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みかん園の、5月のはじめ今日は5月3日、憲法記念日です。平和であることと、みかんの営農ができることとは、一体のことです。それをあいまいにする事柄とは、妥協なく「たたかう」ということです。それはともかくして、5月のはじめにあたって、みかんの営農を月例としてまとめます。1、みかんの営農にとって、5月の初めというのは、秋の収穫とともにハイライトです。「古今集」に、読み人知らずのこんな歌があります。 さつき待つ 花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする歌心のない私などにも、みかんの香りに鎌倉時代の人も愛着を抱いていたことが、伝わってきます。この五月のはじめは、憲法記念日であるとともに、私などにとっては、みかんの花とお茶摘みの時であり、この悠久の時なんです。2、ところが今年は、大きなアクシデントがありました。小田原の地域では、2月8日の投票日に、大雪とマイナス7.9度という凍害が発生しました。この甘夏の落下は序の口でして、時間とともにさらに広がって、8割方の実が落果しました。地域の特産の湘南ゴールドにおいては、全てがスカスカとなり、人前には出せなくなりました。レモンの木は、木自体が枯れてしまうかもしれないという、深刻な事態です。この大きな被害がわかってきたのは、3月、4月と時が経過するなかでなんですね。こうしたことは、何十年ぶりとかのこと、今対策・対応を探ろうとしています。農民運動連合会が、この事態をキャッチして、直ちに3月19日に現地調査に入ってくれました。その新聞『農民』(4月13日付)で、現地の被害の状況を発信してくれました。気候危機が問題とされる今日、今後においても、再び来年にもありうることですから、今、その支援と対策ですが、私などもこうした場合、どのように事ができるか探ろうとしています。3、今回の経験ですが、これは私などの姿勢を変えることを要請しています。今の資本主義社会の発展の中で、農業問題について正面からの対応が求められていることです。そうしたことで、4月26日に、町田の農家のタケノコ市に参加してきました。これは、未来の芽を感じさせてくれるタケノコ市でした。私などは、これまでの20年間、もっぱら、小田原のみかん業の「援農」をしてきたんです。農家の手の及ばなくなった畑にたいして、その「草刈を手伝う」ことだったんです。ようするに、小田原のみかん園の草刈がすべてで、それへの対応がもっぱらだったんです。今回のもろもろの事態は、このかかわり方が根本的に問われているんですね。東京在住者による、小田原みかんへの援農者のつもりでしたが、これを切り替えます。それは、東京の農家が今どうなっているか、そもそも農家自体がどうなっているか、私などはまったく知らないんです。草刈だけでなく、農業そのものについて、もっと知らなければならない。そうしないと、難行苦行は解決しないんですね。だいたい東京というのは、日本の最大の消費地です。どうしたって、食糧を通じて全国の農家とかかわっているじゃないですか。東京は、日本の農業問題が歴史的に集中している場であり、その矛盾が最先端で直面している場なんですね。それが現実です。したがって、これまでの受け身の根性を入れ替えて、農業がどうなっているのか、積極的に探ってみたいと思います。さしあたり、東京の農家の状況を知ることと、農業理論を探るということですが。昨年、私などは、「東京農民連」に入会させていただいたんですが、これもまた、一つの出会いであり、一つの縁ですね。これまでは、みかん園の草刈しか知らなかったんですが、東京の農業を知ることで、農業そのものを知る。国民の暮らしにかかせない、衣食住の中の食を知る。これは当たり前なことでもあり、人類の昔から未来への悠久のテーマでもあること、それが、直面していることだということです。これが、この4月の結論です。
2026年05月03日
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農業に関する理論をもとめ私は東京八王子市在住ですが、2001年以来、神奈川県の真鶴にかよって、みかんの木の手入れをしています。昨年、農業を知ろうと東京農民運動連合会の会員に参加しました。動機はいたって、単純でして、この20余年、ひたすらみかん畑の草刈りにかよってきてはいてきたんですが、それ以外のみかんの手入れのことは、ましてや農業のことは知らなかったんです。齢75にしての反省ですが、みかんの草刈りをしてきただけですが、あらためてみかん栽培とは、いや日本の農業とは何が問題かを、探る必要を感じたんです。まぁ、そうした時に、今年の2月8日に小田原の柑橘は、大雪と凍害に直面したわけでして。東京は農産物の大消費地ですから、東京の農家とともに全国の農家にかかわっているんですね。そうしたことで、農家の状況と、農業の理論について、75歳の手習いを始めた次第です。今、探っている農業理論の一つは、ケネーの『経済表』です。50年以上前ですが、小田原駅から学校に通う道に本屋さんがあって、そこでそのころ求めました。いったいケネーは何を言っているのか、チンプンカンプンだったんですが。今読んでみると、農家は、そのもつ資産のうち、その一部をその年の農業に投じる。種や肥料、農具などの流動資本を使って、その価値以上の剰余生産物をつくる。その剰余生産物は、地代や税金を賄い、工業製品を購入する。ケネーは、当時のフランス国家の資料をもとに、国全体の再生産の流れをまとめたんですね。それが『経済表』だったわけです。もちろん、不十分だったり、あいまいな点はあるんですが、基本的な再生産についての関連をあきらかにしたんですね。今日、農家が確定申告をしていくうえでも、参考になる基本です。ところが、その意義をとらえつつ、そのあいまいさを分析した人がいます。マルクスの『資本論』です。去年、志位和夫さんが、「赤本『資本論』」において、『資本論』第一巻の搾取の仕組みを、簡潔かつ本質的に解説してくれたんですが。それは搾取の基本について、でした。今問題となる、「農業ではどうなの?」いま、みかん園の草刈りをしていると、「農業では何が問題なのか?」、当然ながら問われます。どうやらそれは、『資本論』第一巻のその先にありそうです。第二巻の再生産論と、第三巻の平均利潤、地代論あたりにあるようなんです。今ころそれに気がつくなんて、私などは、せわしい学生時代でしたから、『資本論は』第一巻を読めたくらいでした。志位さんの範囲くらいは読んではいたんですが。なにせマルクスの『資本論』は大きな作業の、刊行できたのはその一部でした。第二巻、三巻に目を通せたのは1990年代でして、その理解は、とにかく目を通したくらいだったんです。そこに今日の問題としているところがあったなんて、気づかずでした。ここに私などの、今が、遅まきながらの今が、あるわけです。マルクスは『資本論』第一巻を出すにさいして、大きな全体的な作業をしました。『剰余価値学説史』全三巻もその一つです。もちろん、不勉強な私などには、その全体は歯が立たないんですが。しかし、少なくとも、その第二章「重農学派」P22-47ですが、それを今回検討しています。農業問題を理解する上で、ケネーの『経済表』の理解と、そのマルクスの「重農学派」の分析、この二つを読もうと思っている次第です。いま、みかん園の草刈りをしていると、「農業では何が問題なのか?」、当然ながら問われます。どうやらそれは、『資本論』第二巻の再生産論と、第三巻の平均利潤、地代論にあるようなんです。まぁ、今ころそれに気がつくなんて、どうやらそれは、『資本論』第二巻の再生産論と、第三巻の平均利潤、地代論にあるようなんです。遅いんですが、でも気がつかないよりかは、ましです。しかしもう一つ、探求したい論文があるんです。レーニンの『農業における資本主義』『農業問題についてのマルクスの見解』です。ここでのレーニンの指摘が、マルクス『資本論』を紹介してくれたんです。『農業における資本主義』は、古典的なカウツキーの大著『農業問題』の紹介です。レーニンはそれを、当時直面していた農民運動に生かすため探っていたということです。この流れがあるんですね。もちろん、100年も前の本ですから、これらを金科玉条にすることはないんですが。しかし、これらはいまでも農業問題を理解する上で、その基本として認識しておくことは必要だと思っています。これらが、もっか私などが挑戦しようとしている農業理論です。
2026年05月02日
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今季の最後のみかん朝市5月2日(土)の午前8時半から9時15分まで、永山商店会のみかん朝市。今季、最後のみかんの朝市でした。ならべられたのは、最後の甘夏と、旬のフキです。この朝市はショックでした。もちろん、商店会の朝の人通りの少なさが一つでした。私のイメージには、コロナ前のころのにぎやかだったころの商店会の朝市のイメージがありますから、それに比べて、なんと閑散としていることか。人が出てこない。まぁ、それはそれとして、最近の事態なんですが。それても3人の方が寄ってくれて、みかん談議になりました。「これって、甘夏なの?」「甘夏です」こんなことから会話が始まりましたが。その姿の問題じゃなくて、味の問題だったんです。これまで私は、柑橘を販売することに専念してましたから、他者に味見をしてもらっても自分では味見してなかったんです、いちいちしなくても、わかっているつもりでしたから。ところが今回は会話のはずみから、甘夏の味見をしてみたんです。「ひどい!」何とも、その味はひどいものでした。水分が皮に取られて、果肉がしなびている。果皮の苦みが果実にはいって、苦く酸っぱい。これが、雪・凍害ということなんですね。この間に、こんなものを5個300円で卸し、350円で売っちゃってたのか・・・。まったくの反省です。大雪の後に味見したときには、そこそこの味だったんです。そのあとも、それなりに確かめていたはずだったんですが。2月8日から5月2日のあいだがたちました。この間にもっと早く、状態の変化に気付くべきでしたが。その都度、柑橘の味を確かめなければならなかったわけですが・・・。しかし、もはや後の祭りです。せっかく買っていただいた方には、申し訳のないことをしたものです。どうやって誤り、この埋め合わせをするか。この問題は残っていますが。とにかくこれが、今季の最後のみかん市でした。
2026年05月02日
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お茶とみかんの歌当方は、神奈川県の小田原でみかん栽培をしていますが。「八十八夜」は、今年は5月2日とのことですが。4月29日には、お茶摘みをしてきました。みかん畑の周辺には、お茶の木が植えられてます、みかん畑のお互いの境界を示す印でしょうか。お茶の木は、適切に管理すれば低木に抑えれるはずですから、みかんの木への太陽の光を妨げることはないはずなんですが、手入れを怠ると、人の手の届かない高さとなり、クズやヤブカラシがまきついて厄介な存在になります。当地は「足柄茶」のブランドで、お茶の産地でもあります。昔から農協が製茶工場をもっていて、茶葉の生育に合わせて日にちを限定で稼働させてくれています。ただし、その日に茶摘みしたものでなければだめ、また、濡れていてはだめで、晴れた日しか茶摘みはできませんから、工場の稼働日に合わせて、お茶摘みにはタイミングがあるんです、のんびりといつでもというわけにはいきません。わたしなどは手摘みですから、「一芯二葉」の茶摘みの単純作業が続くわけです。そんな中で、「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る・・・・♪」これは、茶摘みの単調な作業を励ましてくれる励ましの歌なんですね。「つめよ、つめつめ、摘まねばならぬ。摘まにゃ、日本の茶にならぬ」これは、日本の近代化を、農家の努力を下から支えた歌ですね。私はこの歌は静岡の茶どころでつくられた茶摘みの応援歌かと思っていたんですが、そのもとは京都の茶どころでうたわれていた歌なんだそうです。もう一つ、茶摘みの時期というのは、みかんの花の咲く季節でもあります。みかんの花びらが、風に浮かれて茶摘みの収穫籠に入らないように注意が必要です。茶畑に隣接してみかんの木があります。これは真鶴の湘南ゴールドの木ですが、今花が満開です。茶摘みに追われていると、ついついみかんの花を楽しむどころではないんですが。注意してみると、ミツバチがいて、ところどころで、せっせと花粉を集めて飛び回っていました。ここでも自然と歌が出てきます。「みかんの花が咲いている、想い出の小道、丘の道。はるかにみえる青い海・・・・♪」私は小田原に縁のある北原白秋の作かと思っていたんですが、違ってました。これは川田正子(1934-2006)が、1946年につくった歌だそうです。小田原の景色とぴったりで、今も昔も自然の景色はそうそう変わりません、みかん畑は、いまも歌詞の通りで、相模湾が輝いてます。まるで小田原で作ったかのような感じがしてきます。どこで作ったんでしょうか。とにかく今、その歌の通りで、みかんの花の季節が始まりだしています。みかんの花の香りが、これから山全体に漂いはじめます。相模湾がキラキラと輝いています。今回も茶摘みをしていたら、近くでキジの鳴き声がしました。今回は、珍しくもメスが近くにいるツーショットです。こうなると、オスは鳴く必要はないと思います、この時はたしかに静かでした。オスは大きな声で鳴いて羽ばたきの音を立てるから、だいたいその居場所がわかるんですが。しかしメスは警戒心も強く、静かで鳴かず、地味な姿ですから、それをみれるのは珍しいんですよ。でもだいたいは、オスの近くには、メスがいるはずなんです。オスが鳴くときは「おれは、ここにいるよ」って、メスにアピールしているときかと思いますが。したがって、二羽が一緒におさまっている写真というのは珍しいんです、静かですから。以上、4月29日、小田原の午前のみかん園の様子でした。
2026年04月30日
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東京・町田でタケノコ市東京農民連・町田の大谷宅で、4月26日(日)にタケノコ市が開かれました。前日には、近くの竹林で、準備のためにタケノコ掘り、百本のタケノコを用意しました。また、収穫したての野菜を袋詰めして、販売の準備がされました。4月26日(日)は、天気も晴れました。午前9時過ぎには、タケノコをもとめるお客さんが大勢来てくれて、たいへんな盛会でした。このタケノコ市は近くの学生も来てくれました。東京の農業、生産された作物を販売する活動を支援してくれました。また、追加のタケノコを掘る作業にもあたってくれました。大勢のお客さんを相手に、てきぱきと販売の応対をしてくれて、日ごろ静かな庭先ですが、大勢の活気にとんだタケノコ市となりました。当方も、小田原のみかんを、清見と甘夏を販売させてもらいました。小田原と東京・町田との交流です。農家の人口が大きく減っている近年ですが、しかしどっこい、東京の農業・農家も健在です。このタケノコ市ですが、東京の農家と消費者との生きた交流の、一つの形を示してくれました。
2026年04月26日
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タケノコとフキの季節今、日本の農家の人口が激減をしているのをご存じですか。私などは長らく東京生活をしてきたものですが、2000年から郷里の小田原・真鶴でみかん農夫をしています。農業を支える人は70-80歳で、90、100歳近くの方も頑張ってます。農業は自然の恵みを生かすこと。私などは、本日・4月25日、東京・町田でタケノコ掘りをしてきました。この自然の恵みを、どのように掘ればベストなのか、その掘り方をアドバイスしていただきました。農業において、そのギャップが大きいと思いませんか。なんで、80歳前後の高齢者が現役の青年部として頑張っているのか。会社員の毎月の給料と違って、農家の収入は年に一度か二度なんです。その年の自然条件によって、収穫はまちまちです。その市場価格もまちまちです。それじゃあ、博打のような生活じゃないですか。子育てにキュウキュウとしている若もの夫婦が、そんな生活に命運をかけるなんて絶対にできません。せめて生産費を労働者並みに補償する、最低限の所得補償をはかること、それは、欧米では当たり前のことです。しかし、日本はどうか。暮らしの予算を削って、どんどん軍事費に注ぎ込む-それが極端化しているのが今の日本です。農業・食料なんて自給しなくてもよい、安い外国からの食品を輸入すればよい、といった政治です。だけど、この東京だって、豊かな農産物があるんです。そりゃぁ、もうけ本位の基準からしたら利益にはならないかもしれませんよ。だけど、東京の農地から、タケノコが生えてきているんです。この自然の恵みを生かさない社会は、いったい何を追求している社会なのか。今回、私の小田原行きでは、フキを採ってきました。これも同じです。この豊かな日本の自然の恵みを、その豊かさを生かせない社会というのは、じつにもったいないし、根本的にどこかが、くるっていると思いませんか。
2026年04月25日
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森宏一著『哲学とは何か-世界観の史的展開-』の紹介森宏一著『哲学とは何か-世界観の史的展開-』(合同出版 1976年刊)を紹介します。この本は1976年刊行ですから、今から50年前に刊行されたものです。森宏一氏(1901年-1993年)は、今から33年前に亡くなっているんですが。戦前の『唯物論研究会』の初めから参加されてきた、気骨ある方です。何故、私は今、その方の著作を紹介するのか。私はこの本を以前に読んではいるんですが、初めから通読しつつあるのは、今回が初めてです。私が森宏一さんを知ったのは、レーニンの『唯物論と経験批判論』の訳者としてだったんですが。それはレーニンによる唯物弁証法の内容を知るためでしたから、訳者がどういう人かなんてことは、その時はまったく意識になかったんです。人となり森宏一さんという方を意識するようになったのは、1969年刊行の『日本マルクス主義哲学の方法と課題』(新日本出版社)のなかでした。この一部は、古在由重氏が報告者となって、戦前の唯物論研究会の努力を、1970年ころに、哲学者の人たちが総括討論をされているんです。その中にあって、森宏一氏は戦前の当事者、治安維持法による思想弾圧を体験してきた方ですから、その発言は、日本で唯物論の開拓する努力、その確信が伝わってくる、それと同時にそれが思想の自由、民主主義をまもろうとする、苦難を余技なくされた、意識的な戦いだったことが述べられていたんですね。それは、ともかくとして。今回、私がこの『哲学とは何か』を紹介する動機ですが。この本は、世界の哲学の歴史を、古代ギリシャから中世、近代と、哲学の世界の歴史のあゆみをまとめているんですね。もちろん、たとえその中の一人についても、その人となり、学説となりを紹介しようとすれば、研究しようとすれば、それだけでゆうに一冊の、これくらいの本になっちゃうと思うんです。しかしこの本は、2000数百年の哲学の歴史を、その中心点、エッセンスを紹介しているんです。この種の努力をヘーゲルが『哲学史』で行っています。その努力を、唯物論者としての森さんが、森さん流に研究して、それをまとめたんですね。これはじつにすごい努力なんです。私などは、最近、感じるんです。ここに細かな点で研究をしている人は、学者・研究者は大勢いますよ。しかし、それらをマスターするのはなかなか容易なことではありません。他方では、そうした専門的な研究者でも、意外とごく基本的なことが理解されていない様子も目にします。ただ、全体としては、現代という激流の時には、哲学の方法論が鍛えられる必要があると思うんです。基本を押さえつつ、細目の研究部分にあたる必要があると思うんです。ではその基本はどの様な努力によって、学びうるのか。大事な問題ですが。私などが森浩一著『哲学とは何か-世界観の展開-』を紹介するのは、その基本を、あくまでも基本ですが、この本が提供してくれていると思うからなんです。どの様にこの本が評価されているのか、私などは知りませんが。私などは、今回この本を読んでみて、あらためて、先人の森さんの努力というのは凄いものだし、その努力を線上に私たちの今があるし、それを進めなければならないと感じています。その後すすめられた成果をまなばなければならないと感じています。
2026年04月22日
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八王子市鹿島で市政懇談会が開かれる広い八王子市のもっとも東側はずれにある鹿島地域ですが、4月18日(土)、ゲストに共産党・望月しょうへい市議をむかえて市政懇談会が開かれました。八王子市議会の第一回定例会が終わりました。ひごろ八王子市政に疎い私たちですが、3月26日本会議で発言した望月市議から、全体の様子を聞いて懇談しました。望月市議は、全会派一致でアメリカのイランに対する戦争反対決議が採択されたこと。本年度の八王子の予算について、①公共施設の使用料など727件もの値上げ条例が、賛成多数で決められたこと。②小・中学校の統廃校が決められ、すすめられようとしていること。③多摩で一番高い八王子の国保料ですが、一般会計からの補助・繰り入れが、ゼロにされてること。⑤補聴器の購入補助が、希望者が多いにもかかわらず、5万円から3万円に減らされたこと。⑥市内の循環バスが、毎日の運行していたのが、限られた曜日に変更がされること。など、本年度の八王子市予算のもつ問題点とその特徴について紹介されました。参加者からは、いろいろな角度から質問が出されました。それぞれ八王子の市民にとって切実な問題が、市民には知らされないところで、勝手に市議会の中の多数決で、マイナス方向に決められている感じがする、というのが共通の感想でした。懇談の中では、要望や意見も出されました。①図書館の問題。近隣の市に比べて、そのサービスがかなり遅れている。市民の要望に応えるものになっていない。本が古いし、借りようにもネットワークが弱く、係の人がいない場合がたびたびある。②高すぎる国保の問題。少子化対策は必要だけど、どうして医療保険がそれを負担しなければならないのか。どうして後退する国や都にたいして要望しないのか。③市民生活にとって、八王子市政というものの存在が遠くて疎遠だ、ついついあきらめ感になる。もしも望月さんがいなかったらその報告がなかったら、八王子市政の情報はなく、まっ暗闇になる。税金についてはビシビシと督促してくるのに。④八王子議会だよりについて。八王子市議会での発言者の紹介に、どうして発言した人の名前が載らないのか。これでは、誰にたいして、質問したり要望したらいよいのかわからない。などなど、多くの発言が交わされました。
2026年04月19日
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今週のみかん市を終了今週も永山商店会の土曜みかん市を終了しました。早川の農家が清見オレンジを2.5コンテナ出してくれました。しかし最近の永山商店会ですが、朝市を開く土曜日の朝は、いたって静かなんです。人通りが少ない。したがって、この場所での朝市販売は、せいぜい10袋程度に限定するようにして、あとは、市内と市外の各所にいるみかん愛好者に届けるようにしています。こんな閑散としたところで、いつまで客待ちしていても、販売できるのは限られてますから。客待ちしている間に、電話で注文も取るようにして、終わらせるようにしています。それでも、みかんを楽しみにしているお客さんがいるわけで、長年続けてきましたから、少しでもその人たちのためには、続けなければならない。今回も、わざわざ買いに来てくれた人たちが、何人かいました。ありがたいことです。当然ながら、小田原のみかん園の凍害問題を紹介しています。『農民』新聞をコピーして、渡しています。4月9日に50部、11日に20部、12日に10部、17日に24部をコピーしてますから、早川のみかん園の近隣の園主さん、関東各地からの愛好者の宅配注文、そして多摩市の朝市と近隣の注文者に渡してきていますが、記事を渡した人は100名を超えました。もちろん柑橘の凍害への対策が問題なんですが、被害の状態が各方面に知られないことには、対策をつくる知恵も借りれません。被害の事態というのは、もちろん農家は渦中の事態にあり、知っているわけですが、自分の被害はわかっても、被害の全体像はわからないんですね。農協に聞いても、全体的に「たいへんだ」とは言ってはいても、具体的な状況はわかりません。そうした中ですから、この農民連の「農民」新聞の取材記事は、客観的な大事な材料なんです。かりに、レモンの木が枯れたとすれば、植え替えの大変な作業となります。たくさんの苗木を確保するとのことも、すぐにはできません。記事にもありますが、植え付けができたとしても、ある程度なるには5-6年はかかります。樹勢が回復するかどうか、今は見守るしかないわけですが。こうした凍害が、いつまた起こるかわかりませんから、今回を機会にしっかりと対策を講じなければならないわけです。お米とかリンゴの自然災害は、それなりに経験と対策があると思いますが、柑橘の凍害は、30年ぶりとか、50年ぶりとか言われてますから、経験がない。今を働く農家にとっては、初めてのことかと思います。私などは、各方面に実情を知らせて、こうした場合、どのような対策がありうるのか、実際に取れるのか、知恵を借りようとしています。
2026年04月18日
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みかんの木を枯らすミカンナガタマムシ何故、みかんの木が枯れていくのか。カミキリムシが基幹を加害していたのは、3月26日のブログで紹介しました。しかし、症状からして、原因はカミキリムシだけではないことが見て取れました。(4月9日付ブログ)4月13日に根府川にある農業技術センターを訪ねました。課題は3つ。1、みかん畑に繁茂してくる「雑草」ですが、その主なものの名前を教えてもらうこと。雑草という草はないし、図鑑を見てもそれがなんなのかはっきりわからない。名前を教えてもらおうと、数種類を持ち込みました。2、今回の主題は、カミキリムシとは違う枯らされている木の原因で調査でしたが。さすがに農業技術技術センターです。具体的な説明にくわえて、玄関の横には加害された症状をしめした木が置いてありました。これではっきりしました、ミカンナガタマムシでした。別の件で調べものをしていたら、本日、一つの発見がありました。「防除情報(病害虫情報 号外 第3号)とのニュースが出されていて、ミカンナガタマムシの問題についての注意が発信されていたことを知りました。神奈川県農業技術センター発 令和7年4月16日付でした。このニュースは、私などの周りのみかん園の園主さんたちは知らないと思います。今度行ったときに紹介するつもりです。3、もう一つは、今回の雪・凍害を調査した『農民』新聞の提供でした。もちろん、2月20日付で「大雪・凍害による木に対する管理」は、JAと技術センターでニュース発信しているんですが、あくまで木の管理についての注意です。しかし、柑橘の果実に対する被害というのは、どこも調査しておらず、その後の時間とともにそれぞれの体感として明らかになりつつあるところだと思うんですね。そして、「天災だから仕方がない・・・」と、あきらめ的なんです。私などは、その被害の現場にいるわけですが、その点で被害を様子をリアルに取材した『農民』新聞(4月13日付)の客観的な情報は貴重だと思うんですよ。農家や農業団体、政治の各方面が、被害の実際と向き合って、被害のほどを早くキャッチして、この自然災害に対して、どのような救済策がありうるのか。その対策を探る必要があると思うんです。地球温暖化が指摘されるおり、同じようなことが来年も繰り返さないとは、誰も言えないんです。そうしたことで、今回の小田原行きは、この「農民」新聞コピーを、私と接点のある人たちみんなにとどけました。さらに農協や農業技術センター、小田原市議会議員の人たちと、ひごろ接点は薄いんですが、それでも社会的にかかわる各方面の人たちに対しても、資料として提供して対策を依頼してきました。みかん栽培には、自然災害への対策もあれば、病害虫対策の問題もあるということです。二つの災害が重なって発生したということです。
2026年04月16日
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聴涛弘著『ソ連共産党とは何だったのか』のお勧め昨年末に、不破哲三さんとともに聴涛弘さんが亡くなりました。たまたま、有田芳生さんのニュースを読んでいて、聴涛さんが死去されたことと、この遺言的な著書を知りました。『ソ連共産党とは何だったのか-日ソ両党関係史からの視点』(2026年2月28日 かもがわ出版刊)私は聴涛さんという方、その個人を知っているわけではないんですが。私の本棚には、ごちゃごちゃとして、いろいろな本がありますが、その中に、手放せない本として、その中に聴涛さんの本が、2冊がありました。一つは、1970年刊『レーニンの想い出の日々-フォティエワ回想録』(啓隆閣)。もう一つは、『社会主義と民族自決権』(新日本出版社 1982年刊)です。ともに、私にとって、古典的な力をもって現在を励ましてくれる、大事な著作です。そうした作品の著者の聴涛さんが、不破さんと同じく昨年12月に死去されたこと、知りませんでした。又、聴涛さんが日本共産党とソ連共産党との関係で、通訳者として現場にかかわっていたこと、このこともまったく知りませんでした。この聴涛さんの死後に出版された『ソ連共産党とは何だったのか』ですが、このリアルなやり取りに、これは、早く読んでおかなければならないと感じて、みかんの凍害対策の最中ですが、本が届いてから、4月14日-15日の二日間でしたが、とにかく通読しました。これは、『日本共産党の百年』史がありますが、その1960年代以降の日本とソ連の共産党間の対立とその克服問題がありますが、この事態にその都度通辞として立ち合い、かかわった聴涛さんの存在からして、その貴重な歴史に対する証言です。もちろん、この聴涛さんの感想・意見を絶対視するものではありませんが、そこには、いくつもの歴史場面にたちあった貴重な証言があると思います。その根底には、発達した資本主義国ならでわの社会主義の探求があると思います。これは聴涛さんの遺書となりましたが、これをどのように生かすのか、今を生きている私たちに、そうした問題が提起されていると思います。
2026年04月15日
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柑橘の凍害を報じた新聞『農民』小田原方面では、中・晩柑橘(湘南ゴールド・レモン・清見・甘夏・日向夏など)に雪と凍結の被害が発生しています。総選挙投票日(2月8日)の前夜から降り出した大雪と、その後の零下7.9度の低温により、徐々に被害のほどが、凍結被害があきらかになっています。農民連の新聞『農民』(4月13日付 第1695号)が、被害の様子を現地に取材し、リアルに報じました。本日、4月11日、私は、通常であれは東京・多摩市の永山団地商店会での朝市なんですが、団地居住の消費者も、そろそろ湘南ゴールドが売りだされるかと楽しみにしていたわけですが、今回の事態です。販売するものが、商品価値ゼロになっちゃいました。4月9日に新聞『農民』が手元に届きました。それ以来、その新聞を50-70部とコピーして、みかんの相手先に被害状況の紹介が始まってます。今回の朝市は、販売ではなく、被害の湘南ゴールドの現物と新聞コピーで、実情報告です。被害の実相を伝えてくれる農民連ならでわの紙面なんですよ。しかし、求められているのは、被害の様子とともに、大事なのは、この自然災害に対する農家支援と救済策です。が、しかし、この被害の事態は、まだ当事者のみかん農家しか知られていないんです。小田原の同じ農家でも、みかん農家以外は「よいお湿りだった」程度の認識の人もいます。また小田原の市街地に住む人は、「みかんが大変のようだ」と噂話程度の認識です。ましてや全国のみかん農家でも、零下7.9度の凍害がひどかったのは限られた地域ですから知らない。ようするに、当事者以外に被害をリアルに紹介したのは、この「農民」新聞が初めてなんです。その中で、早く事態が知らされなければならない。なによりも被害対策です。こうした大雪と凍害による大被害は、30年ぶりとのことで、被害をうけた農家も自分の被害については知っていても、どういう対策と支援が求められているか、対応する経験がないわけです。ひょっとすると農協や行政においても、話を聞くだけ。ただ見守るだけで、被害に応える有効な対策を打てない事態をきたすかもしれない。それが今問われていることです。しかし、確かなことは、この新聞『農民』が、全国にこの被害の様子を紹介してくれた。そのことは確かなんです。そして、問題は、ここからです。その道の政治や学者・研究者が、その知恵と力と、経験を生かして、この事態にどう対応するのか。被災者の痛みによりそって、励まして、その営農をどう支援していくか、農家の窮状に応える、社会的な共同の力が求められているわけです。そのためには、都会の消費者においても、この状況を理解してもらうことが大切です。今回の朝市ですが、限られてはいますが、すこしですが紹介しました。被害の湘南ゴールドの提供は、百聞は一見に如かずです。用意したものはどんどん、すべて渡されました。その横では、新聞の記事によってのみかん談議です。農家の人の表情が、レモンの木の様子が、事態を示していると、立ち話がひろがりました。最初は、「この黄色いみかんはレモンか? なんなの? あぁ、これが湘南ゴールドか」とか、「最近、販売が見かけないんで、どうしたかとおもっていた」などからはじまって、とにかく、たちどまった全員が「雪の後で災害が起こっていたなんて、知らなかった。初めて知った」とのこと。 そして話はひろがって、「はたして、この国は実のある支援をするだろうか。どのような支援策が必要か。どうしたら国は国民・農家への支援をするようになるのか」「農家の収入は、月給や年金の収入とは違うから、大変じゃないか。支援制度はどうなっているのか」「「地球温暖化」のなか、こうしたケースは、どこでも様々な形でおこりかねない」「支援が必要だ、がんばってください」と。等々の会話が交わされました。都会の消費者・永山団地の住民も、「支援しますから」と語ってくれています。
2026年04月11日
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東京・清瀬でみかん園づくり東京の南部・町田市でのみかん畑づくりを紹介しましたが。北部の清瀬市でもみかん畑づくりが始まっていました。今や清瀬市は全国に有名になりましたが、この地でも清瀬駅のすぐ近くで、みかん畑をつくろうとする試みがすすめられています。小雨がぱらつく中でしたが、4月4日、初めて清瀬にその農家を訪ねました。これらの木は、これまでに植えられてきたもので、東京都の指導員の方のアドバイスを受けて、40本の苗木を植えたということです。「木を植えたんけど、ちっとも実がつかない。どうしてなのか?」-園主さんの疑問です。ここでも2月8日の大雪のあと、5本くらいでしょうか、枯れていた木を抜いて片付けたとのこと。私は清瀬という地を訪ねるのは初めてだったんですが。これが園主さんのお宅です。これが東京か、信じがたい風景ですが。この畑とお宅は、清瀬駅から2キロくらいの、すぐ近くにあるんです。市街地に隣接して、農家があって、農作業が続けられているんです。これが東京の農家の、一つの現在の姿です。今回、4月9日に、私は「宮川早生」の苗木2本をもって、再び訪ねました。園主さんとともに、この2本の苗木の植え付け作業をするためです。二人でいっしょに、植え付け作業をしました。苗木を植え付ける穴を掘って、たい肥や苦土石灰等の土壌作りをして。苗木の根を横にはわせて、接ぎ木部分が地面から顔を出すように植え付けて、主柱をたてて紐で固定しました。これは、簡単そうでいて、いろいろな細かな配慮が必要なんです。毛根を大事にするとか、根を広げて横に這わすとか。足で踏み固めて活着させるとか、水をたっぷりかけるとか、頭で理屈を理解するだけではダメ、他人の作業者をただ見ているだけではダメなんです。実際に自分で手をかけて作業をすることで、細かな、しかし大事な点を、実際に体得できるんですね。失敗することもあります、しかしそうして学ぶしかないんですね。ということで、新たに2本の宮川早生の苗木が、追加として植え付けられました。この努力の検証は、みかんの木の生育で、果実を結ぶことで示されます。果たしてどうなるか、今後の様子が楽しみです。
2026年04月10日
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みかんの木が枯れる原因、その二小田原のみかん園を手入れしていますが、みかんの木が枯れてしまう。その原因はなにか?3月26日付のブログで、ゴマダラカミキリムシの加害を確認しました。しかし、木が枯れる原因は、それだけではない。カミキリムシは樹齢を重ねた太い木の基幹を食い荒らしますが、この木の基幹はカミキリムシの身長くらいでしかないのに、それでも枯れていく。やはり何本もの木が枯らされて、みかん園は草原にかわっている。いったいなぜなのか?今回、枯れつつある木の根回りを草取りして、その様子を調べてみました。すると基幹の状態に共通性があることがわかりました。前の写真の木の基幹です。さらに別の枯れこむ木と、その基幹です。他の枯れつつある木の基幹です。共通しているのがわかりますか。いずれも基幹の根元の近くが、ひび割れしてウロコのようにささくれだったいる。ふつうの木がさうなようにつやつやとしていないんです。どうしてなんだ?今回も農業技術センターに木の様子を伝えて原因を聞いてみました。電話で話をしただけだったんですが、すると、『それはきっと、みかんナガタマムシに違いない』との指摘でした。『小さな穴が開いてませんでしたか?』と聞かれたんですが、写真を調べたんですが、ささくれた樹皮しか見当たらなかったんですが。しかし、一枚だけありました。樹皮が枯れ落ちて木の芯が見えている木があって、その木の芯には、確かに1-2ミリの穴があいていました。しかし、その芯が見えた木は、たまたま1本の木の写真です。ささくれた樹皮の下がどうなっているか、調べてみる必要があるということです。近々、農業技術センターで写真を見てもらい、ほんとうにミカンナガタマムシの仕業かどうかを確かめる必要があります。すなわち、みかんの木が枯れるのは、カミキリムシ問題だけではなく、ミカンナガタマムシによっても加害されている可能性があるとのことです。対策が必要だということです。私などは、農文協の『果樹 病害虫百科』(昭和62年刊行)があります。対策の基本はここにあると思うんですが、しかし、近隣の状況はどうなのか。どう対処したらよいのか?農業技術センターのアドバイスをいただこうと思っています。草刈りして調査をしていたら、またキジがやってきました。おいおい、何をやっているんだ?とでも言ってるかのようでした。
2026年04月09日
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この3月のみかん園の様子です今年の3月のみかん園は、 ①.雪・凍害の発生、②カミキリムシ幼虫の発見と、③苗木の植え付け、この3点でした。1、雪・凍害の発生 総選挙投票日の2月8日は関東も大雪でした。雪景色は、小田原でも決して珍しくはないんですが、そのあと零下6度の冷え込みがあったんです。これは30年ぶりだという人もいます。3日後に通行止めが解除されて、見回りした時は、みかん園はいつもの様子にもどっていたんですが。一週間後に見たとき、甘夏が3割くらい落ちていました。2月20日にJAは「雪・凍害の緊急管理」ニュースを出していました。農民連に22日、その様子を紹介したところ「これは大問題じゃないか」と。それにより、初めて私なども今回の凍結害ということの重大性ということに気がついた次第でして。当事者は、がっかりとダメージの中にいたわけですし、今もいるわけです。全国の問題ではなくて、局地的ですから、あまり知られていないんですね。痛切な事態にあるのは、被害を受けた農家なんですが、同じ小田原の市街地に住む方だって知らないんです。しかし早速動いてくれました。小田原の北森市議がみかん園の現地に調査に来てくれて、農民連の本部では対策をとるべく現地の調査にきてくれました。国民の暮らしにつめたい政治が続いている現実ですが、そもそも政治とは何のためにあるのか、どの様な政治な力が発揮できるのか、問われている今の状況です。2、カミキリムシの幼虫の発見このところ、私などが手入れしてきたみかん園の木が、かなりの本数が枯れていたんです。ベテラン農家の人いわく、「なぜ、みかんの木は枯れたのか? 原因をつかまなくちゃだめだよ」と。あれかこれかと、いろいろと聞いたり調べたりして、探ってきたんですが。3月16日に一つの連絡がありました。みかんの木の枯れ株を割ったら中から、虫が少なくとも6匹はでてきたよと。3月23日にみかん畑の枯れ株を切って割ってみたんです。すると出てきました。何だこれは❔カミキリムシにしては、これまで見てきたものより大きいんだけど。それで、農業技術センターにもっていき見てもらいました。結論は、判定はゴマダラカミキリムシの幼虫とのこと。私などは二つ疑問が出てきました。ア、カミキリムシにしては大きいこと、ウ、枯れて株の中から出てきたこと。技官の説明によると、〇1年で羽化するものと2年で羽化するものと、カミキリムシには二種類があるとのこと。〇枯れた株でも、カミキリムシの幼虫のえさになること。とのことでした。枯れたみかんの木は、株を抜くのは大変な作業なんで、これまで放置してあったんですが、枯れ株をそのままにしていては、カミキリムシを飼っていたような状況だったんですね。まあ、木が枯れた原因というのは、一つじゃないと思うんですが、少なくともその一つ原因をつかんだということです。3、東京でみかんの苗木の植え付け現在、荒廃が広がりつつある畑ですが、もったいないですね、先人が苦労して開墾して、重機もないのに抜根して、畑づくりをしてきたんです。国は、減反のおしつけやら、宅地並み課税で畑つぶしを強いる政策を、今現在も続けています。それでいて、アメリカからの米を輸入を拡大している。これはまったくもって、自民党農政の亡国農政の姿です。『私はコメを買ったことがない、みな持ってきてくれる』-これが農林大臣の発言なわけですから。みかんの木は、それなりの実をつけるには5年間はかかるんです。農家は高齢ですから、手の及ばなくなる畑が広がっている折ですから、新たに苗木を植えることには、自分はいつまでやっていけるのか・・・、ためらうんです。しかし、東京の町田と清瀬では、今回、みかんの苗木の植え付けがありました。あきらめずに、一歩一歩の努力が続けられているんです。今の亡国の農政は、いつまでも続くわけではありません。人は生きていかなければならないし、そのためには、どうしたって衣食住が必要なんです。人類が始まって以来、それはつちかいつづけてきたことなんです。今は粗末にされ続けていますが、やがて、ほどなくですが、その基本を尊重する時代が来ます。そのためには、今はどんなに大変でも、それを準備しようとする努力が大事だと思います。それは、未来にとっては大切な宝だと思ってます。以上が、3月のみかん園のまとめです。
2026年04月05日
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1969年法政、学生たちの一枚の写真どういうわけか、57年前の一枚の写真があります。1969年4月から6月の間の法政大学の市ヶ谷・富士見町のキャンパスでのもの。当時、私は真鶴町から、つまり関東の片田舎から2時間の通学をしはじめたばかりの時でした。なんで、学生たちは集会したのか。それぞれ知らない人たちばかりだったんですよ。この時、その社会背景としては、ベトナム侵略戦争反対、日米安保条約反対・沖縄返還要求の社会問題がありました。それぞれに様々な意見がかわされていました。しかし、この集会の主題はそれとは別で、より切実な問題でした。参加している若者たちの表情は、厳しくて緊張しているでしょう。この集会の直接の目的は、「学内からの暴力の一掃」ということでして、それこそいつ暴力的に襲われるかわからない中での集会で、それはまさに命がけの集会だったんです。それが表情にでているんです。当時、「自分たちの意見に反対する学生は、実力・暴力で排除する」といった異常な状態が、学問研究の大学の学園内で横行していた。それは民主社会にとって異常だし、おかしい。法政大学の学内での「学問・思想の自由」「学園の民主主義」を明確にしようとして、まさに命がけで集まった若者たちでした。57年前の一コマです。しかし、私などは今にして思うんです。あの時は、一つの法政という学園内での学生のごまめの歯ぎしりでした。「暴力反対・民主主義をまもれ」「学問の自由」「戦争への道に反対」・・・いくら思いは正しいと思っても、あの当時、田舎から出てたばかりで、社会との理解しあうことは限られていて、ほとんどなすすべはなかったんです。それでも、民主主義をまもるために、いつ襲われるかわからない中でしたが、これだけの学生が集まったんです。今思うと、なつかしくも素晴らしいことだと思います。絶対に二度と繰り返えさせてはならない、当時の状況です。しかしですよ、なぜそんな過去が浮かんできたのか。それは、今の日本社会の世相を見たら、同じだからじゃないでしょうか。かつては、法政大学といういち学園の中での問題でしたが、今や同じ本質問題が、日本全国、いや世界の問題になっています。いっさいの他の国への軍事侵略をやめよ、国民諸階層の要求を聞かずごまかす政治をかえよう、政治的暴論を議員多数でおしとおそうとする民主主義の否定をゆるすな、・・・。まわりから道理に立った多数の団結をつくる。要するに、かつての学園内で感じていたことが、同じ本質問題が、いまや国民的な全体の課題だということです。しかもそれが、世界の諸国民の平和・くらしにつながっているのに、日本の政府はその苦悩をもたらしているトランプ政権にたいし何一つ批判せず、顔色をうかがっている。さらには、はしゃいでさえいる。ここで、声を上げなければ、かつての苦労が、いったい何だったのか、問い返されてしまいます。かつてはごまめの歯ぎしりでした。写真がそれを示しています。しかし、今やちがいます。そして同じ本質問題が、日本全国で、全世界としても問題になっています。私などは、これまで生きたあらゆるすべを駆使して、この危険な事態をかえるために、この時にこそ発信していくということです。
2026年04月04日
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小倉武一著『日本の農政』(岩波新書1965年刊)を読む当方は、この25年間、神奈川県の小田原でみかん栽培をしてきました。つい最近ですが、2月8日の大雪と凍害により、小田原方面の柑橘は大きなダメージを受けてます。昨年、2025年の3月には、みかんを栽培していながら農業のことは、ちっとも知らなかったんで、東京・八王子市に住んでいる関係もあって、「東京農民運動連合会」に参加しました。いまさらですが、これまで知らなかった農業論・農民運動論を、学んでいるところです。そうした事情により、今回、小倉武一著『日本の農政』(岩波新書)を引き寄せてくれました。これは本棚で、これまでずーっと埃をかぶっていた本だったんです。1965年に刊行されたものですから、いまから60年も前に出版された本なんです。人によっては、「なんでこんな昔の本をよんでるのか?」、疑問視する声もありますが。しかし、私にとっては、これまでただ草刈りばかりに追われていて、農業のことについてちっとも知らなかったんです。この本は私にとって、日本の農業を知る上では、たいへん参考になったんです。だけどそれは、私だけのことじゃないと思って、紹介する次第です。だいたい小倉武一氏といえば、農林事務次官を務めた、日本の農政の官僚トップを務めた方です。保守の農政の有識者とみていいんじゃないでしょうか。この本を読んでの感想です。1、日本の近代、徳川時代から明治にかわって、1945年の敗戦までの戦前の農業論ですが、これについては、なかなか冷めた客観性をもって、日本の農業の変化を見ていると感じました。徳川時代の封建制は、日本社会は農業が基礎になっています。鎖国をといて開国し、地租改正等の国内改革したのは、欧米の圧力もありますが、避けられない必然性をもっていた。そうしたことを指摘しています。戦前の日本社会の半封建的性格について、ここで指摘されていることは大事な点だと思います。2、ところが、戦後になって、小倉氏が社会的な活動をする時代となると、戦後の時代社会についての見方になると、その客観性がよれよれになっているんです。この二つについての特徴を感じさせられるんですね。その小倉氏の論点ですが、そこには、いろいろな問題をかんじますが。1つは、日本農業の課題というものを、戦前と戦後の農家の零細経営状態の打破にあるとの点を、これを基本課題としている点です。零細経営といっても封建社会のもとでの百姓と、明治になっての地主制のもとでの小作人、そして戦後の農地解放後の自作農、それぞれ零細な耕作ですが、それぞれに特質があるわけで、一口に零細経営が問題だといっても、そうした一般的な見方であっては、その戦前戦後の、時代社会での農業問題の特質がとらえられないと思うんです。2つ、そのことは、今日の問題にも関係してきます。日本の農業を大規模化することで、生産効率をあげることが、農業問題を解決する道だとしている点です。それにより国際的な競争力ある農業を育てていくとの主張です。はたして、規模の拡大ということが今の農業問題の解決策なのか。大規模農家に集約するといっても、自民党政府は今もそれを主張していますが、日本の農家の具体的な姿からして、その多くがそうした政治によってはそっちのけにされてきたんです。そこに農家の政治への不信があるんです。結局、今現在、自民党政治がすすめている農業政策の問題の基本ですが、60年-70年前に敷かれた対米従属を農業政策ですが、これというのは、この1960年の農業基本法に基本的レールが敷かれた。大規模農家づくり、一般農家はそっちのけの集約対象でしかない。その農政をすすめてきた小倉氏ですが、その見解には様々な見識ある指摘もあるんですが、ですがとどのつまりは、それらの指摘はこの基本政策をすすめるために、それをとりつくろうための飾りとして、利用したか、利用されちゃったんじゃないでしょうか。今の農政ですが、そうした以前の自民党の有識者がもっていた、悩める現実の農家の苦悩を、まったくけとばして、ただ厚顔無恥と馬耳東風で、その悪しき暴論の結論方向だけを、力任せにぐいぐい推し進めてきた。いまの農業の現状には、そうした矛盾が、ぎりぎのところでうずまいている、そうしたことが見て取れます。農家の人の政治に対する底深い不信というのは、こうした現実に対する長年の経験からくる批判のあらわれじゃないでしょうか。その意味で、60年前のこの著作ですが、あらためてその批判的見識とともに、太鼓持ちになっていて、この両面を示している。現状を知ろうとするとき、その基本に何が問題なのか、それを示すものとして参考になった次第です。
2026年04月03日
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雪・凍結の被害は、今現れてます総選挙の投票日・2月8日が、大雪だったことを記憶されてる方もいるかと思います。神奈川県・小田原ですが、今、そこでのみかん栽培にとんでもない被害が明らかになってきています。農民連の本部が、その柑橘被害の調査に入りました。当地の特産になる「湘南ゴールド」と「甘夏」の被害については、すでに紹介してきました。この「農民連」ニュースでも、レモンと湘南ゴールドの被害の様子が紹介されています。小田原方面ですが、2月8日の大雪もさることながら、その翌日に零下6度の寒さが襲い、冷凍世界になったというんです。道路が通行止めでしたから、私などは行けなくて、その様子は見れてないんです。このニュースによると、30年ぶりの大雪と低温だったというんです。今回、神奈川県真鶴町のみかん園ですが、わたしは日向夏(ニューサマーオレンジ)ですが、そのすべての果実を収穫してきました。これが、手を入れる前の日向夏の木です。かなりの実が木についている。「やれやれ、今回の雪害を乗り越えたか」と、初めは思ったんですが。しかし、よく見ると、そんな単純な事態ではないことがわかってきました。果実の周りにあるはずの葉がなくなっている。ないし、茶色く枯れて丸まっている。果実のへたと、果実が木につながる枝は枯れだしている。これじゃあ、果実がいつ落果したとしても、おかしくはない事態です。それで、日向夏の木の様子を見るだけのはずの真鶴行きでしたが、事態を見て、急遽予定変更です。日向夏の収穫というのは、4月下旬からを予定する。それが例年であれば予定でしたが。しかし今年は、そうはいかないというのが、今回の日向夏の収穫判断でした。3月29日(日)、予定にはなかった、現場判断による日向夏の収穫作業でした。今年は、落果するのを避けて、はやめに収穫せよというのが、木の様子からの判断でした。しかし、このことは、湘南ゴールドも同じです。次の写真が湘南ゴールドです。下に落ちているのは湘南ゴールドの果実ですが、なんとももったいないですね。以前には他の人の畑でこうした光景をみて「捨てるのはもったいないから、捨てないで残しておいてほしい」と要望したんですが。「コンテナに集めておくような時間がない」との返事でした。そうした農夫の気持ちですが、私などは、その気持ちが、すこしですがわかるようになりました。たぶんに、捨ててしまうのは「もったいない」、との気持ちが働いていたんですが。しかし、今回のことで分かりました。地域社会の特産品としての特質をまもるためには、本来のその味の質を維持して地域ブランドにするためには、確かなその信頼を得るためには、スカスカで内実のないような果実は、どんどん捨てろということ。農家の提供する品に対する責任というのは、それにより守られているということ。今回、あらためて農家のポリシーということを、認識させられました。
2026年04月02日
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被災を知らせた朝市多摩市での団地朝市ですが。3月28日は、小田原みかんの凍害を知らせる托鉢の朝市でした。2月8日の大雪と、その後の零下6度の凍結によって、小田原方面の中・晩柑は大きなダメージを受けています。レモンや湘南ゴールド、甘夏などでずが、今、大きな被害が出ています。「ブランドの信用問題になるから、売っちゃあだめだよ」と農家に言われています。農民連も現地の調査にきてくれました。ニュースの第22号(3月20日付)で紹介されました。雪は小田原でも降ることがありますが、だいたいすぐに解けちゃいます。しかし、今回は膝くらいまでの大雪、しかもそのあとに零下6度の凍結が発生した。こんなことは、30年前にあったくらいだと。レモンは木自体が回復するかどうか心配です。湘南ゴールドは、「酢上がり」「浮き皮」で、本来のジューシー感がなくなって、ぶかぶかです。甘夏は果実の8割方が落果しています。みかんの産地でも、小田原方面が特に被害が大きいようです。総選挙後の国内外での戦争や政治談議の陰に隠れて、被災があまり知られてはいません。そうしたことで、今回の当方の朝市は、農民連ニュースを使って紹介し、味の劣化した湘南ゴールドを試食していただいて、プレゼントするという朝市でした。まだ湘南ゴールドの木には果実がたくさんついてますから、これから小田原に行って、木から果実をすべて下ろしてやります。木の負担を早く緩和してやらないと、来年・再来年へとダメージが尾を引くことになりますから。農家の方たちはがっかりですが、しかしがんばっています。
2026年03月28日
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東京・町田で、みかん園づくり首都・東京の、町田市にある農家での一コマです。3月27日、当地の畑を再生しようと、みかんの苗木20本の、植え付け作業が行われました。日本の農家は、今たいへんです。主要な作物のお米作りが時給10円、生産にたずさわる農家が急速に減っている。農地を高齢者が耕していて、それを継ぐ若ものがいない。当たり前です、いまは年金農夫くらいでしか農業はできないんです。主要な農家の産物のお米ですら、安心できる収入が確保することできない。どのくらい作れるのか、どのくらいで売れるのか、わからない。まるで、博打をうつような仕事の事態です。とても若い夫婦が家族とくらしてゆけるような、農業で安心して暮らしを営めるような事態じゃない。農家の高齢化と、農地が荒廃していく現実が問われてますが、それはとりまく事態の当然な結果です。ましてや東京は、全国の農家と都市問題との矛盾の、その最先端です。銀座や新宿の都会と、農夫の自然とが、どのように理解しあえているのか。だいたい、そこに農地があり、そこで可能な農作業をするというのは、それは当たり前のことだったはずですが。しかし、今の日本の農家は、そうじゃないんです。ましてや、そうした矛盾が集中してきた首都・東京の農家です。一見当たり前のように思えるこのような光景も、現実におかれているそうした事態の目から見る必要があるんです。とにかく、3月27日、みかんの苗木の植え付けが行われました。宮川早生15本、甘夏3本、レモン2本の、計20本でした。荒廃した農地の伐根作業をして、地下に絨毯のように根を張る竹の根を切って、植え付けるための穴を掘る。堆肥と苦土石灰、ようリンで土づくりをして。取り寄せた苗木ですが、根を傷めないように注意して、主柱に固定して、たっぷりと水をかけてやって、無事に植え付けを終了しました。もちろん、定着して育ってくれるかどうかは、自然のなせる業で分かりません。しかし、できうる知恵と力を尽くして、植え付けの努力をしたということです。東京でのみかんづくりですが、はたして成功するでしょうか。
2026年03月27日
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ゴマダラ・カミキリムシの加害みかん園の木々が、この数年の間で消滅してしまった。一体、その原因はなぜなのか? 私などには、これまで謎だったんですが。今回、わかりました。その原因は、ゴマダラ・カミキリムシの仕業でした。これが、ゴマダラ・カミキリムシの幼虫です。この数年で、みかん畑の木が枯れて、みかん園が消失してしまいました。何がその原因なのか、草刈りが後手になり、雑草の力に負けてしまったのか。肥料が足りないせいで、肥料不足だったのか。とにかく、大きなみかんの木の成木が、次々に枯れてしまったんです。そうした中、援農者の方から、連絡がありました。「暖炉の燃料にしようと、木を割ったら、その中から少なくとも8匹の虫が出てきた」と。それで、今回、枯れ株を調べてみることにしたんです。大きな枯れ株を始末するのは大変な作業ですから、ほかにすべき作業がいろいろありますから、これまで彼株は朽ちるまで放置してあったんですね。カミキリムシは、木が枯れれば、羽化してすでに飛び去っているだろうと思っていたんですが。しかし、違いました。枯れた株の断面の穴から、出てきたんです。それで、直ちに、県の「農業技術センター」に持って行って診断してもらったんです。するとわかりました。①これはゴマダラ・カミキリムシの幼虫だということが。②二種類あって、一年で羽化して出ていくものと、二年間かけて羽化するものとがある。これは、二年目のものだろうと。③カミキリムシは、枯れている木のなかでも、それをエサにして大きくなる。こんなのが8匹も入っていたら、大きな成木でも枯らされちゃうだろう、と。私などは、これまで、生きた木の中にしかカミキリムシはいないと思ってました。白い木くずを出すんですから。また、したがって、枯れた木の基幹の中には、羽化して飛び去っていて、もう木の中にはいないものと思ってました。しかし、それは間違っていた。次の写真は、枯れ株を切断した断面です。この穴から、大きな幼虫が出てきたわけです。木の外側から見ただけではわかりませんよね。もっと早く、枯れた木の断面を調査すべきだったんです。これじゃぁ、これまで何十年と大切に育ててきた成木ですが、これまでたくさんのみかんを実らせてきた成木ですが、その大事な木が枯れてしまうのも無理はありませんね。これまでは、カミキリムシ対策は、6月頃に防虫剤を基幹塗布してきたんですが。外から成虫が飛んでくるので、卵を産み付けるのを防ぐことを主眼にしていました。しかし、今回の事態は、枯れ株を放置したままでいること自体が、温床を放置していた。1個の株からだけでも、何匹ものカミキリムシが、周囲の木に羽化して広がっていたということです。カミキリムシに対する認識の甘さが、みかん畑を消失させてしまったということです。まだ、枯れたばかりの株が何本もありますから、温床がいっぱいあるということです。枯れた株の始末をしっかりしないと、カミキリムシの加害はさらに広がるということです。今現在、残っている木も、危ないということです。それが今回の事態から学んだことです。
2026年03月26日
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八王子市・鹿島での国民健康保険問題懇談会東京・八王子市鹿島で、3月21日に国民健康保険問題で学習懇談会が開かれました。本来、社会保障制度にとって、医療と年金は大事な柱です。「国民皆保険」制度として、すべての人から応分の負担をしてもらい、収めた税金もふくめて、安心できる社会をつくるのが基本だと思うんです。むしろ根本は、すべての人が安心して暮らせるようにするために、医療と年金を軸にして、すべての人に最低保証をする。そのために、所得に応じて応分の負担をしていくことが基本だと思うんです。ところが、国は国庫負担を削り、国や都や市町村のややこしい制度をつくって、そもそも救済すべきはずの国民から、税金として国保税として、取り上げている。手段と目的が変えられて、国民から税金を取り立てるための制度という事態に変質してきている。国民健康保険は、制度上は、国の法律に基づき、区・市・町・村が事業主体となっていますが、私たちの八王子市は、東京の中でも、国保税の負担がもっとも大きいんです。八王子市の資料によっても、標準世帯の40歳代の夫婦で二人の子どもがいる場合では、給与収入400万円で、そのうちの所得は276万円ですが、その家庭の国保税は、58万5500円なんです。四分の一が強制徴収されている。それをもし払わなかったとすると、まったなしに八王子市からの督促状なんです。どうして、こうなっているのか?もちろん国民が安心して暮らせるための国民皆保険制度というのは大事なんです。がしかし、どうしてこうした、所得の四分の一ものお金が、強制的に「取り立て」られるのか?いったい、この制度の仕組みと、最近の動向はどうなっているのか?これが主題でした。この懇談会には、3月6日の八王子市議会で、この国保問題で質問した共産党の望月しょうへい市議ですが、そもそもの制度の仕組み、国と東京都と八王子市との関係、今の問題点を、紹介してくれました。その説明を聞いて、少なくとも分かったことですが。①この国の制度は、事業主体を区市町村が決めて行うことになっていること。②八王子市は、東京全体の区・市・町・村の国保税負担で、市民の負担が一番高くなっていること。③その大元には、国が国庫補助の削減を続けており、国は「子育て支援」にたいする財源についても、今年度からこの国保税から当てようとしていること。この学習・懇談会で見えてきたことですが。国民健康保険制度の建前と実際が乖離しつつあること。この制度の仕組みがわかりにくい中で、情け容赦なく税金として取り立てていること。その集めたお金の使い道が、本来の目的外にも国保税から使われようとしていること。国の「子育て支援」看板政策(それは大事な問題ですが)の財源として、ここから引き当てようとしていること。だまってこれを見過ごしていると、消費税と同じく、軍事費の大拡大の財源捻出のもとにされかねない仕組みになっていること。それが今の国による地方への干渉の動向になっていること。なかなか国保制度というのはわかりにくいんですが、しかしその本質問題として、こんなこととして見えてきました。ひごろ疎遠になっていることがらですが、文句も言えずに受け入れさせられている事柄ですが、しかしそれを今、しっかり学習しなければならない。そうしないと、主人公のわたしたち私たち国民は、制度の仕組みと運用により、騙されることになる。とくに軍事費をつくるために、福祉を削ろうとする大本の国の政治です。あの手この手でなんとか国民から搾り取ろうとしている。ですから、国政のあり方を問うとともに、地方自治の面からも、私たちはこの関係をつかんで、しっかりした声を上げていく必要を感じました。
2026年03月21日
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今朝の永山団地の朝市今日・3月21日(土)は、私などにとって、定例となっている多摩市永山団地の定例朝市でした。しかし、これまでにいつになく、寒風を感じる、寂しい朝市でした。多摩ニュータウンの永山団地といえば、今に広がる多摩ニュータウン団地の草分けです。脚光を浴びて開設された多摩ニュータウンは、首都東京に働こうとする人たちの、最先端に近代的なベットタウンだったんです。しかし、それから50年がたつと、社会の主題が変わってきます。当時、入居時には働き盛りの30歳ころだった人たちは、自然の流れで、いまや80歳台の年金暮らしの高齢者となっています。「社会の主題がかわる」ということは、そこに住む人たちの主要なテーマ・問題ですが、それがいったいなんなのかということです。これまで、地域ボランティアとして、そこに居住している人たちのサポートをしてきた人たちですが。いまやサポートしていた人たちが、サポートされる立場に移行している。それは、当たり前の自然の流れですが。では、今のこの事態に対して、その全体をいったい誰がサポートするのか、ということです。高齢化したサポーターに、それを求めるのは不可能です。残酷なことです。ではどうするのか。このことが、今問われている事柄です。この2月に店じまいしたNPO「ホットセンター」ですが、その後ろ盾によって、これまで「土曜の朝市」を務めてきた、私などの朝市の直面している問題です。
2026年03月21日
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みかん園を守るために私などは小田原のみかん園を、25年間援農として手入れをしてきています。今は、2月8日の大雪・凍害への対策が、直面している課題ですが。しかし、今回の2月からみかん園が凍害に直面する以前から、私などの管理するみかん園には、そこには二つの課題がありました。一つは、みかん園の荒廃の広がりです。「みかんの花が咲いている、想い出の小道、丘の道・・・」みかん園が、普通に当たり前のように、きれいな畑に維持されているには、農家の人たちの、大きな、目にはつかない苦労があるんですね。このみかん畑の写真ですが、下側は、いわゆるみかん畑の普通の景色ですが、上側は、手の及ばなくなったみかん畑、去年から人の手が入らなくなった「耕作放棄地」です。一年でも、人の手が入らないと、みかんの木には葛やヤブカラシが巻き付いて、木を覆ってしまいます。太陽の光が差さないみかんの木は、葉が落ちてしまい、木は枯れていきます。この景色は、農家の高齢化により、手の及ばなくなった畑の、この一年の変化を示しています。今の小田原のみかん園が直面している現実を、リアルに示しているわけです。もう一つの問題は、みかん畑の成木が、次々に枯れてきた問題です。ここは、2年前はみかんの木の林だったんですが、今は枯れた株が残るだけで、この2-3年の間に、大きな成木の8本が枯れてしまいました。どうしてみかんの木は枯れたのか、消失してしまったのか?その原因が謎だったんですが。今回、その原因が推察できました。この木が枯れた原因ですが、その主となるのはカミキリムシの加害なんです。枯れた木の根元付近の側面と、その断面を見てみると、カミキリムシによってあけられた羽化穴と坑道が確認できました。これがその枯れた切り株には、いくつもあけられていました。みかんの木は、根から木の上部に上げられてくる養分ですが、このカミキリムシの穴によって、その養分は木の上部の枝に送れなくなってしまい、このために、結局、大きな木の全体が枯らされていた。この木が枯らされるのはカミキリムシによることは、これまでも私などもみていてわかっていました。ただ今回、援農者から、一つの大事な情報がありました。援農者は枯れた切り株を暖炉の燃料に使うため切断した、すると、この枯れた株の中から3センチくらいの幼虫が、6匹くらいも出てきたというんです。私などは、枯れた木からはカミキリムシは飛び去っていると思っていた。羽化穴からカミキリムシは、すでに木の外に出たものと思っていました。枯れた株の中には、もはやカミキリムシはいないものと思っていました。 ところが違っていた。その方はストーブの燃料に枯れ株を切断したんですが、すると、その枯れた切り株の中から、たくさんの幼虫が出てきたとのこと。木は枯らされても、カミキリムシの加害は過去のことではないこと。たとえ枯れた基幹の株でもカミキリムシにとっては温床となっているということです。この点を農家の古老にお話しして、お聞きしたところ、『枯れた株の中にも、3年くらいはカミキリムシの幼虫が残っている』とのことでした。これは、私などには意外でした。認識が甘かったということです。みかん園には様々な仕事があるので、枯れ株については、ついついそれを放置したままでいたんですが、今でもあちこちに放置してあるんですが、それは、まったくまずい、ということ。枯らされた株の後始末を、最後までしっかりと片付けてしまわないとだめで、カミキリムシの加害は、さらに隣にある健常な木にも広がるということでした。今現在でも、枯らされたばかりの株が、みかん畑のあちこちにあるんですが、今回の話によって、この枯れた株の後始末を、早急にしなければならないことがわかりました。
2026年03月19日
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中・晩柑橘の降雪・凍結の被害小田原方面では、レモン、湘南ゴールド、甘夏などに大きな被害が出ています。これは、3月17日に撮った①レモンの木の写真ですが、レモンの木ですが、実は腐りはて、木自体が枯れてしまうかもしれません。②次は甘夏の木です。これは3月1日時点でのもの、すでに7割方の実が落果しています。甘夏の落果は、その後も続いていて、その後はさらにたくさんの実が落ちています。③神奈川県の特産の湘南ゴールドですが、正面の木が湘南ゴールドですが、その実がまとめて捨てられてました。同じ園主の別の畑ですが、もはやまとめて捨てるような時間も労力がなくて、ただ落としっぱなしです。どんな状況か聞いたところ、「9割がダメだだろう。凍結したため「すあがり」して、果皮と果実が分離して、スカスカのジューシー感がなくなっている。木に実がついていても、果皮の苦みが果実にしみこんで、本来のおいしさがなくなっている」と。2月8日の大雪に加えて、その翌日あたりに、気温が零下6度になったそうで、木も果実も凍結してしまった。その後の春の温かさで、解凍されて、果実も木もダメージを受けたということ。大きな甘夏の木は養分を根元から枝先に送れなくなり、果実もお大きいので、落果しだしている。細い枝のレモンなどは、枝や木自体が枯れだしている。木自体が回復できるかどうかは、様子を見るしか仕方がない状況です。2月8日の大雪は八王子もたいへんだったけど、本来は温かいはずの小田原のみかん畑では、その木へのダメージは深刻だった。雪解けした直後は、わからなかった。一見、雪も解けてみかん園は、元のような姿に戻ったかに見えたけれど、実際は、深刻なダメージをうけていて、その実相は、その後の推移の中で見えてきた。その被害というのは、今現在も進行中だということです。JAかながわ西相は、2月20日付で、「降雪・凍害を受けた柑橘類(レモン等中晩柑橘)の緊急栽培管理」をだしていた。これは組合員にたいして、回覧板で回したという。私などは、用事で営農センターによって、この臨時ニュースを知った。営農センターの職員の方が、このペーパーを私にくれたんだけど。当然、柑橘が被害うけている状態を、技能者は知っているけれど、しかし、一般職員には知られていない。私は最寄りのJA事務所によって、ニュースを知人に配りたいと思い、求めたところ、キョトンとして、そんなニュースは知らないとのこと。すったもんだしていたら、奥から幹部が出てきて、入口の「掲示板にはってあります」とのことでした。気候異常が問題になっている昨今です。大きな寒暖の差は、これからも続くことが予想されえます。今回の事例を、よく調査・研究して、みかんの木の回復と、農家の被害救済を探るべきだと思います。
2026年03月18日
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時の流れの中で、東京でのみかん販売3月14日(土)午前8時半から9時、東京・多摩の永山団地で、みかんの販売をしてきました。この2月15日でしたが、商店会の店の主体のNPOセンターが、店じまいしました。このボランティア・センターが運営していた朝市ですが、NPOを運営する人たち担い手の高齢化があり、団地住人の助け合いの諸活動が賄えなくなっていたんですね。したがって、今回の朝市ですが、それは、事業主体の店じまいした中で、単独による朝市でした。この永山団地の朝市は、2016年の12月11日から始まって、これまで10年間、続けてきたんですが。10年前は、それなりに、にぎやかだったんですよ。その時のブログです。多摩市の団地の、地元野菜の直売会で、みかんを販売してきました | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログしかし、これもまた、一つの時の流れなんですね。私などがどのようにあがたとしても、仕方のないことなんですが。多摩ニュータウン・永山団地は、つくられて50年がすぎて、かつて30歳台で入居した壮年層でしたが、いまや80台の年金ぐらし、なかには一人住まいの方もいるわけで。まぁ、私などにどこまでできるかは、わかりませんが。小田原のみかん農家の人たちと、団地にくらす人たちとをつなぐ、みかんなどの産物を、美味しくて安い産物を提供する、この土曜の朝市です。一つでも条件がくるえば、朝市は成り立たなくなるわけなんですが、しかし、それぞれには、生きている以上、くらしの供給と需要があります。どこまで、私などにできるかはわかりませんが、少なくとも、来週の土曜市の開催にむけて、がんばるということです。
2026年03月14日
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不勉強だった上杉捨彦『資本論』ゼミナール学徒いまでは「上杉捨彦」教授という名前を知る人は、何人いるでしょう。私は1969年に法政大学に入ったんですが。関東の片田舎・真鶴の出身ですが、『資本論』を学びたいとの思いがあったんです。どうして、わたしなどがそんな思いを抱いたのか、不思議なことなんですが。あとから知れば、『マルクス主義経済学講座』(1971年 新日本出版社刊)ですが、その上巻の第6章「資本の蓄積過程(その1)」、その執筆を上杉先生が担当されています。志位和夫さんが、今、『赤本・資本論』で、その重要な論点の一つとして、光を当てている「資本の蓄積、拡大再生産」、格差の拡大の問題です。どうして、片田舎の若造が、1960年代の末に、『資本論』なる本を知ったのか、不思議です。1969年4月に『法政大学』経済学部に入学したんですが、当時の法政大学は、中核などの暴力的学生が学生自治会を牛耳っていました。そうした事情など知らなかった私などは、落ち着いて授業を受けた記憶がありません。しかし、私などは、『資本論』の上杉ゼミナールに2年生から参加しました。しかし、学習ゼミの一人ではあっても、何回そのゼミに参加したでしょうか。要するに、学術を真摯に学べるような事態には、当時の法政大学はなかった。学園のなかで、「言論の自由」「学問の自由」などといえば、危険な事態にあったんです。客観的な条件がどうであったかはともかくとして、良き学徒ではなかったんですね。しかし、手元に経済学部教授会主催の上杉教授の最終講義(1988年12月13日)のレジメがあります。最終の記念講演には、卒業したあとのはずですが、私なども参加していたんですね、具体的な記憶はないんですが。それによると、上杉捨彦教授は、1918年、米騒動のころに神奈川県の鎌倉で生まれる。1950年にはアメリカ・イールズの占領政策の転換で、大学でレッドパージが吹き荒れた。この時、上杉先生は「レッドパージ反対」の声明を出したことの関連で解職となる。1954年に復職して、1967年10月には経済学部長となる。(~1969年3月)これからすると、あのヒョロヒョロに痩せて、欠席しがちな上杉先生は、学園紛争の矢面にあったということです。学術どころじゃなかったんじゃないか、この年表から、今にして私などにもわかります。このレジメ資料からして、『資本論』と「社会政策」、労働者の権利や国民の社会保障の専門研究をされてたんですね。不勉強な私などは、いまさらですが、そうした眠れる宝に、あらためて気がつく次第です。まったくの馬耳東風、宝の持ち腐れで、これまで生きてきたんですが。まぁ、遅まきながらですが、まったく気がつかないよりは、まだ少しはましかと思っています。その少し前は、大内兵衛氏が法政大学の総長を務めてました。私などの学園時代は、「苦難の私の大学」でしたが、昨今は、田中優子氏が総長を務めるなど、人権と民主主義、学問と良識の学園が、私などのころよりかは、よみがえりつつあると想像しています。そうであるにしても、私などは、学園を卒業してから『資本論』全三巻に目を通した。あの当時は、第二巻の流通・再生産論、第三巻の資本の総過程を、学園の仲間と学べなかったんですね。志位和夫さんは、『赤本』で、第一巻の要点(ダイジェスト)を、画期的に今日に紹介されましたが。私などは、第一巻でも貨幣論・価値形態論、労働価値説などのマルクスの業績が、もっと光が当てられる必要があると思いますし。みかん農夫としては、農業における資本主義、労働価値の一般性からしたら農業労働はどの様に評価されるのか。農地解放がされて以降の農家の推移は、地代の問題に変わって、大資本とアメリカの国家の政策によりの抑圧の形態がどのように変わったか。国民の多数は、労働者として消費者として、基幹産業としての農家をどのように認識すべきか。現代人には、『資本論』の精神をもって、その成果を生かして、現代がかかえている問題にたいして、どのように探求してゆくか、その生きた精神が問われていると思います。
2026年03月12日
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雪害で痛手、レモンや甘夏などの中・晩柑2月8日総選挙の投票日の大雪を記憶されているかと思います。交通の大動脈の中央自動車道が不通となり、小田原厚木道路でも、3日間の通行止めとなりました。3月9日(月)に、用事があって、小田原の農協(JA)によったところ、「降雪・凍害を受けた柑橘類の緊急栽培管理」のチラシもらいました。この大雪により、小田原方面のみかん園も、大きな痛手を受けているんです。農協の2月20付のチラシですが、これは農家に対して対応のアドバイスでした。雪がとけて交通も回復して、すべての障害は、もはや消えたかのように見えますが。みかん農家の大変な被害ですが、それはほとんど報道されてませんが、このチラシが示すように、被害が明らかになりつつあります。これは、私などの甘夏の木ですが。これは、3月2日時点での甘夏の落下の状況ですが、積雪の2月8日から日がたつごとに、みかんの落下の数が次々と増えているんです。私などはみかん栽培を25年続けているんですが、こんな光景は、初めて目にするものです。レモンの木は、枝の緑色が茶色にかわって枯れだしているように見えます。湘南ゴールドも落果がめだちます。農家は、これからさあ収穫だという時に、この災害ですから、大きなショックで、言葉をなくしています。みかん農家は、こうした事態ですが、それ以外の農家はどうなっているか。ほんらい政治は、こうした場合には、しっかりとその様子を調査して、被害の様子を国民に明らかにすべきだと思うんです。その痛手を共有することが、農家が受けたダメージから気を取り直す、きっかけにもなると思うんです。社会的に多くの国民には、この農家の被害が知られずにいる。そんなことでは、このことにより受けた農家のダメージですが、それは国民のダメージなんです。問題は、それが国民的に共有されないと、被害からの回復する力が鈍くなると思うんです。被害を孤立させずに、苦難を共有してこそ、立ち直る力が出で来ると思うんです。国民経済の問題だし、政治のセンスの問題でもあると思います。
2026年03月11日
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東京農民連の第37回総会の報告と方針を読んで私は、2000年から東京・八王子から神奈川県の真鶴に通って、みかんの栽培をしています。この25年間、東京の生活者が、まったくの手さぐりで、みかんを栽培してきたわけです。「まったく」というのは訂正で、2011年1月に、小田原のみかん園を営む旧友と再会して、その土地の一角を借り、みかん栽培の技術を学ばせてもらいました。その彼は、2年前に天国に旅立っていきました。本日、2026年3月6日に、東京・町田市のはずれで、多摩市との境界あたりですが、そこには、みかんの木が、かねてから7本の木がありました。町田のこの園主さんは、ここにみかん畑をつくりたいと、かねてからアンビシャスを持っていたんです。しかし、東京の農家です。日本農業の困難、その矛盾の最先端にある農家です。本日、3月6日、その夢のみかん畑づくりですが、もともとは畑だったと思いますが、今は荒れた原野です。それを、みかん畑に変えようと、3人が集合して伐根作業をしました。これが、そのひと仕事を終えた時のもの。後ろの方には、今回の主役だった伐根機があります。午前の仕事を一区切りしたところです。今回、一度畑が荒廃すると、たとえ1年でも畑を手入れをしないと、どういうことになるのか。それをもとの状態に復活させるには、どれほどの苦労が必要となるか、それを体感させられました。今の国の農政をあずかり決めている農林議員族の面々に、この苦労を実際に体験させたいものです。かれらは絶対にその苦労などはしないし、そんな話は蹴とばすでしょうが。「農民運動連合会」ですが、私などは、思います。それは、農業者の存在の客観性、その要求(意識と理論)をまとめている存在ですね。私などは、みかんの栽培をしていながら、その存在、みかん農家の状況、いや日本の農家の歴史的なコメを中心としたその一般的姿を知らなかった。そりゃあそうです。私などの真鶴というのは、箱根山の溶岩が海に流れた地ですから、そこに平野というものが無いんです。だから私などは、水田のお米栽培なんてことは、全くと言っていいくらい知らないんです。農民連に参加した理由ですが、その一つは、農家の今の姿です。農業の一端をしていながら、草刈りに追われてヘトヘトで、自分自身の農夫というその存在状況を知らなかった。だいたい日本農家の主体だあるお米農家ですが、それが、ずーっとこの間に、なぜ悲鳴を上げているのか。それはまた、高いコメを強いられた国民・消費者にとっての問題でもあります。ふり返れば、TPP問題。農家の総意に反して、国は外国の安い農産物から農家をまもる関税を自由化するといった、自国の農家をまもってきた手立てを取り外した。農産物の輸入自由化ですが。なぜ農家を切り捨てるような、国民の食糧自給の低下を押し付けたのか。こうしたいまの日本農業の衰退事態がもっている基本的な問題です。農家のだしている悲鳴に応えずに、国の多数決で農家に無茶苦茶な事態を押し付けている。そうした事態を国民には知らさずに、食糧自給の低下・依存をきたしている。自分自身の存在をみえなくしている。もう一つは、理論です。農業理論であり、農民の要求運動論の理論を、よく知らないんですね。農民連の新聞『農民』は、今の日本の農家の要求を、丹念によく紹介してくれてます。そのことが分かったのは、つい最近ですが。しかし、それだけでは、私などには足りない。農民運動のもっている歴史的な要求はどうであったのか。その今の局面をなす農家の要求は何なのか。公約数的要求は何なのか、それがどのように生かされているのか。それだけじゃない。江戸時代からの徳農家、近代の農業論には、農業のはたしている役割を確認・評価して、人間社会が生きていく自然的な基礎を考察した農業論が、歴史的な遺産としてあると思うんです。しかし、私などのこれまでは、ひたすら雑草をたたくことに、すべての労力をもって後追いしてきたのが状況でした。「知は力」というのは、言葉としては知っていたとしても、生きた精神になっていなかった。あらためて、マルクスの『資本論』が話題になってますが、そこでは農業の問題がどのように研究されていたのか。「地代論」ですが、その資本主義的生産様式がしいる農業の姿が探求されていると思うんですが。しかし、そもそもその基礎にある農業論ですが、それが日本においてはどの様な理論がなされてきたんでしょうか、どうなっているのか。ようするに、もう一つは、この農業論、農民運動論です。そうしたことを探ると「お前は共産党か」との見方が出てくるんですが。これは、共産党とかの一党一派の問題ではありません。農業の問題です。農家というものの理論と立場の根本問題です。そんなことは成り立たないんですが、農民党の問題です。歴史社会の流れ発展の中で、農業そのものが果たすべき国民的な役割といったことです。それを、国民諸階層が、また各政治党派が、それをどのように取り上げているのかという問題です。ざっと見ると、農業という仕事・労働が、その人類の歴史的な変化のなかで、今の国民全体の中にどのような役割をもっているのか。自分の畑作業をしっかり成り立たせるとともに、その農業論と運動理論が、その日本における探求が、課題になっているということです。これが、私などの目の前に示されている農業の現実的な存在と、その概念的な認識の総括すなわち理論とが、実際とその認識ですが、この二つが問題となっているわけです。わたしなどは、あらためてみかん作業をすすめる、と同時に、日本の農業の理論とその運動を探ろうとしているわけです。
2026年03月06日
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不破哲三さんの遺した課題昨年・2025年の12月30日に不破哲三さんが亡くなりました。95歳でした。私などは、志位さんの『赤本・資本論』学習をしていたんですが、12月末の国会解散もあって、その学習会の日程調整をしていた時でした。その「赤本」学習の運動に対する感想もお聞きしたかったんですが、かなわないこととなりました。私などはブログで、不破さんの遺された課題を発信しておきました。不破哲三さんが遺された『資本論』の課題 | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログすごい努力をしたものですね。不破さんは、命の残された時間を、マルクスの『資本論』の理解の紹介に心血を注いだんですね。ざっと、その努力を見ると。①1997年 『エンゲルスと『資本論』』②2001年 『レーニンと『資本論』』③2003年 『再生産と恐慌』④2004年 『『資本論』全三部を読む』⑤2012年 『『資本論』はどのように形成されたか』⑥2015年 『発掘、追跡、探求』⑦2018年 『全三部を歴史的に読む』⑧2019年 『『資本論』のなかの未来社会論』⓽2020年 『弁証法の進化を探る』「執念」をすら、感じさせられます。残された命の最後を、マルクスの『資本論』全三巻の解読に注いだわけです。その中にある宝を、私たちに紹介する、との執念です。もちろん政治家ですから、学者研究者ではない。その『資本論』の理解と探求には、弱い点もあるでしょうが。しかし、晩年は、その道の学者・研究者にも及ばないような努力でした。多くの関係者は、この不破さんの諸著作をほめると思います。その諸作品をほめたたえる人は、さまざまにいるかと思います。しかし、私などは思います。これだけの作品群を読むには、たとえその一作品でも読むにはどれだけの努力が必要かと。学術的な良心を持っている人なら、『資本論』そのものを読む必要があるのと、例えば、④『全三巻を読む』だけだって7分冊があるわけです。それはダイジェストではなく原本ですからが、これだけでも相当な時間と労力を要します。その上で、その内容についての評価は可能になるわけですから、多少となりまじめに、その一冊に対する書評をすることだって、それは、たいへんな労力を要するわけです。しかし、不破さんは、「時間」=命の残りの心血を注いで、見ての通り9種の作品を残したんですね。内容にふれた評価というのは、残された人たちへの宿題ですね。私などは、不破さんの努力に敬意を表してるんですが、しかし、たとえそのどれか一冊だけでも、実のある評価をするというのは、たいへんなことです。今はみかん仕事の、草刈り仕事でヘトヘトなんですが、少しでも、努力してみたいと思っています。ようするに、マルクスと不破さんの努力を、口先でほめてるだけじゃなくて、実際に、その中身を吟味して、今を生きている人たちにとって、その宝となることがらを引き出すことが求められていること。その功績を、しっかりした内容評価がもとめられていると思っています。残されたものには、宿題として提起されていると思います。まぁ、言うはやすし、行うは難し、ですが。
2026年03月05日
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先制攻撃の中止をもとめる予算委員会質疑2月28日、アメリカとイスラエルによるイランに対する戦争は、主権の尊重と武力行使を禁ずる国連憲章・国際法の違反です。この事態に対して、3月2日(月)衆議院予算委員会で、日本共産党の田村智子(委員長)議員が、政府の態度を正しました。この質疑は、世界と日本の重大問題を問うたものです。しんぶん「赤旗」3月3日付には、その論戦ですが、「論戦ハイライト」(2面3面)として、詳しく紹介されています。ただ、私などは、活字から実際にかわされているやり取りを、リアルにつかむことはできません。疲れた体でもあり、活字だけから現実の質疑を、感覚的にも臨場感をもって理解する力がないんです。したがって、共産党中央委員会のホームページのユーチューブを、新聞の活字と合わせてみるようにして、つかむようにしています。米国とイスラエルの国連憲章違反は明白 先制攻撃 即時中止求めよ 2026.3.2今回の場合、予算委員会質疑を終えた後の、傍聴者との懇談会もユーチューブで見ることができます。これもまた、予算委員会の様子を、よりリアルに知ることができます。また、衆議院予算委員会の録画も大事だと思います。衆議院インターネット審議中継それは、各政党がとっているこの戦争に対する態度を知ることが出来るからです。この戦争を止めるためには、どのような対応が必要なのか。リアルに、その態度と様子をつかむこと、これも戦争を止めるために大事だと思っています。
2026年03月04日
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ジャガイモの種芋の植え付け東京の町田の農家で、3月1日(日)に、ジャガイモの種芋の植え付けをしました。私などは、農業といっても、みかん栽培しか知らないんですが。農家の方の手ほどきで、畝をつくるのを手伝いました。糸を張って、畝の列を整えます。長年の農耕の努力によれ、土も柔らかくてきれいなんです。農家の人が,鍬で畝さくづくりのお手本をしてくれるんですが。「深さは、このくらいでいいんですか?」と。そのあとを、女性陣が、たい肥を敷いて、種芋を置き土をかぶせていきます。「種芋の間隔は、どのくらいに置けばいいの?」適度に雨も降った後です。風もなく、天気も良くて暖かい。もはや季節は、春なんですね。いつもは静かな畑で、ひとりでショボショボと畑仕事といった事態じゃあなかったんです。今回は老若男女の人たちが、わいわいとにぎやかに、畑仕事の方も、自然と無理なく、どんどんずんはずみました。東京の農家は、一般には、高齢化して担い手が減り、耕作する畑も荒れがちですが、この日の姿を見たら、イメージは変わります。事前に段取りする人は大変なんでしょうが、援農の人たちが集まって、自然の中で、適度に体も使っての楽しい作業でした。これから、植えた芋から芽が出て、その生育するのを楽しみに注目していきます。私などは、この畑のとなりですが。その隣にある荒れ地を開墾して、みかん畑をつくろうとしています。竹を切りはらい、地価の根を伐根して、そこにみかんの苗木をこの3月末に植えて、みかん畑づくりをすすめています。東京だって、みかんがつくれることを実証しようとしています。全体的としては、農家の高齢化と減少していく流れの中にありますが、「どっこい」、明るい明日の東京の農家をつくりだすべく、みなさんでさぐっています。
2026年03月03日
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大雪による中・晩柑橘の大きな被害関東も2月8日(日)に大雪が降りました。小田原のみかん園ですが、その直後はよくわからなかったんですが。雪による被害の大きさですが、私などにもが見えてきています。数日後には、畑から雪も消えていて、一見すると元の姿に「ヤレヤレ」と思ったんですが。この雪による中・晩柑橘への影響が、徐々にはっきりとその被害が見えてきています。これは、甘夏の木です。雪から2週間が過ぎて、甘夏の様子を見たら、半分くらいの実が、この間に落下しだしています。枯木に始末をしていたら、後ろの方で音がしたんです。誰かいるのか、イノシシでもいるのか、と思って振り返ってみたら、甘夏が落下している音でした。今、落下が進行しているということです。すでに、上部の実がほとんど落下してなくなりました。葉も枯れて変色していて、下に落ちています。どのくらいの被害になるのかはわかりませんが、甘夏だけじゃないんです。レモン、湘南ゴールド、日向夏など、中・晩柑橘は、おしなべて、大雪の被害が、それぞれにかなり出ています。私などは、2000年から真鶴・小田原で、みかんの手入れをしてきているんですが、これほど多くの果実が、無残に落下した様子を見るのは初めてです。これはみかん農家にとって、この自然災害は、相当の痛手になるということです。
2026年03月03日
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温州みかんの終了2月28日(土)の多摩市永山団地での朝市ですが、今季の温州みかんを、すべて終了しました。ことはついでで、町田の農家からあずかった大根ですが、そのすべても片付けました。私はみかんのことしか知らないんですが、温州みかんは、なるべく12月末までに収穫します。雪や霜に弱いからですが、今年はズバリで、2月8日には大雪がありました。温州みかんはすでに収穫を終えて大丈夫でしたが、中・晩柑の湘南ゴールド、レモン、甘夏、日向夏などは、この雪によって、かなりの雪害が発生しているんじゃないでしょうか。どのくらいの被害を受けたか、その影響は、これからわかってくるんですが。かなりの量の「すあがり」が出てくるんじゃないでしょうか。通常であれば、これからの柑橘ですが、私の場合、3月中旬の湘南ゴールド、4月下旬の甘夏です。甘夏が柑橘の年間の収穫サイクルの最終です。はたしてダメージのほどはどうか、心配されます。しかし、いくら心配しても、仕方ありません。いまは、三寒四温と周期的に降る春雨で、雑草の繁茂が始まりだす時期です。枯れ枝を片付けて野焼きもして、境界の柵にからみついてるつる草を除草しなければなりません。この時期に、小春日和に手を休めると、あとでとんでもないことになりますから。一見するとのどかな農家は、その中にも、新たな準備作業が始まっている。ましてや、これから中・晩柑の収穫作業・販売作業が待っていますから。しかし、とにもかくにも、主要な温州みかんについては、今回で終了したということです。指も腰も、疲労をあとをひきずっていますが、それでも、「ヤレ、ヤレ」だということは、間違いなしです。
2026年02月28日
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東京・町田でみかん畑づくり春ですね、ここにきて周期的に雨が降るようになってきました。これから、この春の温かさと雨とで、いよいよ雑草が繁茂を始めだします。そうした中、東京の町田ですが、みかん畑をつくろうとして、草刈りと伐根作業を始めだしています。右の奥の方が、草刈りする前の様子です。正面の奥に、地面を覆っていた草木が切り払らわれて、積まれています。こまスペースにみかんの苗木を植えて、みかん畑をつくろうとしているわけです。その畑づくりは、地表を草刈りしたくらいではダメなんです。地面の下には、雑木の根が全体に張り巡らされているんです。竹や葛の根が、網の目のように地下に張り巡らされているんです。伐根作業をしなければ、たちまち雑木林が復活しちゃいます。このタコの足のように張り巡らされた根を伐根するのは容易ではないんです。Tさんの尽力ですが、手前に伐根して引き抜いた根が山と積まれています。これまでに伐根できたのは、全体のごく一部なんです。このみかん園の予定地の全体を伐根しないことには、苗木を植えるための穴が掘れなくて、植え付け作業ができないんです。林業の経験を持つTさんが助けてくれたからこそ、開墾ができているわけです。来月の3月20日には、みかんの苗木が到着する予定です。したがって、それまでに穴を掘って、苗木を植え付ける準備をしなければならない。いったん原野にもどると、それをもとの畑にもどすというのは、どれだけ大変なことか。農家の高齢化が進む中で、耕作範囲が狭まって、耕作放棄地が増えているわけです。高齢者の農作業を支援する手立てを、親身に早急に取らないと、いったん荒廃すると、その後がいかに大変なことになるか。そのことを、私などは、今、体験させられています。
2026年02月27日
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東京農民運動連合会の総会に参加してきました東京農民運動連合会の第37回総会が、2月22日に立川で開催され、私も、農夫の一人としてこの総会に参加してきました。わたしは、去年の2025年2月5日の第36回総会に初めて参加して、東京農民連に入会しました。真鶴と小田原の神奈川県でみかん栽培をしていますが、東京の団地生活者として、片道70キロのみかん園に通っているわけです。これも、東京人の農夫の一つの在り方として、東京農民連に入会した次第です。私などはみかんの栽培はしていても、雑草の繫茂と格闘しているだけで、それだけの農夫でした。みかん栽培を手さぐりで探っていただけで、雑草を相手に体力のぎりぎりまで格闘していました。したがって、農業といっても、みかんに関することしか知らなかったわけで、これではまずいと感じて、忙しい中にもアンテナを張るようにしだしていたんです。知人のみかん園の園主ですが、この人は2023年に亡くなったんですが、農民連の新聞「農民」をとっていて、読んだ後、私のところに置いていってたんです。話し相手がたびだっちゃって、それから「農民」新聞を読むようになったんです。自分を振り返れば、みかん栽培については、まったくの自己流での手さぐりですし、農業理論も、農民運動もしらない、ただ草を相手にしてきただけなんですね。それで、2025年3月に東京農民連に入会したんです。したがって、農業理論のことも、農民運動についても、まったく知らないんですね。ただ、手探りみかん農夫でも、周りを見れば、80歳前後の高齢者がみかん畑をまもっている。東京・八王子でも、農家が自分の首を絞めるところの自民党農政を支持している。農家は、その保障のない不安定な仕事に、自分の子どもたちに継がせるわけにはいかにい。高齢化とともに、耕作面積を狭めて、放棄地が広がっているのが事態です。現状の農家が置かれている事態を、農家自身が知らない。減反だ、市場任せだ、輸入だと、自分の首を絞める自民党農政を支持している。「規模の拡大だ」「AIをつかったスマート農業だ」「農産物を輸出すればよい」など、一般農家には無縁な農業政策が、自民党政治ですすめられているわけで。ろくに農業理論も農民運動も知らない私ごときでも、「ちょっと、おかしいんじゃないの?」「いったい、現状の苦労がわかってんの?」 といった感覚になるわけでして。しかし、それは感覚的なことがらです。はっきりしているのは、ただ雑草の自然を相手にしているだけでは、いっこうに「問題は何か」見えてこないということです。存在は、それを意識してそれに見合う理論をつかまなければならない。農民運動の活動と経験を、その本質を自分の場とつきあわせて、活動のヒントにしなければならない。そこにみんなの苦労と、努力がある、と。遅まきながらですが、25年の手さぐりを、それを大事な努力として確認しつつ、もう一歩高いステージ、草刈りをしながらも農業論と農民運動論を学ぶということです。したがって、諸発言や諸文書は、いまは猫に小判なんです。宮本百合子の『貧しき人々の群れ』なんです。さぁ、はやく状況を総括できるような理論を獲得しなければならない、これが、私などの第37回東京農民連総会に参加しての感想です。
2026年02月25日
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柑橘の雪による被害発生総選挙の投票日・2月8日に、大雪が関東でも降ったことはご記憶のことと思います。小田原のみかん園でも、みかん畑に30センチくらいの雪が積もったそうです。この雪のため、通行止めが3日間つづいて、行けるようになったのは2月11日でした。これほどの雪が降ったのは、私などの経験では、めったにはなかったものです。その雪が解けてみかん畑に行けるようになって、見回ったんですが。直後に、「しきび」の木が、根元から倒れていたのに気づいたくらいでしたが。それから2週間がたちましたが、柑橘の雪による大きな被害が明らかになりつつあります。まず、レモンの被害です。レモンは雪に弱いんですね、下手の枝5センチが枯れて、果実が灰色に腐りだしています。次に、湘南ゴールドです。雪がかぶった木の上側の葉が黄緑色にかわり、果実が「す上がり」して、痛んでいます。次に、甘夏ですが、かなりの果実が落下しています。木についているものも、風が吹けば落ちるかもしれません。また、日向夏も同様です。日向夏は、葉の全体が、以前は濃緑色だったのが、黄緑色に変わっています。木自体が弱っているということです。こうして、レモン、湘南ゴールド、甘夏、日向夏と、被害のほどが、外からの見た目でもわかるようになっています。私などは、東京・八王子で雪が解けて開通するのを待ったんですが。みかん畑も、おそらくこんなだったんでしょう。自然のことなんで、どうしようもないんですが、みかんの木は丈夫なんで、台風などで揺さぶられても大丈夫なんですが。今回の雪は、春直前の2月8日でした。すでにフキノトウも出だし、春一番の吹く直前の大雪でした。その積雪は30センチくらいと、まれな大雪でした。それは中晩柑の柑橘に、その枝葉と果実に大きな被害をのこしました。その様子が、あとからわかってくる次第です。まぁ、木自体は枯れないとおもうんですが。やがては樹勢を回復すると思うんですが、しかし来年への影響すら心配するような被害の事態です。
2026年02月25日
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志位『赤本・資本論』学習会が終了しました八王子市鹿島での学習会ですが、2026年2月21日に第9回の最終会を終了しました。これは、鹿島地域とその周辺の人たちに呼びかけての学習会でしたが、この最終回は、5名の人の参加でした。この学習を通して、私などの感じたことですが。一つは、私などが『資本論』を学習する上での参考文献です。もちろん、マルクスの『資本論』そのものですが。今回、志位和夫さんが『Q&A 資本論』として、第一巻についてのエッセンス=ダイジェストを出したことは、これはすごいと思うんです。日本では、1970年代前半の共産党が躍進して以来、共産党とマルクスを排除する風潮が強まり、中国の天安門事件、ソ連の崩壊、ロシアのウクライナ侵略などの中で、「共産主義は悪、時代遅れ」の風潮がつくられてきた。そのたびに『自由と民主主義の宣言』の解明や、「崩壊したのは覇権主義・専制主義」との反論がなされましたが、なんたって多勢に対する少数の対抗でした。第二に、私などは、①『資本論』の評価ですが、第一に掲げるとすれば、エンゲルスの『「資本論」要綱他』です。これは、『資本論』のエッセンス(今回、志位さんが努力された)と、その内容についての意義と評価を提示しています。これは、『資本論』の成果をつかむうえで、かかせない批評ですね。私などは、そう思います。第三に、さらにもう一つ、日本での理解の探求の歴史があります。その歴史的なあゆみを挙げるとすれば、戦前の治安維持法のもとでの河上肇の努力、戦後の憲法の民主主義のもとでの宮川実氏、そして杉原四郎氏など、脈々としたながれがあります。私たちの理解と存在は、今というのはその上にあるんだと思います。第四に、最近の日本では、1997年に不破哲三さんが『エンゲルスと『資本論』』を出して以来、寸暇を惜しんで『資本論』の成果を解明しようとした。2025年末に亡くなるまで、努力を尽くされた。私などは、その努力の中身をつかもうとして、今、キュウキュウとしているんですが。二つ目に、私などが感じた点ですが。この『資本論』の学習が提起されたということの意義です。だいたい『資本論』の学習をしようなどということ、政党の代表がその国民に対して提起するなんで、なんとも大胆だと思いませんか。わたしも、それは重要なことだと思うんです、意義あることだと思うんです。しかし、一般には活字離れした日本の世間一般の状況の中で、「『資本論』を学習しよう」なんて提起はドンキホーテ的なことでもあるですね。知識人や、先進的な労働者・青年ならともかくですが、広く老若一般の人たちに呼びかけるなんて。非正規の過労死する人たちもいる、高齢な中で畑の耕作を必死で守っているひとたちの、この社会の中でそれを呼びかけるなんて。しかし、私は歓迎したんです。『よし、それがどんなに困難でも、やってやろうじゃないか』と。三つ、しかし『やった!』。2025年9月20日から始まった『赤本・資本論』の学習会ですが、2026年2月21日の第9回学習会で終了しました。しかも、それを再現・紹介するのは難しいんですが。参加者のそれぞれが、この最終回で、学習しての感想を交歓しました。初めて『資本論』に挑戦したという人が、「はじめて赤本を読んでみて、『資本論』の意義を感じた。未知の世界にふれたような気がする」。また、「最近、哲学の弁証法などということは扱われているのか、どう扱われているのか。哲学の意義をあらためて考えさせられた」。また、「この搾取の解明を軸にした、格差社会の広がり、歴史傾向の問題。このマルクスの解明をどのように若者立ちに、一般に理解されるように、努力していくか」などの感想が交歓されました。四つ、議論は、赤本の感想を出し合っていたら、いつしか自然と、今度の総選挙の結果をどうみるか、が大きな焦点になりました。そして、それぞれのこれまでの人生観をもって、『赤本・資本論』についての、意見が交わされる貴重な場となったこと。それぞれの場で、どうそれを生かすか。『お互いに、頑張ろう』ということで、学習会を終了しました。ということで、とにかく、鹿島での「赤本学習会」は、2月21日に終わりまでやったということです。
2026年02月22日
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八王子・鹿島の『赤本』学習会の最終日2025年8月10日に『資本論(赤本)』が刊行されました。その学習会が呼びかけられたのを幸いとして、9月20日から、東京八王子市の片隅・鹿島でも、『赤本・資本論』の学習会を始めました。途中で、解散・総選挙の大風が吹きましたが、ついに明日・2月21日は、最終回です。「第8章 『資本論』どう学び、人生にどう生かしていくか? 」-根本的なテーマです。これは、根本的なテーマです。この間のドタバタしてきた、総選挙だとか、みかんの収穫だとか、いろいろ立て混んでましたから、明日の最終の学習会にどう臨むのか、戸惑っている次第です。そのために、それを前にして、自分の頭を整理しようとしている次第です。一、今回の『赤本・資本論』というのは、『資本論』というのは、現代の根本問題だと思います。しかし、1970年代の後半からはじまつた「自由社会をまもれ」キャンペーン、1980年の共産排除・革新つぶしの社公合意、儲け本位の臨調行革の新自由主義、世界的には1989年には中国の天安門、1991年にはソ連の崩壊といった事態の中で、「共産主義は終わった」といった風潮の大洪水。崩壊したのは覇権主義的大国主義の体制だったとの本質的主張は陰に押しやられていた。二、しかし、トランプ氏が大統領になって、アメリカはそれまでの民主主義をすてて、帝国主義の路線に転換した。日本の政治はそれを批判できない。はしゃいで仲良しアピール、共同の軍備拡張路線をすすもうとしている。これが、この総選挙をとおして、短期間に激流としてすすめられているけれど。はたして、国民は、いつまでもこの事態に押し流されているだろうか。三、私などは、『資本論』の学術は、哲学・経済学批判は正しいと思うんですよ。しかし、インテリゲンジャ・知識人はともかくとして、先進的な若者ならともかく、私など日々草刈りなど自然を相手にヘトヘトになっている勤労者が、はたして『資本論』がいくら大事たとはいえ、実際に学習できるかどうか。もちろん地の塩で、国民の中にいる良識人は『そうだ』というでしょうけれど。もうちょっと足元の現実を見てほしいですね。何が問題なのか、どこであし踏みしているのか。四、私など農夫は、ちっとも自分たちの現状が、政治に反映していないと思っています。高齢化がすすんでます。自力自助の自民党政治では、先祖代々の農地が荒廃していく。子どもたちが、暮らしのためには、農業から離れざるを得ないんですから。ほとんど、その現状が政治の世界に取り上げられてない。逆に首を絞められているのが今の農政です。五、今回、『資本論』の生きた核心を今日に提起してくれたのは凄いことだと思うんです。同時に、『資本論』の生きた学習とは、今日の国民の暮らしにとって、どうあるべきなのか。しかし、基本的・一般的には、搾取とその歴史傾向は、まごうかたなく妥当していると思うんです。しかし、肝心なのは、マルクスの提起は、現実に今を生きる国民が、それぞれの場で直面している問題に、この一般的妥当性から、何を引き出すのか、その精神・方法をどのように生かすのか。このことが問われていると思います。明日の最終回に、私などが言いたいこと、感じたことが何なのか。その思いが、当日のごちゃごちゃにまぎれないように、事前に頭を整理した次第です。
2026年02月20日
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『村山富市回顧録』(2018年刊)を読んで村山富市氏は、昨年(2025年)10月17日に亡くなられているんですが。つい数日前に、こうした回想録があったことを、私は初めて知りました。しかも、これが2012年に岩波書店から刊行されていたなんて、まったく知りませんでした。急ぎ通読させてもらいました。というのは、現在の政治の流れを知ろうとした場合、大事な一コマが村山政権です。非自民の細川連立政権が、1993年8月に自民党政権にかわる。それが羽田内閣に代わって。それが自民党の巻き返しです。1994年6月には、自民復活への社会・自民・さきがけの村山政権ができる。私などは、当時、新聞・テレビでしか知りえませんから、現象な出来事はわかったとしても、実際の真相のほどはわからなかった。憶測の記事・報道はわんさとありましたが。この『村山富市回顧録』は、その実際がどうだったか。村山富市氏の人柄もあるんでしょうが、この「回顧録」には、当時の置かれた客観的な状況と、そのなかでの思いと行動が、率直に書かれているんです。この本は、最近の政治史の流れを、その後の民主党政権の崩壊問題を解くヒントも提供してくれていますし、今回の、高石自民党の大勝ですが、その虚構ぶりも示唆するものとなっています。あまり、この本が一般に紹介されていないのも、「それはさもありなん」です。最近の政治史は、何が問題なのか。国民が願う政治をつくるには、どのような努力が必要なのか。村山氏は、複雑な思いで旅立っていったと思います。その明暗の絡まりを解きほごす課題が、私たちには残されていること。平和・民主の日本を切り開くには、どのような努力が必要なのか。『村山富市回顧録』は、それを提起してくれていると思います。私などは、この本が刊行されてから14年後に知ったということなんですが。まったく遅いけど、しかしこれを知らないよりかは、すこしはましかと思います。
2026年02月19日
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みかん農家への大雪の影響は総選挙の投票日の2月8日、関東でも中央自動車道が雪止めとなり、私などの南関東の小田原厚木道路も、8、9、10日と通行閉鎖となりました。通行止めが解除された11日の小田原行きについては、2月12日付のブログで紹介しました。今回、15日-17日でしたが、大雪後の二度目の小田原のみかん園に行ってきました。徐々に、その被害のほどが見えてきました。これは駐車場の隣にある「しきび」(香の木)ですが、かぶさった雪の重みら耐えかねて、根元から折れていました。今は解けていますが、30センチくらいの雪が、木の上にのったようです。そのほかには、3月中旬に収穫を予定していた湘南ゴールドですが、雪がかぶさった木の上部はとくに「すあがり」して、果実がダメになっていました。また、お隣の園主さんは、『この枇杷の木を見てほしい』と。直径20センチはある枇杷の木が、主枝がさけて倒れていました。今日、2月18日付けの新聞を見たら、青森や弘前では、「豪雪のためリンゴ園の被害が深刻」とのことで、実情調査と、支援のための対応を探る活動が始まっている、とのことです。しかし、そのなかでも、今回の小田原のみかん園行きです。第一日目は、みかんの枯れ木の伐採と、巻き付き繁茂している雑草の草刈りでした。この大雪などの水が供給されたこともあり、ほどなく雑草が繁茂しだし始めます。この2月、3月中に処分しておかないと、葛やセンダン草に覆われて手が付けられなくなりますから。野焼きして、みかん畑を普通のきれいな状態に整えますが、昨今の森林火災が、日本でも世界でも、各地で発生しているでしょう。野焼きは、朝早くからはじめて火が燃えつきて、危険がなくなるまでの監理が必要なんですね。したがって、一日仕事となります。周りには、枯れ木・枯れ草がたくさんありますから、人の手が及ばなくなった箇所は、枯れ草に巻き付かれてますから、もしも飛び火でもしたら、とんでもないことになりますから。しかし、枯れ枝処理の野焼きは、雑草が繁茂しだす前に、この2月、3月のうちには、全体を片付けなければなりません。つまり、枯れ木を伐採し、人の背丈を超える枯草を刈り集めて、それを野焼きする。しかしその期間はかぎられてます。最大でも3月末までに済まさなければならない。そうなると、4か所くらいしかできないわけで。毎週の小田原行きというのは、毎回、俳優さんたちのスケジュールなみで、寸暇を惜しんでのみかん畑を整理を、遠路でかけていって、しなければならないというわけです。いったい、この裏方作業を、その農家の苦労を、どれだけの人が理解してくれているか。ミカン狩りを楽しむ都会の消費者は、この苦労がわかっているのか。「大規模化し、海外に輸出すればよい」などとのたまっている政治家にこの苦労がわかっているのか。いや、現地の人だって、『俺なら、簡単だよ』などと、わかってない人もいるわけで。まぁ、しかし、いくらぼやいていても問題は解決しません。労働することでしか、解決しません。ありがたいことに今回も、援農の人が来てくれましたて。一人では、賽の河原ですが、マルクスの「協業」、スミスの「分業」のとおり、2人りとなると、3人分の仕事となってはかどります。今回は、二か所で、枯れ木の伐採と、そのセンダン処理をしました。このことは、ちょっとでも、現地に足を運べは、この農家の苦労が如何なるものであるのか、ということがわかるんですがね。簡単なことがわかってもらえてない。ましてや、無責任な政治が、相変わらず展開されているのを見せつけられると、腹が立つ。この歴史的に、貴重な日本国民のための畑を、代々守ってきた農家の人たちの苦労、どんどんその農家との畑が減っていくながれを、早く何とか変えなければならないと・・・。無責任な流れに抗して。そうおもいつつ、今回も頑張ってきました。
2026年02月18日
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有田光雄著『未来に生きる』の紹介『未来に生きる-「老コミュニスト」の残し文」』(有田光雄著 花伝社 2025年10月30日刊 1700円)を紹介します。有田光雄氏は1930年(昭和5年)生まれですから、今年で96歳になります。衆議院議員の有田芳生さんのお父さんですね。共産党京都府委員会の名誉役員でもあるそうです。「おわりに」を読むと、有田光雄氏は、四年前に脳出血の大病を患われているそうで、〈最後の著作として、日本共産党の真の姿を知ってほしい。世代を継承する人たちへのメッセージとしたい〉との思いで書いたと。これは、自分の経験してきたことを、いわば「遺言」のようなつもりで書かれているんですね。私などが、注目したのは、著者は、京都の民主府政、蜷川民主府政の歴史的なあゆみを紹介してくれてます。関東に暮らす私などには、なかなか知ることのできない具体的な様子を紹介してくれてます。また、共産党の「自主独立」の立場の歴史について、より基本的には科学的社会主義の理論への理解と確信を紹介してくれてます。長年歩んできた体験から、この本を書いたこと、それを『未来に生きる-「老コミュニスト」の残し文」』と題したことが納得できるものとなっています。どのような努力があって、今という状況をつくっているか。そこにある苦労のほどを、私などにも感じさせてくれるんですね。なかなか、このような著作というのは、共産党の真の姿をまとめた本などというものは、一般のメディアでは、紹介されないと思います。だけどこれは貴重な本だと思います。大事な精神があると思います。そうしたことで、本の紹介としては、私などのものは、いたってつたないもので恐縮なのですが、しかし、それでも無風・無視の暗闇に置かれるよりはましかと思い、紹介させていただきました。
2026年02月14日
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みかん農夫の確定申告、その2本日・2月14日、永山団地のみかん朝市を終えました。温州みかんの販売も、次回の朝市ですべて終了します。最終の段階にあります。帰えると確定申告の整理の続きです。確定申告をまとめることで、昨年一年間のみかん仕事を検討しています。一、収入。昨年1年間のみかん販売ですが、それが127万円の収入であることが、前回分かりました。二、支出ですが。ア、交通費。東京-小田原間を往復していますからガソリン代と高速料がかかります。 ガソリン代で18万5千円、高速料で10万9千円で、約30万円がかかっています。イ、アパートの家賃が12万円、それに電気・水道・ガス代の6万円の、計18万円がかかります。 まぁ食事代もかかりますが、それは別として。ウ、みかん園の園主さんの仕入れや販売の場所代として44万円を払っています。 小田原へ行き、現地に住まいを確保するだけで、94万円がかかるわけです。エ、もちろん、草刈り機などの作業用具の修理や、みかん箱などの諸材料も必要です。 人によっては『あんたのやっていることは、がめつい』などと評価する人もいます。私としては、みかん園が荒廃しないよう限界作業に努め、美味しいのに捨てられかねないみかんを東京まで運んで販売して、還元している。消費者にとっても、美味しいみかんが、みかんの高い今時に、350円という安い値段で手に入るんで喜ばれている。味が濃くて、ジューシーだと好評です。この年金農夫の私などの仕事ですが、みかん農家と消費者をつなぐ、大事な活動だと思っています。相手の人たちの笑顔をみることが、私などのエネルギー源となっているんですが。ところが、事態が通じないというか。『がめつい』なんて言葉が、いったいどこから出てくるのか。この実際を活動にかかわっていながら、何を見て、何を考えているのか。『俺だったら、もっとうまくやる』と思っているんでしょうが。「だったら自分でやれ!」とムカムカしてくることもあります。事態を理解できない人もいるわけで、まぁ、ひとそれぞれで、様々な評価があるのは、仕方がないんですが。これが、昨年の一年間のみかん仕事をまとめていて、私などの感じる、一つの側面です。
2026年02月14日
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みかん農夫のこの一年この時期は、みかん農夫の昨年の作業をまとめる時期です。働いている人たちは、労働者も農民も、業者も、みなそうでしょうが、3月の確定申告にむけて、一年間のみかん仕事をまとめて検討する時なんです。八王子在住で小田原・真鶴に通よう、みかん農夫の私などもまとめを始めています。一年間のみかん作業がどうだったのか、この機会に検討しているわけです。今、その検討の最中ですが。まず、収入ですが、昨年1年間の収入は、127万円でした。これは記帳によって明確なんです。私などのみかん販売というのは、農協の扱いの対象外ですから、すべて自力で売らなければなりません。三通りです。①団地の朝市販売、②近隣で販売してくれる人に託す、③知人に宅配便で発送する、この三つです。私などの昨年は、これまでにない夏の暑さがあり、園主さんの事情もあり作業小屋がを探さざるをえなくなる、また販売でも有力な協力者が病で亡くなってしまう。そうしたことで、たいへん困難な一年でした。私などのポリシーは、援農なんです。みかん園は、農家の方たちの高齢化があり、農家の暮らしの不安定から、今、耕作できなくなる畑が増えている。そうした畑を何とかカバーしようということなんですが。繁茂してくる雑草の草刈りを手伝い、放棄されがちな美味しいみかんを収穫して、東京の団地に運んで販売する、そうした仕事なんですが。みかん農家によし、団地の消費者にもよしで、両方に対する勤労奉仕だったんですが。127万円を販売したことは、1キロ袋にして3600袋くらいを販売したということです。しかし、このみかん仕事も、曲がり角にあるようです。農家の方は、引き続き手の及ばない畑が、SOSが広がっています。しかし、私などの体力の方も、限界のなかでの生産・販売活動なんですが。さらに、消費者の側も、団地の高齢化が進んでいて、ボランティアの運営主体が店じまいを検討しているとのか。はてさて、私などの26年間続けてきた八王子-小田原間のみかん作業ですが、個人ではカバーしがたい、全体が一つの大きな曲がり角にあるようです。まぁ、私などは、「行けるところまでガンバル」、ということで、「三方一両の得」の道を、その活路を探っているわけですが。とにかく、明日朝は、定例の「寅さん流」のみかん朝市です。
2026年02月13日
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大雪の後の、小田原・みかん園2月11日-12日に、小田原のみかん園に行ってきました。総選挙の投票日・2月8日(日)は、関東も大雪が降りましたが、8日から9,10日の3日間、八王子-小田原間の小田原厚木道路は通行止めで、心配していたんですが。私が表からザーッと見た限り、みかん園に大事はありませんでした。久しぶりの水分に、大地もみかんの木も輝いているように見えました。出会った農家の人に、雪はどうだったか聞いてみたんです。ある人は、「10センチくらい積もったかなぁ」と。またある農家の方は「膝くらいまで、30センチくらい積もった」と言ってました。この二人のどちらの方の話も、当たっているんです。早川のみかん山は、箱根山の外輪山が相模湾に流れた溶岩ですから。箱根山の上の方は、雪は1メートル以上でしょう。みかん園のある石垣山は、その箱根山から相模湾への傾斜にあります。その石垣山でも、山の上の方と、海岸沿いの駅のある平地の方とでは、同じように雪が降ったとしても、大きな違いになるんです。今回、海に近い平地の方でも、10センチくらいの雪が積もった。そうだとすると、みかん園のある山側の方では30センチくらい積もるのはあり得ることなんですね。本日・4日後の12日の朝の時点では、雪は消えて、通行規制は解けました。みかんの木は、久しぶりの水滴に、喜んでいるかのように輝いていましたが。私なんかが心配するのは、湘南ゴールドです。湘南ゴールドは、「箱根おろし」の冷気にあたったりすると、以前に経験したことがあるんですが、肝心のジューシーな味が消えて、淡白なスカスカな味になっちゃうんです。この1-3月の冷気が来ないようにと、普通の年でも心配しているんです。ところが、今回は30センチの雪が積もった。木全体に、雪がある時間かぶさったわけですから。ひどい場合には、雪の重さにより、枝や幹がさけちゃうこともあるんです。そうした被害までは、ざっと見た限りですが、私のところではないんですが。しかし、味の方は、まだわかりません。まぁ、こればかりは、自然の力のなせる業ですから、農夫は、その様子を見ているしか仕方がないんですが。八王子での雪景色を見て、心配していたんです。東京・八王子では、ぞっとした光景です。ただ眺めている分には、鑑賞しているだけなら、きれいに雪景色ですが。農家にとっては、中・晩柑にとって、たいへん問題な事態がおきたわけです。雪がみかんの収穫前の時期に降ると、どういうことになるか。問題は、みかんの果実の味への影響問題です。みかんは、冷気にあたると、本来のおいしさが消えて、たんぱくにスカスカになる場合がある。冷やされて、さらに温められたりすると、たんぱくなスカスカな味になっちゃう。そうした冷害によって、大きなダメージを受けた経験を、これまでに農家の方たちは持っているんですね。そうした話を、私も聞いていますから、私などとしても心配するわけです。そうならないようにと、無事であってほしいと、祈るばかりですが。しかし、それは、まだ今の時点ではわかりません。はたしてこの雪により、被害をきたしているか、大丈夫か、それは、これから3月後半の収穫の時になって、わかってくるわけでして、外見で見ただけでは、果実の内実への影響というのはわかりません。私などは、大事がないことを祈りつつ、収穫まで、とにかく、この2か月間を頑張るということです。
2026年02月12日
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雪で足止めが続てます総選挙の前日・7日(土)夜から降り出した雪、八王子の団地でもご覧の通りでした。それから3日後の、本日10日(火)ですが、八王子から小田原への道、みかん園への道、小田原・厚木道路は、まだ雪がとけずに通行止めです。こんなことは、めったになかったことですが。雪をかぶった清見や湘南ゴールドの木が、いったいどうなっているか。ドカ雪がかぶさったままか、そうなれば冷害となります。せっかく注文をいただいているみかんですが、発送しに行けません。まぁ、しょうがない。自然のことですから、その条件に合わせるしか仕方ありません。しかし、この選挙の方は腹立たしい。どうして、日本国民は、ニコピカポーズの下に見える戦争呼び込みの内容を見抜けないのか。もっとも、他方では、中道の現代版「社公合意」の白旗路線には「ノー」を示しましたが。しかし問題は、明日の確かな未来を切り開くことだったんですが。それは、まだ国民がつかみ切れていないという結果でした。要するに、まだ私などの吠える力が、まったく不十分だったということです。歴史は、すべての不十分さを補うことで、すすみだすということです。もっと、がんばれということです。
2026年02月10日
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総選挙をご苦労様でしたこの総選挙、ブログを見ていただいている方には、この結果が、意に反した残ねんな結果であることが、お判りいただけるかと思います。同時に、みかん農夫には、政治の都合とは別にして、やらなければならないことがあります。12月末までには、温州みかんを収穫しきらなければならない。その収穫した大量のみかんを、1キロづづ袋にいれて販売しきらなければならない。そうした中での、この総選挙であり、大雪でした。しかし、渦中の人には、提供できないところの光景もありました。真鶴のみかん園にある梅の花、その1月26日の光景です。かの地の周辺には、小田原の曽我梅林、熱海や湯河原の梅林があります。今回は、それを紹介するような状況ではなかったんですが、しかし、人間の都合とは別に、自然は梅の香りを漂わせていました。きっと、「梅まつり」が、それぞれの梅園では、開催されていることでしょう。問題は、この総選挙です。私などは、二題を問いました。一つは、選挙ですから、日本の進路にそれぞれが、何をとおうとしているのか?しかし、その中身が明確に提起されずに、「私を支持するかどうか?」などと。誰しも、あのにこピカな笑顔の実際が、「軍備のためには暮らしも福祉も犠牲にしろ」との中身であるなどと、わかってないじゃないですか。討論会も意識的・計画的に逃げちゃった。二つに、これまでそれを一緒に推進してくた党と、立憲野党の看板で反対してきた党が、くっついちゃった。かつての1980年の「社公合意」の、自民党・社会党の連立政権の今日版が、公示日の直前に展開した。この二題の結果が、今回の総選挙の結果です。私などは思うんです。国民が願っていることと、これから自民党多数の政権のやろうとしていることとには、これまで以上のギャップをきたすだろうということを。ここには、戦後日本の基本問題があるとおもいます。戦前の専制・軍国社会から、1945年に民主主義の社会にかわった日本ですが、いま、隣の韓国が直面しているように、国民自らが、建前としてはもっている民主主義ですが、その内実を国民が真につかみ取るという問題です。これまでの内実が、ほんものに進めれるかどうかが、問われているということです。戦後の80年ですが、この間の諸問題には、この問題が底流にあるということです。しかし、ヘーゲルやマルクスも言うように、歴史というのは、一つも無為にすぎるものではなく、着実に自らを鍛えて歩むものだということです。それが歴史の弁証法です。わたしなどは、そう思います。問題は、そのためには、それぞれがどのように努力するのか、それが問われています。
2026年02月09日
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総選挙の投票日を前にして2026年2月8日の総選挙が、明日に投票とせまりました。この総選挙、12月10日に解散・総選挙が官邸筋から流されて、激流が始まりました。今は様々な問題が噴き出した中です。「私を信任するか」というのは、判断材料を提起した人がいう言葉ですが。実際はやっているポーズだけ、これは印象的な政治抜きです。いや、政策論をかわす場からの逃げ出しです。こうした下で、日本の進路、政治を問うということです。私などは、わかりました。なぜ、ローマ帝国が滅亡したのか。それはもパンとサーカスで市民の人気をとり、政治を議論しなかったこと、そこにも一因があったと。今回の事態を見て、おかしなことに、その歴史を納得しました。しかし、今は、政治が問われています。政権党の笑顔に隠されていても、その政治内容が問われます。さらに、野党の対応にも、もうひと展開がありました。1月27日の公示の直前に「中道」新党、これまでの政権与党の公明の政策に、立憲民主党が合流すると。これは、かつての、1980年の「社公合意」の、安保容認・共産排除の社会党の今日版です。この公示の直前に、立憲民主党が、2015年の戦争法に反対する立憲野党の旗を投げ捨てた。戦争法も原発も容認です。2015年に国会を包囲した30万人の憲法の平和・民主主義をもとめた国民の行動を、これを、いったい何だと思っているのか。その後の、市民と立憲野党との共闘の努力を、いったい何だと思っているのか。より根本には、戦前のアジアへの侵略戦争を、二度と繰り返すまいと誓った、平和・民主の日本国憲法の80年のあゆみを、いったい何だと思っているのか。政治の流れは激しい。しかし、基準は明確で、勝手な政治的都合に流されません。とにかく明日は、投票日。1億日本国民の意思が示されます。はたして、抽象的に政策と人気で、支持をかすめ取ろうとの政権か、対抗勢力をつくるとする野合の中道か。そこには、この間の経験が国民にはあります。かつて、「自民か、社会か」、そのなかで社会党の白旗。さらに「自民・公明か、民主か」、そのなかで民主党の白旗。さらに今回の、「自民・公明か、立憲野党の共闘か」、この中での立憲民主の白旗。日本国民は、こうした激流の中をくぐってきました。だてに、過ごしてきたわけではありません。さて、明日は総選挙の投票日ですが、国民は、こうした歴史からして、どのような意思を示すでしょうか。
2026年02月07日
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この総選挙で、何が問われているか総選挙の運動期間は、明日(2月7日)の一日となりました。投票日を前にして、75年間、私は生きてきてたわけですが、ごく短く、歴史をふり返ってみました。第一は、「総選挙」って、私などにとって、どういうことなんだろうか? ということ。1950年生まれの私ですから、選挙は当然なことなんですが、どうしてそれができるのか?総選挙への参政権ですが、それは戦後の憲法の国民の権利の根幹ですね。いつからそれが、私などに行使できるようになったのか?なぜかわかりませんが、「翼賛選挙」の言葉が、ふと浮かんできました。私などの生まれる以前です。1942年の第21回衆議院選挙ですが、戦時中に一回だけ行われた総選挙です。それはインターネットの「ウキペディア」に紹介されていました。それと対比して、『昭和の歴史 占領と民主主義』(小学館)の「戦後初の総選挙」P177を読んでみました。これは戦後初の総選挙の様子を紹介したものです。この二つの選挙の違いの中に、今の私の基本的な立脚点があることを確認したしだいです。第二は、自分の体験からですが、大きな歴史の流れからしておもうこと。1、私が選挙権を初めて行使したのは、1970年のはずです。戦後の日本社会のあゆみの明暗が、そこにはあったと思います。高度成長はあっても、問題だらけの東京での学園生活。東京は革新都政と、学園の民主化、沖縄を返せ、ベトナム侵略反対といった、世の中の流れの中でした。 ※[共産党の第一次躍進]共産党は、1972年総選挙で、564万票・39議席、野党第二党に躍進した。 だけど、直ちに、社会党・共産党の革新統一を分断する攻撃です。社会・公明・民社の路線、そのまとめとしての1980年の社公合意、共産党を排除することでした。 その下で1985年、中曽根内閣の新自由主義「臨調行革」です。福祉教育はズタズタにされました。2、[自民党が、比較少数派に」自民党政治の金権・国民犠牲の政治への批判はひろがる。1993年、非自民の細川連立政権が誕生したのは、共産党排除ですが、野党が結集したからでした。3、[自民党は多数派になろうとして、他党の取り込みを]ア、[自民党の社会党の取り込み]1994年対決していた野党・村山社会党を担ぐことで、自民党は政権に復帰する。そのもとで、1994年に小選挙区制が導入される。 ※[第二次の共産党の躍進]1996年 727万票26議席。 1998年 820万票15議席。イ、[自民党の公明党との連立へ]社会党が国民の支持を失う中で、1998年小渕内閣の下で自民・公明が連立する。これも国民の批判を受けるけれど。ウ、[自民党をぶっつぶせ! との小泉自民・公明政権]2001年の小泉内閣です。 この下で、2003年イラクへの自衛隊派遣。 2005年郵政の民営化が行われる。エ、2006年には、問題の安倍第一次内閣が、自民・公明でできる。4、これへの反発から政権交代、民主党鳩山内閣ができる。しかし、自民党政治を変える力がなく、右往左往のうちに、2011年東日本大震災。野田内閣は、自民党へ政策と政権を渡すことに。5、2012年の第二次安倍内閣は、自民・公明・統一協会内閣に。 2013年消費税8%へ 2015年戦争法の閣議決定 2019年消費税10%へ6、ここから2015年市民と立憲野党との共闘が始まるわけですが。2021年には政策、政権、選挙共闘で、立憲政党は共闘したんですが。同時に、そこから大きな野党共闘への攻撃が高まる。ところが、公明党は自民党との連立に対する国民の批判に、耐えきれなくなる。代わって、維新の会が、泥船を助けようと手を挙げた。自民党政治の批判するんじゃなくて、合流をも思惑にしている中道ですが、そうした野合が、2026年12月の立憲民主党の公明党への合流です。 国民への公約を投げ捨てて、戦争法は合憲、原発は再稼働だと。いったい、国民の痛みや、苦しみを、何だと思ってるんでしょうかね。さて、結論です。この戦後史の大きな流れをみると、金権・売国の政治がとわれています。政治の転換が問われています。自民党政治は、国民生活を犠牲にしての金もうけ、アメリカ言いなりの軍備の増強です。危険なおもちゃの、軍備を抑えなくして、国民へのバラ色の約束は、空虚な空手形だということです。この悪政を止めるには、政治的な、国民的な、しっかりとした結束した力が、今求められていること。これが、今問われている日本の戦後史にある基調だということです。この総選挙は、そのあれこれを判断するうえで、これが基軸になっているということです。要するに、今回かどうかはわかりませんが、共産党は、歴史の流れからして、躍進すること、国民的な課題を担っているということです。目の前には苦労も多いいけれど、がんばれ、頑張ろう、ということです。
2026年02月06日
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この総選挙、激流に流されないように2月8日投票のこの総選挙、2月4日(水)投票日を目前にして、ようやく「選挙はがき」が到着しました。てんやわんやの実務、選挙管理委員会のぎりぎりの作業を想像します。この総選挙は突然でしたから、選挙実務もそうですが、肝心の各党が何をしようとしているのか、政策が国民の前に十分に見える事態になっていません。「信任選挙だ」なんていう人もいますが、何を信任するのか語られていません。それは、有権者の置かれた状況からしたら、なおのことです。この激流の中において、流れに押し流されずに対話しようとするには、勇気がいります。日ごろ、面識のうすい人、状況もよくわからない人と、対話しようとするわけですから。相手だって、突然のうさん臭い人の来訪ですから、押し売りでもきたかと不審の壁もあるわけですから。そのなかで、政治談議をかわすためには、いつの選挙にもまして困難で大変なわけです。しかし、このまま流されるわけにはいかない。その結果は、日本がどこに飛んでっちゃうかわからない危うさがある。これまでの「市民と野党との共闘」での立憲民主党が白旗に転じて公明党と合流するし、トランプの隣でチャラチャラはしゃぐ中で、その流れに抗してもの申そうというわけですから。そうした中、投票日を4日後にひかえた2月4日(水)、16名の方との対話に立ち会うことができました。これには、二つの要素がありました。一つは、一人だけでは悶々としているだけでしたが、八王子の市議会議員の方が来てくれたんです。市議は腹が座っているというか、ポーンと端的にこちらの主張を投げかけているんですね。これが一つです。二つは、相手の人も突然の来訪に戸惑いを感じているわけですが、何かと気ぜわしい中なんですが、相手の人の中から、どこか通じるもの(要求や関心)が呼び覚まされているとみました。これって、政治不信の中で門前払いされても不思議ではないのに、むしろそれが多くの場合のはずですが、アメリカのニューヨークでもマグダム氏でしたっけ、多くの人たちが試みたというじゃないですか。地の塩でして、どこかに何か呼び覚ますものがあるかとおもうんです。単独ではむりかとおもいますが。私は、ふと、1月30日付「赤旗」の記事を読み直してみました。元外務省の条約局長を務めた方が、1月29日の緊急集会で、台湾問題に関連して発言しています。〈アジアで戦争を起こさない政策として、中国との対話を、感情的にならずに維持することが大切だ。自国の立場を誠心誠意、徹底して説明したのちに、相手の立場に立って考えて、相手の琴線を理解したうえで、共存できる、共存していくための政策を立てることが大切だ〉、といったことを発言されてます。この外交官の国家間の知恵と、八王子の市議会議員の知恵というのは、重なっているなぁと感じました。どちらも、激流に流されずに、できうることでしっかりと対話して、共通性を分かち合っていくことが大切だと。あと、投票日までのこり3日ですが、無為に流されずに、できうることで、努力を務めることが、今大切だ。そんなことを感じさせられた、2月4日の行動でした。
2026年02月05日
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