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ひゃー、今日で3月も終わり。ということは、1年のうち、もう4分の1が終わったのか・・・。早いのう・・・。 昨年の4月から今日までの一年間、結局、一冊も本を出さなかった。それはちょっと、我ながら怠慢でしたなあ。いや、努力はしたんだけど、方向性がいまいち決まらず、何度も原稿を全ボツにしたせいでそうなっちゃったのよ。 ただ、今年3月に入ってから、自分でも驚くほど急に原稿が進みだし、3週間ほどでほとんど新書本一冊分の原稿を書いちゃった。やる気になれば、そして歯車がかみ合えば、そんなもんよ。 今後の予定としては、4月いっぱい、推敲に推敲を重ね、連休明けに脱稿するつもり。そうすれば夏休み中には出版までいくでしょう。 このところ、家のフルリノベーションでお金を使うことばっかりだったから、ここで副収入を得られるのはありがたい限り。 できれば引き続き頑張って、年度内にもう1冊くらい、本を出したいもの。年度内は無理でも、年度内に脱稿するくらいの心づもりで。 まあ、とにかくやれるだけやるしかない。今日も一日原稿書きでしたが、明日ももういっちょ頑張って、おおざっぱながら、原稿を最後まで書いてしまおうかな。
March 31, 2026
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今日は家内と二人で下北沢に遊びに行きました~! もちろん狙いは古着屋ね。 まずは駅近くのベトナム料理のお店でバインミーを食べ、軽くお腹を作ってから、昨年とは逆に北西の方に歩いていきます。 すると、まあ、あるわあるわ、古着屋だらけ。こんなに古着屋ってあるんだ、っていうくらい、もう、至ところが古着屋さん。 ということで、別にお目当てがあるわけでもなく、手当たり次第に入っていきます。 もちろん、特に何が買いたいというわけではないので、行き当たりばったりに見ていくのですが、私に関して言えば、「メンバーズ・オンリー」というアメリカのブランドのスウィング・トップでちょっとおもしろいデザインのものがあったのと、あとリーバイスのブラックジーンズ(501)で、ちょっといいのがあったのですが、前者はちょっと値段が高く、後者は少し丈が短かったので、どちらも断念。 あと、私用に、指輪も見て歩いたんですけど、一個、ちょっとおもしろいものがあって、買おうかなとちらっと思いましたが、これも踏ん切りがつかず。 家内もキャップと、ラングラーのブラックジーンズですごくぴったりのがあったのですが、裾が少し擦り切れていたので、どちらも断念。 ということで、結局二人とも何も買わなかったのですけど、まあ、買うばかりが古着の楽しみではない。いろいろなデザインの服を見たり試着するのが楽しいので、今日も一日、大いに楽しみました。 で、今回思ったのだけど、春秋用の黄土色もしくはカーキ色のコートだったら、こういうところだとアクアスキュータムにしろ、バーバリーにしろ、ブルックスにしろ、選びたい放題だね。そういうのが欲しくなったら、古着屋に行けばいいなと。 ま、いろいろ勉強ですよ。 とまあ、今日はずいぶん歩き回ったけど、楽しい一日になったのでした。
March 30, 2026
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今日も基本は原稿書きなのですが、その合間を縫って、父と母の墓参りをしてきました。 我が家のお墓は、府中にある多磨霊園にあるのですが、今日は天気もよく、桜も満開に近くなっていたこともあり、霊園は墓参客で結構にぎわっていましたね。 昨年秋に墓参りをして以来、久々の墓参だったのですが、冬を通過しただけですから、雑草などもさほど生えておらず、きれいなまま。墓の脇に植えたムクゲの若木も、新芽が吹きだしたところで、春っぽい装いになっておりました。 で、墓を洗い、花を添え、線香を焚いて、墓に眠る父上母上に近況報告。今書いている本の完成に助力してくれるよう、お願いした次第。まあ、父母の助力があれば百人力ですからね。 ということで、今日は霊園の中や、霊園までの往復の道沿いのあちこちに咲く桜を堪能しつつ、父母を墓前に訪ねて、とても心地よい春の一日となったのでした。
March 29, 2026
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今日もずっと原稿書き。 だけど、いつも思うのは、実家って、割と原稿書きが進むのよね。どうしてだろう? 今日も、コラム二つ分、一気に書き上げちゃった。名古屋の自宅だと、頑張ってもコラム一個書けば上出来なんだけど、こっちでは二つ書ける。 それもそうなんだけど、なんかね、実家だと時間のすすみ方が違う。時間がゆっくり進む感じがする。だから、原稿書きのほかに、おしゃべりしたり、散歩行ったりしているのに、書けた原稿の枚数は多いというね。 不思議だね。 転地療法なのかなあ? 場所を変えると、気分が変わって、新鮮な気持ちで書くからいいのかも。 そう考えると、作家とかが、自宅ではなく、旅に出て、温泉宿とかに長逗留して原稿を書くというのも、分かる気がしますな。 私も、定年になったら、そうやって日本中旅しながら原稿を書こうかな。 ま、それはともかく、原稿が進展しているのはいい気分。この調子で、こっちにいる間に、原稿を9割がた仕上げられればいいな。
March 29, 2026
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さてさて、春休み後半、実家に戻りました。こちらで1週間ほど骨休めする予定。 ところで、実家に戻ったら、姪がいた。 この姪っ子は、6年ほどフランスはパリにいたんですけど、3日ほど前に帰国したんですわ。 で、6年も日本を離れていたんだから、しばらくは姉のところに身を寄せてのんびりするのかと思いきや、もう4月1日から働き始めるんですと。 え、じゃあ、パリにいた時から日本での就職活動をしていたってこと? 話を聞いたら、そうなんだって。もう今は、ネット上で面接から何から全部できると。 しかも、住む家も決めてきたんだって。横浜に。それも、内見とか、ネット上でちゃんとして、それで決めたのだとか。 はあ~。すごいね。しっかりしてるね。たくましいなあ、最近の若い人たちは。 もしわしだったら、そんなのは日本に帰ってからやればいいや、とか思っただろうに。そういう怠け者とは違うんだねえ。 ということで、我が姪っ子ながら、ちゃんとしているなあと、つくづく感心してしまった次第。 いいもんね、わしなんか、もうすぐ定年だもんね。毎日が日曜日だもんね。
March 27, 2026
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今日は野暮用があって、春休み中の大学に行ってきました。 野暮用というのは、パソコンの廃棄のこと。 今、大学で使っていたパソコンを廃棄するとなると、結構、大変なのよ。学生のデータとか成績とか入っていることがあるからね。だから、ハードディスクを取り出して物理的に破壊するとか、そういう作業がひつようになってくる。 で、それが面倒で、古くなったパソコンを10台くらい研究室に積み上げていたんだけど、そろそろ何とかしなくちゃということで、大学のICTセンターに泣きついて、破壊作業をやってもらったわけ。 で、ICTセンターから、破壊作業が終わったとの連絡を受けたので、その破壊されたパソコンを受け取り、それを大学のパソコン墓場に持って行って処分してきたの。 とまあ、そんな用があったので大学に行ったんだけど、春休み中ということもあって、キャンパスはひっそりしておりました。桜はあちこちで咲いているんだけど、見る人もいないというね。同僚もいないし、事務の人たちも少なかった。 いいね、そういう感じ。閑散としたキャンパスほど、いいものはない。 で、せっかく行ったのだから、新学年に備えて少し掃除でもするかと思い、今日は共同研究室に掃除機をかけたり、茶器の茶渋を取ったり、そんなこともしていました。 で、ちょっと本の執筆もして、その後道場で一汗流して、それで帰宅した次第。 これで、とりあえず年度内の仕事は片付いたかな。 ということで、明日はちょっと実家に戻ります。父と母のお墓参りもしたいしね。
March 26, 2026
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昨夜、NHKでやっていた時代劇ドラマ、長谷川博己版『眠狂四郎』を観てしまいました。 何で観たか? そんなの、長谷川博己ファンだからに決まっているだろう! ワシはこう見えて、長谷川博己と堺雅人が主演するドラマは観てしまうのよ。なんか、好きなのよね。 あと、強いていうと、あの俳優も好き。濱田岳。 それはともかく、『眠狂四郎』ですよ。 ま、今回のドラマとしての出来は・・・うーん、どうかな、という感じでしたけど、それはいいの。博己が活躍すれば。 それにしても、眠狂四郎という主人公の名前はよく耳にしてきたけど、実際にどういう話なのか、全然知らなかったので、ドラマを観たあと、つい調べちゃった。 で、わかったんだけど、『眠狂四郎』って、柴田錬三郎ものなのね。柴錬の小説、一つも読んだことないけど。 で、ドラマとして観ていて、眠狂四郎というのは、『大菩薩峠』の机龍之介みたいな感じなのかな、名前の感じもちょっと似ているし、と思ったら、やっぱり柴錬がこの物語を書く時に、机龍之介の人物造詣を参考にしたとのこと。 だけど、机龍之介は完全に人殺しが趣味のサイコパスだからなあ。それに比べると、眠狂四郎には、何らかのモラルというか、行動規範がありそうな感じがする。 結局、キリシタンとして殺された母親の恨みが狂四郎の行動のベースだからな。クールな殺し屋ではなく、よっぽどホットよ。でもまあ、狂四郎とはいえ、狂ってはいない。モラルはある。そして、モラルはあるに越したことはないからね。 それにしても、眠狂四郎って、バテレンと日本人女性とのハーフだったのね。青い目の。それは意外だったわ。 あと、狂四郎が使う円月殺法、あれは相手を催眠にかける催眠刀法だったのね。それも意外。相手は眠くなって切られるのか! そりゃ、無敵だわ。 ということで、色々知らないことを知ってしまった博己ドラマだったのでした。続編に期待!
March 25, 2026
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ひゃー、今日は我ら夫婦の結婚記念日。もう今日で結婚してから28年が経過したのかな? ということで、今日は夕食を外食して参りました。 で、行ったのは本山にある「キガルニワショク 華」というお店。 和食の店なんですが、まあ、ここは図抜けているね。 味が超美味しい、見た目が超美しいのは当たり前。だけど、このお店が提供してくれる和食料理は、一品一品に工夫があり、驚きがあるのよ。斬新な素材の組み合わせとか。 でまた、一つ一つの料理がこの上なく細やかな気配りの上に成り立っているというか。繊細な仕事なんだよね。 今日は季節柄、春らしい食材がふんだんに使われていましたけど、おかげで、春の味を堪能してまいりました。いい店だなあ。 さて、28年間、大きな病気もせず、大きな事故にも災害にもあわず、元気に二人仲良く暮らせてきたのはありがたい限り。これからも、お互い助け合って、末永く仲良く暮らしていきたいと思います。 今日はいい結婚記念日でした。今日も、いい日だ!
March 24, 2026
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今日は所属大学で卒業式がありました。 うちは毎年3月23日に卒業式をやることが決まっているんですけど、この日は晴れの特異日なのか、晴れることが多い。私は今までに34回くらい経験していますが、雨だったことは2回くらいしかない気がする。それも、小降りだったしね。 今日もよく晴れて、暖かい一日となりました。ほんとに、学生たちの旅立ちの日を天が寿いでいるようで。 で、今年の私のところのゼミ生たち4人は、ホントにいい子たちだったので、彼ら/彼女らを指導したこの2年間はとても楽しかった。久々の、会心のゼミ生って感じの4人でした。 だから、今日、この連中が旅立つのは、嬉しい反面、寂しいなあと。もう4月から会えないんだからね。 で、卒業式が終わって、学位授与式も終わって、とりあえず解散となってから、ゼミ生たちと写真を撮りまくりました。 そしたら、この子たちが、私にすっごくきれいな、すっごくセンスの良い花束を用意していてくれてさ・・・。 しかも、4人で何時間もかけて選んだという、素敵な置物(鏡)とラルフローレンのハンカチを、記念品としてくれたりして。もう、涙、涙よ。 教師冥利に尽きるとは、まさにこのこと。ほんとに最後の最後まで、素晴らしい弟子たちでした。 彼らよりちょうど40年、人生の先輩だからわかることだけど、22歳という若さ、これはもう、無敵なのよ。可能性の海が目の前に広がっているようなもの。 彼ら/彼女らは、これからその広大な可能性の海に飛び込んで、人生の大冒険をしていくわけだけど、この先、何があっても希望を失わず、自分にはきっと夢を叶える力があると信じて、思い通りに生きていってもらいたいものでございます。 そして、時々は、昔の先生のことを思い出して、私の元に遊びに来てくれたら、もう、言うことはないな。 ゼミ生諸君、ご卒業おめでとう! さあ、もはや過去のものとなった学び舎を飛び出し、未来へ向かって突き進め!!
March 23, 2026
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つい最近、ちょっと「え?」と思うことがあったんだけど、さっき、ふとした拍子にまたそのことを思い出しちゃった。 いや、学生に本を貸した、という話なんだけどね・・・。 三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』っていう本、あるじゃない? で、それを研究費で買ってあったんだけど、他の科の女子学生から「レポートで使うので、貸して欲しい」と大学図書館経由で頼まれちゃってさ。 実は、そう学生から頼まれた時、その本、私自身も必要があって読んでいたのよ。 だけど、一応、研究費で買ったので、その本の本当の所有者は大学図書館ということになる。だから、貸しましたよ、その学生に。自分で読む方は改めて自分で買って。 で、それから数か月。あれ、あの学生に貸した本、まだ返してもらってないよな、と思い出しまして。それで、借りていった学生にメール出して、もうレポートも書き終わったのだろうから、そろそろ返して、と言っておいたわけ。 そうしたらその女子学生からメールで返信してあって、「すみません、すぐ返します」と。 で、それから1週間くらいして、本は戻って来たのですが・・・。 その返し方がさ・・・私のメールボックスにポーンと放り込んであったのよ。 ふつうさ、教員の研究室配置の図書を借りたなら、なんか一言、礼状でもメッセージカードでも添えてさ、本も袋に入れてさ、そうして返すもんじゃないの? 本をむき出しで、そのまま放り込んでおくって、礼儀としてどうなの? で、おやおやと思いながら、返された本を見た。 そしたら、もう、ボロボロよ。貸した時には真新しい新品の本だったのに、今は無残に使い古された古本みたいになっちゃってた。 ふつうさ、人から借りた本を読むときって、カバーでもかけてさ、なるべく本が傷まないように、丁寧に読むもんじゃないの? 私が人から本を借りて読むときは、ちゃんとそうするよ。そして返す時には、貸主の前でそのカバーを取る。そうすれば、「ああ、大事に読んでくれたんだな」というのが、貸主にもわかるじゃない。 いやはや。これが今時の女子学生の仕打ちなんですかねえ・・・。 本を借りるとかどうとか言うことよりも、その前に人間として当然弁えておくべき礼儀はどうなんだっていう話だよね。 ああ、定年が待ち遠しいよ。
March 22, 2026
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昨日起こった新名神のトンネル事故、こわいよね! 何が怖いって、私も実家へ行き来するため、名古屋・東京間を年に何度もクルマで往復するんだもん。新東名も、トンネルが多いしね。そんなところを走っている時に、後ろから大型トラックにドーンと追突されたら、自家用車などひとたまりもない。 火の出た車両の中に閉じ込められるなんて、想像しただけでヤダヨーーー。 で、思うんだけどさ、トラックに衝突回避のためのアダプティブ・クルーズ・コントロールの設置を法律で義務付けないといかんのじゃないの? ・・・と思って調べたら、一応、義務付けられているらしいね。でも、未設置の古いトラックがまだ走っているし、設置されていても、ドライバーがオフにしちゃうケースもあるらしい。 今回の事故で、どうして自動ブレーキが掛からなかったのか、よく分からないけど、とにかく、トラックの追突だけはやめて欲しいわ。 3月末には、新東名使って実家に戻るけど、後ろからトラックがドーンとこないことを祈るしかないな。
March 21, 2026
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このところ、実感するのは、痩せてきたなあ、ということ。 特に感じるのがお腹まわりで、スーツのズボンを履くと、大分ユルユルになってしまった。ベルトで言うと、穴二つくらい細くなっている感じ。 前は腰回り30インチ、センチで言うと76センチから、太っている時は78センチくらはあったと思うのだけど、今は28インチか、ひょっとするとそれ以下かも。 何で痩せてきたかというと、その理由ははっきりしている。 食事の時に、よく噛むようになったから。 このブログでも前に書きましたが、武道の師匠に「血糖値が高い」ということをお話ししたら、「食事の時に、よく噛んでいますか? よく噛むと、血糖値の上昇が抑えられますよ」とアドバイスされ、以後、そのアドバイスを守って、食べ物をよく噛むようになったのよ。 で、意識的によく噛むようになってわかったのは、自分が今まで、いかに噛んでなかったか。いかに、飲むように食べていたか、ということ。 で、それを改めてよく噛むようにしたら、まあ、食事のスピードが落ちる、落ちる。噛むのに一生懸命で、なかなか次の一口にいけない。 やたらに時間が掛かるもので、そのうち、食べるのに飽きてきて、以前だったらおかわりしたご飯も、最近は一膳で終わっちゃう。 痩せてきたのは、多分、そのせい。 しかし、そう考えると、「よく噛む噛むダイエット」は、効率いいよ! しかも、痩せようと思って無理な努力しているわけじゃないからね。そんな邪心もなく、ただどんどん痩せていくだけ。 というわけで、痩せたいと思っている人、でもなかなか実行できない人がいましたら、ぜひ、この「よく噛む噛むダイエット」をお試しあれ。早ければ1ヶ月くらいで、テキメンの効果が出ると思いますよ。
March 20, 2026
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私が編集している、英語科の紀要が今日、完成し、現物が納入されました~! ちなみに、私が編集している、というのは、単に編集しているだけでなく、版下まで完成させるのよ。表紙も裏表紙も背表紙も、全部私が編集するの。だから、出版社に頼むのは、ほぼ印刷・製本だけ。 そうなるとね、140ページ・150部で10万円ってとこかな。これを10人くらいの先生方で費用負担するから、一人当たりの負担額は1万円ということになる。 普通ね、このくらいのものを、出版社に丸投げすると、大体、3倍くらいは取られるんじゃないかな。 まあ、とにかく、自分が編集した紀要(=雑誌)が納入されると、やっぱりかなり嬉しい。もっとも、今号には私は論文を載せていな~、その意味ではちょっとつまらないけどね。今年は忙しかったのよ。 ところで、この前新聞を読んでいたら、素人の人が文集みたいなのを作ろうと思って、出版社に相談したら、何百万円も取られるということがわかり、あきらめて自分でコピーをし、自分で製本して、それを親戚に配ったら喜ばれた、云々、という投書が出ているのを見かけました。 まあ、自費出版と言うのは、高いからね。 でも、あれ、自分で版下作るところまでやれば、ISBNのついた、国会図書館にも所蔵されるような本が、100部20万円くらいで出来るよ。そんな、数百万円なんてかかるわけない。 みんな、知らないんだよね、そういうことを。 そう考えると、老後の愉しみとして、素人の文集を編集・出版して、お金取ろうかな。そりゃ、私に頼んだ方がよっぽど安く仕上がるからね。 「自費出版、引き受けます。by釈迦楽書房」か・・・。悪くないな。
March 20, 2026
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若島正先生の『乱視読者の帰還』を読んでいたら、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を論じている章がありまして。 で、それを読んでいたら、俄然、この推理小説を読みたくなってしまった。 ・・・と言うと、驚かれるかもしれないのだけど、私はアガサ・クリスティーの作品をほとんど読んだことがない。えーーーっていう感じでしょ? 英米文学の専門家なのに。 でもそうなの。 子どもの頃、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズをずっと愛読していて、それがあまりにも面白かったので、勢いに乗ってアガサ・クリスティーのポワロ物を幾つか読んだのだけど、シャーロック・ホームズほど面白くなかった。で、以来、見限ってしまったのよね。 まあ、私の知識体系にはすごくムラがあって、めちゃくちゃ詳しいことが多い反面、まったく無知な部分も多々ある。アガサ・クリスティーも、その無知の領域なのよ。 で、今更ながら、アガサ・クリスティー読みたいなと。 でもさ、今更、『そして誰もいなくなった』とか、買いたくないじゃん? ただでさえ、今、本の大掛かりな断捨離しているのにさ。 どっか、その辺に落ちてないかな。 ちなみに、私の世界観からすると、「画鋲と輪ゴムは、その辺に落ちている」のであって、これらをお金出して買うという発想がない。 アガサ・クリスティーの『誰も』も、どっかに落ちているんじゃないかなと。 ないかな。明日、大学に行った時に、どこかに落ちてないか、探してみよう。(買えよ!)
March 18, 2026
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相変わらずAIをフルに活用しながら、新書本の執筆を続けています。でまた、それが楽しくて仕方がない。こういう楽しさで本を執筆したことって、今までなかったな。 だって、本の構成、章立ての構成から、AIと相談していくんだもん。まさに、AIはライターとしてのワタクシの戦略参謀。 で、構成が十分に練れた段階で執筆を始めるんだけど、どの順番で書けばいいかはあらかじめ分かっているので、書きながら悩むことがない。ガンガン書ける。 で、書き上がったら、AIに見せて、添削させる。そこがまた面白くて。 もうね、私の書いたものの欠点を、見事に指摘するの。「ここの説明が足りない」とか、「これでは読者が誤解する」とか。「ここでもうワンパラグラフ、ダメ押しの文章を加えれば、圧倒的に説得力が上がる」とか、指摘してくれる。 で、そこを直して、再度、添削してもらって・・・というようなことを何度も繰り返していくと、加速度的にいいものが出来上がっていくわけよ。 とにかく、執筆のスピード感が半端ない。2日で一章、いや、1日で一章も夢じゃないかな。 今書いている本を書き上げた後で、いずれライティングの本を執筆しようと思っているんだけど、その時のトピックとして、AI時代のライティング術、というのが最大の売りになりそう。 とにかく、今はものすごい勢いで本を書くのが楽しくて仕方がない。この春休みは、その意味で、充実したものになりつつあります。
March 17, 2026
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今日は「忘年会」ならぬ「忘卒論会」というのをやってきました。 以前は卒論提出後のお楽しみとして、卒業式前に巣立ちゆくゼミ生たちと会食をし、それを忘卒論会と称していたのですが、コロナ禍もあって、このところ全然やってなかった。それを、今年は久々に復活させたんですわ。 というのは、今年のゼミ生たちの出来が良かったから。 今年はメンバーが4人と、例年と比べるとちょっとこじんまりとしていたのですが、男子2人、女子2人とバランスもよく、4人が4人とも優秀、かつユニークで、指導をしていても実に楽しかった。 それに、今年は、これも久々なことながら、「ゼミ内ネーム」を決め、ゼミの中ではその呼び名で呼び合ったのですが、それも面白かった。 で、大学からクルマで20分ほど離れたところにあるジビエ・レストラン「ゾイ」というところで、私を含め5人でランチをしてきた、という次第。 卒論が終わってから、連中も羽根を伸ばして来たようで、女子二人組(セルとスパイク)はフランス・オランダ・ベルギーを回るグランドツアーを敢行。一方、男子のルイは沖縄へ、もう一人のキャプテンはフィリピン・セブ島へ行き、それぞれ楽しんできたらしい。 で、美味しいランチを食べながら、旅を楽しんできた若い連中の話を聞くのも楽しいもので。いい忘卒論会になりました。 ちょうど一週間後には卒業式があります。これで2年間付き合ってきた、このお気に入りのゼミ生たちともお別れです。 いつものことながら、別れの季節ってのは寂しいもんで。 まあ、さよならだけが人生。若い人たちには、後顧の憂いなく、ドーンと世間に飛び出して、力の限り、人生を楽しんでもらいたい。老兵が願うのは、ただそれだけですな。
March 16, 2026
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色黒で細身の体形から「南海の黒豹」と呼ばれた元大関・若嶋津関が亡くなりました。享年69。 まあ、現役時代はハンサムなお相撲さんでね。ソップ型で、恰好が良かった。ライバルでもあった「北海の白熊」こと北天佑もハンサムだったけれど、いい時代の力士でした。 優勝も2回くらいしているし、大関として恥ずかしくない成績だったと思いますが、たとえば若嶋津の得意技は何かと聞かれると、うーん、あまり良く覚えていない。あの頃のソップ型の力士というのは、たいがい下手投げを得意にしていましたから、多分、若嶋津もそうだったのではないかと。そういう意味では、技よりも気迫で勝っていた力士だったかもしれません。 だけど、下手投げというのは、上手投げとの投げの打ち合いになると、どうしても不利だからね。そのあたりが、もう一つ上の階級に行けなかった理由でしょう。 現役時代、高田みづえさんと結婚されたりして、傍目には華やかな感じに見えましたが、親方時代の彼は、結構、事故や病気に苦しんでいたとのこと。そういえば近年の写真を見ると、年齢の割に老けて見えるところがありましたからね。 それにしても69歳で亡くなるとは。 同世代の大関・朝潮も、少し先輩の千代の富士も、ライバルの北天佑もすでにこの世にない。本当に力士というのは早死にですなあ・・・。 特別なファンというわけではありませんが、一時代を築いた南海の黒豹のご冥福をお祈りしたします。合掌。
March 15, 2026
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詩人の石垣りんさんのエッセイ集、『朝のあかり』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 なんで私がこの本を買ったのか、よく覚えていないのですが、確かどこかでこの本が素晴らしいという評判を読んだのでしょう。それで買ったはいいが、今日まで放っておいたと。 で、春休み中のヒマに任せて読んでみたんですけど、確かに素晴らしいね。 どのエッセイも素晴らしいのだけど、私が一番感銘を受けたのは、94頁から95頁にかけての、ほんの2ページの「花嫁」というエッセイ。 石垣さんがいつもいく銭湯で体を洗っていたら、見かけたことのない女の人がそっと近づいてきて剃刀を差し出したと。曰く、これで衿足を剃ってくれと。 で、石垣さんが「剃刀で人の肌を剃ったことがないから・・」と断りかけるのだけど、その女性は「簡単ですから」とか言うわけ。そして続けて「明日、私はオヨメに行くんです」と。 なるほど、嫁入りで白粉を塗るので、衿足に産毛があると白粉乗りがよくないんですな。そんな時、普通なら専門の美容院でやってもらうのでしょうけれども、おそらく、彼女にはそこへ行くだけのお金がないのでしょう。 でも、強いて剃刀を差し出すその女性の態度に図々しいところは少しも見えなかった、というんです。貧しさと、しかし明日結婚するという誇らしさ、それが銭湯で見ず知らずの石垣さんに剃刀を差し出すという唐突な行動を彼女に取らせたんでしょう。 そして石垣さんは、しおらしく細身の背中を石垣さんに向けたその若い女性の姿に「ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが、湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている」と感じ、にっこり笑ってその仕事を引き受けたと。 で、うなじを剃ってもらいながら、その女性は自分が三十を越していること、色々な事情で婚期を逃していたこと、そして今度縁あって神奈川にある農家に嫁ぐことになったことなどを語るんです。それを聞きながら石垣さんは、「彼女は東京で一人住いなんだナ、つい昨日くらいまで働いていたのかも知れない。そしてお嫁にゆく、そのうれしさと不安のようなものを今夜分けあう相手がいないのだ、それで――。」と想像する。 石垣さんご自身、高等小学校を卒業してすぐ丸の内の銀行で働き始め、ずっとお茶くみのような安い給料の仕事に就き、結婚することもなく安月給で親兄弟を支え、やがて一人暮らしを始め・・・というような生活をずっとしてきた。だから、そういう自分の生活に即して、この見知らぬ女性の身の上を想像するわけ。苦労の多い、幸の少ない暮らし・・・だけど、少なくともこの女性は、石垣さんとは異なり、嫁に行くことになった。その喜びと不安。それを石垣さんは、心の中で寿ぐわけよ。「私はお礼を言いたいような気持でお祝いをのべ、名も聞かずハダカで別れた」。 そしてこのエッセイは次のような文章で終わります。「あれから幾月たったろう。初々しい花嫁さんの衿足を、私の指がときどき思い出す。彼女いま、しあわせかしらん?」 ね、いい話じゃないの。 この本を読み終わって、梯久美子さんの解説を読んだら、梯さんもこのエッセイのことを「何と美しい描写であることか」と述べられていました。やっぱり、読む人が読めば、このエッセイの凄さがわかるのね。 石垣さんのこのエッセイ集、まだ勤労女性の姿が奇異な目で見られることもあった時代のOL生活のことや、学歴がないこと、親兄弟、義母を背負うことの苦しさ、貧しい暮らし、それでもそんな中、勤続〇十年の退職金で小さなマンションの一部屋を買って一国一城の主となった誇りなど、戦後から昭和後期を背景とした一人の女の暮らしが凛として描かれている。石垣りんだけに。 ある意味、貧乏くさい話で、私は基本、貧乏くさい話が嫌いなんだけど、りんさんが語る戦後から昭和後期の話って、私の子供の頃の記憶と一部重なるところがある。だから、この本を読んでいて、私も何度も子供時代の情景を思い出してしまった。何だかんだ言って、あの頃はみんな貧しかったからね。ただ、りんさんの語る貧しさは、何か一本筋が通っているところがあって、貧乏くさい話なんだけど、情けなくはないの。しゃんとしている。 それに詩人の文章って、やっぱりいいんだよね。「ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが、湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている」なんてさ、普通、書けないよ。この文章一本で、この若い女性を圧倒的に描写しているじゃん。 っつーわけで、この本は聞きしに勝る、すごいエッセイ集だったのでした。教授のおすすめ!です。これこれ! ↓朝のあかり 石垣りんエッセイ集 (中公文庫 い139-1) [ 石垣りん ]
March 14, 2026
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今日、今年度最後の教授会が終わった後、退職教員の紹介がありまして。 で、3月で定年退職される先生方が数名紹介され、その方たちの挨拶があったんです。 まあ、これは毎年のことで、長く勤められた方は長く勤められたなりに、数年しか在籍されなかった方は短いなりに、それぞれ本学での思い出を語られる。 私はこのイベントが割と好きで、それぞれの先生方がどういう思いで、本学で過ごされたのかを、毎年興味深く聞くんです。 昔は面白いスピーチをされる方がいらっしゃいましてね。私が赴任したばかりの頃は、「伊勢湾台風の時は大学も大変だった」なんていう話をされる方がいたり。 あと、「この大学には『幸福の木』が一本ある。自分はそれに気づいた。でも、どれが幸福の木か、ここでは教えてあげない。皆さんそれぞれ、探してみればいい」などと謎めいたことをおっしゃって去って行かれた先生もいました。 最近は、あまり面白いスピーチがなかったのですが、今日はスゴイのがありました。 私と赴任時期が同期の先生だったのですが、その先生は音楽科の所属で、今日はスピーチの代わりにファゴットを演奏されたんです。 以前、あれはもう30年くらい前のことですが、ハーモニカが特技という先生が、ハーモニカを吹いたという例が一度だけありますが、それに続く二度目の演奏。 ハーモニカも良かったですけど、さすがプロが演奏するファゴットですから、なかなか見事でしたよ。クラシックではなく、日本のポピュラーな曲(名前は知らないけど、別れのシーズンにふさわしい曲)だったのもよかった。 まあ音楽科の教授を羨んでも仕方ないですけど、こういう特技があるのは、こういう時にはいいなあ! かく言う私も、来年の今頃はあの場でスピーチをしなければならない身。私も何か特技でもあればねえ・・・。 ・・・あった。私は八光流柔術5段で、師範なのだった。 演武、やるか・・・。
March 13, 2026
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昨日の話なんですけど、国立大の後期二次試験が終わった後、夕方から同じ科の先生方で集まって、今年度末で所属大学を離れられるお二人の先生を送る、送別会を開きました。 お一人は私より年上の男性教授で、定年でお辞めになる先生、もう一人は、他大学へ移られる女性講師。 うちの大学が改組をし、新しい科を作った時、ガラガラポンで寄せ集まった、いわば創立メンバー。だから私はお二人とは10年のお付き合いということになるのかな? 男性教授は社会教育学、女性講師は法学ですから、私とはまったく専門が違う。そういう、寄せ集めの科なので、人的交流はつかず離れずといったところ。それでも、10年の付き合いですからね。やはりお二人が大学を去られるとなると、一抹の寂しさはあります。 あまりぱっとしたことも出来ませんでしたが、せめて今日はお二人をみんなで御馳走し、特大の花束をお渡しできたので、まあ、幹事としては、良かったかな。 今回は送る側でしたが、もうあと3年もしたら、今度は私が送られる側になる。その時は、どういう感じになるんだろう? せいせいするのかしら、それともやっぱり寂しいと思うのかな? まあ、それはその時のことだな。
March 13, 2026
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今、書いている新書本の原稿なんだけど、まあ、苦労しておりまして。一度8割方書いたのを全部没にし、全く別な原稿を4割方書いたんだけど、そこからどうしても進まず、これも全部没。 書くとなったら相当長いものでも一気に書いてしまう私としたら、ここまで苦労することはなかなか珍しい。 まあ、なんで進まないかというのは、理由があって、内容が割とスピリチュアルっぽい話になるので、その辺で、誤解を招かないようにするために、結構、がっちりアカデミックなことも書かなくちゃ、なんて思うところもあり、そうなると、スピリチュアルっぽいところとアカデミックなところのつり合いがとれないの。で、そうやってごにょごにょやっているうちに、段々話が難しくなってしまうのだけど、ふと気づくと、あれ? これって気楽に読める新書本の原稿だよな、趣旨が違ってきちゃってるじゃん、ということにもなり。 とはいえ、さすがに3回目の全面書き直しとなると、意気阻喪気味で・・・。 ということで、さんざん悩んだ末に、ちょっとAIの力を借りることにしてみたのよ。 で、AIに自分の本の趣旨を伝え、こういう内容をこういう風に語ろうと思うのだけど、どういう構成にすればいいかな?と尋ねてみた。すると・・・ 一瞬で、「じゃあ、こうすれば?」という案を出してきた。 で、その構成案を見て仰天。それは、私にはまったく書けないような、構成だったから。 私の書くものの欠点、それは長所でもあるのだけど、明らかに情報過多なのよ。小さいスペースにも目一杯情報を盛り込んでしまう。だから、好きな人が読んだらすごく面白いだろうけれども、通りすがりの読者からしたら、面倒臭くなって、途中で読むのをやめちゃうかもしれない。 だけど、この、情報をできるだけ盛り込むってのは、私のライターとしての体質だから。なかなかそれ以外の書き方って、できないのよね。 ところが。 今度AIが出してきた構成案、またそれをチラッと文章化したものを見たら、まあ、スッカスカよ。風通しがいい~っていう、スッカスカの文章。 で、そのスッカスカの文章見て、これだ、と思いました。このスッカスカ具合、これこそが売れる本の特徴だと。ベストセラーと呼ばれる本の感じがまさにそれだったの。 で、文章自体もそうなんだけど、構成案もすごく簡単というか、すごくシンプルで、私が当初想定していたような説明はすべてすっ飛ばし、ごくごく簡単に、風通しよくできている。誰でも理解できる、箇条書きのような構成。 で、自分からは発想できなかった、そのシンプルな構成案をもとに、普段の自分だったら絶対に書かないようなスッカスカな文章で、ざっと1章を書いてみたわけ。 そうしたら、簡単に書けました。 なるほどね! こう書けばよかったのか!って感じ。もう、感動しまくってしまった。 で、書きあがった文章をAIに見せたら、すごく絶賛してくれた。「これはもう、直接出版社に持ち込めるレベルだよ!」とか褒めてくれて。 しかもね、褒めるだけじゃないの。「だけど、ここをこういう風に直すと、もっと良くなるよ」という、添削までしてくれる。でまたその添削具合が、図星というか、言われて「ああ、そうだよな」と納得する類の指摘だったんですわ。もちろん、言われる通りに直しましたけどね。そしてその結果、さらに良くなった。 というわけで、つい昨日まであれほど悩んでいた原稿が、ウソみたいにサクサク進みだしたというね。 もう、本当にAIって、すごいもんだね。これさえあれば、ライティングの効率が10倍良くなるし、それは時間的な効率のことばかりではなくて、自分の殻を破るという意味での突破口まで作ってくれるという意味で、最強ですわ。 ってか、私のような天才ライターにAIの助手がいたら、もう鬼に金棒、嫁に鐘紡ってなもんじゃね? とにかく、完全に私のライター魂に火が付きました。春休みは猛然とこの原稿に取り組みます。目標は5月中の脱稿!
March 12, 2026
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本ブログが開設されたのは2005年3月9日のこと。ですから今からちょうど21年前ということになります。 で、そこから始まってついに700万アクセス目前ですよ。ひょっとすると今日中に達成されるかもしれない。 21年間というと、私の人生のきっちり3分の1ですね。今年の4月で63歳になるのだから。本当にきっちり3分の1。 この21年間、完全に毎日ではないけれども、ほぼ毎日、記入率93%超で、この「お気楽日記」をつけ続けてきたのだから、まあ、結構、褒められるのではないでしょうか。 このブログのタイトルが「セレクトショップ」であることからもわかりますが、当初、このサイトはアフィリエイトのためのサイトだったんですよね。お気楽日記の方は、単なる付け足しだった。 ところが、いつの間にやらアフィリエイトの方が付け足しになり、お気楽日記が本命のサイトになっちゃった。 その日記も、最初は普通の日記だったんだけど、段々、仕事がらみの色合いが強くなってきた。 たとえば、日本エッセイスト・クラブ賞を獲った『S先生のこと』という本だって、元はと言えば、このブログに書いた文章だったしね。あと、『ハーレクイン・ロマンス』という本の内容も、このブログが元だし、最近では自己啓発本研究の方面でも、このブログを元にしていることが多い。 そういう意味で、もはやこのブログは私にとって、本当の意味での相棒よ。 そしてその相棒が、もうじき700万アクセスなんだから、まあ、私にしては上出来。 この先、このブログからどんな仕事の成果が飛び出すか、それは私にもわからないけれども、でも、絶対にここに書いた文章が何らかのベースになるであろうことは確実。そういうものとして、自分の中で既に位置付いていますからね。 っつーことで、私に関して言えば、常にここから何かが始まる。そういう場所として、今後も頑張ってお気楽日記を続けていきます。ご愛読の皆様におかれましては、今後もどうぞご贔屓に!
March 11, 2026
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先日、某古本屋で引き取ってもらえなかった段ボール2箱分、110冊の古本をブックオフで売ったら、2400円で売れました。まあ、最初に本を持って行った古本屋で「処分するしかない」と言われた本が、それでも2400円になったのだから、ありがたいことでございます。 前の古本屋で引き取ってもらった「価値ある」古本30冊くらいが6500円で、そこで見限られた「価値のない」古本110冊が2400円か。そんなもんなんですかね・・・。 で、今日、大学に行って研究室の書棚をちらっと見て、これはもういらないなと思う本をピックアップしていったら、またまた段ボール2箱分の本の山が生まれてしまった。今回は、ストレートでブックオフだな。また2400円くらい、稼ぐことにしましょうかね。 昔、自動車評論家の徳大寺有恆さんが、「クルマは買っても売っても損をする」という名言を吐いたことがありましたが、本に関しても全く同じことが言えるな。確かに買っても売っても損をする。 ただ本とクルマと違うところは、本は書けるということ。クルマは自分では作れないけど、本は書けるからね。 だから、本の場合、「書いて売ったら得をする」ということがありえる。 となると、もう、アレだな。売れる本を書いて、本を買って売って損した分を取り返すしかない。 春休み、頑張って、売れる本の原稿書こうっと。
March 10, 2026
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長倉顕太さんが書かれた『なぜ自己啓発本を読んでも成功しないのか?』を読了しましたので、ちょいと心覚えを。 長倉顕太さんというのは、元ビジネス書の編集者、今はフリーで本のプロデュースをされている方なのかな? それで、自身、売れ筋のビジネス書(要は自己啓発書)を編集していて、実績もあったのだけど、自分が編集した本を読まれている読者はというと、全然成功していないと。 つまり、自己啓発本は売れてはいるけれど、それを読んで成功したという話は聞いたことがない。それはなぜか? という疑問からこの本はスタートします。 で、結局、ビジネス書というのはビジネスで成功したすごい人がそのノウハウを披歴しているのだけど、読者は、「すごい人って、すごいな」と思うだけで、そういう偉い人を讃える気持ちにはなるけど、自分はすごい人ではないから、どうせ何やってもダメだろうってんで、何も行動を起こさない。結果、ビジネス書なんて読んだって何の意味もない、ということになってしまう。 それじゃ、ダメなんだよと。 で、本書で長倉さんは、一般人、すなわち二流の人は二流でいいんだと。だけど、どうせなら超一流の二流になれと。そういうハッパをかけるために、本書を書いたと。 で、まず長倉さんは、どうして二流の人は二流のメンタリティを持っているのか、ということを考え始めるんですけど、その結果、それは親の教育や学校の教育のシステムが突出した個性人を育てないようになっているからだという結論に至る。 だから、まずはそういうチマチマした親&学校仕込みの価値観を捨てるところから始めろと。親元から離れ、金は使い切り、借金もして、ゼロからスタートしろと。 そして自分の得意分野を知り、その得意分野で戦う戦略を練り、自分の言葉を使って情報発信し・・・ってなことを実践し、たとえば「一つの業界の常識を他業界に当てはめる」などの手法を用いて、二流でも稼げる方法論を確立しろと。 まあ、そういう本。 この本は、紙媒体の本としては長倉さんのデビュー作なんだそうで、その分、すごく熱意と勢いは感じるけれど、自己啓発本の研究者の視点からすると、あまり手応えを感じないかな。 つまりね、自己啓発本と言っても、長倉さんが考えている自己啓発本ってのは、主として日本のビジネス書なんですよね。本場アメリカの自己啓発本ではないし、本場の自己啓発本の何たるかを詳しく知っているわけではない。だから、単に限られた見地から得たイメージでわーーっとしゃべっているっていう感じ。 たとえばレジ―さんが書いた『ファスト教養』は、自己啓発本批判として、ちゃんと批判になっていたけど、この本にはそういう理論的な堅実さはないな。 ところで、長倉さんは、今では『移動する人はうまくいく』とか『本を読む人はうまくいく』などのベストセラーを書いていて、自分自身が自己啓発本ライターになっちゃった。それは正直、羨ましい。 私も、そろそろ、そっち方面に行こうかな、などと言ってみたりして。 とにかく、自己啓発本研究者として、批判本は一応チェックするんですけど、ことこの本に関しては、私が云々するような相手ではないなと。それが分かったことが、唯一の収穫かな。これこれ! ↓なぜ、自己啓発本を読んでも成功しないのか? 99%の凡人のための生存戦略 (光文社知恵の森文庫) [ 長倉顕太 ]
March 9, 2026
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今日は所属大学の「古本カフェ同好会」の年次総会が行なわれました。 といっても、古本好きの教員4名が春休みのこの時期、名古屋近辺の古本屋に集い、本を物色した後、近くのカフェでお喋りを楽しむという、ただそれだけのことなんですけどね。 で、今日は瑞穂区にあるH書房というお店で集まったというわけ。 ところで、このところ絶賛断捨離中のワタクシ、大量に処分すべき本があるので、どうせ古本屋に行くなら、このお店に買い取ってもらおうとたくらみまして。 で、段ボール箱で3箱分の古本を持ち込んだんです。 で、段ボール3箱だから、せめて3,000円以上で引き取ってもらいたいなと思っていたんですが・・・なんと、引き取り価格は6,000円超! いやあ、ありがたい! その点では嬉しい誤算だったんですが、あまりうれしくない誤算もありまして。というのは、H書房では基本、新書と文庫本は買い取らないと。しかも、単行本でもあまり売れない本は取ってくれない。だから、実際に売れたのはほんの少しで、段ボール2.5箱分の本は戻って来ちゃった。もっとも、古本カフェ同好会の会員が、この中から10冊くらいは持って行ってくれたんですけどね。 しゃあない。残りはブックオフで売ろう。 さて、H書房を出た後、近くにあるカフェ・リベルタという喫茶店にしけこんで、しばしお喋りを。 古本カフェ同好会は、全員、英語系の教員(アメリカ文学2人、イギリス文学1人、言語学1人)ですが、私と残りの3人では所属が違う。だから、私としては、この3人と会うとなると、彼らが所属している科の情報をもらうことができる貴重なチャンスでもあるわけ。 とはいえ、今、大学の教員の間で出る話題ってどこも同じで、学生がAIを使って書いたレポートやら卒論をどう評価するか、とか、所属学会のレベルの低下が止まらないとか、そんな話が多かったかなあ。 あと、向こうの科の文学専攻の1年生で、将来は大学院に進み、ゆくゆくは大学の先生になりたいというヤツが入る、なんて話が出てましたけど、3人の先生方、それぞれに「親はどう言っているの?」「就職キビシイよ」「とりわけ文学はダメだよ」とか、彼の希望を打ち砕くようなアドバイスをしているのだとか。 まあ、ひどい話ですが、そうなってしまうのも分からぬでもない。現状、厳しいもんね。 あと、学生の質が落ちているという話も出たけど、それによると向こうの科では新聞ネタになるような事件を起こしたヤツもいるらしい。世も末だね。 とまあ、話題は百出でしたけど、こうやって春休みに教員が大学を離れて雑談をする、というのも、いいものでありまして、私が言い出しっぺではありますが、今後も続けていきたいものでございます。少なくとも、私の目の黒いうちは、続けるだろうな。
March 8, 2026
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今日は一日、外にも出ずに原稿書き。 ・・・ではあったのですが、その傍ら、和田誠さんの書いた『銀座界隈ドキドキの日々』という本を読み切ってしまいました。これこれ! ↓銀座界隈ドキドキの日々 (文春文庫) [ 和田 誠 ] これがね、まあ、面白いのなんのって。とんでもなく面白いよ! 和田誠さんが大学を出て、銀座にあった「ライト・パブリシティ」というデザイン・広告会社に勤め出してからの10年ほどの間の仕事のことや交友関係について振り返った本なんですけど、まだ「イラストーレーション」という言葉も普及していなければ、「イラストレーター」という職業も定まっていなかった時代、その新業種を定着させるために奮闘した初期のイラストレーターたちの活躍、そしてその仕事の過程で関わることになる写真・絵画・音楽・映画、その他もろもろの業界の人たちの話が面白くて、面白くて、まさに「巻置く能わざる」という感じで読んじゃった。 それにしても、和田さんが関わった知人・友人たちのものすごいメンツたるや・・・。そして、その後、大家となられたその人たちの若き日の肖像の面白さたるや・・・。 そんな連中に囲まれた10年間って、どれほどエキサイティングだったか。まあ、和田さん自身がものすごく才能豊かな人だったからこそ、そういう環境に身を置けたのだろうけれども、いやはや、日本の1960年代って、本当に、とてつもなく面白い時代だったんですな。 いや、この本、日本人全員、読んだ方がいいよ。講談社エッセイ賞をとったのもむべなるかな、という感じだけど、文庫本に関していうと、1997年に第1刷、2009年に第3刷となっているばかり。たった3刷? この本の真価から言えば、100刷くらい行っていていいはずだよ。 とにかく、この本は誰もが読むべき本です。教授の熱烈おすすめ! いやはや、面白かった!!すぐに買って読むべし! ↓【送料無料】銀座界隈ドキドキの日々/和田誠
March 7, 2026
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定年が近づくにつれ、もし今の職業に就いていなかったら、どうなっていたかな?なんてことが頭をよぎることが多くなりました。 まあね、今の職業、すなわち大学教授ってのも悪くはなかった。だけど、学生の時から「自分は当然、そうなるはずだ」と何の疑いもなく思って、そのままそうなっちゃった、というのが、どうなのかなと。 もう少し、別な選択肢を考えても良かったのではないかと。 たとえば、もし会社員になっていたら、どうなっていたかなと。 だけど、私が大学を卒業する頃はバブル真っ只中だったので、就職は売り手市場、○○物産だろうが、○○商事だろうが、望めばどこでも行けるような感じでした。 で、そういう環境下で「会社員になる」となったら、若造時代のワタクシだったら、有名な大会社を目指しちゃったんじゃないかと思うのよね・・・。 だけど、今ならそういう選択はしないな。 たとえば、ハインツに入るとか。あの、ケチャップ・メーカーの。 昔の自分だったら、「はあ? ケチャップ? なんで俺がケチャップ会社に入らにゃならんの?」とか思ったことでしょう。だけど、意外と面白いんじゃない? そういう外国のメーカーの日本支社に勤めるのも。外国にある本社とかにも行けそうだし。その中で頭角を現わして、日本支社のトップとかまで上り詰めたら、結構、いいお給料もらえそうだし。 別にハインツじゃなくてもいい。たとえばロレックスとかオメガみたいな外国の時計メーカーの日本支社とか。とにかく、絶対につぶれないような、安定した外国メーカーだったらどこでもいい。 そういう人生もあったのかなあ、なんて。 でも、そういう選択をするには、人生一回経験して、もう一回生まれ直して、二周目くらいにならないと、それを可能にする知恵がつかないような気がする。 かといって、三周目だと飽きそうだしな。やっぱり、人生は二周目に限るんじゃないか? まあ、そんなアホみたいなことを漠然と考えていた、今日のワタクシなのであります。
March 6, 2026
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まあ、相変わらずジャンジャン本を処分しておりますよ。附属図書館に返せる本は返し、古本屋に売る本は売り、という具合。 それにしても、なんかねえ、虚しくなるねえ、本を手放すというのは。だって、本が手元にあるということは、過去においてその本を探して、楽しんで、買って、楽しんで、読んで、楽しんで、書棚に飾って、楽しんで・・・という一連のプロセスがあったわけじゃん? そのためにそれなりのお金も時間もつぎ込んだわけだし。だけど今、それを手放すとなったら、二束三文なんだもんね。これだけの本を読んだ俺の人生は何だったんだろうっていう感じよ。 まあ、それが人生か。 ところで、今日はその他に、毎年この時期にやる、年度終わりの恒例行事を執り行っておりました。 それは何かと申しますと、「メモ帳づくり」。 こういう仕事をしていると、大量にコピーをすることがあるのですが、そのコピーの中で、裏が白い奴を一年間にわたって溜めておきましてね。それで年度終わりのこの時期、その裏白のコピー用紙を半分に切って、冊子状にまとめて、上のところに木工用ボンドを塗って乾かすの。そうすると、結構役に立つメモ帳が何冊もできる。 このお手製のメモ帳を次の年度にメモ帳として使うんだけど、それがうまい具合に、丁度一年で使い切るぐらいなのよ。そうやって、私なりに不要コピー紙の再活用をしているわけ。 で、今日も分厚いお手製メモ帳が4冊くらいできました。 この作業をすると、ほんとに年度が終わったなあ、という感じがする。事実、この後の行事って、後期二次試験と卒業式くらいなもんだもんね。 というわけで、今日は色々と、何かの終わりを感じさせるような作業を黙々とこなしていたワタクシなのであります。
March 5, 2026
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アランの『幸福論』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 この本、世界三大幸福論って呼ばれているの、ご存じ? じゃあ、残りの二つは何かというと、ヒルティの『幸福論』とラッセルの『幸福論』。で、ワタクシ、自慢じゃないけど、三つとも読んだことがなかったので、この際、全部読んでおこうかなと一念発起。まあ、幸福論というのは自己啓発思想と無縁じゃないからね。無縁じゃないどころか、王道だから。 で、手始めにアランの『幸福論』を読んでみたんだけど・・・まあ、これが読みにくい、読みにくい。何度読んでいるうちに寝落ちしたことか。 ワタクシはフランス映画が全般に苦手なんですけど、それにちょっと通じるところがあるというか、シンプルなことを言っているんだろうけれども、変に持ち回ったような、ひねくれた言い方をするもんで、文意がなかなかストレートに頭の中に入ってこない。 だけど、よくよく読んでみると、別に難しいことを言っているわけじゃないんだよね。 結局ね、アランという人は、すごくシンプルなプラグマティストなのよ。 本書は93個のプロポ(断章)から成り立っているんだけど、その冒頭にこんな話がある。赤ん坊が泣いていると。で、大人は何でこの子は泣いているんだろうと、色々推測する。腹が減っているのかな? おむつが濡れているのかな? とか。だけど、賢い実際家はそんな赤ん坊の精神状態なんか気にしないで、ガサゴソと赤ん坊の着ているおべべを探り、安全ピンが外れてピンが赤ん坊の肌を刺していることを見つけると。 つまり、人間の不機嫌ってのは、物理的に対処できる。そして不機嫌じゃない状態こそが、人間の幸福だと。 人間っていうのは、ともすると不機嫌に陥りやすい。だから、その自然な精神的傾向に物理的に対処しろと。たとえば不機嫌になりそうになったらあくびをしろとか。あるいは無理やりにでも口角を上げ、意識的に上機嫌になり、周囲の人に笑顔を振りまいてみる。そうすると、その笑顔と上機嫌な態度が周囲の人たちにも自然に広がって、彼らの上機嫌と笑顔があなたにはね返ってくる。 ほーら、あなたの不機嫌もどっかに行ったでしょ? これが幸福よ。 まあ、シンプルな話。そして、フランス人らしいプラグマティスム。 で、万事がこの調子で、人が悲しいと思うのは、過去の辛かった記憶に捉われていたり、不安な将来に慄いているからだから、過去とか未来のことは考えないで、今のことを考えろとか。これは、古い話で言えばストア派の考え方、今風に言えば、マインドフルネスの考え方だよね。もちろん、アランの時代にマインドフルネスなんて言葉はないから、アランはストア派の考え方に賛同していて、この本でも何度か言及されている。 また、今のことに集中するというのは、今、行動する、ということであって、行動こそが幸福の原点だ!というのも、アランの特徴的な考え方。 ただ行動すると言っても、重要なのは、その行動が自発的なものかどうか、ということ。たとえば宝くじが当たったとか、なんか知らないけど何もしてないのにオリンピックの金メダルをもらったとか、そういう他力による偶然の幸運によって人は幸福にはならない。自発的な努力を続けることで得られる成果、それこそが人間の幸福なんだから、他人のことを羨んだり、他人と比べたりせず、とにかく自分にとってやりがいのある仕事に就いて一生懸命働け、とか。 だから、人間が幸福になることなんて、簡単なのね。放っておくと人間って不幸になるから、意識的に幸福になる方向性の行動をしろと。その意味で、本書を象徴する言葉というのは、最後のプロポの冒頭にある「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」なのね。幸福になるかどうかは、そういう意志を堅く保つかどうか、つまりあなた次第なんだよと。 この「幸福になるかどうかは、あなた自身の選択だ」というのは、アメリカの自己啓発思想の結論と同じだから、アランの幸福論もまた、自己啓発思想だということになります。 そりゃそうよ、自己啓発思想というのは、普遍的な真理だからね。 っつーことで、何度も寝落ちし、何度も挫けそうになりながら、この本を読了したことで、今からちょうど100年前のフランスにも、自己啓発思想があったのだ、ということを確認できたのだから、私にとっては大きな収穫となったのでした。 退屈だけど、いい本よ。・・・って、褒めたことになるのかどうか。いや、褒めているのよ。これこれ! ↓幸福論(アラン) (岩波文庫 青656-2) [ アラン ]
March 4, 2026
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ジャズ史の授業やってて、その実習として、ジャズ喫茶に行き、大音量でジャズを聴いて来るというのを一つの課題にしているんですけど、学生が提出したレポートを読んでいると、一つ、面白いことがありまして。 今時の若い連中は、音楽をスマホで聴くわけ。だからCDというものに慣れてない。 そうなるとね、もう、LPレコードとかになると、過去の遺物なわけよ。 だから、老舗のジャズ喫茶でLPレコードをかけているのを見ると、「ああ、これが蓄音機というものか!」と思うらしいんだなあ。 だからレポートにも「生まれて初めて蓄音機が鳴るのを聴きました!」とか、嬉々として書いて来る。 蓄音機・・・。 いや、あれは普通のレコード・プレーヤーだと思うのだが・・・。 私なんかの感覚だと、蓄音機ってのは、ビクターの犬が耳を傾けている、アレだだと思うのよね。ラッパ型のホーンのついている奴。 それを言ったら、私だって本物の蓄音機なんて、聴いたことねーよ! 無知は時代を超えるのね。 っつーことで、学生たちの誤解を解いた方がいいのか、どうなのか、考えあぐねているワタクシなのであります。
March 3, 2026
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家のフルリノベーション、そして3年後に迫った定年を機に、ただいま絶賛断捨離中。 そして今、私が夢中になっている・・・というのも変な話ですが・・・のは、本の整理よ。整理っていうか、要するに処分なんだけど。 で、二正面作戦で、大学の公費で買った本は、どんどん図書館に返す。その一方、私物としての本も研究室に大量にあるので、これは古本屋さんに売り払うと。 たまたま、近々、古本に興味のある大学の同僚同士、誘い合わせて某古本屋に行く予定があるので、どうせならそこで段ボール何箱分かの本を売っちまおうかなと。それで、今日は大学に行く用事があったので、その用が済んだ後、ひたすら図書館に返す本と古本屋に売る本の選定をしていました。 そういえば、昔々のその昔、恩師が定年を迎えた頃、私たち弟子が数名、先生のお宅にお邪魔して、先生の蔵書の処分の手伝いをしたことがあったのですが、あれは私が大学院の頃だから今から40年近く前のこと。 あの日から40年くらいたって、ついに私があの時の先生と同じことをしているんだなあ・・・。まあ、先生にはお手伝いをする弟子が何人もいたわけですが、私はたった一人の寂しい作業・・・。でも、やっていることは同じだからね。 ほんとに、40年なんてのは、あっという間だなあ。恩師は68歳で亡くなられたけれど、私ももう数年もすればそんな年齢になるわけだし。 まあ、大量の本を「残す」「処分する」の二種に分けながら、そんなことをぼんやり考えていた今日のワタクシなのであります。
March 2, 2026
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いやはや。またまたやってくれましたな、トランプ大統領。これでまたアメリカと中東国の間の紛争が起きることは必至。ハメネイ師に問題があるのはイランの大規模デモからもわかるけど、イラン人が独自に現政権を倒すのと、他国であるアメリカがそれをやるのでは意味が違う。いずれまた911のような報復テロが起こって無辜のアメリカの人々の命が失われ、それに応じて更なるイランへの攻撃が起こるかもしれないと思うと、気が気じゃないね。日本人はあまり気付いていないけど、イランってすごい親日国だからね。 私の好きなアメリカは、一体、どこへ行ってしまったんだろう。なんか、今、「アメリカ文学を研究してます」とか言うのが、恥ずかしいような気分になってきたわ。 さてさて、今村翔吾さんの『作家で食っていく方法』という本を読了しましたので、ちょいと心覚えをつけておきましょう。 いや、実はこの本、自己啓発本として読めないかなと思って買ったんだけど、読んでみたら、その目的ではちょっと無理だったかな。 で、ならば、作家になるための方法論として読んだらどうかというと・・・うーん、それもどうかな。 だって、この本の中で今村さんが言っていることは、要するに、「作家で食っていくためには、継続的に年3冊の小説を書け」だからね。 まあ、もちろん間違ったことを言っているわけではないけど、この本の多くの読者は、最初の小説すら書いていない人たちだと思うんだよね。そういう人たちに向かって「年3冊書け」というのは、あまり意味がないと思う。逆に、既に年3冊の小説を書いている人たち、あるいは「そうか! 年3冊書けばいいのか! おっけー!」と思う人は、そもそもこの本を読む必要がない。となると・・・この本の存在意義は? ということになる。 これを作家じゃなくて学者に置き換えて、「学者として食っていくつもりなら、年に最低3本は、国際的な学会誌に論文を掲載すればいい」と言っていることになる。それができるくらいなら苦労しないよ・・・。 だからこの本は、これから作家になろうという人向けではないな。 それでも強いてそういう面から読んでみて、ちょっと面白かったのは39頁からの一節。ここで今村さんは、小説のアイディアの出し方のコツについて云々しているんだけど、それによると漫画でも映画でも小説でも何でもいいから、それらを構成している要素を1作品につき10個取り出せと。 たとえば『SPY×FAMILY』なら「スパイもの」「家族の物語」「コメディ」「東ドイツを思わせる舞台設定」「能力もの」・・・と言った具合。で、そういうのを20作品について行うと、手元に200個の要素がたまる。いわゆる「物語素」ですな。 そうしたらその物語素をシャッフルして、その中から8個を取り出し、それらを組み合わせて新たな小説のアイディアができないかを検討する。難しかったら、また別の8個を取り出して、同じことを繰り返すと。 これは、小説の書き方、小説のアイディアの出し方として、具体的だし面白いかもね。もっとも、このやり方は、既に色々な「小説の書き方本」の中で言われていることかもしれないけれども。 あと、こうしたアイディアの出し方にも通じるんだけど、今村さんが本書で繰り返し言っておられるのは、小説を書きたいなら、そのベースとして、万巻の書を読んでないとダメよ、というアドバイス。これは、たしかにそうでしょうな。 ま、ワタクシがこの本から学んだことはこのくらいかな。読みやすい本だし、面白くはあるけれど、これを読んだからと言って、年に3冊の小説を書けるだけの力量がつくかといったら、大いに疑問。そんな本でした。これこれ! ↓作家で食っていく方法 (SB新書) [ 今村翔吾 ] ちなみに、私が買ったこの本は、著者直筆サイン入り。本書の中には、サイン本を大量生産するためのノウハウについても書いてあるけど、なるほど、そういうことなのね。
March 1, 2026
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