草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2026年03月26日
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楠は元来、勇気智謀共に相兼ねたる者であるから、この城拵える始めに用水の便りを見た所、五所

の秘水とて、峰を通る山伏が秘して汲む水がこの峯にはあって、滴たる事一夜に五斛(石と同じ)ば

かりである。

この水は如何なる旱(ひでり)にも干ることはないので、形の如くに人の口中を潤すことは間違いが

ないのであるが、合戦の最中には或いは火矢を消す為に、又喉の渇くことが繁ければ、この水だけ

では不足するであろうと、大いなる木を以て水舟(水桶)をニ三百造らせて、水を湛えて置いたの

だ。

 又、数百か所作り並べたる役所の軒に継樋を懸けて、雨が降れば雨だれを少しも余さずに、舟

(水槽)に受け入れて、舟の底には赤土を沈めて、水の性を損じないように拵えさせたのだ。



うして雨が降らない事があろうか。と、料簡したる智慮こそは浅くはないのだ。

 されば、城よりは谷水を汲もうともしなかったので、水を防いでいた兵共は夜毎に機を詰め(心

を張り詰め)て今や今やと待ち懸けけるが、始めのことこそありけれ後には次第次第に心が怠り、

機が緩んで、この水を汲まないのだと用心の軆少し無沙汰にぞなりにける。

 楠はこれを見済まして、屈強の射手を揃えて、二三百人を夜に紛れて城から降ろして、まだ東雲

が明け果てない霞隠れから押し寄せて、水辺に攻めていた者共のニ三十余人を切り伏せて、透間も

無く切ってかかったので、名越越前守は堪えかねて、元の陣へと引かれたのだ。

 寄せ手の数萬の兵はこれを見て、渡り合わせんとひしめいたが、谷を隔て、尾を隔てた道である

からたやすく駆せ合わせる兵もいない。

 とかくしけるその間に、捨て置かれたる旗や大幕なんどを取り持たせて、楠の勢は閑(しずか)に

城の中にぞ引き入りける。


         時有の軍勢は城の下に迫り 大木に圧死する

 その翌日に城の大手に、三本の唐傘の紋を書いた旗と、同じき文の幕とを引いて、これこそは皆

名越殿から賜り候つる御旗にて候ぞや。御文が付いて候間、他人の為には無用にて候。御中(みう

ち)の人々はこれへお入り候て召され候かし。と、言って、同音のどっと笑いければ、天下の武士

共がこれを見て、あわれ、名越殿の不覚である、と口々に言わない者はない。



木戸を枕にして、討ち死にをせよ、とぞ下知されたのだ。

 これに依って彼手の兵の五千余人、思い切って討つとも射るともを用いずに、乗り越え、乗り越

え城の逆茂木を一重引き破って、切岸の下まで攻めたりける。

 されども岸は高く切り立っているので矢永に思えども登り得ず、ただ徒に城を睨み、怒りを抑え

て息継ぎ居たる。

 この時に城の中から、切岸の上に横たえて置いた大木十ばかり、切って落としたのだ。将棋倒し

をする如くに寄せ手の四五百人、押しに討たれて死んだのだ。

 これに違わんとしどろになって騒ぐ所に、十方の櫓から指落としを思う様に射たので、五千余人

の兵共は残り少なに討たれて、その日の軍は果てにけり。

誠に志の程は猛かったのだが、但し、でかしたる事も無くて、若干討たれてしまったので、あわ

れ、辱の上の損である、と、諸人の口ずさみは矢張りやまない。

 尋常ならぬ戦いの様を見て、寄せ手も侮りにくくや思ったのか、今は始めのように勇み進んで、

攻めんとする者もなかった。

       寄せ手は 軍を止めて 食攻めにす
        連歌などの遊びに日を過ごす 藁人形の奇計

 長崎四郎左衛門尉がこのありさまを見て、この城を力責めにすることは人がうたれるばかりであ

り、その功はなり難い。ただ取り巻いて、食(じき)責め(兵糧攻め)にせよ、と下知して、軍をやめ

られければ徒然(とぜん、退屈、つれづれ)に皆が堪えかねて、花の下の連歌師共を京都から呼び下

し、一万句の連歌をぞ始めたのだ。

 その初日の発句をば、長崎九郎左衛門師宗、

      先懸けて かつ色見せよ 山桜

としたりけるを、脇の句、工藤二郎右衛門の尉が、

       嵐や 花の敵なるやん

とぞ付けたのだ。誠に両句共に詞の縁が巧みで、句の體は優であるが、味方をば花に成し、敵を嵐

に譬えたので、禁忌なりける表事かなと後にぞ思い知られける。

 大将の下知に随って、軍勢が皆軍を止めてしまったので、慰める方法が無かったからか、或いは

碁・双六を打ちて日を過ごし、或いは百服茶・褒貶の歌合わせなどを弄び、夜を明かす。

 これによって城中の兵達は中々悩まされた心地がして、心を遣る方もなかったのだ。

 少し程経て後に、正成は、いで、さらば、又寄せ手をたばかりて居眠りを醒ましてやろう。と

て、芥を以て等身大の人形を二三十作って、甲冑(かっちゅう)を着せて兵仗(ぶき)を持たせて夜中

に城の麓に立ち置き、前には畳楯をつき並べてその後ろには選りぬいた兵を五百人を交えて、夜が

ほのぼのと明ける霞の下で、同時に鬨の声をどっと挙げたのだ。

 四方の寄せ手は鬨の声を聞いて、すはや、城の中から打ち出でたるぞ。是こそは敵の運が尽きた

所の死に物狂いだ、とて、我先にとぞ攻め合わせける。

 城の兵は兼ねて巧んだことであるから、矢軍を少しばかりしてから大勢を相近づけて、人形だけ

を木隠れに残して置いて、兵は次第次第に城の上にと引き上げた。

 寄せ手は人形を實(まこと)の兵とぞ心得て、これを撃とうと相集まった。

 正成は所存の如くに敵をたばかり近づけて、大石を四五十程を一度にぱっと発したのだ。

 一所に集まった敵の三百余人は矢庭に打ち殺されて半死半生の者は五百余人に及んだ。

 軍がはててこれを見れば、哀れ、大剛の者かなと見え一足も引かなかった兵は、皆人では無くて

藁で作った人形であったのだ。これを討とうとして相集まって石に打たれ矢に当たって死んだのは

高名ではない。

 又しれを危ぶんで進み得なかったのも臆病の程が顧みられて、言う甲斐もない。唯、とにもかく

にも万人の物笑いにぞなりにける。





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最終更新日  2026年03月26日 08時46分03秒
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