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運命だとか、宿命だとか、この様なブログで軽々にテーマにするには余りに「重すぎる」話題ではありますがしかしながら、私・草加の爺としては今差し迫った、身近なものとして考えざるを得ない立場に「追い込まれている」。辞書によりますと運命とは、人それぞれの身の上に、生まれつき定まっていて、変更が許されないものと考えられている、幸・不幸などの巡り合わせのこと。また、宿命とは「生まれる前から定まっていて、どうにもならない運命」で宿命論とは、一切の現象はそうなるように予定されていて、思う通りに変えることはできないとする説。 さて、私・草加の爺はこれまで一応の知識として運命なり、宿命と言う言葉を心得ておりましたが、正直、あまり重大な事として捉えては居りませんでした。つまり、他人事として考えていた。ある種の人には運命とか宿命が、とても他人事とは考えられない、非常に身近な問題として「突如」浮上する場合もあるだろう。そんな風に、一寸ばかり距離を置いてこれらの言葉を「漠然と」意識していた。ところが、何故だかはっきりしないのでありますが、これまでの七十年余の自分の人生を振り返って見て、運命、ないしは宿命にしっかりと捉えられて、ほかのコースには足を向けることが「不可能であった」自己の生き方が、くっきりと浮き彫りになった。なんて自分はラッキーであり、「神の祝福を受けた好運者」なのかと、思わず知らず唸ってしまった―。何とオメデタイ男か! そんな風にお感じになられますか?若い頃の、つまり未熟な文学青年を気取っていた当時の私が、70歳を過ぎた老人がこんなことを口にするのを耳にしたならば、きっとそう思ったに相違ない。ですから、運命の不思議さを思わずにはいられないのであります、はい。 さて、さて、実は「ラッキー」であり「好運な人」は私だけではないのでありましてこの世に生を享けた誰もが、例外なくそう言う存在者として産まれ出ている。そうです、只の一人も例外がないのであります、実際。数学の世界ではありませんから、この事の「万人が首肯する証明」は不可能ですから、このことには今は深入りしませんがたとえば、「バカ者に対して、相手がバカであることを納得させるのは不可能」とでも言い添えておけば、解るお人には分かっていただける。如何…。 つまり、誤解を恐れずに直言すれば、私たちは自分が「本来は」世界一恵まれた幸福者なのだと納得するために、毎日を生きる。それが、正しい、そして唯一の人生に対する態度なのであります、実際のところは。如何でしょう……。
2014年06月29日
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今朝の夢の中で、俳優の松平 健さんとフジテレビの時代劇プロデューサーとして著名な能村庸一氏が登場してきました。ええ、勿論 私・草加の爺の見た夢の中であります。お二人は私が六十歳まで在籍した会社でテレビドラマのプロデューサーをしていた当時に大変お世話になり、また同時に非常に楽しい、思い出に残るお仕事を御一緒させていただいた方々ですから、夢の中に出ていらっしゃっても一向に不思議ではないのですが、この時期に、つまり私が妻と野辺地のことを専念に考えている最中に、そしてまたお二人のことは殆ど念頭になかったのに突然のごとく夢の中に姿を現し、親しく会話まで交わすことになった―。一体なぜなのか、正直のところよく解りません。が、これも、「神のお告げ」の続きで、この期に及んで迄、内心ではあれこれと思い悩んでいる私に、またもやそっと背中を押してくださった。のだと、勝手に解釈することに致しました。と、申しますのも、青森県の野辺地町を町ぐるみでそっくり売り込む、などといってもこれは今更ながら大変な大事業だぞ、と尻込みしようとしている私がいるからなのですね。若い頃は、がむしゃらに、後先考えずに、巨大な風車に突進するドン・キホーテよろしく突進してきた実績のある私・草加の爺でありますが、この年齢になりますと少しは知恵がついたと言いますか、臆病になったと申しますか、何だかこう下手な考えがとかく先に立ってしまう。やはり老化現象のひとつなのでありましょうか?とは申せ、既に「舟を海上に出してしまった」からには、もう後戻りはできないのでありました。どうか、このブログの親切で優しい読者の皆様方、応援とご協力を今後共宜しくお願い申し上げます、何卒。
2014年06月26日
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正直のところ、このブログに書く事が最近狭まっていて気軽に、そして平易に書き流すことが出来にくくなっていました。かなり無理して以前に書いたことと重複しないように、注意しないといけないなと、自分自身に言い聞かせるように、幾分無理をしながらの書き継ぎでしたので多分に独りよがりで、一見曖昧な表現が心ならずも多くなっていたかもしれませんね。しかし、切り口を変えてみれば書きたいこと、多くの人々に伝えたい事柄は沢山あります。本当ですよ。 で、突然の野辺地町の登場ですが、皆様方には唐突この上ない事でも私・草加の爺にとってはおよそ四十年前から出会っている、懐かしくも有難い「ゆかりの地」なのでありまして、それからの人生は野辺地無くしては一日たりとも時間が経過しなかった重要な場所であるわけなのですね。 四十数年前に、私の前に「運命の人が、神に遣わされて突如姿を現した」のですが、それが、その事の本当の意味が私に「神の啓示」として突如了解されたのはここわずか数カ月の事でした。何が一体起こったのか?旧姓柴田悦子、現在は浅草の老舗料亭の人気者で屡々テレビ番組などで紹介されている私の家内・古屋悦子。人呼んで「悦子姐さん」が末期ガンで余命半年と主治医から宣告を受けたこと。一時は、最後の安らかな休息の場のホスピスの病院まで決めた彼女と私でしたが、様々な人々の本当に信じられないような応援があって、目下抗癌剤治療を含めた治療に専念した結果、劇的に回復の兆候を示しており、七月にはまた職場に復帰しようかしらと本人が考えるまでに病状が回復しております。勿論、極度の楽観は許されないのですがこの一連の時間経過の中で、私は「奇跡」だと感じ、「神の啓示が下りた」のだと強く印象付けられた次第なのであります、実際。 考えてみれば、東北の辺鄙な田舎町から上京して来たばかりの悦子と、東京生まれで東京育ちの私・克征が新宿という大都会の歓楽街で出会い、僅か半年で結ばれた。この一事だけでも、奇跡的なのでありますが、家内にとっても、勿論この私にとってもどうしてそうなったのかは実際のところ分からなかったし、今も、そして永久にひとつの謎として残されるものなのでありましょう。しかし、現在の私・草加の爺は今回「神の啓示」として受け取ったその啓示の最初のものだったのだと確信した。そう、正確にもうせば、そのように確信させられた、のであります。もしかしたら大きな錯覚であり、とんでもない思い違いなのかもしれませんが、今の私にとってはそのような違いはもうどうでも良い、事柄に属すること。私のこの世に生まれてきたのは無名な理想郷、陸の孤島と早晩化すであろう野辺地を売り出すことにあった。その様に受け止めたのでありますよ、心から、迷いなく、断固として。そして衷心から神に感謝したのであります、本当ですよ。
2014年06月21日
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私・草加の爺は東京生まれで、東京育ち、十年前からは埼玉県の草加市に住まい致しております。そんな私が、何故に本州の最北端・青森県の「無名の町」である野辺地と関係を持つようになったのか?そしてまた、現在では「自分は野辺地を日本全国及び、世界中の人々に知らせ、強くアピールするためにこの世に生まれてきたのだ」と強く自覚する程にまで激しく「逆上せ上がって」いるような状態になってしまった。それも今年になって、ここ数ヶ月の「誠に不可思議な体験」を通して、それこそ雷に打たれでもしたように、気がついてみるとこの様な本当に不思議千万なる仕儀に立ち至っていた。そして、振り返ってみると七十年に及ぶ「助走」があっての突然の跳躍であったと、非常に素直に首肯出来ることだったのですね、実際の話。 そして、このように自分の人生の意味なり、使命なりを規定してみると、あら不思議!一見脈絡が無く、本当に出たとこ勝負、支離滅裂と思われていた私の人生が一筋の太い線で貫かれていた事に気付き、またもや吃驚仰天するのであります、はい。自己理解などと簡単なように申しておりますが、ことほど左様に奥深く意味深長なのでありますよ、私の場合でも。
2014年06月19日
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色々と主として大人世代に対する「ぼやき」を書き連ねてまいりましたが私・草加の爺に、新たなる人生のステージが突然に、姿を現したような気が頻りにする今日この頃でありますので、私が目下のところ一番関心があり従って、色々と理解を深め、試行錯誤を重ねつつ行動を開始する、まさにその一部始終を謂わば実況放送宜しく、皆様方にご報告するような形で以後のこのブログを書き継いで参りたいと心を固めた次第であります。どうぞ今後共に宜しくご愛読の程を衷心よりお願い申し上げます。さて、何を始めようとしているのかを極くかいつまんで申し上げますと、青森県の下北半島のちょうど付け根の所に位置する、野辺地町を徹底してクローズアップして日本各地に紹介し、強くアピールし、そしてその地の魅力の虜になってもらいたい。更には、地球上のあらゆる国と人々にそんな素晴らしい土地や人々が生活し暮らしている青森県の野辺地町に、一度是非行ってみたいものだ!足を運んでみたいものだと思って頂きたい。そんな強い思いに駆られての行動の記録と感慨を、殆ど同時にご報告致したい。その様な趣旨でのブログになるとご承知おきください。 さて、もしこれだけのコメントで 青森県の野辺地町に興味と関心をお持ちになられた殊勝なお方がいらっしゃるならば、どうぞ「青森県上北郡の野辺地町役場のホームページ」を検索なさってください。客観的なこの地の印象が手っ取り早く把握出来ると思われますので。どうぞよろしくお願い致します。
2014年06月14日
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それにしても死者は一体どこへ行ってしまうのでしょうか?いや、死者たちは何処にも行きはしない。彼らを愛し、いつまでも愛おしく思う者の心の中にずっと、ずっと生き続けるのだ…。死者たちはそれまでとは違った「生き方」をし始めただけなのだ。― そんな風に一種の「強がり」を言って自分自身や、死者を激しく追慕してやまない人たちを宥め、慰めようとした時もありました。しかし、会いたいのです、切ないのです、実に。 「目には見れども、ただに逢わぬかな」、最愛のひとを失った女性の深い悲しみに己を重ね、「断腸の思い」を追体験するだけなのでありますからね。会いたいのであります、生者であったその人の温かな体温に直接触れたいのであります。強く、しっかりと抱き締めたいのであります、胸底に眠っている願いは…。 死とは何?死者は、その霊魂は一体どこに行ってしまうのか?それらの疑問に、名答は無いにしても、生物、人間に生まれたからには「死する運命」はまぬがれ難い事実を私たちは、あらかじめ私たちは知っているのであります。教えられているのであります。ですから、その事実をいたずらに恐れたり、嫌悪するのではなくそこから何か有意義な事、建設的な意味なり、教訓を得たいとものと愚考するのであります。人生五十年、下天のうちに較ぶれば夢・幻の如くなり―己に与えられた時間を、最大限に生かし、完全燃焼させる日々を生き後から後悔などしないようにしようではないか!しかし、しかしであります。人間という者はとかく後悔をしがちなものなのでありますよ、現実には。平板で無味乾燥な日常に退屈し、飽き飽きしてあくびを噛み締めながら、ただ牛のゆだれのようにダラダラと時間を浪費しているのが、通常なのでありますから。
2014年06月06日
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そうでした、「霊魂」という言葉を突然に持ち出したりして皆さんの不審を買う結果になった……。しかり、そしてノー。満更、不興ばかりを買う結果になったわけでもありません。どうぞご安心下さい。生きて在ることの不思議に心底から驚嘆し、畏敬の念さえ覚えている人間にとって、霊魂の存在を考えたり、死後の世界に思いを馳せたりするのはむしろ、自然この上ない事なのかもしれませんね。 但し、死が生の断絶であり、この世と「黄泉の世界」との境にあるとされる「千引きの石」によって絶対的に遮られている。そう言った実感はどうしてもぬぐい去る事はできませんよ、少なくともこの私・草加の爺としては。悲しくても、嫌悪しても、生が死といつも隣り合わせで有る事実を否定することはできません、残念な事に。生は死によってしっかりと支えられ、死もまた生によって保証されている。謂わば持ちつ持たれつの相互補完の関係にある。つまり、生死は切っても切れない密接不可分なもの。このように考えてくると生・この世・此岸と死・あの世・彼岸と切り離して、いわば別個のものとして考えたりするのは片手落ちということになりそうですね。そして、地獄とか極楽とか、煉獄とか天国とかと、死に対して差別や優劣をつけたりすることはひとつの便法としての意味以外には、本質的な、深い、つまり私たちにとって有意義な、そして建設的な意味合いは余りないのではないでしょうか、いかが? 故人は言いました。柩を覆って、その人の人生が定まる、と。けだし名言ではありませんか。
2014年06月03日
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