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今日は34週の健診だった。胎児測定がなかったのでbebeの大きさはわかんないけど、子宮底長が3週間前より1.5センチ伸びていたし、胎動は痛いほどだし、Dr.も「元気だね」って言っていたのでbebeの成長は間違いない。まぁ、数字確認しなくても、ここのところのお腹の苦しさを考えれば成長ははっきりわかる。8ヶ月のあの発作以来、まったく引きこもり生活を続けているけれど、お腹の大きくなり具合は驚くほどだもの。もう、子宮は完全にみぞおちまでやってきている。胃が苦しくて呼吸もやっとだ。動悸も息切れも著しいし、食欲もない。でもbebeは元気に暴れているので、弱ってるのはあたしだけ。ま、しょうがないか。体重はようやく+4.5~5㌔になった。(朝晩で異なる)お腹の肉(皮?)は限界で、どうにもこうにも引き攣れて痛くて仕方がない。お腹のふくらみの底辺あたりや足の付け根の内側がずーんと痛くなることが増えたし、ちょっと体の向きを変えるとパツンって張ることも増えた。すぐ収まるので心配ないんだと思うけど。胎動は相変わらず激しく強い。ヤツはあたしの左を背にしてるんだけど、左の肋骨に座って、右の肋骨に足をかけてぐいぃぃぃ~~っと体を伸ばしてたりする。お腹がすんごいカタチにひしゃげるのでちょっと面白。でも一瞬息が詰まるほど痛い。筋肉、内臓、骨、皮膚、全てに直接胎児の動きが伝わる気がする。普通はもうちょっと脂肪が増えれば胎動もマイルドに感じるようになるんだろうけど。でもこの強い動きを感じることで、励まされ、成長を確認してほっとするんだから、贅沢は言ってられない。膀胱ぐりぐりされても腸にパンチされてもみぞおち蹴られても、あばら踏みにじられてもひたすらその成長を受け止め喜ぶんだ。妊娠ってマゾヒスティックなプレーだ。・・・・それにしても、出てきてからもこんなに暴れん坊なんだろうか。頼もしいじゃないか(笑)4週間おきだった健診が前回から3週間になり、次回は2週間後の36週で臨月の開始だ。まだまだ苦しい日々は続くけれど、それでもよくここまでこれたと、ほっとする。少し動いてお腹が下がってくるようにしなくちゃいけないかな、なんて思ったりするけれど、苦しくて動けないから無理はしない。無理してストレスになるほうが、発作のきっかけを作ってしまうことのほうがよくないって思うから。それにしても、貧血は治らない。9.8まで数値があがったけれど、それでも十分な貧血レベルだ。ちぇ。
2003.09.30
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【34w0d】今日から34週に入る。だぁりんは出張に出かけた。こわばった作り笑顔で見送る。マンションの入り口で手を振る。泣きながら部屋に戻る。また一週間離れ離れだ。夕方母が来てくれて、泊まってくれた。「ところで、出産予定日っていつ?」相変わらずの母だ。この能天気さが救い。ただ、この人の能天気さっていうのは強さからきている。母は華奢で小さくおっとりした奥様風ではあるが、内面はとてつもなく強い女だと思う。母とあたしは基本的には淡々とした関係。母はあまり子供が好きではなくて、べたべたとした愛情を注がれたことはない。あまり抱かれた記憶も、子ども扱いされて甘やかされた記憶もない。いつも大人として精神的な自立を求められていた。なんとなく、愛され、可愛がられている実感はなかった。あたしの一番最初の記憶は3歳。弟が生まれた朝。2月の大雪の日、病院の冷たい廊下に独りで座っている。生まれてしばらく体の弱かった弟は入院が続いた。母は付き添い、父は出張がちでほとんど留守。あたしはいつもどこかに預けられていた。よその家。両親との距離。甘えたくても甘えられない。『人間は孤独だ。強い大人にならなければいけない。』それが3歳のあたしが身に着けた最初の哲学だった。そこから今のあたしの性格が出来上がったんだろうと思う。小さい頃から甘えるのが下手だった。勝気で、ケンカも男の子にでも負けるのはイヤだった。辛いことも辛いと言えず、悲しいときも悲しいと言えず人前で泣いたことはなかった。どんなときも明るく強気な自分を演じているうちにホントの自分の感情ってイマイチわかんなくなっていた。親に甘えることもできなくて、相談もできなくて、いつも自分で決断してから事後報告する子だった。一時は「甘えられない」と思っていた親だけれどPDになって変わった。結婚して半年で大発作で倒れたとき、夫は出張だった。他に頼る人が思いつかなかった。母に電話をした。「もう・・・疲れちゃった・・・」実は覚えていない。電話したこともよく覚えていない。息も絶え絶えだった発作中のあたしの声を聞いて、その日の夜両親が家に来てくれた。ドアを開けて両親の姿を見たとき、あたしは覚えている限り生まれて初めて親の前で涙を流した。まだまだ甘えるのは下手なあたしだけど、その涙から少しだけ親に頼ることができるようになった気がする。今は母とは女性として大人としていい関係になれている。病気で辛いときには頼ることもできるようになった。不思議なことだけれど、この年になってやっと親子としてまともに母と向かい合えた気がする。両親の責任ではないけれどいろいろな条件の中で『独り』で強がって生きることを余儀なくされたあたしだけれど、もしそうじゃなければどんな人生だったのだろうか。子供のときはちゃんと子ども扱いすることも大事なんだってあたしは思っている。大人扱いして自立を促すことも大切だけど、一番最初の記憶は独りぼっちじゃダメなんだ。だからといって甘やかしてべたべたすることもいけない。子育てって難しいんだよね。あたしは、どんな母親になるのだろうか。決して心も体も強くないあたしは、今は子供の存在に救われ助けられ、励まされて生きてる。あたしの子供は、どんな男になるのだろうか。
2003.09.29
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友達が旦那さんと赤ちゃんと一緒に遊びに来てくれた。1ヶ月健診の帰り。(旦那さん、休めていいなぁ・・・)小さい掌、小さい足。抱き上げると壊れそうに細くて軽くて頼りなくて、でも命の輝きでいっぱいだった。生まれたときは2600ギリギリくらいの大きさだったらしい。すごく小さくてぐんにゃりして抱くのが怖かったって言っていた。今でもまだ小さくてはかなくて、華奢だ。友達の子でもいつまでも抱いていたいほど、とても可愛かった。自分の子なら、愛しくてたまらないんだろうなぁ。この目の前の子よりも、今抱いている子よりもあたしのお腹にいる子はもっともっと小さいんだ・・・凹んでばっかりの毎日だし、体調も精神状態もよくないけれどあと7週間頑張らなくちゃ、って改めて思った。少しでも穏やかな気持ちで毎日を送りたい。そういえば・・・今日の北海道の地震、横浜も揺れた気がした。いつも眼が覚める5時ちょっと前「あ、揺れる」って思った。「だぁりん、地震だよ。」って言ったけど、だぁは揺れてないよって言うから、ゆれてなかったのかなぁ。でも地震があったのがわかった。まったく・・変な体質だ。
2003.09.26
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またしてもPDのせいで思い通りに行かない。正直、思い通りに行くことなんて一つもないんだけれど。買い物にすら行けないのでbebeの支度も全て通販に頼るしかない。雑誌でみつけたいろいろなグッズを頼もうと電話をしたのだけれど・・・・完売やら入荷待ちやらで全然気に入ったものが手に入らない。商品はいいんだけれど、在庫が少なすぎないか?と頭きてしまった。退院の時と、お宮参りに着せたいと思ったニットのベビードレスと帽子がなかったし、フランス製のおしゃれなアフガンもない。お宮参りは大げさにやるつもりはないし、無駄にあんなひらひらしたドレスや紋付の着物を着せたいとは思っていなかったから、ちょっとしたお出かけ風のレース編みのオフホワイトのニット、すごく可愛かったのに。いかにも赤ちゃん、赤ちゃんしたレースのフリフリがついてたり、クマちゃんやらウサギちゃんやら、ってのはあたしの好みじゃないから、シンプルでおしゃれなもの、やっと見つかったなぁと思っていたのに。買い物に行ければ、自分でお店に行ければ、こんな風に焦ったりしなくて済むのに。デパートはしごして、ゆっくり納得のいくものを探すことができるのに。いろんなもの見て、カフェお茶してゆっくり楽しく悩めるのに。改めて自分の病気を嘆くと同時に、子供にも夫にも申し訳ない気持ちで自責の念にかられる。いまさらどうにもならないことばかりだけれど、自分を責めて、病気を責める以外、気持ちのやり場がない。どうしよう・・・結局、子供の物は、まだ何一つそろえていない。もう、33週だって言うのに・・・(こんなときばっかり『もう』だ。いつもは『まだ』なのに)準備万端にして喜びと期待でいっぱいにして待ち受けてあげたいのに。世の中の普通の人が当たり前にしていることが、あたしにはできない。裸で生まれてくる子をくるんであげるものが何一つないんだ・・・ホントにあたしの子に生まれて幸せになれるの?
2003.09.25
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夜中にちょっとした言い合いになった。気の短いあたしは前ならすぐに声を荒立てていたかもしれない。でも今はbebeに聞こえてしまうとかわいそうだから静かに話す。泣き声が聞こえないように、声を殺して涙だけこぼす。来週、また出張だと言う。また1週間ずっと。涙がこぼれてきてしまった。独りはホントに辛い・・・ 「皮肉だね。あたしが働いていて毎日遅くまで帰って来れなかった時、あなたは仕事が落ち着いてて毎日あたしより早く帰ってきてた。それなのに、あたしが妊娠した途端にこんなに忙しくて、家にも帰ってこれない。」 彼を責めるつもりはなかったけれど、彼にとっても心の痛む言葉だった。 「好きでそんな風にしてるわけじゃない。お前にわかるのか?妻が苦しんでるのをわかっていながら置いていかなければいけないことがどんなに辛いか・・俺だっていろいろやりくりして必死に出張減らしてるんだ。もう、これ以上余力ないんだよ・・・」お互いに同じ原因で別々の痛みを感じている。置いていく痛み、置いていかれる痛み。あたしが働けない今、彼一人が頑張って働いてくれることはありがたいし出張がなければ若い彼のお給料だけで生活していくことは困難だ。この時代に仕事があることだけでも感謝すべきなのかもしれない。でも・・・なぜ今なの?彼は続けた。 「俺のことにかまうゆとりがないんだろうってわかってるけど笑顔も見せてくれないお前を見てる俺も辛いんだ。俺だって寂しいんだよ。」 「もう少しだよ。もう少しで生まれてくるんだ。それまで頑張ろう。」そうだね。辛いのは、あたしだけじゃない。普段は負担でしかない『頑張ろう』が頼もしく思えた。それにしても、笑顔ってどうやってつくるんだっけ。笑い声ってどこから出てくるんだったっけ。きっと、君が生まれてきたらすぐに思い出せるね。
2003.09.23
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台風が接近中。おとといあたりまでは30度を越す気温だったのに、寒い。17度。なんじゃそりゃ。低気圧の影響をどーんと受けちゃう低血圧女のあたし。普通の低気圧でも結構だるいのに、今日のはすさまじい。いつもどおり早朝覚醒で5時前に目覚める。ヨーグルトを食べてまた寝る。(こまめに食べないと痩せてしまうからね)このときはまだだるさに気がつかなかった。だって、どうせそんな時間だるいに決まってるから。恐ろしいだるさに気がついたのはだぁに起こされたとき。「そろそろ起きたほうが良いんじゃないの?」ってあたしの顔にかかる髪の毛を撫上げるだぁの手で目覚めた。携帯で確認すると10時半を過ぎていた。確かにそろそろ起きないとね。朝ご飯第二段を食べなくちゃ。(食べなくちゃ、食べなくちゃ、ばっかり考えてる・・・)・・・動けない。まるで、体に分厚い重い布団をかけられてるみたいに、体の向きを変えることもできない。無理矢理起き上がるべく体をベッドの端っこまで転がす。転がり落ちてベッドからフローリングにペタンと座り込んだ。あれ~?ホントに動けない。間接の一つ一つに見えない重りをつけられているみたいだ。麻酔で眠らされる寸前のあの重たさに近い。這うようにして立ち上がる。くらくらしてベッドに腰を下ろす。だるい・・・30分くらい腰掛けたまま頭のくらくらが治まるのを待つ。おさまんない。あきらめてダイニングに向かう。水中で走ろうとしてるときみたいに、動こうとする体に強い抵抗を感じる。冷蔵庫からウーロン茶出して、ダイニングの椅子に腰掛けて冷たいお茶を飲んでいたら、少し頭が回ってきた。まさにこれは低血圧状態だ。通常の血圧が80台後半から90台前半なんだけれど、今日の血圧はまさしく80を切ってるときのだるさだ。風邪引いたり体調を崩すとよく起こす症状。せめて血糖値をあげよう、とビスケットを咥えてソファーにうずもれる。だるい・・・結局昼ごはんも作れず、だぁが乾麺を茹でてくれて、インスタントの麺つゆですする。氷見うどんなのに・・・かつおと昆布と干ししいたけの出汁で食べたかったなぁ・・・でもそこまでだぁには望めないから。嫌な顔せず作ってくれることに感謝してご飯茶碗に一杯のうどんを必死に飲み込む。あたしに食欲がなくても、お腹のbebeには大切な栄養だから、と自分に言い聞かせてとにかくだらだらと噛み砕いて飲み込む。またソファーに沈み込む。縦になってるのは辛いんだけど、胃もたれと戦いながら、逆流防止のために必死に姿勢を保って、うすぼんやりした意識の中、なんとなく水中にいるような感じで聞こえてくるテレビの音に耳を傾けていた。ダメだ。だるくて起きていられない。意識が遠のく。そのままベッドに移動。時々覗きに来て、頭やほっぺを撫でていくだぁの手の感触でふと眼が覚める。でもそれ以外はずーっとうとうととしていた。気がつくと夕方の6時を回っていた。必死に起き上がってまた義務のようにちょっと冷蔵庫を覗き、冷たいウーロン茶を飲み、ダイニングでぼんやり。そうだ、bebeに栄養をやらなくちゃ、と冷え冷えの枝豆をつまむ。晩御飯・・・作れそうにもない。結局だぁには自分の食べる分だけ頼んで、と出前をお願いした。中華丼と餃子、にら玉を食べてるだぁの横から、餃子一つをもらい、中華丼をレンゲで2口、にら玉を一口もらったらもういっぱいいっぱいになってしまった。食べれないんだよなぁ。ていうか、だぁ、よく食います。元気です。bebeはぜひともだぁに似て欲しいと思うあたし。あ、あたしに似ても通常はよく食べるんだった(笑)そしてまたベッドへ。あたし、まるで新生児のように寝ていた。なんだかbebeも動きが緩慢だったかも。低血圧で、bebeにも血液があんまり行き届かなかったのだろうか。ゴメンよ。まともなご飯も食べてあげられなかったし。最近のあたし、ホントにダメダメ人間だ。弱弱しいへなちょこママのお腹では、暴れん坊のbebeが存在をアピールし続けている。この生存証明だけが、今のあたしの生きる支えだ。だぁがベッドに入ってきて、無言であたしの顔を撫でてるのに気づいたとき、なんだかかわいそうになった。あたしは確かに苦しいけれど、この人もこの人なりにいろんなこと我慢して、笑顔をなくした妻を思いやってくれているんだなぁ、と思って切なくなってしまった。ゴメンね。寂しい思いさせて。早く家族三人になって、楽しく過ごしたいね。
2003.09.21
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お昼ごはんを食べていつもの胃もたれでソファーにうずもれていたらなんか嫌な予感。あ、これは地震がくるね。あたし、地震予知ができる。ただし、1分程度前。(全然意味なし。避難もできないってば。)「だぁりん、今から地震来るよ。」って、言ったら揺れ始めた。ん?ちょっとこれは大きい。え?まだ揺れてる?あれ?酷くなってる?ヤバイ!動悸し始めちゃった!飾り棚の一番上に置いてあったペアのキャンドルがものすごい音を立てて転げ落ちる。ダイニングのペンダントライトがぐるぐる回ってる。脳みそもぐるぐる回ってる感じ・・・息苦しい。気持ち悪い。こんなに揺れたのは初めてだ。ウチの実家は地盤の固い高台に建っていて、小さい頃から地震の震度に比較して揺れを感じづらい状況だった。今のマンションは海沿いの埋立地に隣接していて4階。だからなのかな。棚から物が落ちるなんて、初めてみた。しばらくプッチー状態が続いてしまったけれど、だぁがいてくれてほっとした。いつも地震のときは独りぼっちが多いから。くる、くると言われて何年も経つ東海大地震はホントにくるのかな。もしくるのだとしても、あたしの予知は役に立たないけど(苦笑)せめてだぁと子供と3人でおウチにいるときに起こって欲しい。あたしたちって、たいてい同じ部屋にいるから、一緒にいるときならよっぽどのことがない限り安否がすぐわかるだろうし。家族が離れ離れになってしまうなんて怖いもん。
2003.09.20
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不安・・・。苦しくて辛い。具体的に何がっていうんじゃなくて、とにかくひたすら不安。家にいても、だぁがいても、母がいても、いつも不安感が抜けない。息苦しさ、喉の詰り、動悸、お腹の重さとお腹の膨張感で苦しい。どんなに耐えてもどんなに我慢してもすぐ次の不安や苦痛が押し寄せる。どれだけ乗り越えてもすぐ次の壁がやってきて、永遠に終わらないような気持ちになる。出産まで2ヶ月を切って、妊娠生活のゴールはそこに見えているのに、どんなに必死にゴールに向かっても次から次へと目の前に壁が現れて、見えているゴールが遠ざかるような気がする。遠ざかることはないのに。薬を飲み込む。一時的にラクになるけれど、2,3時間もすればまた同じことの繰り返し。ほんの一瞬だけ、感覚が麻痺するだけだから。解決にはならない。早く生みたい。不思議なくらい、出産に対する不安も恐怖もない。待ちわびているといってもいいほどだ。この苦痛に比べれば、この苦しみを終えるためなら、そして子供をこの手で抱く喜びのためなら、たった1日の苦痛がなんだって言うんだ。あと2ヶ月。気が狂いそうだ・・・
2003.09.19
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父方の祖母があの「北の国から」で有名な町に住んでいる。ボケ防止と暇つぶしという理由で80を超えてなお畑に出て収穫したものを親戚に送るのが彼女の生きがいなのだ。祖母の作った野菜は全て、自己主張している。全てが野菜本来の強い味を損なっていないのだ。アスパラ、コーン、ナス、トマト、大根、キャベツ、ズッキーニ・・・どれもおいしいんだけれど、特にジャガイモとカボチャは絶品だ。どちらも余計な味つけはいらない。ただふかしたりオープンで焼いたりして、塩コショウやバターを乗せただけで十分においしい。(ただし、ジャガイモは煮崩れるのでカレーや肉じゃがにすると鍋の中ですっかりとろけて消えてしまうので使わない。そして今あたしがはまってるのはカボチャポタージュ。カボチャをふかして裏ごしし、牛乳で溶かしてスープにする。味付けは塩コショウだけ。ちょっとだけバターを溶かしたりたまに贅沢に生クリームを乗せたりするけれど、基本は塩コショウだけだ。炒めたたまねぎもいらない。砂糖もいらない。コンソメもいらない。これが信じられないくらい優しくておいしい味。食欲がない暑い日は、これを冷たく冷やしたままいただく。カボチャと牛乳の栄養だけが体に染込んでく感じ。シンプルだけど、きっとこういうのが一番贅沢なんだろうね。おばあちゃん、ありがとう。
2003.09.17
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【32w0d】今日から9ヶ月に入る。やっと9ヶ月だ。妊娠発覚から半年。半年も経ったんだなぁ・・・8ヶ月のときの大発作以来、精神的にもゆとりはないけれど、さらにお腹はパンパンに張り詰めていて、少しのゆとりもない。子宮はすでにみぞおちから指2本くらいのところまで上がってきていて、縦にしても横にしても胃も肺も心臓も苦しい。それが不安と発作を呼び起こしそうになるのを、必死にこらえている。それなのに、あと1000㌘はbebeは大きくなるんでしょう?むむぅ。耐えられるのだろうか・・お願いだから、上に大きくならず、前に出っ張っておくれよ。36週過ぎたらとっとと下がり始めてきておくれよ。もう母の腹も心も限界です。胸焼けも酷くて、食欲もなくて、食べても気持ちが悪くなるのであまり食べれない。だぁの買ってきてくれたアイスとヨーグルトなんかで乗り切るしかない。栄養、取らなくちゃいけないと思いつつ・・・でも入っていかないんだ。飲み込んでもすぐそこで詰まっちゃう。食後に横になると気持ち悪さ倍増なので、ちょっと何かつまんでは立ったままテレビ観たりしてる。そのせいか足がだるくなって腰も痛くなってきた。病院以外、一歩も外に出ていないので、体力も筋力も低下してるんだろう。ま、一番低下して消耗してるのは精神力だけどさ。ちぇ。あぁ・・・・大食漢のあたしなのに、なんなんだ。食べれないっていうのはこんなにストレスになるんだなぁ。PDの予期不安と嘔吐恐怖がこの食欲不振に拍車をかけていることは間違いないんだけどね。子供は非常に元気だ。恐ろしいほどのローリングやキッキングを繰り返す。最近は大きくなってきて狭いのか、キックの方法が変わってきて、肋骨に足をかけてゴリッっとやるようになってきた。ただののキックよりさらに痛いんだってば・・・狭いのはわかるんだけど・・・動きが強く大きいので動くたびにあたしまでビクッとして息が詰まる。四六時中お腹があちこちでっぱって変形を繰り返す。うぅ~ん・・・君はなんて元気なんだ。君の元気はありがたいけれど、あたしは死にそうだよ。せめて何か食べてるときと、食べ終わってしばらくは動かないでくれ。君に栄養を届けるためだけに無理矢理飲み込んでるんだから。あと2ヶ月。2ヶ月だ。頑張れ、あたし!負けるな、あたし!そして、そんなあたしを置き去りにして、だぁはまた金曜までの出張へ。いいもん。辛いときは薬飲むもん。飲んだって、胎児はこんなに元気に暴れてるんだから。ヘナチョコな母親にはたくましい息子がついてます。そして、ヘナチョコなあたしのたくましい母親が、ヘルプに来てくれるのでなんとかまた乗り切れるだろう。しかし・・・こんな年になって母親に頼りっぱなしのあたしって情けない。たとえ病気だとは言えども、いい大人だってのに。母は強し、というけれど、妊婦で病人のあたしはまだまだ強くなれない。元々お嬢さま育ちの母の方が細くて小さくて(148㌢ 37㌔)どうみても頼りがいのなさそうなおっとりした人なんだけど、それでもあたしのような子を育てたって事は、やっぱりあたしよりもはるかに強いからなんだろうなぁと感心する。いや、感心してる場合じゃないや。感謝してます。はい、マジで。
2003.09.16
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昨日の発作の余韻で予期不安が続く。今日もまた暑く息苦しい1日だ。なんとか薬は飲まずに済んだけれど、とにかくまた食欲もなく、食べれなくなってしまった。だぁにアイスを買ってきてもらう。イヤな顔一つしないで買い物に行ってくれたり、椰子に水をやってくれたり、洗濯してくれたりする。ホントにありがたい。この人じゃなかったら、結婚生活は成立しないだろう。でも、そんな彼を苦しめてるのはあたしだ。あたしのせいで、ごめんなさい・・・いつも辛い思いばかりさせている、とめそめそしていると、「悪いのは病気だ。お前じゃない。」と言ってくれる。でもその病気になったのはあたしのせいじゃないか、って思ってしまう。でもさすがに疲れてうんざりした顔してるときもある。その顔みると、ますます罪悪感でいっぱいになっちゃうんだなぁ。妊娠してからのあたしは悲観的なことばかり言って泣いてばかりいる。笑い上戸だったのが嘘のように、笑顔を見せることすらできなくなっている。そんな生活がすでに半年続いているんだから、そりゃいい加減いやになるだろう。あたしなら我慢できずに逆切れしちゃうかも。結婚願望なんてかけらもなかったあたしだけど、だぁとだから結婚したいと思えた。やっぱりあたしの判断は間違ってなかったけど、彼にとってこの生活が幸せなのかどうかは甚だ疑問だ。生まれたら、また元のあたしに戻るからね。ごめんなさい。もう少しだけ、あと2ヶ月だけ、我慢してください。今日は敬老の日だったのに、調子が悪くておばあちゃんたちに電話してあげられなかった。ひ孫の誕生を心待ちにしている、元気なおばあちゃんたち。ゴメンね。生まれたらきっと会いに行くから、不孝を許してね。
2003.09.15
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暑い。暑さに弱いせいか、この残暑(怒)のせいでまたしても発作だ。クーラーつけてると設定28℃くらいなのにだんだん胃が冷えて吐き気がしてくるしなんといっても酸欠っぽくなる。かといってこの暑さの中、扇風機はくその役にも立たない。暑苦しい空気を無駄にかき混ぜるだけだ。一日中暑さと息苦しさでイライラしているせいか、夕方くらいから著しく体調が悪くなる。喉の詰まる間隔、動悸、不安感・・・まただ。また発作だ。もう・・・死にたい・・・でも子供まで巻き添えにはできない。この子は生きるために頑張ってるんだから。死にたい。死んじゃいけない。これ以上無理・・・結局ワイパックスの世話になった。情けない。
2003.09.14
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いや、別に準備っていっても気持ちばっかり焦って実際には何もしてないんだけどね。妊娠してから今まで、子供が無事に成長しているかどうかや、あたし自身の病気の不安ばかりが先にたって、来週からは9ヶ月(32週)になるというのに全くなんにも準備していない。いい加減なんとかしよう、と入院グッズは揃えてみた。もちろん通販だ。買い物なんていけるわけもない。産褥ニッパーとかショーツとか、リフォームガードル買ってみた。まだまだこれからbebeは1㌔は大きくなるというのに、すでに体型を戻すことばっかり考えてるあたし。だって、イヤだもん。腹がぶよんと出たままになるのは。このパンパンに張り詰めたお腹が、最低限の大きさで、有効にbebeだけ大きくなり、そして無事に元の体型に戻そうってのがあたしの今の最大の目標なのだ。いつもはいていたお気に入りのジーンズが穿きたいんだもん。もとい、ベビーグッズも肌着とかケアグッズ、哺乳瓶などの基本的なものは入院までにそろえておかなければいけない。ベビー服とかも、見てるときりがない。小さいだけで可愛いんだよねぇ。見てても決められない。ま、それはサイアク無地でシンプルなものにしておけば問題ない。どうせ新生児なんて着てればそれでいいんだ。どこに出かけるわけでもないしね。ホントは肌触りとか素材とかも確かめたいけど、そんなゆとりはない。なんせ外出できないんだからね。ちぇ。それにしても・・・名前だ。男の子とわかってから、毎日悩んでいる。名前は一生もの。一度つけたら気に入らなくても顔に合わなくても運が悪くても変えられない。気に入った漢字をピックアップして、響きを考えてみる。組み合わせてみる。う~ん・・・苗字とのバランスもあるし・・・実際に出てきてみたらブサくて名前負けしてるのも困るし・・・外国人にも発音しやすくて変な意味のないものにしたい。だからといってもったりして平面な顔になった場合にあまりクールな外国風の名前もかっこ悪い。無理矢理当て字にするのもイヤ。ありきたりもイヤだけど、あんまり奇をてらったものもどうかと思うし。あーもうっ!どうしたらいいんだろうなぁ・・・あたしに似て派手顔なんだろうか・・・それともだぁに似てすっきりしてるんだろうか・・・中途半端なんだろうか。(これが一番こわい)見栄晴だけは勘弁してください!(切望)
2003.09.12
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それにしても、暑くない??冷夏に暑秋?毎日毎日30度を軽く越しやがって。いったいなんのつもりだ?!しかも日中だけなら我慢できなくもないけど、夜までってどういうこと?なんだって深夜に平気で室温が29度とかなわけ?ここは熱帯ですか?8月にはほとんどつけることのなかったクーラーが最近フル稼働だ。元々クーラーはそんなに好きじゃないけど、とてもじゃないけど我慢できない。日中はもちろん、寝るときもなくては無理。アツイの、ホントに苦手なんだよねぇ・・・以前した病気の後遺症で、体温調節が上手にできない体のあたしはまさに変温動物で、冬場は体温が35℃くらい、夏場は37度くらいに変化する。その体温の調節に時間がかかるので、季節の変わり目には著しく体調を崩し、PDも悪化し、偏頭痛で寝込み、ストレス性の胃腸炎を起こすのがこの12,3年の恒例行事となりつつある。しかも低血圧(上が90あるかないかで下は50台)と貧血がセットでついてくる。今年はそれに加えて妊娠してるしおまけに異常気象だ。殺す気かい。冬は冬眠したい、夏は夏眠したい、と切に願って生きている。春は花粉症だしあたしの人生は秋だけで十分だよ・・・あぁ~あ。この低機能な体を頑丈なのと換えられたらどんなに人生ラクになるだろう!!腹も重いが心も重い・・・
2003.09.11
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【31w1d】今日は病院Dayだった。だぁは今週夏休みなので、一緒についてきてくれた。(エコーが見たかったんだと思うけど。)診察室では助産婦さんが「(PDの症状は)大丈夫だった?」と、子宮底長を測りながらとても気遣ってくれる。若いのに(ホントに若いのだ!見えるだけなのか?)明るくて思いやりがあってステキな人だ。「大丈夫。ちゃんと子宮は大きくなってるし、 赤ちゃんの心臓の音も元気そうだよ。動いてるでしょ?」その後Dr.がやってくる。この前の発作の時は、救急で他のDr.に診てもらったので、今回の発作のことを初めて話す。でももう結構落ち着いて話せるようになってるから大丈夫。鉄剤で気持ちが悪くなってしまうので胃薬を出してもらった。前回の糖尿の検査は何事もなく、bebeも元気で産科的には順調なのだ。しかしまた血液検査をすることになった。う~ん・・・試験管に4本・・・貧血なんですけど・・・検査って体力ないとキツイんだよねぇ。そして胎児計測をしてもらいに生理検査室へ向かう。今回の発作で2㌔痩せたあたし。やっと3週間かけて1㌔復活した。妊娠前+4㌔。元々の体重を考えると31週にしては軽いけれど、その体重よりもbebeの成長が気になる。胎動は相変わらずだ、ということだけが心の支えになって過ごしてきたけれど、前回の健診よりはお腹も大きくなってるけれど、bebeにはちゃんと栄養は届いていたのだろうか。こんなにフラフラになって、まともに食事もできなくなっていて、薬も何度も飲んでしまった。だぁも一緒に検査室に入る。ベッドに横たわるときに、お腹に力が入ってパツンって張った。最近よく堅くなる。後期だからなのだろうけれど、ちょっと痛い。引きこもってて運動もしてないのにね。「お腹張っちゃった。」っていうと、だぁはむき出しにしたあたしのお腹を見て驚く。「なにそれ?!」たしかに驚くかもね。張ったのは見たことないだろうから。いつもは横になるとだるんってなるお腹が、まさに子宮、ここにあります!って感じにこんもりと楕円形に盛り上がってるんだから。検査技師の人が来て、プロープをあてる。Bebeの顔が映し出される。「モグモグしてますねー。目をつぶって寝てるのかな。」って、顔を中心に見せてくれた。口元に手をやって、手を握ったり開いたりしてる。お腹に感じた胎動をモニタでの手を動かした映像でリアルタイムに見られるとなんだか不思議だ。しかし、コヤツはエコーのときは必ず寝てるんだよね。今日はなんだかイルカみたいな顔に見えた。推定体重は1626㌘。平均的に育っている様子。数値を聞いてほっとした。よかったぁ・・・・そして、今日はついにやりました!たまたまが見えました!やっと見せてくれたよー。男の子です!!あたしは最初からなんとなく男の子な気がしていていた。最初から立て続けに見た夢が3回とも男の子だったから。周りの友達は「お腹目立たないし、女の子じゃない?」って予想していたようだけど、やっぱりあたしが正しかったね。服を着てるとわかりにくいし小さいように見えるらしいけど脱いだら十分出っ張ってるんだってば(笑)でもね、産科外来にいるともっとすさまじく出っ張ったお腹の人がたくさんたくさんいて、あたしのお腹はやっぱり小さい。「なんでそんなに大きくなったの?何人入ってるの?週数は?」って捕まえて聞きたくなるような人がたくさんいるんだ。そんな人でも普通にしてる。あたし、こんな小さいお腹で息切れして動悸して具合が悪いなんていっていちゃいけないのかもしれないって、思わされてしまう。言わないだけで、みんなきっと我慢してるんだろうなぁって思う。あたしってやっぱりヘナチョコだなぁ・・・悔しい。
2003.09.09
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明け方すさまじい痛みで眼が覚めた。左のふくらはぎが攣った。思わず叫ぶ。「痛い!!!」だぁはねぼけたままお腹を撫でて「大丈夫か?」とか言う。「お腹じゃないよー。足が攣った!」初めて足が攣った。寝てただけなのに・・・これかー、友達が言っていたのは。なんかね、余韻でずっと足が痛い。意外と治んないんだね。夜寝るときにも、やっぱりまだ痛いみたい。また攣るといやだなぁ。ストレッチするといいって言っていたなぁ。運動不足だからかも。今日からストレッチくらいするか。でもねぇ・・・ちょっと動くと動悸がしちゃって、息切れしちゃって、具合悪くなるんだもんなぁ・・・ちぇ。
2003.09.08
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今日はとても涼しくて曇っていて風も吹いてる。暑いのが苦手なあたしにはちょうどいいお散歩日和。夕方、だぁりんと勇気を出してお散歩に行ってみた。こんなもの、普通の人は勇気を出す必要なんてないけどね。8月23日の発作以来、初めて通院以外の外出だ。それはたんにミニストップにベルギーチョコソフトを食べに行くっていうだけのことだった。たった5,6分の距離にあるミニストップ。歩いていても足が止まりそうになる。ウチから離れていくことが不安になる。信号で止まるとそのまま回れ右して帰りたくなる。息苦しくて、喉に何かが詰まってるみたいだ。ミニストップにたどり着いたときには、もうゼィゼィと息が荒くなっていて、このままでは危険だって思った。アイスの代わりに、だぁに買ってきてもらったお茶でワイパックスを流し込む。やっぱりダメだった・・・って情けなくなる。罪悪感持たなくていいって言われるけどやっぱり不必要な成分を流し込んでるわけで「ゴメンね」って思う。たとえ、影響が限りなくゼロに近いとしてもゼロではないのだから。でも妊娠発覚以来我慢し続けた薬を一度飲んでからは、みんなから「飲んでも大丈夫だよ」って言われてからは罪悪感というよりは、敗北感、に近いかな。またパニック発作に負けた!って。負けず嫌いのあたし。病気に負けたことが悔しい。でも、薬飲んだらいつも思う。やっぱりまだ薬の助けがないと普通には暮らせない体なんだって。まだまだ治療の必要な病人なんだって。悔しい。
2003.09.07
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胎動がすごい。すごいすごいといつも書いているけどやっぱりホントにすごい。最近はほとんど一日中動いてる。つまり本人は寝てても動いているということで・・・寝相も悪いのだろうか・・・(これは夫似だと思われる。)特にひどいのが右の肋骨。ここはヤツの足の定位置らしく常に蹴られている。あざになってるんじゃないだろうか。パソに向かうときって必然的に前かがみ気味になるじゃん?そうすると圧迫されて狭くなるのか、「なんだよ、なんだよ」って足をつっぱってる気がする。うぅむ・・・あばらが痛い・・・さらに夜になると、ヤツの活動は活発化する。ぐぐぅっと体をつっぱったり、足をバタバタさせたりしてる。頭をぐりぐりして膀胱とか黄門のあたりを刺激したりする。だぁは夜の11時台のニュースを見ながらあたしの腹に手を乗せ一杯やるのが習慣になってしまった。いちいち動きに反応して「おぉ!」とか「すげぇ!」とか喜んでるけど、あたしゃもう喜んでる場合じゃないってば。あたしはなすすべもなく、だらしなくソファに寝そべったままひたすら「痛いけど、元気でいてくれてる証拠」と我慢だ。でも・・・ホントに痛いんですけど・・・妊娠前は、たまにぐにゅッとする程度のもんだと思ってた。こんなに四六時中暴れるもんだとは思っていなかったんだ。体がビクっとなってうめいてしまうほどのものだったのね、胎動って。
2003.09.05
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この中に1500グラム程度の見栄晴が入ってます(笑)っていうか、見栄晴じゃなくて、親に似た子になって欲しい。たとえ不細工でもいいから・・・自分たちに似てれば納得でし。お腹、小さいって言われるけど、これでも皮はパンパンだし臓物はぎゅーぎゅーで悲鳴あげてます。十分大きいと思わない??あと1000グラムは増えるんだよね・・・く、苦しい・・・
2003.09.04
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今日は待ちわびた3Dエコーの日だった。顔が見れるかもってことで、すんごく期待していた。だぁは会社を早退して、病院で合流。(もちろん山ほど仕事も持ち帰ってきていたので病院も待合室でも仕事していたが・・・)初めてのエコーにワクワクしてる様子だった。14時半の予約ですぐに呼ばれて検査室に入る。所在なさげに立ってるだぁをよそ目にさっさとベッドでお腹丸出しにするあたし。プロープを当ててシモノケの生え際をぐりぐりしている。モニタは検査技師の人の方を向いていて、あたしには見えないけど、だぁは真剣に覗き込んでいた。「ダメですね。」と技師。「え?」ってあたしたち。「完全に背中向けて後ろ向いちゃってます。」お腹のbebeは完全にあたしの背骨とご対面してるようだった。こんなに苦労して来たのに・・・・ひねくれものなんだから。だぁは簡単に仕事休めないんだぞ!まったくあんたって子は!「しばらく病院内をうろうろしてみてください。そしたら体の向きを変えてくれるかもしれないので。でも絶対写せるわけではないので・・・」ということで、だらだらと病院内を歩き回ることにした。まったく・・・・あたしゃただでさえ貧血やらなんやらでフラフラで、病院来るのがやっとだったってのに、なんでこんなに歩き回んなくちゃいけないんだ、とブツブツ言いながら歩く。だぁは待合室で仕事。ちぇ。4時くらいまで時間をつぶし、予約の合間を縫ってもう一度検査室へ。その結果は・・・「95点のできばえです!雑誌に投稿しても載せてくれますよ!」と技師、自画自賛(笑)待った甲斐があったよ。たしかにすごくはっきり写ってる。背中を向けてる姿勢はそのままだけど、顔を横に向けてくれたようだ。だぁはエコー画像で口をモグモグしてる子供の姿を見て、かなり嬉しそうだった。あたしは見えなかったけど。モニタ、一個しかないんだもん。3Dエコーって、最初から3Dで写るわけじゃないんだね。最初はいつもの白黒のエコー画像で、それをコンピューターで画像処理をすると3Dのリアルな映像ができあがる。結構驚いた。今にも指しゃぶりしそうな感じで手を口元に持ってきて、目をつぶっている。への字に結んだ唇。丸いおでこのカタチがあたしに似ている、とだぁが言う。そんなのわかんないって(笑)初めて見たわが子の顔は・・・・見栄晴に似ていた(爆笑)西村知美が出産したときに、「新生児はみんなガッツ石松に似ていた」と言っていたけれど、胎児はみんな見栄晴なのだろうか。羊水で浮腫んだような目元、ちょっとつぶれたような鼻がなんとも言えず不細工でおかしかった。生まれたらちゃんと可愛くなるんだろうか・・・ずっと見栄晴だったらいやだなぁ・・・3Dの写真はカラー(茶色だけど)3枚と白黒4枚をプリントしてくれたので、明日2人のお祖母ちゃんと、あたしとだぁの両親に送ってあげようと思った。そして、結局股間は見せてくれなかった・・・・またしてもお預けなんて!!なんて頑固な!やっぱり親に似てるのね。はい。頑固なのはあたしもだぁも二人ともです。男なの?女なの?見栄晴なの?あぁ!もうっ!もどかしいぞ!
2003.09.02
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【30w0d】金曜日にだぁが帰ってきた。帰ってきたとき、心臓がドキドキして具合が悪くなった。あとからよく考えてみると、嬉しくてドキドキしてたんだなぁ・・・トキメキと動悸の区別もつかないほど、不調な毎日が続いていた証拠だ(笑)。笑えるようになった自分に、少しだけほっとする。結局週末も、どこにも出かけられなくて、だぁはかわいそうだった。土曜日は朝起きたときに調子がよかったので、ビリヤードに行ってきても良いよって言ってあげれた。日曜日は具合が悪かったのでそばにいてもらった。ビリヤードに行って自分の時間を趣味に費やしたほうが、彼もいつもより余計にやさしくなる気がする。ホントは辛いからそばにいて欲しいって思うけれど、彼に自由な時間も必要って思うから、気晴らしに出かけさせてあげたいとも思う。複雑だ。あたしは発作を恐れ、体調不良でずっと引きこもっているのに、だぁは遊んでるって思うのはちょっと悔しかったりもする。やっぱりエゴかな。妊婦はひたすら忍耐なのだ。今日から30週に入る。あと10週だ。最初に妊娠が発覚してから、25週も経ったんだなぁ、としみじみ思った。最初の苦しみは、ツワリ。そしてせっかく授かった命が消えてしまうかもしれないという流産の恐怖。もちろんこれは杞憂に終わったけれど。人よりもずっと長く続いたツワリが終わったと思ったら、やっと少しラクになったと思ったら、腰痛と膝痛、便秘、貧血。そして夏ばてで今回の発作。それでもその発作もなんとか乗り切った。胎動は驚くほど強く、激しくなってくる。だぁもとても驚いていた。「これじゃ、辛いね。痛いね。」と、蹴られてうめくあたしをいたわってくれる。肋骨を蹴られると骨がミシっと言う感じ。みぞおちを蹴られると吐き気がする感じ。横っ腹は割りと平気だけど、頭で膀胱のあたりをぐいっとやられるとおしっこが漏れそうになるよ。でもね、それだけ元気でいてくれることが嬉しくて仕方ない。bebeがお腹の中に存在していることが、幸せだと思える。苦しくて辛い発作の後も、胎動を感じるたびに思った。「生きていてくれてよかった・・・」と。発作を起こして以来、夜寝るときや予期不安につぶされそうになるときには必ず、お腹に手を当て動き回る小さい体に触れ、自分に言い聞かせる。「君がそうして元気で生きていてくれることがホントに幸せなんだよ。愛してるよ。」そうやって心の中で、ときに口に出して、bebeに話しかけながら、ゆっくり呼吸をしていると不安が少し和らぐ。あと2ヵ月半、耐えられるって思える。明日は待ちわびていた3Dエコー診断。内臓や背骨、頭蓋骨状態のスケルトンな君じゃなくて、顔も見れるかもしれない。動きは元気だけれど、あたしの貧血や栄養失調の状態でも、ちゃんと標準の範囲で成長してくれているのだろうか。性別はわかるのだろうか。そろそろベビー服も買ってあげたいし、グルーミンググッズや入院セットも用意しなくちゃいけない。買い物には行けないから通販で頼むし、余裕を持って準備したいんだけどね。あと、10週。今までの25週に比べれば、あっという間の時間に違いない。全面的にポジティブになることはとっても難しい。苦しいのは事実だから。でも乗り越えなくちゃいけない。少しでも自分の気持ちを楽にさせる努力をしよう。
2003.09.01
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