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早いものでハワイから戻ってきて、約2週間が過ぎました。もう、ハワイでの日々が遠い昔のことのように感じます。ハワイから戻った後、忙しすぎて(仕事も遊びも)落ち着かない感じがあったのですがようやく、ここ数日で自分のセンターに戻ってきた感じです。今、自分がどんなところにいるのか?そして、これから何が必要なのか?あらためて観えてきたような気がします。ということで、いろいろ話したいことはあるのですがまずハワイから戻ってから4、5日間は何となく自分の中で今一つ気持ちが乗らない感じがありました。いつもなら、仕事の前に朝起きると「よ~し、今日もやったるで~」みたいなちょっとしたわくわく感を感じるのですがそれがなく、何かが胸に引っ掛かっている感じ。とはいえ、クライアントさんが来られて、セッションが始めるとエネリギーが湧いてきて、が~と集中したり友人とお酒飲むのも楽しいし、クローゼットの片付けを集中的にやってみたりなどはやる気があるのですがとにかく、これからのことに対する決断と選択ができないのです。決めるべきことを決められないので、メールのお返事も溜まりまくり。いつもはすぐに返事をする私からの返事がないのでロンから『のりこ、何かあった?」とメールがあったほどでした。この一つの要因としては、私の身体から上がってきたのはハワイから戻ってきた翌日に起こった熊本での地震による集合無意識にアクセスしていたことがわかりました。こういった地震や災害によって、人の悲しみや恐れ、不安、虚しさといったものが集合無意識として強くなるわけですがその集合無意識にアクセスするのは実際に被害を受けたかどうか、地震を体験しているかどうかなどには全く関係がないのです。少し前にも、熊本の地震が起こったことで不安感が出てきたというクライアントさんが来られたのですがその方の身体に聞いてゆくと、災害や被害にあった前世とのつながりとともに集合無意識とのつながりが出てきました。とはいえ、311の時にそれは充分に体験していたしまた私が今回もアクセスしているとは全く思っておらず。私の実家の福岡でも震度4ぐらいの地震があったそうなのですが私は「うちは大丈夫だな」と感じたので地震の後もしばらく電話もしなかったぐらいでした。何人かの人たちに、実家の状況を聞かれたこともあって10日以上経ってから、ようやく電話したのですがやはり全く大丈夫で母の実家は熊本なので、親戚が熊本にいるのですが熊本在住の叔父や叔母たちも水が止まったり、ガラスが割れたりしているものの大きな被害はなく無事でした。と、これはどうでもいいことなんですが、地震のことで、電話したら私の母が「わざわざ電話してくれたの?やさしいのね〜」と言ったので、え?そうなの?と。いや、普通、実家の近くで地震があったら心配して電話するものだろ〜と思うのだけど。。(しかも10日以上経ってるし、、)地震や災害に対する恐れや不安がないのも遺伝かしら?今も福岡でも時々、揺れているそうで母の周りでは夜、眠れない人たちもいるそうですが母は、子供の頃から地震には慣れていることもあっていつもぐっすりと眠っているとのことでした。(このあたりまさに遺伝だね、とおさむに言われたのだけど)そんな私が、今回、なぜ集合無意識につながったかというと熊本の地震のニュースを聞いた時に一番最初に思い浮かんだのは1ヶ月前に南阿蘇に引っ越しした友人のことでした。彼女は私にとっては、ソウルファミリーであっていつも愛に溢れたエネルギーを送ってくれる、大切な友人。彼女自身は無事でしたが、彼女の家は半壊してしまいしばらく避難生活だったので、いろいろと気になり実際の被害の様子を知りたくて熊本地震に関する報道写真をあれこれとネットで見ていました。崩壊した家の前で呆然と立ち尽くすおばあちゃんとかわんわんと泣きながら電話している高校生とかの写真を見ているとそこにあった、人々の無念さとか、不安とか、悲しみのエネルギーが強烈に伝わってきました。あらためてこういった写真や映像のエネルギーを伝える力は、すごいなあと。そして、その友人との魂レベルでの深いつながり感がさらにそこにアクセスすることになっていました。私の場合、集合無意識にアクセスしていてももともと、将来や災害などに対する不安や恐れはないのでただ何となく気分が乗らない、という程度でしたがもともと将来に対する不安があったり人に同情したり、人をケアする気持ちが強くて人のエネルギーと共鳴しやすい方たちはこういったことが起こると、それぞれの中の不安や恐れや悲しみや怒りが増幅されてしまうだろうなあと。遥かニューヨークに暮らしている人でさえ、そういうこともあるのですから日本でいつも地震のニュースや映像を聞いている人たちの中には人と共鳴しやすい人たちも多いだろうしましてや、実際に地震の被害にあった方たちや今も続いている余震の中で暮らしている方たちの不安や恐れや悲しみはどれだけ大きいことでしょう。だからこそ、外にいる人たちの今の意識やエネルギーが大切だなあと。いろんなところで、私たちができることをやっていきましょうと言われていますが、もちろん、私たちができることは物資やお金の援助をすることだけではなく愛を送ること、祈ること、いろんなレベルでありますが何よりも大切なのは、遠くにいる私たち一人一人が今、この瞬間に人生を楽しんでいるということ。それが全体的な集合無意識に影響を与えてゆくのだと感じるのです。ということで、そこへのアクセスを解除した後は私が今、やるべきことをやれるようになったわけですが今回、決断と選択ということに関してあらためていろんな気づきがありました。誰にとっても、人生は決断と選択の連続。細かいところで言えば、今から、Aに行くかそれともBにするか、彼女と明日会うどうか、これを買うとか買わないとか私たちは毎日、数限りなく、選択を繰り返しています。そのほんのちょっとの選択の違いが、人生を大きく変えた、ということなんて山ほどあり、あの時、たまたま~に行って、偶然、あの人にあったから今、私はこの仕事をしているなどと、いうことは数限りなくあるわけですよね。そして、特にこういった災害にあったら自分はどういった決断をするのか?と誰もが一度は考えたことがあるでしょう。でも、不安や恐れ、心配がベースにあると様々なことを選択していくのは難しくなるのです。だから、外部の人たちが「疎開すればいいのに」などと思ったとしても実際に被害にあっている状況だったりショックや悲しみや不安がまだ残っている状態では自分や家族にとって、これからどうすればいいのかを選択する力は弱くなってしまうのは当然のこと。選択の力、決断力というのはチャクラで言えば第6チャクラ(直感)とハートチャクラ(自分の感覚を受け取る力)なのですが恐れ、不安ベースの時は、ハートが閉じてしまうのですぐに決められなくなるのです。今回、私自身で、集合無意識にちょっとアクセスしていただけで選択や決断力が弱まることを実感してそのことをあらためて感じたわけですがさらに、どんな決断や選択でも、他の人が多く関わってくればくるほど難しくなるということを実感しています。というのも、ここ最近、私は来年の私とおさむで開くハワイでのリトリートや次回のフィボナッチ&アーキュトニックのクラスについてできるだけ早く決める必要性に迫られているからなんですが。ロンは『のりこが船長だから、すべてのりこの意向に従うよ」と言ってくれてその気持ちはとても有り難かったのですがこれが自分だけのためのことだったら、さくさく決められるのだけどいろんな人たちのためのものである以上すぐに決断できない様々な要因が出てくるわけですね。私の持っている限られた日程の中で、すべてをどうオーガナイズすればいいのかどこで開くのか、どういうカリキュラムで、日程は何日にするのかいくつかの選択の可能性が出てきます。で、そういう時は、焦って決めるのではなく、いくつかの選択肢の中からある程度の布石を打ってみてそれが、どう流れてゆくのか状況を待ったりまたは何らかの明確なサインが来るのを待って最終的に決めるという選択のやり方を私はよくやります。すると、不思議と自然とある道に導かれてゆくことが多いのです。先日メールをくださった方から「きっとのりこさんのお心が動いたタイミングが私たち受講生にとってもベストな気がします」とあって、とてもうれしかったです。この場を借りて、ありがとうございます♪どんなことであれ、例え、私が選択していたとしても本当は「私」の選択ではない、と言えるのだなあと。話はかわりますがたまたま、先日、おさむと「魔法少女まどか」なるアニメを見たのですがこの幼稚とも言えるキャラクターとは裏腹に、かなり難解なストーリーでその中で、決断と選択に関することがありなかなか興味深かったです。簡単にストーリーを説明するとまどかは、ごく普通の一見、何の取り柄もない高校生(中学生?)で家族や友達との時間を楽しみ、幸せに暮らしていたのですがある時、魔法少女として生きるかどうか?の選択を迫られます。その内容は端折りますが、いろいろあって、最終的には、この次元では彼女自身は魔法少女への道を選択しなかったのですが別の次元、パラレルユニバースでは彼女はその道を選択しておりそして、またある次元では、魔法少女にはならないけど魔法少女たちや世界を救うための神の化身のような存在となるという道を選択するわけです。その神の化身のような存在になるためには、両親や友達とも別れ両親や友達の記憶にも彼女の存在自体が残らない、という状態になるわけですがその中で彼女が「私は両親や友達の側にいたかった。でも神の化身への道を選択したことに後悔はなく、これでよかった」というようなことを言うわけですね。ある「私」は両親や友達と一緒にいたいでもまた別の「私」は神の化身となり世界を救いたい。なるほどな〜と。どちらも「私」であり、そのどちらの道も喜びである以上は例え、どちらを選んだとしても、後悔はないのですがどちらを選んでも、もう一つの道への憧れは残るのかもしれないなあと。自分のための選択をするのは自分軸で生きるという意味で大切なことなんですが一方で、果たしてそれがどのレベルの「私」なのか、によって選択は変わってくるわけですね。もちろん自己犠牲の選択はあらゆる次元での歪みをもたらしてしまうのでそれが喜びベースである必要は確かなことなんですが。この様々なレベルでの「私」のバランスを取りつつどう選択をしていくか?が、去年からのテーマであることは漠然と感じていたのですがここ最近、さらにそれを強く感じているわけです。言葉にすると、ワンネスの喜びを体現していく「私」としての選択と分離した個人としての喜びを体現してゆく「私」としての選択ということになるのかなあ。もっとも「私」という言葉自体が、全体からの分離を表しているので本来はこの表現はおかしいのですがどこからどこまでが「私」もしくは「私という意識」だと言えるのか?はとても曖昧なものだなあと感じます。そして、女性の場合は「女としての私」というある意味、別の次元とも言える「私」があるのでさらにバランスを取るのが難しくなって、おもしろいのかも(「女としての私」としては「船長」と言われると、ちょっと微妙なんだけど。。)ということで、私の今の感覚を上手く伝えることをできたかどうかわからないのですがとりあえず、今日はここまでで〜〜♪
2016年04月28日
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約2ヶ月半のハワイ滞在を終え、私とおさむは先日、ニューヨークに戻ってきました。本当に濃い2ヶ月半だったなあ。最初は3グループ、計21人の参加者と過ごしたヒロでの3週間のリトリート、サポートとして参加してくれたゆうきちゃん、はるまくんとみんながんばったな〜。大変だったけど、すごく楽しかった。そして、リトリートに参加してくださった方々が最初に来られた時とは違うエネルギー、違う顔になって笑顔でお別れする時、本当にこれをやってよかったとすべてのことに感謝しました。去年、私とおさむをオアフ島に招いてくれた朱実さんとの出会いがあってはるまくん、ゆうきちゃんとそこで出会いそして、朱実さんからけいこさんを通じて、ニックさんと出会い今回はニックさんのところで、たくさんお世話になってそこから、ニックさんのところに集まっている素敵な方たちと出会いつながって。素敵な出会いは、どんどんつながってまた会いたい人たちが、どんどん増えてゆくのだなあと。いつだって、私にとって、クライアントさんとのセッションは深いレベルでのつながり、一緒に旅をしてたくさんの気づきと叡智を頂いているギフトですがハワイで行なったリトリートは、セッション以外の時間の交流もあってそれぞれの別の面を見ることができるのでさらにつながりが深まってゆく感じがするのです。リトリート、来年もきっとハワイで開きます!そして、プナのカラニでのロンをエリンを招いての1週間のフィボナッチのクラス。リトリートの疲れが取れないまま、スタートして私とおさむは、すぐにロンとエリンのフィボナッチを受けたことが大デトックス大会の始まり。私にとっては過去最大級のデトックスで、体力的には、むちゃ苦しかったな〜。咳が止まらず、私は何度もクラスルームにいられなくなり、ごほごほと外に出ては、しばらくして咳が止まるとクラスルームに戻るのですがまるで高校生の時に、遅れて、そっとクラスに参加する生徒のような気持ちになりました(主催者なんだけど)そして夜には、自己ヒーリングでiHをして、出てきた過去世やつながってしまったエネルギーコードを手放しそうすると、咳はぴたっと止まるのですが翌日のクラスの間には、再びデトックスが始まるのでまた夜には自己ヒーリングでそれを昇華してゆく、、というのを繰り返して、たった1週間の間に、たくさんの人生を走馬灯のように一気に駆け抜けた感がありました。たまたま今日、頂いたクライアントさんからのメールに去年、私のフィボナッチのセッションを受けた後大デトックスがあったことが書かれてあったのですが「この一連のデトックスがなければ、この幸せな感覚は得られなかったのだろうなあ、と思います」「過去生もそうですが、なんというかこれは私個人のこと、っていうよりもっと全体的なことっていう感覚が漠然とあり、そういう意味でのりこさんのブログの内容もすごくよくわかる、っていうか、体に入ってきます」と書かれてあってあ〜私が伝えたかったことが、伝わる人には伝わっているということが、すごくうれしかったです。まさに、フィボナッチの真髄は個人のレベルではない、というか。このあたり、言葉で説明はとても難しくなってしまうのだけど。例えば、ヒーリングを通じて、一人の人がその魂の道に戻ってゆく、というのはけして、一人の人のことだけに終わらないわけでそれに関わるたくさんの人のあり方を変容させていくのだけどフィボナッチは、さらにそれを別のレベルで加速させてゆくのだと感じるのです。そして、フィボナッチのクラスでの魂レベルの出会いと感動は私の運命を変えてしまったというか。いえ、すでにそういう運命だったとも言えるのだけど。参加してくれた30人の仲間たち。そしてロンとエリン、そして通訳のなつこさん、翻訳のえりこさんとのつながり。「これは最強のチームなのです」というロンの最初の言葉通り出会うべくして出会っているのだなあと。そして、フィボナッチのクラスの後はロンとエリン、なつこさんとの貴重な数日。これも濃い時間だったな〜。そして、おさむと2人でのバケーションがスタートした途端私の蕁麻疹が始まり、ひたすらその要因を探り、ヒーリングをする毎日。今は完全に治っていますがこの間、2週間ぐらいは、エンパス系蕁麻疹?でそれがさらに様々な気づきとなり、変容を加速してくれました。上手く言葉には表せないんだけど本当に人間って、すごいレベルで存在しているのだということが揺るぎない感覚で実感できたことはやはりフィボナッチのくれたギフトかなあと。それから、カウアイ島での和美ちゃんとの再会と20周年の記念の撮影会。素敵な写真とともに、とても楽しい思い出。今日、セッションにお来しになった方から「あの写真、全然、普段ののりこさんと違いますね〜」と言われました。ふふ、女は、化ける生き物ですからねって、女らしい私もあるんじゃ〜いそして、ハワイ島に戻ってのメリモナークでの感動。プナでの久々の音楽制作、バースデー、おさむとのラブの時間♪どの瞬間を切り取っても、愛おしい時間でした。ニューヨークに戻ってから何人もの方に「ハワイのブログ、楽しんで読んでいましたよ〜」と言ってもらえて、とてもうれしかったです。私の感じた様々なものを、一緒に共有してもらったようなずっと見守ってもらったような気持ちになりました。あれこれと、あまりまとまりのない文を読んでくださって本当にありがとうございますこれでハワイ日記も終わりだな〜。夏休みの宿題を、夏休みが終わってから行なうタイプのおさむは今、まだ彼のブログでハワイ日記を綴っていますので、覗いてみてくださいませ〜。(ちなみに、私は夏休みの宿題が大好きで、夏休みが始まった途端に待ちきれずに、ほとんど終えてしまっていたタイプです) photo by Kazumi Sakuraiさて、昨日から通常のIHのセッションがスタートして昨日、今日で5人の方にセッション行ったのですがそのうちフィボナッチが出てきたのは3人で(そのうち一人は5歳のお子さん)その中のお一人で、3ヶ月前の私のセッションで初めてフィボナッチを受けられた方がいらっしゃったのですがその後、第6チャクラが一気にアクティベートしていて意識レベルでも、大きく変化していてびっくりしました。私がフィボナッチのクラスをロンから受けたのは2011年ですが今回、フィボナッチのクラスを再受講したことで前には気づかなかったレベルでの気づきがありさらに深いレベルでワークしていくことができそうです。IHキネシオロジーは、ヒーリング界の万能選手というか例えば、風邪を引いた時にウイルスのデトックスや気管支の調整をしたり記憶力を高めたり、お金に対するブロックを外したり遺伝的な性質を変えたり、アレルギーの調整をしたりコミュニケーション力や女性性を高めたり時には霊や前世とのエネルギーコードを解除したりとそれぞれが持っている可能性を高めるためにありとあらゆる調整が可能なのですがフィボナッチは、そういった個々のケースに対応するというより一気に(時には有無を言わせず)その人を魂の道に戻してゆく、いや、魂の道なんて言葉ではとても言い表せないんですが次元を越えたレベルでワークしてゆくというか(もちろん、フィボナッチもDNAや脳など様々なケースに対応するのですが)セッション後、どう変化していくのか予測がつかないところがまたおもしろいわけです。そして、今回は参加されなかったけれどフィボナッチのクラスを受けることを魂レベルで待ち望んでいるヒーラーやセラピストたちがまだ他にもいるのを、先日のクラスが終わってからひしひしと感じています。ロンとあれから何度かやり取りをして来年のハワイでのクラスについて話しているのですがレベル2と3は、来年早々ハワイで行なうことになりそうですがもしかすると、その前に今年の10月にニューヨークでもう一度、アーキュトニックのレベル1とフィボナッチのクラスを開くことになるかもしれません。ということで、まだアイデア段階なので、確定ではないのですがもし、フィボナッチのクラス、ニューヨークで開くことになったら受けてみたいという方が、どのぐらいいらっしゃるのか知りたいのでぜひメールくださいね。もし確定したら、ご案内を差し上げます。(これはお申し込みではありません)norico1@earthlink.netちなみに、これは、ヒーラー、セラピスト向けのクラスですがクラスを受けるのにキネシオロジーやIHを学んでいる必要ありません。まだ、なつこさんの了承は取ってないけど、日本語通訳、日本語テキストつきです。(あ〜なつこさん、後でメールします。。。)またニューヨークでのクラスは、リトリート形式ではないので遠方からの滞在の方は各自でホテルなどを取ってもらうことになります。あ〜時間が過ぎるのが早すぎる。。もう今年もあっという間に終わりそう〜
2016年04月16日
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さて、森の中の一軒家を出て、ニックさんの家に移り最後の2日間をそこで過ごした私たちですがそこで、もう一つ、私にとって、このハワイで必要な経験が待っていました。実は、その数日前、私はある人(ここではAさん)から頼まれてAさんのご友人のセッションをこのハワイ最後の日に行なうことを引き受けていました。今回のハワイでは、何人かの方からセッションをやって欲しいとお願いされたのですが、前から決まっていた2人の友人へのセッション以外はすべてお断りしていました。せっかく申し込んでくださったし、やりたい気持ちも山々だったのですがフィボナッチのクラスの後、私の体調の回復も必要だったこともあるし一人申し込みを引き受けてしまうと、また他の人もとなってしまってバケーションにならないというパターンを避けるためにもやりたい気持ちを抑えて、お断りしていたのですがこの最後の日のセッションを頼まれた時にはなぜかほとんど考えることなく、即答でお引き受けしていました。その方は一度も私のセッションを受けたこともなければ私のブログを読んで受けたいと思ったわけでもなくただA さんに勧められただけのことでその勧めたAさん自身も、私のセッションを受けたことがないので通常なら、まずセッションを行なうという話にはならないのですがなぜかそういう流れになりそして、その方の話を聞いて私の中でセッションをやることが必要という感覚がありました。その方は近年、全身の震えに悩まされている、とのことでした。寝ている時間以外、身体のどこかが震えていてその場所は手、足、口、と移ってゆくとのこと。病院ではパーキンソン病ではないか?と言われているそうですがパーキンソンとは全く違う部分もありはっきりわからないということでした。私はその話を聞いてそれが脳の問題だけではなく霊的なエネルギーの影響ではないかと感じていました。そして、ニックさんの家のテーブルを使って、セッションをすることになり準備をしていたのですが、結局、予定より2時間遅れでその方(ここではTさんにしておきます)と、そのおくさまが到着されました。2時間、遅れたために、その間、おさむへのセッションをやることができておさむの腰に関する精神的な要因を解除することができたのでそれもまた後から思えば、完璧だったなあと。ということで、先日、Tさんにこのセッションの内容をブログに書くことと了承を頂いたので、かなり長くなるかもしれませんが私が感じたことを書いてみたいと思います。さて、Tさんは、70歳前後ということでしたがとても人懐っこい笑顔とユーモアのセンスと、そしてどこか鋭い瞳を持った方で、一目で私は好きになりました。彼から嫌なエネルギーは全く感じませんでした。そして、セッションをスタートしてまずチャクラの状態を見てみて驚きました。グランディングが弱いというのは、予想通りでしたが第6チャクラがかなり開いている、というかこれはどう見ても、サイキックだよね???と。そして、やはり霊は付いていました。最初に「家の霊」というのが情報として上がってきたのですが私はこの時点では、まだTさんには何も言わず他のものも見ていくと、他にも霊やら人のエネルギーなど出てきていろんなものと同化してしまっている感じでした。一体何がどうなっているのか、見ていくと身体から出てくるのは人間愛、慈悲深さ、同情、正義感、共鳴、責任感、エンパス体質、忠誠心といった要因。そして、身体から「家の霊」という言葉が3度目に上がってきた時に「う〜ん、何度も家の霊というのが上がってくるのですが何か心当たりはありますか?」と尋ねてみるとTさんは、ごく普通のことのように「前に住んでいた家では、いつも幽霊が出ていたよ。黒人の女の子やら、いろいろ。よく話をしたり、出てきてはいけないと言ったりしていたなあ」というので、え〜、そういうことなのね。そこまで観えているんだったら、話は早い、とそれから、あれこれと聞いてゆきます。彼は、霊と話ができるだけではなく侍だった時の前世の映像がはっきり観えたりまた、未来に起こることもたまに観えたりするとのことでした。「それ、完全にサイキックです。’その上に人と共鳴、同化しやすい性質なのでいろんなものがくっついてしまうのです」と私が言うと「自分が特別な力を持っているなんて、思ったことないなあ」とTさん。いや~、確かにある意味では、特別な力ではないとも言えるんですが。。。そして、脳を見てゆくと、やはりドーパミン分泌の欠乏特にドーパミン分泌に関わる黒質視床下核、などの大脳基底核が大きく反応しその他には脳幹、特に橋、延髄そして、脳神経、神経伝達物質、様々な脳の要因が出てきました。なぜ脳にこういった影響が出ているのかを、探っていきました。彼は人情深く、責任感、正義感が強く、人に献身的、忠誠心、修行体質であってけして楽をしない、これまで苦労の人生であり加えて、もともとの性質が完璧主義、せっかち、じっとしていられないリラックスできない性質でいつも「〜しなければ」と無意識にストレスを抱えて常に交感神経優位であり脳神経や神経伝達物質のバランスが崩れていったことそれに加えて、脳の遺伝の要因もありました。そういった脳の要因がある上に、サイキック&エンパスなので霊や人のエネルギーの影響が手足や口の震えや首の凝りという症状として出ていたのでした。霊がついているだけで、身体の症状として出て来ない方も多いですし症状として出てくるのは、様々な要因が重なっているわけです。そしてそういった霊とつながっている要因として前世の問題もいろいろ上がってきました。かなり迫害を受けたり、被害的なことにあって困難な前世とつながっていたので迫害や被害にあっている人に対しての同情や共感、正義感が強くそれ故に、共通するエネルギーを持った霊とつながってしまっていました。ですから、これからそういった霊とつながらないようにするためには前世へのヒーリング、そして人に同情する、責任感、正義感が強すぎる、人のために尽くしすぎる、リラックスできないといった性質的な要因の調整、そして脳に関する様々な調整、そして遺伝的な要因という様々なことを調整する必要がありました。この1回のセッションでどこまで行けるのかとにかく、今上がってきている霊を外そう、とやっていても霊はなかなか外れようとはしてくれません。そのことをお伝えすると「でも、霊を怖いと思ったことはないんだよ」とTさん。「確かに、怖いものではないですが同化してしまってはまずいのです」と私。「でも、いいこともあるよね?アドバイスもらえたりするし」とTさん。Tさんは、少し前までインディアンのおじいさんがよく出てきていろんな場面でアドバイスをしてくれていたのだそう。身体に聞いてみると、確かにそのインディアンのおじいちゃんがいました。「いくら有益なアドバイスであったとしても今の自分ではないものと一緒にいるのは身体にとっての負担になってしまうのです。アドバイスをもらうのではなくて自分で決めてゆく必要があるのです」と私。この人間愛の深さというのか、霊であっても人であっても受け入れるという意識その上に、忠誠心、責任感が強く、人を喜ばせようとする一見、人として素晴らしい性質が、彼の身体を痛めつけていました。「〜やらなければ」というマインドが強ければ身体は「もうやりたくない」というサインを送るために何らかの不調を自ら生み出してゆくのです。いつのまにか、私はTさんに自己愛の大切さ自分を優先することの大切さについて、切々と語っていました。人生の先輩に向かって、こんな風にえらそうに話しているのは客観的に見れば、とても失礼なことだと思うのですがセッションをやっている時の私は、私個人ではなくただTさんの身体からのメッセンジャーとなっているのでいくらでも語れるし、話せるのです。こんな風に話すことは、セッション以外の時だったら、絶対にできないことだなあと。その私の言葉を彼は真摯に受け止めてくれました。それでも、まだ彼が人への同情を手放し人の気持ちや立場優先ではなく、自分軸優先で自分が本当にやりたいことだけを気楽にやっていけるようになるには、インナーチャイルドや性質の遺伝や様々な前世が関わっている以上とてもこの1回のセッションでは無理な話でした。そして、このセッションの間、ずっと彼の手足や口は震え続けていました。これまで、私は、動き回る子供や、腕にけがをして動かせない方の筋反射など様々な方に対してやってきて、大抵の方の筋反射は取れるのですがやはり、この大きく震え続けている腕の筋肉の反射を見るのは大変でどうしても、情報を上げてゆくスピードは遅くなりました。いくつかの霊を外し、脳の統合やエネルギー的な統合を行なった時点ですでにセッション時間は4時間半になろうとしていました。マットを敷いているとはいえ、堅いテーブルの上でのセッションはかなり辛そうで、しかも、これだけ身体が震え続けていればテーブルの上で同じ体勢でいるのは精神的、肉体的にも負担になることは確かなことでした。とりあえず、身体はそのセッションをクローズするオッケーのサインを出したのでその日のセッションを終えましたがまだ霊も前世も残っていて、脳の統合以外は、脳の関してまだほとんど調整できなかったので、次の日の朝にもう一度、セッションを行なうことにしました。幸い、次の日は、私とおさむは夜の便でニューヨークも戻ることになっていたので朝と午後には時間があったのです。この日のセッションが終わって、Tさんのおくさんに「彼の人間愛の深さ、慈悲深さ、自分に厳しいことが問題でした」とお伝えすると涙を流されて「そうなんです、私はいつも禅僧(たぶん禅僧と言われた気がするけど、修行僧だったかも)と暮らしているような気になるのです」と言われ「でも要因がわかって、希望が持てました」と私をしっかりとハグしてくれました。「ハワイ最後の日に申し訳ないです」とおっしゃってくれましたがこれは、私にとっても今回のハワイでこのセッションを行なうことが大切であることがよくわかっていたので、感謝するのは私の方でした。そして、次の日。ここまで同化してしまっている霊をどうやって外したらいいのか?とおさむと話していて通常のプロセスであれば、もっとセッションの回数がかかることもわかっていましたが、あと1回しかやれないので、どうしたものかしらと思った時に「もしかして最初にフィボナッチをやったら霊も上がってきやすくなるかも?」と思いつきました。でも、フィボナッチは、第6チャクラが開いている人やサイキックの人は変容も起こりやすいけれど、デトックスも大きく起こることが多いということも、これまでのセッションを通じて感じていました。もちろん、すべての人がそうではなく、サイキックでもデトックスが起こらない人も何人かいたのですが、その方たちはかなりバランスが取れている状態でセッションを受けられていました。Tさんのように、サイキック、エンパスで今、身体の症状が出ている人の対してフィボナッチをやって後のデトックスが大変になってしまう可能性も大きいなあと。それで、この日、最初に彼の身体に聞いてみると、やはりフィボナッチではなくIHで情報を上げてゆけ、と身体から伝えられます。この日は、前日とは違って、私はあまりTさんに尋ねることもなくひたすらTさんの身体からの情報を上げてゆきました。そして、充分に情報が上がった後、さてこれから調整に入る段階になってもう一度、Tさんの身体に聞いてみると通常の調整の前に、最初にフィボナッチをする、と出てきました。「え?ここでフィボナッチなの?」と私は内心驚いて何度も身体に尋ねたものの、ゴーのサイン。IHのホログラムの中でフィボナッチを使えば普通にフィボナッチをするより、さらに強力になることもわかっていましたが身体がそう言うのだったら、信頼して行なうだけですからフィボナッチをスタートしました。そしてフィボナッチのプロセスの間、約20分ぐらいTさんは、全く身体が震えることなく、ピクリとも動きませんでした。それは、まるで瞑想の時間でした。私はフィボナッチチューニングフォークで彼の奇形八脈にアクセスしながら深い静けさの中にいました。そして、フィボナッチのプロセスが終わった途端Tさんの手足や口が、再び大きく震えだしたのでした。「あ〜出て来たな〜」とそれから、通常のやり方で霊や前世を外してゆきました。それは全く除霊とかそういったものではなく天に昇ってゆく魂を見送るセレモニーであり、祝福そのものでした。Tさんは、ほとんど何も語りませんでしたがいろんなビジョンを観ているのだと側で見ていて感じました。ある時は、か〜っと目を見開いて、空中のあるところを見つめていたかと思ったら「あ、今、逝ってしまいました。おばあちゃんが」とポツリ。「え?おばあちゃん?」と聞き返すと「はい、別れの挨拶をして、うれしそうに逝ってしまいました」とTさん。そのおばあちゃんは、霊というよりは、前世的なものでしたがこういった別次元のことは、3次元的に区別することが難しいのでどちらでもいいことでした。そして、またある時は、身体の震えが止まり、目を閉じていましたがいきなり、ニカ〜と満面の笑みを浮かべて声を立てずに笑っているのです。こんな素敵な笑顔はこれまで見たことがなかったかもしれない、と思うほどの喜びと楽しそうな笑顔で、私もチューニングフォークを当てながらつられて笑いました。彼は眠っているのではなく、変性意識状態になって何らかのビジョンを見ているのだ、ということがわかりました。後からTさんに「笑っていましたけど、何か観えました?」と尋ねると「え?笑っていましたか?そうですか、いえ、あまりにも楽しそうに逝かれたので、つい私も。ほら、小さな人が寄り添っていてね。あ、小さな人は天使ですね」とTさん。霊や前世との別れが、こんなに喜びと祝福に満ちたものになったのは彼の愛の深さ故だなあと。幸せに光へと戻ってゆく霊を見送り、その喜びを感じている彼を見ているとそれは、これまで彼の中で生き続けていた様々な人たちの想いが一緒に昇華されていくような美しい情景でした。今でも思い出すと涙が溢れるぐらい彼の笑顔は、私にとって忘れられないものとなりました。そして、フィボナッチは、やはり内在していたものを次々と表に上げてきました。霊や人とのエネルギーコードが’解除されると、今度は次々と前世が上がってきました。例えば、最初に10つの前世が上がってきて10つが全部、ヒーリングされた途端Tさんの身体の震えはピタっと止まるのです。その合間に、とブレインチューニングフォークを使って大脳基底核や脳幹など脳の調整を行なっているとまたいきなり震えが始まります。その震えが始まったのが、次の前世が出てきたという合図でした。そして、次は3つの前世が上がってきて、それをヒーリングしてゆきます。そして、その3つが調整された途端、Tさんの身体の震えは一旦止まります。その間に、また脳の調整をやって、、、そういうプロセスを繰り返していて、すでにセッションは4時間になろうとしていました。「もうそろそろやめましょう」とTさん。かなり体力の限界まで来ているのでしょう。これ以上、セッションを続けることは無理そうだなあと思いつつ身体に聞いてみるとやはり「セッションをやめないで続ける」という身体からの答え。Tさんが『セッションをやめましょう」と言った途端身体の震えが大きくなったので、身体としてはやめたくないのだなあということがわかりました。実は、筋反射で身体の声を聞く、というのはいろんなレベルでの身体の声、なのです。つまり、肉体としての身体の声、とハイヤーセルフ(高次元のの自分、自分の本質)からの身体の声とあり、そこからの答えは多くは一致しているのですが、一致していないこともあります。(これはあくまでも私の感覚ですが)通常は私がアクセスしているのは、ハイヤーセルフからの身体の声、なのでハイヤーセルフは、けして不可能なことは要求してこないものの時には肉体の限界までセッションを続けようとするのでそういう時は肉体の声を聞いてハイヤーセルフと交渉する形になるのです。端から見ると、まるで私ががんばって、セッションを続けようとしているみたいなのですがそうではなく、私はここまで長時間になると、何とか早く終わらせたいと思っていてもハイヤーセルフがセッション終了の許可を出さない以上は、できないのです。もしそこでやめたら、後で大変なデトックスになることは必須。だから、そうならないように、何とかクローズできるように身体に聞いて、クローズするために必要なプロセスに従ってゆきます。そして、何度かチューニングフォークを鳴らした後Tさんのハイヤーセルフは、ぎりぎりセッション終了の許可を出しました。フィボナッチをやったために、プロセスが進んで前世が大きく表に出てきている中でここで終わるのは、かなり厳しかったですがあとさらに2時間続けたとしても、上がってきた情報のすべての調整が終わるかどうかは確信はありませんでした。最初に情報として上がっていた遺伝の要因も途中までの調整で終わりました。それでも、たぶん、この2回のセッションで私がやれる最大限のことはやれたのだしすべては完璧でなるようになっているということは私のハートはよくわかっていましたが私のマインドには「もっとやれることがあったのではないだろうか?』という想いが少し残っていました。そして、昨日、Tさんからメッセージが届きました。「今朝、震えが極端に減少している事にびっくりしました。周りのみんなもびっくり、身体も軽くなり、嬉しいです」とのことでした。しばらくIH+フィボナッチのプロセスは続く可能性もあるしこれからどうなるのかはわかりませんがきっとすべてTさんにとって、必要なプロセスになるのでしょう。そして、それは私にとっても同じことでした。Tさんもおくさんもとても暖かくて素敵な方たちで本当に素晴らしい出会いに感謝だったしお引き受けしてよかったなあと。こうして、私のハワイでの最後のセッションは終わり私とおさむはニューヨークに戻ってきました。今日から通常のセッションがスタートしたのですが早速、その中で、フィボナッチも出てきて、また新たな気づきもありました。は〜やっぱり長くなっちゃったな〜〜ということで、続きはまた〜♪
2016年04月12日
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今日はマイバースデーでした。(もう10日になってしまったけれど)去年の誕生日は、ハワイのモロカイ島で過ごしたのですが今年もまたハワイで過ごすことができてそして、あれから1年、去年よりさらに、いろんな人たちと出会い、つながり様々な想いや感動を分かち合うことができて静かに幸せをかみしめています。そして、今年の春は私とおさむが出会ってちょうど20年。私とおさむは、一応、ニューヨークで結婚の届けは出しているもののいわゆる普通の結婚式はしていないしいつのまにか2人にとって出会った時がアニバーサリーという感覚がずっとありました。出会ったと同時に2人で音楽を始めたことも私たちにとっての記念の年という感覚が強くなっていました。先日、20周年記念にとカウアイ島で和美ちゃんが写真を撮ってくれたのですが今日の私の誕生日に合わせて、写真を送ってきてくれました。とても素敵に撮ってくれて(実物より?)うれしい♪普段は、私はどちらかと言えば、写真嫌いでおさむがカメラを向けても、できるだけ写りたくないという感じなのですが(この写真に対する抵抗も調整した方がよさそうなのだけど)和美ちゃんに撮ってもらう時だけは、カメラを向けられても自然体でいられるのです。200枚近く送ってくれて、少しずつ表情やポーズや色が違っていてどれもよかったのですが、その中からピックアップしてみました。ストリートの真ん中で。写真撮影の合間にカフェで休憩中。この日の最後は、砂浜での撮影。通りがかった人から「今、結婚したの〜?おめでとう!」の声。ふふ、20年目だけどねミアモーレ「では、砂浜の上を走って〜」という和美ちゃんの指示で、砂の上を走る私たち。って、砂に足がずぼずぼ入って、走れないんですけど。。。念願の?お姫さま抱っこ。(すべて和美ちゃんに言われるがままの私たち。。。)これらの写真を見ながら、おさむ曰く「この写真には、侍のりこは、かけらもないね」うむ。確かに。この写真だけ見て、私と初めて会った人は(特にセッションで)実物とのギャップを感じてしまうかしらふふ、20年経って、こんなに2人のラブが深まるなんて想像もできなかったなあ。もっと若い時は、それなりに大変だったことも多いけれど年を重ねてゆくのは、どんどん楽に自由になっていって、いいものですね。ということで、バースデーの今日はここに来てずっと料理担当(というより、家事担当)のおさむがこの日の夜も作ってくれるとこのことで私はブログをアップしたり、自己ヒーリング’してのんびりと過ごす予定、、、でした。そう、予定は予定であってそうなるとは限らないわけなんですよね〜実は、この日の朝、起きて、ベッドで窓から見える森を見ながら最高に幸せな気分でたくさんの方からのFBやメールでのお祝いメッセージにお返事をしていた時2階から、おさむのうめき声がしました。「え?どうした?何かあった?』と私。「腰が、、、立たなくなった、、、」とおさむ。どうやら、ぎっくり腰のごとく、腰の力が急に抜けて立てなくなったらしい。「え、何で?」と答える間もなく、おさむにベッドに横になってもらって筋反射で見てみると、何やらただのぎっくり腰ではない様子。ということで、起きてすぐにおさむへのセッションをやることになりました。おさむの身体に聞いてわかったのはこれは、昨日の仙骨フィボナッチのデトックスであること。何がデトックスとして出てきたかというといくつか上がってきたのですが一つは、昨日の私たちの会話に要因がありました。私とおさむは、今回、ハワイに来てからというもの「ニューヨークを引き上げて、ハワイに引っ越した方がいいかどうか』ということを2人でよく話していました。このハワイのような自然の中で暮らせたらどんなにいいかしら?というのは、去年から思っていたことだったのですが少し前から、それを今年中に実行するかどうか?という話になっていたのです。でも、私は「先のことはどうなるかわからないけど今年はハワイに移るタイミングではない」という結論にいたりました。その理由として上げれば、いろいろあるのですがこれは直感として降りてきたものだったので私の中では確信していて、それを昨日、おさむに伝えたのです。私のセッションに、日本から予約してニューヨークに来てくださる方がいるのでもしハワイに引越すなら、日本からの予約はもう取れなくなるわけですが私の中では、少し前から今年はハワイに移らないということは感じていたのですでに今年11月の予約も受け付けていました。それで、今年中にハワイに移住したかったおさむとしては少なからずショックを受けもうすぐバケーションも終わりニューヨークに戻ることもあってモチベーションが下がりそれがデトックスとして出てきたということでした。おさむの身体が伝えてきたのは、ハワイに移らなければだめだではなく、今、自分がニューヨークでできること、やりたいこと(実際は、IHキネシオロジーとフィボナッチ、そして音楽)を最大限にやっていく必要があるということでした。フィボナッチは、その人の魂の道を選ぶように導いてゆくもの。ですから、その人が本来の道とは違うものを選んでいるとすぐに修正が入るわけですね。そして、もう一つ不要なものとして上がってきたのはのりこのバースデーのためにがんばらなければのりこを喜ばせなければ、というおさむの気負いでした。過去の私に辛い思いをさせてしまったというおさむのギルティ感が今年はさらに喜ばせたい、という気持ちへとなり必要以上にがんばってしまっていたわけです。ということで、セッションでそういった様々な想いや感情を癒し調整したら、歩けるようになったのでほっと一息ついたのもつかの間今度は、おさむが大きなくしゃみをしてその途端、おさむの腰は再び動かなくなってしまいました。それはまるで「それだけでは、終わらないよ」と言っているかのようなタイミング’でした。それで、ちょっとおさむの身体を触った途端「あ〜これは来てるなあ」と。何が来ているかというと、おさむの中に眠っていた深い深いものが上がってきているという感じでした。それは腕に触った瞬間に感じられるのです。身体の損傷としては、筋肉だけではなく腰の靭帯から腱を痛めてしまっていたのですがそれだけではないことは明らかでした。ということで、また2回目のセッションを行なうことになりました。「よりによって、何で私の誕生日にこうなるのよ〜」と私は半分冗談で文句を言いつつどこかでは、こうなるのがわかっていたかのような感覚もありました。それでセッションで出てきた内容のすべてを、ここで説明はできないのですが一つは、ある人とおさむの前世に関わることでした。そのある人は、私もおさむもとてもお世話になっている男性N さんでありとても愛のある人で、特におさむをかわいがってくれている方でした。でも、なぜかおさむはこれまで「Nさんになぜかギルティ感を感じてしまう」と私に言ったことがありました。その時は私はそれほど深くは捉えていなかったのですがよく考えてみればおさむは、受け取り上手というのか、人にお世話になったり何かをやってもらっても、申し訳ない、とかギルティ感を感じる人ではないのです。おさむは、Nさんがいろいろやってくれるから、ギルティ感を持っているのではなく何かNさんを傷つけてしまうのではないかという恐れがあるということでした。それでセッションでわかったのは、Nさんは過去世でのおさむの子供でありおさむは、何らかのことでその子供を傷つけてしまったということでした。私はこういった情報のほとんどを私が作成したスキャンリストとアファメーションブックからおさむの身体から、筋反射で選んでゆくのですが出てきたアファメーションの中に「私はすでに亡くなった人から、愛されていることを受け入れ、愛を受け取ります」という一見、意味がよくわからないものがありました。どういうことなのか、さらに見ていってわかったのはその前世でおさむは、その子を亡くしてしまいその後、深いギルティ感を感じていたのですがその子はおさむ、つまりその時の親に対して恨むこともなくただ愛を捧げていた子でした。おさむの身体は、過去世で亡くした子からの愛を受け取りなさいと伝えてきたわけです。私はおさむの身体からの情報ーエネルギーを受け取った瞬間光そのもののその子の愛の深さに崩れ落ちて、おいおい泣きました。「なんで、私がこんなに泣いているのよ〜」と私。「俺も泣けてくる。わかるその感覚。Nさんが俺に対して何も悪く思っていないし、ただ愛を捧げてくれているという感覚。でも俺はなぜか彼の愛を受け取るのが怖かったんだ」とおさむ。なぜ、このNさんの問題が今、上がってきているかというと昨日にNさんからのメールがあってそれがおさむにいろんな思いを抱かせていたからでした。こんな風にある特定の人との深い前世での関わりについてセッションで出てきたのは、おさむにとってはじめてのことだったかもしれません。その過去世で、おさむは人を傷つけた自分を魂れベルで許すことなくだからこそ、意識のどこかで「人を傷つけてしまう恐れ」「ピュアな自分ではないというギルティ感」を持ち続けていたのでした。先日、なつこさんが「のりこさんは、光の戦士という感じでおさむさんは、地獄の果てまでも受け入れてくれるような愛」と伝えてくれたのすがおさむ自身が闇の意識が強かったために自分の光を受け入れることができないでいたわけです。セッションが終わる頃には、おさむは何とか歩けるようにはなりましたがくしゃみによるダメージはけっこう大きくて靭帯と腱の回復のためには、あと1、2回はセッションが必要そうです。とにかく予想以上にとても深いセッションでした。「もう誕生日までセッションやらせないでよ〜」と言いつつ、結局、私がセッション好きなんだよなあ。またもや「侍のりこ」になってしまったさて、私たちは一昨日、昨日とこの森の中の一軒家でレコーディングをしていたのですがバースデーのこの日もセッションが終わってからレコーディングを行いました。昔、2人が出会った頃は、音楽しかなくてひたすらレコーディングをやっていましたがここ8年ぐらいは、私はレコーディングからも音楽からも遠ざかっていたしここまで真剣に音楽をやったのは、ほんと久しぶりでした。私の声が途中でがらがらになったり、音程が微妙にずれていたりで(このあたりも、キネシでもっと調整してゆきたいのだけど)何度も何度も取り直し、久々にここまで歌ったので体力もなく、途中からはふらふらになりましたが夜8時半まで、歌い続けて、何とか1曲歌い終わることができました。でも、それが本当にうれしくて音楽に対して、私の中にまだこんな情熱が残っていたことにも2人で一緒に一つのものを作り上げてゆくことの喜びもこの素晴らしい自然の中でそれができることにも。。いろんな方たちからの愛と祝福とサポートとともにこの20周年のアニバーサリーの写真とこの日のセッションとレコーディングとここハワイ島でのバースデーは、いろんなレベルでスペシャルで忘れられないものとなりました。たくさんのラブと祝福をありがとうということで、あっという間にこの素敵な森の一軒家での日々も終わり明日はまたニックさんの家に移動します。そこで2日間過ごした後、ニューヨークの我が家に戻る予定です。
2016年04月09日
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昨日から、移ったところは先日のロッジから車で数分のところにある森に囲まれた一軒家です。2階建ての家で、2階が玄関。中に入って、素敵な内装に思わず、わ〜と声を上げました。全面、リビングが網戸になっていて、家の中なのにラナイにいるみたい。 広いキッチンとダイニング。ラナイも広々。中央の螺旋階段を降りてゆくと1階は全面ガラス戸になっている2つのベッドルームと2つのバスルーム。洗面所もガラス張り、そして外にあるシャワー室。 リビングにいても、ベッドに横になっても、ダイニングにいてもどこも緑で一杯で、どこでも鳥やカエルの声が響いていてそのまま森の中にいる感じ。そして、木の床も家具もベッドも、新しくてとてもきれいです。ありとあらゆるキッチン用品や食器がありどこに何があるのか探すのが大変。後から知ったのですが、ここはモダン建築のdwellという雑誌で特集で掲載されていた家でした。ここは、これまで泊まった中でも、最高に居心地がよくて私とおさむは、すっかりこの家が気に入ってできるだけ1日中、ここで過ごそうということに。いつも一人で食事を用意してくれるおさむ。(手伝おうとしても、のりこはあっち行ってて、と言われるし)それから、ワインで乾杯して夜は、おさむのギターに合わせて、歌ったり、踊ったり2人で超盛り上がり。おさむが酔って眠ってしまった後は、私は久々に作詞をしておさむの作曲した曲に言葉をつけて、仕上げました。そして、今日は、久々に歌のレコーディングをしました。こんなにまともに歌を歌ったのは、久々だったので途中から声が出なくなってしまったけれど少しずつ声が戻ってきているので明日もレコーディングをする予定です。ここにいると、音楽のモチベーションも上がるしもちろん、メイキングラブのモチベーションもそして、今朝は、お互いに仙骨フィボナッチのセッションをしました。仙骨フィボナッチだけやるつもりだったのですがフィボナッチが終わった途端、おさむの身体からあれこれと内在していたものが、上がってきてしまったのでそのままIHのセッションをやることに。フィボナッチをやることによって深く眠っていたものが表に出てくることが多いのです。それが通常は、デトックスとして出てくるわけでフィボナッチを受けた後は、フォローのためのセッションを受けた方がいいと思うのですがロンのやり方は、最初にフィボナッチをやって、その後でシンギングボールやアーキュトニックの音叉を使って、ヒーリングするとのこと。ロン曰く、最初にフィボナッチをやることでチャクラの情報が開かれてくると言われていたのですが、実際上がってくるのはチャクラの情報というだけでなく、前世や身体の情報も含め様々なことだなあと。これまでの私のセッションでは, フィボナッチを受けるための準備としてある程度IHで調整した後フィボナッチをするというパターンが多かったですが今日のように、とりあえずフィボナッチをやった後深いものが上がってきたら、そのままIHで調整というパターンもありだなあと。とはいえ、フィボナッチどころではない方も多いのでどうしても、IHが先という選択をクライアントさんの身体が選ぶことが多いのも確かなんですが。今日はエンパス体質の改善ということでおさむに仙骨フィボナッチをやってみたのですがフィボナッチを終えた途端ぐわ〜っとものすごい勢いで、おさむの身体からエンパス体質になる要因となった前世が次々と上がってきたのでそれを解除することになったわけです。毎回、ほんとおもしろいなあと思うのはこういう時って、まるで順番待ちをしているかのように一つ深いものが調整されたら、その次の瞬間には「はい、次は私ね」「私も私も!」「まだ俺が残っているよ、みたいな感じで次々といろんな前世が上がってきたりするのですよね。まさに「魂レベルで長い間、癒されるのを待ち望んでいました」と言わんばかりでそういうクライアントさんは、けっこう多くてその勢いがすごければ、なかなかセッションを終わらせてくれなかったりするわけです。そう言えば、今回のハワイのヒロで行なったIHキネシオロジーのリトリートはそんな「魂レベルで待ち望んで来られた」方たちが多かったかもそれにしても、今回のハワイのバケーション中はほぼ毎日のように、かつてないほど、自己ヒーリングしました。もちろん、自己ヒーリングはヒーラーとして必須なのでエネルギーや信念体系、脳や身体の調整などニューヨークでもよくやっていますが毎日仕事をしながらでは日々の身体的、エネルギー的なメインテナンスだけで終わってしまうことが多くてここまで深いものを見ていく時間と余裕がなかったりするわけです。今回は、完全に滞在型のバケーションだったのでかなり集中してやることができたので、よかったなあと。(というより、ほんとは身体があれこれ伝えてくるのでやらざるを得なかったというのが正しいのだけど)ということで、あさっては私のバースデー。この森の中の一軒家で、音楽とラブとヒーリング三昧のバースデーになりそうです♪(あ、それとワインも)
2016年04月07日
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さて、熱帯雨林と海の近くのこのコテージに移ってから私とダーリンはさらにラブラブで音楽と自然とともに、最高のバケーションを味わっています。今朝、NYの友人からメールがあって「お帰り〜。ハワイのおみやげ話聞きたいから、飲みに行こう」とお誘いがあったので「まだハワイだよ〜」とメールすると「どんだけ〜!」と返事があって、笑いました。そう言えば、もうハワイに来て2ヶ月だものなあ。1ヶ月間はリトリートとクラスだったので本格的なバケーション自体は1ヶ月半ですがそれでも、少し前までははこんなに長い間バケーションを取るなんて考えられなかったなあと。なぜ考えられなかったかというと自分ばかり幸せでいるような気がして、何だか申し訳ない気になっていたんですよね。でも、その申し訳ない、という感情を探っていて出てきたのは「幸せすぎると、人から妬まれることが怖い」というものでした。これ案外、多くの方のセッションで出てくる要因なのです。多くの場合、実際に、今生でも人に妬まれた経験があったり人に妬まれて辛い思いをした過去世、とかあったりしますが妬んでいる人自身はもちろん辛いのだけど、妬まれる方もかなり辛いわけで(場合によっては、エネルギー的な影響を受けるので)妬まれた経験(というより感覚)がある方は妬まれないように、人に嫌われないように、批判されないようにそこそこの幸せでとどめておく、みたいな意識が無意識に働いてしまうわけです。「成功しないのも怖いけど、大きく成功するのも怖い」などというのは、クライアントさんのセッションでよく出てくるのですが人の中には、様々な矛盾したものがあってそれらが私たちの無限の可能性をブロックしてしまうのですよね。昔から、最大限に自分にとっての幸せを追求してきたと思っていた私がこんな感覚を潜在意識の奥深くに持ってきたことも驚きだったのですが過去世での影響などを含め、手放してゆくににつれて例え妬まれても影響を受けなくなるのでいくら楽して幸せであっても、オッケーになってゆくわけです。いつもNYで仕事をがんばっているご褒美のバケーションではなくて、普段の仕事自体がすでにご褒美でご褒美のご褒美、みたいな人生になっていくなあと。NYに戻って、友人とあれこれ旅の話や何やらで飲むのも、また楽しみだし♪ということで、今日の格言は「無限大の幸せを自分に許す」「すべてがご褒美の人生」にしておこう(そんな格言いらん?)さて、そういいつつ、私の無意識ちゃんは何だかんだと困難を引き起こすのがお好きなようで先日のシュノーケリングの時そこまで日が強いと思わなかったので、日焼け止めも塗らずに水の中に長時間入っていたら、予想以上に日差しが強かったらしくその日の夜から、背中が日焼けで強烈にひりひりと痛んでいました。で、次の日は大事を取って、1日海に行かなかったのですがその次の日はどうしても行きたくなったので日焼け止めを塗り、水の中以外は肩や背中を全く出さないようにして出かけました。この日は水かさが増していて、ちょっと潮の流れがあったけどやっぱり気持ちよかった〜。ここからは、むちゃ深い〜〜この日の私のベストフィッシュ!しばらくの間、このかわいいふぐちゃんを追いかけていました。これは80cmぐらいあったかなあ、シーラカンスみたいな大きな魚。と、おさむが「魚の大群がいるよ〜」と言うので、行ってみるといました。何百匹の魚たちがうじゃうじゃと!前回のように長時間にならないように、そこそこで引き上げたのですが戻ってから、やはり背中の日焼けはひりひりして痛み取り合えず、氷で冷やしたら、痛みは引いたものの次の日は朝からだるくて、完全にエネルギーダウン。数日、ゆっくりしていれば、自然に回復していくものでしょうがこういう時、どんなにだるくてもやっぱりセッションをやってしまうのは、私の職業病なのか、好奇心なのか。で、セッションをわかったのは、日焼けをすると、皮膚の水分量が不足するのと同時にマグネシウムやカリウム、亜鉛やミネラルのバランスが大幅に崩れてしまうので身体が疲れてしまうのだということ。このマグネシウムや亜鉛のバランスは、トラウマやウイルス、様々なストレスなどによっても崩れてしまうのですが、今回は日焼けによる「怪我(火傷)」が要因でした。で、その調整をしていると、セッション中にすでにだるさがなくなりどんどんとエネルギーが戻ってきてセッション後は、日焼けの痛みもすっかり治っていました。なるほど〜。日焼けってこういう症状が起こっているのね〜ということが実感できてよかった〜。(転んでもただでは起きない性質?)ま、私の身体からは、日焼けの痛みが完全に引いていないにも関わらずまた海に出かけてしまう性質が、困難を引き起こす要因だと指摘されましたけどねさて、先日、パホアで週に1回だけ開かれているマクーのファーマーズマーケットに出かけて、フォレストけいこさんと、今、けいこさんのところに滞在中で先日ニックさんの家で出会ったヒーラーのこゆきさんと再会。けいこさんは、ここしばらく忙しくて明日から日本に出発するので、家におじゃまするチャンスは今回なかったのですが、ナチュラルで大木のようなエネルギーは変わらず。1年ぶりの再会を喜び合いました。こゆきちゃんもまだ出会って間もないのだけどもうすっかり長年の友人のように馴染んでしまいました。そして、パホアのナチュアルマーケットで買い物していたら去年、けいこさんのところにいた双子のエンジェルの一人シシュカとばったり。出会いたいと思っている人には、みんな出会うようになっているのですね。そう思うと、あのまま山の上のロッジにいたらまたは、コナのコンドミニアムに移っていたらこれらの再会はなかったわけですから、この決断もベストだったのだなあと。今日は、リトリート中は1週間に一度訪れていたパホアのコンブチャバーへ。 パホアは、アーティステックなヒッピーの街。私たちのロッジは、パホアの街からは車で25分ぐらいの距離なのですがこのロッジからパホアまでのドライブが最高でここを通る度に、いつもわくわくしてしまうのです。大木が生えるジャングルの中の道。道に添って広がっている海。道を隔てて、つながる木々。今、おさむが夕食の準備をしている間に、このブログをアップしています。今日のご飯は何が出てくるのか、楽しみ〜♪さて、私たちは、明日からまた近くの別の森の中のロッジに移動です。そこは前から予約していたところなのですが、どんなところかそれもまた楽しみです。
2016年04月05日
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メリモナークの次の日は、1日、だらだらと過ごしました。だらだらしたい私としては、それでよかったですがぜいたくをいえば、この山の上のロッジは昼間でもけっこう寒くて開放感がないことと、ビーチやレストラン、食材を買うのもどこに行くにも1時間ぐらいかかってしまうことが今一つ。と、私が「これじゃあ、ハワイ気分が満喫できないしいっそのこと、ここを引き上げて、今から別のところを探して移るのはどう?」とおさむに言ってみると「いいよ、そうしよう」と、あっさりとその案に乗ってくれて早速、AIRB&Bで、明日から空いているロッジやコンドミニアムを探します。この山の上のロッジには、8泊する予定で、すでに全額支払ってあるのでお金は戻ってこないし、ここもけして悪くないロッジなのですが今からさらにここに5泊するイメージはわくわくしないし移ろうと決めた途端、2人ともわくわくしているのでこれは移るしかないと。今回、ハワイ島滞在中、コナサイドには泊まっていなかったこともあり最初はコナで空いているところを探して一つ、気に入ったところを見つけたのですが、すでに埋まっていたので、決まらず。再び、探してみると一つは、コナサイドで、もう一つはヒロサイドのプナの近くによさそうなロッジを見つけました。問い合わせてみると、どちらとも明日からの宿泊オッケーとのこと。AIRB&Bで探すと、以前は載っていなかったのに新たに出ている物件もけっこうあって案外、直前でもけっこう見つかものですね。コナサイドのコンドミニアムは、オーシャンフロントでラナイの真下が海で、ラナイから夕日が見れるというロケーションですが部屋自体はまあまあな感じ一方、プナの方は、海は見えないものの、トロピカルなラナイといい部屋の感じもいい感じ。どちらにするか、迷ったあげく、必殺「マップカード」で決めることに。すると、コナサイドの方のカードは「今回はあきらめなさい。ここに行けば困難が待っているでしょう」というカード。そして、ヒロサイドの方について聞いたカードは「このまま直感に従って行けば、新たな喜びが広がります」というかードが出たので、ヒロサイドのプナに決めました。ということで、今回のハワイでは、なぜかコナサイドには、縁がなかったですがそれもまたなるべくしてそうなっているのでしょう。ということで、次の日、荷物をパッキングして山の上のロッジを出ました。ヒロに立ち寄り、メリモナークの会場の近くで開かれているアートフェアに立ち寄り、買い物したり、ポイボールを食べたり。う〜ん、ここは暖かい。というより、暑い。そう、ハワイではこの暑さを味わいたいのだからね。それから、パホアのナチュアルフードストアでワインや食材を買ってからパホアから約20分のところにあるプナのコテージへ向かいます。そこは、私たちがフィボナッチのクラスを行なったカラニリトリートから500メートルぐらいの距離にあるところでした。コテージの中に入って、私もおさむも一目でこのコテージがすっかり気にいってしまいました。ヴィンテージハワイアンスタイルの内装。。広々としたラナイ。デープルのエリアとソファーエリア。 小さくできれいなキッチン。このターコイズ色が好き。ロッジの前の広大な敷地内には、トロピカルな木々や植物たち。このラナイがとにかく心地いい。網戸があるので、蚊も入ってこないし、心地よい風が吹いてきて1日中いても落ち着きます。そして、周りはトロピカル〜〜!!超ハワイ気分!と言っても、3日間、山の上にいただけですが(実際ロッジにいたのは1、2日だけ)これからの5日間を思うと、ここに移って、ほんとよかったね〜と2人で盛り上がっていました。この日はスモークサーモン、チーズ、タラモサラダ、そばサラダなど。そして、冷えた白ワイン♪ハワイ滞在中、食事はすべておさむが準備してくれて食器の片付けもおさむ。車への荷物の詰め込みとか、コンドやロッジの手配もおさむ。マッサージしてくれるのもおさむ。。。。で、私の仕事は?というとおさむに変なエネルギーを感じたり、何かおさむに問題が出てくればキネシオロジーのセッションすること。セッションの時だけ、シャキーン!となる私。。。「またのりこを侍にしてしまった」とおさむ。ふふ、女はいざという時だけバシっと動いて後はすべて、男にやってもらうのですさて、次の日、ここから15分ぐらいのところにあるシュノーケリングスポットへ。ここはビーチというより溶岩の岩場の間に海の水が溜まって入り江になっているので、波が全くないのです。中に入ると、水が暖かくて温泉みたいにどこかから湧いている感じ。と、これは、すごい!!シュノーケリングをつけて水の中に入るといろんな種類の色とりどりの魚たちがたくさんいました。この魚は、けっこう威嚇しながら、接近して向かってきます。ふぐ?毒がありそう。浅いところは岩場ですが、場所によっては、とても深いところもあって珊瑚が広がっていました。まるで竜宮城に来たかのような、色とろどりの魚たちの美しさ。夢中になって、魚を追いかけていたらといつの間にか、何時間も海の中にいました。こんなに長い間、海の中にいたのは初めてです。そして、海が前ほど怖くなくなっている!!先日、自己ヒーリングで溺れた過去世が出てきて、調整をした話を書きましたがいつもなら、海で足が着くところであっても浮いていると、怖くなってすぐに立ってしまっていたのに今日は、ずっと浮いていても怖くならないし足が立たないところも、少し泳いでみたら怖さを感じず、海の中でとても自由感を感じている自分がいてこの感覚は生まれて初めてでした。もちろん、ここは波が全くないからなんですがここだと少しずつ海に慣れてゆけそう。ここには、また滞在中に何度か来ることになりそう♪そして、コテージに戻り、ラナイで久々におさむのギターに合わせて歌いました。このハワイ滞在中、時々咳が出たり、声が上手く出なかったのですがここに来て、ようやく少しずつ声が戻ってきました。ここだとのんびりしながら音楽をやれそうです。
2016年04月02日
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