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「浮気」してはいけない男の地獄。男は事業と家庭が安定すると、誘惑に弱くなるようです。自らの墓穴を掘ることを知りながら、つまらぬ光栄心から、摘んではいけない、花に手をつけるのです。相手は甚だ迷惑なことですが、やはり、共に毒汁に酔いしれ、共倒れするまで、抜け出せないのが、「浮気」の甘露なのでしょう。女性は家庭を破滅させ、男は、事業に失敗し、人生に回復できないほどの禍恨を味わうことになります。まさに、「自業自得」という他はありません。今、静かに反省してみると、何が不足で人生を誤るほどの価値を感じたのか、と思います。事件にはならずに済んだことがせめての救いと思います。その人とも互いに心に恨みを持ったままの別れとなり、悔恨の情しか残らない、寂しい結果です。人生の道草も成果のある時を過ごすことがどれほど大切かを身をもって知りました。どうぞ、冷笑をもってご批判ください。
2011年04月30日
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「美しさに魅せられて」きざな言い方だが、人生の内にはそんな想いに心を満たされることもあります。そんな女人(ひと)の横にいるだけで恍惚を味わう気持ちです。ただ、美しいだけではなく、プロポーションがよいだけでもなく、その女人の所作から滲みでるような女らしさが感じられると 「振るいつきたい」想いがいたします。「色香」ではありません。清純な中に女性らしい「たおやかさ」を淡い薄紅色のよういな感じの所作を見せられるとき男は自分人生のすべてをかけてもこの女人を自分のものにしたいと願うのではないでしょうか。これを、「惚れる」というのでしょうが、そんな最愛の女人でも、病に冒され年をとると、本人自身が自分の醜さに驚き悲しむほどですが、これは本人が思うことで、対するものは決して同じことは考えません、互いに歳をとり人生の終焉に近ずいているのですから、姿形は衰えても心は変わりません。滅私介抱できるのもそのためではないかと思います。人生の幸不幸もどんな別れがあるのかに、よりますが、「老いという病」により滅することは、幸せな方ではないでしょうか。つまらぬ駄弁で申し訳ありません。
2011年04月28日
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「諌める」=過ちや欠点を改めるように話す 人間70歳を過ぎると、自分の子供ですら諌めることは大変難しいことです。でも、大きな過ちを犯す前に、親としての責任を果たす事が大事なのですが、下手に話すと、親子喧嘩の始まりになり、収拾のつかな結果となります。昔は親の威厳は強く、子供は何歳になろうとも、親に逆らうことはご法度でしたが、現代は妻が子供の側にたち、父親は孤独な一人相撲をせねばなりません。家庭の秩序を保つことは、家族の順列の不文律を守らなければ、安定した家族の絆を持つことはできないと思います。 唯、昔と違うのは、あくまでも家長は、正しい権威と、リードのできる、自己中心ではない、公平,公正な判断ができることが必要です。老醜と老害の悪臭ぷんぷんの家長では困ります。「駿馬も老ゆれば駄馬に劣る」では、だめで、老いてますます、柔軟な判断と行動ができるように、日ごろから鍛錬が必要です。また、「諌められる」方も謙虚な姿勢と判断が大切で、その時は全部を受け入れ、じっくりと反省と自己改善をしてみる気持ちが、一段と人間を大きくする筈です。
2011年04月22日
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「今回の災害に対する政府の対応処理の計画と判断が余りにも杜撰であり低劣と評論されている」 我々は適切に評価できる能力はないが、現地の被災者は悲劇と苦痛の最悪の環境のなかで、日々の国の具体的な援助対策に一喜一憂しながら、僅かな望みに一明を託しているとおもいます。それなのに、福島原発の対応と処置の不味さは、被災者に二重苦を与えているのです。「想定外」が天災であり、日頃の安全係数は今後、どれ程大きくすればよいのか「想定」できているのかと心配です。勿論、安全係数は政策の方針と、これからの災害対策の絶対確保しなければならない総ての案件についてですが、これが纏まれば、現在の災害対策の方針も見えてくるのではないかと思います。紙上では、「机上の空論はもういらない」と論破しています。国も東電も、重大危機にたいするガバナンス能力を欠いていると論説しています。これからの復興対策の「工程表」が出来なくて関係機関がどう動くのか、判断できないのではないか。あらゆる識者の総智を集めて緊急に具体案を建策するべきと強調しています。是非、何が、一番大切な「プライオリティー」かを国家、国民のために結論付けて欲しいものです。
2011年04月18日
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「心の持ちようと気持ち」今回の東日本大震災に被災された皆様には心からのお悔やみと、総ての回復を祈願して止みません。私自身が、同じ立場ならば正常どころか発狂に近い精神状態で、無力感と閉塞感で恐らく何も手をつけることが出来ない気持ちで、放心していると思います。勿論、前に向いて立ち上がらねば生きてゆくことは出来ないのですが、人間らしい、判断ができることの自信はありません。戦争による被害は人為的なので、憎む対象がありますが、天災は運不運は殆んど考えられない、気持ちの向けばの無い悲劇です。今日ボランティアの話題をテレビでやっていましたが彼らの無償の応援があってこその心の支えと、立ち上がりが出来るのではないかと感じました。共に被災した、地方自治体は被災者の実情が理解できるが、国などの対策は大方が後手を踏んでいる。 余震の続く毎日に ライフラインの復旧も遅れ、悲痛な毎日の生活に耐えていくことは想像を絶することである。自衛隊や各国の救助隊の援助も救いであるが、今は日本国全体の危機として、対応しなければならないときである。どうか、現地の皆様は二次災害に充分の配慮されて、一刻も早い正常化を祈ります。
2011年04月16日
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「他人の心は分からない」自分の親、妻、子供でも分からない、ましてや他人の心など分かるわけがないが、表情や態度で自分に対しての気持ちが、好意的かそうでないかは判断できそうに思う。だが、好意的であると、自分よりな判断は時として、手痛い反発を受ける事もあるので、一人よがりは要注意である。難しいのは、自分の気持ちを相手に理解してもらう事ではないかと思います。対話の初めから好感を持って聞いてくれているとは限らず、また適度のあいずちが、理解されているとは限らないことが多い。それどころか、こちらの話の間中 反対の意見や反発を思考していることもあるのだから、気持ちが通じないのは当然である。よくある、嫌なタイプに、自信過剰な人です、常に、自分は間違いの無い思考と判断をしているから自分の話していることは、総てが正しく、間違いは無いと断言して憚らない態度が許し難いが、こんな人間と口論することが、ばかばかしい。平均して日本人は、礼儀正しい(人の目を気にする、臆病な面もある)、協調性のある(付和雷同の きらいもある)立派な国民性と評価されているが、個々人を見ると、以外に腹背の思想が強い様にも思える。これは何事にも慎重であることが、その理由かも知れない。身近に居る者でも自己反省をどれ程しているかは分からないが、反省をしてるように思えない経過を見せ付けられることが多いように感じるが、随分日時を経てから、少し変わったかと見えることがあるので、自己改造はしているようである。大変喜ばしいことである。それでも、自分の非はなかなか認めないため、互いに近寄れなくまた「虚心坦懐」になれないために、いつまでも自我を治められず、爽やかな関係にはなりかねます。本当に毎日がストレスの連続となり病の原因となります。先ずは、自分から改善しなければなりません。
2011年04月10日
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「失敗を教訓にする」今回の東日本大震災は未曾有の災害をもたらしたが、人災と言える東京電力の対応は、如何に想定外といえども甚だお粗末であった。然し、だからと言うて非難だけでは解決にはならず、国も東電も今回の「失敗」を貴重な資料として、次世代の安全で強固な物にする為の技術を一層高めるべきではないかと思います。勿論、原発だけに依存するのではなくとも、次の新しいエネルギーが開発されるまでの期間は必要な供給元ですから。人間はこの地球上に生存する限り、自然との共存は必然であり、又どんな人智を尽くしても総ての災害に勝てることは、難しいことだと思います。毎日のテレビや新聞の情報を見ていると災害にあうことは、総てをなくすことで、日頃の生活環境が無になり、一切のものをこれから新たにしなければならない。出来ないのは、共に生きてきた人達です。どんな、言葉で慰めても、何をしてあげても、心を癒すことはできないだろうと思います。日夜その方々の万分の一でも感じられたらと祈るばかりが精一杯です。どうか、くじけないでください。
2011年04月09日
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