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キリスト教は「一神教」といわれるがボクはそうではないと思う。ユダヤ教 「ヤーウェの神」イスラム教 「アッラーの神」エホバの証人 「エホバの神」以上の3教は一神教だろうキリスト教 「父なる神」ではない。「キリスト様」も「聖霊」もそれぞれの人格を持った神様である。ほら、「一神教」ではないでしょう?「父・子・聖霊」3つの人格なら、3人でしょう?やっぱり、単純な一神教とは内容が違う。
2010年05月30日
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探すものではなく論じるものでもない信じるものである
2010年05月29日
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今朝の新聞広告を繰っていたらアイパッドの広告が目に飛び込んだあの店で売るのかぁ~見に行きたいぞあんな派手なモノ持ち歩けるかしらん
2010年05月29日
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会議は卒業と思っていたが呼び出されて久々に出てみるとずいぶん雰囲気が変わっていてみんな自然体で自由に意見を言い合っている小型ノートパソコンでひたすら記録をとっていると隣のかたが「疲れたでしょう、ちょっと代わってあげますよ」パチパチパチパチパチパチパチパチ!う~ん、早い
2010年05月28日
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60歳代を過ごしているボクは70歳代もただの一歩のような気がする今日の小さな一歩がボクの人生の全体をデザインするような気がする
2010年05月27日
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夜中に息子がバイクを走らせやってきた彼の息子を見舞うため午前中は集まりに顔を出してまた出かけていった60キロほどの、西への旅「雨具は持ったの?」彼の母親「持った、じゃぁね」ぽつりぽつりと今にもやって来そう
2010年05月26日
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聖霊降臨日の礼拝を持った礼拝の間に雑念に身を焦がすことがある荒れ野でのイエス様にサタンが幾つかの誘惑を仕掛けたように礼拝のまっただ中にサタンがボクの心を誘う「いったいお前の牧師としての30年間は何だったのかね」ボクの心は焦り自分の心に語った「これからの年月を通して、ボクはその30年をあがなう」こんな風に弁解をするボクはあの荒野での主の態度とは違うしそれがサタンのささやきだったことさえもわからなかった
2010年05月23日
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サツキ晴れの朝なのに天気が崩れるとテレビで言っていたホントかなぁそう思うと青い空が愛おしい朝から洗濯機を回しますシーズンオフになった掛け布団を窓から下げました
2010年05月22日
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「わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」マタイによる福音書26章39節(新共同訳聖書)イエス様の祈りにならって、信徒たちは自分の期待や願いを、いさぎよく、あるいは泣く泣く、あきらめてきた。主の御言葉は、方向転換するための「伝家の宝刀」。「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」マタイによる福音書8章2節御心ですから、決してあきらめません。あくまでも期待を継続する「御心」もある。どうか「御心」の二つの用法を誤らないように。
2010年05月19日
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「きちゃった」と言ってボクの老母がとつぜん現れた昨夕のことだ今日は礼拝に出て午後の「賛美の集い」で賛美して皆さんが帰った頃「ワタシも帰るわ」「夫婦で散歩に行くけど、一緒にどう?」と誘うと、行くと言う柿田川湧水公園良く整備されて国道脇にあるが中は奥深く涼やかな水と新緑まばゆい公園観光バスまで来ている3人でそぞろ歩くそのまま三島駅に向かうと「今日は良いところに連れて行っていただいたわ」満足そうに言い残してBye Bye
2010年05月16日
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「ボクたち団塊の世代が 長生きして いっせいに70、80歳代になると 世の中、どうなるかなぁ~」「自分のことは自分でやらなきゃねぇ」
2010年05月14日
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今朝読んだ聖句~「みだらな行いを避け、おのおの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならず、神を知らない異邦人のように情欲におぼれてはならないのです。」テサロニケの信徒への手紙1・4章3ー5(新共同訳聖書)夫婦の中でこそ、きよらかに生きねばならない。
2010年05月12日
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お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがボクのおうちに来てくれた!ボクのおうちはものすごく大きいお部屋も数え切れないくらいたくさんある生まれてから1週間もたたないウチにボクはここに連れてこられてそれからここがボクのおうちになったお父さんお母さんの代わりをする人たちがいてくれてボクの世話をするもちろんボクのお母さんは毎日来るお父さんも1週間に一度くらいは来るボクを一番長く抱っこするのはお母さんさお母さんはボクを抱っこしてやさしい言葉をいつもかけるボクはお母さんのお胸とやさしい言葉をいつも待っているわずかだけどボクはミルクを飲めるようになったさきのうお祖母ちゃんとお祖父ちゃんが来たときミルクの時間だったボクはミルクが飲めるボクの姿を見せたお祖母ちゃんは驚いたお顔をして「ミルクを飲めるようになったのね」と言ったボクを抱っこしていたお祖母ちゃんは泣き出した「ワタシが泣くのはね、うれしいからよ」ボクが神様に支えられて生きていることたくさんの人たちがボクのためにお祈りしていることを思い出してうれしくて泣くのだってそうさ、お祖母ちゃん!ボクはいつも神様とご一緒にいるさ
2010年05月11日
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DV(ドメスティックヴァイオレンス)だれにでも萌芽がある子どもがまだお腹の中にいる頃腹を立てて突き飛ばしたことがある妻は壁に倒れかかったあの時、流産でもさせていたら今のボクの職はない今頃はせいぜいホームレスになっている時々は思い出すことサタンに誘われやすい自分と神の憐れみを忘れない
2010年05月08日
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身近な町でDV殺人事件があった。被害者は女性。男が女を殺す。聖書中にDVはあったかと考える。思い当たらない。現代人が抱える病か?「女よボクの所有物になれ 女よボクのペットとなれ 女よボクの奴隷となれ ボクに口答えするな」「ワタシも同等な人間よ」ついに男は女に襲いかかる叩き、蹴り、投げ付け死に至らせる。やった!ざま見ろボクの方がエライのがわかったか(虫の息で横たわっている女を一瞥)「お前が悪いんだぜ」これで人生の幕が引ければいいんだが第2幕が待っている。自己中の論理はすべて引き剥がされるだろう。恥ずかしさで顔もあげられまい。第3幕もある、神の裁きだ!
2010年05月07日
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散歩するために二人で待ち合わせをした花の咲いている垣根のそばで待っているという出かけて行くと咲いている花に見入っているところだった人を惹きつける花そうかボクたちは花のようになれればいいんだ
2010年05月05日
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キミの家ではお父さんよりお母さんの方がエライと思っているね。いかにもお母さんの方がエライと見えるところにお父さんのエライところがあるのさ。だからやっぱりお父さんの方がエライのさ。
2010年05月01日
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