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自閉君のお供で図書館へ。10時過ぎからなぜか昼抜きで2時まで頑張る。新聞の前にどっかとあぐらをかいて、引き出しに入った1ヶ月分の新聞を読むのが目的だ。しかも、読売、産経、毎日という3紙をじっくりとではないが見てくれるので1時間ほどかかる。「なんやこいつ」と他の人の目が言っている。今日のを見ないのがせめてもの慰め。幸いホチキスで留めてあるので新聞がバラバラになる事はない。そんな中で「合唱の楽しみ」という本を見つけたので見ていたら、「不思議・不可解な指揮者の妄言」というのがあり、笑ってしまった。「声に透明感がない」「ちゃんと歌え」「腹から声を出せ」どことも同じような指揮者がいる。これらの注意は、どう考えたらいいか分からないので、歌う方もどうしていいのか解釈に困るのだ。透明感がない、だからどうしろ、が欲しいのだ。「ちゃんと」と言う言葉はすべてを網羅しすぎて、「ちゃんと歌ってるよ。リズムが甘いの、音程が正しくないの?」ここで「全部だ」という指揮者がいたら即クビだ。「君には表現力がない、指揮者は無理だ」と。およそ「ちゃんとしろ」と言うくらい曖昧な言葉があろうか? 腹から出せ、等という指揮者も過去にいたが、ほどなく去った。腹から出る音はと言えば空腹時くらいなものだ。声は声帯から出るんだぜ・・・このあたりをいちいちつついているので、大変面白かった。尤も自分だって何かの弾みに言っているかもしれない。自省。ちなみに著者は福岡教育大学の先生だった。「教え方」を教えている先生らしい。
2006年04月30日
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引き戸のレールを自閉症君が蹴り折ってしまい、まずはこれの交換。500円ほどのものだが、レールが乗っているのは昔からの切石。凝灰岩だ。釘で打ち付けられないので、穴を開けて木片を打ち込み、それに釘止めするのだが、これが厄介。というのは、レールに釘止め用の穴が空いているのだが、これがどうも規格化されておらず、その時買ったものによって穴の位置が違うのだ。しかも等間隔に空いているわけでもない。不思議な商品だ。仕方がないので、交換のたびに石にドリルで穴を開けている。前にやったのは10年くらいかと思うが、これだと今に穴だらけになってしまう。築50年の純和風、伝統建築で近頃は大工さんも高齢化し、これからの保守が大変だ。いきおい自分でやる事になる。スキルが付くのは良いが、将来が不安なもの。作業自体は簡単で、まずは一丁上がりだ。明日、晴れれば畑の耕耘。雨なら?あ、自閉君の図書館行きにつきあいだった。
2006年04月29日
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教育基本法の改正案が新聞に載っていた。落ち着いて読んでみると、憲法の本に制定する、と言う部分が省略されていたり、必要な法の制定が「必要ならば」できる、から、単に「できる」という表現に変わっている。うがって言うなら、必要でなくてもできる、ということか。気になるのは、この法律の推進者が、ほとんど戦前教育の申し子である事だ。「戦前には戦前の良さがあった」という人、その人たちは今以上の格差があったはずだが下層部分の生活が分かってそう言っているのだろうか。討ちてしやまむ等と乱暴な事、大和魂という空虚な神経、精神力等という目には見えないものに踊らされ、あるいは踊らせた時代。精神力というのはこの世代の好きな言葉だ。愛国という言葉に踊った末が、戦争による焦土、汚れた川と空気、そして海、荒廃した山ではなかったのか。伝統行事ができない状態に人口の移動を行ってきたのではなかったのか。教育の荒廃を招いた政治家が改正を叫ぶ法律って・・・という疑問がどうもすっきりしないのだ。不当な介入と言うのは自分たちがやった事ではないのか?未来の国家を作る能力のある人づくりと言うよりは自分の言う事を聞く人づくりのように読めてしまう。国と自治体がこの目的のために策を講じる事が義務づけてある。しかし金のでない事業がないとしたら、その言葉とは裏腹に「気持ちは分かりますが財源が・・」という現在の状況とどれだけ違うのだろう。例えば、合唱コンサートを「生涯教育」の中でやろうとするなら、まず認可を得るのに上申書を書き、実施計画案と予算書を書き、実施して報告書と決算書を書き・・・なのだろう。書く事だらけで、実際の運営側はそんな暇にはできないのだ。一般の合唱団の実体が分かっているのだろうか。現場の教師だって、えらく違わないのではと思う。手続き、手続きとやられて疲れてしまうなら、それは教育の支援といえるのだろうか。制度自体を作るばかりで、実体の伴わない、まさに法律のハコモノ行政になりはしないか、いや、なってしまったのに輪をかけているような気さえする。
2006年04月29日
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ハナミズキがきれいに色づいている。普段と言えばすぐにウドンコ病になって消毒は必要だし、台風でかんたんに枝が折れてまことに手のかかるヤツなのだが・・・この時期は楽しませてくれる。
2006年04月29日
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美化週間に突入!要するに女房の指図で掃除三昧だ。草引き、部屋の整理、パソコン周辺も。ああ、ため息。
2006年04月28日
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発声(ボイトレ)を担当して5年もたってくるといい加減マンネリになってくる。指導側で聞いていてもスタート時から比べたらずいぶんまともになった。腹式呼吸、ロングトーン、響かせる声(これは更に改良の余地があるが)個人の能力は上がってきた。指揮者が言うに、「うちの団はどうもパート同士が競っていて、喧嘩しているみたい」もう少し声を合わせる方向を追求してみよう、と言う事になった。相手の声と自分の声を合わせて、溶けあう声にして、全体の声質で勝負しよう、と言うわけだ。しかし、今まではせいぜいカデンツがその目的に沿うものだが、もっと面白いものに出来ないだろうか、と考えてみた。行き着いた先がなんと宗教曲。西洋から来た合唱の原点だし、荘厳的雰囲気はイヤでもでるし、ゆっくりしているので高齢者向き。これを私が指導する事になった。変なボイトレだ。5つの音で終わるカデンツとは大違い。ちょっとしんどいかなと思うが、結構楽しみでもある。宗教曲は学生時代にいくつかやったが、それ以後は全くやっていない。どちらかと言えばハーモニーは単純だ。で、アルカデルトの「アベマリア」はどうだろう、と言う事で古い楽譜を引っ張り出したら、当時のわら半紙の青刷り(これだけで結構な骨董品だ)がでてきた。印刷はもちろん謄写版、日に焼けて真っ黄色になっている。このままではコピーも出来ないのでGWを利用して譜面を起こす事にした。今はパソコンで譜面もきれいに書けるし、当時の手書きがよみがえる。五線の一部が太くなっているのはガリを切った奴が力を入れすぎたのだろう。何とも懐かしい思いだが、これを機会に絶版になっている当時の譜面を起こしても良いなと考えている。アベマリアを紹介するのに、昔ドリフの「八時だよ!・・・・」で合唱隊がやっていた曲、と言うと皆が納得した・・と言う年齢層だ。
2006年04月27日
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macOS9.2.2のサブマシン。これにpalmのhotsyncをのせてPDAと便利にデータの同期をとっていた。ところが、慣れてしまうとことえりの使いにくさに辟易して、ATOKをいれてみた。変換はスムースだが同期しない。どうした事かと思い、あらためてインストールしたらうごきだした。よく分からないmacだ。
2006年04月26日
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自転車に乗り方なんてあるか?もう大分前だが、スポーツ車に乗るのとママチャリではからだのポジションかかわるのだ、と言う記事を読んだ。通常、サドルの高さは、腰掛けて足が楽に着く程度と言われる。が、これはママチャリの話だ。ドロップハンドルなどスポーツ車に乗る時は、これでは低すぎる。ペダルをこいで、一番下に来たとき膝が楽に伸びる程度まで高くしないと、疲労しやすい。ところが、これに従って調整すると停まったときに足は地面につかないのだ。確かに、楽に足を延ばしたときにペダルの上に乗っていたら、停まったときに届かない。どうするんだ?降りればいいのだよ・・・だから、スポーツ車で停まるときには、サドルの上にはいられないのだ。サドルの前でフレームをまたいで停まるか、横位置しかない。この話を聞いてやってみた。確かに楽だ。駅まで行くのに、三分の二ほど走ったところで、ちょっとばてるのだが、今日は何ともなく、15分足らずで到着してしまい、1本早いのに乗れてしまった。これなら十分に自動車と渡り合える。と言うか、なんのための自動車?ということになる。(雨天のための自動車か?雨が漏らないのは実に有り難い)距離にもよるが、自転車は自動車に(雨以外は)取って代われる。さりとて道具だ。体に合ってこその自転車だ。ママチャリ一本の人もあろうが、体にフィットしている事が大事なのだ。
2006年04月25日
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食堂に出入りするドアのハンドルが変だ。回してもラッチが引っ込みきらず、従って開けられない。何度かゴトゴトやって開くのだが、思い切って中を開けてみた。なんと!鉄粉がうじゃうじゃ。ハンドルの棒の断面は正方形で、ラッチにも正方形の穴が空いて、そこで回転するからラッチが引っ込むのだが、その穴がすり減って広がっている。そして鉄粉が中に一杯になっていた。レバー式なのでてこのように力が加わり、ラッチ穴を崩していたのだ。穴は正方形のはずが台形になっている。「わわ、これは5000円くらいかかるかも」と思った。ホームセンターで探してみると、なんとレバーなしのラッチだけを売っていた。780円也。「儲けた!」と思ったが、儲けたわけではない。立派な支出だ。何千円も払わなくて済んだと言うだけだ。ともかく買って帰り、ドライバ一本で修理は完了。しかし出来たのはもう10年以上前だ。今までよく持ってくれた。1年あたり80円か。。感謝しつつゴミ箱へ。
2006年04月24日
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電子顕微鏡等という目に見えないものを見る仕事をしていると、本物か、偽物か?という究極の問題にたどり着く。何せ、裸眼で見れば誰でも納得のいく事でも、5万倍の世界になると話は別だ。「これは確かに目的物だろうな?」という疑問。騒ぎの起こりは、同じものを半年ほど前に撮った写真と、今回撮った写真が違うじゃないか、と言うのだった。しかも、前回の依頼者と今回の依頼者が違うのでよけいに話が複雑になった。「前の写真は針状だが今回のは丸いではないか。サンプルを取り違えていないか?」確かにその通りだが、どこを見ても丸い粒しかないのである。前の写真を撮った人は退職した。前のサンプルを出した人も「今さら何を出したか、間違ってたか覚えてないよ」私は「だって丸しか見えないよ」どこまで行っても水掛け論。結局、サンプルの取り間違いをしないようにする工夫をし、前回の画像は間違いとして削除しよう、と言う事になった。前任者が間違えたか、サンプル提出者が間違えたのだろう、と言う事に落ち着いた。未知のものをやるのに、怖いのは最初に得た結果がスタンダードと思い込んでしまうと、あとの処理が変になる事がある。複数を並行する事がこういった誤りを防ぐが、コストアップにもなる。光学顕微鏡の標本を載せるスライドガラスは洗って何度でも使えるが、電子顕微鏡の支持台は使い捨てしかない上、1枚200円もするのだ。しかも薄い膜を自分で張るという人件費もかかる。「間違えない」「確認」は立派な節約だ。ところがこの支持台、風が吹いたら飛んでしまうほど軽いし、ちょっと力を入れ損なうとたちまち10枚単位でダメになる。見えないものを見るコストは高い。
2006年04月23日
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昨日は指揮者と一緒に合唱連盟の総会に行って来た。危ぶまれていた空もにわか雨で終わり、助かった。田舎に住む私にとって、合唱連盟の総会は一種のカンフル剤であり、旧交を温める意味もある。「どこも頑張ってるなあ」と思い、今まで一緒にでた事のある都会の?チームの代表者に声をかけたり。でも、どこも顔ぶれが変わらないのは健康の証拠であると同時に高齢化が進んでいる事もしめしている・・・ったって、自分自身もそうなんだが。ハーモニーを手渡しでもらう事も総会の仕事の一つで、帰りの電車の中で割とじっくり読める。普段は「来たよ~」だけでつんドクになりがちなのだが、この号だけはまじめに読む。その中で多田武彦さんの文章が載っていた。「最終回」となっているので、今まで気づかずに来たみたいだ。「つんドク」を崩さねば。その中に、「日本が外国音楽を取り入れてまだ130年、ヨーロッパの生活が聖歌や賛美歌の和声を通じて小さな時から識別をし、会得し、鑑賞する能力が身に付いている。西洋音楽の色彩美であるハーモニーの真価を多くの日本人は知らない」という内容の記述があった。 そう言えば和声の練習をなかなかできていない事に気づく。指揮者と宗教曲を取り入れて練習をしようかと話し合った。ボイトレの私が担当する方が良いかも知れない。発声練習は面白くないので今でも「荒城の月」とか「春の小川」などで息を保つ練習をしたり、「アニーローリー」で急激な音の上下をスムーズにやる練習をしたりしている。発声と、発音と、音階、和声は切り分けないほうがいい気もしている。
2006年04月23日
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竹島の調査で日韓がにらみ合いのさなか、「みんなで参拝する会」の面々が靖国に参拝したという。神経を逆撫でするような事をどうしてやるのだろう。韓国の言う事を聞けと言うわけではないが、何か無神経な気がする。しかも「これは心の内面の問題である。人からとやかく言われる筋合いはない」とくる。ならばその一方で押しつけ愛国心を云々はどうするのだろう?「人からとやかく・・」言われたくないのなら言うのもおかしいだろう。「同じ日本人として・・・」という論理を持ち出すなら、それはナショナリズム、ファシズムへの道だと思うがそれはないと言う、何とも手前勝手な論理だ。戦死者を追悼する事の何が悪い?と言う論理もあるが、靖国でなければ追悼はできないのか?と言う内面の問題もあろう。「戦後は処理済み」という論理があるなら軍人恩給もなくすべきではないか。手前勝手は自民党の体質だろう。法令は解釈で曲げるし、赤字国家にした責任も取らない。公務員は減らすが、軍事費や自衛官、米軍への奉仕ぶりはどうだ。「これは郵政の改革の是非を問う選挙だ」と言いながら議席の多い今のうちに他の法案も通すという手前勝手。小選挙区の利用がうまかっただけではないか。何もかも白紙委任したわけじゃなかろう。
2006年04月22日
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昨日、今日と晴天に恵まれ、駅までを自転車にしてみた。古くはあるが、れっきとしたスポーツ車なので意外と楽。まだ変速もちゃんと動くし、マジ軽ライトで上り坂も正味の脚力でいける。雨さえ降らなきゃどうと言う事はない。自動車よりも5分くらいよけいにかかるが、何せ信号、踏切を避けて走れるので快適この上ない。駅からの歩きで2ヶ月で3キロ痩せたが、これに自転車が加わると激やせになるかも?ベルトの穴が一つ進んだ。1つゆるめると寿命が何年か縮む、と言う節もあったが・・・健康面を考えると失業したのはよかったかも知れないな、と思う事がある。収入が多いのはまあ結構だが、医療費も上がるのは頂けない。ならば収入が少なくても健康な方が良いかも。 脳梗塞にでもなったら結局同じだ。となると、今の会社は給料がもらえるフィットネスクラブに通っているようなもの?給料は安いが、まあ生きていけない事もない。スーパーのタイム割引など利用すれば結構節約になる。それから言えば、地球の温暖化防止にも自転車は役立つ。ガソリンも高くなったし、これからはマジに考えねばならない。自動車にのらなけりゃ、1日約100円の節約だ。雨の日はやむを得ない(こともないが、濡れるのは結構つらいものがある)が、晴れればできるだけ自転車を使おう。自転車の難点、これからは虫が目に当たって痛い。素通しの眼鏡が必需。
2006年04月21日
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少々トラブルがあって延長になってしまった。装置のコンピュータ制御も考え物で、悪いところ。不具合を表示してくれるのは良いが、本体のコンピュータで障害が解決した事をいちいち教えてやらないとダメらしい。このメッセージが英語表記だ。まあ、名詞と動詞とクエスチョンマークでできているようなメッセージだから大げさなものではないが。事故は断水で始まった。工事の会社がパイプを壊したらしい。冷却水が回らなくなって非常停止。それはいいが、再起動で真空ポンプが回り出してから再度ストップだ。これで気がつけばいいのに、たまたまあった仕事をしていて戻ってみたら又停まっている・・・で、ウォームアップにかかる時間がそのままずれ込んだわけだ。しかし、子供が小さいときはともかく、末娘がもう大学4年では早く家に帰っても仕方ないし・・で、きりのいいところまでやろうとなった。で、これが初めての残業計上となったわけだ。残業が終わると守衛に電話をかけ、終わった旨を告げると、その時間でタイムレコーダに打ってくれる制度だ。急な飛び込み仕事なので割としっかり残業をつけてくれる。残業代はどこも厳しいものと聞いているが、まだまだ甘い!ということか?
2006年04月20日
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最近ちょっと面白いのがファンタのコマーシャル。ニューファンタ、ニューファンタと騒いだあげく、中学生みたいなのに「いいです」と断られる。このテンション上がったのをどうしてくれる、と言うような風に見えるのだが、関西にはこの上をいくことばがある。「それがどないしたん?」これを言われたら、おおかたのコマーシャルは身も蓋もなくなってしまう。商品を、これはいいよ、いいよと売り込んで興味を持ってもらえないと言うのは広告主にとっては最大の恥辱だろう。 朝日新聞にCM天気図というコラムがあって、私は結構ここが好きだ。ちゃかすCMをちゃかすのだから、この作者はある意味すごいなと思う。金鳥のコマーシャルにはナンセンスものも多いが、好きだ。訳も分からないが面白い。自分で自分を笑っているのはここの定番。大阪弁丸出しの沢口さんとか、普段の番組で京都に来て東京言葉を使うなよ、と突っ込んでしまうが、堺出身の彼女の素はひょっとしたらこんなのかも、と楽しくなる。
2006年04月19日
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阪神電鉄の過半の株を村上ファンドが買い取り、その株が阪急電車に売り渡されるという。阪神は大阪から海沿いに神戸まで、阪急は神戸線は山沿いを走り、京都線や千里線、宝塚線などより長い距離を持っている。ある人に言わせると「阪神は下品、阪急は上品」とか。もしそうなったら阪神タイガースはどうなるか・・・など、浪速っこならずとも興味を引かれる。しかし、この村上ファンドってなんなんだろう。株を買い占め、「だれか欲しいひとないか~?売ったるでぇ~」みたいなことなのだろうか。阪神電車もそれなりに苦労して作ってきた会社だろう。経営システムができあがっているところにのこのこやってきて、「株売ってくれ」と札びらを切り、経営権を握ってライバル会社に売り抜く。これって、金に物言わせたマネーゲームで、利ざやを稼ぐだけのこと。どんな経営の理念があるのか全く見えない。むしろ、阪神は阪急が株を持ってくれる方が安心できるのではないかと思う。ライバルではあるが、何をしているかが見えるから。「稼ぐんやったら」何してもええちゅうんかい?できあいのものを金に任せて持ち去り、相手に「売ったるがな」ブローカーだな。村上さんは社会にどう役だっているんだろう?
2006年04月18日
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これもあきれかえるような話だが、団塊の世代の大量退職で東京都の先生が大幅に不足する。で、新任の先生よりも他府県からの引き抜きを画策し、年齢制限を引き上げてまでやるのだそうだ。何ともまあ、泥縄的発想というか・・・多すぎる公務員をどうにかしようと言うのは賛成だ。いりもしない人員を抱えているのは無駄だ。で、何もかも一律にへらそうが、それも良いだろう。しかし教員の不足は今分かった事ではないだろう。団塊の世代の退職がいつ起きるかは想定のできる事だ。ベテランの先生引き抜きを新人よりも優先するという。新人は失敗する事も多かろうが、何よりエネルギーにあふれている。新人時代を経なければベテランにはなれないのだ。できあがったものを使おうとするこの発想は派遣社員のようなもっぱら体力にものを言わせようという企業と同じではないか。「ロボット教師」を求めるのと同じ、都教委は君が代を強制する路線を取るならば新人を採った方が話は早かろうと思うがどう考えているのだろう。「あなたは君が代を歌いますか、歌うなら採用しますけど」で気に入らない定年退職者と入れ替えればいいはずなのに・・・高校の進学率がやはり気になるのかな?結局あるもの、できたものを使う発想はあるが育てる発想がないのだろう。都にそのノウハウを得る意欲がなくてどうやって教育をするというのだろう。先生を育てる気がないと言う事は子供を育てる気がない、と同義ではないか。与えられたゲーム機でプログラムのトレースをしている子供と一緒ではないか。私たち大人が育てるべきは、従順な子供ではなく、明日を作る大人になれる子供であるはずだ。私たちが現代に生きてやっている事は大変な間違いなのかも知れない。例えば石油は掘りだしてはならないものだったかもしれない。そうやって地球を痛めつけてきている私たちは、大変な間違いを犯している可能性がある。今の大人がよいと思う事は歴史が将来あざ笑う事かも知れない。その時にはその過ちを修正できる人がいるのだ。しかも地球ぐるみでやれる人が。今の判断基準を特に教育界に持ち込む事は反動的といえるのではないか。
2006年04月17日
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どういう訳か今日はサンプルも来ず、掃除と整備の1日になった。改めてみてみると結構汚れもしているので、アルコールやら水やらで拭きまくった。化学会社というのは、こんな時の掃除には困らない。一通り有機溶剤は何でもあるので、しつこい汚れとかでもどうにかなる。ただ、やはり素手ではやばいので手袋だけはしておかないと。分析が仕事というのは、ものがあっての仕事だ。お客は社内にいるとはいえ、もう少し均等に持ってきてくれると助かるのだが。視覚に訴える顕微鏡というのは非常に人気が高い。電子顕微鏡だと、粒子が分かるので、混ぜものがしてあっても分かるし、粒度が揃っているかどうかも一目瞭然。中には木炭みたいに見えるものもある。5万倍の世界は結構楽しい。新しい発見がある。そしてかえりまぎわ。サンプルが山のように来た。すべては明日だ。
2006年04月17日
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梅の木のじゃまな枝を払って少しすっきりしてから杏を見に行ったらまあ、ちっちゃな実の卵がうじゃうじゃと・・・花も終わって見事に結果している。ちょっとネットで調べてみたらもう少し大きくなったところで摘果がいるらしい。剪定よりも摘果を!とも書いてあったりして、ちょっと今まで知識不足だったな、と痛感。今の状況で千や二千はついてそうだ。追い肥も必要らしいので今年はちょっと根性入れて、せめて何キロか収穫したい。年末のお礼肥は入れたのだが、即効性のやつを捜してこよう。遅効性のはすでにいれてある。写真がちょっとごちゃごちゃしているが黒く見える鞘をかぶっているのが杏の実。パチンコ玉の2/3くらいか。まともに育てば梅の実くらいになる。
2006年04月16日
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日曜日。のんびりと起きてくると太陽がでている。まもなく雲に隠れたが、ぐずついた天気が続いていて太陽を見たのは久しぶりな気がする。まあ、瀬戸内というのはこんなはっきりしない天気も多い。降るのかな、降らないのかな、と迷いながら傘を持たずに行くと土砂降りになったり、結局降らなかったり。どちらかと言えば降らない方が多いような気がする。だからひどい目に遭う、とも言える。今日から市議会の選挙が1週間。来週は投票日だ。合併後初めての選挙とあって、乱立気味である。これも複数の候補の声が聞こえるかと思えば今は何も聞こえない静かな時間、と言うときもある。どうしても地元候補を、と言う動きになり、地縁で候補者がでると隣近所は大変だ。無言の圧力みたいなものに押され、選挙を手伝う事になる。これが不思議なものでだんだんと燃え上がってくる。はじめは「あんなオッサンが・・・」と言っていても、周りがカッカしてくると、だんだん「何がどうころんでもとなり村のよりはマシ」みたいにテンションが上がってきていつの間にか「この人を落としてどうなる!」となるので怖い。群集心理というのだろうか、一種のマインドコントロールかも知れない。柿の木が新芽を吹いてきた。今年も収穫を狙い、防除1回目はGWにでもやろうか。梅の木は花が終わったので葉芽もない枝を切り落とし、ちょっとすっきりさせたい。
2006年04月16日
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相変わらずテーマとはなんの関係もないトラックバックがついてくるので「楽天内のみ」のオプションを使ってみた。それでもついてくるのでどんな輩がくっつけてるんだろうと見てみたら、敵もさるもの、プロフィルもBBSも書いてなく、書き込みのできない構造。この卑怯者!まあそこそこの知力も、財力も、時間もあってブラウジングしてるんだろうに、何とも無駄な事だ。こんな事に使う暇があればもっと生かせるところで使えばいいのに。下品なんだろうね。自動でくっつけてるのなら仕方ないが、見てくっつけてるんならこのページも見て恥を知りなさい! こんなブログは書きたくもないのだよ。
2006年04月15日
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消費者金融と言葉を換えても、「高利貸し」だったのだ。一昔前は、「裏の世界」だった。「真っ当な人間の商売じゃない」と言われたものだった。そこしか貸してくれないから仕方なく借りにいくのだった。今は「キャッシング」と言葉を換えているが借金だ。事業のためには借入金として起こす借金も、個人の生活の中でとなるとより慎重にならねばならないのに、「借りればいいさ」というお気軽イメージにしたのはやはりCMの力だろう。CMとは幻想を抱かせる麻薬みたいなものだ。強硬に取り立ててはならない、と言うのもいい加減なイメージなのだが、そもそも貸付残高が多いから儲かっているという論法はおかしく、回収がきちんと(手段は別にして)進んでいるから儲かるのだ。しかし、このことは銀行の論理と一緒だ。有り余る資金を無理に貸し付けてバブルが起きた。そして焦げ付きが起きるや、貸しはがしに躍起になり、何人の事業家が命を絶っただろう。それが、銀行と高利貸しの提携で金利ゼロと高利の橋渡しをして実働は高利貸しに。なんの事はない、銀行が間接的に支援していたのではないのか。高利貸しのノウハウはいかにして回収率を高くするかで、人を見る目もあったのだろうが、自動ローンではその目も育たない。かつて銀行が不動産の抵当さえあれば・・とバブルで失敗したのと何も変わりはないのだ。失業はしたが、ローンがないのが唯一の救いだった。無収入となったとき、月々の収支を0から計算できるのは最低限のラッキーだ。家や車でマイナスからの出発だったらと思うとのんびり求職というわけにも行かない。それにしても銀行はうまい事やるものだ。違法行為(取り立て)にはクッションをおき、危なくなったら政府に助けてもらう。商売人とは言えないのではないの?日本は金持ちのための政治をやっている。
2006年04月15日
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細かい仕事をするために少し度の強いめがねを掛けていると目が回ったような気分になる。視野の端っこが水の中でものを見ているような感覚なのだ。一瞬脳梗塞でも起こして変になったかなと思ったくらいだ。女房に話してみると自分もそんな経験があるという。かといって度の弱い眼鏡だと楽ではあるが不自由だ。何かいい方法はないかと思い、普段から鼻眼鏡を使っている人に聞いてみた。やたら上下に幅のないめがね。何ともきざったらしい上に年寄り臭くてイヤだと思っていた。ところがこれが目が疲れなくていいのだそうだ。上下幅の大きなトンボ眼鏡だとどこまでも度のあるものになってしまうが、幅がなければ裸眼で見えるので疲れないのだそうだ。眼鏡の下だけ度が強いのも、結構しんどいという。めがねの上目遣いにものを見ようとするのはいかにも年寄り臭く見えそうなのだが体にはいいらしい。自然体が一番ということか。無駄な抵抗をやめるか、スタイルにこだわるか、50なかばにはビミョーなところ。
2006年04月14日
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国を愛する心なんて、教え込むものではない。そう感じるかどうかが問題で、「国を愛さねばならぬ」と説くよりは「愛される国か?」を問う方がよほど真っ当だ。今の日本、愛される国でも尊敬される国でもない。場当たり政策、解釈の拡大で憲法を骨抜きにして、暮らしにくい事この上ない。治安が良いのは今までの教育がよかったからだろう。銃砲の所持を禁じるのも良い事だ。認めるのは野蛮な国の象徴だ。子供たちの学力を落として、落ちているからと教育基本法をいじくるなんて、姑息以外の何物でもない。価値観はアメリカにならえ、が今の日本の姿。鉄砲を持ちたがる野蛮人の国だ。ブッシュ政権にもほころびがみえはじめている。アメリカ軍の移転費など日本が負担すべきものではない。良いように蹂躙されていて、さながら小泉政権と国民の関係がそのままアメリカと日本の関係に見える。よくこんな政権に300もの議席を与えたものだと思う。「何かをしてくれそうだ」という期待感があったと言うが、彼がした事は居直りと討論の拒否だけだと思う。その点では小沢氏の「システムそのままで構造は変わらない」は正論だと思う。正論と言えば自分が正しいと思う事が正論なのであって、いやしくもこんな名前の雑誌を刊行して「これぞ正論」と押しつけるあたり、(批判的に読む人もあるはずだが)愛国心と本音は一緒だと思う。その裏ではファシズムが爪を研いでいるのが聞こえるようだ。「売国奴」「非国民」という言葉も復活しそうな気がする。「気に入らなきゃ日本をでていけ」とも言いそうだ。誰も好きこのんで日本に生まれた訳じゃない。生まれてみたらたまたま日本だったのだ。「あるべき姿」が過去論じられた事があるのだろうか。
2006年04月13日
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水曜日はコーラスの練習。帰ってきてから風呂に入り、やっとブログを書こうという気になるのは11時にもなってしまう。11時半には寝たい。だからどうしても急ごしらえになり、公開の時間も短い。かくて、アクセス数のグラフは谷間となる。土、日曜のゆっくりした時間だとテーマ複数でもかけるのだが・・・こんな日はアクセスが100を超える。積極的なアピールもしないでよくこれだけのヒトが読んでくださるのだ。この駄文!ところで菜種梅雨とはいうものの連続3日雨。明日は晴れるだろうか。昨日は雷もなった。大気が不安定になっていたのらしいが、わずか15キロほど離れた隣町は、雷が鳴るのが4時間も遅れたそうだ。この雷雲は人間並みの移動速度だったようだ。そう言えば長く鳴っていた。まさに春の嵐。そう言えば会社の早い桜は散り始めている。
2006年04月12日
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昨日入学式だったところが多いようで、今日から見慣れない顔がぐっと増えた。一方、見かけていた顔がなくなった。卒業やら進学やらで相当動いたようだ。その中には私立の中学生もいる。中学生と言ったっていきなりなる訳じゃない。こないだまでの小学生が中学生になるんだから、まだまだ子供っぽいところがたくさんある。大人になったのは運賃だけだろう。ぴかぴかの大きなカバンを抱え、おろしたての制服だから一目で分かる。こんな時期が自分にもあったよな、と思いながら。さながらぴかぴかの中一か?今日は雨のうえ、風もかなり強かった。真っ白な靴がみるみる汚れていくのは気の毒だが、そうやってだんだん貫禄がでてくるのだろう。帰りの電車では、これはどうも学生らしい。「きょうはどうやった?」「うん。就職の話。先輩たちはどこへ行ったかとか就職指導とか」多分新4年生だろう。うちの娘もそうだが、今年は就職の年。(になればいい、悪くすると卒業だけだったりする)奴は医療系なので就職活動は年が明けてからなんだそうだ。国家試験の関係で、合格しないとおことわりらしい。だから、国家試験が済んでからなんだそうだ。病院実習は来週から始まる。実習が始まると、娘を送りがてらの出勤、途中まで一緒なのだが、ちゃんと起きられるのか心配だ。それにしても寝起きの悪い奴、娘ながら困ったものだ。まだ起こしてもらっているのだから。
2006年04月11日
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食べ合わせ(食い合わせの方が言葉としては慣れている)のことをたまたま某サイトでみた。トマトとキウリはよくないとか、シラスの上に大根おろしもよくないとか。少し科学的に書いてあるのでなるほどと思う人も少なくないのだろうと思うが、どう考えてもおかしいものもある。キウリにはアスコルビナーゼが含まれているのでトマトに含まれるアスコルビン酸(ビタミンC)を破壊する、ただし酢の物にしておいたら酵素は働かないのでそのほうがよい、と書いてあったらなるほどと思うかも知れない。でもキウリを食べたら胃の中は酢どころではない強酸だ。こんな中でアスコルビナーゼは働けない。従ってこの説はおかしい・・・と思う。食に関して関心を持つのは良い事だと思うが、テレビなど見ているととんでもない事がまことしやかに言われていて、「そこまで言うか?」と思う。最も、テレビ局は視聴者に健康になってもらう事を願っているのではなく、視聴率が稼げればいいのだからセンセーショナルな表現ができて、うそでなければ良い、位の意識なのだろう。ミノさんにしろ、サカイさんにしろ、栄養化学の専門家ではない。昨日の「よく噛んで食べましょう、さもないと膵臓がトラブルを起こして・・」という番組の中身はひどかった。よく噛んで食べないと酵素の固まりの膵臓が働きすぎてアミノ酸が足りなくなる、その結果膵炎を起こす・・・というのだ。よく噛んで食べる事に異論はないが。唾液のアミラーゼというのがよく作用して・・・となるとこれは変。唾液アミラーゼ(プチアリン)は小学校の理科実験にも使われるほど有名だが、実はアミラーゼとしての活性は弱い。むしろ食べ物と唾液のムチンをよく混ぜあわせ、食堂をスムースに通す役目の方が重要だ。機械的な破砕も 口でしかできない。内臓は揉むぐらいが関の山。破砕できるのは歯だけだ。膵臓の酵素は1200種類のアミノ酸からできている、と言っていたのは噴飯もの。アミノ酸の種類は20しかない。1200個からできているというならそうかな、と思うが。でも酵素蛋白、そんなに小さいかな?とは思う。この番組で何を取り上げたかで、明くる日の売れ筋が分かると言うが、そんなものに一喜一憂するよりは何でもバランスよく美味しく食べる方が遙かに重要だろう。ヒトは雑食動物なのだ。こういう話題を取り上げるたび、学生時代の栄養化学の講義を思い出す。授業の冒頭から「君たち、栄養化学ほどあてにならないものはない。こんなに恣意的に取り上げられてきた学問はない」で始まったのだ。脳にグルタミン酸が多いと言う事で「グルタミン酸を食べると頭がよくなる」となったそうだ。番組を見て食材に走る人たちは昔も今も変わらないと言うことだろうか。
2006年04月10日
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どこの誰がつけるのか知らないけど、アダルト系とおぼしき、しかも荒らし系とおもわれるやつがくっついてきます。こんなことやってて何が面白いのか分からない。無駄な抵抗かも知れないけど、気がつくたびに削除して、すぐくっついてくるの繰り返し。ちょっと空しくなる。ネット資源の無駄遣いだよ。
2006年04月09日
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マックのネットはお手軽で結構セキュリティも強いと聞いていたが、久しぶりにちょっと使ってみて驚いた。ことの起こりは合唱連盟の規約案を受け取って、これを手直しすることだった。マシンが使える時間がないので外でPDAを利用して書き直したいが、PDAに移すためにはOS9のマシンを使わねばならない。元の原稿はOSXのマシンの中。メディアによる移植はハードの制約でできないが、ネットで繋がっている、というものだ。ゲストではいると、そこにはあるホルダの名前が示されるが、publicと名付けたフォルダの中身しか入っていないように見える。実はもっと他にもあるのだが、許可したホルダにあるものしか見えないわけだ。そこに必要なファイルをコピーして、あっけなく終わった。OS9のマシンからは、サービス用のホルダしか見えず。階層構造もへったくれもない。つなぐときも、共有をかけずに直接アドレス指定でつなげる。これって、Winでやってどうなんだろうかと簡単に答はでないが(マシンがないので)お手軽且つ結構頑強な感じがする。待ち時間の利用で目的は果たせた。
2006年04月09日
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新聞の1/4くらいだろうか、そんな大きな広告は「障害者自立支援法」こんなに充実させました、というやつだ。しかしこれを見て障害者を抱える多くの家族は苦笑したか、私のようにあきれかえったかだろう。先にも指摘したが、地域で暮らす、仕事に参加するというのがいかに絵空事であるか。そして国の費用負担を1/2とするというのは天井づくりである事。身体障害、知的障害、精神障害の一本化の是非。まともな審議もしないでどさくさ紛れに通した法律だ。民主党のメールの真偽確認にまけないほどお粗末な法律だ。障害と言うが、大枠でくくれるようなものではない。個別対応が対障害の基本だ。精神障害が障害とされなかったのを改善(何、よくなった訳じゃない、まともになっただけだ)したというが、評価尺度を示していない。上意下達という封建社会の論理を通しているに過ぎない。地域で暮らすの問題。理念は結構だ。最も大切なのは住民の理解だ。これにお金をつぎ込んでいるとは思えない。私のような生まれたときからこの土地で育てているようなものはまだ良い方だろう。転勤などでやむなく住所を変える人は少なくないはずだし、どこに行っても充実した暮らしがあるわけではない。素っ裸で歩いている人を見て、ああ、障害者だな、と思う人よりも「なんてことを!」と思う人の方が絶対多い。身体障害は見て分かるし、本人の希望する要求も聞ける。しかし知的障害者はそう言うアピ-ルができない。本人が何をしてもらいたいかと言う事は誰も完全には理解できないのだ。就業の件に至っては半ばお笑いぐさ、単純労働をロボットで省力化して儲けた人を「勝ち組」として称え、仕事を障害者から奪い、なお「応分の負担をしてもらう」なのだ。しかも家族の収入を合計して本人の収入とするという何とも奇妙、珍妙な負担能力の評価。その上、「就業させるような努力をする事」を施設の役割としている。仕事ができると言う事は、企業が雇って金を支払って初めてできる事なのだ。かけ声だけであとは知らない、というのは慢性的殺人に等しい。そもそも全国紙にこんな広告を出す金があるなら、障害者が希望する予算に回せ!と言いたいが、おそらくこれを「住民啓蒙についての費用」とすることなんだろう。沖縄の基地問題も同じ。基地問題を解決しようと思ったら、安保廃棄しかないだろうと思うのだ。この国の為政者は、国民の方を向いていない。
2006年04月09日
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休みを取って朝から検査。10年ほど前から左腕が細かくふるえる事があるので一度医者にかかっていたのだが、「加齢によるものでしょう」「効く薬もない」ということで、まあ日常生活に不便をきたしたり、命に影響すると言うほどのものでもないのでほったらかしにしていた。キーボードの二重打ちがあったりしても訂正すればよいのでそのままきた。ところが、化学関係の会社に就職したもので、これは下手をすると劇薬を容器に入れ損なったり、手につけたりする、あるいはガラス器具を落として壊す事も考えられ、(実際にやったわけではない。実は不思議なほど何も壊していないのだ)ちょっと本気で対応しようと言う気になったのだ。医者の言うには「どうも体質的なものらしい」大ぐくりに言えば「手の貧乏揺すり」みたいなものらしい。「直す事はできないが押さえる事はできる」と言う事で投薬中だ。「念のためにMRIも取りましょう」ということで今日になった。まあうるさい機械だ。単調な音なので前に取ったときは眠ってしまったが、今回はそうでもない。30分ほどで取り終わり、現像して医師が見るまでたっぷりと待たされた。結局脳に異常はないが、蓄膿症の可能性がありますね、と言われてしまった。鼻腔の片方に水があり、白く写っている。自分の体をこうやってみると、実にリアルだ。断層撮影なので事細かに分かる。何年かに一度はこういう検査を受けておくべきなんだろうな・・それでも、検査料はやはり高かった。
2006年04月08日
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長い間(おそらくマックが生まれてこのかた)68系と80系で相容れなかったOSが乗り入れのようになると言う。(この書き出しで抵抗なく読める人って、多分50代以上だと思うが)今朝の朝日新聞で、マックOSとウィンドウズXPのダブルブートができるようになると言う。私のマックは最新でもG4なので無理だが、インテル製のCPUを使った最新型はこれができるという。でも、マックユーザとしてはマックOSを使えるのになんでXPみたいな変なものを使う?のか分からない。ウィンドウズはシェアが大きいからいろんなアプリが作られている。でも、OSをさわるときはレベルが違う。マックの方が遙かに快適。楽しんで使うのがマックで、仕方ないから使うのがウインドウズなのだ。高級車に乗ったあと軽自動車に乗るようなもので、その差は歴然。それともアップルはそれをアピールしたいのだろうか?変な機能だ。アプリでウィンドウズしか動かないものを無理に動かすならともかく、今まで20年間使ってきて不便を感じた事など何もない。XPで私が一番気味悪く思うのはインターネットの接続手続きだ。ウィザードという割にはものすごく概念が難解。
2006年04月07日
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毎朝仏壇にお参りするのが我が家の日課だが、出勤前なのでそうそう時間はかけられない。とはいえ、ロウソクと線香ぐらいは供える。このロウソクというもの、よく見ると燃え方が非常に面白い。ロウソクに火をつけるとどうなるか。まず芯が燃えて短くなる。一旦炎は小さくなるが、熱で蝋が溶けだし、それがガス化して燃えるようになると芯が露出して長くなり、炎心が大きくなってガス化量が増え、炎は再び大きくなるのだ。そして蝋のある限りは燃え続ける。 ロウソクが短くなるにつれ、芯も燃えていくので炎の大きさは変わらない。実によくできている。ではどうにかして炎を大きくする事はできないか?たまたま見つけたのだが、ロウソクを縦に半分に切ったとする。芯が露出した状態で火をつけると、これはちょっと怖いくらい燃え上がる。無論、蝋はあっという間になくなる。ロウソクを消したとき。芯の火は先端に向かって消えていく。これはちょっとした発見だった。根本側に消えていくのではなかったのだ。芯を確実に残す事で、再点火時の火のつきやすさを確保しているのだろう。先人の生活の知恵というか、原始の火はよくできている。 そう言えばいつだったか夏休みの宿題として「ロウソクの科学」などと言う本を読まされた事を思い出した。
2006年04月06日
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久しぶりに車のライトをつけずに帰ってきて、玄関の戸を開けようとしたら目の前を燕がすうっととおりすぎ、納屋の方に入っていった。ガラスを5cmばかりずらしているので、燕は自由に出入りしている。春ですね!燕は自分の生まれた家を覚えていて春になると戻ってくると言うけれど、本当かしら?正月前に餅をつくのは燕の巣のあるところなので、実はこの時に壊してしまう。土なんか入ったらイヤだから。で、毎年作り直しているみたいだ。燕は、年に2回巣作りをするように思う。早く生まれた燕がやるのか、時間差で遅く渡ってきた燕がやるのか知らないが、暑い盛りに本宅の方に巣を作ろうとするので、これは早いうちに取ってしまってあきらめさせている。燕の糞害も結構重いのだ。巣の中には絶対にしないし。その汚れたるやひどいもの。鳩よりはマシかも知れないが。
2006年04月06日
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菜種梅雨というのだろうか、3日の1日は雨みたいな気がする。通勤もうっとうしいのだが、その中でのささやかな楽しみがある。それは電車の床の落書きだ。雨が降るから傘がいる。傘を閉じると、長い事水が先からぽたぽたと落ちる。この水で床に落書きをするのだ。心理的には映画のポスターにひげを描いたりするのと大差ないのだが、まずどの様に広がっていくかで「何に似ているか」を考えるのも結構楽しい。それに尾やひれを着けていくわけだ。今日のは箱そりで遊ぶ子供の姿だった。
2006年04月05日
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4月になるというのは大したものだと思う。電顕室のエアコンはうごかさないですむ。冬冷えて夏は蒸し風呂の部屋なんだそうだ。夕方から雨になったが、この雨も寒さは感じない。そんなわけで。思い切って今日から下着は半袖、ジャンパーは春物のうすいやつに変えた。ウォーキングの間はちょうどいい。体温が上がるが、さっさと放熱してしまう。でも、下半身はまだ冬バージョン。やっぱり腰痛が怖い。冷えると神経痛が出てくる。もう少し暖かくなるまで。電車の中は新入社員そのままって顔が並んでいる。なんだか母親らしいのが一緒にいて、あれこれと言われている若い男もいる。大丈夫かいな?他人事だけれどもなんだかなあ・・・ そう言えば次は新入生だ。こいつはうるさくなる。新快速への乗換駅では岡山弁の一団が降りていく。たぶん青春18切符のグループかな?春休みの間は、年輩者のグループ旅行も流行のよう。「ここらの人はえげつない。人が席を取っているのにそのカバンをどけて座ってしまう」というような言葉を耳にした。その真偽はわからないけれど、私は岡山弁を話す人に横から割り込まれたので注意をした事がある。ひょっとしてその時にそんな事をしたかも知れない。土地の文化みたいなものがあって、割り込む事はその人にとっては当たり前の事だったのかも知れない。でも、やはりどこでも通用するルールではないだろう。そう言えば、東京で山手線を待っていたとき、割り込みのトラブルでけんかになり、鼻から血を流しているのを見た事がある。えらい文化もあるものだ。春、いろいろなものがうごめき出す。そうだ、イラガにスカシバ、今年も戦わねばならない。
2006年04月04日
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我が社も今日は2人の新入社員を迎えた。30年前の自分もこうだったかな・・・と。但し、私の入社式は3月だった。高卒の方が多かったので、学校としては早く引き取って欲しかったのだろう。だから大学の卒業式は出張扱いで行く事になった。「フレッシュマン」というと実に新鮮だが、「青二才」という意味もあるとか・・・これは子供にも言った事がある。2人とも大学院卒だそうだ。1人はドクター、もう1人はマスターだ。そして私も常勤嘱託として正式採用。半年ごとの契約だ。桜も咲き始めた。この間はちらほらだったが、3日もすると七分咲き。明日は雨だと言っているから、ひょっとすると明日が満開かも知れない。今日の失敗。例によって電子顕微鏡のプレパラートづくりだが、3mm径の銅箔に試料をつけて乾燥するのだが、ゴミが入らないようにプラスチックの蓋をしていた、それがちょっと腕にあたり、きちんと並べていた試料がバーンと移動。どれが何だったか分からなくなってしまった。腹が立つやら情けないやらだが、気を取り直して作り直した。おかげで家に帰ったのは7時半。それでも前に比べりゃ驚くほど早い。これを前にくしゃみでもしたらそれこそ死刑ものだ。「俺の1日をつぶしやがった」自分でやったらまああきらめるだろうけど。
2006年04月03日
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少子化問題について、朝日新聞が取り上げ、論評している。教育への補助、労働環境の改善を軸に論評がなされていた。私は一言で言うなら、会社の利益追求と対米従属政策のために国民への分配額が低下しているからだと考えている。いわば「意図的でないストライキ」の状態だと思うのだ。会社が利益を上げようとすれば労務費の分配は少なくなる。家計が苦しくなると子供を産めない。産んでも教育費をかけられないので教育レベルは相対的に低下する。これは一昔前のアメリカの状況と同じだ。格差社会が形成される。そしてその格差が次第に増幅される。企業は儲けないと株主から突き上げられ、経営者は解職される。ほどほどの利益というのが今は否定される。笑いが止まらないほど儲けが出なければ失格とされるのだが、笑いが止まらない事の裏には、それだけ泣く人もいると言う事だ。政府は「努力した人が報われないのはおかしい」ともっともらしい理由をつけて高額所得者の税金をまけてやっているが、「努力しないと報われない」は真であっても「努力すれば報われる」は真ではない。時の時流に乗り、法の目をくぐる事で利益を上げるものもいる。(努力する方向が違うだろうが)ライブドアはその例だろう。又努力しても報われない例だって数多くある。社会環境にしろ、どのみち富の再配分はしなければならないのだ。貧しい者への配分を減らして負担を増やし、富める者からの徴収を減らせば格差拡大は目に見えている。政治の意味はこの再配分の機能にある。この機能が停止するなら、政治の意味はなくなる。今の政治が誤っているからこのような結果になるのだと思う。その意味で少子化問題は「非意図的スト」と位置づけられると思うのだ。被搾取階級がなければ搾取階級は成立しない。搾取できなくなったら共倒れだ。そうなると分配を被搾取階級にシフトせざるを得ない。でも、そんな状態になる前に話し合いや配慮がなされるのが世界のあるべき姿と思う。エネルギーの独占やら、諸悪の根元は誤った(アメリカ的)グローバリゼーションではないか。
2006年04月02日
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朝から聞き慣れない音がする。ジャッキを締めるような音。何事かと思えば合併で大きくなった我が市の市会議員の選挙だ。これが、前の行政区からの候補者がほとんど辞退しなくて、28の議席を60人で争うという。国会とか県会とか、知事なんかはせいぜい4人分あればすむ町だから、いいところベニア板が1枚あれば十分だ。ところが60人となるとこれは結構見もの。カメラのディストーションもあるが、写真のようなやたら長ったらしい掲示板になった。10mくらいありそうだが、おそらく今回だけだろう。それに、いつもは木の杭を打っているのでトンカンと音がするのだが、今回はパイプを組んでいる。そりゃあ風の強い日もあるから壊れると大変だよな。それにしても議員というのは1回やったらよほど魅力があるのか、立候補を繰り返す人が多い。むろん有能な人もいるが、首を傾げたくなるような人もいる。地縁の強い土地柄なので「おらが村の代表」みたいなもの。地方の政策だから限りはあるが、住民本位の活動をして欲しいのだが、相変わらず実績を述べるときには「橋を架けた、道路を造った」という土木関係が多い。他には「人物本位」を訴える人もいるが、知りすぎている人にはつい失笑。
2006年04月01日
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これが野党第一党かとちょっと情けないくらいのドタバタ劇だ。前原代表というのは会った事もないから人となりは分からないけれど、結局抱えきれなくなって投げ出したような印象だ。メールについての真偽もあらかじめ怪しい事が分かっているのならなぜあえて永田議員に質問させたのか、全く理解できない。現状ではたださえ人数の多い自民党を側面から支援しているようなものだ。小泉内閣が基本的に差別と選別を勧め、格差拡大で景気の回復(だとは思わないが)を計っていこうとするなら、「持てるもの」から取り上げて全体の経済的底上げを計るという対立軸を持っていればただの信号に過ぎないメール(いかにも週刊誌的ネタだ)などに興味は引かれなかったはずだ。むしろその意味では社共の方が軸は明快だ。富の分配だけの問題なのだ。また、下層庶民がどんな考えなのかさえ拾い上げないなら、基本的に自民と民主は同じスタンス。自民は「家柄」で動く集団だ。株主は財界。だから金持ちの気に入る法律がじゃんじゃんと通っていく。例外はアメリカ。これとて裏で財界と通じていても全く不思議はないが。応援している国会議員がたまたま民主党にいるので応援してきたが、これでは今後はとてもそんな気にならない。彼は小沢氏に薫陶を得たと言ってきたが、この際小沢さんの手腕を見てみたいものだ。
2006年04月01日
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