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息子の学校は、公立学校だけど、学区に住んでいて、抽選に当たれば誰でも入れる学校だ。このような抽選校が学区には4校あって、それぞれ、偏差値が全米トップクラスの競争が激しい学校、中国語とのバイリンガルの学校、理数系に力を入れている学校、そして、息子が通っているのは、絶対学力、考える力、主体性を伸ばすことに力を入れている学校。多額の寄付に加えて、どう子供に接するかを親が学ぶ機会を作るという意味もこめて、週に4時間~6時間、親が教室に入るボランティアも入学の条件。それだけ教室に入っていると、息子のクラスメイトのそれぞれの個性もよくわかるし、先生とも仲良くなる。大変だけど、マイペースで人見知りな息子には合っている学校だと思う。今日は、来年8月から3年生に上がる息子の担任のリクエストについて、先生に時間をもらって、話をした。娘を亡くしてから、2年。学校側は、私が何も言わなくても、私の気持ちを汲み取った、クラス組みをしてくれていた。事故の直後、いっそ、引越して、学校も変えて、新しい生活をはじめようとも思ったけど、大きな決断をするには、心が乱れすぎていた。それなら、全部娘が通った道を、同じように息子にも通ってもらおう。そのほうが、「私が」楽だ。そのことを伝えないうちに、学年が終わり、1年生へ。すると、何も伝えてないにもかかわらず、息子は、娘を受け持ってもらった先生のところへ、割り振られた。2年生のときも、同じだった。ただ、今度彼は3年生になる。つまり、弟が2歳9ヶ月離れた姉を追い越す日が来る訳だ。これは、わたしにとっては、今までとは訳が違う。学年の最後には、娘が過ごせなかった最後の3ヶ月が待っている。それは、私にとっては悪夢以外の何ものでもない。彼女が楽しみにしていた、アートの展覧会、2泊3日の農場体験、1800年代の人物になりきる博覧会。息子はきっとただただ楽しみだろうけど、私は娘に申し訳ないという気持ちと、かわいそうに思う気持ちが大きくなる。それはきっと娘の担任だった先生も同じだろうと思う。だから、3年生に限っては、娘の担任だった先生に息子をお願いするのは憚られる。と思い、今現在の2年生の担任の先生に伝えたのだった。すると、彼女は、「私もそう考えたのよ」と言ってくれた。どの先生になるか、どんな友達と一緒になるかわからないけど、あとは、学校側に任せるのみ。
2016年03月26日
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先週末から、義姉家族が香港から来ていて、気が張っているのと、13週目に入ったのとで、つわりはずいぶんよくなった。今日は、もう少しで吐くところだったけど、辛うじて耐えた。週末は3日間、ふらふらになりながら、接待したけど、火曜日から、みんなはスキーに行ってしまって、私は一人お留守番♪毎日、料理が作れなくても、疲れて横になっていても、誰にも気兼ねしなくていい日々を送っているむこうはむこうで、たのしい日々を送っているようで、まあ、大変なこともたくさんあるけど、一年に一度、こんなのもいいのかな
2016年03月26日
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12週目に入って突然元気になり動き回っていたら、3日目の夜、突然ダウン。 吐き気と頭痛でフラフラに。 12週目の検診に行くと、先生から血圧が低い(85-55)。体重が減っている。と怒られる。 糖尿病の食事制限を緩くして、炭水化物をもう少し摂ること。水分補給に心がけること。低血圧で頭痛があるときは、運転を控えるように。と注意された。 悪阻ってやつでしょうか。このままだと点滴打たなきゃいけません!!と。 それでも、なんとか日中は少し動けるようになりました。私の場合、夕方から吐き気を催し、晩ご飯を食べられないことが多いので、夜中目が覚めた時に、少し食べられるように。 水分も摂る気にならないので、飲める飲み物を見つけて、飲み続けるように。 これが今週の課題です😊
2016年03月18日
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今週で11週目。8ー10週がつわりのピークとどこかに書いてあったけど、全く良くなる気配がない。Diclegisという、つわりの薬を許容量最多で飲んでるのに、今日は2回も吐いた。幸い夫が家で仕事してくれていて、家事はほとんど助けてくれる。今日は、苦手な料理にも挑戦してくれた。って肉焼いただけだけど…それでも、おおきな一歩。8歳の息子も、ダメな母親の為に、頑張ってお手伝いしてくれています。こうやって倒れてみると、本当に自分にとって大切なものって見えてくるんですね。 早く元気になって、普通の生活がしたい!!!
2016年03月14日
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娘を亡くしたことを知っている友人に妊娠報告をすると、とても喜んでもらえる。多分、私も娘を亡くしていなければ、同じように思うので、少し自分の気持ちを整理する意味で書いています。 私も、きっと他のお子さんを亡くした家族もそうだと思うのですが、亡くなった子供の穴は、誰にも埋められないと思っています。失った悲しみも怒りも罪悪感も、何も変わらず、時間が過ぎていっているのです。 毎日 「彼女はどうしているんだろう、怒っているのか、喜んでいるのか」 「どこにいるんだろう。困っていないか。」 「なぜ彼女なんだろう」 と、答えのわからない問いを繰り返し、答えを探して本を読み、人に聞いたりして過ごしていました。 人生は苦しいもの。 と、ただただ毎日、一瞬を息子が健康でいてくれることだけを祈り、感謝する日々です。 そんな中、自分の寿命を自分で決められないのなら、残りの人生に、少しでも自分の人生に彩りを添えてくれるものが、必要なんじゃないか?悲観的な私たちに、 「人生も悪くない」と思わせてくれるかもしれないものを探したかったのです。 だから、妊娠してすべてがチャラになった!!娘の代わりができた!!というわけではなく、 普通の妊娠や育児と同じように、いや、それ以上に、本当に子供を産んでもいいのか、娘に申し訳ない、親として立派に育てていけるか、などなど悩んだりします。 きっとその悩みもひっくるめて、再び「人生の喜び」を得るための旅に出てみよう。という気持ちになったんじゃないか。それが、妊娠への挑戦につながったのだと思います。 毎日、つわりで吐いていると、本当に 「楽になりたい」とか「息子がいれば十分じゃないか?」と弱音を吐いてしまいます。 そんな自分へのメッセージでした。
2016年03月14日
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今日で、あの恐ろしい東北大震災から5年。今でも、あの夜中に見た衝撃的な映像は忘れられません。 子供達の学校でも、何かできないかと申し出てくれた先生もいました。 そして、現地校にいる日本人家族が集まって、子供達主導の募金活動を始めました。 その他にも、靴を送る活動をしたクラスや、手作りのお菓子などを売るセールを行ってくれたクラスもありました。 何かしたいという気持ちは、ありましたが、やはり、あの悲劇を体験した方々の気持ちはわからなかったと思います。 それから約二年後、交通事故で8歳の長女を亡くし、やっと「家族を失う」という痛みを体験し、一層被害に遭われた方を思うようになりました。 幼い娘を亡くし、途方に暮れましたが、それでも私たちには住むところも、職もあり、支えてくれるコミュニティもあった。 震災では、これら全てを失った方々が大勢いると思うと、本当に大変な思いをされたんだなあと思います。 何か私にできることはないか考えた時、自分なら、亡くなった娘のことをみんなが忘れないでいてくれることを願うだろうと思います。 個人の力では小さなことでも合わせれば、支えられる大きな力になるかも。 改めて、東北大震災にて亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
2016年03月12日
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先週9週目で行ったグルコース検査。 結果が来て、やはり今回も高め。 投薬が必要なほどではないが、食事制限が必要。 肉嫌いで米好きな私の食生活は、玄米と野菜中心。その分、タンパク質が少ないっていうのは致命的らしい。 164cm 45kgとやや痩せ型の体型から、糖尿というとびっくりされるが、おじいちゃんもガリガリで糖尿だったから、家系なのでしょう… まだまだつわりの真っ最中。今はまだ食べられるものを、好きなだけ食べていいけど、落ち着いたら、制限始まります。 頑張るぞおーっ!
2016年03月05日
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