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小径を隔てたお向かいが神社で、明け方からものすごい蝉の鳴き声が降り注ぎます。クマゼミの大合唱です。だれかが朝からこんな音だしたら、大変なことになる。蝉だから「夏の風物詩」になっちゃう。教会での朝のお祈りを終えて、犬の散歩に出ます。ある大きな屋敷の前に来ると、またまた耳をつんざく蝉の声。「夏だ、夏だ、わーい」と聞こえます。上を見上げて、見えない友に「君たち、聞かせてくれよ~」
2002年07月31日
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「こいつめと けんかしいしい 50年」これはある老牧師の回想録に載っていた川柳です。奥さんと喧嘩ばかりして50年たったというのです。ある時、奥さんと派手にやっていたら、運悪く信者さんが来ました。 信者さんが言いました。「ボクは何年信者をやっていても家内と喧嘩ばかりしているんで、他の人のつまづきになると思い、信者をやめようかと思っていました。でも、牧師さんご夫妻を見て、安心しました。」 この回想録を書いた牧師、奥様を先に亡くされ、しばらくは、タンスの引き出しを開けては、奥様が付けていた衣類を抱いて、泣いて暮らしたそうです。
2002年07月30日
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ずいぶん違うな~男と女。 聖書を読むと、男は、神さまが土のチリで人の形を造り、命の息を吹き入れられた、と書いてある。う~ん、チリねえ。 女は、男のあばら骨を1本抜いて、それで女を造ったって書いてある。だから人間のあばら骨は左右対称じゃないって、本当かなぁ。 男と女は造られた素材が違うってことなんだ。体の凹凸や声や歩き方がちょっと違う、なんてもんじゃない。ああっもしかしたら、犬と猫ほどの違いがあるのかも?(オイオイ)
2002年07月29日
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こんばんわ。皆さんはもうお休みかな。第4の日曜日の礼拝メッセージは妻の担当なので、ボクの土曜日の過ごし方が変わります。夜の食事のひとときが終わると、妻はメッセージの仕上げをしにデスクに向かいました。ボクは食器の片づけを担当します。ベートーベンの「田園」を聞きながら。蛇口からは水が出て、涼しげにマイナスイオンをまき散らしています。エアコンがないもんで(バキ)音楽はアナログレコードなんです。30年前に買ったマイクロ社のDD-5というレコードプレーヤー。30年間一度も故障なし。曲はワルター指揮、コロンビア交響楽団。「9つ」の全集を持っています(宝物)。片づけが終わって、椅子に座りました。柔らかな音にうっとり。アナログはCDのようにギンギンしませんね。終楽章は舞曲調で、喜びはあくまで無心。宗教的な法悦に高まっていると思いました。完成度の高い曲だなぁ。
2002年07月28日
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アラバマ州の南部の人々は、長年の間、綿花を栽培して生計を立てていたそうです。 ある年、コクゾウ虫が大発生して、綿花は壊滅しました。農夫たちは気を取り直し、来年に期待しました。ところがその次の年も、同じような被害が起こってしまいました。 3年目に、被害を乗り越えた数人が相談して、新しい作物を植えようと、ピーナッツが採用されました。ピーナッツ畑は大豊作となり、過去2年間の借財はすべて返済されたそうです。それからピーナッツ栽培は莫大な富を彼らに与えるようになりました。 彼らは町の中央広場に「コクゾウ虫の碑」を建てたのだそうです。 以上のお話は「収穫の時」8月号に載っていました。ハーベスト・タイム・ミニストリーのURLを「お気に入りリンク」に入れておきますので、お読みになって下さい。 はじめの文章の終わりに、聖書の言葉が付いていましたので、ここにも入れておきます。「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」詩篇119:71
2002年07月27日
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キリスト教で言う「救い」の手段は「キリスト神に寄りかかる」ことに尽きると思います。寄りかかるなんて、大変なこと。自分が弱い人間であることを認めなければ、寄りかかるなんて、とうてい、いやです。それに・・・・ふつうの人なら、キリスト神様が、自分を預けれられるような実体のあるものか、きっと不安を持ってしまうでしょう。キリスト教徒になるハードルは、あまりにも高いな。どうしてボクがそんないくつものハードルを越えられたか、どう考えてもわからない。もちろんクリスチャンになったことは、ボクの人生の最高の喜びなのですが。
2002年07月26日
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老衰のように倒れた信者さんがおられました。病院のベッドで横たわっておられます。呼びかけにも十分に反応できません。看護婦が回ってきて、「もうこの人には通じませんよ」と。ボクはいつものように、聖書を開いて、耳元で読みました。「忍耐した人たちは幸せだと、わたしたちは思います。あなたがたは、ヨブの忍耐について聞き、主が最後にどのようにして下さったかを知っています・・・・」(ヤコブの手紙5:11新共同訳)ここまで読むと、はっとしたように目を開き、「ヨブの忍耐、ヨブの忍耐・・・」と唱え始められました。正気に返ったのです。それからしばし、主イエス様を信じてここまで生きられた幸いを2人で語り合いました。
2002年07月25日
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もう一度、きつ音の話題。(3回目)牧師養成学校時代、ボクのきつ音を心配してくれた友がいました。「やまひで君、ボクと一緒に練習しよう」と言ってくれました。ボク自身はどうしたかというと、だれもいないチャペルに入って、一人で聖書を朗読しました。おかげて聖書全巻朗読できちゃった。信者さんが言って下さいました「ゆっくりお話しするから、それがいいですぉ」そうだ、こんな話し方、ボクのトレードマークかも?ボクはあまり余分な話ができなかったので、寡黙になった。物事を深く考えるようになった。恵みだな。きつ音の人は、神経が細やかなんです。ボクのきつ音は、今は直っていますが、ボクの心はあのころと全然変わっていません。
2002年07月23日
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ボクは吃音(どもりぐせ)で悩んでいました。牧師養成学校を出て現場に出ても一向に直りませんでした。言葉を出すと言うより「ふりしぼる」感じでした。ある先輩の牧師の所へ行きました。「ボクのきつおんが、なおるように、お祈りして下さい」その牧師はボクのために聖書を開いて下さいました。その箇所は「あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない(中略)。あなたがたは10日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。」(ヨハネの黙示録2:10口語訳聖書)「ここに10日って書いてある。苦しみは限定されているという意味に理解できるんだ。もしそうなら君の苦しみは永遠には続かないんだ。信じようね」そして「神様!やまひでの言葉が早くすらすら出てくるようになるように願います。」と大声でお祈りして下さった。
2002年07月22日
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心にあるボクの目は、へんな目だった。いつ頃からヘンに悪くなったのかな。ある日、神さまが、ボクの所に来てくださって、「このメガネをあげるからね、かけてみるといいよ」それは不思議なメガネだった。それをかけると、ボクの心を苦しめていたたくさんのものが色を失ったようにソフトフォーカスになって、気にならなくなった。ボクの心に喜びや安らぎをくれる景色がカラフルに、鮮明に見えるようになった。こんな不思議なメガネがあったのですね。あの日以来、ボクの心にはいつも、そのメガネが架かっている。
2002年07月21日
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特養ホームにおられる信者さんを訪問。もう90歳に近づいている。聖歌を歌う。「歌っても構いませんか?」と同室の方に了解を頂き、耳元で声を張り上げないように歌う。信者さんもかすかなお声を出して歌ってくださった。天国のお話をすると、「眠っているんでしょう?」と。えっ、意外な答えが来た。「いいえ、天国とは、神さまがおられる新しい世界で、神さまとご一緒に生きる所ですよぉ」。ヨハネの黙示録(聖書)を読んで、あらためて説明した。最後にお祈りをする。信者さんの車椅子に手をかけ、跪いて祈った。続いて祈って下さった。「天国に行けることをありがとうございます。」と祈って下さった。
2002年07月20日
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人生って河が流れるのに似ています。源頭で誕生し、子供~青年時代は沢、沢筋には崖や滝があるぞ。中流から、悠然とした下流、そしてはるかな海に至ります。川岸の風景の移り変わりは興味深い。今日まで、何とたくさんの美しい風景を見てきたことでしょう。やがては次の世代に受け渡す時が来ます。そのときの喜びを今から想像する。次の世代が待っています。少し急ぐ事にしよう。
2002年07月19日
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皆さん、お元気ですか? 暑くてステキですね。今朝は聖書の通読で「ペトロの手紙1」を読みました。この手紙がどんなに慰めにあふれた手紙か、世界中の人に知っていただきたいと感想を持ちました。では、ひとつご紹介させてくださいね。 「不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適う事なのです。」 2章19節(新共同訳)スゴイでしょう? こんなことを書けるのは、聖書以外にはないなあ。
2002年07月18日
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あなたが笑えばボクも笑う。あなたが泣けばボクも悲しい。あなたが神様の所へ行ってしまう時、ボクはどうすればいいの?
2002年07月17日
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シューベルトのリート(歌曲)の題名です。「楽の音 わが悩むとき 心を訪れては暖かき 愛を受けつつ 清らかなる・・・」 中学時代、か細い女性の音楽の先生が、テストの時間に、ご自分がピアノ伴奏をして、男子クラス全員に歌わせました。団塊の世代、クラス50人も居たでしょうか。50回の伴奏。みんなが、あの和音が階段を上って行くような出だしを覚えてしまったことでしょう。そしていっしょうけんめいに歌ったのです。あの時だけは、ボクたちのクラスは音楽学校のそれとなり、歌の芸術に酔いしれたのです。
2002年07月15日
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ある人が、美しい真珠はあこや貝の涙だと言いました。貝の中に、小石などの異物が入ると、痛さのあまり、分泌液を出して異物を覆います。それがあの神秘の輝きを持った真珠となります。ボクたちの生活も、そうかなあ。毎日やってくる痛み、悩み、それらが来ることを神さまが許しておられるとしたら、神さまは一つ一つに意味を与えておられるのかもしれない。かけ替えもなく輝く真珠が、ボクたちの中に出来ているのかも知れない。
2002年07月14日
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ボクのHPを見た妻が恐れている。「見なければならない人、関わらなければならない人は、あなたのすぐそこにいるの、忘れないでね」 妻はボクの性格を良く知っているのだ。ボクはネット教会のボクシではなく、小さな教会のボクシなのだった。トルストイの『愛のあるところには神がある』から見れば、妻の中に神様がおられるのかも知れない・・・・
2002年07月13日
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以前、家族の中でたった一人の信者さんが天国に行って、お葬式。「うちは仏教なので・・・・」「え~っ、この方クリスチャンなんですけど」。ボクはよほどキリスト教が嫌われているんだな、この国では、思ったことがある。 近所の「◎◎宗」のおじさまとお友達になった。この人の家を通る度に太鼓の音、個人企業だが社長さん。そのお寺では、役員級の人だったと思う。 その人が亡くなって、お葬式に出させていただいた。え~っ、まさか、宗旨が違う! 息子さんの所に行って事情を聞く。「うちはね、もともと○○宗の檀家だったんですよ」あ~ん。檀家制度すごいぞ!
2002年07月12日
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フランクル著「夜と霧」~ドイツ強制収容所の体験記録~ 昔読んだ本です。フランクル(精神科医)がひどい強制労働に耐えられなくなり、今にもそこに崩れ折れそうになった時、彼は妻のことを頭に思い浮かべました。すると彼の心の中に、妻の面影が今そこにいるように鮮明に現れて、彼に語りかけたというのです。彼もまた妻に語り、懐かしい、心の交流を経験しました。フランクルはしばし苦しみを忘れ、重労働にも耐える勇気がわいてきたと言っています。実際はフランクル夫人は、その時にはすでにナチの手て殺されていました。 ボクは真実の愛をフランクルと一緒に経験した気がしました。読書の喜びがありました。
2002年07月09日
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ブリキの太鼓さんのご質問への答えですが。(ご質問は掲示板をご覧下さい)手前味噌ですが、アダムとイブの子供たちの、カインは弟アベルを殺しています(創世記4章)。これは神さまにささげものをする行いの中で、カインの心の中に弟へのしっとが生まれ、殺人行為に発展したものです。まだ人類は4人しかいないのですから、民族も宗教もない時代といえましょう。民族や宗教は憎しみを生み出したり、あおったりする材料や原因にになるとは思いますが、憎しみは個々の人間の心の中から出てきます。だれでも生まれながら「ガン細胞」を持っていると言われているように、憎しみの芽は人の心の中にあります。だから複数の人間がこの地上に生きている限り、たとえ世界に宗教や民族が一つだとしても、戦争や殺し合いは無くならないのではないかな~と思うのです。 逆に、様々な民族、宗教が混在していても仲良く暮らせることを真剣に考えたいです。
2002年07月08日
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隣町に住んでおられる林富美子先生(ハンセン病治療に生涯をささげた女医さん)が書かれた「ヒマラヤ山麓の夕映え」という本に書かれていることを、紹介しますね。(原文のままではありません) 「人生という楽譜には、所々に休止符があります。私たちはそれを曲の最後だと早合点してしまうことがあります。この休止符は、神さまがその楽譜の中で、病気や事業の失敗を置いて、強制的に、しばらく休ませるためのものです。それなのに私たちはそれを嘆き悲しむのです。」 ボクの教会でミニコンサートを開いたとき、娘のピアノの先生が来て、「舞踏への招待」という可愛い曲を弾いてくれた。終わったと思って拍手を始めたら、それは「休止」だった。明日は日曜日。ゆっくり休もうね。
2002年07月06日
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以下の日記は、3回目です。アップしては消え、アップしては消え・・・・何だかこわ~いです。-------------------------------------------------- 小学校高学年から、ボクにきつおん(吃音=どもり)が始まった。 いつか食堂で、きつおんの人が店員と話していた。その人が帰ったとき、「どもりってイヤね」と店員同士が話していたのが聞こえた。ボクの目の前は真っ暗になった。 当時はまだ電車に乗るための切符購入は、窓口で行く先を告げた。並んでいるとき、口の中で何度も練習。その勢いで窓口へ。でもだめだった。胸の奥に恐ろしい力を込めて、言葉を出す。 路線バスもです。かっこいいバスの女車掌が、乗客から行く先をききます。そして切符を切る。ボクの口から単語が出なかった。アウアウと突っ立っていたこともあった。降りる時「降りまーす」って告げるけど、それが出てこなかったんだ。 教科書を輪読する時、国語の先生から「おまえはいいから座りなさい」と言われたこともあった。 牧師養成学校に入ったとき、みんなが心配してくれた。「それで牧師さんになれるの?」先生に言われたこともあった。「キミは吃るくせがあるんだね」。こういって下さったのはO先生。「くせ」と言われたとき、うれしかった。そうだ、これは永遠の苦しみではなくて「くせ」だったんだ。そして、「くせ」は本当に直った。結婚したら直ったんだ。どうしてだかわからない。「くせ」だったからかなぁ。
2002年07月05日
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17才と22才と29才の時マラリヤにかかりました。19才で疱瘡。19才と20才で肋膜炎。33才でインフルエンザ。25才と35才で赤痢。日常は慢性扁桃炎でたえず風邪をひく。43才で自分の歯が1本もなし。病気のデパートだったんだね。みんなも気を付けようね。
2002年07月01日
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