニウス役の「アントニーとクレオパトラ」(71)、それと手塚先生のアニメ映画「クレオパトラ」(70)しか見ていなくて、この本家?「クレオパトラ」はその長時間のせいか食指がわかず、ずっと見ずじまい。今回初めてのDVDでの鑑賞です。 このような歴史映画は予備知識がないと面白さが半減してしまうので、基礎だけでも調べてみました。■クレオパトラ 前69~前30 エジプトのプトレマイウス朝最後の女王(在位 前51~前30) ギリシア系の美人で、カエサル、アントニウスを次々に魅了し、その勢力を利用して王位を保持した。オクタヴィアヌスに敗れ、絶望して自殺した。■カエサル 前100頃~前44 平民派の政治家。第1回三頭政治をおこない、前58年からガリアに遠征して、権力基盤を固めた。ポンペイウス(ローマの将軍・政治家)と対立してこれを打倒し、前46年にディクタトル(非常時の臨時職で全権を委任された独裁官。元老院の提案で執政官の1名が任命された。任期は6ヶ月で再任は認められなかった)となり、さらに前44年終身ディクタトルとなって、独裁権を握った。属州の徴税請負人の廃止、ユリウス暦の採用などの諸改革を実施したが、ブルートゥスらの共和主義者によって暗殺された。■アントニウス 前82~前30 カエサルの部将。第2回三頭政治でエジプトに赴き、クレオパトラに魅了されて、オクタヴィアヌスと対立した。アクティウムの海戦に敗れて自殺した。■アクティウムの海戦 前31 ギリシア西北海岸沖でオクタヴィアヌスがアントニウス・クレオパトラ連合軍を撃破した戦い。古代最大の東西決戦で、ローマの地中海制覇が完了した。■オクタヴィアヌス 前63~後14 カエサルの養子。第2回三頭政治に参加したがしだいにアントニウスと対立した。 前31年のアクティウムの海戦に勝利し、前30年エジプトを併合して、全地中海域の平定を完成した。前27年元老院からアウグストゥスの称号を受け、実質的に皇帝の地位についた。 続きます。
2016年02月20日
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「SOS北極 赤いテント」(1969) LA TENDA ROSSA KRASNAYA PALATKA THE RED TENT監督 ミハイル・カラトーゾフ製作 フランコ・クリスタルディ ポール・マスランスキー脚本 エンニオ・デ・コンチーニ ミハイル・カラトーゾフ リチャード・アダムズ撮影 レオニード・カラシニコフ音楽 アレクサンドル ・ ザツェーピン出演 ショーン・コネリー、クラウディア・カルディナーレ ピーター・フィンチ、ハーディ・クリューガー マッシモ・ジロッティ、ニキータ・ミハルコフ、マリオ・アドルフ 本編150分 総天然色 スタンダードサイズ 1928年5月。イタリアのノビレ将軍を隊長とした北極探検隊の飛行船が遭難し、捜索に加わったアムンゼンが二次遭難して亡くなったことで有名な事件を描いたイタリア・ソ連合作の1969年作品です。 DVDのタイトルは「SOS北極 レッド・テント」。日本公開は1970年9月で、邦題は「SOS北極 赤いテント」です。金沢駅前の都ホテル地下街にあった金沢ロキシー劇場で上映され、学校が創立記念日で休みだったので、友人と見に行ったら補導員のおばさんに「君たち学校はどうしたの?」と声をかけられたのを今でも憶えています。 この映画、ずっとDVD化がされていなく、たまたま書店のワゴンセールで見つけた480円格安DVDソフト。「レッド・テント」などとタイトルが変えられているのでちょっと気がつかない。 劇場公開時はシネマスコープサイズだったように思いますが、このDVDは両端をトリミングされたスタンダードサイズ。画面は揺れるし、画質もぼやけてお世辞にも良いとはいえないものです。 1928年、イタリアのノビレ将軍(ピーター・フィンチ)を隊長とする探検隊が乗った飛行船が北極点を目指して飛び立ちます。 この極地探検はイタリアの政権を握るムッソリーニがその威信を賭けてノビレ将軍を送り出したもので、飛行船も「イタリア号」と命名。イタリア号は順調に航行し、やがて北極点に到達する。 ノビレ将軍は成功を打電するが、天候が悪化したために北極点への着陸を中止せざるを得なくなる。悪天候が続き、諦めて引き返す決断をしますが、エンジンが氷結し高度を維持出来なくなってイタリア号は氷上に激突してゴンドラ部がもぎ取られてしまう。気嚢部に置いてけぼりをくわされたゴンドラ部に乗っていたノビレ将軍たち9名の隊員は極寒の北極で救助を待つことになります。 キャスティングではアムンゼン役のショーン・コネリーさんがトップになってるけど主役はノビレ将軍のピーター・フィンチです。遭難した9人が氷上でのサバイバル。テントを赤い塗料で塗って救助を待つのですが、隊員の3人が歩いて助けを呼びに行くと言いだして隊長のノビレ将軍は無謀で自殺行為なのを承知で許可する。 その後、テントに残った6人は救助されるのですが、真っ先にノビレ一人が救助の飛行機で帰還したことで隊長が部下を見捨てたと批難されることになります。 実際に起こった事件をテーマにした映画ですが、1928年当時の北極探検隊が出発基地としたノルウェーのニーオースレン(キングズベイ)にはノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ソ連など多国籍のパイロットたちが集まって単独または共同で、生存者と行方不明となった飛行船乗組員の捜索に加わったそうです。 出演者はそのまま国際色豊かな顔ぶれです。 監督、撮影、音楽はソ連人。出演者は英国のピーター・フォンチとショーン・コネリー。イタリアのクラウディア・カルディナーレ(紅一点の看護婦ワレリア役)とマッシモ・ジロッティ、ドイツのハーディー・クリューガー(戦争映画でよく顔を見る)、イタリア系ドイツ人のマリオ・アドルフ(マカロニ西部劇に出ていた)など。 この作品は、DVDは本編150分のソ連版(ロシア語)で、他にインターナショナル版として120分(英語?イタリア語?)のバージョンもあるらしく、日本で劇場公開されたのはDVDと同じソ連版とのこと。だとすれば私が高校生の時に見たのもソ連版だったことになるけれど、挿入曲「ワレリアの恋」の流麗な旋律を憶えているくらいで、内容はすっかり忘れていました。 150分は長すぎるようです。余計な、どうでもいいシーンが長々とあったりして見ていてイラッとさせられる。遭難救助をサスペンス的に描いた娯楽映画とすれば120分版のほうが良いのかもしれません。
2015年06月06日
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「スパルタ総攻撃」(1962) THE 300 SPARTANS監督 ルドルフ・マテ製作 ルドルフ・マテ ジョージ・セント・ジョージ脚本 ルドルフ・マテ ジョージ・セント・ジョージ撮影 ジェフリー・アンスワース音楽 マノス・ハジダキス出演 リチャード・イーガン、ラルフ・リチャードソン デヴィッド・ファーラー、ダイアン・ベイカー、バリー・コー 本編117分 総天然色 シネマスコープサイズ ファンタジー・アクション映画「300〈スリーハンドレッド〉」(07)と「300 帝国の進撃」(14)を見たことで紀元前480年のペルシア戦争に興味がわいて、同じ「テルモピレー(テルモピュライ)の戦い」を描いた1962年の映画「スパルタ総攻撃」をDVD鑑賞しました。 ペルシア王クセルクセス(デヴィッド・ファーラー)は、先王ができなかったギリシア征服の野望を達成しようと200万の大軍を率いて侵攻してきます。 この危機にさいして都市国家で構成されるギリシアの意見は統一せず、ペルシア軍の矢面に立たされる北部の諸国は開戦すべきと主張するが、慎重論や日和見もある。 主戦派はアテナイのテミストクレス(ラルフ・リチャードソン)で、ギリシア最強の軍を持つスパルタのレオニダス王(リチャード・イーガン)も彼に賛同し、ペルシアと最も離れているにもかかわらず軍の派遣を宣言する。 アテナイのテミストクレスは自国海軍を指揮し、スパルタのレオニダス王と共に汎ギリシアとしてペルシア軍に立ち向かうことになります。 ペルシアの大軍の噂が事実であるとの情報を得て、テミストクレスと相談したレオニダスは、山と海にはさまれた狭隘な地形のテルモピレーで迎え撃つ作戦を立てる。 レオニダスは議会に全軍の出撃を要請し、「スパルタ軍がアテナイ軍の先に出る必要はない」との反対意見をギリシア全体の存亡に関わる危急の時であると説得。 議会は渋々認めますが、数日後におこなわれるカルネイア祭が終わってからとの条件をつけられてしまう。 祭が終わるのを待っていてはペルシア軍にテルモピレーを通過されてしまうし、アテナイとの共同作戦の約束が果たせない。 レオニダス王は自分の親衛隊300人のみを率いてテルモピレーへ向かうことになります。「300〈スリーハンドレッド〉」(07)はペルシア王クセルクセス(ロドリゴ・サントロ)とスパルタ王レオニダス(ジェラルド・バトラー)と王妃ゴルゴ(レナ・ヘディ)が中心で、続編の「300 帝国の進撃」(14)はペルシア王クセルクセスの下で海軍を指揮する女性司令長官アルテミシア(エヴァ・グリーン)とアテナイ海軍のテミストクレス(サリバン・ステイプルトン)が海戦で雌雄を決する話でした。 この2作品の登場人物たちが共に1962年の「スパルタ総攻撃」(原題は「300のスパルタ人」)に出ています。ペルシアのクセルクセス王と海軍を指揮するアルテミシア(ハリカーナサス国女王)。スパルタのレオニダス王と王妃ゴルゴ。アテナイのテミストクレス。 アルテミシアの海軍は予算のつごうなのか、軍艦も海戦もまったく描かれませんが、「300」2本の人物たちがまとめて登場するので、その人物の位置関係がわかりやすいです。 レオニダス王が自分の親衛隊を率いてテルモピレーに布陣するのですが、この土地はスパルタから遠く離れていて、ゴルゴ王妃が出撃を聞いて、「そんな遠くへ」と言う。スパルタの玄関口ではなく、そこを破られたら大変だというわけではないんですね。なんでレオニダス王は他国の地であるテルモピレーで玉砕しなければならなかったのか。 小さな都市国家が集まったギリシアは、けっして一枚岩に団結していたわけではない。 強大なペルシアの侵攻にあって、いったんは団結したかもしれないけど、その戦いが終わって脅威が去れば元の木阿弥、お互いのエゴが現れてバラバラになる。「300」がスタジオ撮影とCGで作られたのに対して、40数年前の本作はギリシャロケと多数のエキストラを使って撮影されています。ペルシア軍が行軍するシーンは数千人のエキストラが使われているのではないでしょうか。 しかし、そのエキストラの多さが戦闘場面でまったく活かされず、300人のスパルタ兵にペルシアの大軍が撃退されて歯が立たない設定なのに、スパルタ兵の陣形も薄っぺらで強さも闘志も感じられず、なんで大軍のペルシア兵が負けるのか。子供の学校の運動会を見ているような戦闘シーンの迫力のなさにはため息がでるほど。 この「スパルタ総攻撃」は面白い映画とはいえず期待外れでした。出演俳優に魅力がないし、「300」の背景がわかりやすくなる程度で、決してお薦めできるようなものではありません。 1962年当時は歴史を題材にしたアメリカやイタリアの映画が多くあって「史劇」というジャンルが存在しました。莫大な製作費がかかるということで、興行に失敗すれば大損失をこうむるリスクがあり、1970年代になると廃れてしまった「史劇」映画です。 その廃れていた「史劇」が、コンピューターグラフィックの発達のおかげで、再び作られるようになった。 現代は多数のエキストラや大がかりなセットを建設しないでも、どんな場面でもCGで作れるようになったのですが、見ていてCGを意識してしまえば、どんなに大スペクタクルなシーンでも「すごいな」と思う感動がなくなりましたね。アクションの迫力はあるかもしれないけど。
2015年05月29日
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「レッドクリフ」(08)は面白いです。近年に見た映画では屈指の傑作ではないかと。 映画を見て、これだけ夢中になったのは久しぶりです。「三国志演義」の最大の見せ場である「赤壁の戦い」を描いた作品で、三国志の主要キャラクターがそれぞれ魅力的に登場します。 主役は呉の大都督周瑜と、劉備玄徳に仕える軍師諸葛孔明。 呉の孫権。敵役(悪役?)として曹操。 お馴染みの関羽と張飛、趙雲。特に好印象を残すのが呉の重臣の魯粛ですねぇ。周瑜と孔明の間に立ってアタフタとする好人物です。「赤壁の戦い」は長江を下って来た曹操の大艦隊と赤壁に本拠をかまえる呉の周瑜率いる軍勢が江をはさんで対峙する。 圧倒的な戦力差があるはずの曹操ですが、赤壁対岸(北岸)の烏林に集結して動かず持久戦に入ります。陸上に鉄壁の陣地を築き、艦隊を連結させて海上要塞を構成する。 多数の船舶を連結させて一つの巨大な構造物にする。「赤壁の戦い」で有名な「連環の計」です。これは「三国志演義」(吉川英治さんの「三国志」も)ではのちに劉備の軍師になるほう統(漢字表示できず)が曹操に面会して進言した策です。 曹操の軍勢は強行軍の遠征、さらに慣れない長期の船上生活の船酔いで兵たちが疲労困憊し、病人が続出している。それを船を連結することで揺れも少なくなって平地を行くがごとく働ける。自然、病人も減るでしょう、と。 映画「レッドクリフ」では、この「連環」は荊州水軍の蔡瑁と張允が発案したことになっています。連結してもいざ危急の時はすぐに解けます、と言っている。 この蔡瑁と張允は曹操が荊州に侵攻したさいに投降して配下に加わった人物で、水軍の専門家で、呉の周瑜が彼らがいては面倒だと、計略にかけて曹操に裏切りの疑惑を持たせて斬られるように仕向けます。 なので、この映画では「連環」はあっても「連環の計」はないということですね。 しかも「連環の計」とセットになっている「火攻めの計」と黄蓋の「苦肉の計」も、映画では独自のものになっています。 黄蓋が周瑜に鞭打ちの刑にされて偽りの裏切りに説得力を持たせて曹操陣営に接近する「苦肉の計」は周瑜があっさりと却下してしまう。 そこで肝心の「火計」ですが、この「火計」も風向きを見て曹操が先に実施しようとする。 風は曹操陣営のある烏林の方から呉の陣営がある赤壁の方へ向かって吹いている(西北の風)。戦力の劣る呉軍が火計を用いるのが兵法の常識だが、この風向ではそれは不可能だ。彼らが火を着ければ自分の方へ火が広がる。火攻めの計を用いるのはこちらだ、煙硝と油と枯れ柴を船に積んで準備しておけと命令します。 諸葛孔明が、今は西北の風だが夜半から東南の風に逆転すると予言します。孔明は優秀な気象予報士でもあるんですね。 孔明の予言通りに風向きが変わって東南の風になる。満を持した黄蓋の船隊が満載した煙硝・油・枯れ柴に点火して、連環した敵艦隊に向かって突撃してゆく。 曹操の「火計」と周瑜の「火計」。風向きが変わる時間までに曹操が戦端を開いて火計で攻めるか、風向きが変わる時間まで曹操が遅れれば呉軍の周瑜側が火計を実施できる。 風向きが変わる時までの時間稼ぎさえできれば、となって、登場するのが周瑜の奥さんの小蕎です。彼女は単身、曹操の陣営に出向きます。 出撃準備で大忙しの曹操に小蕎は「お茶を一服いかがですか。心が落ち着きますよ」と。「なにい?丞相は女とお茶を飲んでいるだと!」、配下の武将たちがあきれるのを尻目に丞相はあこがれの小蕎にお茶の講釈をうけている。 曹操は風流人でもあるんですねぇ。お茶の上手な入れ方、お茶で大切なことは何か、とか小蕎から教えを受けている間に風向きが変わって戦機を逸してしまいます。 この映画「レッドクリフ」は面白いですね。西北から東南に風向きが変わる歴史的瞬間がうまく描けています。
2013年09月29日
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2008年の外国映画興行成績です。 金額は興行収入1位「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」 57億1千万円2位「レッドクリフ Part 1」 50億5千万 3位「アイ・アム・レジェンド」 43億1千万4位「ライラの冒険 黄金の羅針盤」 37億5千万5位「ハンコック」 31億6位「ナルニア国物語 第2章 カスピアン王子の角笛」 30億7位「魔法にかけられて」 29億1千万8位「ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記」 25億8千万9位「ウォンテッド」 25億 10位「アース」 24億円「レッドクリフ」のDVDやブルーレイソフトのジャケット裏に「Part I、II 合計興収100億円突破!」と書かれているのは、2008年の「Part I」が第2位で50億5千万円、翌2009年の「Part II」が同じく第2位で55億5千万円、合計が106億円という意味です。 ジョン・ウー監督のアメリカ・中国・台湾・日本による合作映画で、「三国志演義」を「赤壁の戦い」に限定して描いた歴史戦争娯楽大作。 中原を制覇した曹操が野心満々で80万の大軍を率いて呉に侵攻してくる。降伏論が大勢をしめる呉を対曹操戦に立ち上がらせるために諸葛亮孔明が劉備玄徳の使者として孫権、周瑜を説得におもむきます。 ついに劉備と孫権の同盟がなり、長江を下ってくる曹操の大船団を赤壁で迎え撃つことになる。黄蓋を使った反間苦肉の策で曹操を油断させ、連環の計と火計によってこれを大いに破る。 周瑜の妻である小蕎に執心の曹操。「丞相は女のために軍を起こしたのか!」と重臣が驚き嘆くのをよそに曹操は2千隻の大船団を率いて赤壁で呉軍と対峙します。 80万の曹操軍を5万の連合軍が迎え撃つ。圧倒的な兵力差に連合軍はいかに戦うのか?、周瑜の策略と孔明の奇策。周瑜と孔明の友情は映画のオリジナルですね。 三国志最大の「赤壁の戦い」をこれだけの大スケールで描き出したのはこの映画が史上初ではないでしょうか。CGと特撮を駆使した現代の映画技術ならではの娯楽アクション大作です。 前編の「Part I」が2008年11月1日に、後編の「Part II」が2009年4月10日に公開され、147分+144分。合計約5時間の「三国志」の世界。 この映画が大ヒットしたのは、日本にそれだけ多くの三国志ファンがいるということですね。 現代の中国は大嫌いでも、古代の英雄豪傑の攻防を描いた三国志は別だという人たち(私も)がきっとたくさんいるのでしょう。
2013年09月25日
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映画「ベン・ハー」(1959)のヒロインであるエスター役のハイヤ・ハラリート(Haya Harereet)さん、気品に満ちた美しさがいいですねぇ。 この女優さんは「ベン・ハー」でしか見たことがありません。 調べてみると、イスラエルの人で1931年9月20日生まれ。高校卒業後に海軍に入隊し、演劇班に所属。除隊後、舞台女優になる。 1956年の「24高地応答なし」というイスラエル映画に出演したのがウィリアム・ワイラー監督の目にとまり、1959年の「ベン・ハー」でエスター役に抜擢される。 存在感のある、落ち着いた美しさが見る人の印象に強くのこります。 超大作「ベン・ハー」を初めて見たのは1973年4月のリバイバル上映(金沢ロキシー劇場)です。その翌年、1974年4月5日、12日にテレビのゴールデン洋画劇場(フジ系 金曜夜9時~)で前後編に分けての放送されました。 チャールトン・ヘストンさんの声は納谷悟朗さん。ハイヤ・ハラリートさんのエスターは鈴木弘子さんだったか? エスターはユダヤの豪族ハー家に古くから仕える家内奴隷の一人娘。 嫁ぐことになって、父親に連れられて挨拶に訪れます。ベン・ハーは彼女に心惹かれていて、彼女も彼を慕っている。「そなたが嫁ぐ身でなければ別れのキスをするのだが」と言う彼に、彼女は「嫁ぐ身でなければ、お別れの必要はありませんものを」と答える。 これはちょっとした名台詞で、ちょっと違っているかもしれないけれど、今でも忘れないでいる。先日見たブルーレイ(1490円)にも、この名場面、名台詞はちゃんとあって、記憶違いではなかったです。 「ベン・ハー」(1959)予告編はこちら。 1974年にこの映画を放送したテレビの「ゴールデン洋画劇場」(フジTV系)は、当時は毎週金曜の夜9時からでした。「大脱走」や「トラ・トラ・トラ!」もそうだけれど、シネマスコープの作品を4:3のスタンダード画面で放送する。当時のせいぜいが20インチの小さなテレビで見るにはそのほうがいいのだろうけれど、両端がトリミングされて、全体の半分しか画面に映らない。時々、しゃべっている人が画面外にいて映らないことがありましたね。
2013年09月16日
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歴史劇映画の代表作は「十戒」(56)と「ベン・ハー」(59)の2本というのはどなたも異論のないところだと思います。 ともにチャールトン・ヘストン主演で、適役であり、大スターのヘストンさんがいなければこれだけの映画史に残る名作になったでしょうか?「ベン・ハー」の日本公開は1960年4月。私が見たのは1973年4月のリバイバルで、金沢ロキシー劇場での上映でした。 本編223分の長編なのに、時間の長さを意識せずに見た記憶があります。 ユダヤの豪族の息子ベン・ハーとローマの護民官メッサラの確執。ベン・ハーとキリストの物語であり、ローマ帝国に占領されたユダヤの物語でもある。 このような70ミリの大作映画は、現代のくすんでぼやけたシネコンの小さなスクリーンでは、その魅力は味わえないですね。昔の映画が明るくキラキラ輝いて見えたのはフィルム上映だったからでしょうか? で、本題ですが、「お家で鑑賞できる次世代に残したい名作映画96」という小冊子があります。近代映画社発売で定価580円。 その中で「ベン・ハー」が紹介されています。「ベン・ハー(ヘストン)は無実の罪で奴隷にされ、母と妹は投獄されてしまった。メッサラへの復讐を誓ったベン・ハーは・・・・」と書かれていて、これを読んだ人はベン・ハーは無実で、メッサラの裏切りにあって奴隷にされた、というふうに受け取ってしまうのでは?このような正確ではない書き方を見ると、気になってしまいます。 ローマが支配するユダヤの地エルサレム。ローマの新総督が赴任してきて、そのきらびやかな行列を屋敷の屋上から見物していたベン・ハーの母と妹。ゆるんでいた瓦を過って落としてしまいます。落ちた瓦が総督のすぐ近くに落下、驚いた馬が総督を落馬させてしまう。 警備隊は総督暗殺をたくらんだとしてベン・ハーの母と妹を捕らえて連行します。 ベン・ハーと警備隊長メッサラは幼なじみの親友で、ベン・ハーはメッサラに故意に落としたのではなく事故だから母と妹を赦してくれと頼む。 メッサラは、ベン・ハーに交換条件を出します。ユダヤの不穏分子の情報を教えろと。そうすればお前の母と妹を釈放してやると。ベン・ハーはそれを拒絶する。 メッサラは、人に頼み事をしておいて、こちらの頼みはきけないのか!と怒ります。 この事件からベン・ハーとメッサラは仲違いし、ベン・ハーも同罪として逮捕され、ベン・ハーは奴隷身分に落とされ、ガレー船を漕がされることになる。 ベン・ハーは濡れ衣を着せられた無実ではなくて、現代でいえば、彼の母と妹は過失傷害といったところか。その赦しを得ようと頼んだが、メッサラの要求を拒んだことでベン・ハーも同罪とされた。 紀元の頃の時代では、死罪になってもおかしくないのではないか。 その立場になって見れば、ベン・ハーの立場では母と妹の罪を赦してほしい。お前と俺は友だちではないか、それくらいの頼みをきいてくれてもいいじゃないか、といったところかと。 メッサラの立場になって見れば、彼は総督を警備する責任者である。その総督に向けて屋上から瓦を落とした不届き者を逮捕するのは当然の職務です。 それを赦してほしいだと?、だったらこちらの交換条件をきいてもらおうじゃないか、と。 私がメッサラだったら、同じように行動すると思います。それを恨まれて復讐されるとは・・・。メッサラはそんなに悪人ではないですね、いま見るとそう感じます。 ベン・ハーを演じるのはチャールトン・ヘストンさん。 仇敵メッサラはスティーブン・ボイドさん、です。 メッサラの副官?の役でジュリアーノ・ジェンマが出ている。
2013年09月15日
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俳優の三國連太郎さん(90歳)が14日にお亡くなりになりました。 お悔やみを申し上げます。 日本映画はほとんど見ないので、三國連太郎さんの出演作もそれほど見ていません。「宮本武蔵」で、たしか三船敏郎さんの武蔵のときに本位伝又八の役で、中村錦之助さんの武蔵のときに沢庵和尚の役だったのをおぼえています。 それと1969年の東宝映画「新選組」では芹沢鴨の役でした。 この芹沢鴨の役はNHK大河ドラマ「新選組!」で佐藤浩市さんが演じて、親子で同じ役というのは珍しいのでは。 テレビのほうでは、ずいぶん昔ですが山口百恵さんの「赤い・・・」(タイトルは何だったか?)に出ていました。百恵さんをいじめる悪役ではなかったかと思います。 今でもよく覚えているのは「関ヶ原」です。1981年のお正月に放送された長時間ドラマ。 司馬遼太郎さんの歴史小説(新潮社刊)のテレビドラマ化で、超が付くくらい豪華な配役で、現在ではこれだけの歴史ドラマを撮ることは不可能でしょう。 石田治部少輔三成を加藤剛さん、豊臣秀吉を宇野重吉さん、そして徳川家康を森繁久彌さん。三國連太郎さんは家康の謀臣として知られる本多佐渡守正信を演じました。 宇野重吉さんの秀吉も良かったですが、森繁さんの家康と三國さんの本多正信は気分が出ていて最高でした。時代劇や歴史ドラマでこれだけのイメージがピッタリのキャスティングはかつてなかっただろうし、今後もないでしょう。 ちなみに「関ヶ原」の配役は、 島左近が三船敏郎さん、加藤清正が藤岡弘さん、福島正則が丹波哲郎さん、 宇喜多秀家が三浦友和さん、大谷吉継が高橋幸治さん。西軍を裏切る小早川秀秋が国広富之さん。 女性では初芽(三成の愛妾)に松坂慶子さん、北政所が杉村春子さん、家康の側室の阿茶の局に京塚昌子さん、細川ガラシャが栗原小巻さん。 映画ではなくテレビドラマでこれだけのスターを集めたのは空前絶後のことではないかと。
2013年04月16日
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2月12日(火)にNHKのBSプレミアムで放送された映画「風とライオン」(1975)は硬派な素晴らしい作品だと思います。(原題「THE WIND AND THE LION」 監督ジョン・ミリアス) 私がこの映画を見たのは1975年4月。香林坊にあった「金沢プラザ劇場」で、当時は映画雑誌でも話題になりました。 黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」で三船敏郎さんが疾走する馬上で見せた太刀さばきを再現したかのような場面。海岸の波打ち際を馬で逃げる敵を追って上段の太刀で切り伏せるショーン・コネリーさんの見事なカッコ良さ、これが話題を呼びました。 1904年(明治37年)。北アフリカのモロッコを舞台にした歴史アクション・スペクタクル映画です。 アメリカのヘデカリス夫人(キャンディス・バーゲン)が2人の子供たちとともに、リフ族の首長ライズリ(ショーン・コネリー)に拉致される。 ライズリはアメリカ大統領ルーズベルトに対して人質と引き替えに要求を突きつけます。 欧米列強(フランス、ドイツ、アメリカなど)の蚕食に対する抵抗と抗議の意味も含め、身代金とリフ族の民族自決の権利を求める。 この映画の面白さは、そのような欧米列強が北アフリカへの権益を得るための進出と思惑(日本では日露戦争が始まった年にあたる)。 ルーズベルト大統領は選挙のためもあってライズリの要求を拒み、強硬な手段をとります。 自国民の生命財産を守るのが国家の務めであるとし、艦隊をモロッコに派遣し、海兵隊を上陸させる。モロッコ政府に対して軍事的圧力を加えます。 映画ではリフ族の首長ライズリを好意的に描き、その男らしさと威厳を見事に描き出している。 それは人質のヘデカリス夫人と2人の子供たち(男の子と女の子)の目を通して、最初は野蛮人だと思って驚くのだけれど、しだいに尊敬心が生まれる。特に男の子は、ライズリに対して大きな尊敬と憧れの眼で見るようになってゆく。 演じるキャンディス・バーゲンさんと2人の子役がとても良いです。馬にもちゃんと乗っているし、そういえばキャンディス・バーゲンさんは西部劇「弾丸を噛め」でも馬に乗りましたね。 子供を守ろうとする母親の誇りと毅然とした態度。子供たちも人質という境遇におびえることなく、強い好奇心を持って環境に溶け込んでゆく。 クライマックスで、人質交換の場に出たライズリが列強国のフランス・ドイツに騙されて捕らえられる。それを夫人と子供たち、そしてアメリカ海兵隊がいっしょになって救出しようとする、ここはアメリカ映画らしいご都合主義ではあるけれど、男の胸を熱くさせます。 アメリカ映画の主人公が異文化の内側に入っての視点から自国や先進文明国を批判的に見たもの、こういう手法は幾多の作品があるけれど(西部劇だけでなく、「ラスト・サムライ」や「アバター」など)、これもその一つか。 でも現在のアメリカとイスラム国家とでは、また違ったことになりそうで、いまのアメリカ映画ではライズリをこうまで好意的に、英雄的な素晴らしい男ぶりでは描けないかもしれない。
2013年02月22日
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1960年 外国映画興行成績です。 金額は配給収入1位 「ベン・ハー」 5億9025万円 2位 「アラモ」 2億6754万 3位 「眠れる森の美女」 1億7824万 4位 「チャップリンの独裁者」 1億6800万 5位 「許されざる者」 1億3330万 6位 「連邦警察」 1億2791万 7位 「太陽がいっぱい」 1億2441万 8位 「バファロー大隊」 1億1922万 9位 「スパルタカス」 1億1014万 10位 「サイコ」 1億512万円 この1960年は「ベン・ハー」の年と言ってもいいくらいに、「ベン・ハー」(1959年アメリカ映画)はこの年ダントツの超話題作です。 日本で公開されたのは1960年4月。兄が小学5年で、学校から団体鑑賞で見に行き、その戦車(チャリオット)競争の迫力を興奮気味に語っていたのを覚えています。 私がこの映画を見たのは1973年のリバイバル上映の時。金沢駅前の地下街にあった「金沢ロキシー劇場」で、パンフレットも買ったし、サントラのレコード盤も持っていました。 1959年 アメリカ映画 223分監督 ウィリアム・ワイラー音楽 ミクロス・ローザ出演 チャールトン・ヘストン、ジャック・ホーキンス、ヒュー・グリフィス、 スティーヴン・ボイド、ハイヤ・ハラリート ユダヤの豪族の息子ジュダ・ベン・ハー(チャールトン・ヘストン)の数奇な運命を通してローマによるユダヤの占領と圧政、支配する者と支配される者の関係、キリストの最期を大スケールで描いたスペクタクル映画です。 ローマの支配下にあるユダヤに新任の護民官メッサラが赴任してくる。 彼とユダヤの豪族の息子ベン・ハーは幼なじみの親友です。 ある日、新総督の行列を見学していたベン・ハーの一家は、屋根瓦を過って落としてしまう。瓦は総督をかすめて砕けたのですが、馬が驚いて総督は落馬し傷を負う。 総督の暗殺を企んだとして、反逆罪で逮捕されたベン・ハーの妹と母。 事故を主張するベン・ハーはメッサラに減刑を嘆願するが、出世主義のメッサラは拒否する。 ベン・ハーも同罪とされ、奴隷の身分におとされて、生きては帰れない軍船(ガレー船)の漕ぎ手に送られる。母と妹は環境劣悪な地下牢に入れられる。 ローマ艦隊はマケドニア艦隊と海戦をおこない、ベン・ハーが乗船する旗艦はマケドニア船の突進を受けて沈没。ベン・ハーはローマ艦隊の司令官アリウス提督を救助したことで奴隷から解放され、彼の養子に迎えられる。 名声を得たベン・ハーは消息不明の母と妹を案じ、帰国を願い、アリウスはその願いを聞き入れる。 「ベン・ハー」予告編です。 ベン・ハーと仇敵メッサラの戦車競争での対決。そしてイエス・キリストの磔刑に立ち会い、イエスの死と奇跡と復活を目の当たりにする。 主人公ベン・ハーの数奇な運命と、愛と神を信じることの尊さを描き出した、宗教映画の超大作ともいえるものです。 もう40年くらい前に、書店でルー・ウォーレスの原作小説(新潮文庫、角川文庫)をよく目にしたが、近年は見かけなくなりました。現在、最も読みたい小説のひとつです。 ルー・ウォーレスは南北戦争で北軍の将軍だった人で、「ベン・ハー」を発表したのは1880年(明治13年)。 その映画化は、1907年(15分の短いもの)、1925年、そして1959年の本作。 1925年版はサイレントで、でも141分もある長編映画です。これは500円DVDが各種出ているので容易に見ることができる。 このサイレントの「ベン・ハー」を見ると、1959年の本作品とほとんどストーリー展開が同じことに気づくのは、原作が同じなのであたりまえですね。 超大作歴史劇映画「ベンハー」を精細鮮明なブルーレイ(1490円)で見ることができる、映画好きにはありがたい時代になったものです。
2013年01月12日
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「サムソンとデリラ」(1949) アメリカ映画。監督 セシル・B・デミル出演 ヴィクター・マチュア ヘディ・ラマール アンジェラ・ランズベリー 歴史劇が好きなので何度も見た映画です。 初めて見たのはテレビの「ゴールデン洋画劇場」(1971年4月30日。第5回放送作品)でした。 紀元前1000年のイスラエルの物語で、神から怪力をさずかったダン族のサムソン(ヴィクター・マチュア)は同村の娘ミリアムの愛を捨てて他民族ペリシテ人の娘セマダル(アンジェラ・ランズベリー)に求愛する。 彼に横恋慕するセマダルの妹デリラ(ヘディ・ラマール)の奸計により、婚礼の席で侮辱を受けたサムソンが暴れだし、セマダルと父親が死ぬ。 野心的なデリラはペリシテ王の寵姫となって、サムソンに復讐を誓う。 怪力無双のサムソンがデリラの誘惑によって、その力の源である髪を切られ、捕らえられて目を焼かれ、盲目となって地下の引き臼につながれる。 英雄サムソンも美女の色香には弱いという教訓話ですが、たとえば武勇と知謀に秀でたヒーローがさらに女にも強かったとなると、可愛げのない話になってしまいます。 腕と度胸じゃ負けないけれど、女には、ちょいと弱い、からこそ「男」なんですね。 クライマックス、改心したデリラが盲目となったサムソンを手引きして大観衆があつまる神殿を支える柱に誘導し、サムソンがその柱を倒して神殿を倒壊させるスペクタクル。 セシル・B・デミル監督の歴史劇では「十戒」(1956)が有名ですが、私はこの男と女の愛憎劇である「サムソンとデリラ」の方が好きです。 いま見たのは250円DVDで、色が褪せ、輪郭が甘い映像です。これが新しくきれいな状態だったら、さぞかし絢爛な映画ではないだろうか。いつか最高画質で見てみたいものです。 1950年度アカデミー賞の美術監督賞、美術装置賞、衣裳デザイン賞を受賞しているのが納得できます。 怪力のヒーロー、サムソン。私が小学生の時の小学館の学習雑誌に「鉄のサムソン」という横山光輝さんのロボット漫画が載っていました。当時は、サムソンの語源はこの伝説物語から来ているのを知らずに読んでいました。
2012年02月17日
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「歴史劇」で私が思う代表作はやはり「ベン・ハー」(1959)と「十戒」(1956)ですが、アメリカでは1950年代に入ってテレビが普及し、映画産業が危機感を持った時代に、観客を劇場に呼び戻そうと、テレビでは見られないような「大作映画」を作って対抗しようとしたそうです。 横長スクリーンのシネマスコープやシネラマができたのも、テレビに対抗するためです。 シネマスコープの第1作は「聖衣」(53年、リチャード・バートン、ジーン・シモンズ、ビクター・マチュア主演)。聖衣とはキリストが十字架に架けられたときの血染めの衣のことで、キリストの処刑を担当したローマ護民官がしだいにその教えに惹かれていき、弾圧によって死刑になる宗教映画です。「歴史劇」は映画が誕生した初期から存在します。「ベン・ハー」も「十戒」もリメイク作で、原型はすでにサイレント時代に作られている。「ベン・ハー」は1925年に、「十戒」は1923年に「十誡」として。ともにストーリーはリメイク版と同じものです。 壮大なセットと豪華な衣装、スペクタクルを見せるということでは映画の題材にふさわしいもので、西部劇とともにハリウッド映画の主要ジャンルでした。 1950年代から60年代前半くらいが「史劇全盛時代」ですが、チャールトン・ヘストンさんという、史劇にふさわしい、体格と風格にすぐれた俳優を得たのも大きな要因ではないでしょうか。 何といっても1959年の「ベン・ハー」が映画史上最高の史劇だと思います。 大セットと迫力のある映像、宗教劇であり、壮大な人間ドラマでもある。ユダヤの豪族ベン・ハーの数奇な運命、復讐と愛、そしてイエス・キリストの処刑と奇跡。その戦車(チャリオット)競争の迫力。舞台はCG合成ではなくセットとマット画であり、観衆も本物の人間たちです。 史劇はスペクタクル映画として莫大な製作費がかかるために、成功すれば良いけれど、興行に失敗すると映画会社が倒産するかもしれないリスクがある。「クレオパトラ」(1963)に湯水のように製作費をつぎ込んだことで、途中で止めるにやめられない状態になり、当時、20世紀フォックス社の倒産の危機をまねいたことは、映画史に記録されることです。歴史劇のために不名誉な歴史を残したのではシャレにもなりません。
2011年05月12日
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