東方見雲録

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2025.06.04
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カテゴリ: ものづくり
韮山反射炉から滝野川反射炉へ




反射炉・民間初の紡績工場があった地に開設された「醸造試験所」

幕末の1864(元治元)年、幕府は大砲製造のため「滝野川反射炉」を建設。動力用水車のため「千川上水」から分水を引き、「滝野川反射炉」も完成したが、幕府の倒壊で使用されることはなかったという。跡地には、この水車を利用した民間初の紡績工場「鹿島紡績所」が置かれ、1872(明治5)年に操業を開始。1888(明治21)年に「東京紡績」に吸収合併され、滝野川の工場は廃止された。1904(明治37)年、紡績所跡地に「大蔵省」が「醸造試験所」を設置。以降、醸造の研究や品質の改良、講習などが行われた。「小山酒造」の二代目・三代目蔵元もここで講習を受けている。写真は明治後期~大正前期の「醸造試験所」。煉瓦造の建物は「大蔵省」の技師・妻木頼黄(つまきよりなか)の設計で、開所時の1904(明治37)年に竣工した。
【画像は明治後期~大正前期】

「醸造試験所」は、1959(昭和34)年に「国税庁」の所管になったのち、1995(平成7)年に主な機能を東広島市へ移転し「醸造研究所」と名称を変更。2001(平成13)年より「独立行政法人酒類総合研究所」となった。跡地の建物は「旧醸造試験所第一工場」(写真)として2014(平成26)年に国の重要文化財に指定。隣接地は「醸造試験所跡地公園」として2006(平成18)年に整備された。
引用サイト: こちら




引用サイト: こちら

千川上水王子分水
千川上水公園から西巣鴨駅を経て、王子方面へ流されていた。幕末に大砲工場を建設(北区滝野川 2-6付近)する際に掘削された。その後、王子近辺の紡績工場、抄紙会社(後の王子製紙)、大蔵省紙幣寮抄紙局(今の印刷局滝野川工場)の工業用水として利用された。千川上水公園から明治通りを挟んで反対側に「千川上水分配堰碑」が立てられている。
引用サイト: こちら
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Last updated  2025.06.04 09:00:08
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