草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2017年12月21日
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第278回目

昨日(12が月16日)から私は青森に来ています。そして今日はこれから義理の弟の守さんと会うことになりました。
なんだか大きな歯車が静かに動き始めるような気配がします。何度も繰り返し申し上げますが、私の力ではなく、人間を越えた或る超越的なパワーが、私を通過して対象に着実に働き掛ける。その様な感じ、と表現したらぴったりする。
実に前途遼遠と表現するに相応しいプロジェクトの、最初の第一歩を踏み出すためのスタートラインに立つ事を意味するに過ぎませんが、大切であることに間違いありません。
これまでは、このスタートラインにも就けず、まさに取り付く島もない絶望に近い状況が続いていたのですから。
学習塾の生徒との折衝においても、例によって同様な、八方塞がり的な厚い壁に突き当っていた事実を思い合わせれば、例によって例の如く或る超越的なパワーが、私を通して働いていることを、感謝しながら思わずにはいられませんね。
塾でのブレークスルーが同時発生的に起きているのも、例によって例の如くなのであります。
そもそも八方塞がりとか、絶望的な状況とかを言い出したなら、このプロジェクトに着手する事自体が世間一般の常識から著しく逸脱した、非常識きわまりないそれだったわけですから、今さらそれを口にした所で、何がどうなるものでもないのですね、実際の話が。
私はただ次々に出現する難題や厚い壁の前で、神様の言う通りと呪文の如く唱えながら、己のその時点でのベストを尽くすことのみを考え、粛々と慌てず騒がず行動するだけ。

私は常々、学習塾の担当の生徒達に言って来ました。「大切なのは結果ではなく、プロセス、過程なのだ」と。
言葉はブーメランの様に発した私自身に帰って来る。仇や疎かに言葉というものに接してなりません。これ、生徒への教えではなく、自分自身に向けての自戒なのですよ。
と、こんな意地の悪い茶々が飛んで来そうな気が、またもやふとしましたよ。
「もしもあんたの言うことが本当だとしたら、万能の神が保証しているのだから、あんたの言う所の不可能事もいとも簡単に実現するのだから、何も心配する事はないではないか」
、と。
なるほどね、と私はお答え致します。おっしゃる通りでもあれば、そうでもないのですね、実際の所はでありますよ。
それでは実態はどうかと言えば、そのどちらでもない。簡略化した比喩を申すならば、野球のピッチャーと打者との駆け引きに酷似している。球筋が優れているか、打者の打法の方が巧みであるか、勝れたピッチャーが繰り出す速球なり、変化球が素晴らしければ素晴らしい程、天才的なバッターにとってはホームランや長打が出易い。
これと同様に、少しくパラドックシカルですが、絶対者はこんな風な巧妙な勝負を私達人間に仕掛て来るもの。
人類の歴史上で最高の高みに到着した者達は、自分自身の力だけで成し遂げたと思ったかも知れませんが、演出した神の導き方が余りに巧みであったに過ぎません。
とにかく、今の私は自分に課せられた使命に向かって、力の限り邁進するのみ。
神様のご加護と野辺地町の人びとの御支援、それに周囲の方々の御協力とを、切に念願致す次第であります。






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最終更新日  2017年12月21日 16時33分22秒
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