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「父母様の誕生日」

1985年2月25日
ベルベディアにて


 -祈祷-

 きょう一九八五年陰暦一月六日、陽暦二月二十五日は、父母様の六十五歳、四十二歳を迎える誕生日です。この式典を、お父様が、私を霊界と地上た代表した立場においてくださいますことを、全世界を代表して集まった統一の群れを矜恤に思ってこの式典を受け入れてくださいますことを、今一度お願い申し上げます。

 地上の万民に対して、望みは何かと尋ねたら、今までの歴史上の人々は、自分の志を成すことであり、自分の父母の意志を代身して成すことであり、歴史性をもった家庭においては家庭の意志を成し、民族であればその民族の伝統を立てることが願いでした。また国をもっていた皇族たちすへてに尋ねたら、その国をよく治めることであり、その国の民に尋ねたら、善王を擁して千年万年の平和な世界が自分の国を中心として成されることを願っているのが、すべてにおける答えであることを知っています。

 しかしこれは、今まで堕落した人間世界の人々の答えであって、宗教人を通して神様が、あなたたちの望みは何かと尋ねられるとき、真に神を知り宗教を信ずる人であれば、個人の望みや、自分の家庭、一族、一国の望みが問題ではなく、天上地上を通しての大主帝であられる神様の所願成就の日であり、自分の希望の完成の日であると答えられることを、宗教を立ててこられた神様は願ってきたことをもう一度知るようになります。

 このような観点から、神様が統一教会に対して、ここに集っている数多くの氏族を超越し、民族を超越したすべての人々に尋ね、あなたは今この所願を成すのにどれほど努力したのか。所願成就のために多くの人々が、知る中において知らない中において所望しながら死んでいきましたし、数多くの歴史的な苦役を受けながらも、神のみ旨が成就できることを、メシヤのみ旨が成されることを、自分たちの宗主のみ旨が成就できることを期待しましたが、それが成就できないまま、終わりのたまで、現世は民主と共産が戦い疲れ、もはや方向すら失って自暴するしかない立場の人間たちとなってしまいました。このような群れを眺める神様は、再び所望をもって尋ねることもできない実状をいかに御覧になっていることでしょう。キリスト教がそうであり、世界四大宗教もそうであろうし、それ以下のすべての宗教形態をもっていた群れ、更には良心的な群れも同じ実状圏におかれています。

 神様が私たち人間に尋ねる時、神様の前で答えるべき人間自体の所願とは、神様のみ旨が中心となる真の父母の愛を懐かしく思い、あなたと共に侍ることである、と言う他ありません。真の父母を失ってしまった人間の恨みがどれほど大きかったかを神様は知っておられましたが、人間は知りませんでした。数多くの歴史を支配してきた人間の先祖たちに、歴史過程において真の父母を探さなければならないことを伝えた人はいませんでした。メシヤ、救世主、宗主の名で神のみ旨を見つめながら、漠然たるみ旨を見つめながら、個人完成の追求に汲々としていた宗教を見つめてこられたお父様の心がどれほど悲しく、どれほど苦しかったかを今一度回想いたします。

 お父様、今日、第二次世界大戦以後、韓国国家解放後の四十年目を迎える年となりました。それとともに、神様が主人として全体的に責任をもちつつ全世界が一つの所に集って、所願を成そうとするそのような環境の韓国に、真の父母の名をもって神様が送ってくださる役事が始まったことは誰も知りませんでした。

 お父様、統一教会が真の父母の歴史を受け継ぐことのできる群れとして構成されたものであるなら、今一度厳粛にお父様の前にひざまずいて、私の目が、私の顔が、私の姿が真の父母の前に出た時に、愛することのできる者となり、そればかりでなく愛を受けることのできる者となっているのかと考える時、躊躇する姿の自分であることを発見するとしたら、それはどれほど悲惨な自分であるかということを悟らなければならない時となりました。



 お父様、あなたと真の父母の使命を担ってきたイエス・キリスト、聖賢、賢哲たちが今までみ旨に従ってきて霊界に行ってみると、自分たちの歩んでいた道がどれほど誤っていたかを発見し、神の前に顔を上げることのできない恥ずかしい群像となっていることを私は知っております。このことを連想しながら、今統一教会を信じて統一教会に従っている群れの中で生きている間、自分たちが成したと言えるすべてをもっているとしても、成したことが真なる意味において、神様の愛と真の父母の愛に連結することのできる内的な因縁結成した立場において行動したかを、自ら誓わなければならない時となってきます。

 お父様、これから統一教会の群れの前に、あなたが尋ねる時、統一教会の数多くの群れはあなたが探しておられる四位基台の中心となる真の父母をもったと、声高らかに誇り得るそういう姿にならなければならないことを、きょうもう一度闡明(せんめい)にしなければなりません。地上においてそのような闡明がない限り、天上世界に闡明することのできる道が生じ得ないということを知っています。その間ダンベリーにいながら、往来するあなたの息子、娘たちを通して、今の時がいかなる時であるか私たちは闡明しなければならないことを宣布してまいりました。既に始まっています。真の父母の愛が漂う家庭を中心として神が共に臨在される時には、天下は粛然と頭を下げて一つにならなければならないことが、本然の理想園においての創造を受けた者たちの処する立場であることを明らかに知っています。

 これから全世界、天と地の前に、神が願う真の父母の名で宣布する日、そのみ旨に従って真の父母の血族の名で、家庭から氏族、民族、国家、世界に連結することのできる最後の判決をしなければならない厳粛な時点に近づいてきていることを私は知っています。今までダンベリーを訪問してきた多くの人たちにそれを宣布し、この時を中心として、父母様と一つになるための闘いを展開するように命令いたしました。

 今や、私たちの心の中には他のものがあってはなりません。名前が違い、性が違い、国家が違い、人種が違うとしても私たちの目標は一つであります。父母様を愛すること、父母様の愛を受けること、その他には何もあり得ないという絶対的基準の上に、上下、縦横に連結しなければならない天意の要求に応ずるべき解決点が残っていることを知っているので、きょうこの祝賀の日を期して、神よ! あなたが解決する内的心情圏を、ここに立っている息子、娘を見て、真の父母の名を崇高にして、決定され、天上世界と地上世界に宣布する日としてくださいますよう、懇切にお願いいたします。

 真の父母に侍る群れが、その顕現する姿は象徴的であれ、形象的であれ、その名のために讃揚し、その名を尊敬するすべての人々の上に、天上世界にいる祖先たちすべてを動員して、一つとなることができ、実体的世界史的な祖国創建の世界へと前進することを、この日この時間を通して宣布してください。

 四十年前にあなたが願っていた韓国の立場が、再び統一教会を世界的キリスト教の基盤を代身して整えた土台の上に、キリスト教を引き入れてきた立場において復帰することのできる門前に到達いたしました。アメリカもそうであり、十二年前計画したすべてが再び露出されて、世界的な次元において結束し超国家的な人員を中心として、一つの世界の同胞として宣布しなければならない時が近づいてきていることを知っています。お父様、祝福してください。私たちの基盤がアメリカ全地に現れる時となりました。私がダンベリーに入って、出てくるその時には、新しい世界史的な霊界と肉界の解放の歓声が響きわたるように許諾してください。韓国の解放が成った時、私は万歳を叫ぶことができませんでした。お父様、これから神様の解放と、父母の解放と、人類の解放がなされ万歳を叫べる日が訪れるようになりましたので、あなたの栄光を讃揚する万民が結束し、万教が一つとなって、千年万年お父様を愛しながら讃揚し侍ることのできる群れの日として、早く展開できるように許諾してください。

 私は真の父母の名がどれほど恐ろしいかよく知っております。平安な立場を求める人生の道を選ぶことなく、このみ旨の使命を完結するために今まで闘ってきました。過ぎ去った日を回想し、天上世界と地上世界の門を開き、父母が可哀想にも真の父母になり得なかったゆえに、人類の恨みと悲しみと、死の道の地獄に行って留まっているすべての霊人を真の父母の受難の道を通して、地獄の門を開き、天上の門を開き、人間の姿を整え、神の前に出ていくことのできる道を開いてくださいますように、お父様、祝福してください。背負うべき荷があれば私に背負わせ、万民の解放とあなた様の荷を解放して差し上げる、人間始祖の成すことのできなかった怨恨であることを知っているので、四十峠を越えるこの場においてすべての事情を通告いたします。

 お父様、今まで踏みにじられた心を解き、それと同時にあなた様の解放の心をもって、今や愛する息子、娘を探し出したと言える誇りとともに、あの地獄にいる可哀想な霊人たちを救うことのできる道を祝福し、きょうを宣布の日として決めてくださることをお願いいたします。

 お父様、カナン福地に向かわなければならない闘いの場が、熾烈なる闘いが私たちの目前に近づきました。強く大胆でなければならない統一教会の群れとなるようにしてください。牧師を訪ねていき、国を指導する指導者を訪ねていくのに躊躇することなく、私たちの視野に天下が懸かっていることを知り、前進に前進を誓うこの時間となりますように、真の父母の名で以上のことを申し上げ、天と地に宣布いたしますので、お父様を受けください。

 きょうを一つの条件の記念の日として立ててくださることをお願いいたしながら、すべてを受け入れてくださったことを感謝しながら、真の父母の名で宣布いたします。アーメン、アーメン、アーメン。

 みことば

 皆さん、きょうは何をするために集まってきたのですか? (笑い) 先生はダンベリーで休んでいたのに、このように呼び出されたので仕方なく出てきました。(笑い)“きょうは天気が良かったらいいな”と思ったでしょう。“朝、風が強かったりしたらどうしよう”と心配した人もたくさんいると思いますが、きょうは本当に良い天気になったのでよかったです。天気が良いので、気持ちのいい話をしなければなりませんね。

 先生のダンベリーの生活は、神山君を通してよく知っていると思います。聞かなかった人は手を挙げてみなさい。それほど多くありませんね。その人たちは関心がなくて参席しなかったのですか、それとも忙しすぎてでしょうか? (ボストンはまだです)。ボストンは一番最後にするようにしましたから。

 私は本来自由な人です。自然が好きな人です。しかし自由にできない生活をたくさんしています。一生の間、自分の思いどおりに生きてきたかどうかと聞かれたならば、答えることが難しい困難な立場にいます。皆さんはどう思いますか? 先生はどのように生きてきたと思いますか? (神様のみ旨どおりです)。それでは、神のみ旨とはどのようなみ旨ですか? み旨とは神様の理想的なみ旨と、堕落したための救援の蕩減復帰のみ旨の二種であります。先生はどの道ですか? (二番目です)。そうです。あなた方はよく知っていますね。二番目です。では、その二番目の神のみ旨というのは、神に従って信仰生活をする人たちが自由にできる内容がこれっぽっちでもありますか? (ありません)。知っていますね。よく答えられました。

 では、自由のない蕩減の道というのはいかなる道なのか。若い青年として、男子として、美男として生まれて、勝手に愛することのできる環境をもつことができますか、できませんか?(できません)。答えるのは易しいけれど、深刻な問題です。では愛する妻がいるとしたら、その妻を自由に連れてきて、生活することのできる道が蕩減復帰の道において可能なことですか、不可能ですか? それは私には分かりません。(笑い) また、夫が呼び、妻が呼んでいるからといって、今日のアメリカ式にすべてを投げ出して、「最高の妻だ」「最高の夫だ」と言って走っていくことができますか? (ノー!)。なぜ「ノー」ですか。問題は深刻ですよ。この地上の神様のみ旨を、これまで歴史上においての神様のみ旨を、堕落以前のみ旨と堕落以後の復帰のみ旨をはっきり知っている者が果たしているでしょうか? (誰もいません)。もうそういうみ旨を知った人が出てこないとしたら、神のみ旨を成すことができないという結論が出ます。これは理論的ですね。

 では、昔アダムという人は堕落した後に、神様の蕩減のみ旨を完全に知っていたでしょうか? 歴史を一度、通して考えてみましょう。堕落してからのアダムはどうだったでしょうか? (分かりませんでした)。では、ノアはどうだったでしょうか? (分かりませんでした)。では、アブラハムはどうだったでしょうか? (分かりませんでした)。ヤコブはどうでしょうか? (分かりませんでした)。モーセはどうでしょうか? (分かりませんでした)。次は誰ですか? 洗礼ヨハネはどうでしょう? (分かりませんでした)。では誰が知っていたのでしょう。イエス様はどうだったのですか? (知っていました)。イエス様は知っていたのでしょうか、知らなかったのでしょうか? (知っていました)。ではなぜ話せなかったのでしょうか?(誰も聞こうとしませんでした)。誰も聞かなかったとしても、後代の人々はイエス様を信じるということを知っていたでしょう。その時にすべてを話しておいたなら、キリスト教が分かれたり、世界もこのようにはなっていなかったでしょう。キリスト教を信じるアメリカも今日のこのような国にはならなかったでしょう。ここで、知っていたのか、知らなかったのか、それをはっきりしておかなければなりません。知っていたのでしょうか、知らなかったのでしょうか? (様々な答え) それが問題です。知らなかったとしたら大きな問題です。知らなければ神様のみ旨を成すことができないでしょう。それでどうしてメシヤとなれますか。神様のみ旨を成就するために来られる方がメシヤなのに、神様のみ旨を知らなかったらどうしてみ旨を成就することができますか。すべてを設計し、すべてを計って、すべてがぴったり合うようにしても、度々失敗しやすいのに、知らずしてどうやってみ旨を成就しますか。

 それで、歴史上に堕落前と堕落後の神様のみ旨を知る人が出てこなければ、今日の宗教の目的は成就することはできません。ここで一つの問題が生じます。それはイエス様が知っていたならば、話さなければならなかったのに、どうして後代のためキリスト教のために話すことができなかったのでしょうか? これが問題です。そうであれば、今日この滅びゆくアメリカの現況を見つめる時、私たちキリスト教信者はイエス様に、「あなたはいったい何ですか。メシヤだったのになぜ話をしなかったのですか」と論争し、責めてみたいような憤慨心が起こるでしょう。イエス様は何ですか? それが問題です。なぜ語ることができなかったのですか?(ある人が「イエス様には基台がなかったのです」と答える) それはどのような基台ですか?そういう基台も必要ですが、神様のみ旨を誰が先に成就するかということです。神様のみ旨を誰が先に成就しなければならないかといえば、神様が先に成さなければならないし、神様の一番愛を受けることのできる子女が成就しなければならないのです。

​ それでは、神様の何のためにエデンの園にアダムとエバを造ったのでしょうか? これが問題です。何のために造ったのでしょうか? それは神様のみ旨を成そうとして造ったのですが、そのみ旨をいつ成そうとしたのか、これが問題です。いつ成就しようとしたのか。昼、彼らが成長するためでしょうか。神様のみ旨というのはいったい何でしょうか? それは神様が喜ばれ、「ワッハッハッー、これで出来た」とおっしゃられるものです。それは何ですか? (夫と妻です)。夫と妻と言っても、それはどのような夫と妻ですか? (真の男、真の女です)。では真の男、真の女とはどういう人ですか? (完成された男女です)。そういう答えをいくら言っても、真の男、真の女とはどのような人なのか、それをはっきり知らなければなりません。​

 完成した人たちとはどのような人たちですか? (真の愛の人です)。真の愛は何のためですか? (様々な答えの中で「完全な子供のためです」という人がいる) ノー、ノー。完全なる子供というのは何ですか? (笑い) それを知らなければなりません。これが問題です。神様のみ旨を成すということはどういうことなのか。内外共に、縦的に、横的に、前後、左右、四方に完全に一つになることが神様のみ旨を成すことなのです。何でもってですか? (真の愛です)。真の愛は方法です。真の愛を通して一つにするのです。

 では、どのように一つとなりますか? アダム、エバと一つになること。これも(朴先生と背中を合わせる)一つになることですよ。(笑い) どのように一つになるのですか? そこには一つになる伝統的内容すべてがなければなりません。神様が願われる一つになるということにおいては、下にも行くものが上に行ってもいけないし、上に行くものが下に行ってもいけないし、左に行くべきものが右に行ってもいけないし、右に行くべきものが左に行ってもいけないし、丸くなるべきものが平たくなってもいけないのです。そういうみ旨を願っておられる神様が、アダム、エバを造ってそのままにしておくわけにはいかないのです。法を定め、「早く大きくなりなさい」と、そうしたでしょうか、しなかったでしょうか? (そうしました)。それで、エデンの園にアダムとエバを置いて、取って食べてはならないという戒めを与えられたのです。だからアダムは生まれて地上でたくさんのことを学ばなければならなかったのです。アダムとエバが万物を主管しようとすれば、万物の性格をすべり知り、特性を知り、好きなこと嫌なことのすべてを知ってからでなければならないのです。

 では、エデンの園には鳥がいたと思いますか、いなかったと思いますか? (はい、いたと思います)。ノー、ノー、ノー。先生はいなかったと思います。(いいえ、いたと思います)。絶対にですか?(はい)。(笑い) あなたたちは自信がありますね。先生がいくら「ノー」と言っても、先生の負けです。なぜですか? それは事実がそうなっているからです。みんな自信満々ですね。(笑い) ですから、真実は力です。そのとおりです。当たりましたね。

 では、蝶はいたでしょうか、いなかったでしょうか? (いました)。蛇はいたでしょうか、いなかったでしょうか? (いました)。蟻はどうでしょうか? (いました)。では、あなたたちは何になりたいですか、何になりたいですか? 蟻ですか? (いいえ)。蝶ですか? (いいえ)。鳥ですか? (いいえ)。では何ですか? (神の真の息子です)。神の真の息子とは何ですか? それは人間なのです。人間になりたいのです。それはどんな人間かというと、真の人間ですね。(はい)。トルーマンです。トルーマンというアメリカの大統領ではありませんよ。(笑い) ハリー・トルーマンはいくらアメリカの大統領をやっていたとしても、真の人間ではありませんよ。彼は未完成の人間なのです。真の人下というのは、どういう人ですか? それが問題です。神様を中心として、愛を通して永遠に一つとなっている人が真の人間です。こういう結論が出ます。分かりましたか? (はい)。真の人間の定義が分かりましたか? (はい)。何と言いますか、言ってみてください。まず、神を中心として、次に真の愛を通して絶対的に一つとなったそのような人が真の人間です。簡単ですよ。(笑い) これが分からないという人は手を挙げてみなさい。小学校一年生でも分かりますね。分かった人は手を挙げてみなさい。(全員が手を挙げる)



 自分自身という存在は、深刻な問題です。では、誰が真の人間にならなければならないか。誰がなるのかというと、私がならなければなりません。これが今日この人間世界において、私たちが堕落した人間として最も要求すべき一番重要なことです。これは歴史を通じて、自分の先祖から千年万年の後孫をして、伝統として残していかなければならないことです。こういう結論が出ます。あなたたちの先祖たちもそれを願ったでしょうか、願わなかったでしょうか?(はい、願いました)。では、あなたたちの後孫たちはどうでしょうか? (はい、願っています)。あなたたちの後孫はそうでないかもしれません。(願います)。それは深刻な問題ですよ。
 では真の人間には死んでからなればいいのですか、生きてこの地上でならなければならないのですか? 霊界に行ってなるのですか、この地上でなるのですか?(この地上です)。そのとおりです。では、イエスは真の人間でしょうか、どんな人間でしょうか? (はい、真の人間です)。何を見てそういうことが分かりますか? (様々な答え) 真の人間であれば神の愛がなければなりません。その愛を中心として神様と一つになり、億千万人と一つになろうとする心がなければなりません。

 イエス様がアダムの立場だとしたら、エバはいましたか? (いいえ)。神は真の人間を用意しましたが、それは彼自身のためでしたか、真のエバのためでしたか? (真のエバのためです)。だから男というのは女のために必要なのです。女に、「神の愛を中心として永遠に一つになることができる男です」と言われるのが真の人間です。簡単です。「あなたこそ私の理想の完全な男性です。あなたは決して変わらないでしょう」と言う時のその小さな女をよく見ると、その中に神の愛が潜んでいます。「あなたも私に負けないほどの愛があり、永遠に共に行くことができる」と男に言われる時、真の女となれるのです。神様を中心として男に、「真の女だ」と言われてこそ、地上での真の女の歴史が始まり、真の男の歴史が始まり、次に真の神のみ旨が成されるのです。簡単でしょう。

 ではこれから、あなたたち自身を考えてみてください。あなたたちはここに何しに来ましたか。何をしに来たか? 先生はあなたたちとは関係がありません。あなたたちと関係がありませんよ。イエス様が自分の母親に対し、 「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか」(ヨハネによる福音書第二章四節) と言われたように、あなたたちの父でもありません。何の関係がありますか? (ノー、ノー、ノー)。そういう先生は間違いでしょうか? (はい)。(笑い)

 では、イエス様は知っていたはずなのに、なぜ語ることができなかったのですか? なぜ語って、後代の人々に教えてあげなかったのですか? それは教えてあげたくとも、教えてあげる資料がなかったのでできなかったのです。資料がなくて、見せてあげるものがなかったのです。この答えはどうですか? 正解ですか? (はい)。そうです。真の愛で立てるべき伝統を、この地上に立てることができなかったのです。伝統を立てることができなかったのです。ですから、再び来なければなりません。再び来なければなりません。 「しかり、わたしはすぐ来る」(ヨハネの黙示録第二十二章二〇節)

 それでは、男と女がそのように愛していて、どのように一つになりますか、どのようにして一つになりますか? どのように一つになりますか? 神様の愛を真ん中に立てて、一つとなった完全なる女として、男を自分の理想相対であると思って燃える愛をもって神様の愛を抱いて、神様の愛を抱いて、男も神様の愛を抱いて、自分の愛を抱いて、二人で抱いているだけではどうすることもできないので、二人が一つになるのです。それで二人が一つとなってどうなりますか? 一体化する男と女の間で神様が、「私はつぶされる。助けて!」と言われる時にはこの地上がすべて浮き上がるのです。(笑い) それは偉大です。

 なせ男と女が一つになるのか、それが問題です。白い柔らかい肌の美女二人が額を合わせて、「私はあなたが好きです」と言う場面を想像してみなさい。見られたものではありません。それを見る人がいたら、みんな向きを変えてしまうようになります。(笑い) 小さな手と体をもつ女が、同じように小さな女と愛し合うということは本当に気持ちが悪いものです。それはなぜかといえば、あたかも神様が人間の骨を皮膚のように柔らかく造った、骨のない人間同士が一つとなるようなもので、それは異常なことです。そういう男を願う女がいたら手を挙げてみなさい。(ノー、ノー、ノー)。(笑い) 女たちはそういう男が好きですか?(ノー、ノー)。ではどのような男が好きですか? アメリカの女性たちは、「ノー、ノー、女は骨のようで、男は肉のようでなければなりません」と主張します。(ノー)。(笑い)アメリカでは何が主体で何が対象か、何が中心であり、どこを経て行くべきなのか目茶目茶になっているので滅びます。

 アメリカの統一教会の女の人、あなたたちはどうですか? 異なる女の人ですか? (はい)。男が主体ですか、女が主体ですか? (男です)。それなのに欲心の多いアメリカの女たちは男を連れて歩き、「こちらに来なさい」と自分の自由にし、自分が主体になろうとします。(笑い) この骨のない男たち! 女たちは気持ちがいいですか、悪いですか? 女たちが気持ちがいいとしたら、あなたの国は滅びます。サタンの祭物になってしまいます。男女の秩序を正さなければなりません。はっきりしなければなりません。アメリカの女たち、それを歓迎しますか? 誰の話も聞かず、自分勝手にしているアメリカの女たちを教育できる人はいくら探してみてもレバレンド・ムーンしかいません。それは認めるでしょう? (はい)。そのとおりです。だから先生の言うことを聞かざるを得ません。先生の言うことを聞かざるを得ないでしょう?

 この中で、祝福を受けた人は手を挙げてみなさい。誰が皆さんを祝福してくれましたか?(先生です)。それでは、天国は安い価ですか、高い価ですか? (高い印です)。どれくらい高いですか? それはこの全世界を得ても代えることができないほどです。先生は祝福をしてあげてから、憤慨する時があります。この者たち! なぜ祝福してあげたのでしょうか? 「善男善女となって、真の夫、真の妻となって一つとなり、神様と一つとなることのできる、不変なる永遠の神様の子女となりなさい」と言って、先生が祝福してあげることを知らなければなりません。なたたちは、「私はあのようなタイプの夫は嫌だ。あのようなタイプの女は嫌だ。私はこのような祝福を受けて嬉しくない」とか言います。しかし誰が決めるのですか? 神様ですか、先生ですか、誰が決めるのですか? 自分自身で決める群れが多いのです。

 祝福するためにイエス様が、二〇〇〇年間殉教の血をつないできたという事実を知らなければなりません。 どれほどの人々が犠牲になったことでしょう。どれほどの人が犠牲になって、このような場が探し出されたことでしょう。神様は有史以来そのような場を通して訪ねてくるのです。人類の歴史は一五〇万年とも言われますが、堕落の人間が生じてから今まで、神様が真なる男と真なる女の祝福の場を探し求めてこられたことを知らなければなりません。イエス様は弟子たちを祝福してあげたかったでしょうか、祝福してあげたくなかったでしょうか?(祝福してあげたかったです)。世界の宗教の歴史は、仏教、カトリック等においては結婚を奨励してきた例がありますか?  統一教会が有史以来、真の父母という看板をもち出して、世界中を騒がしつつも各種の人種を超越して結び、祝福をしてあげているということはどのようなことかというと、天地開闢(てんちかいびゃく)以来の歴史上に初めて行われることなのです。

 なぜ『ユニフィケーション』ということを言ったのでしょうか? これは何を中心として言った言葉ですか? 神様の不変の愛を中心として、私たち人類の始祖アダム・エバが完全に真の夫、真の妻として一つになって、神様の愛を中心として永遠に縦的に一つとなり、横的にも一つとなったその基盤の上で出てきたのが『ユニフィケーション』という単語であります。では、 ユニフィケーション・チャーチにおいては、レバレンド・ムーンとその妻を何といいますか?(トゥルーペアレントといいます)。トゥルーペアレントとは何ですか? それは先ほど話した内容です。み旨を成すのです。堕落世界において、神様の願いを解いてあげて、堕落以前の本然のみ旨に合わせるための事をする。これを完成してこそ真の父母の統命が終わるのです。 堕落した意味を知らなければなりません。あなたたちはその意味を知りません。先生は今まであなたたちが信じられないようなことを成してきました。想像することもできないことを私たちの現実の舞台に適応させてきたのです。

 このような天的な背後の因縁が確かなので、愛を中心とする力によってすべてが成就され、すべてが解かれていくのです。これを知らなければなりません。神様が共にいてくださるので出来るのです。先生が監獄に入っている七カ月間に、世界がどれほど変わったか知れません。先生は遊ぶために入ったのではありません。決判場で決判をつけるためです。 神様が下にいたなら上に上がらなければならないし、サタンが上にいたなら下に下がらなければならないし、下にあった東洋文明が上になり、西洋文明が下がっていくのです。アメリカの国民がレバレンド・ムーンを監獄に入れて、もし出監してからレバレンド・ムーンの無罪が全天地に明らかになった時は、西欧社会は私にひざまずくようになります。入監時には、アメリカの邪魔者として、怨讐として、無用の者としての扱いを受け、統一教会の指導者として入りましたが、出監する時には、変わることでしょう。先生はそのことを知っています。その時になれば、先生がアメリカを打っても、アメリカはどうすることもできなく、なすがままになります。(拍手) 今はそのような材料が必要です。そのような材料をつくらなければなりません。私はその材料を見せたいのです。そして、これをもって打つのです。直ちに決着がつきます。それはどれほど素晴らしいことなのでしょうか。皆さんもそう思いますか? (はい)。

 一年前、六カ月前まで反対していのに、そのリーダーたちが来て頭を下げ、「私はあなたの命令どおりにいたします」と言う人にたくさん会いました。そこで、「あなたはこれをやるべきか、否か」と問い詰めました。皆さんには一〇〇〇年かかっても、そういう人たちを屈服させることはできません。 偉大なことです。それでダンベリーに入って、牧師三十万人に本(※『御旨と世界』)とビデオテープのセットを作って配りました。 この前それがほとんど終わったというので、私は嬉しく思います。これからは二十四時間の戦争が始まるのです。(拍手)

 聖書を見ると、使徒パウロ等による聖書の歴史は監獄の中で書かれました。私はきょう帰ってきてお祈りをしました。真の父母の成すべきことは何かというと地上世界と天上世界の塞がれていた道を開き、ハイウェイを作っておかなければなりません。地獄から、ダンベリーから、霊界の地獄から天上世界にまでです。 (※1985.02.01、「開天門の日」宣布)

 そこで皆さん考えてみなさい。イスラエル民族が荒野から出てきて、カナン七族を前にしてヨルダン河を渡る時、ヨシュアとカレブ等に四十日の偵察をさせました。その報告は十人が反対しましたが、彼等二人は追われる立場においてでも神様が生きておられることを知って、それを信じました。そこで主張した人はカナン福地に入り、反対した十人と第一世代の祖先は全部荒野で禿鷹の餌食(えじき)になってしまったのです。それを知らなければなりません。 あなたたちも同じです。世界的カナン復帰は四十年荒野路程となり、最後に三年路程を定めました。この三年路程で決着をつけなければなりません。それで第二年目が危険で、一番難しかったのです。 ですから一番難しいその時、興進様が行かれ、先生も監獄に入っていくのです。天と地の責任をもっている先生は深刻ですよ。興進様のことははサタンが来てやったことを知り、『統一式』を行い、『昇和式』を行ったのです。それで勝利した息子として、勝利の息子として昇和したので先生は涙を流しませんでした。夢のような話ですが、先生の祈ったことが事実として世界に展開されているのです。信じられないようなことが起こるのです。このごろでは世界中の統一教会のメンバーが知っています。それが一二〇カ国家を中心に狭まってきているのです。洪水が死亡の沼に四方から集まってきて、溢れ出る日には問題となります。それでアメリカの世論が大きく変わったでしょう。このように(先生が両手を挙げる)誇り高ぶっていた人々が、レバレンド・ムーンが新聞に出れば出るほど、どんどん手を下げて下がってきます。自分たちの先祖たちが下りてきて苦しくするのです。だからレバレンド・ムーンは恐しい存在なのです。罪を犯したならば震えるのは当然です。罪を犯した者はそうなのです。罪があるからそうなのです。私が監獄にいても、霊界が罰するのです。だからこういう時には、私たちムーニーはヨシュアとカレブのように、地上のいかなる所に向かっても大胆に出ていけるようにならなければなりません。“Be Bold and strong!”「大胆で強くあれ!」。(全員大声で三回繰り返す) 今までのアメリカの思考方法をもっていてはいけません。電話しなければならない、訪ねていかなければならないとか、あなたたちの両親が死んでいったり、妻子が死んでいくのにできますか?

 三十万名の牧師たちに原理の本とビデオテープを送ったので、読まずにはいられなくなるでしょう。 反対している人も良心が読まずにはいられなくなるのです。だんだんそうなってくるのです。牧師たちになぜそうしたのかといえば、イスラエル民族がカナン福地に入る時に、イスラエルの族長たちに通告するのです。カナン福地に出発する時、「イエス」と言って従えばいいのです。分かりますか? (はい)。細かく話すには時間がありません。なぜイエス様が知っていながらも、話すことができなかったかが分かったでしょう。

 ではイエス様が、今まで摂理のみ旨を中心として語ってきた内容を、成したことなどを見て先生と比較した時、どちらが内容をもち、事を成してきましたか? (先生です)。イエス様は時に出会わなかったのです。レバレンド・ムーンは自分自身で時をつくって、その時に出会ったのでこれらのことを成すことができたのです。世界的な時なのです。その時というのは、神様のみ旨から見れば世界を救うことであり、世界を悪なるサタン世界から奪って、善主権の世界につくっていくことです。今日のキリスト教を立てて神様のみ旨を成就するために、世界を救わなければならない、神様が主導することのできる国家をして、世界を指導することができるようにならなければならないその境界線は、第二次世界大戦の直後のすべての環境を収拾された時であったのです。このことを皆さんは知らなければなりません。宗教史上においてキリスト教文化圏をに心として世界を指導することのできる最初の歴史的一時、それが第二次世界大戦直後だったのです。その時、韓国の教会にはアベル教会、カイン教会があったのです。地下に入った教会と神社参拝をした教会です。先生は地下に入った教会の指導者の一人でありました。もしその時に、数人が先生の言うことを聞き入れていたならば、世界は今日このようにはならなかったのです。

 神様のみ旨というのは、カイン、アベルが一つとなることです。カイン、アベルが一つとなるためには、既成教会と統一教会が一つにならなければなりません。それはどこから始まったのかというと、アダム家庭から始まって分かれてきたのです。誰の過ちですか? それは父母の過ちです。 ここで(黒板を使用される)(図を参考にしてください)アダムを中心として、カイン、アベルが一つとなってだんだん大きくなってくるのです。サタン世界は大きくなっています。それで第二次世界大戦の時、このように分かれて戦ったのです。それが聖書の黙示録に表れるハルマゲドンの戦いなのです。それで自由世界がその時に一つとなれば、そこには共産圏も全部入っていくのです。全部が神様の圏内にキリスト教文化圏に完全に一つになるのです。その時先生は二十代で仕事を始め、三十代を中心として世界的な仕事を果たさなければならないのです。

 ここから(黒板を使用される)このアベルは、このカインを合わせて、そしてこれがアベルとなって、このアベルの前にカインとなって、それで大きくなってアベルとなりカインを合させて、ここでまたアベルとなって出てこなければならないのです。そこで全キリスト教が、世界的なキリスト教が、アメリカのキリスト教が統一教会を受け入れることによりすべてが終わったのです。一挙に七年路程でみな終わったのです。そうなれば共産党も出てくることができなかったのです。しかし、神霊なるカイン、アベルが合わなかったので、既成教会が反対したために今日このようなことが起きているのです。それで四十年荒野に出て再度出発して、荒野に散らは時界た人たちを集めると同じなのが統一教会のメンバーです。だからどこへ行っても、歓迎を受けるべきだった環境が変わってしまったので、追われるようになったのです。そこで仕方なく、荒野に出て一人、二人と選び出して、家庭、氏族、民族の蕩減条件を立ててきたのです。

 それで三つの世界になります。民主世界と共産世界と統一世界です。それで全部が反対するのです。ちょうど世界的に、共産圏もレバレンド・ムーンが怨讐であるといい、アメリカもレバレンド・ムーンを怨讐であるというのです。そこで私たちは神主義という思想をもって出てくるのです。それはどういうものかといえば、理論的な思想ではなく、神様を中心とした愛の思想なのです。それで二つの世界が力でウンウンと押し寄せているのです。神様も愛の力でウンウンと押すのです。だからあなたたちは、神様が押し出すのに対して、それを受けとめる桟(骨組み)にならなければならないのです。押し寄せてきたらそれを押し返す桟になれますか。レバレンド・ムーンとムーニーたちがここに(図で説明)入ってきて、こちらが押し出しても、「あれ、あれ、あれ」と言う時代です。しかし中心は絶対に動かしてはなりません。中心を移したりしたら大変です。逃げ回ったり、避難しながらではいけないのです。中心は定着させなければなりません。

 このような時なので、サタンはレバレンド・ムーンを獄に入れておけばすべてが終わると思っていたのです。根絶すると思っていたのです。本当にそのようになったのですか? 

(いいえ)。本当に取り除くことができましたか? (いいえ)。それでは押し出して、ここに空間地帯をつくったらいいですか、それとも私たち同士で押し合ったらいいでしょうか? (空間地帯をつくりながらです)。では、あなたたちが力を入れるべきですか、入れなくともいいですか? (入れるべきです)。汗を流しながら走ればいいでしょうか、寒いと言ってぶるぶると震えながら走ったらいいでしょうか? (汗を流しながらです)。私は足が痛いので、明日の朝は行きますが今夜は行きたくありませんと言って休むべきでしょうか、行くべきでしょうか?(行くべきです)。では、「ヨイショ」と言う時、手はどうすればいいでしょうか? (先生とです)。先生は一人でこの巨大なアメリカと闘ってきたのです。十年間迫害を受けながら、歴史にもない嘲弄を受けながら闘ってきたのです。そうでしょう? 監獄に入る時まで闘ったのです。そしてなお、監獄に入っても闘うのです。

 四十年を経て、きょうは先生の誕生日を迎えたので、少し休まなければならないと思っています。開放以後今まで四十年間闘ってきたのです。これから休む時となるので、私の代身者を早く立てなければならないのです。モーセは荒野四十年路程を経て、カナンの福地を見つめながら、嘆息の中で死んでいきましたが、先生は四十年後の今日、共産世界と民主世界に警告しつつ、私に従ってきなさいと叫んでいるのです。(拍手)

 先生がダンベリーにいる時、青年指導者が、先生の所に来て、「先生、五年くらい前からアメリカに不思議な兆候が起きています。アメリカの若い青少年、十八歳から二十五歳までの若い層が保守主義を好むようになりました。今までは共産主義の宣伝をし、ヒッピーやイッピーに走った者たちが、保守主義の先鋒に変わる不思議な傾向になったのです」と言うのです。このことは先生が既に話したことです。

 そしてこれからは保守派の中で神側とサタン側、アベル側とカイン側に分けることを、先生はやっているのです。それを知らなければなりません。保守派の中でアベル側は何かといえば、キリスト教です。そこで、牧師たちを入れるのです。これから六ヵ月でクリスチャンのリーダーとなる牧師たち七〇〇〇名を育てておかなければなりません。それを中心として十名ずづを短時間で一つにするのです。直ちに七万名はできます。先生の言うとおりにすれば問題はないのです。三十五万名の五分の一を立てて、全部を引っ張っていくのです。指導者が全部立ったので、ラッパを吹けば全部がついてくるようになります。何の話かわかりますか? (はい)。だから私たちはやらねばなりません。先生がこの前出てきた時、「一人が一二〇名の牧師に接するように」と言いましたね。それで今回パリでカウサ大会を行い、署名をして宣布するのです。これは本来私のする仕事ではないのです。アメリカの政府がやるべき仕事なのです。しかしアメリカの政府ができないので私がするのです。自由世界ができないので仕方なく私がするのです。(拍手)

 これからアメリカの生きる道は、アベル圏キリスト教が一つになることであり、その次には軍隊においての国内を守る在郷軍人が一つにならなければなりません。共産主義と闘うには、キリスト教信者と在郷軍人しかありません。キリスト教信者はこのようにして、アベル、カインを一つにしなければなりません。アベルは、アメリカ内の牧師たちであり、カインはアメリカ内の在郷軍人であると思います。これが一つになればアメリカを自由にリードすることができるのです。

 それでこれから義のために闘うことのできる志願兵を、天のための志願兵を募集しなければなりません。それはレバレンド・ムーンがやるのではなく、アメリカがやらなければならないのです。アメリカに引き渡すのです。アメリカが生き延びることによって自由世界が生きるのです。アメリカが神の前に責任を果たし、自由世界の主導国としての責任ある立場に立って、地上天国世界をつくらなければなりません。これを成すべきですか、どうですか? (成すべきです)。それは誰がやりますか? (私たちです)。あなたたちムーニーです。ムーニーは誰もが嫌っていますよ。どのようにしてそれをやりますか? それは簡単です。命を懸けるのです。先生はアメリカに来る時、そういう決意で来ました。先生は命を懸けて来ました。先生は法廷闘争もしなくてもよかったのですが、自ら進んで受けたのです。そして自ら進んで監獄に入ったのです。ですから先生を監獄に入れておけばおくほど、世界は益々先生の味方になります。私たちの側になります。尾につく人々がだんだん多くなっていきます。

 先生はきょうの誕生日を、監獄から出てきて皆さんに話をしています。先生は人類と神様のために良いことをしていて監獄に入れられたということに誇りをもっています。あなたたちはどうですか? あなたたち、スモール・ムーニーはどうですか?(はい)。先生のようになることを歓迎しますか、それとも反対しますか? (歓迎します)。先生はすべて聞きましたよ。先生はそれを聞きました。(問題ありません)。先生はどれほど悪口を言われたことか知れません。アメリカを救ってあげようと義人の立場で訪ねてきたのに、罪人の姿にされてしまい、監獄に入らなければならない囚人となっている事実を知らなければなりません。しかし神様がダンベリーの彼方に四方の天国の門を開いて歓迎していることを知らなければなりません。神様は新しい作戦を計画しているのです。あなたたちは命を懸ける決意がありますか? (はい)。宣言文に「命を懸ける」という言葉を入れておきましょう。

 あなたたち統一教会のメンバーは何度命を懸けましたか? 何度命を懸けて誓いましたか?誓う以上は、あなたたちは、「イエス」と言うだけではなく、成さなければなりません。

 今年は全世界に対して宣言すべき年です。ですから先生はカウサ運動に対し、神主義に関するカウサ宣言をつくることを命令しました。ではここでカウサのテキストの結論部分の一部を読んでみましょう。

 「カウサはその目標を隠しはしない。我々は共産主義の終焉を求める。我々は道徳的革命によって、自由世界の搾取をも終わらせることを求めるものである。我々はモスクワを解放するという目標を誇りをもって宣言する。神主義の行進の前に共産主義者を戦慄せしめよう。彼らには鎖のほか何も失うものはない。神と共に我々は勝ち得るべき世界がある。全世界の信仰者よ団結せよ」。(拍手)

 このカウサ宣言に、今回パリの会議に出席した人々が皆署名しました。そしてこの宣言文の最後に先生がつけ加えるようにとまとめた言葉があります。それは、「神の名において我々は命を懸けて、また我々の名誉に懸けてこの崇高なる目標を達成することを誓う」という文章です。そしてそれに署名をしたわけです。彼らは既に、彼らの命と名誉をこの目的のために誓約したのです。どうですか?  皆さんは命を懸けますか? (はい)。それはあなたたちが決定するのです。先生がやれと言ったからやるのではないのです。あなたたちが決定するのです。先生は自分の決定をしました。あなたたちは自分たちで決定するのです。(はい)。では、そうするという人は手を挙げてみなさい。だから、ここ(センター)(図で説明)から押し上げていかなければなりません。これからは、先生はアメリカに長くいられません。出監すれば帰っていくだろうということを皆さんは考えなければなりません。

 このように決意したムーニー、数千、数万名がアメリカにいるということを考える時、先生はこれから帰って、韓国を救わなければなりません。韓国が難しい立場になってきます。先生は自分の国を捨て、自分の民を捨て、自分の故郷を捨ててカイン世界を掴んでいく道を教えるべき責任を果たしたので、これからは先生がいなくてもいいでしょう。先生は帰らなければならない責任を感じています。

 モーセを失う時、寂しく思ったとしても、モーセはモーセの行くべき道があり、同じように先生は先生の道を行かなければなりません。この国がサタンに奪われないための基礎作業を終えて、先生は離れていく人なのです。六カ月間に七〇〇〇名を教育しなければなりません。それが先生の出獄する時であります。その時に世界的なインタビューをするでしょう。私たちなくしてはもはや世界が生きる道がないことを知ったでしょう? (はい)。

 三年間機動隊(IOWC)を準備して、既成教会と出会うための訓練をなし、既成教会の牧師たちと一つとなることなど夢にも思っていなかったでしょう。更に裁判中にNCCSAをつくり、モービルホームをつくったりしたのもなぜか分からなかったでしょう。今でさえもあなたたちはそうです。あなたたちの知恵で計っては神様のみ旨は分かりません。

 それでは、世界的にいかに結束していくか。アメリカがこのような方向に進んで、どのように結束したらいいかといえば、教授界と言論界を結束させるのです。これが世界を救う道だと思います。パラゴンハウスをやっているのもすべてその準備です。それで、ワシントン・タイムズそれ自体が教授を代弁する言論機関であり、青少年、大学生が支持する言論誌としてリードしていくことが教授の定められた方向なのです。これからそのような準備をしていくのです。それで文化革命を、新しいルネッサンスのような神様を中心とした文化革命を、世界的に展開しようと準備しているのです。あなたたちはそういうことを知らないでしょう。あなたたちは先生の言うとおり、牧師たちを訪ねて歩けばいいのですよ。牧師を訪ねて歩き、悪口を言われ、泣いたりしても、反対していた牧師が屈服する時は、つまらない牧師を立てた時より数倍痛快であることを知らなければなりません。それが面白いのです。

 反対するアメリカを悔い改めさせよう! それが男の行く道であります。それを見て拍手するのが女の道です。勝利する時が拍手であって、負けた時は痛哭です。分かりましたか。では結論づけましょう。きょうは先生の誕生日です。いつまで語らせるつもりですか? 休んで遊ばなければならないのに…。(笑い)(拍手)

 皆さんは命を懸けていくと誓いましたね。それは誰のためにですか? (神様です)。神と人類のためです。先生も同様です。ではどうしてそうなのですか? それはサタンが世界を支配しているからです。ノアもそのような覚悟をしていたのです。アブラハムも、息子イサクに刃を向けた時、既に死を覚悟していました。イサクもそのような立場において、“神のみ旨の前に祭物になってもいい”と思い反抗しなかったので、そのイサクはエサウとヤコブを通した民族的土台をつくるのに貢献し、父となった事実を知らなければなりません。その時イサクが反抗したとしたらどうなったのですか? アブラハムに、「羊を殺して祭物にすればいいのに、どうして私を殺そうとするのですか」と言ったならどうなったでしょう? そうなればアブラハム家庭は現れなかったのです。イスラエル選民の信仰の先祖とはなることができなかったのです。

 皆さん、命を懸けますか? (はい)。ヤコブがハランに行って、十回もラバンに騙されても耐えて、愚か者のようにしながらも、命を懸けて祝福を受けようとしたのです。命懸けの道なのです。モーセも四十年間、エジプトを離れて命を懸けて闘ったのです。神様は命を懸けていく人たちを相手に役事なされるのです。洗礼ヨハネはどうですか? 洗礼ヨハネも正義のために命を懸けて闘ったでしょう。イエス様はどうでしたか? 命を懸けて闘ったのですか。どうですか? (はい、命を懸けて闘いました)。レバレンド・ムーンも同様です。それで神様が私と同居しながら助けてくださるのです。あらゆる死の境地にありながら、先生が死を覚悟しながらも死なずにいるので、感謝しながら行かなければならないのです。

 監獄も今回が六回目です。五年近い歳月になります。行けば行くほどにどんどん大きな監獄になって、アメリカの監獄にまで来ました。先生は一九七六年にモスクワ宣言をした時、“死んだとしてもモスクワに行かなければならない”と思って宣言したのです。その時、みんな鼻で笑ったものです。あなたたちの同志であり、あなたちの愛する兄弟が、この地下活動をしていることを知らなければなりません。監獄に入っている人たちがいることを知らなければなりません。先生は涙を流しなかがら、“解放する時まで待ちなさい。強く大胆に行きなさい。あなたの墓を造って、先生が移葬して、先生が埋葬される所に埋葬してあげる”と祈りました。先生はそうします。そうします。

 統一教会に遊びに来るのではありません。先生は悔しさからいえば誰よりも悔しい人であり、悪なる人になれば誰よりも悪なる人になれるのです。しかし神様の名でもってすべてを忘れて、すべてを消化するのです。中国の摂理は既に八年になります。八年目です。あなたたちがよい物を食べ、よく眠り、楽をしていた時に先生はそういうことをしたのです。このベルベディアの庭を歩きながら、先生が涙したことをこの自然は知っているはずです。何も知らないアメリカの若者たち、このアメリカの若者たちが直ちに行ける方向を掴んであげるために先生はこの国を離れず、監獄にまで入りながらこのようなことを成していることをあなたたちは知らなければなりません。

 きょう、先生の誕生日を祝賀するために集った統一教会の群れの中に、このような心をもって世界の弱小民族国家を先生の代身として救ってあげるため、あらゆる風雪をも甘受していきたいという人が百名あるいは数百名出てくるとしたら、それ以上のよいことはありません。それによって自由世界が生きるのです。全世界が救われるのです。アメリカの若者たちがそうしなければ世界が生きることができません。神様はそういう方向性を求めているのです。だから先生はあなたたちが手を挙げて、「イエス、ファーザー」と誓うのを見たいのです。(イエス、ファーザー! イエス、ファーザー! イエス、ファーザー!)。

 先生はすべてを教えました。すべて教えました。もし先生が死んだとしても地上に言い残すことばがあってはいけないので、神山君に四カ月間教育しました。すべて教えてあげました。

 きょう、どのような祈祷をしたのかといえば、「天と地が一つとなり、地獄の門が開き、世界が交流することができ、神様がそれほど愛していたその愛を地上において愛する父母が間違ったので、このようになったので父母がすべてを蕩減して清算できるその道を備えさせてください」と通告の祈りをしました。

 先生が正月に、「一二〇名の牧師を訪ねていって連絡しなさい」と言いましたが、これからは実質的に走らなければなりません。走らなければなりません。それをしなければなりません。分かりましたね? (はい)。皆さんがきょう先生の誕生日に、そのような決意をもってくれればそれ以上願うことはありません。もう先生は時間がありません。皆さんも知っていると思いますが、これから会議をしなければならないので、また会う日まで皆さんが先生がいる時以上の努力をしてくださることを願いながら、先生の話を終えようと思います。

 神様は生きておられます。そして神様は私たちと共に生きようとなされています。みんなで三回唱和しましょう。(God is alive, He is dwelling with me.)(三回繰り返す)

 だから私たちはどんなことでもできます。(イエス、ファーザー! イエス、ファーザー! イエス、ファーザー!)。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
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Last updated  2021.12.12 07:43:07
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