草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2026年02月23日
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就中(なかんずく)、武家がかくの如くに許容の上は、賢息二人の流罪もいかでか赦免の沙汰が

ないであろうか。

 それ、伯夷・叔斉は飢えて何の益があったか。

 許由・巣父(きょゆう送付)は逃れて用いるに足らず。

 そもそも身を隠して長く来葉の一跡を絶つ。朝に仕えて前祖の無窮(ぶきゅう)を遠く輝かさん

と、是非得失はいずれの所にかあらん。鳥獣と群(ぐん)を同じくするのは孔子の取らざる所なり

と、資明興は理を尽くして責められければ、宣房卿は顔色誠に屈服して、罪を以て生(しょう)を棄

てる時は、則ち古賢は夕べに改めてこの勧めに違う。辱を忍んで、苟も全うする時は、則ち詩人な

んの顔(かんばせ)あぅてこの謗りを犯すであろうか。と、魏の曹子建が詩を献じた表(議論や祝辞



仕(さんじ)の勅答を申されたのだ。

        中堂の新常灯が消える事
          山鳩が新常灯を消し、鼬(いたち)に食い殺された

 その頃、都鄙(とひ)の間に希代(きたい)の不思議共が多かった。

 山門の根本中堂の内陣に山鳩が一番(ひとつがい)飛び来って、新常灯の油錠(あぶらつき、油

皿)の中に飛び込んで騒ぎ立てている間に、燈明が忽ちに消えてしまった。

 この山鳩は堂中が暗いので行き方に迷って、仏壇の上で翼を垂れていた所、承塵(しょうじん、

鴨居の上または敷居の下に横に長く渡した木)の方から、その色は朱をさしたる如き鼬が一匹走り

出てこの鳩をふたつながら食い殺して姿を消した。

 そもそもこの常灯と申すのは、先帝が山門にお成りなされた際に、古に桓武天皇が自ら掲げさせ

なされた常灯に準えて、御手づから百ニ十筋の燈心を束ねて御油錠(おんあぶらつき)に油を入れ



 これは偏(ひとえ)に皇統の無窮を輝かさん為の御願、兼ねては六趣の群類の溟暗を照らす、慧光

法燈の明らかなのに思し召し準えて、始め置かれてた常燈であるから、未来永劫に消える事はない

筈なのに山鳩が飛来して打ち消したのは不思議であるよ。それを鼬が食い殺したのも不思議であ

る。

        相模入道 田楽を弄び 併せて 闘犬の事


 またこの頃に洛中で田楽を弄ぶ事が盛んであり、貴賤がこぞって着した(執着した、熱中した)。

 相模入道がこの事を聞き及び、新座・本座(田楽の家元の名。京の白川田楽を本座、その他の流

派を新座と言う)の田楽を呼び下して、日夜朝暮に弄ぶ事は他事なかった。

 入興の余りに、宗との大名連に田楽法師を一人づつ預けて、装束を飾らせたのだ。これは誰がし

殿の田楽、彼は誰がし殿の田楽、なんどと言って金銀宝玉を逞しくして、陵羅錦繡を飾った。

 宴に臨んで、一曲を奏すれば、相模入道を始めとして一族大名、吾劣らじと垂直(したたれ)・大

口(大口袴)を解(と)いで投げ出す。

 これを集めて積むに、山の如し。その費え(費用)は幾千万とも知らず。

      ヨウレボシの怪異、儒者仲範の批判

 ある夜に一獻があったのだが、相模入道は数杯を傾けて、酔いに和(か)して(なごんで)立って舞

う事がやや久しい。若輩の興を勧める舞でもてなし、又狂者の言葉を巧みにする戯れにもあらず。

 四十有余の古入道、酔狂のあまりに舞を蒙のであるから、風情が有るとも覚えなかったのだが、

何処から来たとも知れない新座・本座の田楽共が十四人、忽然として座席に列してぞ舞歌いける。

その興は甚だ尋常を越えていた。

 暫くしてから拍子(元は楽器の類で、木で作り、笏のような形であった)を替えて歌う声を聞け

ば、天王寺のやよヨウレボシとぞ、拍子ける。

 或る官女がこの声を聴いて、余りの面白さに障子(ふすま、唐紙)を開けてこれを見ると、新座・

本座の田楽共と見えた者は一人(いちにん)も人間ではなかった。或るものは嘴が鉤(かぎ)のよ

うで鳶のようなるものがいる。或る者は身に翼があって、その形は山伏のようなものもある。

 異類・異形の化け物共が姿を人に変じたものである。官女はこれを見て、余りに不思議に思った

ので、人を走らせて城入道(じょうにゅうどう、秋田城介安達時頼。宗顯の子。高塒の外祖父)に知

らせた。

 入道は取る物も取り敢えずに太刀を取って、その酒宴の席に臨んだ。中門を荒らかに歩みける足

音を聞いて化け物はかき消すように姿を消した。相模入道は前後も知らずに酔い臥している。

 燈火を掲げさせて遊宴の座席を見ると、誠に天狗が集まったと覚えて、踏み汚した座敷の上には

禽獣の足跡が多い。

 城入道は暫く虚空を睨んで立っていたが、敢えて眼(まなこ)を遮る物もいない。

 やや久しくして相模入道が驚き目覚めて、起きたのだが、立心偏に罔然(ぼうぜん)として更に知

る所なし。

 後日に、南家の儒者・刑部少輔仲範(中の利)がこのことを伝え聞いて、天下が正に乱れようとす

る時に妖霊星と言う悪星(あくしょう)が下って、災いを為すと言う。

 聖徳太子がみずから日本一州(全国)の未来記を留められた。されば、あの妖怪が天王寺の妖霊星

と謳ったのが怪しい。

 如何様、天王寺辺から天下の動乱が出てきて、国家が敗亡すると覚える。哀れ、国主が得を治

め、武家が徳を施して妖を消す謀を致されよかし。と、言ったのだが果たして、思い知られる世に

なってしまった。

 かの仲範、実に未然の凶を鑑みた博覧の程こそ有難けれ。

        高塒 闘犬に 沈溺する

 相模入道はこのような妖怪にも驚かず、益々、奇物を愛することは止む時がない。

 或る時に、庭前に犬どもが集まって嚙み合うのを見て、この禅門(仏門に入った男。禅尼に対す

る。此処は相模入道高時を指す)面白いものと見て、これを愛することは骨髄に入った。

 即ち、諸国に相触れて、或いは正税((しょうぜい、税金、年貢)・官物(かんぶつ、官の所有物

として募って、犬を尋ねて、或いは権門・高家に仰いでこれを求めける間に、国々の守護・国司、

所々の一族大名が十ッ匹、二十匹と飼い立てて、鎌倉に引き参らす。

 これを飼うのに魚鳥を以ってして、これを維持するのに金銀を以てする。その費えは甚だ多かっ

た。





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最終更新日  2026年02月23日 15時31分18秒
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