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最近は同志社国際高校の高校生が沖縄で辺野古基地に反対する左翼活動家の船に乗って、船が転覆して船長と高校生が死亡した事故が起きて批判されているので、この事故や抗議の仕方について考えることにした。●事故の概要京都にあるキリスト教系の私立同志社国際高校の高校2年生が平和学習として3月14日から17日まで3泊4日の研修旅行をしていて、いくつかコースがある中で「辺野古をボートに乗り海から見るコース」で辺野古基地に反対する「ヘリ基地反対協議会」の船2隻に生徒18人を含む21人が乗船(「平和丸」に12人と「不屈」に9人)したところ、午前10時10分ごろに4メートルほどの波のうねりが来て「不屈」が転覆して、救助に向かった「平和丸」も2分後に転覆して全員が海に投げ出されて、30分ほど船体にしがみついて救助を待って、活動家の船を監視していた海上保安庁の船11隻に10-40分後に救助されて、11時に港に戻ったら生徒が一人足りないことが発覚して、他の生徒が救助されてから30分後(事故発生から70分後)に「平和丸」に救命胴衣がひっかかって船内に取り残された生徒が救助された。この事故で「不屈」の船長の金井創牧師(日本基督教団佐敷教会所属)と船内に取り残された女子高校生が死亡して、他の生徒も骨折したり歯が抜けたりして負傷者が出た。事故後の記者会見では学校と左翼活動家のずさんな対応が明らかになった。人を乗せる際には運輸局への船舶登録が必要だけれど、船長はボランティアで人を乗せるから船舶登録は必要ないと思っていたようで船舶登録をしていなかった。学校側は船員3名に5000円づつ計15000円支払っていて、相手に任せっぱなしで船舶登録や保険を確認していなかった。当日は波浪注意報が発表されていたものの船長の判断で出港して、教員が同乗していないことも判明した。学校は保護者には抗議船とは伝えずに「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」として伝えて、保護者からの同意を得ていなかった。●問題点・学校側の問題生徒の安全に配慮していないことが最大の問題である。学校が事前に船や救命具の安全性を確認して船に一度に乗る人数を減らしたり、天候を見て予定を変えて船に乗るのをやめたり、教員が船に同乗して転覆したときに適切に点呼を取れば生徒が全員いないことに早く気づいて死ぬ確率を減らせただろうに、船の安全確認をせずに天候の判断も船長に任せたうえに教員が船に乗らなかったことで、悪条件がいくつも重なって事故が起こるべくして起きたと言える。学校が保護者の同意を得ていないことも問題である。小型船は波の影響を受けやすいうえに片側に重心が傾くと転覆するので素人を大勢乗せるのには向いていないし、海は波が高いと息継ぎするだけでも大変なのでライフジャケットがあっても泳げない人にとってリスクが高い。京都の人は普段あまり船に乗らないだろうから学校が旅行で手配する船として椅子や手すりがついた安全な中型の遊覧船みたいなのを想像するだろうし、「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」が転覆する危険がある小型船だと事前に知っていたらこのコースに反対する親もいたかもしれない。それにもし左翼系の新聞とかに反基地活動を取り上げられて身元が割れてデジタルタトゥーとしてインターネットに残る可能性もあるし、反基地活動のために制限区域に接近すると逮捕されて前科がつく可能性もあるし、大学の推薦入試や就職に影響するリスクもある。リスクがある行為については保護者の同意を得る必要があるだろうし、保護者が知らされていないリスクが原因で子供が被害に遭うのでは納得できないだろう。学校がヘリ基地反対協議会の事業登録を確認していないのも問題である。未登録の違法な事業者と契約するのは法人としてガバナンスができていない。契約書があるのか口約束なのか不明だけれど、事業登録を確認していないくらいだからまともな契約書がない可能性があるし、事故の際の免責事項とかの取り決めができていない可能性がある。学校が事態を正確に説明していないのも問題である。報道部への配布資料だと引率した教職員も海に投げ出されたと書いてあるそうだけれど、記者に指摘されて校長は教員は船に乗っていなかったと訂正した。教員が船に乗っていたか否かなんて普通なら教員や生徒に聞けばすぐわかるので間違えようがないだろうに、単純な事実さえ間違っていると不信感が増して隠蔽しようとする意図があるのじゃないかと勘繰られることになる。平和学習の内容も問題である。同志社国際高校は開校以来毎年3月に高校2年生が沖縄に研修旅行に行ってガマの状況の追体験をしたりひめゆり学徒隊の証言を聞いたりしていたそうで、そのコースは平和学習としてわかるけれど、反基地左翼活動家の船に乗って危険を冒してまで辺野古の制限区域に行くコースは一般的な平和学習の域を超えていて平和学習に何の関係があるのかわからないし、平和について学習しているというより左翼団体の構成員を増やすためにオルグしているように見える。ホテルに宿泊せずに左翼活動家の民宿に宿泊するのもオルグしているように見える。同志社が共産党の同志を育成する学校だと理解したうえで入学して保護者がその学習内容で同意してエリート左翼活動家を育成するつもりなら別にいいけれど、保護者が同意していない辺野古基地反対の政治活動に未成年を参加させるのはよくない。宗教二世が未成年のうちから親の宗教を強制されて虐待されるように、未成年に偏向した政治観を植え付けて左翼活動家のインターンみたいな政治活動を体験させるのも虐待じゃないかと思う。文部科学省が修学旅行などの特別活動の在り方で多角的視点が確保されているかの検証を始めたけれど、もし共産党員の辺野古の抗議船に乗ることや共産党員の民宿に泊まることが共産党を支持するための政治活動とみなされれば教育基本法第14条の「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」に違反するし、義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法の「特定の政党を支持させる等の教育の教唆及びせん動の禁止」にも違反する。・ヘリ基地反対協議会側の問題船長が事業登録をしていないことが問題である。2022年の知床半島の沈没事故で海上運送法が改正されて登録制になって、他人の要望に応じて人を運ぶ場合は小型の非旅客船でも内航一般不定期航路事業に該当して、国への登録と旅客1人当たり5000万円以上の保険加入が義務付けられているけれど、船長はボランティアだから事業登録しなくてもよいと思っていたようである。事業登録をせずに15000円をもらって高校生を乗せるのは違法な業務として見なされる可能性があるし、事業収入として確定申告していなければ脱税と見なされる可能性もある。「不屈」が転覆した後の「平和丸」の対応も問題である。「不屈」の最大搭載人員は10人、「平和丸」の最大搭載人員は13人で、最大搭載人員のぎりぎりの人数で乗っていたのでそもそも「平和丸」に「不屈」の乗員を助ける余力がなくて、海に投げ出された人を船に引き上げることができたとしても最大搭載人員の二倍近い人数を乗せたら沈没するリスクが増す。「平和丸」の乗組員が「引き返すべきだった。すごく後悔しています。今だったら、気持ちをこらえて、すぐに海上保安庁の方に助けを呼びに行く選択をすると思う」と語っているように、判断ミスで生徒が死亡している。2隻に最大搭載人員のぎりぎりの21人が乗るのでなく、例えば3隻に7人づつ乗るやり方なら船のバランスがとりやすくなったり、もし1隻が転覆しても救助しやすくなったりしたかもしれないし、そういうリスクヘッジができていない。・保険や賠償の問題誰が事故の責任をとって被害者に補償するのかも問題である。旅行代理店の東武トップツアーズはホテルから港の送迎までを担当しただけで、直接関与していないので補償の対象外だとしている。となると船長と学校のどちらかまたは両方が責任を取ることになりそうである。・辺野古基地の問題そもそも辺野古基地移転は妥当なのか、反対運動は妥当なのかという問題がある。1945年にアメリカに沖縄が占領されると本土決戦に備えて土地が強制摂取されて宜野湾市の普天間に米軍の滑走路が建設されて、終戦後も朝鮮戦争が勃発して沖縄の戦略的価値が高い事から基地の恒久化を目的とした建設が続いてきて、普天間飛行場が市街地にあるのに飛行機墜落事故が度々起きて危険なうえに米兵による犯罪も起きていたので沖縄県民が普天間飛行場の返還を求めてきて、移設を前提にして1996年に日米で普天間飛行場の返還に合意(SACO合意)して、代替地として既にキャンプ・シュワブがある名護市の辺野古沿岸部を埋め立てて滑走路を建設することになって、2013年に沖縄県の仲井真知事が埋め立て申請を承認した。しかし軟弱な地盤があることやジュゴンの生息域や珊瑚の環境破壊が問題視されて抗議活動が行われている。私は危険な普天間飛行場を返還して他の場所に飛行場を移設することは妥当だと思うし、現在の憲法では自衛隊が違憲で核兵器もなくてアメリカの軍事力や核の傘に防衛を依存しているのでアメリカにとって戦略的価値がある沖縄に米軍基地があるのも妥当だと思う。辺野古基地建設に反対する人はどうなれば納得するのか。普天間も嫌じゃ、辺野古も嫌じゃ、憲法改正で自衛隊を合憲にするのも嫌じゃ、自衛隊の防衛予算が増えるのも嫌じゃ、日本が核兵器を持つのも嫌じゃ、という感じで左翼の人たちは嫌じゃ嫌じゃと言うばかりでどうやって日本を防衛するつもりなのかわからないので、私は辺野古の抗議活動を支持しない。「辺野古基金」は総額8億円の寄付金を集めて年間1500-2500万円くらいの費用を使って辺野古基地反対の活動をしていて、「ヘリ基地反対協議会」も寄付金で運営しているようで、関西生コンのロゴが入ったボートが活動家に提供されていたように地元住民だけでなく日本中の左翼が辺野古の抗議活動を支援している。まだ議論の段階なら反対運動をするのはわかるけれど、既に沖縄県が埋め立てを承認した後で海に出て埋め立てを妨害する活動をして作業を数十分遅らせたりしたところで政策が変わるわけではないだろうし、暇な年寄り(いわゆるプロ市民)が手当を目当てに無駄な活動をしているように見える。●効果的な抗議のやり方この世界が自分の思い通りになるなんてことは独裁者でもありえないし、自分と意見が違う人が大勢いて自分が支持しない政策が行われている中で誰でも何かしらの不満を持ちながら生活をしている。どんな政策もやる必要があると政治家が判断したから予算をかけて執行されているけれど、だからといってやりっぱなしではだめで、政治家が判断を間違ったり腐敗して私服を肥やしていることもあるので検証や批判も必要である。不満が大きくて放っておけないほどの問題に対してはわざわざ時間を割いて抗議活動をするけれど、抗議活動をするにしても誰に何をどうやって伝えるのかが大事である。「誰に」の部分では、状況を変える権限がある責任者に対して抗議しないと効果がない。左翼はしばしば自衛隊員や辺野古の工事現場で仕事をしている人に対して抗議活動をしているけれど、権限を持たない人に抗議したところで現場担当者は上司の指示に従って作業するだけなので抗議の成果が出ないし、地域住民への支持が広がらないので選挙で政策が変わることもない。地元の政治家に陳情して議会で質問してもらったり、上場企業の株主総会に出席して経営陣に直接意見を言ったりして、責任者に意見を届けることが不満の改善につながる。「何を」の部分では、理性的に納得できて感情的に共感できるような、理性と感情の両方に訴えかける内容を抗議しないと他人を説得できないし賛同者が増えない。左翼はしばしば「〇〇反対」「〇〇やめろ」と感情的なシュプレヒコールを上げるだけで主張のロジックがないので、とりあえず左翼の話も聞いてみようという人がいてもロジックに納得できないので支持が広がらない。どこを抗議の焦点にするかも大事で、例えば100点満点のテストで80点を取った人に対して、20点も間違っているなんて馬鹿だと欠点だけを見て白黒思考で感情的に敵視して全否定するのはフェアではなくて、その抗議はおかしいんじゃないの、ごく一部のおセンシティブな方々が騒いでるだけなんじゃないの、と思われてしまうと支持が広がらない。瑕疵があるにしても、故意や怠慢での失敗なのか、不可抗力での失敗なのかでも評価が変わってくるし、20点の重大な失敗が1個あるのか、1点の些細な失敗が20個あるのかでも評価が変わってくる。辺野古の埋め立てに反対なら漠然と反対するのでなくて、どこに問題があるから反対なのかという焦点を定めないと議論が深まらないし他人の意見や政策を変えることはできない。「どうやって」の部分では、責任者に直接抗議を伝えるやり方や、なるべく大勢の人に興味を持ってもらうやり方が効果的である。例えば大勢の署名を集めて首長に届けると、何万人の市民が政策に反対しているという状況を可視化することができて、相手が署名の受け取り拒否をしたらそれはそれで責める理由ができてさらなる抗議活動につなげることができる。例えば福岡県朝倉市では入居者の8割が外国人(中国人と台湾人)のマンションの建設が計画されたものの、反対する5万人の署名が集まって結局計画が白紙になった。朝倉市の人口は47677人なので市外の署名もあるのだろうけれど反対意見が可視化されて、朝倉市長選でも反対を明言した新人市長が現職を破って当選したように、署名で大勢の民意が明確になると政治家も市民が求めているボトムアップの政策をやりやすくなる。デモは首都とかの人が多い所で数千人を動員できればニュースで報道されて他の人の目にとまって興味をもってもらいやすくなって、例えば2025年9月のロンドンで10万人以上が参加した不法入国した難民申請者に反対するデモは世界的なニュースになった。左翼はしばしば基地の周辺で少人数でデモや座り込みをしているけれど、田舎で少人数でデモをしてもその場に居合わせた人にしか伝わらないし、他の地域に住んでいる人は興味を持たなくて支持が広がらないので抗議活動の効果が薄い。それに辺野古の抗議活動でダンプの前に飛び出た女性を止めようとして警備員が死亡した事故が起きたように、業務妨害のようなやり方で強行に相手の活動を止めようとするのは違法だし、誰かに迷惑をかけるやり方では一時的な注目を集めることはできても反感を持たれて支持者が増えない。ヨーロッパの環境保護活動家が美術館で絵画にペンキをかけたり道路に座り込んで車を止めたりしているけれど、その抗議で政策が変わることはなくて理想のために抗議するヒロイックな自分像に酔っているにすぎない。左翼の衰退について考えるという記事でも考えたけれど、左翼の抗議のやり方では建設的な議論にならないので支持者が増えないし、そのことを左翼自身が自覚していない。ひろゆきが座り込み抗議を揶揄していたように、効果がない抗議活動を惰性で長く続けたところで政策が変わるわけではないので、効果的に抗議ができるようにやり方を変える方がよい。グレアムの反論のヒエラルキーが良く出来ているのでそのまま使うと、左翼の抗議活動はたいてい罵倒レベルである。高市早苗をバカ市と呼んだり、容姿や病気を揶揄したり、高市欝とかの造語を作ったりするのが典型的で、幼稚で感情的な罵詈雑言を言うだけで政策論を言わないので、政策のアンチテーゼになっていなくて折衷案のジンテーゼに導くこともできなくて、やかましいだけで中身がない負け犬の遠吠えになっている。言語能力が低い幼児がお前なんか嫌いだバーカ死ねと言うのは仕方がないけれど、大人がそのレベルの罵詈雑言を言うのは自分は分別がない幼稚な馬鹿だと自己紹介しているようなもので、下品な発言すればするほど蔑まれてこの人の話はまともに聞く価値がないとみなされるので黙っているほうがましである。ところが左翼はエコーチェンバーを起こして罵詈雑言に乗っかる人だらけで、諫める人がいても敵視して先鋭化して、まともな人は愛想をつかして去っていくので、ますそこから改めるべきである。感情的に嫌いだから反対するという単純否定以下のレベルの抗議は言うだけ無駄なので、反論提示以上のレベルに論旨をまとめて論理武装してから抗議活動をするべきである。論理的に反論できないからといって違法に政策を妨害したり政治家に危害を加えたり誹謗中傷したりするのは民主制の法治国家では容認できない。・フィクションとしての抗議フィクションこそ最高の抗議の形だと私は思う。物語形式にすることで問題点がわかりやすくなって、見た人が登場人物に感情移入することで作者の論点に賛同しやすくなって、コンテンツとして流通することで長期間価値を保って口コミで伝播しやすくて、小説なら個人で創作できてあまり経費がかからないうえに利益がでるので活動を持続できる。大きな問題に対しては個人が直接政治家や経営者とかに訴えて相手の政策や計画を変えようとしても無視されがちだけれど、フィクションにして抽象度を上げて賛同者を増やすことで責任者に意見が届きやすくなる。例えば小説家のバルビュスは第一次世界大戦に志願して従軍して、小説『クラルテ』を発表して国際的な反戦平和運動の「クラルテ」を結成して、小林多喜二も同人雑誌『クラルテ』を創刊して日本の反戦運動にも影響を与えた。『脳外科医竹田くん』は赤穂市民病院で起きた手術ミスをフィクションの体裁で無料のウェブ漫画形式にすることで大勢の人に興味を持ってもらって問題点を共有することができて、下手な外科医をかばう赤穂市民病院が批判されることになった。フィクションの影響力が大きいからこそ全体主義国家では検閲して表現の自由を規制しようとしたり、プロパガンダのための戦意高揚映画を作ったりするわけで、表現の自由がある国でフィクションを使わない手はない。フィクションの創作には技術や才能が必要なので誰でもできるわけではないけれど、良いフィクションができた場合のメリットが大きいので、社会を良くするためにクリエイターの育成や支援をやるべきである。
2026.03.21
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最近はイスラエルとアメリカがイランを攻撃して原油価格が乱高下して大変なので、イランについて考えることにした。●イランはどんな国なのか・イランの歴史紀元前3000年ごろに原エラム時代に歴史が始まって、紀元前550年にキュロス大王がメディア王国を滅ぼしてペルシアを征服してペルシア帝国を建設して、アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世がダキアからインドまで領土を拡大して王の道と呼ばれる道路網や駅伝制を整備して統治基盤を整えて発展したものの、紀元前330年にアレクサンドロス大王率いるギリシャ遠征軍によって滅ぼされる。紀元前247年にハカーマニシュ朝のペルシア帝国を受け継ぐパルティアが成立するものの王位継承を巡る内乱で224年に滅亡して、226年に新たに勃興したサーサーン朝に取って代わられた。東ローマ帝国との紛争で国力が低下する中でアラビア半島のイスラム勢力との闘いに敗北して651年に最後の皇帝ヤズデギルド3世が死去して滅亡してイスラム化する。1220年にモンゴル帝国に征服されて、モンゴル帝国がイスラム化したフレグ・ウルス(イル・ハン国)が1353年に滅亡した後はティムール朝の支配下に置かれる。1501年にサファヴィー教団の教主であったイスマーイール1世がサファヴィー朝を開いて、第5代皇帝アッバース1世のときに最盛期になって東インド会社と貿易協定を結んで軍備を近代化するもののアッバース1世の死後に弱体化して1736年に滅亡する。1796年にテュルク系ガージャール族のアーガー・モハンマドが樹立したガージャール朝の時代にはイギリスやロシアの草刈り場になって、ロシア・ペルシア戦争で敗北して領地を割譲して不平等条約が締結されて、第一次世界大戦後にはイギリスが英国・イラン協定でイランを保護国化しようとしたらイラン国民がガーシャール朝に反発して、1926年にレザー・ハーンが皇帝レザー・パフラヴィーに即位してパフラヴィー朝が成立した。1951年にモサッデグ首相がイギリス系の石油会社を国有化しようとしたらアメリカとイギリスが国有化がソビエトに利するものとして警戒して反体制派のクーデターを支援して1953年に首相を追放したので、パフラヴィー朝のシャー(皇帝)のパフラヴィー2世がアメリカの傀儡政権として復権して白色革命で西洋化して経済成長するものの、格差の拡大と政治的腐敗で反政府デモが起きるようになってホメイニ師が台頭した。1979年にイラン・イスラム革命が起きるとパフラヴィー朝の帝政が終わって反米の宗教国家になって、ホメイニ師が最高指導者になって反イスラエルのヒズボラやハマスと協力するようになる。1989年にホメイニ師が死去すると大統領だったハメネイ師が最高指導者になって47年間最高指導者を続けたものの、2026年にアメリカとイスラエルの攻撃で殺害された。・イランの人口イランは2024年に人口が9156万人いて、1950年の人口が1651万人だったのが1979年の革命後に急激に人口が増加して70年で6倍くらいになって、革命後に生まれた世代が人口の過半数を占めている。オーストラリアの2018年の「DFAT COUNTRY INFORMATION REPORT IRAN」を法務省入国管理局が翻訳した「DFAT 国別情報報告書」に詳しいことが書いてあるけれど、2018年時点では8200万人の人口のうちペルシャ人が人口の60%で、アゼリー人(北西部のアゼルバイジャン側の地域、民族的にはアゼルバイジャン人と同じだけれどアゼルバイジャンの人口より多い)、イラン系クルド人、イラク系クルド人(Faili)、ロル族(Lurs、南西部の山地の遊牧民)、アラブ人(南西部のフーゼスターン州)、バルーチ人(パキスタン、アフガニスタン側のスィースターン・バルーチェスターン州の遊牧民)がいて、アフガニスタン難民も300万人ほどいて、多民族多言語の国家である。民族の多様性が政情不安にもつながっていて、公安調査庁の地域別テロ情勢によるとアラブ人武装組織のアフワーズ解放機構(ALO)が資源関連のインフラ施設にテロを起こして、クルド人は分離独立主義の傾向があってクルド人武装組織のペジャーク(PJAK)がイラン治安当局にテロを起こして、スンニ派のバルーチ人武装組織ジュンダラ、ハラカト・アンサール・イラン(HAI)やジャイシュ・アル・アドル(JAA)がイスラム革命防衛隊やシーア派を標的にしたテロを起こしている。・イランの宗教憲法第13条はイランで公認されている非イスラム教徒の信仰はゾロアスター教、ユダヤ教及びキリスト教のみであると定めていて、イスラム教シーア派が大多数だけれど、スンニ派のアラブ人やバルーチ人もいるし、ヤルサン教やバハイ教などのマイナーな宗教の信徒もいる。スンニ派はイスラム教の教義を理解した人を預言者ムハンマドの後継者と認める考え方で、シーア派はムハンマドの血族を後継者と考えて血統を重視する考え方である。ヤルサン教(Yarsanism)は14世紀にできた宗教でスーフィズムの影響を受けているシーア派イスラム教の一種で、タンブールという弦楽器を神聖視していて集団で楽器を演奏していて、男性は髭を聖なる象徴としていて生涯髭を剃らないで伸ばすので外見で見分けやすくて差別されているようである。バハイ教は1844年にバハオラによって創始された新興宗教で、モーセ、アブラハム、釈迦、クリシュナ、イエス・キリスト、ムハンマドなどが同じ神から遣わされた顕示者であるととらえて「世界は一つの国であり、人類はその市民である」という考え方をして、イランでは背教として弾圧されていて、1991に文化革命最高評議会がバハイ教はイスラムの教義と相反していると結論付ける決定書を発行したことで、バハイ教徒は公的部門の職を解雇されて、銀行口座が凍結されて、大学に進学できない。ゾロアスター教はペルシャ帝国時代に支配的だったものの、アラブ系イスラム教徒がペルシャを征服した後に衰退して多数のゾロアスター教徒がイスラム教に改宗するかインドに向かったそうで、イランでは多神教崇拝をからかわれるので信仰を隠している人が多いそうである。イランではイラン人にキリスト教の説教をしないように監視されていて、秘密裏に活動する未公認のキリスト教のハウス・チャーチ(家の教会)があってイランから逃亡したインターネット牧師がオンラインで説教していて、イラン当局はシオニスト宣伝機関として取り締まっている。刑罰もシャリーア原則に沿っているので名誉殺人(婚外性交、見合い結婚の拒絶、家族の承認を得ずに自らの配偶者を選択する行為、強カンの被害者となること、同性愛行為に対する家族による殺人)が犯罪でなくて、処罰を受けないか短期間の刑で済むようになっている。同性愛行為は鞭打ち刑や死刑になって、レズよりもホモのほうが刑が重い。憲法第144条は、軍はイスラム的でなければならず、イスラムの理想に全身全霊を傾けなければならず、イスラム革命の目標の達成に身を投じる者を募集しなければならない、と規定しているので、少数派の非イスラム教徒がイスラム教徒を監督する権限を持てないようになっている。・イランの経済Global Noteの「世界の名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)」によると2024年の名目GDPはドルベースで416676百万ドルで世界39位で、香港やコロンビアや南アフリカと同程度で、フィリピンやベトナムやバングラディシュやマレーシアとかの東南アジアの国よりは少ない。イランは中東の大国というイメージだったけれど、経済規模でみると東南アジア程度であまり豊かではない。貧富の差も大きくて、イランにおける労働力のおよそ半分は非正規雇用の状態なので搾取されやすくて、イラン人のおよそ40パーセントが世界銀行の定義する中程度の貧困ライン(1日当たりUS$3.10未満)を下回って生活しているようである。外務省のイラン基礎データによると、主要産業は石油関連産業で、主な輸出品目は原油、天然ガス、石油などで、主な輸入品目は飼料用トウモロコシ、精米、小麦、大豆などで、農業はあまり盛んでないようである。物価上昇率は2023年に42.50%で、急激な物価高になっている。・イランの文化や芸術イランの憲法は表現、結社、言論、集会及び信教の自由を定めているものの、自由はイスラムや公民権を含む複数の原則に違反してはならないと明記していて、その原則が法律で定義されていなくて当局の裁量次第で何が違法かを恣意的に決められるし、書籍、映画、音楽は公開前に検閲されるので、実質的に自由がないようなものである。日常会話やSNSで政府の批判はできるけれど、何がレッドラインに該当して起訴されるか不明でSNSも頻繁にブロックされるので、規制回避のためにVPNが一般的に使われているようである。衛星装置の利用は違法なので見つかると没収されるけれど、イラン国内には衛星放送受信アンテナが800万本あって最大で総人口の85パーセントが衛星チャンネルにアクセスできるそうで、マジョリティのシーア派イスラム教徒も国営放送だけでは満足できないので違法に外国のコンテンツを視聴するのだろう。レッドラインを超えたジャーナリストは「最高指導者を侮辱した嫌疑」や「イスラムで最も聖なるものを侮辱した嫌疑」などで長期懲役刑になる可能性があって、政権に不都合な事実を言うだけでも侮辱扱いになってまともに裁判が行われずに有罪になる危険があって、NHKのテヘラン支局長も拘束された。表現や言論に規制があるとはいえイランは歴史がある国なので伝統工芸品は優れていて、豪華なペルシャ絨毯は日本への主な輸出品目になっている。西洋音楽は1979年以降は禁止されていて特に女性の歌手や演奏家を呼び物にするコンサートは中止させられるけれどレストランやタクシーや自宅での演奏は行われているようで、伝統音楽は規制がないようで高度に洗練された演奏技術がある。私はイランの音楽がYouTubeのアルゴリズムでおすすめに出てくるのでときどき聞いているけれど、クルド人の音楽一家のKamkarsはバイブスがあってよいし、タンブールを高速フィンガーピッキングするPouriya Raisiは技巧があって面白いと思う。女性に厳しい社会だからこそ女性が自立する必要があって、日本みたいに理系の女子枠を優遇しなくても理系の学問で身を立てる女性もいて、2014年にはマリアム・ミルザハニが数学界のノーベル賞と言われるフィールズ賞を女性初受賞している。・イランの政治イランはイスラム法学者が最終的な決定を下す「ベラーヤエ・ファギーフ(法学者による統治)」の原則に基づいて樹立された神政共和国で、イスラム法学者が国家主席でもあって軍最高司令官でもあって、普通直接選挙で選出された86人の聖職者による専門家会議で最高指導者を選出している。大統領は最高指導者に従属していて限定的な権限が与えられていて、「イラン・イスラーム共和国における選挙制度と政党」によると、大統領と国会議員は選挙で選ばれているようである。2016年に内務省は250を超える登録政党がイランに存在すると報告したけれど、他の国と違って政党が政権を掌握することが不可能なので政権掌握を目標に活動していない。女性の活動範囲も限られていて、監督者評議会は2017年大統領選挙の候補者から女性を除外して、2017年の市町村議会の候補者のうち女性は6.3%だったようで、女性は政治的地位を得にくい環境にある。イランの国軍とイスラム革命防衛隊(IRGC)は指揮系統が別で、革命防衛隊は最高指導者の直属でクーデター防止やイスラム体制の維持のための市民の取り締まりをしたりする。民族的少数派もイラン社会に統合されていて政治に参加できるものの、より大きな権利を求める活動がイスラム共和国への脅威になると当局が認識した場合は活動家を逮捕して身体的虐待をしたり、不正な裁判をしたりしている。政治的腐敗や縁故主義も蔓延していて、トランスペアレンシー・インターナショナルが2017年に発表したCorruption Perceptions Indexでは176か国中131位で、サービスや許可を得るために非正規の支払いや賄賂が要求されるそうで、アフマディネジャード前大統領もイラン石油会社から財務省へ13億米ドルを違法に移転したとして2017年に有罪判決を受けている。2009年の大統領選挙で保守派のアフマディネジャードに敗北した野党の改革派のムサビ元首相とカルビ元国会議長は不正選挙を訴えてデモを呼びかけてアラブの春を支持したら裁判なしで数年間自宅軟禁されたように、大統領選挙がちゃんと行われているかどうかも怪しい。●イスラエルとアメリカのイラン攻撃の是非世界中に非人道的な独裁国家は多数あるけれど、それでも主権国家の国内で起きたことに対して武力による現状変更を正当化できない。しかしアメリカは正当化できれば攻撃してもよいと考えたようである。国連は2024年に国際連合安全保障理事会決議2722でイランが支援するイエメンのフーシ派(シーア派の分派であるザイド派イスラム主義を掲げるイエメンの親イラン反政府武装集団)が紅海の商船を攻撃するのをやめるように要求していた。そのうえ2026年1月の反政府デモ隊の市民を虐殺したことで国際的に批判されることになった。The Guardianの「Disappeared bodies, mass burials and ‘30,000 dead’: what is the truth of Iran’s death toll?」という記事によると、死者数はイラン政府の公式発表だと3000人、アメリカの人権団体HRANAの調査だと6000人の死亡が確認されて17000人が調査中で、イラン国外の医者は33000人を見積もっているそうな。アメリカとしては国際法を無視しても批判を軽減できる大義名分ができたので、テロリスト政権による核兵器開発は認めないと言って攻撃を始めた。アメリカは2025年6月にもイランの核施設を空爆したけれど、それだと不十分だと思ってハメネイを殺害して反米政権ごと潰すつもりなのかもしれないけれど、さらに過激な政権ができてしまうと意味がない。イランも報復にアメリカとイギリスの石油タンカー3隻をミサイルで攻撃して機雷を設置して、他の国の石油タンカーもロイズの保険がかけられなくなってもし船が大破したら大損するのでホルムズ海峡を通れなくなった。このイランの反撃はホルムズ海峡の安全確保のためのアメリカの攻撃継続を正当化させることになる悪手で、反撃するにしても軍事関連だけにして民間の商船は攻撃するべきではなかった。ホルムズ海峡が事実上の封鎖になったことで石油価格が上昇して、特にイランから石油を買っている中国への打撃になるので、アメリカは間接的に中国を経済的に攻撃しているといえる。イランが使っている中国製の防空システムもアメリカ相手に役に立たないと判明して、中国は踏んだり蹴ったりである。アメリカはイランを悪として攻撃したけれど、ヤクザが対立する組のヤクザをぶっ殺しても正義の味方とは呼べないようなもので、私はアメリカやイスラエルが正義だとは全く思わない。しかし世界のテロと人権侵害の元凶になっているイスラム主義勢力が縮小していくことは人類にとって良い事だと思う。1991年の悪魔の詩訳者殺人事件ではホメイニがこの本を反イスラム的であるとして死刑のファトワーを発令した後に筑波大学の五十嵐一助教授が殺害されたので犯人はイスラム教徒と見られていて日本人にもイランの被害がでているので、イスラム主義者が移民として日本に来ると日本への脅威にもなる。・武力による現状変更の是非アメリカは国際法に違反して批判されようがアメリカを罰することができる国や組織は存在しないので、軍隊を使ってベネズエラのマドゥロ大統領を逮捕したりイランのハメネイを空爆で殺害したりしてアメリカの利益のためにやりたい放題やっている。日本はロシアのウクライナ侵攻は武力による現状変更は認めないと経済制裁までしたのに、アメリカの武力による現状変更を認めるのでは態度が矛盾する。アメリカのような軍事大国の武力による現状変更を認めると、日本が武力で現状変更されることも認めることになってしまうし、それは日本にとって不利になる。偽旗作戦で人権侵害をでっち上げて侵略戦争を始めることもできてしまって、例えば中国人工作員が沖縄で左翼を殺害して、弾圧されている沖縄人(中国の主張だと日本人ではなく琉球王国が中国の属国という扱い)を保護するという名目で中国が日本に侵攻してくることも起こりうるし、ロシア人工作員が北海道でアイヌを殺害して、弾圧されているアイヌ(ロシアの主張だとロシアの原住民族)を保護するという名目でロシアが日本に侵攻してくることも起こりうる。だもんで日本としてはアメリカが同盟国だからといってイラン攻撃に協力せずに武力による現状変更を認めない立場をとるのが最善である。・イランの人権侵害の問題アメリカのイラン攻撃を批判する人に対してイランの人権はどうでもいいのかと批判する人がいるけれど、アメリカの目的はイランに核兵器を保有させないことなのでアメリカはイラン人の人権を守るつもりはない。核開発をしない穏健派の政権を作ることがアメリカの停戦の落としどころになるし、その政権が人権侵害をしても核兵器の脅威がなければアメリカは放っておくだろう。イスラエルのネタニヤフはパレスチナの非戦闘員を見境なく攻撃した戦争犯罪者として裁かれるべきだけれど、アメリカはそっちの人権侵害は放置してイスラエルと一緒にイランを攻撃することでネタニヤフ政権を延命させているように、アメリカは人権の擁護者ではない。人権侵害に対して他の国はどうするべきかというと、どこかの国で虐殺とかの人権侵害が起きた時は国際連合人権理事会が非難決議をして調査員を派遣して是正勧告をするけれど、人権理事会が中国とかの人権侵害の当事国に牛耳られて機能していないのでトランプ政権では人権理事会を脱退した。というわけで国連は監視や勧告はするけれど国を変えるほどの力はない。どの国も自国の兵士を危険にさらして膨大な戦費をつぎ込んでまで他国の国民を救ってやる義理はない。イランは政教分離していなくて宗教観に基づく人権侵害が起きているので、政治体制を変えて革命防衛隊を解体しないと人権侵害をなくせない。じゃあだれが政治体制を変えるのか。イランは主権国家であって議会がある以上はその国の問題は国民が政治家に投票して自分で解決するべきである。イラン国民の大多数が現状の神政共和国の体制を支持するならその結果として家族や友人を逮捕されたり処刑されたりして苦しもうが1979年の革命でその体制を作り上げたイラン国民の自己責任だし、その現状を変えたいならクーデターや内戦や独立運動をするなりして自分で国を変えればよい。50代以下の若い世代は成人前に革命が起きていてハメネイの独裁に対する責任はないので、命がけで国を変えるほどの愛国心がないなら外国に逃げればよい。400万人以上がイラン国外に住んでいて、サヘル・ローズみたいに日本で活動する人もいる。イランの憲法の第4条は全ての法令がイスラム原則に基づかなければならないと定めているので、ハメネイを殺害しただけでは神政共和国の体制を変えられなくて別の最高指導者が出てきてまたイスラム法の下で女性や異教徒を弾圧するだけなので、イランに自由をもたらすには政教分離の新しい憲法を掲げる新政府を樹立して国軍を掌握してイスラム革命防衛隊を解体して戒律違反の取り締まりをなくすところまでやらないといけない。だもんでイスラエル・アメリカ対イランの戦争だけでなくて、イランの現体制対反体制派の内戦の可能性もあって、CIAがイランのクルド人勢力への武器供与を検討しているというニュースが出てきたように反体制派に武器を供給して内戦になったら戦争は長引くと思う。神政共和国の体制が嫌な国民はクーデターや内戦で違う政権を樹立するしかないのだけれど、反体制派が処刑されてきたのでリーダーとして主導するカリスマがいない状況になっていて、内戦で政権を変えるのも難しそうな感じである。しかしイラン人自身が国を変えるために立ち上がらないのであれば、外国が内政干渉する筋合いはないだろう。人権侵害を改善するために内政干渉するとなると、体制派と反体制派のどっち側につくのかという問題も出てくる。政情不安がある国では体制派にとっては武装した反体制派は国家転覆を目論むテロリストという扱いになるけれど、いくら独裁に問題があるとはいえ反体制派と協力するとテロリストと協力することにもなる。アメリカみたいに工作活動ができる国なら直接戦争をしなくても反体制派に武器を提供して内戦を促して傀儡政権を作って利益誘導するやり方もあるけれど、日本はそのやり方はできないのであまり関わらないのが賢明である。政情不安や内戦はその国の国内の問題なので、内政干渉せずにどちら側の味方もせず、難民キャンプへの人道的支援や戦後復興の支援に留めるのが日本が取りうるスタンスだろう。●自由がない国は衰退するイランの窮状は自由がない社会は発展せずに衰退していくことの証明だと思う。全体主義には6つの特徴があって、全体主義イデオロギー、独裁者が率いる唯一の政党、最大限に発達した秘密警察、マスコミの独占的管理、軍用兵器の独占的管理、経済組織などすべての組織の独占的管理に当てはまるのが全体主義である。イランは保守派と改革派の複数の政党があって経済は民間企業があるので全体主義とはいえないまでも、宗教的カリスマがイスラム法を強制するイデオロギーがあって、秘密警察のように革命防衛隊が取り締まりをしていて、イランでは憲法で民間放送を禁止していて国営のイラン・イスラム共和国放送がテレビとラジオを独占して情報統制していて、全体主義に近い特徴があってだいぶ自由が制限されている。国民の自由を制限する基準が社会主義だろうが宗教だろうが、自分で物事を考える能力がない大衆を制御するのには都合が良くても、本来は国を発展させることができる優秀な人材に自由を与えないと大衆の中に埋没させたり、国を見限って外国に逃げたりする。自由がない体制が長引くほど非合理的な部分がボトルネックになって技術革新とかの状況の変化に対応できなくなって他の自由主義国に比べて産業の発展が遅れて、自由主義国と対立して外資から投資を敬遠されて技術力や生産力の乏しさから物価高になって、政権を維持するために軍事力を増強して国民を弾圧するので物価高が加速して、生活苦に陥った国民が反政府デモやテロを起こしたり少数民族が自治権を求めて独立運動を起こしたりして政情不安になっていく道をたどる。民主制の国なら反体制派が多数派になると選挙で政権が変わって民意が政策に反映されるけれど、全体主義国家や独裁国家だと反体制派を投獄したり処刑したり情報統制したりして問題をなかったことにして、上層部は生活に困っていないので体制を変えようとしなくて独裁が長期化して、生活苦の根本原因が解決されないままになって家族や友人を逮捕されたり殺されたりした人の不満が強まって反体制派が勢力を拡大していく。そんで軍が政治家に不満を持ってクーデターを起こしたり、外国の武器商人が政情不安に付け込んで介入して反体制派に武器を売るようになって内戦が起きたりして体制の転覆が起きる。体制派と反体制派のどっち側が政権をとっても国家は存続できるけれど、内戦が起きるとインフラが破壊されるし、優秀な人材が死ぬし、国民同士で殺し合ったことでわだかまりができるし、外国から戦費を借りたら返済が大変になって国力が落ちるので、内戦はしないで済むならそのほうがよい。合理的に考えれば国民の不満が高まったら自発的に民主化して全体主義や独裁をやめるのが最適解だけれど、権力者は自分の権力を手放したくないので合理的な選択ができずに国民と敵対して悪として殺されることになる。ソビエト連邦は1922年に成立して1988年のペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)で民主化にテコ入れしようとしたもののクーデターが起きて1991年に崩壊したように、70年くらいが近代の全体主義体制の寿命である。ロシアの社会主義化はツァーリの専制政治から近代化に移行するにあたって必然性があって起きたものだろうけれど、当事者世代は満足しても状況が変わった後に生まれた世代はツァーリの専制政治時代を知らないので社会主義体制への不満しかなくて支持しなくなる。イランでも1979年のイラン・イスラム革命は当時のアメリカの傀儡政権の腐敗への不満から起きるべくして起きたのだろうけれど、47年経って革命前の時代を知らない世代が多数派になったのでそろそろ体制が変わる頃合いである。ハメネイが15兆円規模の資産を築いたあげくに次男のモジタバ・ハメネイが最高指導者を世襲したのは正当化できなくて、結局は一族で権力を私物化して腐敗していて革命の意味がなくなって本末転倒である。イスラム教が本当に良い宗教なら他人に強制しなくても自発的に改宗する人が増えるだろうけれど、実態はモテない男性を優位にさせるために女性の抑圧(家内奴隷化)や女児との結婚(人身売買)を正当化するヤリサーのようなシステムで、幸福や真善美とは程遠いし、ハメネイは立派な宗教者として尊敬されるどころかイラン国民に死を喜ばれるような悪の権化になった。神の名のもとに蛮行を正当化する過激派イスラム教徒自身が世界で一番神を冒涜していて、世俗化したイスラム教徒のほうが環境の変化に適応して平和に幸福に生きている。過去に数多の生物が絶滅したように、環境の変化に適応できず生き方を変えられない者には滅亡する未来しかない。中世の戦乱期には女性を囲い込んで子供をわんさか産ませて布教して仲間を増やす仕組みが生存に有利に働いたのだろうけれど、現代では女性と異教徒に不幸をもたらして他国と不要な対立を生む元凶になっている。若い世代は自由主義で発展した外国を見て自由の価値を知っているのでもはや理不尽な全体主義に従おうとしないし、死刑を覚悟でヒジャブを外して禁止された音楽を聴いて踊る女性たちや国歌斉唱を拒否した女子サッカー代表の選手は勇敢である。人間はいつかは死ぬのだと理解した人には死刑は脅しにはならないし、抑圧されて不自由に生きるよりも自由に死ぬことを選んだ人たちを押しとどめることはできない。彼女たちのような勇敢な人たちこそイランの未来を切り開く国の宝だろうに、イラン政府は自ら国の宝を殺してイスラエルやアメリカと際限のない宗教戦争の道を辿ろうとしていて愚かである。日本だと「板垣死すとも自由は死せず」という名言があるように、明治時代の自由民権運動から太平洋戦争の敗戦を経て徐々に女性の権利が改善されて自由主義の国になって豊かになっていった。イランの国民もすぐに自由を得ることはないにしても、いつかイスラム教の呪縛から逃れてもっと良い国になってほしいものである。*「本文にわいせつ、もしくは公序良俗に反すると判断された表現が含まれています。」とエラーがでて投稿できなかったので、この場で楽天の言葉狩りに抗議する。強カンの被害者になることのどこが公序良俗に反するのか。三木谷はイスラム教と同様に強カンの被害者を迫害するつもりなのか。これだから楽天はいつまでも3流IT企業なんだよ。
2026.03.13
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最近は小学館のマンガワンという漫画サイトで犯罪を犯した漫画家がペンネームを変えてこっそり連載していたことが発覚して批判されているので、これについて考えることにした。●批判の背景マンガワンで連載していた『堕天作戦』の作者の山本章一(本名栗田和明)は2016年に北海道芸術高等学校札幌でデッサン講師をして16歳の生徒に3年間わいせつ行為をしたり排泄物を食べさせたりして被害者がPTSDや解離性同一性障害を発症して2020年に逮捕されて、わいせつ行為については不同意性交罪導入前で成立要件が厳しいため不起訴となったものの、女性の裸の写真を撮影した件で児童ポルノ法により略式起訴されて30万円の罰金刑を受けて連載休止になった。しかし2022年に一路一にペンネームを変えて『常人仮面』の原作者として連載を始めて、被害者が新連載の中止を希望したものの小学館の編集者が示談交渉に加わって150万円で口止めしようとして、被害者が山本と学校法人に対して1980万円の損害賠償を求めた民事訴訟を起こして2026年2月に判決が出て、被告が和解を主張しても原告が最終的な契約書に署名や押印をしていないことから和解契約は成立していないとみなされて山本に1100万円の賠償命令がされて、判決が報道されたことで事件が明るみになった。弁護士ドットコムニュースの記事によると山本から被害者への謝罪はなかったようである。未成年の未熟さに付け込んで尊厳を踏みにじった山本の行為は批判されて当然だけれど、示談交渉に参加した小学館の編集者の成田卓哉の対応も批判されている。3月5日の週刊文春の「【小学館マンガワン問題】被害女性が全告白「私は“性加害漫画家”と小学館を許せない」《漫画家を直撃すると…》」によると、被害者が「小学館は隠蔽ばかりで本当に許せません」と言っていて、山本だけでなく小学館への怒りも強いようである。しかし3月8日の東京共同法律事務所の「札幌地裁判決について」で被害者は小学館の取締役からの謝罪を受けて「連載を再開する際には読者の方々の為にも体調不良や療養など虚偽の理由を述べずに休載期間について事実に基づいた説明をしてもらいたい」「小学館に対して強い怒りや恨みを持っているわけではないこと、特に、漫画家さんの作品を小学館から引き揚げて欲しいとも思っていないし、多くの漫画家さんの活躍の場であるマンガワンをなくして貰いたいとも思っていない」とコメントしたように、被害者が怒っているのは休載の理由を隠蔽した部分であって、マンガワンをなくすことは望んでいない。●批判の是非・示談交渉の是非有名人の犯罪の口止めのために示談交渉すること自体は問題ないだろう。しかし示談交渉というのは負い目がある側が相手が納得するほどの高い金額を出す代わりに要求を呑んでもらうもので、1100万円の賠償命令が出たのに比べたら交渉金額の150万円は少なすぎる。PTSDの慰謝料は入通院慰謝料と後遺障害慰謝料の合計金額になるそうで、この事件の被害者の後遺障害の詳細は私は知らないけれど、Xだと重度のPTSDと解離性同一性障害でトイレに介助が必要だという情報を見かけたし、1100万円の賠償命令が出たことからして相当深刻な被害があると言える。記憶障害などの高次脳機能障害が起きて介護が必要な場合は後遺障害等級第2級で慰謝料は998万円以上、介護は必要ないけれど家事ができないレベルは後遺障害等級第3級で慰謝料は861万円以上が慰謝料の相場になるだろうし、そこに入通院慰謝料と口止め料を上乗せするのなら1500-2000万円くらいで示談交渉して平身低頭して許しを請うのが妥当じゃなかろうか。児童ポルノ法の罰金を払っただけではまだ被害者にPDSDを負わせたことに対して法的な決着がついていなくて、まず被害者への慰謝料を含めた示談交渉をして、連載しないと慰謝料を払えないから連載させてくれと頼んで和解してから新連載を始めるのが筋だろうに、新連載を始めた後で口止めの交渉をするところに誠意がないし、謝罪せずに作者の年収にも及ばないであろう小銭で卑劣な行為を口止めしようとするのは批判されて当然だろう。漫画家は若いうちにデビューする人が多くて企業での就労経験がなくて法的な対処とかの一般常識がない場合があるので、担当編集者が漫画家の私生活の問題のサポートにまわって創作に集中できるようにするのは分かる。しかし山本の担当編集者の成田が示談金の150万円が安すぎると気づかないのではサポートになっていない。・前科者の作品の掲載の是非前科者の作品を掲載すること自体は違法でないし、マンガワンや小学館というブランドの毀損のリスクを負ってでも作品を掲載したいなら掲載すればよいと思う。例えば山本が小学館にすごい利益をもたらす才能があるので前科があっても連載させるべきだという経営上の判断もありうる。前科者なら一生作品を発表してはいけないのかというとそんなことはないわけで、凶悪な死刑囚にも表現の自由はあるし、基本的人権として保障されるべきものである。被害者が掲載中止を訴えるのはわかるけれど、事件の当事者でない人がしゃしゃり出てきて掲載中止の圧力をかけるのは言論弾圧で、掲載されても読まないというのが第三者として取りうるべき態度である。例えば和月伸宏は2017年に児童買春・ポルノ禁止法違反(単純所持)容疑で書類送検されたことでジャンプスクエアの『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』の連載を休止して、2018年に略式起訴されて罰金を払った後に連載を再開させたけれど、読みたくない人は読まなければいい。しかし前科がある作者の作品を掲載するならば読者に対して事情を明らかにしたうえで批判を覚悟で掲載するべきで、山本章一のペンネームを変えて犯罪がばれないようにしてこっそり掲載するのは被害者に対しても読者に対しても不誠実で、そこは担当編集者の成田の対応が批判されて当然だし、小学館がどこまで事情を把握していたのか不明だけれど知っていてこのやり方を許可したのなら会社のコンプライアンスも批判されて当然である。小学館への抗議としてマンガワンへの掲載を停止する漫画家も数人いるけれど、それは事件とは直接関係がないし、読者が他の漫画家たちにも圧力をかけて掲載をやめさせようとしたり、マンガワンの味方をするのかと批判するのは筋が違うだろう。・既存の作品の出荷停止・配信停止の是非山本の問題が明らかになったことで『常人仮面』の配信と単行本出荷が停止された。出版社の対応としては事態が沈静化するまで作品をなかったことにするのが安全策なのだろうけれど、作者がどんな犯罪をしようが作品自体に問題があるわけではないので、出荷停止することにも批判がある。映画だと俳優が薬物とかで逮捕されたときに公開停止する場合とそのまま公開する場合があるように、必ずしも非公開にする必要はないので意見が分かれる。例えば配信を続ける代わりに原作者に渡る分の収益を被害者への寄付に充てるというやり方もありうる。漫画の原作と作画が分かれているときに、片方の問題でもう片方が収入を失うのも問題である。世間の人は漫画の原作者と作画担当が『バクマン。』みたいな親しい間柄でコンビを組んでいると誤解している人がいるけれど、実際はほとんど会わない。音楽の演奏家が楽譜だけ見て演奏して作曲者と会う必要がないようなものである。『常人仮面』の作画を担当する鶴吉繪理は「山本氏の件につきまして、私は事前に何も知らされておらず、今回報道やSNSを通じて初めて知りました」「山本氏とは一度マンガワンの会合でお会いしたのみで、やり取りは全て担当の成田氏を通じて行っていました。名義変更での活動についても、何か事情があるものと受け止め、深く踏み込むことはしておりませんでした。そのため、過去の件については全く存じ上げておらず、私自身にとって全てが突然の出来事でした」とコメントしていて、とばっちりで収入を失った形になる。『常人仮面』と似たようなケースでは週刊少年ジャンプに掲載されていた『アクタージュ act-age』は原作のマツキタツヤが強制わいせつの疑いで逮捕されて連載終了して、既刊のコミックスが出荷停止になって電子版も配信停止になって、作画担当の宇佐崎しろには何の責任もないのに収入を失っている。赤松健がXで「今回問題になっているのは原作者の方であり、作画担当の漫画家さんは全く関係ない。まさに降って湧いたような災難であり、もはやある程度の(例えば機会的な)補償がなされるべきではないか。」とコメントしているのに私は同意で、出版社の判断で出荷停止や配信停止をするのであればその分の補償をするのが筋だと思う。連載中止自体は仕方がないけれど、既刊分の増刷がかからなくなったりウェブ配信の広告収入がなくなった分は出版社が〇年分を〇割補償するとか、問題を起こした側に補償させる契約をするとか、別の原作を優先的に割り当てて仕事の機会を増やすとかの何らかの基準があるほうが収入が不安定な漫画家の保護になってよいと思う。成田が山本が犯罪を犯したことを作画担当に告げていないのも不誠実で、仕事上のリスクになることは契約前に告知するように改めるべきだろう。・編集者の是非雑誌の編集者は普通のサラリーマンと働き方が違うので社会人としての一般常識がない人がいるし、漫画雑誌の編集者にはせっかく一流大学を卒業して大手出版社に就職したのに低学歴な漫画家の相手をしたくないと不満を持っている人もいるそうな。出版社の中でも小学館は過去に編集者がいろいろ問題を起こしていて評判が悪くて、マンガワンが小学館のウェブサイトだということが批判を加速させているようで、「週刊少年サンデー」の編集者の武居俊樹がバーで一条ゆかりに酒をかけて笑いものにした事件が蒸し返されたり、漫画家が編集者に失礼な態度を取られたエピソードがわんさか投稿されている。しかし小学館の編集者といっても大勢いて担当する雑誌や編集長が違えば部署の雰囲気や編集者の権限も違うだろうし、小学館全体のガバナンスの問題とマンガワンの編集部・編集者の問題は別個に考えるべきである。小学館は「マンガワンにおける原作者起用について」で「弁護士を加えた調査委員会を立ち上げ、連載開始の経緯、編集者の和解協議を含む関わり方など、事実関係及び原因を迅速に解明して参ります。」と言っていて、成田やその上司がどこまで示談交渉やペンネーム変更に関与して責任があるのかはこれから解明されることになるだろう。森川ジョージや赤松健とかに対応を迫る人がいるけれど、日本漫画協会が「報道により、漫画家による性加害およびその対応を巡り、出版社の関与が指摘されております。この事案について、事実関係はいまだ十分に明らかになっていないと受け止めております」と声明を出したように、詳細が不明な段階ではどこが悪くてどうすべきだったのかをあまり批判しようがないだろう。・部外者の是非山本の事件に対して読者は部外者にすぎなくて、どうこう言う立場にない。成田卓哉が元マツモトキヨシの社長の成田一夫の息子だからマツモトキヨシを不買すると言っている人をXで見かけたけれど、それは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というようなナンセンスな白黒思考で、成田への批判を通り越して無関係なものに憎悪を向けている。こういう人はモンスタークレーマーみたいなもので批判できる対象があれば誰でもよくて、被害者に同情して憤っているのではなくて自分のストレス発散のために被害者を利用しているクズである。小学館と無関係な講談社と契約している森川ジョージに絡んで対応を迫っている人とかが典型的で、俺は怒っているんだぞ、この怒りをどうしてくれるんだ、誠意を見せろ、と誰かを屈服させて満足したいのだろう。部外者が山本や成田を批判してスッキリしたところで事件の被害者が報われるわけでもないし、キャンセルカルチャーで漫画業界から山本を締め出して働く場所がなくなれば山本の資産額によっては慰謝料の支払いが遅れたり払われなくなったりする可能性があるので、本当に被害者に同情して救済したいのなら加害者に怒りを向けるのではなく被害者に慈悲を向けて寄付のためのクラウドファンディングでもやればいい。*「本文にわいせつ、もしくは公序良俗に反すると判断された表現が含まれています。」とエラーが出て弁護士ドットコムニュースの記事のタイトルの「〇行為」を記述できなかったので、楽天の言葉狩りに抗議する。このくだらない仕様を直さないから楽天はいつまでも三流IT企業なんだよ。
2026.03.02
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