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2021.11.30
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 「祝福家庭子女修練会でのみ言葉」 (中編)

1984年7月10日
ベルベディア

 一九八四年六月二十日から七月十日まで、ベルベディアにおいて、先生の子女様たちと在米祝福家庭の二世たちの第一次二十一日修練会が行なわれ、その最終日七月十日に語られたものです。


 イエス様の本来の位置

 そのように二つの宗教が一つになって、招請しなければなりません。招請をするのですが、イエス様は妻がいましたか? 我々の王宮で祭司長から新婦を選ぶのです。互いが新婦を迎えるように、国家行事として迎え入れることができるようにしなければならなかったのです。

 イエス様がその時、夫人を僕から迎えるようになっていましたか? イスラエルが上手にやって、ユダヤ教が上手にやったならば、ローマ皇帝の娘を侍らせるようになっていました。

 その時、ローマ皇帝であるシーザーが岳父(がくふ)として侍るならば、岳父が心を奪われるでしょう? どのように考えますか? イエス様がシーザーを岳父としてローマ皇帝と同じその位置に立ったとすれば、右の頬を打たれれば、左の頬をも打たれようと、そんな承諾をしたでしょうか? それはどれだけ悲惨なことでしょうか? 天国の王権を持って来たにもかかわらず、凄惨(せいさん)なるその身の上がどれだけ言うことに事欠いて、そんな言葉を言わなければならなかったかというのです。カイン・アベルを再び探して、アベルの位置を引き受けざるを得ない悲惨な事情をかかえながら、歴史を戻って、さかのぼって行かずしては、生き残ることができません。生き残ろうとするから、そのような悲惨な路程を行ったのです。

 このような罪を君たちは知らなければなりません。そのようなイエスを今まで分かってあげられず、信じもせず、自分の父母以上に侍ることのできなかった罪を許してもらわなければなりません。君たちの父母は、全部皆偽りの父母です。天理を探して来る本然の父母を失った悲しみを知らなかったというのです。

 今は、来(きた)る本然の父母の前に精誠を尽くし、侍ることのできるそのような準備のために、君たちが生れた家庭からイエス様を信じ、イエス様を我々の父母よりもっと愛さなければならないというこの原理が、このみ言葉を聞いて分かったでしょう。イエスが何か分かりましたか?原理が出て来たから、理論的にはっきりと分かるでしょう。千年、万年座っていて、祭物として捧げれば、神様がこれらのことを教えてくれそうですか? 神様が一番悩むのがこの問題なのです。霊界を見れば、なぜこのように悲惨で、皆が謀略をなし、中傷するのか? 神様がいるのになぜこのように放っておくのか? それは人間の責任分担です。人間の責任分担に属することだということを知っているので、それを解明することによって、歴史のすべての秘密が解かれたのです。



 それでローマを吸収して、ローマ圏とアジア圏を一つに造って、カインとアベルを一つに造って、そこで公認された位置に立って、万王の座で、天上の王権を地上に移して、永遠不変の王権の基盤を中心として、その直系の子々孫々を中心として、この伝統文化は天国に直結されたのです。その時は、いかなるサタンの反対もなく、法をよく守って、父母を愛し、家庭にあって父母の愛を受け、兄弟の愛を受け、死ぬ時にお母さん、お父さんが自分の息子のために、また、その兄弟が「立派な兄弟だった。息子だった。」と自慢することができなければなりません。そうすれば、「天国に行くな。」と言っても行くようになります。

 天国に行くと信じていた人間がどうなったのかという事実も、堕落の報いのやるせなさだということを知らなければならないというのです。

 「解放」後の摂理

 先生が個人の蕩減路程をどのようにしたか分かりますか? 先生が僕の僕の役をして、キリスト教を中心として、「解放」(注・第二次大戦終了)直後に国と一つになって、イスラエルの国でできなかった国家基準を中心として蕩減復帰した基準で、完全に国家とキリスト教が一つになったならば、世界は七年以内に復帰することができる、そんな能力のある先生でした。そんな先生が複雑な家庭の背後を残して、歴史のやるせないすべてのものを経て来たというのです。そのように再蕩減しようとするから、いかほど複雑なことでしょうか?

 旧約時代は、祖父母の時代。新約時代は壮年の時代。今の成約時代は若者の時代です。若者の時代に、全部キリスト教文化圏を中心として、韓国の解放以後に五千年歴史の悲運を過ごした歴史的な惨事の犠牲の功を集めて、韓国の民に初めて神様が祝福して、先生を送って、世界史的な福を与えようとされたのです。キリスト教国家と李承晩大統領が一つになって、その時先生の側は青少年です。十代、二十代の若者に私が介入するようになったのです。おばあさんが何の関係があり、おじいさんたちが何の関係がありますか? その時、二十代の青少年たちを伝道して教育したならば、どれだけ世界を指導できる要員を作り出したか分かりません。

 それで先生は、梨花女子大学と延世大学の学生を伝道して、国家を代表した李承晩を中心として、ホッジ大将と争って南韓に分立された政府を立てようとしましたが、だめになったのです。李承晩もホッジと争って、韓民族が願う南韓政府を立てて、共産世界に行かないように防御しながら態勢をとったのと同じく、西洋の宣教師を増やして、金活蘭(キムフアルラン)と白楽俊(パクラクチユン)が一つになって完全にキリスト教界が統一教会を迎えたならば、この世は、皆終わるんです。その時、李承晩を通して先生がアメリカに行けば、国を中心として世界をいくらでもリードすることができたのです。

 四十年蕩減の路程

 そのようなすべてのことがだめになったので、四十年間峠に戻って行って、個人としてやるせない蕩減の路程を行くのです。家庭的なカイン、氏族的なカイン、民族的なカイン、国家的なカイン、世界的なカインを屈服させる闘いの路程を、一生涯にわたって主権と闘い、日本の国と闘い、北韓の金日成と闘い、大韓民国と闘い、今はアメリカと闘いながら、迫害を受けながらそれを乗り越えて出て来るのです。今は、韓国も日本もその次元を過ぎました。アメリカも戻って行かざるを得ないのです。

 法務省でレバレンド・ムーンを陰謀したという者が現われ出るのです。国民自体が政府を信じなくなるというのです。既成教会と完全に一つになり、民主主義が民と一つになったでしょう? 分かりますか? これがふただけ開ける日には、つまり、今やアメリカのキリスト教界だけ完全に一つになる日には、建国思想で見るようになる時、将来キリスト教が統合された背景をもって選出されない人は、アメリカを指導する大統領になれません。

 アベルの位置で教えながら、国家的次元において宗教はアベルであり、国家をカインの位置に立て、絶対的に一つになして越えて行くのです。だから、そのような闘いをしようとするから、いかに迫害をたくさん受けたことでしょう。なぜそうなのかと言えば、蕩減復帰が必要であり、蕩減復帰というのは、責任分担だからです。イエスが責任分担を果たせなかった。父母として責任分担を果たせず行ったというのです。それでイスラエルの国の背景を中心として、それを蕩減しなければなりません。

 そのために、昨年韓国で大会を行なって民と先生が一つになったのです。それは、イスラエルの国において、イエスを打つことによって国を失い、宗教を失ってしまったけれども、反対に私が打つことによって国を捜し、統一教会を立て、七百万勝共会員を確保したのです。 その代わり、その期間に興進が死ぬようになったのです。二番目の息子であるイエス様が死んだのと同じく、実体のキリスト教のすべての過ちを蕩減復帰するために、興進が死ぬようになったというのです。そのようなすべての複雑な蕩減路程を経て来たのです。

 なぜ、このようなことをしなければならないのでしょうか? 責任分担ゆえです。責任分担を完成した人が一人もいないから、知っている私がしなければなりません。だから本来我々の父母が私に否定されるのではなく、我々の一族が私に否定されるのではありません。キリスト教が大韓民国を中心として、建国と時を合わせて受け入れたならば、兄弟たちがなぜ迫害を受けるのですか? 文氏氏族がだれよりも歓迎されたのです。分かりますか? キリスト教が反対することによって、国とキリスト教が合わさるから、三次七年路程を中心として、再び捜す役を先生がしなければならないでしょう? 個人的な闘い、家庭的な闘いをして、家庭を全部呼び出して、それで君たちの親も家庭から飛び出して来たのでしょう? 先生に熱中したんだね。恋愛して死のう生きようと言うより、もっと熱中したというのです。それゆえに従って来たのです。天の愛がそうなんだよ。つむじ風が吹いて、父母が皆、浮わついたんです。

 だから、冬にたたかれて、追い出されて行く所がなく、先生を捜し回ったりしたのです。服を脱いで逃げ回り、頭を刈って、行く所がなくて夜に塀を飛び越えてくるから、何のうわさもたたなかったでしょうか? 君たち、祝福を受けた子供たちは何も知らないよ。

 今日、なぜこのような話をするのかと言えば、責任分担ゆえに皆解け出るのです。分かりますか? 責任分担。これは蕩減しなければなりません。それは、個人蕩減、家庭蕩減、氏族蕩減、民族蕩減、国家蕩減、八段階の蕩減路程、これをするために必ず家を出なければなりません。自分の家ではできないのです。アベルがカインを屈服させて、そのカインは、サタン世界でサタンの傀首(かいしゆ)を捜して行かなければなりません。

 御旨のための結婚

 私は八歳の時から、もう人々の写真を見て結婚させ始めたのです。その時、先生はとても英明だったから、「あの乞食が今来て行ったのだが、彼はだれよりも良心的でかわいそうな人だから、(追いかけて)行って問うてみなさい。」と人に勧めてみると、実際に合っているというような役事がたくさんありました。それで、先生の両親もどうすることもできませんでした。先生が十歳の時のことです。遠に親戚のお姉さんがお嫁に行くようになったので、先生が「私が悪いと感じたら、実際悪いよ、この二人が結婚すれば死ぬだろう。」と言うと、(本当に)死んでしまいました。先生が二人を見て「悪いだろう。」と言えば、本当に悪くなるのです。「私が組み合わせてあげれば、間違いなくその二人は良くなり、別の方法で自分なりにやると良くない」と先生が言うと、実際にその通りになるのです。そのような経歴があるので、先生は世界的な仲人(なこうど)になったのでしょう。これを「職業的仲人」(☆☆)と言うの? 何のことか分かりますか?

 君たちの目は、先生の目よりも小さい。君たちは平たいものしか見えないんだね。しかし先生は、そのような目があるので、原理の世界を求めたのです。先生が悪いと考えたことは(事実)悪の実を結びます。自分たちがどれだけ「良い。」と言ったとしても見ていてごらん。三十六家庭の中で、私が「良くない。」と言えば、その家庭にどれほど多くの禍(わざわい)がもたらされたことでしょう。君たち、自分なりに結婚してみようと思うなら、ひとつやってごらん。きっと良くないというのです。みんな良くないだろう? その時になって後悔したとしてもどうにもなりません。

 このように白く、か弱いお母様を先生は良く選んだと思う? それとも選び損ねたと思う?(「良く選びました。」)四十過ぎた男が、十七歳の乙女を連れて妻に定めたというのは、泥棒のようだろう? 狂った奴だよね。なぜそうなのか? それは御旨のためです。

 王権復帰のためには、天法からみれば、その女の何歳かが問題ではありません。この世がそれを許すでしょうか? 神様が保護され、愛されたゆえに、お母様一人でそのすべての御苦労を越えて十分になし得たのです。あなたがしなければなりません。私の家庭は悲惨であったとしても、歴史が分かれて後代に血を流し得る道であるゆえに、子供を産まなければならないのです。摂理のために、人類歴史をかけて闘って来たのです。

 先生は結婚してから三年後になって初めて一緒に住んだのです。なぜかといえば、カインの女性たちを全部整地して、これが八十代から七十代、六十代、五十代、四十代、三十代、二十代、十代まで、「お母様が良い。」と言うことのできる環境を作ってこそ、そこに初めて位置を確保することができるからです。それが原理が行く道だからです。

 氏族を信仰の子女に



 今、国家基準ができなければ、救いができないでしょう。先生が今、このようにして国家基準を皆越えているので、君たちも家庭基準を皆越えたでしょう? 大韓民国が国家的次元で統一教会を受け入れることのできる段階に入って来たので、君たちはもっぱらそのまま、そのとおりに、大韓民国の誰々、(というように、自分の)親戚を選んで立てるというのです。分かりますか? 我々の親戚、兄弟たちを選んで立てれば、信仰の息子・娘の代わりにすることのできる段階に入ってきたのです。

 ところで、その信仰の息子・娘は、君たちのために生命を捧げることができ、君たちの息子・娘のために生命を捧げることができなければなりません。そのような愛を、どのようにして入れることができますか? 君たちが入れることができますか? それは、原理を通して入れることができるのです。分かりますか? 将来、それが伝統として立つのです。だから、一族が族長を中心として全部、そのようにして連結されるのです。統一教会は宗教の立場でも、一族の者はカインの立場で、国家と同様に外的世界と連結されて一つにならなければなりません。

 今は、氏族問題であれば問題ないのです。君たちは、そのような基盤があるからといって、一族で条件物を捜して立てることのできる環境が必要ないのではありません。この世の国が全部復帰されて、サタンが反対しうる痕跡がなくなる時まで続けるのです。そう、君たちは、今、「私」を中心として生きてはいけないというのです。責任分担をよく分からなければなりません。今まで、キリスト教が大韓民国の建国と共に先生と一つになっていたならば、私が四十代にさえなれば、世界をリードすることができたというのです。

 四十年を完全に失ってしまって、戻って来て、今まで私が冷遇につぐ冷遇を受けて、この世に「文先生が良い。」と言った人が、どこに一人でもいましたか? 全部皆「はなはだしい悪人。」と言っていたのです。ごみ箱のように悪口を全部私が受けてきたでしょう? カインが全部そのようにつくったのです。「あの弟は、詐欺師で。何で……」と。だから、カインの言葉を聞くようになったのでしょう? カインは主人であるから、私は静かにしているのでしょう?だから、四十年間カインの悪口を全部ひっかぶって出て来たのです。

 カイン・アベルの主流思想

 先生は越権行為をしないのです。原理原則を中心として怒るのでしょう? それを知らなければなりません。地で打たれれば天で打たれ、地で解けば天で解くことを。



 さあ、今日の話は何でしたか? 責任分担。責任分担は蕩減して何を覆(おお)っておくためのものですか? 主流思想。カイン・アベルの主流思想を立てるためのものです。それで、カイン・アベルを育てて、お母さん、お父さんまで立てるためのものです。父母を失ってしまい、息子を失ってしまった神様はエデンの園を失ってしまったというんです。父母を失ってしまい、息子を失ってしまったので、息子を捜してこそ父母を捜せるのです。分かりますか? これが復帰歴史です。そう、息子をつくるために宗教をつくってきたというんです。

 天側の人と息子側の人は、十名息子がいたとしても、主流になることができる息子は長子の位置のみです。長子になろうとするならば、一番の息子、そのサタンと闘って勝たなければなりません。分かりますか? 天側の人が主流になろうとするならば、サタンが長子ですから、長子と闘って、勝って引き継いで来てこそ、長子の主流圏が立つので、秩序が立つというのです。

 それでアベルは、長子であるカインを屈服させてこなければならないというのです。力で?(「愛で。」)愛で。体と心で痛みを感じなければならず、私の体と私の心が死の峠に行かなければなりません。自分が愛する妻を奪って行き、母を慕って行き、娘を奪って行き、祖母を奪って行った怨讐です。天国の王宮では、王孫がアダムなのに、アダムのおばあさんを強奪し、アダムの娘を強奪し、アダムの妻を強奪したのと同じ役を歴史的になして来たというのです。善なる人をそのように強奪して、そのように血をたくさん流してきたのです。

 そのような伝統的な意味では、カインは怨讐だというのです。そうであるので、私の体で防ぎ、痛みを耐え、心で怨讐を愛さなければなりません。そうでなくては、サタンは屈服しないというのです。そのような心を持った本人がいるのだから何も言うことはできないでしょう。それは正しい話です。私はそのような人です。彼を愛したから、その法に反駁(はんぱく)するどんな言葉もないのです。また、天道から見るときに神様がいるので、神様の愛には、そのような人がいません。そう、「私はあなたの前には弁明する言葉がありません。」そう言って、サタンが屈服すると言うんです。体でそれを感じなければなりません。(カインは)私のお母さんを殺した怨讐たち、私のおばあさんを殺した怨讐です。私の娘を強奪して、自分の嫁を強奪して殺した奴で、彼の後継者です。

 罪人中の罪人

 本然の父母を捜すために、本然の新郎と本然の家庭を捜すために、この道を耐えて行かねばなりません。本然の家庭があり得ず、本然の父母があり得ず、本然の理想の国があり得ないから、その理想を眺めながら耐えて出て行くというのです。それで、黙って屈服させなければなりません。

 最初は泣いたり叫んだりするのを「こいつ、なぜ泣くんだ。」と言うけれども、一度やって二度やって、十度やってみると、泣く弟をたたきながらも一緒に泣くようになるというのです。反対になるのです。それでも恨みは残るが、その次には恨ますに、「あー、私は悪い人なのだ。」と率直に告白すると言うのです。告白した時から振り返るんだよ。何の話か分かりますか?蕩減路程では、告白を受けなければなりません。カインが「私は、お前にすべてを相続する。私のすべてのものを皆お前にやる。」と告白しなければ回復する道がないのです。

 先生はそのような道を歩いてきました。僕の僕の役。天を思い通りに眺めて生きた人に見えますか? いつでも罪人中の罪人です。この世の罪を皆背負って行く身の上です。そうでなくては、カインを屈服させる道がありません。しかし、この世の罪を犯して行く囚人中の最高の囚人の役割を、皆さんはしなければならないのです。

 ところで、彼らのお兄さんになる人がいないのです。お兄さんがいないとするならば、どうしますか? 今は親不孝な子供を見て、刀を振り上げることのできないのが父母の心であることを知らなければなりません。その父母を愛する子供として、刀を振り上げることができないというのです。

 この神様が父母の側に立たなければならないのです。それを知らなければなりません。個人的にそのようであったし、家庭的にそのような怨讐です。氏族、民族、国家、世界的にそのような怨讐です。

 愛のパイプの連結

 祈りは心で祈るのです。神様から始めて、父母様から始めて、神様の愛が今から祝福家庭へ降りてゆく原理を知ったので、そのような祈祷をするのです。君たちは修練期間、何の祈祷をするのかと言えば、神様の本然の愛を中心として天宙が和動し、連結されることを祈祷しなさい。 神様と真の父母様を中心とした真なる子女の伝統が連結されて、祝福家庭が連結の中心になる時は、愛の貯水池のパイプに連結されるのです。 そして統一教会から今、全世界のキリスト教から、全世界の宗教へと愛のパイプが連結されたのです。それだけ私が宗教のために働いたのです。そうだから、彼らが皆、私を尊敬するようになったのです。自分の宗団より立派に考えるのです。心が良いというのです。「我々の義の中心はあの方なんだなあ!」心がしきりにそうだと言うのです。時が過ぎれば過ぎるほどそのようになるのです。それで、愛の道がずうっと伸びて行くことを祈祷するような時になったのです。

 私に反対し、統一教会に反対していた者たちの息子・娘の学費を私が送ってあげたのです。自分の友達が送ってくれたと思っているんですね。飢えた時は米を送ってあげました。それを知るようになる時は皆屈服するのです。怨讐が飢えているのを見て、福を送ってあげ、考えてあげ、歓待する人はいないのですね。むしろ誤ったのだから、その罰を受けなければならないだろうと言うのです。「うまくやったもんだ。当たり前だろう。何だい!」しかし、彼らは皆兄弟たちなのだから、そう言ってはならないと言うのです。
神様が父母なので、 今、死刑囚になって刑場に出て行く息子を思う時、許すことのできる法があるならば、何の役割をしてでも許してあげようとするのです。国法をなくしてしまうことができるならば、国法をなくしてしまってでも許してあげたいのが父母の心だというのです。そのような天の心を皆さんは知らなければなりません。

 全世界の為に働く

 そのように見ると結論は、私に「死ね」と言って追い出したけれど、追い出した側の人が出てきてみると皆死ぬのです。私が生きることができないように彼らは振る舞ったが、私は生き残り、彼らは皆亡びてしまいました。そうしながら、打たれて奪ってきたのです。分かりますか?

 そのような観点からみると、第一次世界大戦も初めに打った側が最終的には負けたのです。打たれた側が勝ったのです。 第二次世界大戦も初めに打った方が負けたのです。そうでしょう? 第三次世界大戦も今この時はソ連が打っています。民主世界である我々が全体の前に最後の場で、世界的に打たれているのです。

 歴史以来、私以上に打たれた人はいないのです。悪口を私以上に言われた人がどこにいるでしょうか。世界中の国家を合わせてみても、レバレンド・ムーンを知らない人がどこにいますか? あのアフリカに行っても、レバレンド・ムーンを皆知っています。「悪い国はアメリカだ。白人たちだ。」とね。「罪のないレバレンド・ムーンを陰謀と謀略で中傷して、善なる人をつかまえて殺そうとする。」と言うのです。インディアンのときと同じく、それがこの世に完全に皆現れたのです。仕方なしに、福を皆渡してあげざるを得ないんです。環境的に追い詰められるから、こんな責任分担を置いてこんな闘いをして来たのです。

 先生がそのような福を先生の息子・娘に与えることはできません。そんな福を誰に与えますか? 世界に与えるようにして、その次に祝福家庭が受けて、その次に息子・娘が受けるのです。これが復帰歴史なのです。 何の話か分かりますか? 統一教会は何の為に働かなければならないのかと言えば、統一教会の為ではなく、世界の為に働かなければなりません。世界の前に福を分けてあげねばなりません。今まで仕事をしてきたのを見なさい。しかし、彼らが受け入れないから、今、福は誰が持って行ったのかと言えば、祝福を受けた統一教会の食口たちが、祝福家庭が持って行ったのです。それを皆渡してあげて、その与えた祝福を感謝しながら世界の人たちが受けて、その福を統一教会の食口たちに譲るようになる時に、統一教会の食口たちは、それを先生の息子・娘たちに譲らなければなりません。このようになっています。家庭も世界的でなければならないというのです。

 一昨年を中心として、八千双の祝福を世界的基準においてなしました。エデンの園の理想的家庭祝福圏を世界的に迎えたのです。多くの民族すべてに分けてあげるためです。全部皆、分けてあげて、彼らが全部受けて、それから、我々祝福家庭の前に回してあげるのです。為にしてあげるのだよ。ああ、アベルはあの昔の上流階級の人たちのようなものだね。分かりますか?それで一つになるのです。一つになるところには先生の息子・娘が立つのです。こうして統一教会とサタン世界と、カイン・アベルが一つになったその基盤の上に先生の息子・娘が立つことによって、息子・娘を中心として、カイン・アベルの基準がなくなるのです。カイン・アベルの基準がない本然の世界を目指す闘いが、その基準を越えて立った位置で初めて、世界的な位置を確保するようになるのです。

 祝福家庭の生きる道

 それで、この基準を越えて行く時が今の時です。分かりますか? だから、先生の息子・娘を私が愛してはいけないというのです。その代わりに、自分の子供たちを犠牲にさせながら、あなたたちを自分の息子よりも愛して、先生が持っているすべての貴い福を自分の家庭に連結するのではなく、万民に分けてあげ、祝福家庭に分けてあげました。その伝統を受け継いで、今はその何倍をも、先生の息子・娘に回してあげる責任があると感じなければならないのが、祝福家庭がもつべき先生の息子・娘を中心とした思想観念です。君たちも異議はないでしょう?君たちにとっても、今は主張があり得ないのです。無条件に先生の息子・娘を中心として一つにならなければなりません。そうしてこそ、カイン・アベルが一つになるのです。

 これが祝福家庭の生きるべき道です。祝福家庭は、今まで世界の為に開拓路程の先頭に立って苦労をしてきたでしょう? その代わり、息子・娘たちはそのような苦労はしなかったでしょう?蕩減路程をさせませんでした。してはいけないというのです。ここには、カイン・アベルがありません。本然の息子・娘を立てなければならないので、カイン・アベルの蕩減路程は、祝福家庭と祝福家庭の息子・娘を中心として、世界の家庭と世界の息子・娘を中心として一つになることにより成立するのです。一つになったその基盤の上に、私の息子・娘と一つになることによって、先生がその上に立つのですが、先生としては、蕩減路程がありません。カイン・アベルに分別する必要がないので、長子孝進を今度の修練生の代表に立てたのです。それを分からなければなりません。

 先生が監獄へ行くようになったのは、世界が過ち、国が過ち、キリスト教が過ち、三十六家庭が過ち、統一教会も全部が誤ったからだというのです。そのため、統一教会が全部苦労して、全部の災いを受けながら、試練が延長されてきました。

 しかし、今世界的途上で越えていく時になったというのです。先生の裁判を中心として、法廷闘争で私を引っかけて引っ張って行こうとするこの時になったので、孝進を責任者に立てて、さっと位置を確保するんです。今がそのような重要な歴史的修練会であるということを知らなければなりません。それゆえに、今、アメリカに住みながら参席できなかった者は、千年、万年かかっても後悔するというのです。今回が第一次です。

 先生の家庭では、正常な位置でカイン・アベルの闘争がありません。それで、今までこのような準備をならしておいて、世界史的な民主世界を中心として越えて行くのです。そうして、先生を中心に、カイン圏であるアメリカさえ開ければ、長子圏は父母をもった息子である長子を打てません。父母をもった長子を打っては、雷が落ちるというのです。今まで父母がいなかったので、長子圏が思いのままに取り扱っても、どうすることもできませんでした。しかし、今は父母をもったアベル圏が立つことを通して、長子を打っては、父母がそれを条件にして長子圏を打つことができ、長子圏がめちゃくちゃに雷に打たれるというのです。だから、長子圏が打つことができず、屈服するようになるというのです。

 それゆえに、共産世界も今は、そのような世界を越えて行くようになっています。世界が皆、原理的になっているのです。君たちもこれをわかったら世界情勢がはっきりとし、今後、世界がどのようになるのか、はっきり見えるのです。学校の勉強がどれだけ易しくなるか分かりません。はっきりと分かりますか?(「はい。」)

 驚くべき祝福の恩恵

 さあ、それだから責任分担を誰が皆、蕩減役事をしたのですか?(「先生です。」)お金で返すことができますか? 君、家を売って、国を売って返すことができますか? 何を売って?言葉がないんです。君たち二十代は絶対服従です。エデンの園でアダム・エバがお尻を振って堕落したのです。自分を主張したというのです。だから、二十代は絶対服従なんです。父母の言葉を聞かなければ亡ぶのです。

 これをサタンが知っているので、アメリカが知っているので、今日、サタンが若者たちに自分たちの父母を、第一世の旧時代・前時代の人々であると思わせて、父母の言葉を聞かせないようにして、全部追い出す役をするのです。アメリカが皆、反対しているというのです。サタンは賢いよ。サタンはこの世の物情をよく知っています。しかし、サタンが打つ前に先生が皆、取り除いたから、ヒッピー、ヒッピーと皆やってみたって、どういうこともないのです。

 その次には独身生活をしようという運動がおこりました。つまり、同性愛です。「人権は法で制定せよ。」と言って、アメリカにその風が吹くようになったから亡びるようになったのです。共産党が全部浸透して、人本主義思想が全部ひきずって越えて行くようになったから、私がブレーキをかけて、闘いのるつぼの中で、乞食たちの親分になって、問題を提示する男になったのです。宗教者を中心として、今、大きな闘いが起こりつつあります。だから、君たちがこのようなことを知るようになる時、祝福家庭というものが、どれだけ驚くべき内容かという事実を知らなければなりません。

 祝福家庭がどれだけ重要なのか。イエス様も成し得なかったその位置。二千年間、死でもってキリスト教が世界版図にまで拡大していくために、いかほど犠牲の代価を支払ったことか。ローマ帝国の四百年迫害時代を経て、今までキリスト教が発展するために、血を撒(ま)かなかった所がどこにあるのか。どの国に行っても血を撒きながら、これほど犠牲になっても祝福の場をもてなかったのでしょう? 先生を通して、君たちの父母が祝福を受けたということが、どれだけ途方もない位置であるのか。お金でもって替えることができますか? 君たちが千年感謝して、一万年踊りを踊っても及ばない恩恵を受けているということを知らなければなりません。

 家庭的愛の拡大

 蕩減は先生がして、福はだれが受けたの? 父母は子供の為にするのです。父母が苦労して、子供たちが恵みを受けるのです。その代わり、君たちもそのような恵みを与えることのできる父母にならなければなりません。そうしようとするならば、その伝統、その思想を受け継がなければならないのです。おばあさん・おじいさんが我々にこんな伝統を見せてくれたのにもかかわらず、父母がそのような伝統を残してやることができなければだめです。

 今後、君たちは後孫の前に讒訴されるような父母になってはいけません。君たちも結婚するでしょう。それはなぜですか? 神様の愛を知るためにです。父母に侍ってみて、父母の愛を知ることができるように、夫の愛を知ろうとするならば、夫に侍ってみなければならないし、子供の愛を知ろうとするならば、子供に侍ってみなければならないのです。為にすることができなければなりません。そうしてこそ神様の愛の為にすることができるのです。教材として必要なのです。子供がなくては未完成のままであり、神様の愛を知ることができません。神様がどれだけ子供を愛したか分からないというのです。夫になってみなければ妻が分かりませんし、妻になってみなければ夫が分からないのです。父母になってみなければ、父母の愛が分からないというのです。皆、それを年代、年代で知る整種にするための教材としてくださったのです。

 君たちは、息子・娘がなければ、真なる父母になれません。そのように、本然の原則規範に合格し得る一等品になるためには、父母が必要であり、妻が必要であり、子供が必要であり、そうしてこそ、神様の愛を体恤することができる一等品になれるのです。この宇宙が印を押してくれてこそ、天国に自然に入るのです。それを受けられなければ天国に入れません。この世のおばあさん・おじいさんを自分のおばあさん・おじいさん以上に愛するんだよ。このような伝統を知らなければなりません。自分の父母と同じ年齢の父母がいるならば、自分の父母よりももっと愛さなければなりません。カインの父母だけれども、歴史の伝統の中にあってのカインの父母として愛するのです。その次に同じ年齢の息子・娘には、自分の息子・娘以上に愛する心を持つようになれば、それは世界と連結されるのです。

 氏族の為に成し、さらに氏族よりも民族の為に犠牲になりなさいという原則です。国家を犠牲にして世界の為にしなさいという原則がそこから出てきます。その苦労することが全部出てくるというのです。個人は家庭の為に、家庭は氏族の為に、氏族は民族の為に、民族は国家の為に、国家は世界の為にすることができてこそ、世界は天地の為にすることができ、天地は神様の為にすることができるという愛的因縁が、そのような関係からすべて実を結ぶのです。家庭を中心とした愛の体験を、そこからそれ以上に拡大しようというのです。

 そのためには、自分の家庭を氏族の為に犠牲にしなければなりません。もっと大きな愛は、国家の為に犠牲にすることです。一層大きな愛の条件だけ立てるようになれば、どの段階にあっても、その段階的犠牲の上になされた愛の理想圏と連結されうるので、全部を実際にはできなかったとしても、それと同じ愛を全環境においてなした合格者として天上世界に行けるのです。あの世に入る時、囲いの中で愛し、郡(あるいは州) の中で愛したけれども、その郡を愛した人が、世界と国家を愛し、天と地を愛したそのような人たちと一緒に同じ恵みの座に同席できるのです。また、そのような位置に立つようになれば、もちろん愛するでしょう? それをはっきり知らなければなりません。

 自分の夫と同じ年齢の男を見れば、自分の夫以上に尊敬し、以後、国家的基準で協力して、皆御旨を成すことのできる忠臣たちになるのです。家庭ではできなかったけれども、社会に出てゆけば、もっと立派な人になって帰ってくるのです。これが父母の願うことなのです。そのような思想を連結させなければなりません。なぜかと言えば、我々統一教会の思想が、個人は家庭の為に犠牲にならなければならず、為に生き、愛でもって生きなければならないからです。家庭は氏族の為に、更に大きいものの為に尽くす、このような御旨があるので、カイン的全体代表、世界を代表する心をもって、為にする心があれば、その一つの心を家庭に連結することによって、そこから父母がそのようになり、祖父母・息子・娘がそのようになる時には、いかなる天上世界にも、どのような忠臣たちの座にも、ためらわずに行くことができるというのです。そのように生きるのが天上天国であります。カイン・アベルの原理主管圏はその時もあったでしょう? 原理主管圏は永遠に残っています。責任分担でこれを越えなければならないのです。

 世話になってはいけない

 我々が天国に入ってからも責任分担圏があるので、もっと愛するという基準を中心として、カインである兄をもっと愛するのです。もっと目上の人の為にするというのです。自分の家庭を離れて、大きい国のアメリカの民をもっと愛さなければなりません。家庭を犠牲にしてアメリカの為にしなければなりません。このように生きることのできる普遍化された世界が、地上天国という所なのです。そのように生きている人たちは、例えば、小学校を卒業した人が中学校に入れば、そのまま引き継いで勉強するのに支障なく、皆順調に通ずるのと同じく、霊界に入れば、霊界の法がそのようになっているのです。そのような思想的訓練を地上でしない時は全部追い出されるのです。拍子が合わないのです。呼吸が合わないのです。君がキムチを食べて、味噌煮を食べて、辛子味噌を食べてこそおいしいのと同じく、そのように習慣になってこそ、霊界に行って拍子が合うのです。そのような習慣の生活を地上でしなければなりません。

 それゆえ、生きている間に絶対世話になってはいけません。世話になっては天国に行けないのです。生まれた目的が何かと言えば、この宇宙の前に自分以上の優れた種をまいて、実を取り入れなければならないというのです。だから、正常な種は、自分よりも小さく作るという法はありません。つまり、世話になってはいけないということです。自分の父母からも世話になってはいけません。それでも世話になった場合は、それを息子・娘の前に更に多く返したらよいのです。父母の前に返せなかったものを、息子・娘の前に何倍にもして返さなければならないというのです。息子・娘がいないならば、それを町内の、息子・娘と同じような人たちに返さなければなりません。実地生活で世話になっていった人たちは天国に入れないのです。自分の為になし、世話になって行った人は、天国に行けないのです。それは僕にしかなれないんですね。主人になれません。主人の息子・娘にはなれません。

 世話にならないためには、私の食べる物があれば道端で御飯を炊いて、篭(かご)に入れて行って、通り過ぎる人に「どうか召し上がって行ってください。」と言うのです。今にそのような風潮の時代が来ます。分かりますか? 家を建てておいて息子・娘を愛することのできない人は、その代わりに他の人を愛して住むようになる時がくるというのです。そのようにできる環境が展開するから、どれだけか良い世の中になることでしょう。自分のためにあるものを他に与えよう、為にしよう、残して行こうとね。だから、昼に果たせなかったら夜にでもなさなければならないと言うのです。眠ることができません。その国はどれだけ素敵でしょうか?

 これがどこに連結されるかと言えば、責任分担です。我々が皆復帰された世界にも責任分担はあります。だから父母様のみ言葉には絶対服従です。神様のみ言葉に服従できなかったのだから、全部服従しなければならないでしょう?

 君たちも、お父さん・お母さんの言葉をよく聞かなければならない。今から、地上でよく両親の情を受け継いでおいてこそ、次に霊界に行っても知った立場に立てるのでしょう? 先生のみ言葉を聞いてそのようにしてこそ、知って振る舞えるというのです。

 徹底した原則の適用

 先生は自分の子供の為に今まで教育できませんでした。カインを愛さずしては教育できないのです。三十六家庭を私は偶像のように崇拝しました。食物がなければ食べさせてあげて、服がなければ着せてあげたのです。私は無理して生きながらでも、このように為にしてあげたのです。なぜ? 世界の人たちの為にすることができないから、三十六家庭を代表に立てたというのです。それを当たり前にしてもらっていると考えられると困ります。

 そこで、何をしなければならないのかと言えば、先生の息子・娘に対して、先生が君たちの為にした以上に為にしなければならないということを知らなければならないと言うのです。分かりましたか? 私一人、孝進の為にすることよりも、全世界の人たちが孝進の為にできる時を願うのです。その時になれば、孝進はお父様が分かって痛哭するだろう? 痛哭するんだよ。このようなお父様だったのかと、今や目から涙がぽろぽろと落ちるのです。お父様も神様の心情を思って泣いたことがありますが、それでこそ正常な人です。それでこそ、今従って来る人たちは黙って静かに窺(うかが)い見て、全部従って来るのです。何のことか分かるでしょう? きょう語った責任分担が重要なのです。

 今まで孝進にもこのような話をできなかったのです。先生の息子たちが、「ああ、我々に対してできない話を今、修練会でするんだ。」と、修練会を通じてその話を聞いてから後に、先生に問うてくれば、先生が息子たちに話してやるのが原理なのです。原理がそうなっているのでサタンは、「あなたはカイン側を愛さないじゃないか。」と言えないというのです。

 カイン・アベルの原則で、一歩も失敗せずに世界まで出て来ながら、そのように自分の息子・娘に対しても、自分の妻にまでも徹底するのです。それはサタンにとっては死ぬような思いだというのです。少しいい加減にして、ちょっとした隙でもあれば、サタンは穴でも開けるのです。サタンは、「あなたとあなたの息子が私を愛さなければ、天国に入れません。神様の息子として、真の父母が私を愛し、神様、あなたが私を愛してくれたという条件を立てられなくては天国に入れません。」と神様に対して言うのです。

 (先生の行く道には)許しがないでしょう? だから、サタンが去っていくというのです。先生は既にそれらを皆なしているのです。個人的になしたし、家庭、氏族とやってきました。それを主流思想として、今までずっと統一教会を立ててきたことを知らなければなりません。

 だから、君たちは何も考えずに、どこからスタートしなければならないのですか? 今から僕の僕、僕、養子、庶子、直系の子女、その次に父母を通じて復帰して行くのです。万物復帰をなぜするのか? それは、僕の生活もしてみるためです。私がそのようにしてきたのです。どれだけ自分が「再臨主、再臨主」と言ってもだめです。

 再臨主の資格

 再臨主になるためには、このような過程を経なければならないのです。世界的な宗教代表者から、「あなたはアベルです。世界的なアベルです。」と、そんな祝福を受けなければなりません。分かりますか? それによって世界的なアベルの位置、メシヤの後継者の位置に入るのです。

 そうしようとするならば、そのような団体に会って、あるだけの精誠を尽くして、夜でも昼でもその方の前に覚えられて、その方がすべての福を渡してあげて惜しくないという心をもったその心の基盤の上に、天が同じく祝福を与えなければなりません。それで、世界的な祝福を受けなければならないというのです。

​ その次には、メシヤとして祝福を受けなければなりません。そのメシヤをだれが祝福しなければならないかと言えば、息子がメシヤを祝福できません。だれがするのか? 母しかいないのです。メシヤを生むのはお母さんしかいないし、神様しかないのです。メシヤは女を通して生まれなければならないのだから、お母さんと神様しかいないというのです。祝福してくれる人は天使でもないし、その他のだれでもありません。​

 それで、「私は神様の夫人だ。」という者が現れてこなければなりません。そんなお母さんが出て来て、「この人こそ自分が侍ることができるメシヤだ。」と宣布、証言しなければなりません。そのような証言を得るためには、絶対服従しなければなりません。福を受けるためには、僕の僕の役をしなければならないのです。それでお母さんだと言っているその人に骨の髄から情が入って、その女性が自分の息子・娘を皆捨てて、自分の夫も全部捨てて、私に従うことができなければならないのです。そうすれば、ただ一人しかいない息子のように思って育てながら、「大きくなれば一国の大統領になる。」と祝福してくれるのです。その次に、世界祝福してくれて、「世界の大統領になり、その次に世界の王になる。」と言うのです。「あなたは再臨主になる。」と祝福してくれるその時までは、その女性に絶対に服従しなければなりません。

 しかし、その位置になってからは、そのお母さんがその息子の前に絶対服従しなければならない時が来ます。主管性転倒です。その方をすべての息子・娘のだれよりも愛して、完全にひっくり返るのです。そうして、そのおばあさんは四十日以内に、「あの方が、ああだったとは……。」と言って、その息子の前に絶対服従するのです。この世の王より恐ろしくなるのです。そのような闘いを経て、基盤を磨(みが)くのです。

 先生は、そのおばあさんの頭巾(ずきん)まで皆洗ってあげ、お風呂に入りたいと言えば、湯を沸かしてあげました。息子のまね、僕のまねをしなければならないのです。十里(注・韓国の十里は日本の一里に相当する)の道、百里の道も「行って来い。」と言われれば、行って来る。「今日は他の所に出て行って寝よ。」と言われれば、そのように眠る。異議がないのです。

 それで、良いところ悪いところすべてのものを合格させなければなりません。分かりましたか? まず、悪いところで合格すると、良いところは合格し易いのです。「一番嫌いなこと、人にさせられない役を私一人にさせてください!」と言って、それで祝福を復帰しなければなりません。神様がアダム・エバに与えた「生育し、繁殖し、地に満ちよ。」という祝福を復帰しなければなりません。「あなただけが世界的なアベルです。」と言われるような祝福を受けなければなりません。それで、ソロモン王(としての)祝福を受けなければならないのです。

 そこで合格した後には、「あなたこそ、絶対にこの団体の長、全体の代表者に立ててもあまりある。」と言われることのできる、当代で何よりも愛されることのできる位置に立てられなければならないのです。そのように、神様が「エホバの夫人である。」と言う、そのような人を捜して立てなければなりません。捜して立ててからは、そこに行って赤ん坊の中でも一番愛される、この世にも一人しかいない玉のような男の子、後日は、王様以上に愛することのできる玉のような男の子だと思って、彼が私を愛さならなければならないのです。そのようにするためには精誠を尽くすのです。何の話か分かりますか? たとえ体が十個のかけらになつてもできないようなことをしなければならないのです。

 それゆえ、「自分の息子を捨て、自分の妻や夫を捨てて、家庭を去れ。」と言えば、去ることのできるような位置まで出て行かなければなりません。そのような位置でお母さんに侍るのですから、そのお母さんの前に別の人はありえないのです。

 こうして、歴史上に初めて男性として、天と地、サタンと神様との二つの闘いの分かれ道で、この闘いをひっくり返して、天の権限、男性の権限を堂々と回復し、ここで基盤を磨いていくのです。しかし、世界全体のカイン・アベルを捜していく道を知らないからその女は自分の息子・娘が一番であると考えるでしょう? しかし、神様はそのように見ないのです。この道を知るためには、あなたが私に問うてみなければなりません。

 その次には、そのお母さんの息子・娘たちが、そのお母さんに従った信仰者たちが、私を同じように信じ侍ることができなければならないのです。そうして、十二弟子、七十人門徒、百二十人門徒の基準を、すべて一族を中心として、彼らが異議なく、反対なく、「そうだ!」と言うことができるようにつくらなければなりません。そのお母さんがそうすることによって、統一教会をそのような位置で育て、教会を中心として行かなければならないのです。

 祝福のための基盤

 先生は食口たちを育てるためには、昼よ夜も眠らないのです。七年間その役をしてきました。そのお母さんが愛する以上に、眠ること、食べること、すべてのものを犠牲にして彼らの為になして来たのです。そうしてみると、全部が、「我々が百回死に千回死んでも、あなたはその位置に昇って行かなければなりません。」と言うようになるのです。そのようにして築いた基台の上に、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭…と、祝福が展開されるようになるのです。

 統一教会に対して、父母が反対し、子供が反対し、国が反対し、サタン世界にいるすべてのものが、一途に血の泡を吹いて反対するのです。死をかけて反対してくるのです。イエスが死の場に出て行くとき、イエスの弟子は皆逃げていってしまったけれども、統一教会の人たちはそれを蕩減復帰して、一緒に死の場に出て行かなければなりません。逃げて行ってはいけないというのです。だから、その道はどれほど悲惨だったかということを知らなければなりません。死の境地を踏み越えて立ったという条件を立てながら、統一教会は基盤を作ってきました。それで、先生の資格と合わせて、皆さんの基盤ができて来たのです。分かりますか? 君たちの父母たちは、皆蕩減復帰という理論的な過程を経て来たのです。祝福を受けるためには、国家的基準のイエス様が、責任分担を果たせなかったすべてのことを蕩減しなければなりません。

 そういう理由から、世界的な活動を展開していくために、一九五七年から国家的次元で全部動員するようになるのです。麦飯が何だ! ユダヤの国に来られたイエス様を、ユダヤ教が受け入れられなかった立場を、我々統一教会は、たとえ飢えて、犬の飯を食べながらでも、越えて行かなければならなかったので、君たちの父母は君たちを、まるで捨てるようにしてでも出かけたのです。

 貴い息子・娘は、国の為に祭物として捧げなければならないでしょう? 君たちの父母は、国の為に、子供まで合わせて祭物として捧げなければならない立場です。しかし、祭物に捧げるのではなくて、孤児院に預けてでも生きておれば、戻って来た時には捜すこともできるから、まだ幸福だと考えて、君たちの父母たちは歩んで来たということを知らなければなりません。分かりますか? 捨てたのではありません。憎くてそうしたのではなく、そうしなければ、天国に行く道が生じ得ないから、そのような血のにじむ闘争の過程を経ざるを得なかったのです。

 そして、既成教会の基盤がないから、その代わりに国家・民族の前に、国家が反対しても闘って押し出して行くことのできる基盤を造るために、三千万国民の前に、全部公開祝福したのです。もし国が、祝福に万一反対したならば、大変なことになっていたのてす。今は、祝福が世界的に公認されました。日本であれ、世界であれ、皆公認したのです。

 今では、統一教会の魅力が何かと言えば、若い男性が、「統一教会の家庭は、全部永遠を基準にしている。今の世の中は、家庭が皆壊れていくのに、統一教会に入れば全部そうではない。」と言って、皆集まって来ていることです。

 中心が方向を決定

 背の低い人が背の高い女性を娶ってみれば、恨みがほぐされるでしょう。痩せっぽちが太った男に嫁いだら、その恨みはほぐれるでしょう。また、東と西とは反対で、中心があるから東西が合うのでしょう! 中心がなければ、永遠に合うことができません。中心は先生なの?(「はい。」)先生を中心にして東と西が合うし、東西南北も合うのです。中心がなくなると、すべて永遠に合うことができません。「私は合いません。」と言うのはだめです。分かりますか? 東西が中心を決定するの? 中心が東西を決定するの? 原理的に見たらどうなの?(「中心」)中心ゆえに東西南北が決定され、三百六十度が生ずるのです。中心を保護するために正義をはっきり悟らなければなりません。中心は一つしかありません。それを知らなければなりません。私が決定するのです。

 エデンの園において中心はだれですか? それは神様です。その時、エバが誤って片目になったら、一体どうなったでしょう。もし、刺されて目が潰(つぶ)れたら、不具になったでしょうか、それとも、ならなかったでしょうか? 神様の保護のお陰でそうはならないと考えたら間違いです。自分自身の手で刺しても目は不具になるのです。その時、「本来の創造理想からすれば、二つの目がなければならないのに、片目になってしまったので、再び創造してください。」と、神様に言えますか? その片目が妹です。そうではありませんか? いやが応でも姉が一緒に暮らしながら、妹の道案内をしてあげるのが姉の責任分担でしょう? それはまた、夫の責任分担でしょう? そうではありませんか?

 君たち! 浮わついていないと思う女性たち、手を上げてごらんなさい。アメリカの女性たちは浮わついていないのですか? 女性崇拝の風潮。車に乗ったら男性がドアを開けてやらなければならない。しかし、それは七十年代までの歴史です。真の母に侍るための訓練です。一時的であって、それは一方通行で通り過ぎるものです。第一次大戦以後、七十年を経っていなくて、歴史が分からなくてそうしているのでしょう? 神様がすべて知っていらっしゃるのに。女性は夫の為になし、その次には、子供の為、父母の為、国の為、世界の為、人類の為にするのです。

 人類の為ならば、世界の為なのです。国の為ならば、人類の為になるのと同じなのです。だから、先生もその原則を知っているので、その道を今まで歩いて来たのです。自分の一族をすべて捨てて、家庭をすべて犠牲にして来たのです。

 すべてに責任分担が

 皆さんは、自分の責任分担が重要だということを知らなければなりません。神は「取って食べるな」と言われました。それを守るべき人間の責任分担があったのです。昼であろうと夜であろうと、人に会う時ごとに、責任分担だけを覚えていたら堕落しなかったのです。

 学生は学生として、責任分担を果たさなければならいでしょう。その学校から指定されたことはすべて学生の責任分担です。学生は試験勉強をよくしなければなりません。それが責任分担です。

 統一教会では、伝道や渉外をよくすることが責任分担です。すべてその責任分担を果たすために、一つの目的観念に徹して行動して、それに合格してこそ、その資格者として決定されるのが、この世のすべての制度というものです。分かりますか? それは万法に通じるものです。あらゆる制度に通じるものです。

 小学校の生徒にも責任分担があるの、ないの?(「あります。」)中学校、高等学校は?(「あります。」)では、大学は?(「あります。」)では、博士コースは?(「あります。」)夫婦同士は?(「あります。」)子供と父母の関係では?(「あります。」)家庭における祖父母、父母との関係では?(「あります。」)責任分担はすべてにあるのです。自分勝手にしたら自分の立場がありません。宇宙が追い出すというのです。

 責任分担はどこへ行っても付いて回ります。御飯を食べて、片付けるのも責任です。責任分担を多く作れる人が偉大だというのです。統一教会の先生が、責任分担の分量をたくさん作ったでしょう? すべて全体に役立てる原則法をたてて、守らなければなりません。そこには異議がありません。なんだかんだと自分勝手に行動したら、絶対追い出されてしまいます。アダム・エバが責任分担を守らずに行動して追い出されたの? 追い出されなかったの? (「追い出されました。」)今後、先生の時代において法を定めることは、責任分担の延長、拡大であり、その法に絶対、順応しなければならないことを知らなければなりません。

 責任分担。教会の規則等も全部そうです。礼拝もきちんとその時間の前に来なければなりません。私が立てば、大衆全体に影響が及ぶというのです。それが責任分担と言うものです。代表者になろうとすれば、先生もそうなのです。

 先生は昔、御飯を食べずに働いていても、学校が始まるちょうど五分前には着いていたのです。小学校へ通る時、二十里の道を学校まで歩いて通いました。小学校の時の二十里がどの位になるか分かるの? 八キロメートルを毎日歩いて通ったというのです。友達を待って峠で私が休んでいる時、友達はまだ道の半分位しか来ていないのです。私は本当に道を速く歩くのです。八キロメートルを四十五分くらいで行くのです。だから、後から付いて来るのが忙しい。それで、逸話が多く有名だったのです。親から「学校へ行きなさい。」と言われなくても、全部自分で準備したのです。学校の校長先生の所へ行って、いろいろな話をまとめてくることも私がすべて交渉するし、結婚の仲人もしました。全部開拓です。創造するというのです。

 だから君たちも、すべての制度が、全部責任分担の管下に所属されていることを知らなければなりません。統一教会は法を守らなければならないというのです。君たちも朝、敬礼式には皆起きるの?(「はい。」)家でしない人は手を上げて。すべて責任分担です。それを一つもできなかったら、君たちの一生の問題が左右されてしまうというのです。

 毎日の責任分担、一年の責任分担、永遠の責任分担がありますが、一時間責任分担もあるというのです。それは、友達同士の約束においても、すべてそのような生活をするのです。それで、先生が話して約束を守れなければ、それ以上の恥ずかしさを感ずることはないというのです。時間を守らない人は本当に嫌な人だというのですね。法というのは、責任分担の関連性を中心にして作られるものです。そうしなければ、破壊が起こり、制度に混乱が生じます。それゆえ、それは絶対守らなければなりません。

 学生はそのように時間をよく守り、学校に出るのが責任分担です。責任分担。これができなくなったら学校に不合格になるのです。いくら種が良いと言っても、主人が最適な時期に、しっかり責任分担を持って播かなければ芽は出ないでしょう? 時が過ぎたら、どんなによく芽が出ても使えません。同じことなのです。時に対する責任がどこにでもあるというのです。

 万物復帰はなぜするのか?

 統一教会の食口たちには、蕩減の責任分担があることを知っているでしょう?

 蕩減路程。万物復帰はなぜするの? 罪悪の世界にいる人間も復帰しなければならないけれど、万物も天の前へ返さなければなりません。私を再創造するという人間の責任分担があるために、神様の所有物が必要であり、そのために万物を復帰しなければならないのです。堕落した人間を再創造するためには、神様は、神様の所管内にある万物が必要だと言うのです。つまり、私を再創造することができる、神様だけが所有することのできる万物がなければなりません。ところが堕落したために、すべてサタンの万物になってしまいました。だから、万物を神様の前に返してから、その万物を通じて、初めて私を再創造することができるというのです。そういう物質を神様の前に捧げることにより、私を再創造した条件を立ててくれるというのです。そのための万物はどこからくるか? すべての家、すべての人々の所へ訪ねて行って、一つ一つ精誠を尽くして、すべてを分配してもらうのです。それが何で表示されるかと言うと、お金で表示されるというのです。それを絶対に自分が所有してはいけない。それは、完全に天へ返さなければいけません。一文も自分が手をつけてはいけないというのです。先生はそのような蕩減条件を立てておいたというのです。

 世の中の万物条件を全部捜して立てておいてから、神様の前に三年半の間、心と体で精誠を尽くさなければなりません。そこではあらゆる冷遇を受け、涙も流し、あらゆることをするのです。逃げ出したいときも我慢し、あらゆることを全部受け入れなければなりません。唾を吐きかけられ、足を蹴られても、そこに精誠を尽くし、その場で天の心情を中心にして、君たちが受け入れれば、その家が祝福されるというのです。その家が、万物を感謝する心で提供するとしたら、祝福されるというのです。神様が干渉することができる圏内に入るというのです。何人かが神様の干渉することができる圏内に入ってくると、地上が清くなるというのです。君たちを再創造することができる物質的な起源が何もないので、このようにして神様の前に捧げて、私を再創造することができるアダム・エバの地を造らなければなりません。そのような物質的な条件を立てるために、万物復帰をするというのです。

 伝道はなぜするのか?

 その次には三年半位、何をするか? サタン世界においては、すべてがサタンから冷遇を受け、サタンが勝手に振る舞うようになっています。サタンの一線へ行って反対を受けても、誰にも負けず後退しないで、そこに踏み止まってすべてのサタンと正面衝突しながらもすべてを押し出すのです。その間脅迫、恐喝があるし、統一食口たちが反対を受けるというのです。国が反対し、一日に何回か通る人々が唾を吐き、行く時石を投げ、何か持って行ってしまうし、そのような過程を経なければなりません。分かりますか? 蕩減復帰です。先生に反対しても、後退しないで進むのです。あなたたちは精誠の何十倍を尽くさなければなりません。サタンが主張することができる以上の心情を持って精誠を尽くしなさい。血涙を絞っても、精誠を尽くすその精誠が天にしみ通って、すべての霊界が感動し、地上にいる人間がその精誠の前に膝を曲げることができたなら、そのとき天の所有権になります。そのために精誠を尽くすというのです。分かりますか? 私は清平に行けるのであれば毎日行くつもりです。なぜそうするの?世界の聖地のためにそうするのです。だから、天が祝福せざるをえません。サタンは讒訴することができないというのです。今、アメリカで私を追い出そうとあらゆることを試みたが、私を追い出すときには、アメリカ自体に穴があくというのです。先生がこんな基盤を全部立てておいたのだから追い出されることはないのです。

 伝道はなぜするのでしょうか? サタンの侵犯を受けたから、物質で再創造された私は、サタンの権限を奪って神様を愛し、神様の法を守って、世界の人類を私が主人として訪ねようとする心を持ち、天下が反対しても前進するというような信念を抱いて押し通さなければならないというのです。そのような抱負を養わなければなりません。それで信仰の息子・娘たちを捜して立てなければなりません。天使長を捜すというのです。アダムには、三人の天使長がいたけれども、すべて失ったでしょう。これらを復帰しなければなりません。サタンの息子・娘、天使長の息子・娘の代わりに、信仰の息子・娘たちを立てるということは、エデンの園の三天使たちを立てることと同じだというのです。カイン復帰三時代(旧約・新約・成約)の全部を復帰することなのです。男が来て自分の娘を誘ったりしたら、いろいろ村から気ぜわしい噂が立つ。そうでしょう? 先生は一人を伝道するために、反対されている婦人の家で一年六カ月ぐらい暮らしたことがあります。そうしたらすっかり良くなりました。そこに、何の問題があるの? 冷遇が何の問題になるでしょうか?




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

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Last updated  2021.11.30 19:44:33
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