草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2012年08月26日
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今回は、私たちが一番に信奉している民主主義の


その根幹を成している、多数決の原理について考察してみたい。


ご承知のように、多数が叡智を尽くして議論した果てに


結論を出さなければならない時には、多数決によって決める。


非常に合理的な制度・原理であって、文句の付けようがない。


一見してそう思われ、現にその様に私達は行動してきている。


現実が、実際が全て上手く行っていれば、目出度し目出度しで


何ら問題はない。しかし、しかしです。本当に私たちの政治は


経済は、理想の方向に向かって「進歩」の一途を辿っているのでしょうか。





それどころか、逆に益々悪くさえなっている。いったい何故か?


現実と言うものが複雑すぎるから。なるほど、そうかも知れない……。


人間の叡智などと言っても高が知れていて限界があるから。ええ、ええ


ご尤もですね。しかし、原理そのものに何か欠陥の様なものはないでしょうか。


つまり、多数は必ずしも正しいとは限らない。少数が一番正しい場合だって


可能性としてはあり得る。あるいは、認識されていない、所謂「想定外」の


事態があるのに、誰もそれを口にしない。議論に持ち出さない。たとえば


本当のことを言えば、パニックがおきるおそれがあるから。などといった


私たちがつい最近身に染みて体験した痛切な悲劇もある。一体どうしたらよいのか?


政治や、経済の問題は待ったなしで決断を迫ってきて、私たちの生活に


直接的に大きな影響を及ぼさずには置かない。仮令、間違った選択であり






どうしたら良いのか……。古代ギリシャの賢人は教える。ソフィスト達による説得する術と


真理や善、正義を探求する哲学とは本質的に違っていると。ソフィストとは


現代の政治指導者や、知的エリートを自称する人々を意味します、私たちに


最も必要な努めが、現代では余りにも疎かにされ過ぎていないでしょうかね。


人々は今こそ、襟を正して人としての正しい道を真剣に模索すべきで





ありますまいか……。年配者の一人として心配で堪りません。そういえば



中国古代の賢人・孔子は当時の権力者からは遂に真価を認められずに、その生涯を


終えています。つまり、時の少数者が後代に、他国に多大な影響を与え続けている


のにも拘らず、ですよ。少なくとも若者は、根本的な重要な問題から


じっくりと取り組む姿勢を身に付けることを、心掛けてもらいたい。そう


心の底から念じないでいられない今日この頃です、はい。よく民主主義は


愚集政治に堕し易いと言われる。そしてまた一人に権力が集中すれば、最悪の


独裁者を作り出すのが落ち、と言う事になりかねない。本当にこの世の中は


複雑で、未来の事が予測不能。でも、私達は嫌でも前に歩を進めないわけには行かない。



どうするか。伝家の宝刀の様な切れ味鋭い太刀で、複雑にして怪奇な現実を


快刀乱麻と処理してみたい。さぞかし胸がすっきりとする事だろう。そう


誰しも考えるのですが、そうは問屋が卸してはくれない。じっくりと腰をすえて


時には、開かない天の岩戸の前で八百万の神々が飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ



をしたように、現実を忘れたかのような無為の時間を共有するのも、一方かも。


わが国は古来から「神ながらの国柄」と言われております。ベストを尽くしたあと



つまり、人事を尽くした後で天の御加護を待つ、といった謙虚さも必要かも



知れませんよ。断固たる行動と、結果に対する真摯な反省とが、同時に必要と


なるのではないでしょうかね。着実に、慌てずに、地に足を着けて、一歩


又一歩と前進するのが人間の務めなのかも。兎に角、目の前の事態から目を



逸らさず、真正面から受け止めてこれに対処する覚悟が大切です、本当に。







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最終更新日  2012年08月26日 12時14分14秒
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