2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全14件 (14件中 1-14件目)
1
先日近所で起こった交通事故現場に花をお供えしてきた。花、ろうそく、手紙、ぬいぐるみ・・・たくさんの人の気持ちがそこにあって、歩いてるうちに涙が止まらなくなってしまった。それが、その男の子への涙なのか、娘を思い出しての涙なのか、今日、大学の先生に怒られた涙なのか、弁護士ともめた涙なのか、自分でもどこから来ているのかわからなかった。きっと通り過ぎた人は、きっと私は被害者の近い人物だとおもっただろう。被害者の通っていた高校の校長先生宛にもメールした。もし、被害者の家族が同じような体験をした人と気持ちを分かち合いたいと思うときが来たら、連絡をください。と。私自身も、何年も前に事故で8歳の娘をなくした人が連絡をくれて、いくらか気持ちが楽になった経験があったから。それにしても、私自身も、このホリデーシーズン、ハロウィーンから感謝祭、クリスマス、お正月にかけて、気持ちが重いのに、家族の方は、苦しいことでしょう。世の中のお祭り騒ぎと自分の気持ちの温度差が埋められない。若くして亡くなった少年のご冥福をお祈りします。
2014年10月30日
コメント(0)
6歳の息子が、うちに帰ってきて、パンプキンのカービングをしているときに、ふと「今日ね、ぼく死んだ人見た」どうやら、近所で起きたトラックが自転車の高校生をひいた事故現場を通ったらしい。近所のお母さんと、順番で子供を送って行ってるんだけど、昨日は、そのお母さんが運転してくれていた。季節柄、わたしは、「おもしろいハロウィーンイベントだね」というと、息子「本物だよ。口から血が出てて、救急車もパトカーもあとからきたの」私「なんで死んでるってわかるの?怪我をして倒れてるだけかもしれない。」息子「死んでたよ。」私「どうして、道路で寝てたんだろうねえ・・・」息子「男の子が自転車に乗ってて、トラックがぶつかったの。でも運転手は気づかずに走っていったんだ」学校では、このことについて触れていないらしかったが、どこから聞いたのか子供たちはすでに知っていたらしい。とにかく、驚いてしまった。この半年で二件の交通死亡事故の現場に居合わせた6歳児は、うちの子くらいでしょう・・・しゃべりたくて仕方がない様子。やめてほしいとは思うけど、カウンセラーいわく、話しているうちは健康らしい。せめて話す相手を大人に限ろう。こんな小さい子供に生とか死とかの話はできるだけさせたくない。子供によってはトラウマになる子もいるだろう。それにしても、半年で2人も子供が交通事故で亡くなるなんて、人生をどう受け止めればいいのかまたわからなくなってきた。とにかく早く娘のところに行きたい。と思う気持ちが強くて、将来とか希望とかいう言葉がとても遠くに聞こえる。フェイスブックの友達の写真は別世界のように見える。私だけが娘が亡くなった日でとまってしまって、周りの世界は、時間も空間も私とはかけ離れたところで動いている。困ったことに、息子もその周りの世界にいるので、私は一生懸命そのギャップを埋めようとあがいている。
2014年10月29日
コメント(0)
ハロウィーンはもともとケルト人の年末10月31日に死者の霊が家族を訪ねてくるというところから来ているらしく、6歳の息子に「ももが帰ってくるかも。」と、うっかり口走ってしまったら、大喜びして「すごく楽しみ~」と。来なかったら、残念がるだろうなあ・・・何か考えねば。
2014年10月16日
コメント(0)

庭の花シリーズ。庭の南天とバラを組み合わせました。
2014年10月14日
コメント(0)
出血から2週間。産婦人科に経過を見てもらいに行った。前回のエコーでは、まだ残っているとのことで、出血も続いていたので、心配しましたが、無事、薬を飲むこともなく、掻爬手術も必要ありませんでした。生理の周期が安定しているかどうかをみるため、2,3回生理を待ってから妊活は再開したほうがいいとのことでした。ただ、年齢も考えて、6ヶ月トライして妊娠しなければ、不妊治療を考えたほうがいいとのことだったので、1回見送ってから再開しようと思います。赤ちゃんに会えるといいなあ・・・
2014年10月10日
コメント(0)

秋な感じで、ミニカボチャ。庭にあったジャスミンの蔓を巻きつけてみました。
2014年10月10日
コメント(0)
久々に友達がお茶しに来てくれた中での一コマ。彼女は、事故の夜、真っ先に病院に飛んできてくれて、ご飯のない私を見て、一度家に帰りスープを作って戻ってきてくれて、脳痙攣を起こした息子につきっきりで、手も離せなかった私にスープを飲ませてくれた。学校内がパニックにならないよう、彼女が情報を統制してくれて、食事や移動のサポートのスケジュール表を作り、私たちに負担にならないよう、周りからのコンタクトを随分止めようとしてくれていたと思う。たくさん批判も受けたと思う。いつも、国際結婚して家族もいないこの国で、万一のことがあったらどうしよう。と思っていたけど、その万一のとき、困った人を放っておけない人達が身の回りにいてくれた。確かに社会保障や自動車保険、医療システムはメチャクチャだけど、案外というより、日本人よりもずっとアメリカ人は優しい。半年経った今でも、みんな心配して手伝ってくれる。感謝。
2014年10月10日
コメント(0)
今日、ご近所さんと話してて、一つ気づかされた。 彼女も私も、としの離れた弟と妹がいて、親代わりとして接していた。 私は、長子の長所も短所も良く理解できていると思う。責任感が強く、甘えるのが苦手。 下の兄弟は甘え上手で羨ましかったり、腹が立ったり。 でも、彼女曰く、「下の子は、上の子にいじめさせてあげてる部分がある」というのだ。 自分の子供を見ていると、確かに下の子は、甘え上手だけれど、上の子が嫉妬やストレスを自分に向けてくることを甘んじて受けているようにみえる。確かに… 自分自身、長子で損した。とかしか感じたことがなく、下の兄弟のころをそんなふうにみたことがなかった。 私も、生かされていたんだ。と再認識。 弟、妹、ごめんよ。
2014年10月10日
コメント(0)
出血が始まって1週間以上経ち、かなり少量になってきたけど、まだ中身が残っているようです。そして腹痛。子宮が戻ろうとしている感じの、後陣痛のような痛みが今日で4日目。日常生活は送ってるけれども、犬の散歩に行っては休憩、ご飯を作っては休憩、食べては休憩…苦しくて「いつまで続くんだろう」と不安になったり、「もう妊娠できないかも」と悲観的になったり。診察は来週。まあ、中身がまだ残っていて手術となれば、それは仕方がない。私の力でどうにもならないことは、悩んでも仕方ない。
2014年10月06日
コメント(0)
![]()
I'll See You Again [ Jackie Hance ]私と同じように交通事故で子供をなくした母。ただ、彼女の場合は3人の子供を同時に亡くし、しかも、運転していたのは、信頼していた義妹。その上、義妹の体からは、アルコールやドラッグが検出された。周りは、子供を作ったらというけれども、彼女は3人目の出産のあと、避妊のため、卵管結紮していた。マスコミからは追いかけられ、半狂乱になりながら、それでも、周りの人に助けられながら生きていく。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー私よりも壮絶な体験記。ただ、性格があまりにも違うので、参考にならないところもある。彼女はイタリア系で、とにかく感情的。友達にもご主人にも、正面からあたっていく。私は、アジア人の典型で、自分を責めたし、自分の感情をどこにもぶつけるのが苦手。彼女は田舎暮らしで、いつもだれかが家にいる。料理好きがこうじてケータリングビジネスをするほどの腕前で友達や近所の人などが居心地がいい場所だったよう。子供達が亡くなってから、しばらくそれぞれの友達を呼んで、生前のようにバースデーパーティーもしていた。人との垣根があまりない人なんだと思う。はじめの頃、自殺願望があって、彼女は牧師さんに次々に会いに行く。「死んだらをしたら、娘達に会えるのか。約束してほしい」というのである。もちろん、どの牧師さんも納得行く答えをしなかったし、自殺も止めた。私にも、自殺願望はもちろんあった。でも、これ以上、息子や主人を苦しませられないと、押しとどまった。敬虔なキリスト教徒だった彼女も、神の存在を否定していたようだ。"Beyond tears"という青年期の子供を亡くした親たちの対談の本の中でも、宗教に関わらず、子供の死後、神の存在を否定する人が何人もいた。やはり、神がいるならば、なぜ、私だけが苦しまなければならないのか。と思うのは当然だ。アメリカ人は否を認めたがらないし、怒りもいろんな人にぶつけるけど「因果応報」はあるらしく、ご主人と一緒に今までしてきた悪いことを書き出すところは可愛げを感じた。これもグリーフの一環だと思う。私はとても口にできず、どんどん暗くなっていただけ。面白いと思ったのは、子どもたちの友達が心の病になってしまったところでは、彼女は、責任を感じる。私の自責の念の中でも、これは大きく占めていた。何の関係のない、こんな小さい子供たちの大切な時期に心の傷を負わせてしまった、と。全く違うグリーフを経ている彼女と意外な共通点だった。私がこの本を読み始めたきっかけは、「次の子供はグリーフにどう影響するか」だ。彼女に次の子供が産まれたことも、喜んでいたことも知っていた私は、何処かの時点で、グリーフがひと段落して、作るぞ!と前向きになったのだと思っていた。私も、周りからの圧力は少なからずあったが、ようやく子供の手が離れたところで、正直前向きに考えられなかった。彼女は、どんなふうに子供を産むことにしたんだろう。というのが知りたかった。結論から言うと、彼女も子供を産むことなんて考えていなかった。産まれてからしばらくも、罪悪感に苛まれていた。ただ、自分の感覚や思考を信用していなかったから、トライしてみた。幸い、セレブの不妊治療も手がける世界的権威のローズ氏が彼女の不妊治療をボランティアで引き受けてくれた。後に、ローズ氏に敬意を表して、生まれてきた子供のミドルネームにローズとつけた。卵子を取り出した時も、体外受精したときも、悲しみのまっただ中にいた。そして、徐々に悲しくも、子どもたちがいなくても、世界は周り、時間が過ぎ、友達も次第に自分たちの生活に戻っていくのを見て、妊娠する決意をする。ただ、妊娠中も、自傷行為が続いた。そして子供が生まれて初めて、「可愛い」とか「嬉しい」と言った気持ちになった。それを読んで、ちょっと驚いた。もちろん、次の子が身代わりになるようではよくないので、ある程度気持ちは落ち着いてからでないといけない。それでも、100%気持ちが整うことは絶対にない。常に、罪悪感と隣合わせだから。人によっては、無責任と感じるかもしれない。でも、私はこの本に背中を押された。42歳。もう妊娠はできないかもしれない。あとは、流れに任せよう。
2014年10月04日
コメント(0)
月曜日に産婦人科で進行流産を宣告されてから、5日。出血は、生理2日目くらいの量と色のものが続いた。腹痛は、それほどでもなく、昨日の午後、生理痛のようなものがあり、横に1時間ほど横になっただけ。昨日の夜には、ほぼ出血もなくなり、不安になった。ネットで見ると、「透明な卵白のような塊が出る」と表現されていて、そんなものは、この1週間の出血の中で見当たらなかった。今日は、助産院の予約がそのままになっていたので、子宮内のエコーをみてもらおうと行ってみた。相変わらずポジティブな人たちで、「流産みたいです。」というと、「そう、じゃあ、次に進めるね」とおどけた調子。私も、心の整理はこの5日間でできたので、特に何も思わなかった。子宮内は、ほとんどのものが出てる。という。ちょっとびっくり。でも、8週でも胎嚢が1.5センチほどしかなく、胎芽もなかったことから、気が付かないほど小さかったんだろう。ただ、このおじさんいつも超ポジティブなコメントだから、全部は信用できない。「ほとんど出ている」=「まだ残っている」どの程度残っているかが問題だ。とにかく、金曜まで待って、診てもらおう。この子とは縁がなかったんだね。
2014年10月03日
コメント(0)
産婦人科で流産だろうと言われて、自然に出てくるのを待つことにしたのですが…出血が始まって1週間も経つのに、まだ出て来ない。怖い。内容物が子宮に残ったままだと、感染症になる確率も高くなり、次回の妊娠にも影響が出るかもしれない。手術は、ただただ嫌なだけ。ほんの時々、腹痛がある程度で、まとまって来ない。黄体ホルモン座薬のせいかな?早くスッキリしたい!!!
2014年10月03日
コメント(0)
![]()
生きることに疲れる人から認められたいという、幼児欲求。自分の欲求ではなく、人から認められることだけを考えるので、いつまでたっても、欲求は満たされず、ただ体力を消耗するだけ。周りに認められたいという欲求で生きていたから、自分はこう生きようと考えてこなかった。何かトラブルが起きた時、「どうしよう」と困ったり、立ち止まってどうしてこうなったか考えたりするのは、長い人生の中で必要なこと。周りに迷惑をかけても、とにかく休む。休むことは、生きること。休んでる間に、自分の居場所を見つける。心の歴史を書いてみる。いつどんなことがあって、誰にどんな気持ちをもったか。この方、心理学者ではなく、社会学者。ただ、ラジオ人生相談を長い間されているので、人の心の痛みがよくわかっている。悩んでる人にとって、必要なのはアドバイスでなく、話を聞いてあげること、認めてあげること。この本を読むと、「私も休んでいいんだ。人に迷惑をかけてもいいんだ。」と思える。心の休ませ方「つらい時」をやり過ごす心理学-【電子書籍】
2014年10月02日
コメント(0)
先週の木曜日からの出血。9/25(木)茶色のおりもの9/26(金)茶色のおりものがつづく→助産院9/27(土)茶色の500円玉くらいの出血9/28(日)鮮血に変わる。安静にしていたので、量は少ないが、トイレに行く度、赤いものが沈む。9/29(月)出血量が生理二日目くらいになる。→産婦人科 自然流産のすすめ9/30(火)夜、時々腹痛がある。生理二日目くらいの出血量が続く。
2014年10月01日
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


