疑問点を3つ挙げさせていただきました。
明確にお答えいただきたいと思います。

曖昧な表現をし、明確な表記を避けることにより
後付けでいくらでも自分の都合の良いように軌道修正する傾向が
あなたには見受けられます。 (2008.11.21 03:09:49)

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2008.10.13
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『競争しても学力行き止まり』(朝日新聞社)
イギリス教育の失敗とフィンランドの成功


前書き(はじめに)より

子どもも親も教師も、今の日本では競争させられる方向にある。低学力→学力向上→テスト競争という、妙な論理に巻き込まれてしまったのだ。 これは、かつて「知育偏重」「受験学力」「偏差値教育」などといって、日本社会が批判してきたことではなかったか。(6頁)

 「教育現場への競争原理導入」(・・・)安部前首相は、そのような競争システムのモデルをイギリスに求めていた。彼は2006年の7月に、次のように述べている。
「全国的な学力調査を実施、その結果を公表するようにすべきではないか」
「ぜひ実施したいと思っているのは、サッチャー改革が行ったような学校評価制度の導入である」

 このような競争的学校再編は、どのような結果を生み出すであろうか。(5頁)

責任を持って「望ましい教育」の方向を定めていくためにも、私たちは日本の「教育改革」がそのモデルとしていたイギリス「教育改革」の結果を事実に即して検証していく必要があるのではないでしょうか。

 結論的に言えば、  イギリスの「教育改革」は「学力向上」という一点をとっても行き詰まり失敗してしまうわけですが、そこにはとどまらない様々な問題を生み出してしまいました。

 福田誠治氏はこの著書( 目次:「1、授業も学校も変わってしまった イギリスの現在 」「2、なぜイギリスはこうなったか」「3、アングロサクソンモデルかフィンランドモデルか」「4、みんなが勝者だ “全国学力テスト”離脱へ」「5、日本の行き着く先はどこか」)の中でイギリス「教育改革」の生み出した現実について事実に即した検証をていねいに行っています。

「全国学力テストを背景とする教育荒廃」、「教育目的がゆがむ」、「数値目標の行き詰まり」等々、明らかにされているのはまさに「人ごとではない実態」です。
その具体的な詳細については次回から紹介したいと思いますが 大人たちの狼狽ぶりをよそに国際化の時代には、 子ども自身が、教育やテストの本質を冷静に見ている例もあるということで転載された新聞投書(神戸の中学生14歳)もありました。

 「僕は(・・・)約4年間カナダに住んでいました。そこの中学校では日本のように中間、期末といったテストはありません。その代わり各教科で単元ごとに小テストがありました。毎日の授業を理解していたらテストはほぼ完全にわかったし、終わってからも覚えていました。(・・・)最近、新聞でフィンランド教育のことを読みました。僕は点数を争うテストのないこの国の教育法に賛成です。(・・・)日本もテストの方法を考えてみたらいいと思います。」

 少し落ち着いた気持ちになる「投書」でしたね。

イギリスの場合、「障がい児」とともに学ぶ統合教育が後退したり、イスラム教徒の子どもが私立に入る可能性を閉ざされたり、学力テストや「教育改革」にともなって生じた混乱など右往左往振りが浮き彫りになっていましたが、 日本も大いに心配な状況です。福田氏の著書をじっくり読んで、「モデル」の失敗から充分に学んでいく必要があるのではないでしょうか。

〔※なお、この記事のコメント欄では 「生産的とは言いがたい意見の応酬」 が延々と続きます。「それらには関心が無い」、「目について気になる」という方は、​ 記事の内容だけをPDFにまとめておりますので、直接そちらをご一読ください。〕

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>競争しても学力行き止まり 1   
Psyche さん
タイトルを見る限り「競争」を否定的に捉える記事なのかもしれませんが
続編のようですのでコメントさせていただきます。

「競争」という発想に否定的な文献だけでなく
肯定的に捉えている文献も丁寧に検証してこそ
意味があるのではないでしょうか。
そもそも、どうして「競争」という言葉が
持ち出されるようになったのでしょう。

それができてこそ反対派・賛成派双方にとって
あなたがkurazohさんにおっしゃったような
説得力のある有意義な考察になるのではないかと思います。
今後に期待しております。 (2008.10.21 00:00:25)

Re:>競争しても学力行き止まり 1(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

 まず、私自身の問題意識ですが「教育改革」についての論議が「空中戦」になることを避けたい、という思いがあります。そのためには、すでに開始されて20年になるイギリスの教育改革(日本の教育改革と多くの共通点を持つ)について、成果と問題点を事実に基づいて検証することが大切だ、と考えます。

 あなたのいわれるとおり「異なる意見」を検証することも大切だと考えますので、他の文献も取り寄せるよう手配いたしました。

 研究者の著したものは「最初から競争を否定したり肯定したり」ということではなく、「成果と問題点を検証する」というものが多いようです。

(最近の文献で「競争を導入したイギリス教育改革を全面的に肯定する」ようなものがもしあればご紹介いただければ幸いです。)

 ただ、『競争しても学力行き止まり』はイギリスの教育改革について検証した(おそらく最新の)書籍ですので一読に値すると考えます。確かに「検証」した結果見えてきた「競争の問題点への言及」も多いです。しかし、一時期現れた「成果」を示すデータもきちんと掲載されています。

 もし、あなたが「現在の改革や競争」について肯定的に見ておられるならばなおさら記事の続編を読んでいただくことに意味があると思います (2008.10.31 22:05:41)

日本の強みとは  
kurazoh さん
日本の中学校にも、神戸の中学生の言うような方法で学力向上をめざしているところもありますよ。
調査問題や調査結果の生かし方で自律的に行動できることが日本の強みではないでしょうか。 (2008.11.01 00:52:09)

…だけでなく  
田吾作 さん
>否定的な文献だけでなく
>肯定的に捉えている文献も丁寧に検証してこそ
>意味があるのではないでしょうか。

便利な正論ですね。
否定的な文献に反論したいのであれば、
肯定的な文献で反論されては如何ですか?
相手に下駄を預けることだけで、
自説を展開しようというのは、
自説を補強できる文献を持たないからですか?

>説得力のある有意義な考察になるのではないかと思います。

同一人物が賛否両論併記では、議論にならないでしょう。
ご自分は何もせずに批判だけするというのは、
何の意味もない行為ではありませんか?

>今後に期待しております。

Psycheさんの今後に期待しております。 (2008.11.01 11:24:20)

>競争しても学力行き止まり 1   
Psyche さん
しょうさん

競争については私のブログでも
記事としていくつか取り上げております。
具体的な論文に基づいて構成しているわけではありませんが。
ただ、どうもタイトルを見る限り結論ありきのように感じたのです。
よくありがちなことですよね、自説を補強するために
有利な情報に意識・無意識のうちに注意がいくということは。


田吾作さん

>自説を補強できる文献を持たないからですか?

そうですね。特に論文などは持ち合わせておりません。

>同一人物が賛否両論併記では、議論にならないでしょう。
>ご自分は何もせずに批判だけするというのは、
>何の意味もない行為ではありませんか?

これは議論ではなく
しょうさんの考察についての私見です。
そして肯定派・反対派に分かれなくとも
彼は批判や肯定の意見に向き合えるだけの方と理解しています。
ですから無意味であるとは思いません。

>Psycheさんの今後に期待しております。

私に期待するのではなく
田吾作さん自ら考察された方が良いかと思います。
批判だけすることに否定的な立場を取っておられるのですから
まずはあなた自身が実行されるべきでしょう。
ブログがあればお教えいただけますでしょうか?
意見させていただきます。 (2008.11.03 05:00:56)

Re:>競争しても学力行き止まり 1(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん、田吾作さん

>よくありがちなことですよね、自説を補強するために有利な情報に意識・無意識のうちに注意がいくということは。

 率直に言ってそのとおりです。「競争しても学力行き止まり 2」の冒頭にごまかさず明記いたしました。

>ですから無意味であるとは思いません。

 自説と違う立場の文献を参照しつつ「吟味」や「自己内対話」を行うことは私やPsycheも含めて大切なことであり確かに意味あることだと思います。

 ただ、田吾作さんの言われるように文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います。 (2008.11.03 19:03:54)

Re:日本の強みとは(10/13)  
shchan_3  さん
kurazohさん
>日本の中学校にも、神戸の中学生の言うような方法で学力向上をめざしているところもありますよ。

 以前、kurazohさんのブログの中にも「定期テストは不要である」という趣旨の記事がありましたね。

 kurazohさんの広い知見に基づいて「そのような情報」を発信していただくことは「保護者や現場の教職員を励ます」ことになると思います。

 日本の強みがあるとすれば、イギリスとは違った形でそれをどのように広げていくのか、ということが大切ですね。 (2008.11.03 19:09:58)

しょうさんは大人ですね  
田吾作 さん
>そうですね。特に論文などは持ち合わせておりません。

なおさら自分のことばで語ることが大切なのではありませんか?

>これは議論ではなく
>しょうさんの考察についての私見です。

何の根拠も示さずに私見として行いを否定するのはただの嫌がらせですか?

>そして肯定派・反対派に分かれなくとも
>彼は批判や肯定の意見に向き合えるだけの方と理解しています。

そういう大きな話ではありません。反対であれば意見として書かなければ何も生まれないでしょう。ただ単にいちゃもんをつけたとしか思えなかったもので書きました。

>ブログがあればお教えいただけますでしょうか?

ご遠慮させてもらいます。
記事をコピーしてPsycheさんのブログでコケにされるのも、Mではないので喜べません。
(2008.11.03 19:39:21)

Re:しょうさんは大人ですね(10/13)  
shchan_3  さん
田吾作さん

 このやり取りが「過熱」していくことは望みませんのでご配慮ください。

>>そうですね。特に論文などは持ち合わせておりません。
>なおさら自分のことばで語ることが大切なのではありませんか?

 私は、このたび競争についての「一般論」や「空中戦」ではなく、データや文献等に基づいた「イギリス教育改革の検証」を意図しています。

 あなたの目から見れば「イチャモン」とか「牽制」に見えたかもしれませんが、「より説得力を持つものとなるよう複数の文献に当たる」こと自体は有意味であると思います。

>何の根拠も示さずに私見として行いを否定するのはただの嫌がらせですか?

 否定ではなく「注文」と受け止めました。わたしもkurazohさんにかなりの「注文」をつけています。 (2008.11.03 20:11:40)

はい、わかりました。  
田吾作 さん
> このやり取りが「過熱」していくことは望みませんのでご配慮ください。

たしかに、そうですね。

>否定ではなく「注文」と受け止めました。

ここは異論があります。
>今後に期待しております。
この一文がなければ、「注文」ととれますが、
最後の一文によって、上下関係を示し、
見下しているととりました。
だから、Psycheさんに対して、
同様の表現を使いました。
反応は、御覧の通りです。
          以上 (2008.11.04 15:17:41)

参加条件  
Psyche さん
自説をまとめる際に
ついつい持論に傾いた文献を集めがちになる落とし穴は
しょうさんも認められたことですので
これ以上の説明は要らないでしょうが

>文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います。

とおっしゃることから、
私にも何かしらの文献を探して参加せよと
促す態度が感じられます。
落とし穴への注意を促すならば
参加をやんわりと強いられているように感じました。

もちろん興味を感じ
参加させていただくことも考えてはいるのですが
そのためにいろいろな調べものをする
まとまった時間がなかなかありません。

それとは別次元で、
上記のしょうさんのおっしゃり方は
行き過ぎを感じざるを得ません。

あなたのいう「注文」をさせていただくことは
そこまで(参加)する態度がないと無理なのでしょうか。

外部の、それこそ自分の考えを論じるわけでもなく
また考察内容を吟味するわけでもなく
私のやり方のみを批判する意見に
あなたが同調しているように感じられるのは
私の穿ちすぎでしょうか。 (2008.11.05 03:11:21)

Re:参加条件(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

>>文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います。(私のコメント)
・・・
>それとは別次元で、
>上記のしょうさんのおっしゃり方は
>行き過ぎを感じざるを得ません。

 上記の私のコメントを「行き過ぎ」と言われる判断には合意できません。確かに私は

>自説と違う立場の文献を参照しつつ「吟味」や「自己内対話」を行うことは私やPsycheさんも含めて大切なことであり確かに意味あることだと思います。

と述べ、あなたの「注文」を前向きに受け止めるようにしました。しかしながら、そのような「注文」をしていただくよりも、別の文献を根拠に異論を提示していただくほうがよほどありがたいと思います。

 はっきり言って一つの文献(例えば『競争しても学力行き止まり』)を読み込んで紹介するだけでも長い時間をかける必要があります。私だってまとまった時間を持っているわけではありません。

 あなたは私に対して
1、視点の異なる別の文献を探し、読み込んでそれを立論に生かすよう求め(すなわち「合わせると2つ以上の文献」を読んで記事を書くように求め)かつ
2、(自分には)いろいろな調べものをするまとまった時間がなかなかありません

 と言っておられるのです。1と2がいずれも当然だと言われるならば(そして今後もそのような「注文」は当然だという見解であるならば)、他人には多くを求め自分には甘いと言われても仕方がないと思います。

 今後の問題として、私が書籍の紹介をするたびに同様の「注文」をすることについては、ご遠慮いただきたいと思います。
 kurazohさんもしばしば「文献」をもとにした「発信」をされますが、そのたびに私が「対立する観点の文献も読み込んで立論に生かすよう注文」したとすれば、どのように思われるのでしょうか? (2008.11.05 19:25:17)

しょうさんへ その1  
まずろ さん
Psycheさんとの思いに行き違いがあるのかもしれないと
少し感じたことを申し上げます。
お二人とも持論を展開するためにかなりのエネルギーを注いで
議論をしたいという前向きなお気持ちから、
また相手への議論に対する力量への信頼感から、
中途半端なやり方では「もったいない」
そしてなおかつ「納得いかない」思いが
ベースにあるからゆえのコメント欄での行き違いなのかという印象です。
真面目に議論をするとしばしばこのような行き違いもあることでしょう。

さて、私が行き違いと感じたのは以下のとおりです。

Psycheさんが提案し、しょうさんが納得されたという
「偏りがちな方向性の資料にて考察をまとめるのは片手落ちである」
との意見は私も大賛成であり、
私自身も自分なりの資料を探し、議論に参加したい思いが湧き上がります。

お忙しい中、そもそもこの記事を書くことを決断されたのは
誰に勧められたのではなくしょうさんご本人です。
上記で述べたPsycheさんの提案により
このシリーズのしょうさんの考察はより多角的になり
記事のクオリティがより高まって良いものになることは
(拝読させていただく私たちもたいへんうれしく、有益なことですが)
しょうさんご自身が「納得のできる考察」をされることであり
もっとも望まれることなのではないでしょうか。

また、しょうさんが「あなたも文献を持って考察に参加してほしい」
とおっしゃるお気持ちもとてもよくわかる自然な流れと思います。

しかし、まずしょうさんの用意された文献を集めたり
読み込んで理解することからはじめるとなると
一定の理解と考察の出来ているしょうさんを
時間的に待たせて迷惑をかけたりすることなどもあるでしょう。
きっとPsycheさんのおっしゃっるのは
そういった躊躇の心情からではないかと思うのです。
(2008.11.07 04:11:44)

しょうさんへ その2  
まずろ さん
Psycheさんが上記のしょうさんの記事について
よりクオリティ高い完成度のものを望まれながらも
「考察に参加するかどうかは事情によって別問題である」
と判断されたというのは

>他人には多くを求め自分には甘いと言われても仕方がない

といわれる次元のものなのでしょうか。

Psycheさんがあなたの言葉に「行きすぎ」を感じられたのは
それだけではない感情の行き違いもあったのではないかと
いえ、これは私の推測です。

それは、ある他のコメント参加者の持ってまわったような物言い。
それこそ「自分の意見なき相手への否定」への姿勢で
「自分の意見を言え」と野次るような…
そのくせ自分は何も意見を持たぬ矛盾を開き直っているような…。
その方の意見と絡めて

>文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います


しょうさんのこの言葉に対して反発を感じたのではないでしょうか。
くだんの意見に絡めることにより
感情面の逆撫で効果が行き違いを生じさせ
余計に「行きすぎ」を感じさせたのかもしれません。
これはご本人に伺わないと本当のことはわかりませんが。

どちらにしてもリアルが忙しいから参加は躊躇する意見であれば
相手の考察の方向性をバランスの取れたものに望むリクエストは
失礼であると気を悪くされ、今後は遠慮してほしいという発言は
有益な意見にいつも耳を傾けられるしょうさんらしくないと
残念に思えてなりません。

そういってしまえば議論に参加しない、論の舵取りへのリクエストは
すべて切り捨てになってしまうからです。

(2008.11.07 04:17:51)

しょうさんへ その3  
まずろ さん
しょうさんはkurazohさんのブログでの記事の構成について
身近な具体的な例など、自分の実践にそくしたものを入れ
より説得力のあるものや具体的解決案を探るものにすべきと
かなり強い口調でのリクエストをされました。
(私は今でも、必ずしもそのリクエストどおりにいかなくても
それはそれでケースバイケースと思えるのですが)
あのとき、しょうさんはkurazohさんの主張の中身には言及せず
発信のやり方のみにとても強い批判をされました。

その意味ではPsycheさんがしょうさんにされたことは同じといえます。

それともリクエストするからには今後のkurazohさんの考察に
いつも参加の義務を背負う覚悟でおっしゃったのでしょうか。
いいえ、そのような必要などないのです。

では
>今後の問題として、私が書籍の紹介をするたびに同様の「注文」をすることについては、ご遠慮いただきたいと思います。

この一文について、ご一考いただければとお願いいたします。

しょうさんもPsycheさんも
いつもまっとうなご意見のお二人なのに
なぜ平行線にみえてしまうような行き違いが起こるのか
いつも不思議なのです。
おせっかい、申しわけありません。 (2008.11.07 04:18:33)

まずろさんへ 1  
shchan_3  さん
 お忙しい方だと拝察いたしますが、「感情的なすれ違い」とみえたやり取りに対する「仲裁」のコメント(大変詳細なコメント)ありがとうございます。
 すべて包括できないかもしれませんが、ともかく回答させていただきます。

>あのとき、しょうさんはkurazohさんの主張の中身には言及せず発信のやり方のみにとても強い批判をされました。
>その意味ではPsycheさんがしょうさんにされたことは同じといえます。

 私もそのように感じたので「前向きに受け止める」ことにしたのです。
>>否定ではなく「注文」と受け止めました。わたしもkurazohさんにかなりの「注文」をつけています。(田吾作さんへの私のコメント)

 しかしそれは、※「私がしたようなリクエストも、このたびのPsycheさんのリクエストも有意味である」という立場に立ったものです。
 まずろさんも、「ケースバイケース」という留保つきではあれ、上記※の見解をとられるのですね。それならば理解できます。

 しかし、Psycheさんは「私がkurazohさんに出した意見」をどのようにとらえておられるのでしょうか。「生徒への背任」、「高い職業意識に欠ける」、「(私の姿勢は)上から目線」、「kurazohさんへの私の意見は僭越」といったことは繰り返し述べられましたが、その後、見解を変えられたのかどうか私にはよくわかりません。

 「kurazohさんへの私の意見を否定する」立場を変えないままで(少なくとも意思表示はありません)「このたび(10.21)のリクエスト」をしたとすれば、違和感を覚えます。

>それともリクエストするからには今後のkurazohさんの考察にいつも参加の義務を背負う覚悟でおっしゃったのでしょうか。

 そのようなことをPsycheさんに求めていないはずですが・・・。「切捨て」といった批判は当たらないと考えます。 (2008.11.07 21:41:57)

まずろさんへ 2  
shchan_3  さん
>>文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います。

 上記の私のコメントそのものを冷静に読んでいただきたいと思います。「参加条件」の提示でもなければ、ましてや「参加の強制」でもありません。

 まずろさんはPsycheさんの心の動きに寄り添って理解しようと努めておられるようですね。確かに「すれ違いを修正するためにはそれが必要な場合もある」でしょう。

 しかし、私の上記コメントを「行きすぎである」とするPsycheさんの見方は妥当でないと思いました。私(しょう)のコメントは「行き過ぎ」で自分の「注文」は当然だと考えておられるのか? かなりの違和感を覚えたことは確かです。

>相手の考察の方向性をバランスの取れたものに望むリクエストは失礼であると気を悪くされ、今後は遠慮してほしいという発言は・・・残念に思いました。

 それは違います。最初の「注文」は受け止めさせていただきました。コメントに書いたとおりです。リクエストについて否定していません。

(もっとも、「別の異なる視点からの文献を読み込む」ことはバランスの取れた記事を書くための唯一の道ではありません。「異論」の存在を認め・尊重する姿勢さえあれば、1冊の本をいくつかの角度から紹介することもできるでしょう。)

 しかしながら、今後仮に「書籍紹介の記事をあげるたびに」同様のリクエストをするとすれば、それはやりすぎだと思います。下記に書いたとおりです。

>今後の問題として、私が書籍の紹介をするたびに同様の「注文」をすることについては、ご遠慮いただきたいと思います。 (2008.11.07 21:45:55)

まずろさんへ 3  
shchan_3  さん
 kurazohさんへの私のリクエストも「ケースバイケース」だとあなたは述べられました。確かにそう思います。

 従って(問題点を乗り越えるための実践の発信は重要だと思いますが)、彼が「教員に対して批判的な記事をアップするたびに」そのつど実践例を示すことを要求したり、「文献に基づいた発信をするたびに」そのつどクオリティーを高めるために別の文献を読み込むことを要求することは「やりすぎ」だと思います。

>今後の問題として、私が書籍の紹介をするたびに同様の「注文」をすることについては、ご遠慮いただきたいと思います

 という上記の私のコメントも、そのようにご理解ください。

 繰り返しになりますが、Psycheさんの前回のリクエストを否定したわけではありません。「発信者に対して“高い要求”」を出すことも、発信者を信頼する立場に立つものならば充分受け入れられるものです。

 ただ、Psycheさんが前回のリクエストをするにあたって「発信者に対して高い要求をしていること」、「それは、ある意味で私がkurazohさんにした要求と共通するものであること」を自覚しておられたのかどうか、「私が彼にしたようなリクエストも、このたびのPsycheさんのリクエストも有意味である」という立場に立ったものかどうか、いまだにはっきりしない、ということは前半部分で述べたとおりです。 (2008.11.07 21:55:17)

言葉の真意  
Psyche さん
  >「競争」という発想に否定的な文献だけでなく
  >肯定的に捉えている文献も丁寧に検証してこそ
  >意味がある(Psyche)

  >自説を補強するために
  >有利な情報に意識・無意識のうちに注意がいく(Psyche)

と述べたのはただ純粋に深い考察による続編記事への期待です。
穿って捉えられる人もあったようですがその意味で

  >今後に期待しております(Psyche)

といっただけのこと。
バランスの取れた深い考察による記事を期待するのは傲慢でしょうか。
そういう意味で

  >否定的な文献に反論したいのであれば、
  >肯定的な文献で反論されては如何ですか?(田吾作)

というのは的を射た言葉とは思えません。
上記の意味の期待は反論とはニュアンスも
また何より意図が違うのです。

しかし訳のわからない突っかかりは放置するとして
あなたが引っかかりを感じる
「行き過ぎ」という言葉への補足が必要かと思います。

※1つ前のコメントは引用部分に誤りがありましたので削除お願いします。 (2008.11.09 01:30:54)

言葉の真意2  
Psyche さん
  >文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、
  >ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います(しょう)

まずここで強調したいことは、まだ異論という段階ではないということ。
あなたの記事には続編がいくつか続くようで、まだ結論らしきものが
その続編とともに先延ばしになっていたことがその理由です。
結論もまだ出ていない時点において
考察に異論があるかどうかはまだわかりません。

  >もちろん興味を感じ
  >参加させていただくことも考えてはいるのですが
  >そのためにいろいろな調べものをする
  >まとまった時間がなかなかありません。(Psyche)

といったのはもちろんあなたの論の結論を待ってからのこと。
それを伺ってからもし疑問や異論などにより自論を展開したいと思えば
自分なりの調べものが必要になるでしょう。
しかしまとまった時間が取れるかどうかが正直不確定だったことから
上記の発言をしただけのこと。

別次元といったのは(上記の時間的な事情とは関係なく)
あなたの結論を聞かずして自論の展開などありえないし
異議があるかどうかもわからないのになぜ参加を強いられるのか
その姿勢に「行き過ぎ」を感じたわけです。 (2008.11.09 01:33:43)

言葉の真意3  
Psyche さん
そういう意味で

  >「注文」をしていただくよりも、別の文献を根拠に
  >異論を提示していただくほうがよほどありがたいと思います。
  >はっきり言って一つの文献(例えば『競争しても学力行き止まり』)を読み込んで紹介するだけでも
  >長い時間をかける必要があります。
  >私だってまとまった時間を持っているわけではありません。(しょう)

こういったことをおっしゃられるのはただ驚くしかありませんでした。

  >他人には多くを求め自分には甘いと言われても仕方がないと思います。(しょう)

と決めつけ、更には

  >今後の問題として、私が書籍の紹介をするたびに
  >同様の「注文」をすることについては、ご遠慮いただきたいと思います。(しょう)

とおっしゃるのは視点が大きくずれていることにお気づきいただきたい。 (2008.11.09 01:34:57)

言葉の真意4  
Psyche さん
また今回のことと、kurazohさんへのあなたの注文と絡めて申し上げると

  >Psycheさんは「私がkurazohさんに出した意見」をどのようにとらえておられるのでしょうか。
  >「生徒への背任」、「高い職業意識に欠ける」、「(私の姿勢は)上から目線」、
  >「kurazohさんへの私の意見は僭越」といったことは繰り返し述べられましたが、
  >その後、見解を変えられたのかどうか私にはよくわかりません。(しょう)

あなたのkurazohさんに出した注文の箇所を再度目を通していただきたい。
非常に感情的でわかりにくく、説明も不足していました。
そのため何度かkurazohさんはその真意を問うておられました。
傍観している私たちも意味がわからず驚きました。
そこには子供中心の視点のkurazohさんに
視点をもっと教員にもあてるようにとのあなたの真意を感じたのです。
だから上記の見解だったわけですがその答え如何では
おっしゃるように「変更はない」と申し上げるしかありません。

私のブログにてあなたの上記の真意をまとめる作業を
まずろさんがされていましたが
あなたはやっと冷静に、軸足を確保しておられるように思いました。
そして正直言ってあなたが修正されることは
明言を避けるため、意図をぼやかしている印象が否めません。

あのときの感情的な強い口調の中に
「もっと教員の立場(弱い心)を認めろ」
という気持ちが少しでも混じっていなかったと言えるのでしょうか。

この私の意図を踏まえていただければ

  >「kurazohさんへの私の意見を否定する」立場を変えないままで(少なくとも意思表示はありません)
  >「このたび(10.21)のリクエスト」をしたとすれば、違和感を覚えます。(しょう)

このような言葉は出ないと思えます。 (2008.11.09 01:35:56)

Re:言葉の真意(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

>バランスの取れた深い考察による記事を期待するのは傲慢でしょうか。

>>否定的な文献に反論したいのであれば、
>>肯定的な文献で反論されては如何ですか?(田吾作さん)
>というのは的を射た言葉とは思えません

 仮に私が読者であれば、「ただちに別の文献を参照することを求める」のではなく、「論の展開を待って」意見を述べます。
 反論する場合は論拠を示し、場合によっては別の文献を提示します。
 したがって、田吾作さんの上記の指摘は一般的には「的を得たもの」と考えます。

 「論の展開を待った上で」発信される記事のバランスが実際に悪いと見えた場合に、それを具体的に指摘していくことが本筋でしょう。
 一つの文献を紹介しようとしている論者に対して「最初から」別の文献を参照せよ、というのはいかがなものでしょうか。
(実際のところ、新たな文献を読み始めているのですが、毎回このような要望をされるのはそれこそ「やりすぎ」だと思います。)
 そして又、「仮に競争を肯定する立場の文献であった場合」にも、同じ要求をされますか? 純粋に「深い考察の記事」を期待するだけであれば、これまで他の論者(例えばkurazohさん)に対して同じ要求をされてもよかったのではありませんか? (2008.11.09 21:35:07)

Re:言葉の真意(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

>異議があるかどうかもわからないのになぜ参加を強いられるのか
>その姿勢に「行き過ぎ」を感じたわけです。

 私は、参加を強いてはおりません。「論の展開を待った上で」きちんとした根拠を持って反論することは有意義である、という趣旨です。

>あのときの感情的な強い口調の中に
>「もっと教員の立場(弱い心)を認めろ」
>という気持ちが少しでも混じっていなかったと言えるのでしょうか。

 私が強い口調でコメントを入れ始めた発端は、「教師はなぜ批判に弱いのか その1」(9.27)です。   
http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2008/09/post-e60c.html#comments

>>いちろうさんの反応は組合の人と同じパターンですね。
>>そして解釈のパターンも同じです。
>>議論にならないわけです。

というkurazohさんのコメントに強い違和感を覚え、次のようにコメントしました。
 >「批判が届かないときに、その原因は批判された側(例えば組合員)にある」と考えてしまうのも、教職員の陥りがちな弱点なのではないですか。わたしは、あなたの学校づくりに関する実践報告を聞いたわけではないので、きちんとした分析をすることはできませんが、批判が届かないとき「全面的に相手のせいにするのではなく批判のあり方を問う」ことは、大切だと思います。 (2008.11.09 21:38:53)

Re:言葉の真意(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

(・・・職場の中で)「批判する側とされる側が,お互いに敬意をもってやり取りしあう関係を構築すること」がなにより大切だと私も考えます。

>そしてその際、「だめだと思える教職員」の中にも成長しようという意志があることや、自らの中にも共通する弱さがあることを受け止めつつ、しっかりと関わり合っていくことで相互に成長できるということを確信しています。

 もちろん教職員が成長するチャンスは同僚との関わりだけではありませんが、それが重要であることは確かでしょう。(ちなみに、私の職場でも「批判的な意見交換」の必要な場面はもちろんありますが、組合員であるなしを問わず「妥当な批判」は受け止めてくださいます。)

>(部分的にせよ)それに成功し、学校づくりを進めていった、という優れた実践例や自らの体験を紹介する方が、教職員のいたらぬ現状(例えば批判に弱い等々)を匿名で発信し続けるよりもはるかに多くの学校や教職員の変革を促していく力になることでしょう。

 上記のコメントはそれほどわかりにくいものでしょうか? 私は、最初から「職場づくり」(あるいは学校内外の対等な連携作り)に軸足を置いてコメントしています。「冷静に読んでいただければ」もう少し早い段階で、趣旨をご理解いただけたのではないか、と思います。 (2008.11.09 21:42:15)

Re:言葉の真意(10/13)  
shchan_3  さん
 もっとも、私のkurazohさんへのコメント(上記も含めて)への違和感が出されたからこそ、軸足がより明確になるような「意見交換」ができたとはいえるでしょう。

 ただ、それを経てもなお「私の意見を否定する」立場に立つとすれば、次のコメントはどう理解すべきでしょうか。

>それができてこそ反対派・賛成派双方にとって
>「あなたがkurazohさんにおっしゃったような」
>説得力のある有意義な考察になるのではないかと思います。(「 」は引用者)

 あなたのコメントに対する私の違和感についてですが、「kurazohさんにおっしゃったような」私の意見を否定するとすれば、上記の意見は「純粋に深い考察の記事」を期待した注文と言うより、「(おそらく)競争を肯定的に捉えたいPsycheさん」が「皮肉を交えて最初から牽制してきた」と理解するのが普通でしょう。

 なお、「最初から別の文献を参照せよといった注文をすること」についてはこのたびのコメントの最初に書いたとおりです。

(そもそも、きちんとイギリス教育改革を検証した文献で「競争を全面的に肯定する」立場に立つものは、私が確認する限り見当たりませんね。)  (2008.11.10 05:47:40)

しょうさんへ 1  
まずろ さん
しょうさん、お返事遅くなり申し訳ありません。

まず、丁寧なご回答ありがとうございました。
なかなかコメントさえもままならぬ私にも、真剣に向きあってくださること感謝いたします。

>Psycheさんは「私がkurazohさんに出した意見」をどのようにとらえておられるのでしょうか。「(私の姿勢は)上から目線」、「kurazohさんへの私の意見は僭越」といったことは繰り返し述べられましたが、その後、見解を変えられたのかどうか私にはよくわかりません。<

これには以下のようなご本人からのコメントがありましたね。

>子供中心の視点のkurazohさんに
視点をもっと教員にもあてるようにとのあなたの真意を感じたのです。
だから上記の見解だったわけですがその答え如何では
おっしゃるように「変更はない」と申し上げるしかありません。<

つまり子どもたちへの影響を考えて、大人である教員の成長を待つのは
「生徒への背任」であり「高い職業意識に欠ける」ものであるという意味でしょう。
そしてそのような主張に対し、大人であっても伸びようとする教員にも
伸びるチャンスと猶予を与えるべきだというお考えを(しょうさんが)お持ちならば
(結果的にその猶予中は子どもを待たせているわけですから)
学校という場においての主人公は子どもであることを考慮すると
上記のしょうさんの教員の成長をも大切に考えるべきであるという考え方は
(kurazohさんに対して)「上から目線」であり
「kurazohさんへの(しょうさんの)意見は僭越」
と感じたということなのでしょう。
(2008.11.15 04:35:32)

しょうさんへ 2  
まずろ さん
これについてはいろいろと考えの分かれるところとは思います。
しょうさんのおっしゃるとおり、確かに教員にも伸びる権利はあります。
しかしそれは子どもの犠牲の上に成り立つものであってはならないと思うのです。
kurazohさんやPsycheさんも主張されている肝要な点ですが
教育現場において、子どもは一番に優先して考えられるべき存在だからです。

Psycheさんは上記の立場で
「偏りがちな方向性の資料にて考察をまとめるのは片手落ちである」と
あなたに対して多角的視野に立ったお立場での記事作成を望まれたことは
しょうさんにとっては違和感なのでしょうか。
ここが一番の解せぬところではありました。


>私の上記コメントを「行きすぎである」とするPsycheさんの見方は妥当でないと思いました。私(しょう)のコメントは「行き過ぎ」で自分の「注文」は当然だと考えておられるのか? かなりの違和感を覚えたことは確かです。

なぜ(上記の)教師の意識レベルの話と多角的考察の是非を並列に並べ
リンクして考えようとされるのかもよくわからないのです。
(2008.11.15 04:44:53)

しょうさんへ 3  
まずろ さん
さて、もうひとつ。問題となった議論参加を促すあなたの一文

>文献等に基づいてPsycheさんの異論を提示していただくことは、ブログのやり取りとしては大変有益であろうと思います。<

これへの「行きすぎ」発言についてですが
もちろんあなたの表現は表面上「参加条件」の提示でもなく
「参加の強制」でもありません。
ただ参加を求めておられる姿勢には変わりなく
そしてそこに参加へのただの誘いというだけにとどまらない
ブログのやり取りの有益性を掲げた「ブログ主からの参加の促し」には
「強制」のニュアンスを感じるものだったのではないでしょうか。

「やり方に口を挟むなら、具体的な議論をすべきだ」
と詰め寄りたいお気持ちは全くなかったでしょうか。

(2008.11.15 04:45:53)

まずろさんへ(11.15)  
shchan_3  さん
まずろさんへ

 あなたは、私のkurazohさんへのリクエストは、ある意味でPsycheさんの私へのリクエストと同じだ、といわれました。二つのリクエストの両方を「有意味である」と肯定する立場にたてば、Psycheさんのコメントは「純粋に深い考察の記事」を期待したものとして受け止められます。しかし、私のリクエストは否定するという立場であれば「あなたがkurazohさんにおっしゃったような」という言葉は「皮肉」として解釈できます。

(なお、「最初から異なる文献を参照せよ」という注文に対する考え方については、11月10日のコメントで触れました。)

 私のkurazohさんへのリクエストに関わるコメントについてですが、大部分はあなたのブログやPsycheさんのブログでお答えしているつもりです。

 ただ、追加しておくと「kurazohさんの発信は子ども中心」で「私の発信は教職員中心」という図式は的を得ていないと思います。優れた教育によって子どもが成長することと、教職員が成長し力量を高めていくことは絶対に切り離せないからです。

 「個人の心構え」はもちろん大切ですが、「自分でなくても同僚の指導に問題がある場合」その当人とどう関わっていくか、「各人が課題に気づき相互に成長していけるような」職員集団をどう創っていくか、という問題は、「子どもたちのために」考え実践していく必要があると思います。

 私は、自分の例とU高校の例を挙げましたが、「力点は異なるが成功している実践」も含め、交換していくことは大切だと考えています。(また、繰り返しますが、「じっくり待て」といった趣旨のことを私は一度も述べていないはずです。) (2008.11.15 12:57:36)

確認  
Psyche さん
しょうさんにコメントにてお返事したいことはいくつかありますが
まずその前に一点だけ確認いたします。

ここの記事でのコメントに11/7のまずろさんの発言がありました。

 >しょうさんはkurazohさんのブログでの記事の構成について
 >身近な具体的な例など、自分の実践にそくしたものを入れ
 >より説得力のあるものや具体的解決案を探るものにすべきと
 >かなり強い口調でのリクエストをされました。
 >(私は今でも、必ずしもそのリクエストどおりにいかなくても
 >それはそれでケースバイケースと思えるのですが)
 >あのとき、しょうさんはkurazohさんの主張の中身には言及せず
 >発信のやり方のみにとても強い批判をされました。
 >その意味ではPsycheさんがしょうさんにされたことは同じといえます。(まずろ)

それについてのあなたは以下のように返事されました。

 >私もそのように感じたので「前向きに受け止める」ことにしたのです。(しょう)

ということは私が今回あなたに対してした「多角的な考察への勧め」と
あなたがされた「kurazohさんブログへの注文」は同じ性質のものと
考えておられるのでしょうか。 (2008.11.16 17:02:39)

Re:確認(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

>私が今回あなたに対してした「多角的な考察への勧め」と
あなたがされた「kurazohさんブログへの注文」は同じ性質のものと
考えておられるのでしょうか

「両者とも踏み込んだ注文であるが、受け止めることには意義がある」という大雑把な認識です。

 厳密に違いがあるかどうか、についてここでは問題にしていません。 (2008.11.17 06:14:26)

確認  
Psyche さん
>「両者とも踏み込んだ注文であるが、受け止めることには意義がある」という大雑把な認識です。

意義があるという共通点を聞いているのではありません。
行動として同じような意味を持つと認識しているのかどうかを確認しているのです。
あなたが問題にしているかどうかをいっているのでもありません。
私の論を展開する上で必要不可欠ですので確認したいのです。

これまでに何度か感じてきたことですが、あなたはどうも曖昧なまま置いておき、
後でいくらでも意味を変化させることで視点をブレさせる傾向があります。
だからこそ、はっきりしておきたい重要点と私は認識しているのです。 (2008.11.18 01:06:43)

Re:確認(10/13)  
shchan_3  さん
Psycheさん

 「厳密な違いを問題にしない」ことについては明確な理由があります。
 それは、両者の違いをテーマの中心にすえること自体が「論点のぶれ」だと私は考えるからです。

この間(特に最近)、私が問題にしている論点は、どのような理由であれあなたが「私のkurazohさんへの“注文”を否定する立場」をとるのであれば、最初のコメントを「純粋に深い考察を求めたものだとは認められない」ということです。そのことと、二つの「注文」が同質であるか異質であるかは無関係です。

 否定する立場をとる(その時点でとっていた)とすれば、なぜ「あなたがkurazohさんにおっしゃったように」と「私の“注文”」を引き合いに出されたのでしょうか。私が問題にしているのはその点です。まず、この一点について明確にお答えいただきたいと思います。

 なお、上記の点は、まずろさんのコメントを受けて考えたことです。そして、それを機に私はそれ以前の「前向きに受け止める」という姿勢を修正しています。「皮肉」を交えた「牽制」だった可能性か高いと考えているからです。
 そうでないならば、あなたが賛同・共感する観点の文献の紹介に対しても、「純粋に深い考察を求めるために(多角的な考察を求めるために)別の文献を参照せよ」、とこれまで要求されたのでしょうか。そのような例があればお示しください。 (2008.11.18 21:16:00)

Re:確認(10/13)  
shchan_3  さん
あなたのコメントに関する、現時点での見解は11月10日に書かせていただいたとおりです。
>>>否定的な文献に反論したいのであれば、
>>>肯定的な文献で反論されては如何ですか?(田吾作さん)
>>というのは的を射た言葉とは思えません

>仮に私が読者であれば、「ただちに別の文献を参照することを求める」のではなく、「論の展開を待って」意見を述べます。
>反論する場合は論拠を示し、場合によっては別の文献を提示します。
>したがって、田吾作さんの上記の指摘は一般的には「的を得たもの」と考えます。

>「論の展開を待った上で」発信される記事のバランスが実際に悪いと見えた場合に、それを具体的に指摘していくことが本筋でしょう。
>一つの文献を紹介しようとしている論者に対して「最初から」別の文献を参照せよ、というのはいかがなものでしょうか。

 従って、現在では純粋に「前向きに受け止めて」はいません。当初の立場を修正・撤回いたします。それも踏まえて上記の点にお答えいただきたいと思います。

 私が、kurazohさんに出した注文(リクエスト)に問題があるという見解でしたら、あなたのブログにおいて「コメントの続き」を述べられればいいのではないでしょうか。「私のブログ」上でのやり取りは「意味がわからない方が多い」のではないかと思います。 (2008.11.18 21:17:01)

疑問(1)  
Psyche さん
論の展開をするための前提として
聞いておきたかった確認は以下のとおりでした。

 >私が今回あなたに対してした「多角的な考察への勧め」と
 >あなたがされた「kurazohさんブログへの注文」は
 >同じ性質のものと考えておられるのでしょうか

ところがあなたはそれには答えず

 >「両者とも踏み込んだ注文であるが、受け止めることには意義がある」という大雑把な認識です。

としか説明せず
なぜ答えないかという理由については

 >両者の違いをテーマの中心にすえること自体が「論点のぶれ」だ

とおっしゃる。
(私は「論点」への重要事項と思うからこそ確認したかったのです)
そしてあなた自身の論の中心とは

 >どのような理由であれあなたが「私のkurazohさんへの“注文”を否定する立場」をとるのであれば、
 >最初のコメントを「純粋に深い考察を求めたものだとは認められない」

とおっしゃる。
非常に感情的な論理の飛躍だと感じました。
私のあなたへのリクエストが深い考察と認めるか認めないかはあなたの感情論です。
感情論だからこそ

 >二つの「注文」が同質であるか異質であるかは無関係

とまでいえるのでしょう。
私の論の展開に前提としてはっきりしておきたいから「必要」だといったことを
あなたは感情論で「論点のぶれ」と決めつけ、「不必要」という。
(不要と思うから「同質であるか異質であるかは無関係」というのでしょうから)
そこまで答えを避けるのはどうしてでしょうか。
純粋に疑問です。 (2008.11.21 02:08:52)

疑問(2)  
Psyche さん
 >従って、現在では純粋に「前向きに受け止めて」はいません。

非常に感情的ですね。
では、あなたがkurazohさんに出した注文も
「前向きな提案」ではなかったという意味でしょうか。

もともと「kurazohさんに注文を出したあなたの態度は前向きである」
という認識のもとここのコメントのトップに意見を述べました。
しかし前向きな意識(より良いブログ記事を書いてもらいたいという意識)は認めても
意見の内容は同意できないものだった。
だからその同意できない中身については踏み込んで抗議しました。
「そのような中身を強要するのは僭越ではないのか」と。
前向きな意識からの意見も、内容が同意できるとは限りません。
しかし、今回方向性を否定したことで
私のあなたへの態度を関連させ

 >どのような理由であれあなたが「私のkurazohさんへの“注文”を否定する立場」をとるのであれば、
 >最初のコメントを「純粋に深い考察を求めたものだとは認められない」

と判断しているのはあなたです。
ということは私の注文行為を否定することで
あなたのkurazohさんへの注文行為をあなた自身が否定することに他なりません。

もう一度繰り返します。
あなたのkurazohさんへの注文は、「前向きな提案」ではなかったのですか。
これについて焦点をぼやかさずに明確なお答えをいただきたい。
(2008.11.21 03:04:57)

疑問(3)  
Psyche さん
なお、あなたの問いは

 >「論の展開を待った上で」発信される記事のバランスが実際に悪いと見えた場合に、
 >それを具体的に指摘していくことが本筋でしょう。
 >一つの文献を紹介しようとしている論者に対して
 >「最初から」別の文献を参照せよ、というのはいかがなものでしょうか。

これについてですが
何度もいうようにあのときはあなたの論の途中でした。
(続編があるということでしたから)
ですからあなたの意見がまだ途中であるのに
異論を唱えるような段階ではないでしょう。
それよりもあなたの論説の途中であったからこそ
偏らない視点でのより良い記事の発信を望む意味での注文をしたのです。
それを穿って捉えられることに、正直戸惑いを感じます。 (2008.11.21 03:06:11)

お願い  
Psyche さん

Re:競争しても学力行き止まり 1 -イギリス教育の失敗とフィンランドの成功-(10/13)  
親業修行中 さん
「しょうさん」ブログのいち読者です。横から失礼します。

ここは(この記事は)、
>『競争しても学力行き止まり』(朝日新聞社)
イギリス教育の失敗とフィンランドの成功<

という書籍の紹介および書籍の内容について「しょうさん」が考察なり感想を述べ、さらにそれについて「読者」が意見を述べ、場合によっては討論なり対話をする場ではないのでしょうか。

発言に隠された意味を露にすることが、私にはそれほど重要とは思えないどころか、読者としてこのような展開は非常に残念です。
「競争しても学力は行き止まりか?」についての議論を熱望します。 (2008.11.21 11:18:56)

Re[1]:競争しても学力行き止まり 1 -イギリス教育の失敗とフィンランドの成功-(10/13)  
shchan_3  さん
親業修行中さん

 おっしゃるとおりだと思います。私も田吾作さんのコメントの段階で幕を引こうとしたのですが、うまくいきませんでしたね。不徳のいたすところです。

 前回のコメントで私は「意味のわからない方が多いのではないかと思います」と述べましたが、このやり取りが「重要とは思えないどころか、読者としてこのような展開は非常に残念です」と思われるのは当然でしょう。せっかく読んでくださる読者も含めて不特定多数へ発信するにふさわしい内容ではなかったですね。

 今後は、ブログ記事の内容を豊かにしていく討論に限定する形で、(「公開討論」として意義のあるような形で)コメントのやり取りをするようにします。このままでは双方にとっても、ましてや読者にとって、有益な議論にはなりそうにないですね。

 Psycheさんへのコメントも準備いたしましたが、ご自身のブログに場を移してでも「継続」を強く希望される場合に限って、そちらに「回答」させていただくことにします。

 また、1日2日ほどおいて「田吾作さんのコメントから始まるやり取り」を保存の上、整理(削除)することも検討します。 (2008.11.21 19:13:27)

記事へのコメント  
Mr. Hot Cake  さん
しょうさんが記事を書き、欲しいコメントはしょうさんの考えをある程度わかった読み方をしてくれる人のものですよね。そして書いた内容から逸れない建設的なものですよね。

しょうさんのもう1つのHPもほとんど拝見しましたが、しょうさんの基本的な姿勢は「実践家」とお見受けしました。U高校(私の地元県です)のK先生(社会科担当だった?)と同僚や生徒との共同の軌跡、しょうさんの水車小屋文化祭やいじめ問題etc.での実践と本テーマとの一貫した関連、読者はここにしょうさんの精力が注がれることを期待していると思います。

記事に関係ないコメントはコメント欄ではなく、直通メッセかBBSにするのがマナーなのではないかと・・・。

無関係コメントを削除されるようなら、これもお読みいただいたあと削除をお願いします。

(2008.11.21 20:39:41)

ある意図  
まずろ さん
しょうさん

そもそもここでの議論はあなたの論の展開時に
さまざまな方向からの立場からの資料に基づいて
(競争を否定する立場のものだけではなく)
多角的な視点からの意見を踏まえたものであってほしいと
望む声からのものだったはずでした。

それはここでの(この記事においての)コメントとして
ふさわしくないものだったのでしょうか。
流れを挑戦的に変えられたのは田吾作さんのコメントが
きっかけとなっていたのではないでしょうか。

あなたが私にくださったコメントの返事ももう不要ですか。
あなたは何やら誤解にて穿った解釈をされているようなので
それも申し上げたかったのですが、削除を考えている方向性のものを
わざわざ増やすのもご迷惑でしょうし、断念せざるを得ませんね。

田吾作さんも親業修行中さんも、似かよっているのは
話の流れを急に変えることにより中断させたり、
誤解をさらに誤解で終わらせる狙いがあるようです。

それはある人物の意図することでしょうが
まさかそこまで手の込んだことを、といぶかしくさえ感じます。

ここでのあなたからの誤解を解く場所は
他にふさわしい場所があるとは思えません。
とても残念です。 (2008.11.21 22:38:42)

しょうさん  
まずろ さん
しょうさんは以前、kurazohさんのブログの内容というよりもやり方にこだわられました。
他人には厳しく要望を出しながら、いざ自分が言及されると「論点のぶれ」と称して答えたくないとおっしゃる。
これでは他人に厳しく、ご自分に甘いといわれても仕方のないものではないでしょうか。

また流れを変えようとする意見やご自分に都合の良いコメントに便乗するように賛同し、今までの一連のコメントすら削除を考えているとおっしゃる。

しょうさんの記事へのリクエストからはじまったこの話題がここにそぐわないとは思えません。
記事の中身についてのコメントを寄せたい方がおられ(実際にはまだ自分の意見を持ってコメントされた方はおられないようですが)このやりとりが邪魔であるということなのでしょうか。

しかし削除というのは行きすぎだと思います。
あなたがpsycheさんへのお返事を既に用意されているというのであれば、それを新たに記事にて挙げられるのが議論の誠意ではないでしょうか。
psycheさんはこの話題においても、あなたへ誤解についてのお返事に、そのような形で返されたことがありましたね。
あなたの削除されたいというコメントをここに移動するという方法もあります。

あなたがその議論を避けるような事情があるのでなければ、議論の途中放棄はあなたらしくないと思います。
ご一考をお願いいたします。 (2008.11.23 06:05:01)

Mr.Hot Cakeさんへ  
Psyche さん
私が批判的意見を言えば
多くの見知らぬハンドルネームの方々が
決まって出る傾向があるようです。
あなたこそ自分の意見を述べておられません。

私が意見するところに
ストーカーのようにかまって来ようとするのは
非常に迷惑なのでやめていただきたく思います。
あなたは私に対して大きなこだわりがあるようです。

その証拠がほしいというなら
あなたが私に一方的にしてきた色々を
明らかにしても構いません。

なお、私は公の場でしか
あなたと言葉を交わすつもりはありません。
ご理解いただきたいと思います。 (2008.11.23 18:44:19)

Re:Mr.Hot Cakeさんへ(10/13)  
Mr. Hot Cake  さん
Psycheさん

私はkurazohさんのブログコメントでも書きましたとおり、コメントは原則としてブログ主に向けて入れます。コメント者対ブログ主のやりとりでないものは私の嫌うところです。その意味で「ここで」あなたと意見交換をするつもりはありませんし、私の意見を「ノイズ」と言われる方とは意見交換になりません。
尚、田吾作さんと親業修行中さんは私の存じ上げない方たちであり、まずろさんやPsycheさんのように(たぶん)私の影響下にあるようなことを匂わされたら、お二人が怒ると思いますよ(あなた方のように疑り深い方達に対してはIPアドレスなどは証明にならないのでしょうが)。

私は親業修行中さんと同じくしょうさんの記事を楽しみにしているのであり、しょうさんのコメント欄が現状のようであることを残念に思っています。
Psycheさんが私に言いたいことがあるのでしたら、私のブログの「BBSに」直接お書き下さい。

しょうさん、心ならずも失礼しました。

(2008.11.24 16:23:29)

コメントありがとうございます 1  
shchan_3  さん
親修業中さん、Mr.Hot Cakeさん、まずろさん、

 様々なご意見をいただき、感謝申し上げます。「意味ある意見交換」についてあらためて考え直していく貴重な機会になりました。

 最初に、まずろさんのコメントについて述べておきます。
>削除というのは行きすぎだと思います。
 私にも迷いがありました。「決行」するとしても、やり取りに参加していただいたpsycheさんやまずろさんのコメントを待ってから、という気持ちで「検討」という表現をしたのです。このたびは、あなたの意見を受け入れて、削除については見合わせます。

>あなたがpsycheさんへのお返事を既に用意されているというのであれば、それを新たに記事にて挙げられるのが議論の誠意ではないでしょうか。

 psycheさんの「私への批判記事」は、それに対する質問や応答を通じて「学校づくり」や「学校内外の対等な連携づくり」の道を論議できるようなものであり、その点では「教育実践等にプラスになる内容を含んだもの」だったと自負しています。

 しかし、このたびの件は「psycheさんの当初のコメントの“意図”や“問題点”」がテーマであり、それに関わる「論議」を延々と繰り返しても意味がないと感じています。ただ、誤解があるとすればそれを「解消」していくことは大切でしょう。

>話の流れを急に変えることにより中断させたり、
>誤解をさらに誤解で終わらせる狙いがあるようです。

 それも「穿った見方ではないか」というのが私の意見です。「穿った見方」を相互に克服していくことが、このたびのやり取りにおいては重要なのではないでしょうか。 (2008.11.25 20:50:21)

コメントありがとうございます 2  
shchan_3  さん
Mr.Hot Cakeさん、Psycheさん

>しょうさんのもう1つのHPもほとんど拝見しましたが、しょうさんの基本的な姿勢は「実践家」とお見受けしました。

 評価していただき、ありがとうございます。ただ、「親修業中さん」のコメントをいただいて、ブログコミュニケーションに関わる自らの「実践」については相当に反省いたしました。

 確かに、このやり取りが延々と続くことは望みません。そして、11.18の段階ではPsycheさんのコメントに「回答」しても「読者にとって有意味な意見交換として」展開、収拾させていく展望が全く見えなかったのです。

 しかし、必要な「回答」をすること、そして、ブログコミュニケーションの「実践」についての反省を発信することには、一定の意味があると考えるにいたりました。

 Psycheさんに届くことを祈りつつ「記事」として「回答」させていただきます・・・。 (2008.11.25 21:35:28)

しょうさんへ  
まずろ さん
私の思いがあなたに誤解されたままで幕を閉じることになりそうな気配に
かなり強くこの話の継続をお願いしましたことを寛容にお許しいただき
そしてあなたがそれを聞き入れてくださったことに感謝いたします。
私としても非常に残念でしたので、つい口調が強くなってしまいました。
あなたのご意見を新たに記事にて伺いましたので、そこにコメントさせていただくべきですが
少し遅くなりましたが、まずはお礼を申し上げます。
ありがとうございました。 (2008.11.28 20:55:15)

Re:しょうさんへ(10/13)  
shchan_3  さん
まずろさん

>かなり強くこの話の継続をお願いしましたことを寛容にお許しいただき

 「削除も検討」していた時点では「多数の読者にとって意味あるやり取り」を継続する自信がなかったのですが、あなたのご意見にしたがってよかったと思っています。

 「寛容にも」と言ってくださいましたが、このたびのやり取りを通して見えたことは「私自身のいたらなさ(言い換えれば一教員のいたらなさ)」です。何しろ「親修行中さん」のコメントをいただくまでは、自分の視野が決定的に狭まっていたことにも気づいていなかったわけですから。

 しかし、この「いたらなさ」と「私自身の教訓」を発信することは、思いがけず「私自身(一教員)の弱さの自覚とその克服に向けての意思表明」になったとも言えるでしょう。

 そのような「自分自身の弱さ、いたらなさ」と重ね合わせつつ「同僚を批判」する時、結果として「本人に届く批判になる」ということも数多く体験してきました。

 このたびの件も貴重な教訓にしていきたいと思います。 (2008.11.29 16:26:24)

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