2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1

もともと行く予定は無かったのですが、福浦橋や雄島に行けなかったので、予定を変更してマリンピア松島水族館 に行ってきました。入館すると、ちょうどアシカと握手できるイベントがあったので早速アシカのルーシーちゃんと握手してきました。なんだろう、この感触。なんだか水に濡れたザラザラしたゴムのようなさわり心地でした。後でアシカショーも見たのですが皆賢い!!こういうショーは一番盛り上がりますよね。動物って健気で本当に可愛いし、楽しかった♪小さい子供も沢山来ていて、目を輝かせながら見ていました。水族館ですが、ワニもいてました。あんまり動かなくって剥製かと思っちゃう位。寝ているのかな?↓の子なんてこのままの体勢でじっとしていました。逆に、ずーっと動き回っていたタコはグロテスクで怖かったーー。最初にタコを食べた人って偉いと思う。水中をフワフワ浮かぶクラゲは可愛い♪♪ペンギンコーナーは手をのばしたらペンギンに触れられる位の距離で見られるのでとっても人気。ペンギンが人懐っこくて可愛いドクターフィッシュ体験なんかもしちゃいましたよー。古い角質を魚が食べに来るのですが、これがかなりくすぐったくて気持ち悪い(笑)でも楽しかったー。パンダカラーの珍しいイルカは「イロワケイルカ」震災直後は落ち着き無くずっとグルグルと回っていたそうですが、今では大きな水槽を楽しそうに泳いでいました。館内に震災時~復旧までの写真が展示されていました。すっかり綺麗になった水族館ですが、震災時はこんな状態だったようです。津波の浸水や断水・停電によって命を落とした魚もいてたそうですが日本各地の水族館から魚の寄付もあり、水族館のスタッフの方やボランティアの方の懸命な復旧によって翌月に営業を再開する事ができたんだとか。すごいですよね急遽立ち寄った水族館でしたが、とても楽しかったですし入って良かったです。
Jun 22, 2012
コメント(8)

円通院のちょうど目の前にある古い民家は現在[どんじき茶屋]として営業されています。見るからに古い建物ですが、案内看板によると、御水主町(おかこまち)は瑞巌寺の東に隣接した一画で、仙台藩主が松島遊覧の際の御座船を操った水主衆が集団で住んでいた。水主は瑞巌寺造営当時(1605)地元や和歌山・静岡・愛媛などから雇用されてここに住み、往時には48軒を数えた。彼らの住居は、藩の定めにより、茅葺き、寄せ棟造り、表通りに面して格子戸と蔀戸(しとみど)を設け、冠木門(かぶきもん)を構え、天井は上げなかった。昭和51年に最後に残った1棟をここに移築復元した。との事。内部が気になったのでこちらでお茶休憩する事にしました。中も当時のまま。趣がありますね。中央には囲炉裏がありますが、東日本大震災後は火を消しているそうです。こちらの茶屋で人気なのがお団子との事なので、三色だんごとずんだだんごを注文しました。■三色だんごゴマダレ、こしあん、みたらしの3種です。お店のお姉さん達がオーダーしてからお団子を作ったようで、温かい状態でした。1つの味に対してお団子が5個も入っていて、かなりのボリューム。また手焼き笹蒲鉾が遠のいた瞬間でした(笑)胡麻とこしあんはやや甘め、みたらしは醤油感が強めですが、なんだかクセになるお味でした。なによりもお団子が手作り感溢れていて美味しかったな。■ずんだだんごダリンは宮城名物のずんだをチョイス。美味しいけど、お団子が15個もあると飽きてくるようで、私のお団子の方にも手が伸びてきました。温かくなると、縁側の扉が開けられて、庭を観ながらお茶ができるようです。夏メニューのカキ氷もいいなぁ♪
Jun 15, 2012
コメント(12)

改修中の瑞巌寺の本殿には入れないので、瑞巌寺からすぐ近くにある円通院に行く事にしました。庭が大変美しい場所ですが、まだまだ寒い時だったので、枯れた木が物悲しい雰囲気でもあります。円通院には、国指定重要文化財である三慧殿があり、伊達政宗の孫・光宗を祀っています。光宗は文武に優れ、将来が期待された若者でしたが、19歳という若さで江戸城で亡くなりました。毒殺されたという説も。。。この時代は権力争いが熾烈ですし、毒殺などありそうですよね。。ましてや摘孫ですから、妬む人も多そう。光宗の死を悼んで父である二代目藩主・忠宗公によってこの霊廟が建てられました。霊廟には西洋的な模様が数多く描かれてありますがわかりますか?水仙はフィレンツェを現わし、バラはローマを現わしています。私が面白いなって思ったのはスペード模様。説明が無ければ、葵の紋としか思いませんよね。他にもダイヤ型、十字架などを一見分からないようして描かれていました。当時、徳川幕府は鎖国しキリスト教を禁止していたため、この霊廟は伊達家の霊廟と申し立て、その扉を開ける事はなく3世紀半たってようやく公開されることとなったそうです。こちらは円通院の本堂である「大悲亭」とても悲壮感が漂う名前ですが、こちらは光宗が住んでいた江戸の住まいを、死後こちらに移築したものです。「大悲亭」でお茶のサービスがありましたので少し休憩。その間、円通院についてのビデオが流されてあってとても分かりやすかったです。お庭にある石畳は3種類あって、それぞれに意味があるそうなんです。一番手前は産まれたて人間を現わします。産まれたての赤ちゃんの状態なので全く加工されていません。続いてこのゴツゴツしたものは中年期を現わします。世間にもまれ、一番鍛錬が必要な時です。最後は老年期。沢山の経験で磨かれ、最後はツルツルになるそうです。バラの庭もありましたが、季節ではないのでバラの花は咲いてません。きっと今頃は綺麗に咲いているのではないでしょうか。先ほどの霊廟にもバラの絵がありましたが、鎖国時代にもかかわらず、伊達家の家臣・支倉 常長がヨーロッパに渡航しその際ローマより持ち帰ったバラが日本最古の西洋のバラだそうです。今、バラを気軽に楽しめるようになったのは伊達家のおかげかもしれませんね★我が家のバラは今年も綺麗に咲きました。
Jun 13, 2012
コメント(8)

福浦島に続く福浦橋は別名「出会い橋」と呼ばれているそうで、この橋を渡ると良い出会いに恵まれるんだとか。橋の入り口まで近づいてみると、なんと工事中で渡れなかったー。(GW前には工事は終わったもようです)気を取り直して、五大堂へ向かいます。五大堂の島にかかっている橋は透かし橋という名ですが「縁結び橋」と呼ばれています。独身の方は先ほどの「出会い橋」を渡った後に、この「縁結び橋」を渡ると良縁に恵まれるのかも~♪透かし橋というだけあって、橋の下の海が見える。ちょっと怖いかも。こちらの五大堂は慶長9年(1604年)、伊達政宗が再建されたお堂です。東北地方最古の桃山建築と言われているだけあって、古さを感じます。続いては瑞巌寺に向かいます。途中[手焼きささかまぼこ]の文字が見えるも、まだ食べられないよねーっと素通り。ちょっと後ろ髪ひかれちゃうけども(^^;瑞巌寺へ向かう参道は立派な杉の木が茂り、松島の賑やかな観光地とは一線を画すような静けさがあります。なんとなく高野山っぽい雰囲気がするのですが、それもそのはず、松島海岸一帯は極楽浄土を祈念する霊場であり、「奥洲の高野」と呼ばれていたのだとか。瑞巌寺に着くと、なにやらブルーシートで覆われていて、立看板が。あら、本堂を拝観する事ができなんだー。代わりに普段公開していない場所を公開しているようだけど、どうしよう。このまま瑞巌寺に行くか円通院に行くか・・・。迷うなぁ。----------------------------------気がついてみれば2週間以上も更新してなかった・・・すごく忙しい訳でも旅行していた訳でもないのに、サボリ癖がつくとダメですね。あんまり間をあけると旅行の記憶が随分と薄れてしまうし。今日からサクサク更新できるかな。
Jun 11, 2012
コメント(10)
全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()

