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私はアクセサリーは全くつけないのだけれど、巷ではアクセサリーは人気があるようである。あと巷では部屋をぬいぐるみとか好きなもので飾るのが好きな人が多いようだし、クリスマスにも熱心に飾り付けをしている人もいる。そもそも装飾とはなんじゃろうかと思ったので徒然なるままに装飾について考えにけり。●装飾とは何か装飾とは事物を飾ることである。英語だと建物の内部を彫刻や絵画などで飾ることをdecorationといって、壁面や柱の表面を模様などで飾ることをornamentという。装飾は生活必需品ではないし、制作にも余計な労力を使う。ではなぜわざわざ装飾をするようになったのかと考えると、装飾する必然性があったか、装飾が何かの意味を持っていたのだと思う。たぶん発端は宗教だろう。古代ギリシアの神殿はただの円柱でも柱としての役割は果たすけれど、神に見合う立派なものにしようとして、ドーリア式だのイオニア式だのコリント式だのの美的な装飾をほどこすようになったのだと思う。それから古代の王は王権神授説によって神の次に偉い権力者になって、権力者が身に着けるものが質素では偉そうに見えないので豪華な装飾が必要になって、宮殿や衣類も手の込んだ装飾をするようになって、宮殿を飾るための彫刻や絵画とかの美術も発展した。アマゾンやアフリカとかで原始的な生活をしている部族でも服を着ないくせに羽飾りや動物の骨のネックレスとかの装身具はつけていたりするし、それも所属集団や階級の判別とかの何かしらの意味がある。冠位十二階で地位別に色が違う冠をかぶって紫が一番位が高いのも同様である。戦国時代の派手な装飾をした兜は実用性がないので普段の戦には使わなくて戦に勝利したときに使ったようで、こうした派手な装飾には武将に注目を集めて戦意を高揚させたりカリスマ性を高めたりする示威効果があったのだろう。エンゼルスで本塁打を放った打者が派手な兜をかぶって祝福されるパフォーマンスも同様の示威効果があると思われる。中世では庶民が豪華に着飾ることを贅沢として禁止したりするけれど、市民革命で民主主義になると庶民も服や家の装飾にこだわるようになった。例えば身体の装飾としてアクセサリーが一般的に使われるようになって、特に若い女性はネックレスやイヤリングをつけたがるけれど、こうしたアクセサリーは男性からは無駄に見えても女性にとっては実用性がある。男性は狩猟生活をしていた頃の本能で動くものに注目するので、ネックレスをぶらぶらさせれば首筋や胸元に視線を向けさせて性的アピールになるし、イヤリングを耳元でぶらぶらさせれば顔に視線を向けさせることができるし、金属や宝石とかの光を反射する素材なら余計に目立つ。江戸時代のびら簪もぶらぶら揺れる部分で注目を集めて性的アピールになっていたのだろう。付け爪や指輪は女性らしい細い指を強調するものの、家事をしなさそうな印象にもなるので恋愛相手へのアピールにはなるけれど結婚相手探しのアピールには向かない。近代までは貴金属とかの光るものが装飾として価値があったけれど、現代ではLEDが装飾に使われているようである。クリスマスのイルミネーションは夜にぴかぴか光ることでクリスマスの雰囲気を盛り上げる。車をLEDで装飾して夜に目立とうとする人もいる。クラブで目立つようにLEDで光るスニーカーもあるし、LEDのスクリーンに画像を表示できる鞄もある。ゲーミングPCがやたらと光るのは実用性はないと思うけれど、光っていたらゲームしている雰囲気が出てテンションが上がる人がいるかもしれない。女性はLEDのアクセサリーを身に着けたら安上がりで夜に目立ててゲーマーにモテると思う。●芸術技法としての装飾芸術も初めはシンプルなものが作られていたけれど、次第に洗練されて装飾が加わるようになる。音楽だとメロディーの装飾音としてトリルとかで音を細かく上下に揺らすようになって、コードとかの音楽理論が体系化してからはメロディーの引き立て役に特化したベースとかの楽器も出てきたし、ファンクは派手で大所帯になってバックコーラスを使うようになったものの、大所帯のバンドは飽きられてヒップホップやテクノとかのシンプルなビートを繰り返す電子音楽が流行するようになった。絵画だと洞窟の壁画みたいに主題をシンプルに描いていて背景がなかったのが、主題を目立たせるための背景が装飾されるようになる。古代ケルト絵画の背景の幾何学模様や曼荼羅の凝った構図のように装飾が凝っているとずっと絵を眺めていたくなる。漫画で女性が登場したり恋をしたりするときに背景でそこに存在しないはずの花が咲き乱れるのも登場人物の美を際立たせる装飾的な演出といえる。現代美術では色と形を還元して装飾がない抽象画が出てきた。文学も貴族が教養として詩を作るようになって、意味さえ伝わればどの言葉を使ってもいいというわけではなくて、上品な言葉で作法に沿って婉曲に物事や心情を語るようになる。中世のバロック文学が装飾過剰になって仰々しくなったのに対して、近代に活版印刷が出て庶民の識字率が上がって装飾を排除して言文一致する自然主義文学が生まれて、ヘミングウェイのように形容詞を少なくして端的に書くハードボイルドの文体も生まれた。どのジャンルの芸術でも装飾過多になると飽きられてシンプルな表現に回帰するようである。●物以外の装飾・装飾としての人有名人との人脈をアピールする人は有名人に名前を覚えてもらえる自分もすごいのだと間接的に自慢している。金持ちはトロフィーワイフと呼ばれる美人と結婚してパーティーに連れ歩く。・装飾としての住居「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」という言葉があるように、刑務所程度の広さの部屋があればそれなりに生活できる。大富豪のバフェットは資産の割には質素な家に住んでいるのは有名なように、家を豪華にしても実用性はあまりない。一方で馬鹿と煙と港区女子は高いところが好きで、女性はタワマンの高層階に住みたがって同じタワマンに住んでいる下層の人を見下したりして住居で地位を飾ってマウントに利用している。・装飾としてのペットキャバ嬢とかはペットを欲しがって、実際に飼ってみたら餌やトイレの世話や躾が面倒になってすぐに捨てる人がいる。そういう人は動物が好きなわけでなくてインスタ映えするかわいい小道具として自分の周りにペットをはべらせたいのだろう。・装飾としての経歴学歴至上主義の人は大学で何を勉強したかより、どの大学を卒業したかという大学名にこだわる。こういう人は履歴書を飾るために学歴を欲しがっていると言える。零細企業のくせにチーフなんちゃらマネージャーとかの仰々しい肩書をつけたがる人とかも同様である。・装飾としてのメディアインターネットの黎明期のホームページやブログは個人の日記帳みたいなもので、個人を飾りたてるものではなくて素直なコンテンツだった。ところがTwitterやInstagramとかのSNSではイイネをもらって自分を引き立てるための装飾化している。男女の写真の撮り方の違いで、男性は被写体だけを撮るのに対して女性は被写体よりも自分が目立つように撮ると揶揄されるけれど、このときに女性は自分を飾る引き立て役としておしゃれスポットを使っている。タピオカミルクティーとかはSNSの話題作りに使われただけで食文化として定着しなかったけれど、写真は一回撮ればいいし毎日同じアクセサリーはつけないようなものだと考えると廃れるのも当然と言える。VTuberにとって「歌ってみた」系の歌は自己表現のために歌っているのでなくて歌がうまくてかっこいい自分を飾るために歌っている。プロの歌手としての矜持があるならオリジナル曲以外は歌わないだろうけれど、「歌手」でなく「歌い手」と自称する人たちは流行りのボカロ曲を節操なく歌う。VTuberは歌は上手だと思うけれど、歌手の感情が入っていないカラオケみたいなものなので私は感動しないし興味がない。しかしファンにとっては推しが映えるなら何の歌でもいいのだろう。小説は大正時代の頃は文士を気取るための道具として使われていて、私小説を書くために夜遊びしていた連中が典型的でカフェやバーとかのモダンな映えスポットを使って自己像を飾るだけで中身がなくて、いわばアナログ時代のInstagramみたいなものとして私小説が書かれていて小説が自己表現でなくて装飾の手段にすぎなかったので、私小説がブームだった割にはたいした作家が出てこなかった。ジャンルに関わらずメディアが装飾化したら流行するかわりに陳腐になるのは収斂進化のようなものかもしれない。一時的な装飾に過ぎないものに手間や時間をかけなくなるので派手で浅いコンテンツだらけになって、時間が経ってトレンドが変わると鑑賞に値しなくなって賞味期限が短い。ブームに乗って金儲けするのはビジネスとしては悪いことではないけれど、そういうコンテンツしか作れない人は芸術家としては価値がない。●装飾よりも本質が大事いろいろなものを装飾化して、生活必需品でないものを客に買わせるのはビジネスになる。それゆえに資本主義の社会では装飾まみれになっているけれど、現代人はうわべの装飾に惑わされすぎて物事の本質がわからなくなっているのじゃなかろうか。高価なアクセサリーをじゃらじゃら身に着けて注目を集めたところで体がだらしない肥満体型だったらモテないし、何かの宗教が豪華な寺院を立てたところで教義が人の役に立っていないなら荘厳というより下品な拝金主義になる。本質を際立たせて目立たせるために装飾があるのであって、本質をないがしろにしたら装飾の意味がないし、かえって欠点を目立たせることになってしまう。そもそも人間が生きるためにそれほど多くの財産は必要ない。『徒然草』の第三十八段に「愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし。」とあるように、豪奢な装飾をありがたがるのは愚かな人である。では人間にとって大事なものとは何か。たぶん健康であること、科学的真理を理解する知性を持つこと、仁義礼智信の道徳を持つことが大事で、何の仕事をしていくら稼いでいてどんな家に住んでどんな服を着ているかとかは些事である。仏陀もソクラテスも孔子もキリストも財産を持っていないにもかかわらず弟子に慕われて後世の大勢の人に影響を及ぼしたし、もともと素晴らしいものを殊更に飾り立てる必要もない。人間の屑が自分磨きと称してフラメンコ教室に通ったところで華麗にフラメンコを踊る人間の屑になるだけだし、本質を磨かなければ人間的向上はありえない。芸術もそうで、本来は芸術は作者が表現したくてしょうがない感情や思想が本質で、それをどう形作るかという様々な技法は従属的な装飾である。装飾がうまいにこしたことはないけれど、技術だけで小説を書いたところで「仏造って魂入れず」みたいなもので、技術の工夫に感心することはあっても人の真善美の琴線に触れて感動するような作品にはならないし、表現内容よりも装飾に過ぎない表現技法のほうが目立ってしまったらそれは芸術としては失敗である。こないだ滝口悠生の『死んでいない者』を読んで私の中の海原雄山が怒ってしまったのもこういう理由で、芸術は小手先の工夫で目を引いて賞レースで話題づくりして金儲けする程度の矮小な存在ではなくて、偉大な芸術は時代を経ても魅力がなくならずに古典として語り継がれて民族の歴史とともに残って数千万人の思想や芸術観に影響を及ぼすほどの力を持っているものである。これから小説を書く人はまず何を表現したいのかという創作の源泉を大事にして、それからその表現内容を一番魅力的に見せる表現技術を身に着けて偉大な小説を創作してほしいものである。
2023.05.28
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爺の通夜に集まった人たちの様子を書いた話。第154回芥川賞受賞作。●あらすじ十月に故人の長男の春寿が喪主になって地区の集会場で通夜をして、30人ほどの親戚たちが集まって飲み食いしている。涼太はチューハイを取りに行って飲んで酔って寝る。故人の幼馴染のはっちゃんは川を流れている。春寿たちは車でランドに行って風呂に入る。浩輝と涼太の父親の寛は蒸発して葬儀に来ていなくて、子供たちは刑務所にいるだのホームレスになっているだのと噂している。知花は寺の鐘を鳴らしに行って酔って川に寝そべる。美之は鐘の音を録音する。●感想神の視点で焦点人物をころころ切り替えていく形式。知らない家族の葬儀の様子を書かれても興味ないし、登場人物の一覧もついていないのに固有名詞がいきなりたくさん出てきて息子だの孫だのと言われても覚えきれない。焦点人物をころころ変えるやり方にも良し悪しがあって、例えば『サマーウォーズ』のクライマックスの田舎の親戚がわちゃわちゃ協力する場面や、戦争の場面を描くときとかにピンポイントで焦点人物をころころ変えるのなら物語の展開のテンポがよくなって効果的だろうけれど、この小説みたいに主人公がいなくて誰の何の話を書きたいのかテーマがはっきりしないうちに焦点人物をころころ変えても誰が何をしているのかわかりにくくなるだけで面白さにつながっていないし、緩急のメリハリをつけずに最初から最後までこの書き方をされてもうんざりするし、誰だかわからない人物の過去話まで展開されて時系列までぐちゃぐちゃになるといっそううんざりする。脳の記憶の仕組みに逆らうような書き方をしてもエピソード記憶や意味記憶として記憶に残らないし、焦点人物を次々に変える手法が読者にとっての面白さになっていないので、スレた読者は1章を読んだだけで見切って続きは読まないと思う。海原雄山なら「帰るぞ中川」と車を呼ばせて帰るところである。それに葬儀を書くにしても親族が集まるという表層だけ書いていて、なぜ葬儀をするのか、どう葬儀をするのかという根本の掘り下げをしないのも物足りない。仏教でも宗派や地方によって葬儀のやり方が違うだろうに、どの地方の何派なのか細部が書かれていなくて具体性がない。通夜振る舞いの清めの酒としてアルコールを飲むなら普通は日本酒だろうに、なんでビールやチューハイを飲んでいるのかわからないし、これでは葬儀というより宴会で、葬儀っぽいことは書いているけれど作者が葬儀という文化を観察していない。例えば百万遍の数珠まわしとかの非日常的な儀式を掘り下げるだけでもそれを知らない読者にとっては興味深くて読みごたえがあるエピソードになるけれど、そうした文化人類学的な見どころが全くなくて退屈な葬儀を退屈なままにしている。もし仏教の葬儀のコンテクストを知らない外国人が読んだら登場人物たちが何の目的で何をしているのか、なんで寺の鐘を鳴らすのか理解できないだろう。海原雄山なら「では聞こう。葬儀とはなんだ。お前はそんなこともわからずに葬儀を語っているのか」と説教モードになるところである。描写もだめで、元教師の春寿だの保険会社の営業マンだった勝行だのと設定を羅列するだけで外面描写がほとんどない。描写がないのでどんな場所にどんな人がいるのかわからないし、そのうえ焦点人物がころころ変わるのでますます印象に残らなくて、文章を読んでも目が滑るだけで情景が浮かばなくて読書の楽しみがない。テレビドラマなら映像が描写を補足するので目まぐるしいカメラワークで視点をころころ変えてもいいけれど、小説だと描写がないのでは読みごたえがなくてつまらなくなる。描写がない小説は小説の面白さの要素を捨てているようなものなので、ハードボイルドの短編とかで描写を捨てる必然性があるならまだしも、そうでないなら名前を書いただけで人物を書いたつもりになっているような書き方はやるべきでない。タイトルが『死んでいない者』なので故人以外の親族全員の様子を書きたくて外面描写を端折った書き方にしたのかもしれないけれど、一人の死生観を書くだけでも十分話として成り立つのに大勢の親族を一挙に書こうとしても中途半端になる。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』やパール・バックの『大地』みたいな大長編で一族の盛衰を書くならわかるけれど、葬儀に集まった親族の近況報告程度の情報を書かれてもこの一族に興味を持てない。料理の品数は多くて次々に料理が出てくるけれどどの品も料理として完成していないうえに一口サイズしかなくてメインディッシュがなくて食べ応えがないようなもので、海原雄山なら女将を呼んで事情聴取するところである。説明を出すのも遅くて、84ページになってようやく孫たちの年齢が出てくるけれど、もっと早く出さないと説明の意味がない。初めて読んだときには曖昧な登場人物象を後から鮮明にしていく後だしじゃんけんみたいな実験小説という解釈もできなくもないけれど、じゃあそれが面白いかというと別に面白くない。叙述トリックみたいに後半に出てくる情報でどんでん返しが起きるような面白さがあるわけでもないので、わざわざ説明を後出しにして状況をわかりにくくするメリットがない。レストランで前菜、スープ、魚料理を食べ終わってソルベを食べてる頃にウェイターが来てさっきの前菜は地元の野菜を使っているんですよと言うようなもので、海原雄山でなくても前菜を持ってきたときに言えばいいのに何で今更言うのと戸惑うだろうし、それは新しいやり方ではあるけれど客はそのやり方を求めていない。1章を読んだ時点でもう続きを読む気をなくして、一応最後まで読んだけれど内容云々以前に人間関係を理解するのが面倒くさいという拒否感のほうが大きくて苦行だった。作者は登場人物の一覧とかの資料を見ながら書いているのだろうけれど、読者側でメモをとったり前のページに戻ったりして登場人物のプロフィールを確認しないと登場人物が誰なのかわからないのは面倒くさくてやってらんないし、その手間をかけたいと思うほど内容が面白くない。物語にも人物にも描写にも文体にもどこにも面白さを感じなくて読者を楽しませる気がない作者の自己満足になっていて、読んでいてストレスがたまって本を投げ捨てたくなる。初出は2015年の「文學界」で、いかにも「文學界」の見る目がない編集者が好みそうな小手先の工夫が目立つ小説で、短編集の中に一作だけこういう作風があるとか章立ての中で1章だけこういう文体ならまだしも中編小説でヌーヴォー・ロマンをやってみただけというレベルで文体の他に見どころがないのは感心しない。こういう普通でない小説を書くのはそれなりに労力がいるし、小説の作法を無視して読者をびっくりさせるやり方を喜ぶ人もいるので芥川賞を上げたくなる選考委員がいるのはわからないでもないけれど、たいていの普通の読者は新しい面白さを求めているのであって労力をかけたあげくに新しくつまらない小説が出来上がったのでは意味がない。宮本武蔵は『五輪書』で手をひねったり身をひねったりするのは真実の兵法の道でなくて人を斬れないと批判していたように、この小説のような小説の本質から外れたひねくれた書き方は読者を感動させるやり方でないので、奇をてらわずに物語の面白さと登場人物の魅力と描写のセンスで経験豊富な読者を正面から打ちのめす王道の小説を書かないとファンがつかないと思う。少年ジャンプの落語をテーマにした漫画の『あかね噺』で、トップ落語家の阿良川一生が弟子を破門にした理由として「鍛え抜かれた圧倒的なパフォーマンスにこそ客は感動興奮し熱狂が生まれる。反対に一度でも未熟なものを良しとすれば芸の質は落ち文化は衰退する」と言っていたけれどその通りで、純文学は話題作りしたいがために未熟なものを良しとして賞をあげて芸の質が落ちているパターンになっている。新人作家の将来を考えているなら選考委員が未熟な芸にはだめだと言わないと、こういう作風でいいのだと誤解してかえって成長の芽を摘むことになりかねないし、これから小説を書こうとする人にひねくれた小説を書かないと賞をもらえないのだと誤解させることにもなりかねない。この作者の他の小説がどんな作風なのか知らないけれど、私の文学観とは合わなくて私の中の海原雄山が怒ってしまってこの人の小説はもう読む気がしない。★★☆☆☆死んでいない者 (文春文庫) [ 滝口 悠生 ]価格:748円(税込、送料無料) (2023/5/19時点)楽天で購入
2023.05.19
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最近は新型コロナが5類になって円安で外国人観光客も戻ってきたものの、飲食業やホテルとかのサービス業では人手不足で営業できない店舗があったり、ホテルの部屋の掃除ができなくて客を入れられなかったりするそうな。コンビニはパートが集まらなくてオーナーが深夜に働いてシフトの穴埋めをしたり、本部に営業時間短縮を求めたりしている。基幹人材が退職したりして人手不足での倒産も起きている。帝国データバンクの調査だと2023年4月時点で正社員が不足している企業が51.4%で、4月は新入社員が加わるにも関わらず過去最高値だそうな。日本の滅亡について考えるという記事でも考えたけれど、少子化による人手不足は日本の滅亡の要因になりうる重要な要素である。というわけで徒然なるままに人手不足について考えることにした。●なぜ企業は人を雇うのかそもそもなぜ企業は人を雇うのかといえば、人を雇って生産量を増やす方が人件費以上の利益が出て儲かるからである。例えば一人で弁護士事務所を開設しても時間の都合で受けられる案件は限られているし、裁判に行っている間は新規案件の応対ができなくて効率が悪い。そこで他の弁護士や雑用をする秘書を雇うと、事務所の家賃とかの固定費はそのままで通信費とかの変動費は微増するものの多くの案件がこなせるようになって売上は大幅に増えて、個々の弁護士がそれぞれ開業するよりも利益率が高くなって損益分岐点を超える売上を出しやすくなる。それゆえにたいていの弁護士事務所は代表弁護士が複数の弁護士を雇っている。ミクロ経済学でいうと限界費用と限界収入が交差する点までは限界費用を増やして生産を増やすほど限界利益が増えることになるので企業は利益を増やすために人を雇うようになるわけで、すぐに利益を出さない新人を雇って教育するのも将来の利益を見越した投資といえる。企業は従業員に辞められると利益が減るので、転職しにくいように勤続年数に応じてボーナスを出したり社員旅行で親交を深めたりするようになった。●なぜ企業は人を雇えないのか・労働人口の減少少子高齢化で労働人口は年々減っていて、高齢化するにつれて定年退職だけでなくて親の介護のために介護離職したり、あるいは体力が落ちて現場仕事ができなくなったりして離職する人が増えていく。定年退職する人に比べて新規就労者が少ないので、もう企業は辞めた人のぶんを補充することさえできなくなる。大手はまだ新卒を選べる立場だけれど、零細企業は求人に対して応募さえなくって、経営者の家族総出で働かない限り事業を継続できなくなるだろう。・高望み企業が高学歴だのTOEFL何点だのプログラミング経験だのの条件を出してすばらしい人材を求めるのは自由だけれど、ピンポイントで条件に合う人が無職で余っていることはないし、新卒も待遇がいい企業に行くので、条件を厳しくするほど他社より好待遇を提示しない限り雇えない。企業が上から目線で高学歴を求めても、もう就職氷河期世代みたいな英語とパソコンが使える高学歴が零細企業で最低賃金レベルで働くことはない。ハローワークでずっと募集して応募がない求人はたいてい条件が厳しいわりに給料が見合っていなくてスーパーマン求人と揶揄される。「会社を変えてくれる人」や「ビジョンを示せる人」みたいなふわっとしたのもスーパーマン求人の一種で、それは従業員に求めることでなくて経営者の仕事で、そんな無茶な条件を出すとかえってまともな応募者を遠ざけることになる。それに少子化で大学全入時代になって大学受験が楽になって競争が少なくなった分だけ若者の能力もどんどん落ちていて、東大でさえ一昔前なら合格できない程度の学力しかない層が合格するようになったそうで、高望みの求人はますます人を集めにくくなる。茨城大学理工学研究科の准教授は大学生が充電式電池を知らなくてエネループを捨てているとツイートしていて、理系でさえそのレベルなのかとびっくりする。スマホで育った世代の学生はパソコンを使えない人もいるので、パソコンを使える人という条件さえ高望みになりうる。高望みとは違うけれど業務に関係のない条件を出して応募者を減らしている企業もある。私の親が高齢になっていろいろ病気をするようになったので田舎の実家に帰る準備をしようかと思って実家の周りの求人を見てみたら、業務で運転するわけでもない事務職の求人なのに普通運転免許が条件になっていて、実家から自転車で通える距離なのに運転免許を持っていない私は対象外になる。町工場の求人で「雇ってもらえることに対して感謝の心を持っていること」みたいな癖が強い主観的な条件を付けているのもあった。普通に契約通りに仕事して賃金をもらえるだけでいいのに、田舎には普通の求人がなくて仕事を探すだけ時間の無駄だと思った。・割に合わないレストランの新規出店や工場の新設とかの求人ならまだしも、人手不足で求人を出しているところはたいてい現場がぎりぎりで回っていて仕事がきつくて辞める人が多くて人の入れ替わりが激しい。吉野家が時給1200-1500円で求人を出しても人手不足で新宿の店舗が一時休業したけれど、こういう最低賃金より若干ましな程度の賃金で繁忙期の都心の店舗で酷使されて夜に酔った客に絡まれるのでは割に合わないので、そういう求人は見えている地雷として経験者ほど避ける。パートにとっては正社員登用制度がないところで頑張るメリットも義理もないので、時給がたいして変わらないなら家から近くて暇で楽な職場で働く方がいい。企業はパートが集まらないからといって新しく雇う人だけの時給を上げると、今度は新人よりも安い給料で新人に仕事を教えさせられるベテランが不満を持って仕事を辞めてしまってますます仕事が回らなくなるので、結局は全体の待遇を良くしない限り従業員は定着しない。介護や保育やトラック運転手とかの低賃金なのにストレスや身体的負担が多くて事故や訴訟のリスクさえある仕事は業界ごと待遇を改善しない限り人手不足が解消することはない。保育士の資格を持っている人は大勢いても保育士として働こうとしないように、いったん待遇の悪さに見切りをつけて他業種に転職した人は元の業界に戻ろうとしないし、引く手あまたの新卒でわざわざブラック業界に行きたがる人も少ない。社会保障費を払いたくない企業は従業員を雇わずにフリーランスに業務委託しているけれど、フリーランスも仕事を選ぶ自由があるので手間がかかる割に報酬が少なくて割に合わない仕事は避ける。・扶養控除の壁最低賃金が上がるのは労働者にとってはよいことだけれど、時給が上がるほど収入を扶養控除内に収めたいパートが働ける時間が少なくなってシフトを減らすので、企業は人手が足りなくなる。しかしその分のシフトを埋めようにも、週3日の4時間労働の求人みたいな独身の人が生活できないうえにシフトの融通が利かないような条件だと応募が少なくなる。扶養控除に合わせてパートの労働時間が減る問題は制度を変えない限りどうにもならない。・DQNが嫌居酒屋やタクシーとかは客がDQNなことがあるので、その仕事が好きな人以外はやりたがらない。接客業はたまにDQN客がいる程度でまだ我慢できても、同僚にDQNが多い仕事は敬遠される。とび職や足場屋や解体業とかの現場仕事は前科がある輩系が多いし、ギャンブルにはまって同僚に借金しようとして断られると逆恨みする奴もいるし、私物の工具を盗むやつもいるし、仕事後の打ち上げでも酔ったDQNとうまく付き合わないといけないので、仕事内容よりも同僚が嫌で避けられる。機械を扱う仕事だとふざけて同僚の尻にコンプレッサーを向けるような馬鹿な同僚がいると生命の危険もあるので、安全管理がしっかりしている大手ならまだしもDQNがいそうな零細企業の工場は避けられる。土佐市に移住してカフェを経営している人が地元の有力者のNPOと揉めて退去通告を出された件のように、田舎は町ぐるみでいろいろおかしいところがあるので若者が出て行って移住者も避けるようになって人手不足になる。●搾取ビジネスの終焉・コストカットの限界企業が利益を上げるには、商品やサービスに付加価値をつけて同業他社と競争して市場シェアを取るか、コストを下げるかの二つの方法がある。2000年代のアメリカではIT系の新興企業のGAFAが台頭してベンチャー企業を買収しまくって付加価値をつけたのに対して、日本企業はIT土方と呼ばれるような客先常駐の人月商売をする派遣会社が台頭して、大企業は仕事を下請けに丸投げして搾取して、技能実習生も増えて人件費を下げることでコストを下げていって、すぐに利益が出ない研究開発への投資を減らした。さらに消費税は人件費を含めた経費にもかかる税金なので、消費税の増税はいっそう人件費を下げる要因になった。しかしどんなにコストを下げたところでゼロにはならないし、人権を無視してウイグル人を強制労働させる中国にはコストで対抗できないし、人件費を下げた分の売り上げも減ってデフレになるし、優秀な人は給料が良い外資に転職したり外国に移住したりしてしまうし、結婚しない人も増えて少子化にもなる。さらに研究開発費を減らしたことで日本初のイノベーションがでてこなくなったどころかアメリカに追いつくのも難しくなった。日本企業は長続きしないビジネスモデルに頼って短期的な利益を追求して、長期的な成長の芽を摘んで自滅している。東京新聞の「非正規雇用の活用を30年前に提言したら…「今ほど増えるとは」 労組側「やっぱりこうなった」」という記事だと、日経連(現経団連)元常務理事の成瀬健生(89)は「今ほど増えるとは思わなかった」と言っているけれど、自分たちが非正規雇用を増やしたくせに無責任すぎる。それに新型コロナのパンデミックで若い人が少なからず亡くなったように人間はいつ病気になって死ぬかわからないことが意識されると、価値のない仕事に余生を費やしたくなくなる。ワーキングプアが労働時間を増やしたところで底辺から抜け出せるわけでもないし結婚できないし老後に2千万円用意するのもとうてい無理で歳を取ったら年金で生活できなくて遅かれ早かれ生活保護に頼ることになるのだから、残業や副業をしてストレスをためながら年収を数十万円増やすもやりたくないことをやらない自由の方がQOLを上げることになるので働こうとしなくなる。・若者の成長志向若者は少子化で引く手あまたなので、若くて体力があるうちに働いて稼げるだけ稼いでFIREしようとして、もはや丁稚としてこき使われて雑用をさせられることに満足しなくなって、成長できない職場だと判断したら大企業だろうがさっさと見切りをつけて転職する。安定を求めて公務員になった新卒でさえ同僚や上司のぬるい仕事っぷりを見てこのままではだめ人間になると危機感を持って民間企業に転職したりする。それゆえにトップがダメな職場ほど若手不足になって、ベテランが定年退職した後を埋める若手や中堅がいなくて事業の継続が不可能になる。・移民の日本離れ菅政権では観光立国をしようとしていたし移民の受け入れ拡大もしていたけれど、そもそも円安での観光立国と安い労働力としての移民は両立しない。日本人が日本で暮らす分には円高でも円安でも輸入商品の価格が若干変わる程度であまり生活に影響がないけれど、移民はいずれ母国に帰るつもりで稼いだ日本円を全部外貨に換えるので為替の影響が大きくて、例えば10%円安になると実質的に年収や貯金が1割減になるので、円高のときなら日本で働きたがっても円安なら他の賃金が高い国に働きに行く。外国語が話せない日本人は逃げ場がないので不満があっても我慢するけれど、外国人は不満があったらさっさと辞めて他の会社や国に行く。たいていの移民は日本が好きだから日本に来るわけではなくて母国より稼げればどこでもいいのである。技能実習生も職業選択の自由がなくて実習先で当たりはずれがあって、残業代が払われなかったりパスポートを取り上げられて外出を制限されたりしたブラック企業に配属された実習生の悪評も広まっていて、苦労して日本語を覚えてブローカーに渡航費用を借金してまで日本で働くメリットがなくなっている。●就職氷河期世代の呪いそもそもなんで少子化が深刻になって企業で中堅社員が不足しているのかといえば、失政によって就職氷河期世代を生み出したことが元凶である。就職氷河期を知らない若い人向けに私が就職活動をした2000年代がどういう感じだったのかを紹介する。・就職氷河期世代の受難バブル崩壊後に不景気になったけれど、企業は正社員を解雇しにくいので新卒採用抑制という形で学生にしわ寄せが行って、本来不景気の時の受け皿になるはずの役所でさえ採用を絞ったせいで学生の数に対して求人数が不足して、有効求人倍率が1以下になった。その不景気のどん底の1993年から2005年に就職活動をした人が就職氷河期世代と呼ばれる。就職活動にも金と時間がかかって、履歴書はコピーだと手抜きだとみなされて手書きを要求されたので履歴書を書くだけでも手間で証明書の写真代もかかったし、当時はスマホやGoogleマップがなかったのでガラケーの小さい画面でパケット代がかかるゼンリンの地図を見て説明会に行かないといけなくてパケ死という言葉があったくらいパケット代が高かったし、地方に住む人は面接に行くための交通費やホテル代が自腹で5次面接くらいまで何度も呼び出されて交通費がかかったし、そのあげくにストレス耐性を測ると称して圧迫面接で人格否定をされるし、女性は採用目前で採用担当者にホテルに誘われて断ったら採用を取り消されるセクハラ被害にあう人もいた。そうして就活の困難を乗り越えてようやく就職しても無知な新卒の足元を見たブラック企業が多くて、新人研修と称して大声で自己否定したり徒歩で長距離を歩いたりする洗脳合宿が行われて、残業代未払いで有給なしで休日は上司の私用につきあわされて酷使されて、大勢の人がうつ病になったり、働くことをあきらめてひきこもりになったりした。当時はADSLがようやく普及し始めたくらいで中小零細企業はホームページさえない会社が多くてブラック企業の情報もなかったので人柱になった人の掲示板での報告頼みで、まだ世間がパワハラやうつ病に理解がなかったのでブラック企業で心身を破壊された人が怠け者扱いされて社会からも阻害された。さらには就職氷河期世代の親は団塊の世代くらいの年齢で、高卒でも金の卵扱いでどこでもすぐに働けた高度経済成長期の好景気の就職しか経験していないので不景気の就職活動に理解がなくて大学さえ出ればいい会社に就職できると妄信していて、大学まで行かせてやったのになんで働かないんだ、こんな零細企業は辞めてしまえと就職に口出しして、そんな馬鹿な親を持った就職氷河期世代は親子の仲がこじれて実家にも居場所がなくなってネットカフェ難民や若年ホームレスになったり犯罪者になったり、あるいは親のせいで人生が失敗したのだと引きこもって親に復讐することに生涯を費やす人もいた。就職氷河期世代が新卒の時は第二新卒という制度がなくて、いったん大学を卒業するとリクナビとかの新卒用の就職サイトは使えなくなって、かといってパートや派遣で生活費を稼いでも職歴にならないので転職サイトも使えなくて、新卒で就職し損ねると生活費を稼ぐために非正規の仕事を続けるしかない状態だった。いったん非正規になると抜け出せなくなるので正社員になることにこだわって先物取引や証券会社や保険会社とかの大量離職を見越して大量採用するブラック企業のソルジャー営業職として就職した人も、飛び込み営業のノルマに追われて疲れ果てて親戚や友人に商品を売ったらノルマを達成できなくて長続きしなくて辞めても、ろくな転職先がないので結局は非正規になった。正社員登用を信じて非正規雇用で働いた人も雇い止めになって非正規のままだった。就職氷河期世代が20代の時の中途採用の求人は20代で5年以上の経験者のみ採用で、未経験者は転職できなかった。就職氷河期世代が30代になると求人もそれに合わせて若手育成のため30歳未満のみ対象とかになって、未経験者を採用する求人がなかった。就職氷河期世代は人数が多いので受験が厳しかったうえに、文系も理系も勉強を頑張った人が報われない時代だった。理系は修士までは就職先があったものの博士は不遇で、政府が政策でドクターを増やしたのにポスドクのポストがなくて、博士号を持っている人が工場で単純労働したり無職になったりして知的エリートの労働力を無駄遣いした。文系のエリートである司法書士にしても法科大学院ができて競争が激化して、司法書士試験に合格しても新人を雇う弁護士事務所がなくて居候弁護士としての下積みができなくて、軒先弁護士や自宅弁護士として開業して年収が低い底辺弁護士になった。就職氷河期には自殺者も多かった。景気と自殺は相関があって、不景気だった1999年は自殺者数がピークの3万3千人に達して、大勢の若者が就職難で将来を悲観したりブラック労働での疲労でうつになったりして自殺していった。ネットで会った人たちが車内で練炭自殺したり、ネットで硫化水素自殺のやり方が広まったことで材料になる入浴剤の販売が自粛されたりした。FXで一発逆転しようとしてハイレバで勝負して借金で詰んで自殺する人もいて、相場が大きく動いた日にはしばしば飛び込み自殺で電車が止まった。私の知人も一緒にご飯を食べたり遊んだりしたことがある人が20代や30代で自殺した。大勢の就職氷河期世代が経済的、身体的、精神的な苦難を経験した一方で、大企業に就職できた人は生存バイアスで傲慢になって、勝ち組として奢り高ぶって負け組を見下すようになった。某採用担当者が東日本大震災の時に就活生に送った「その先は言う必要ないですよね。 自分で考えてみてください。」というメールは未だに地震が起きるたびにネタにされている。就職後も雑に扱われた。私がやっとこさ就職先を見つけて零細企業に就職したときは雇用契約書もなくて何の研修もなしにいきなり電話番をさせられて、電話に出たら相手が「社長いる?」と言うので名前を聞いたら「俺が誰だかわからないのかあッ」と激高しだして、エスパーじゃあるまいし知らんがなと思いつつ再度ご高名を伺ったら上場しているメーカーの創業家の二代目社長の団塊の世代の奴だった。そんで社長に電話を取り次いだら「あいつクビにしろ」と圧力をかけてきたそうな。社長は飲み代もたかられていてずるいよと愚痴を言っていた。上場企業の社長でさえビジネスマナーもなくて江戸時代の悪代官なみの不埒なパワハラ三昧で、こんな奴が人の上に立っているのかとあきれたものである。私はそのメーカーの製品は生涯買わない。・即戦力という幻想就職氷河期世代は新卒で未経験なのに即戦力で経営者目線で考えることを求められるのが標準的だった。資格を取得しても実務経験がないのは即戦力ではないと門前払いされて、意欲も能力もある人が適職に就けなくて資格取得のための勉強が無駄になった。留学して英語が話せる帰国子女もずけずけ意見を言うから日本の根回し文化になじまないという偏見で門前払いされた。頭がいい修士や博士も企業と研究分野が違うし頭でっかちで使いにくそうだからという偏見で門前払いされた。今になって日本企業は中堅社員がいないだのと言いだしているけれど、そもそも即戦力になる人材はスポーツやジョブ型雇用とかのどこに所属しようが業界のルールが共通の分野でしか存在しないので、企業ごとに仕事のやり方が違うなら自前で育成しないと自社の業務をこなせる基幹人材は育たないし、特殊な仕事ほど転職市場でピンポイントに能力を持った人は余っていない。2017年には旭化成の小堀社長が「当社では、30代後半から40代前半の層が薄くなっています。2000年前後に構造改革で採用を極端に減らしたためです。その世代が中間管理職として一番パワーをもたないといけない時代にさしかかってきました。キャリア採用もしていますが、なかなか人が集まりません」と朝日新聞のインタビューに答えて批判された。基幹人材がいない会社は長期育成計画がなくて非正規雇用に頼って人材育成をしてこなかったのだから採用できないのも自業自得である。即戦力を求める側が優秀だったのかというと、全然優秀でないのがいっそう腹が立つ。アフタヌーンの編集者がnoteの使い方がわからないのでワープロで書いた原稿を若手にメールで送ってnoteを更新してもらっていたという記事を見かけたのだけれど、こういうのが典型的で日本のサラリーマンはいったん雇われるとなかなか首にならないので勉強しない。文系だから最先端のITに精通した人がいないとかの高度な次元の話ではなくて、ただの怠慢で自分が使っている道具やサービスの基本的な使い方すら自分で覚えないで部下にやらせようとする。そんでそういう人が偉そうに英語ができてパソコンに精通した高学歴の即戦力を求めて、その人たちにやらせることと言えばIT介護とでもいうようなメールにファイルを添付できないレベルでパソコンが使えない上司の尻ぬぐいである。優秀な人に相応の仕事を振らずに召使のように扱ってくだらない雑用に従事させて生産性が上がるわけがない。日本は30年経済成長していないけれど、じゃあ若者たちがふがいなくて30年間努力していなかったせいかというと違う。東芝が売却した東芝メディカルシステムズや東芝ライフスタイルや東芝映像ソリューションとかの事業が売却後に好調なように、従業員の能力や事業内容に問題があるのでなくて東芝の経営陣に問題があったわけで、社内政治ばかりして経営能力がないまま出世した人たちがボトルネックになっていたのである。・社会への報復就職氷河期世代で就職できた人もブラック企業で酷使されてやさぐれて、『すき屋』は深夜にワンオペをしていて隙だらけだったので、元従業員が自分の働いていた店舗を狙って強盗をする事件がたびたび起きた。派遣が顧客情報を持ち出して名簿屋に売ったりする事件も起きた。介護職では認知症の老人にキレて爪をはがす虐待をしたり殴って殺したりする人もいた。IT系の人は直接利益を出さない保守担当者が正当に評価されなくて「代わりはいくらでもいる」とかのパワハラにキレて一人で仕事を抱えて業務をブラックボックス化した挙句に引き継ぎせずに退職して会社に最大限のダメージを与えるやり方で合法的に報復をしている人もいた。就職できなかった人たちの中には半グレとして犯罪で生計を立てる人もでてきて、就職できないのは自己責任として社会から疎外された彼らは年寄りが騙されるのも自己責任として弱者を狙って金儲けするようになって、高齢者を脅して貴金属の押し買いをしたり、認知症の高齢者を狙ってリフォーム詐欺をしたり、シロアリの無料点検と称して床下にシロアリを散布したり、振り込め詐欺をしたりした。弱者を切り捨てる自己責任論が蔓延して会社にも家庭にも居場所がなくて失うものがない無敵の人も出てきて、2008年の秋葉原通り魔事件や2010年のマツダ本社工場連続殺傷事件とかの無差別殺人事件がしばしば起きているし、安倍晋三を暗殺した山上も就職氷河期世代で非正規雇用だった。就職氷河期世代によるサイレントテロは犯罪として積極的に報復するわけではないけれど、消費しない、家や車を持たない、結婚しない、子供を持たないことで、日本が衰退することを容認して消極的に報復している。企業が未経験の中年はいらないと言ったところで無職の人が消えていなくなるわけでなくて生活保護を受けることになって結局はその費用を他の人が負担しないといけなくなるのだから、荒ぶる就職氷河期世代の御霊を鎮めて働いて消費してもわらない限り社会全体が報復を受けて損をする。自民党は2022年にインドに5兆円、アフリカに4兆円投資する一方で、就職氷河期世代の就職支援の予算はほんの17億8千万円で、就職氷河期世代はほとんど救済されないまま世代ごと見捨てられた。就職氷河期世代を搾取対象にしたら未婚化と少子化になることは20年前から予想されていたけれど、就職氷河期世代が中年になった今は予想通りの結果になっている。間違った財政破綻論に基づいて新自由主義で小さな政府を目指して緊縮財政をしたら人口が激減して経済規模も縮小して国を守る自衛隊すら人手不足で維持できなくなるとか政財界のトップが国賊レベルの馬鹿すぎて笑える。●人手不足の対処法・少子化対策少子化という人手不足の根本原因をどうにかするのが一番の人手不足対策になる。しかし子供が生まれてから成人して労働力になるまで18年かかって、効果が出るのに時間がかかる。そのうえ女性の仕事と育児は両立しにくいので子供を増やそうとすれば女性の労働者は減る。就職氷河期世代を作り出して少子化を深刻にしたあげくに反省もせず愛国心も長期的展望もない与党の政治家たちには少子化対策は無理だろう。・移民の受け入れ欧米は自国民がやりたがらない仕事を移民にやらせることで人手不足を解消しようとしているし、日本の経済団体も移民の受け入れ拡大を要求している。アイデンティティと移民について考えるという記事でも書いたけれどEUは多文化共生が失敗して治安が悪化しているので、私は日本の文化に同化しようとしない移民を増やすことには反対である。少子化対策をしようとせずに移民を増やそうとするのは論外の売国行為である。・IT化、機械化、合理化物の供給が足りないとインフレするように、労働者が少なくなれば貴重になって囲い込むために待遇が良くなっていくし、コストが高い貴重な労働力を雑用に使うのでは労働力が無駄になる。機械の導入コストと人件費が逆転した時は企業は機械を導入する方がランニングコストを抑えて利益を出すことができるようになる。例えばamazonは倉庫の自動化を進めていて完全自動化にはあと10年かかるそうだけれど、自動化できれば巷で労働者が不足していようがインフレで人件費が上がろうが関係なしに安定して業務を行えるようになる。日本は今はまだ人件費が安くて機械化が不十分だけれど、総務省の「令和4年版 情報通信白書|生産年齢人口の減少」によると15-64歳の生産年齢人口は1995年がピークで8716万人だったのが2025年には7170万人、2050年には5275万人になる見込みで、これが何を意味するかというと企業は今後20年で3割以上の労働力を機械化するか、あるいは2000万人以上いる65歳以上の高齢者を全員働かせないと今と同じ規模の仕事ができなくなって、人手不足による事業縮小や廃業を余儀なくされることになる。竹中平蔵は現代人は90歳まで働くことになると言っているけれど、高齢者は持病や認知症とかが出てきてたぶん90歳になるまえに働けなくなるし、あるいは働いたところでアクセルとブレーキの踏み間違えのようなミスをして利益を出すどころか損害を出しかねないので、高齢者は労働力としてはあまり期待できなくて機械化は必ず必要になる。高齢者や移民で安い労働力を補おうとすると機械化が遅れてかえって人手不足を悪化させることになる。日本だとチップの文化がないのでサービスを無料ととらえて対価を払おうとしないけれど、機械化したら人を使うサービスは贅沢という扱いになって、受付やレジやカスタマーサポートは通常はチャットボットが自動で対応して、それで足りない部分はビデオ通話やメールで遠隔対応して、コンシェルジュやツアーガイドや家庭教師みたいな対面で客に寄り添うきめ細かいサービスは富裕層が使う高価なサービスになるかもしれない。すかいらーくが猫型配膳ロボットを導入して店員が歩く距離が減ったそうで、かわいいので客にも好評である。それと対照的に吉野家の社長は注文を聞いたり代金を受け渡ししたりする接客行為として券売機を導入しない方針だそうだけれど、それで人手不足で営業できないのでは本末転倒だし、過重労働で疲れ切ってへろへろになっているかわいそうな従業員に接客されてもうれしくない。吉野家が食券を導入しないやり方を続けるならそのうち人手不足で店舗数や売上を維持できなくなると思う。・合併や提携似たような商品を作っているA社とB社がそれぞれ工場を作って人を雇うよりも、合併して工場を集約するほうが効率よく業務を遂行できるようになる。銀行はどの銀行も似たような業務をやっているのでしばしば合併していて、それぞれの銀行が独自のオンライン決済システムを開発するよりも業務効率がよくなっているし、店舗が集約できてコストの削減にもなっている。運送会社は荷物を届けた後に荷台を空にして帰るよりも、他の企業と提携して荷物を積めれば業務効率が良くなってそのぶん必要なドライバーが少なくなる。新聞も独自取材せずに記者クラブで同じ情報を得たり共同通信の記事を配信したりするなら何社もある必要がないので合併すればよい。・人材育成一般的にヒト、モノ、カネ、情報が経営資源と言われているように、経営者は金勘定だけでなくて人を集めるのも大事である。ヨーロッパのサッカーチームがユースでの育成を充実させているがゆえに層が厚くてスター選手がどんどん出てくる一方で、サウジアラビアが金にものをいわせて281億円でロナウドを移籍させてもチームとしてはあまり強くないように、自前で必要な人材を育成するのが結局は一番安上がりである。ないものねだりの即戦力を募集したところでよそから引き抜けないのであれば自前で育成しないと企業はそれ以上成長できなくなるのだから、ビジネスの原点に戻って人に投資するべきである。人材確保等促進税制で法人税が控除されるように、人材育成を促進する企業の方が派遣や下請けに仕事を丸投げする企業よりも有利になる税制にすればよい。・成長から持続にシフトするどんな事業でも持続すれば相応に知識や技術が蓄積されるので、特別な研修とかをやらなくても事業が持続するだけでも人材育成になる。飲食店は新規出店すれば売上が増えるので店舗を増やしたがって、「いきなりステーキ」や「ステーキけん」みたいに急に店舗を増やして一時期は成功しても人材育成が追い付かなくてサービスが悪化して、料理人がいなくて誰でも真似できる程度の味でしかないので競合店に負けて不採算店舗が増えて自滅することが多い。タピオカだの高級食パンだのも何かのブームがおきるたびに儲けようとしてフランチャイズの店がどんどんできて短期間で急成長するけれど、結局数年で飽きられて撤退して料理人や職人が育つわけでもないし食文化としても定着しないので人材の無駄遣いになる。その一方で老舗の料亭は何年もかけて板前を育てて味や技術を継承して着実に客を増やしていくし、店をやめた板前もそれなりに腕があって他の店でも通用するので人材が無駄にならないし、社会全体の調理技術の底上げになる。料理人を育てるのに時間がかかってむやみに支店を増やせるわけでもないのでブームになって客が殺到することはないけれど、日本の豊かな食文化を支えるのはこういう技術を持った人たちである。株主資本主義だと配当を上げるために短期間で無理に成長して売上を増やそうとするけれど、ネスレのように過去20年で売り上げは増えていないのに株価は右肩上がりの企業もあって、短期的成長を目指さずに長期的視野を持って持続可能なビジネスをしている企業のほうが結果的には成功している。・労働者をいたわる人間も消耗品なので働けば疲れるし、膝や腰も壊れるし、過酷な労働環境では健康寿命を縮めて生涯に労働できる期間が短くなってしまうので、労働者をいたわることが労働力がほしい企業のためにもなる。例えばレジに椅子を置いたりして立ち仕事の疲労を軽減できればそのぶん長く働けるようになる。自動車工場ではパワーアシストスーツが導入され始めて中腰の作業や重い部品の運搬での疲労が少なくなるようにしていて、体力的にきつい仕事だというイメージがなくなれば求人に応募する人も増えるだろう。・テレワークの活用70キロの人間を移動させるために1トンの車を走らせて通勤するのはエネルギーと時間の無駄で、テレワークで済む仕事はなるべくテレワークでやるべきである。2023年の完全失業率は2.4-2.8%でほぼ完全雇用に近くて、全国に193万人の完全失業者がいるとはいえ他県に引っ越してまで職探しはしない。しかしテレワークなら沖縄の失業者が北海道の求人に応募することだってできるし、海外在住の日本人や外国人を雇うこともできて移民を増やさずに労働力を増やすことができる。テレワークなら通勤時間がなくなった分の時間が空くので副業もしやすくなる。例えば田舎でテレワークして空いた時間にちょっとだけ近所の農家を手伝ったりすることもできるので、テレワークできない仕事の人手不足も間接的に補うことができるようになる。・ギグワーカーの活用「タイミー」という面接や履歴書が不要で空いた時間にすぐ働けるアプリがあって、単発で短時間だけ働きたい人をすぐに雇うことができる。例えば雨が降って仕事ができない大工や漁師がその日だけ他の仕事をやりたいと思ったらすぐに仕事を見つけられる。労働者はキャリアにならない雑用をやるためにいちいち履歴書を送ったり面接をしたりしたくないので、面接なしで気軽に働けるくらいでちょうどよい。企業にとってはその場しのぎの一時的な労働力にしかならないし人を集められる保証もないので、採用活動は別にやる必要がある。
2023.05.14
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最近は神奈川県警がスマートフォンの決済サービスを不正利用した中国人グループを逮捕してパソコンを調べたところ、290万件のIDとパスワードと1億件のメールアドレスが保存されていて、フィッシング詐欺でパスワードを盗んでいたそうな。パソコンに慣れている人はフィッシング詐欺にひっかからないだろうけれど、最近はスマホしか使っていない人がフィッシング詐欺にひっかかっているようなので、注意を促すためにフィッシング詐欺の見分け方と対策について考えることにした。●フィッシング詐欺とは何かフィッシング詐欺とは実在するウェブサイトとそっくりなウェブサイトを作って、そのサイトに誘導するリンクを載せたメールをばらまいて、ログインパスワードを盗んでアカウントを乗っ取って不正にクレジットカードを使って買い物したりする詐欺である。例えばamazonにそっくりなデザインの偽サイトを作って、「会員情報の更新をしないとアカウントが停止されます」とかのメールを送ってリンクから偽サイトに誘導して、amazonだと信じた人がパスワードとIDやクレジットカード番号を打ち込むとその情報が盗まれる仕組みになっている。それで犯人グループは盗んだIDとパスワードを使って本物のamazonに不正アクセスして、クレジットカードを不正利用してゲームのシリアルコードとかのメールですぐに手に入れられる商品を買って、フリマでシリアルコードを相場より安く出品して即座に現金化している。フィッシング詐欺は他の詐欺とも関連していて、フィッシング詐欺メールに書かれたカスタマーサポートに電話をかけると偽サイトに誘導されるビッシング詐欺もある。フィッシング詐欺で銀行の口座情報を盗んだ場合はそのまま不正ログインして送金しようとしてもスマートフォン宛に送られるワンタイムパスワード認証ができないと送金できないので、SIMスワップ詐欺と呼ばれる手口で偽の身分証明書を作って本人に成りすまして携帯電話会社に連絡して不正にSIMを切り替えて認証して不正に送金している。私に届いたフィッシング詐欺メールは大半がamazonの利用確認、緊急の連絡、商品が出荷できない、ギフト券がアカウントに登録できないというメールで、たまに楽天カードやえきねっとやKDDIや住友銀行や横浜銀行やAppleやAmerican Expressやe-Taxを騙ったメールが届いた。amazonのマーケットプレイスで中古品を買った後にamazonで使っているメールアドレス宛にやたらとフィッシング詐欺メールが届くようになったので、そこからメールアドレスが流出したと思われる。2022年の9月から今までに合計100通以上のフィッシング詐欺のメールが届いていて、分析のために一応保管してある。●フィッシング詐欺メールの見分け方・メールアドレスを見る送信者名はいくらでも偽装できるので、送信者名よりもメールアドレスをみることが重要である。差出人のメールアドレスに「.cn」が含まれている場合はフィッシング詐欺である。「.cn」は中国のトップレベルドメインで、日本企業のドメインはほとんど「.jp」なので中国の「.cn」からメールを送ることはまずない。たいてい「support@service.asdfghjk.cn」みたいな適当な英数字の羅列のドメインの捨てアドレスなので、まともな企業からのメールではないとすぐにわかる。メールアドレスのドメイン偽装をして実在の組織のドメインを表示する場合もあって、その場合はメールアドレスだけでは判断がつかないので、他の部分を見る必要がある。例えば「noreply@rakuten.co.jp」のアドレスで楽天を騙るフィッシング詐欺メールもある。・メールのタイトルを見る「重要」「緊急のご連絡」「アカウント」「セキュリティ」「異常」「期限切れ」「停止」「失敗」「更新」「確認」「登録」などの単語がタイトルに含まれている場合は、注意をひいて何かの手続きをさせようとする意図があるので、フィッシング詐欺の可能性がある。期間限定ポイントの有効期限切れのお知らせとかのフィッシングでないメールの場合もあるので、タイトルだけでなく他の部分も見る必要がある。・メールの内容を見るてにをはが不自然だったり、「えきねっと」が「エキネット」と書かれたりして表記のぶれがあったり、フォントが変だったり、漢字が日本の漢字でなくて中国の漢字の場合はフィッシング詐欺である。日本語がわからない中国人が自動翻訳を使ってフィッシングメールを作っているので、不自然さに気づいていないのである。例えばe-taxを騙る詐欺メールは「あなたの所得稅(または延滞金(法律により計算した客勛 について、これまで自主的に納付されるよう催促してきま したが、まだ納付されておりません。」という文章で、「税」でなくて「稅」になっているし、「客勛」も意味が分からないし、「きま したが」と不自然な半角の空白もある。マイナポータルやe-taxとかの役所からのメールは「メッセージボックスにお知らせがあります」とかのメッセージがあることを知らせるだけでマイナンバーで認証してログインしてメッセージボックスを確認しないとメッセージの内容は見れないようになっていて、基本的に登録したメールアドレス宛に直接メッセージを送ってくることはないので、所得税の滞納金が云々という内容のメールは詐欺である。・リンク先のURLを見るフィッシング詐欺メールの目的はリンクを踏ませて詐欺サイトに誘導することなので、このリンクを踏まないことが一番重要である。リンク先のサイトのドメインが[.cn]の場合はフィッシング詐欺である。例えば「https://amazaon.co.jp.login.cn」や「https://eki-net.com.qwerty.cn」みたいな紛らわしいURLにするけれど、最後に「.cn」がついているので中国のフィッシング詐欺だとわかる。「.info」や「.top」や「.cyou」や「.vip」みたいなドメインも日本企業は使わないのでフィッシング詐欺である。メールアドレスのドメインとリンク先のドメインが違う場合もフィッシング詐欺である。表示されているURLと実際のリンク先が違う場合もフィッシング詐欺である。例えばhttps://plaza.rakuten.co.jp/sankakuneko/はこのブログのトップページのURLで、このURL自体は正しいけれど、実際は私のTwitterへのリンクになっていて、HTLMの基礎知識があればこういう偽装は簡単にできてしまう。パソコンだとリンクの上にマウスを移動するだけでリンク先のURLが表示されるのでわかりやすい。スマホの場合はAndroidのOSのバージョンによって違うかもしれないけれど、リンクをタップせずに長押しするとリンク先のURLが表示される。Gigazineの「見分けが不可能な偽サイトがGoogle検索最上位に堂々と表示されてしまう、「i」をURLに含む全てのサイトが信用できなくなる極悪手法」という記事だとアルファベットの「i」に見えても実際はキリル文字だというパターンの偽サイトもあるようなので、パッと見てURLに問題がないからと言って偽サイトでないとは限らない。・コピペして検索するフィッシング詐欺メールは同じ内容のメールを大勢の人に送信しているので、メールアドレスやタイトルや本文の一部をコピペして検索するとフィッシング詐欺メールに注意を促すサイトに同じメールが載っていて詐欺だとわかる。ちょっとでも怪しいと思ったら検索してみるとよい。・メールヘッダ情報を見るメールヘッダ情報とは受信したメールがどこからどこを経由して届いたかの記録で、メールプロバイダごとにヘッダ情報を見るやり方が公開されている。このメールヘッダ情報の中のReceived-SPFの認証結果を見るとドメインが正当なのか詐称されているのかがわかるので、メールアドレスだけでは判別がつかない場合はメールヘッダ情報を見るのがよい。例えばe-taxを装ったフィッシング詐欺の「noreply@e-tax.nta.go.jp」から送られてきたメールのヘッダ情報では「Received-SPF: fail」となっていてこれは送信ドメインが詐称されている詐欺である。楽天を装ったフィッシング詐欺の「noreply@rakuten.co.jp」から送られてきたメールは「Received-SPF: softfail」となっていて、送信ドメインが詐称されている可能性があることがわかるので詐欺といえる。横浜銀行を装ったフィッシング詐欺の「info@boy.co.jp」から送られてきたメールは「Received-SPF: neutral」となっていて判別不可能だけれど、「X-Mailer: Supmailer」という情報からSupmailerという中国のメールソフトを使っていることがわかるので中国の詐欺だとわかる。アプラスを装ったフィッシング詐欺の「netstation@aplus.co.jp」から送られてきたメールは「Received-SPF: pass」で認証されているけれど、「Sender: aplns-co-jp@qrczaut.cn」という情報の「.cn」から送り手が中国にいて「X-mailer: Foxmail 6, 13, 102, 15 [cn]」という情報から中国のFoxmailというメールソフトを使っていることがわかるので中国の詐欺だとわかる。Recieved-SPFがfailかsoftfailならほぼ詐欺といえるけれどpassになっている詐欺メールもあったし、メールヘッダ情報はどこを見ればいいのかわかりにくいので、リンク先のURLを見る方が確実だと思う。・whois(フーイズ)でリンク先のドメインを調べるドメインが「.cn」ならフィッシング詐欺だとすぐにわかるけれど、「.com」の場合は判別がつきにくい。その場合はリンク先のURLをコピーしてwhoisというサービスでドメインを調べるとドメイン登録者の情報が見れるので、中国の企業がドメイン登録をしていたらフィッシング詐欺だとわかる。サイトのデザインをそっくりにすることはできてもドメイン登録者を偽ることはできないので、詐欺の確証がほしいときはwhoisでドメイン登録者の情報を調べるのが確実である。●フィッシング詐欺への対策・メールアドレスを使い分けるgmailだとサブアカウントをいくらでも作れるし、ヤフーメールだとサブアドレスを10個作れるので、銀行に登録しているメールアドレスと買い物に使うメールアドレスとSNSとかの認証に使うメールアドレスを分けておくと、銀行からの連絡とかの本当に重要なメールは特定のメールアドレス宛にしか届かなくなる。そうしたら買い物に使っているアドレス宛に銀行を騙るメールが届いたときにショッピングサイトから流出したメールアドレスを使ったフィッシング詐欺だとすぐわかるので、寝起きにぼんやりしながらメールを確認してうっかりフィッシングサイトに誘導されることもなくなる。特にAliexpressやSHEINとかの外国のショッピングサイトで買い物をするときにはそこで使う専用のメールアドレスを使って他と分けておくとよい。仕事用に使うメールアドレスにtaroyamada@xxx.jpとかの名前を含んでいる場合があるけれど、こういうメールアドレスは個人の特定の手掛かりになるのでショッピングサイトとかの私用では使わないほうがよい。・IDとパスワードを使い分けるメールアドレスだけでなくてIDとパスワードもサイトごとに違うものを使うと、もしどこかのサイトのIDとパスワードが流出したとしても他のサービスに不正アクセスされるのを防いで被害を少なくできる。名前や誕生日とかの個人を特定できる情報もIDやパスワードには使わない方が良い。・「.cn」を含むアドレスを迷惑メールに振り分けるたいていの日本人は日本のサービスしか使っていないので、「.cn」を含むメールが届くことは基本的にない。プロバイダーによっては自動で迷惑メールを判別して振り分ける機能や有料の迷惑メール対策サービスがあるけれど、そういう機能がないなら差出人に「.cn」を含むメールを迷惑メールとして振り分ける設定にすると大半のフィッシング詐欺メールは自動的に処理できる。・メール内のリンクをクリックしない何か問題が起きたというメールが来たときは、基本的にメールにあるリンクを踏まずにブラウザのブックマークに入れている公式サイトや公式アプリからサービスにアクセスするようにするとフィッシング詐欺サイトにアクセスせずに済むし、本当に問題が起きているのかどうかがわかる。例えばamazonの場合は「アカウントサービス」の「メッセージセンター」からamazonから送られてきたメールの一覧が見れて、宣伝以外の連絡のメールはそこに全部記録されているので、そこに乗っていないメールが届いたならamazonを騙るフィッシング詐欺メールだとわかる。フィッシング詐欺でなくてもポルノサイトにリダイレクトして「会員登録されました。入会金X万円をお支払いください」とかのメッセージを表示する詐欺をしたり、「.exe」のファイルへのリンクを貼ってマルウェアをダウンロードしたりする可能性もあるので、ITに疎い人がリンク先を確認しようとするのは危ない。・パソコンに詳しい知人に見せる高齢者とかでパソコンがよくわからない人は怪しいメールが届いたときに自分で何とかしようとするよりもパソコンに詳しい人に聞くほうがよい。ただし聞いた相手がパソコンに疎いとかえって騙されてしまうこともあるので、聞く相手は選ぶ必要がある。whoisを知っているレベルのITリテラシーがある人なら問題ないと思う。・詐欺の手口を知っておくどういう詐欺の手口があるかを知っておくだけでも騙されにくくなる。INTERNET Watchの「それってネット詐欺ですよ! 騙しの手口まとめ【解説記事一覧】」とかは参考になるかもしれない。・怪しいメールは無視するフィッシング詐欺メールにはアカウントが不正利用されているとかすぐに手続しないとアカウントを停止するとかの不安を煽って急かす脅し文句が書いてあることがあるけれど、別に放っておいても問題ない。詐欺グループは自動で大量に詐欺メールを送るプログラムを使っていて、「amazonプライム会員資格は1月1日に更新を迎えます」というフィッシング詐欺メールを送った翌日に「amazonプライム会員資格は1月2日に更新を迎えます」というメールを送ってくるくらい適当にメールを作っていて、詐欺グループはメールアドレスのリストを持っているだけで個人情報は把握していないし、反応しなければ相手がこちらの個人情報を知ることもない。郵便受けに怪文書がつっこまれた程度の事でしかないので変なメールが届いたからといって不安に感じる必要はなくて、ゴミとして捨てればいいだけである。ショートメッセージも同様で、運送会社の不在配達を騙るメッセージが来ても無視してよい。
2023.05.04
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