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2歳まで目前、最近のCannelleの様子は。‐身体身長92~3センチくらい、体重13~4キロくらい。なんせ1歳5ヶ月から検診行ってないもんで2歳の服がモノによってはもうきついので、3~4歳を着せ始めている。歯は上下4本、臼歯が上下左右1本ずつ、犬歯が生えかけて痛いらしい体調はすこぶる良好!元気いっぱい!‐運動能力歩く!…耐久時間が延びて、近所の薬局、パン屋へ行くにはもうベビーカーを必要としない。走る!…庭ならいいけどスーパーで走るのはやめて欲しい。登る!…相変わらずイスを伝いテーブルの上に登る。階段を手すりにつかまって、普通に上り下りできるようになり、手を差し伸べると「ノン!ママァ」と言われさみしいが、たまに「だっこ」をせがまれるので嬉しい踊る!…アンパンマンのダンスに夢中、DVDを何百回となく見て、歌いながら踊ることができる。握力!…が結構強く、みかんの皮をむくのが大好き、ゆで卵も難なく成功、生地をこねるのも手伝ってくれる。‐食事かなり小食、なのに身体は大きめなので首をかしげる母。これを出せば確実に食べる!品目は…納豆、日本米(日本米以外食べない)、味噌汁、厚焼き玉子、オムレツ、Knacky(ポークビッツ?)、ハム、舌平目、ツナ缶、チーズ(カマンベールやロックフォールなど味の濃いもの)、ブロッコリー、ほうれん草、きのこ類、麩、そうめん、海苔、スパゲティ・トマトソース、マミーの手作りニョッキ、りんご、みかん、洋ナシ、そしてなんといっても…、ココアとチョコ!‐言葉しゃべるしゃべる、一時言葉が遅いと心配したのもなんのその、毎日一語以上は確実にマスターしている模様。単語だけではなく、形容詞や副詞を組み合わせて文のようなものも作って発している。日本語、フランス語の区別はまだ付いていないようで日仏ちゃんぽんで話すが、どちらも同じくらい発しているのでなんとなく安心。思い起こせば11月の日本帰国、これがきっかけとなって彼女の引き出しから日本語が流出し始めた気がする。日本到着当日は、他の複数の日本人と私が話す様子を、とにかくじぃっと、食い入るように見つめていた。あまり見られてママ、視線が痛かったわ~(笑)。そして翌日以降、思いつくままに日本語の単語を発音し始め、私以上に主人もびっくり!すでに彼女のレベルについていけないらしいやはり1年に1度くらいは日本へ連れて行ってあげたいと改めて思った出来事だった。‐情緒、感情「いたい」というと手でなでて、なぐさめるしぐさをする。人形やぬいぐるみに水を飲ませたり、食事を与えたり、ベッドに寝かせたりしていたわるしぐさをする。キューピーの毛を引っ張らなくなった!(^^)!…キューピーも随分寛大になったものです、あんなにきかんぼうだったのにねぇ(涙)なんでも自分でやりたいらしく、「ノン!ママァ」と反抗し、できないとイライラして物を床に投げつける‐夜泣き泣きはしないが一晩につき1~2回は目が覚める。たまに朝までぐっすりの夜もあるが、大量のピピをオムツが収容しきれずモレてしまうので1回くらい起きてくれたほうがオムツ替えもできるので考え方によってはいいのかもと慰めている。‐その他両親のマネをして箸を使いたがり始め、「エジソンの箸」を与えるとその場でマスター、以来ご満悦で日本食を堪能、箸の持てない彼女の祖母を唖然とさせる。1歳10ヶ月の頃、自分の名前を発音し、以降定着。自分の写真を見ると名前を言う。なぜか父親とのみ、おまるでおしっこに数回成功。(母、かなり悔しい)ブクブク、ペッができるようになったが、母は歯磨きさせるのを忘れがちである気が向くと一人で靴やズボンをはき、ボタンには毎回イライラしている。デジカメの動画再生操作をマスター、テレビをつけ、DVDの再生操作ができるが画面切り替えボタンがいまいちわかっていないので結局一人でDVDを見ることはできない(ホッ)。‐母の悩み「ママ」ではなくて「お母さん」と呼んで欲しいのだが、いつから切り替えようか、思案中。
2008.01.15

11月頃から色づき始めた庭のオレンジたち。今年は育児にも余裕が出てきて、今か今かとコンフィチュール(ジャム)作りをする日を待っていました。ノエルに義理ママがやって来た際、「大丈夫よ、もう熟してるわ!」とかなり強引に数キロ作っていましたが、マミー(義理ママのママです)いわく、「まだ酸味が強いわねぇ、やはり例年通り1月末を待つべきだわ」と。それから2週間、もういい頃かな?と今度はpidooが作ってみたら、やっぱり酸味が若干強い。と言っても出来上がりは甘みの中にキリっとした酸味で十分美味しい。ま、結局は好き好きなのかな。オレンジのコンフチュールにはオレンジの皮を入れるのですが、さすがに子供の居る今年は気分的に神経質になり、例年より熱心に皮の汚れをおとしました。もっとも、庭で採れる無農薬の健康優良オレンジなので汚れといってもホコリ程度なんですけどね。翌朝朝食に出してみたら、早速食いつくCannelle!安心して食べさせることができましたマミーの言葉を受けて、2週間後に作ってみて味比べもいいなぁ、と新たな楽しみもできました。コンフィチュールの後は南仏の郷土リキュール、オレンジ・ワイン作りも待っているし、冬と言えどもやることは目白押しです。南仏の青空に映えるオレンジたち
2008.01.12

新年の挨拶もしないうちにもう七草粥の日が過ぎてしまいました。遅ればせながら、あけましておめでとうございます。年末年始は食事会続き、pidoo家の様子は…フランスでは24日の夕食会と25日の昼食会を誰と過ごすか、というのが大きな関心ごとの一つのようですが、Famille Recomposee(再形成家族?)、つまり再婚により再形成された家族が増えている昨今、スマートにいかないケースも多々あるようです。(つい先日までサルコジ大統領が再形成家族の例でしたね、離婚されてしまいましたが)私の実家は日本だし、そうじゃなくとも日本人にとってクリスマスなんて別に家族で過ごさなくともまったく角が立たないのでウチの場合は至って簡単ですが、それでもそれなりに一悶着ありました。他人事として見るのは楽しい(悪趣味?)結果、24日の夕食会はいつもはパリに住んでいる主人の両親が帰省し、主人の母方の祖父母、主人の母方の叔父さんとそのパートナーというメンバーに。通常ならばそこに叔父さんの息子二人、叔父さんのパートナーの息子とその彼女が加わるはずだったのですが、叔父さんの息子は彼らの母親、つまり叔父さんの離婚した元奥さんの実家で過ごすことが判明、がっかりする親族一同。さらに、叔父さんのパートナーの息子とその彼女が直前までどこで過ごすかを決めず、料理を担当する主人の母はキレそうになり…結局、パートナーの息子は彼女の実家で過ごすこととなり、事なきを得ました。ふぅ、書いてるだけで疲れちゃった。翌25日の昼食会は主人の父方の祖父母と少人数、…と言っても総勢6人、あ、Cannelleを入れて7人か。比較的、シンプルに過ごしました。そしてレヴェイヨン(大晦日)は我が家に滞在中のYさんとYさん(あれ、イニシャル一緒だ)を招いて再び夕食会。フランスはお正月より大晦日のほうがビッグイベントで、ノエルのようにやはり真夜中までだらだらとご馳走を食べ続け、0時に”Bonne Annee(良いお年を)!”とその場に居る人たち全員にビズしてまわり、シャンパンで乾杯します。ところがうってかわって1月1日は地味。町は閑散とし、日本のお正月のあの雰囲気がとても懐かしくなります。そんな中、にわかににぎやかになるのが1月6日のガレット・デ・ロワ。さかのぼってみればこの日の日記に詳しい説明があるではないですか!よって省略させていただきますで、偶然ながら、ガレット・デ・ロワの日は、去年も今年も主人の父方の祖父母、…早い話、Cannelleからしたらもう一方の曾祖父母と過ごしました。彼らも同じイエール市内に住んでいて、時々曾孫のCannelleの顔を見せに行きます。私は末っ子で父親が40の時に生まれたので、曾祖父母どころか、両祖父の顔も曖昧。Cannelleは祖父母が4人、曾祖父母が4人健在でかわいがってもらえてよかったねぇ、彼らも、それに主人の両親も若いうちに結婚・出産した賜物です。曾祖父母はみんな70代後半以上で、へたしたら私の父とそう変わらない。出産を早い時期にするとそういう意味でも特典があるんですね、Cannelleがお年頃になったら助言してあげよう。ところで偶然ながら、Cannelleの似たようなショットが去年、今年と2年連続で撮れました(^^♪2007年2008年前回の写真をUPした際、主人の顔があまりにズームされていたためハートやら太陽の落書きをしたら「なんで僕の顔に落書きしたんだーー!!」と大不評。なので今回は彼の部分をカットしてみました大きくなるものだな~ノエルや年末の食事の様子はCannelleがまだ小さいうちは就寝していて写真に収められないから、来年もこれでいこう♪最後になりましたが、今年もよろしくお願いします。
2008.01.06
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