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9月26日は たんぱく自給記念日生まれてもう7カ月くらい経ったのか。前にも紹介したように、3月に雛でやってくるはずだった鶏が原発事故があって我が家には5月になって立派な若鶏になって届いた。それが9月26日に、ついに産んだのだ。その三日前くらいから雄鶏が 春先のホトトギスよろしく 「 コッケ コッケ 」 と雄たけび準備をしていた。 こちらに来て不如帰が 「ホーホケ」「ホーホケ」としばらく啼き始め「ホーホケキョ」次いで「ホーホケキョ キョキョキョ」と啼くようになるまでには数日から1週間ほどかかるのを知った。鶏も同じなんだなぁと早朝に床の中で聞いていたら、26日はしっかりと「コケ コッコー!」と啼いた。朝の仕事のクウの散歩、ハウスの野菜たちにへの水やり、鶏の餌をやりに行くと産卵台の上に確かに卵が1個!見つけたのだ。9月26日3.11から200日目。記念すべき蛋白質自給記念日だ。翌日は其処に一つ、地面にも一つ、さらに餌をやってハウスの中の草を裁断して糠を加えてもっていくと新たに温かな生まれたての卵がまた一つ。 【原発・放射線情報】首都圏のシイタケ、製茶 千葉県我孫子市の原木で栽培されたシイタケに基準を3倍も超える1955ベクレル/Kgのセシウム(34,137の合算)が出た。その他、埼玉県の日高市の製茶からセシウム739ベクレル/Kgのセシウム(34,137の合算)、同県毛呂山町の製茶も1840ベクレル/Kgのセシウム(34,137の合算)とかなり高い値だ。 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001pqs7-att/2r9852000001pqw0.pdfhttp://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001py9u-att/2r9852000001pydl.pdf
2011年09月29日
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通学路の放射線量の測定行政区の小学生のお子さんが通う通学路を20メートルおきに14か所を側溝側と、反対の草むら側とを1メートル、50センチ、1センチの高さで5回ずつ測定して平均を出した。町を通して県の助成金で購入した線量計と自分で購入したRADEXと、知人から借りてきた前に紹介した3台で測定した。町が斡旋した線量計は値段が高い(13万台)割に不安定でバラツキがあり上下動が激しいため、急きょIInspector Alert を借りてきたもの。自分の所有のRADEXは3分を経過した後の数値がほぼInspector Alertと0.01~0.03μSv/時の差で安定していた。 やはり測定機器は注意して購入して、機器の癖を確認して測定しないと間違った数値で安心したり、逆に不安になったりする危険がある。さて測定結果だが、側溝側がアスファルトで低い所で0.373μSv/時(地表から50センチ)、高い所で0.826μSv/時(地表から1センチ)が1か所、おおよそが0.4~0.5μSv/時台だった。側溝と反対側の草むらは平均に高く、地表から1メートル、50センチの高さで0.6~0.7μSv/時、地表1センチでは1.0μSv/時台が多かった。特に1か所だけ地表1メートルで0.907μSv/時、50センチメートルで1.491μSv/時シーベルト、1センチで5.430μSv/時が出た。間違っているのかと私の線量計を見たが同じ高い数値が出ていた。やはりホットスポットがあるのだ。この測定結果を来月の集落の定例会で提供して対策を考えることになっている。先週の日曜日に皆で周辺の草刈りをした。また高圧洗浄機を試運転をしてみたが、こちらはすこぶる調子が良さそうだ。いよいよ来月から洗浄作業が始まる。【原発・放射線情報】(1)6月6日9時~8月4日9時の福島県の環境放射能測定(定時降下物)の測定結果に誤りがある旨、文部科学省に報告があったという。修正された数値はおよそ10倍以上も高いものだった。http://radioactivity.mext.go.jp/ja/monitoring_by_prefecture_fallout/2011/09/1060_110926.pdf何故低い数値を報告していたのか真相は分からない。毎日、ニュース時に出される県内の10数個所の数値も福島、郡山等全て各1か所のみの数値でいずれも低い。定点の測定には違いないだろうが、各地点とも実態とかけ離れた数値だ。低いから心配するなと言っているようでかえって気持ちが悪い。(2)前回紹介した給食まるごと検査アンケートの福島県民の部分の数値が出た。http://twitpic.com/6qytjc 全回答者6946人に対しておひざ元なのに291という数字は低過ぎる。インターネット上ということもあり、こういうアンケートがあることを知らなかったのだろうが、もっと関心が高くてもいいのに残念だ。上の報道数値ではないが大したことないという宣伝に麻痺されつつあるとしたら恐い。
2011年09月27日
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弘前の地で 黙々と そして 生々と東北の自然農や自然栽培の方々が集まっての交流会があった。台風の影響か連日あいにくの雨模様だったが、コテージには温泉があって、何よりも参加者の熱い思いで終始暖かな雰囲気だった。テレビでも紹介された木村さんの「奇跡のリンゴ」の自然栽培法を取り入れた林檎畑も見学できた。農薬を使わないことがいかに難しいか、年によって虫の害があるようで今年は、樹に実っていた林檎の殆どが虫にやられていた。http://www.geocities.jp/yuki_no_isukia/mori2.html以前訪問した時は冬場で休んでいた『森のイスキア』は今回は見学出来た。美味しいお焼きとクッキー、茶とコーヒーでお持て成しを受けた。泊まりは4,5世帯でいっぱいのこじんまりとした建物で、広間の談話室兼食堂にはマリア様の彫刻があった。今回の主催者の『しらとり農場』には、目を見張るものが数々あった。圃場は広く、他品種の野菜が雑草と共生しながら、しっかりと成長していた。以前は有機農業も営んでいたが、トラクターが壊れたのを潮どきに今は不耕起の自然農に移行しているという。その分、人力の負担は半端じゃないようだ。昨年から畑の一部を田圃にして水稲を始めていた。こうした開墾の意欲には頭が下がった。これだけではない。家はコンクリートの土台と柱と屋根は大工さんと一緒に、他は全て一人で造り上げたという。随所にさまざまな独創的な工夫がなされていた。例えばトイレはバイオトイレで、おがくずが入っていてし尿と一緒におがくずを混ぜる電動スクリューつきのトイレだった。湯は塩ビパイプを黒く塗った中を水を通す手作りの温水器で40度越えるくらいまで上がるという。さらに戦前はどこの農家や家庭でも使われていたという薪がまをレンガで造り、しかも現代風のピザも焼けるオーブン機能を備えている。たまげたのは薪ストーブの後ろに密着させた水タンクだ。熱伝導でタンクの水が温まることで直接の燃焼だけでなく部屋が暖まる仕掛けになっている。これは手軽にできそうで是非今冬には我が家でも取り入れたいと思った。 温水器、後方の手作りの家 薪がま、左側の中間にオーブンこうした開墾への情熱、さまざまな場面に発揮される独創性といい、何処かから得た情報を具体化する能力と行動力には、ただただ驚き恐れ入った。しかも労働に汗かき忙殺されるだけでない。彼はチェロを弾き、奥さんはピアノを弾き、悠久の大自然の中でゆったりとした演奏の一時も大切にしていると聞いた。20代の始めに自然農に関心を持ち、有機農業にも興味を持ちながら、ここに辿り着くには数多の時を要したと思う。だが一つ一つがここにつながっている生き方をされてきた人だと思った。此処に来てからも原野を開拓しながら今を黙々と一歩ずつ創り上げた。穏やかな性格はたくさんの人の心を惹き付ける。坦々ととした生き方でありながら、そこに生々とした明るさを感じる。農法よりも人間性に魅力を感じた二日間であった。私のような60歳間近で経済的に少し安定してからの帰農、帰自然には気力、体力面で限界があるようだ。若くして苦労も多かっただろうが、なんと一貫した人生を送って来られたことだろう。もう一度人生を送ることになったなら、彼のように若くして大志を抱いて生きてみたいものだ。 【原発・放射線情報】(1)先日、阪大から放射線量の5年後までのシミュレーションが出た。2年後には大分減るが、そのあとは少しずつ減る様子が判り嬉しい情報だ。その理由は何なんだろう。セシウム134(半減期2年)とセシウム137(半減期約30年)の違いだろう。ただセシウム137は半減期が長いので減ったとしても地中の奥か、何処か横へ流れただけで無くなったわけではなく移動しただけだ。http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/dojo/index.php(2)測定器が少ない中で、子どもたちの給食の放射性物質の測定方法は品種ごとでなく、その日の給食を一括してミキサーにかけて1食分全体を測定した方が合理的でかつ正確だと早野龍五氏(東京大学大学院理学系研究科 教授)が提唱している。 外部被ばくの高い地域ほどきちっとした内部被ばくをできるだけさせない努力をすべきだという。文科省にも提案書が提出されてたが、測定の結果、実際にセシウムが出たときのリスクコミュニケーションに自信がないのかま、だ実施されてない。早ければ早いほどいいのに、いつものように知らせなければ問題起きないの政府の姿勢が見え見え。http://t.co/WNseprFbさっき見たらアンケートも実施している。親の声が政府にも伝わるようになっているようです。ぜひ参加してください。http://www.tfaforms.com/218508 9月24日追記
2011年09月23日
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やっぱり泣いてしまった 『神様のカルテ』小説を読んだのは震災の前。震災で図書館も長いこと閉鎖され、車のガソリンもなく大幅に返却期間を越えて借りていた小説だった。映画化されると予告編を観て、どんなふうに映画化されたの興味があったが、ようやく観ることができた。映画に原作を越える別物を期待するか、それとも原作をできるだけ忠実に反映し具体化したものを期待するかは、人によって分かれるところだろう。 少女雑誌のような装丁だが本格小説ただ映画の時間的な制約からは、原作を反映するといっても限界が勿論ある。どうしても削ぎ落す作業が必要になるが、原作の何処あたりを取り上げるかで大分様子が違ってくるように思う。原作の『神様のカルテ』は、地域医療における深刻な医師不足をベースに、そこで働く過酷な医師たちの姿を一人の純朴な青年医師の生き方を通してヒューマンに描いている。このベースの部分はきちっと映画に反映されていた。どこをクライマックスにもってくるか。本の中では感動し泣かされる個所はいくつもあったが、僕にとっては消化器内科副部長の死にまつわる所が圧巻で、ここかと思った。だが、これを全体で2時間の中で収めるのはきついと判断したのかもしれない。映画では大学病院で見放なされた末期がん患者(加賀まりこ)と最期までを向き合い、みとる場面をもってきた。キャストも満足いくものだった。特に、女性と言うよりも中性に近い、多くは語らず、ただそこに居てくれる、話を聴いてくれるだけで癒される、そんな存在感のある恋人のまんまのような連れ合い・栗原榛名を宮崎あおいが好演してる。大好きな女優さんだが、いつ観ても、何を演じても上手い。主人公の栗原一止は嵐の櫻井翔だったが、純朴な青年医師をうまく演じていた。妻夫木聡だったらどんな一止を演じたか観たかった。その他の俳優では、消化器内科部長の柄本明もとぼけた感じがよく出ていた。主任看護師の池脇千鶴もピッたしの感じがした。いずれにしても小説に登場する人物は読者が自分なりのイメージを作り上げている。それを実在する俳優さんに演じさせるのだから大変だと思う。うまいキャスティングをしている。ロケハンティング(撮影場所探し)も大変だった思うが、信州松本の雪に覆われた美しい山々、地方都市のちょっとした小路や風景が舞台効果となって随所に見られ、ロケ地での撮影が十分に生かされた映画になっている。一止が帰宅する神社前の坂道、榛名が撮影しながら待っている高台のロケーション、どういう位置関係にあるんだろう。多分まったく別の場面の撮影なんだろうが、自然につながっている。住まいが御嶽荘という元旅館という設定なのだが、セットなのか、もしかしたら何処かの旅館を見つけたのか、小説のイメージをうまく再現して古めかしく朽ちた感じがよく出ていた。一つだけ旅館の中にある小さな渡り橋は演出のために設定したのか、たまたまあったから利用したのか、小説の中には描写されていないが違和感があった。
2011年09月15日
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ワークショップ みんなで振り返り 語り・体験し合い そして...土、日と『福島(「ふくしま」「フクシマ」「Fukushima」)で "あの日" から今日までを振り返り "明日" について語り合うワークショップ』に参加してきた。飯坂温泉で、ゆったり、深~く という主催者のねらい通り、とてもリラックスできた二日間だった。福島県内だけでなく東京や神奈川、東北の宮城、岩手から40人ほどの人が参加した。大学生や若者もたくさん参加してくれた。NGOやNPOで活動されている方、学校の先生たちも多かった。初めて出会った人たちとグループを組み語り合った。自分の中にある自分と向き合った。グループの輪が拡がり、さまざま人が寄り添ってくれる中で、自分の中の自分と少しずつ会話ができるようになったように感じた。 みんな自分こととして願いを出し合った どれもが共感できる意見だった こんな意見が7枚の模造紙にいっぱい福島の外にいた若者たちが 「私は福島が恐かった。福島の人が放射能が恐いように、私も怖かった。でも福島は、決して福島だけの問題じゃないんだ思う」「僕は大学で理系です。放射能のことはよく解らないけれど、少しでも解るように説明できるかもしれない」 若い人たちが参加費を負担して、他人の痛みに、揺らぐ心に寄り添おうと必死になってくれていた。嬉しかった。一人の私の子どもの年齢のような娘が 「日本中のみんなが、We are all Hukushima なんだ」 と言ってくれた。そうなんだなぁ。僕は東京から来て6年目で、この集落でいつも部外者なんだと感じていた。まるで『異邦人』のような居心地の悪さを感じていた。でも自分の中にある垣根が、そうさせていたのかもしれない。たくさんの人と知り合うことができた。辛さは違うかもしれない、意見は違うかもしれない、でも、どこかで共感してもらえる、この心地好さは励ましよりも、どれだけ僕を勇気づけてくれたことだろう。今朝、玄関先のコスモスが昨年よりも大きな花を咲かせているのが目に入った。昨日まで薄汚れて見えた花が、ちょっと優しく語りかけているように感じられた。
2011年09月12日
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みんなで除染を やるっきゃない私の住む行政区はとても纏まりのある集落だ。毎月定例会が開催されるのも、数ある行政区や同じ自治会の中でも珍しい。先日、定例会で、町から担当者が来て居住区の除染の提案があった。県の助成事業で、除染に必要な線量計、圧力噴霧器等の道具の購入費を50万円出すから、住民の皆なの自発的なボランティアで除染してほしいというもの。 「除染の手引」と光っている左下が線量計これにはカンカンがくがくと意見が交わされた。事業当事者の東電や事業を推進してきた国がやるべきことを、被害者である住民が何故、汚染に曝されながら、しかも忙しい稲刈りのこの時期に肩代わりしてやらなければならないのか、どう考えても理不尽だ。こうした反対や疑問がみんなの声だった。しかし、では東電や国や県の町の除染はいつ行われるのかというと、その見通しは全く立ってないという。集落には小学校に通う子どもたちもいる。側溝で2.8μSv/時という高い線量の個所があるというし、通学路の途中の線量がどのくらいあるかも測定していない。先ずは測定して、子どもたちが安心して学校に通えるようにしよう! 何十年後かに後悔しないように、わしら大人がやるっきゃあるまい!という結論になった。深刻な土壌汚染 気が抜けないではどの位土壌は汚染されているのだろう。前に紹介した文科省の土壌汚染調査の結果が調査地点別に発表された。地名は緯度経度でのみ表示されていた。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/017/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/09/02/1310688_1.pdfたまたま我が家から30メートル近くの所が調査地点の一つになった。平方メートル当たりの数値だったのでキログラム当たりに換算し直すとセシウム134とセシウム137を合わせて 2725~2953ベクレル/Kg だった。稲の耕作が可能な数値が 5000ベクレル/Kgだから、その約6割でけっこう高い。だが、この数値を町の全調査地点の数字と比較すると上から27番目/37地点と低い方なのだ。福島市内の94地点で見ても66地点(62%)が、うちの畑の数値よりかなり高い。郡山や二本松、その周辺を見ても高いところがかなり見られる。小さな子どもたちへの影響はかなり深刻だ。これだけの汚染だと植物は根からどの位のセシウムを吸い上げるのだろう。これは植物によって大分違うが、それぞれに移行係数として表されている。http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/nouan/pdf/110527-01.pdf 例えば玉ねぎなんかは0.00043とかなり低いから、うちの畑で栽培しても 2953×0.00043で1.3ベクレル/Kgと食べてまったく問題ない。ところが、今、示されている移行経係数はデーター数が少なすぎるし、知りたい作物の移行係数がないものもある。そのため、どうしても直接、野菜や果物を検体に出して測定してもらうことになるが、1品当り3万円位するなど負担も大きい。今日、二つの測定結果が分かった。一つは蜂蜜で、友人が報せてくれた。セシウム134が59±7ベクレル/Kgセシウム137が56±6ベクレル/Kgで食品として問題ない数値との報告であったが低くはない。もう一つは自家製のブルーベリーでセシウム134が7.9~20.5ベクレル/Kg、セシウム137が3.35~12.23ベクレル/Kg、こちらは問題なかった。ブルーベリーは5月と7月の2回、硫酸カリウムを施肥したのが良かったのかもしれない。外部被ばくも心配だが、こうなると内部被ばくも十分に気をつける必要がある。特に子どもと、妊産婦、それに未婚の若い男女も。改めて、危機意識が風化しつつあった自分にねじを巻き直した。今は、まだ進行中なんだ!!
2011年09月09日
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美味しい教室 ありがとう6月から始まった、この教室も今回で一区切り。4回目の今回は手打ちうどん専門店「正伍郎」の店主が特別講師に加わり、生徒10人に正伍郎さんと「よーこばっぱ」の二人講師という豪華さ。それにしても、懐が深いというか謙虚な先生だと思う。自分だけの打ち方だけでなく、惜しげもなく知り合いの職人を呼びプロの打ち方、方法を生徒たちに学ばせる。最後までやることがニクイ!手打ちうどんの何たるかに少し近づけたかな。だが何よりも大きな収穫は、よーこばっぱのような人物に出会えたことだと思う。同じように齢を重ねたいものだ(もう遅いかなぁ)。初回の粘土遊びと見間違うこねくりから4回目、麺棒の使い方も胴に入り、切った幅の美しさ、釜揚げされた透き通ったうどんはツルリっと喉越を通り、あまりの味覚に万感胸に迫るものがある。いただいた後に、よーこばっぱから各自に修了証が手渡された。しかも、記念品にうどんを打つ時に被ってとバンダナまで添えて。伊達市のグリーンツーリズム事業の一つとして位置付けられ、職員が毎回お世話をしてくれた。気配りがあって、毎回を楽しく過ごせたのも担当者の事前準備があったお陰。和気あいあいと触れ合い、ためになる、美味しい教室をありがとう。写真で見る 手打ちうどんの流れ(まとめ) 塩水(2/3)を入れ指を立てて混ぜる パサパサの状態で混ぜる、揉むの繰り返し 最後の塩水を入れ卵状の大きさの塊ができたら仕上げにこねて、ビニールに入れて寝かす(2時間以上) 寝かしたものを足踏み、平らになったのを真ん中、4分の一に折って、また寝かして足ふみを3回ほど 寝かしたものを先ず菊もみ、最後に、まん丸く仕上げる 打ち粉をたっぷりふって、最初は手の甲で円状に広げていく。それから麺棒で広げていく 麺棒を猫の手のように扱う(難しい)。丸く伸ばしていたのが、いつの間にか四角形に まな板にたっぷり打ち粉、麺棒からスルスルと三つ折りに、間にたっぷり打ち粉。まな板に向かって45度 妙なる幅 切り終わったら打ち粉をふるい落とす 今回のトッピングはとろろでした。真ん中に味噌梅干し。
2011年09月06日
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猿橋勝子 こんな凄い女性がいた我が国に世界的な著名な女性科学者がいたことをご存じだろうか。つい最近まで僕は知らなかった。日本学術会議に女性として初めて会員に選出され、日本物理学会会長にもなった猿橋勝子だ(1920-2007年)。このブログで先に紹介した児玉龍彦氏が、国会での参考人発言の後に緊急記者会見をした時に「放射線量の微量測定法を確立して核実験の禁止に道を開き、全世界に希望をもたらした女性科学者」として紹介していた。早速に県立図書館の蔵書を調べたら三冊見つけた。なるほど偉大な女性科学者だ。彼女は、アメリカのビキニ海域での核実験やソビエト連邦の核実験によって地球規模での放射性物質の汚染が広がっていることを海水や大気中の微量の放射性物質の分析を通して明らかにした。圧巻はアメリカの研究者から分析結果が信用できないとクレームが出た時に、カリフォルニア大学のスクリップス海洋研究所に単身、乗り込み相互検定をして正しいことを認めさせ、独自に開発した分析方法が高く評価されたという女性だ。女傑というイメージを持たれるかもしれないが、数々のエピソードと多くの人の証言は、細やかで、情熱的で、優しさと正義感なあふれた女性を想像させる。「諸刃の剣の科学。その功と罪とを最も的確に把握しているのが科学者である。だから科学者こそが、哲学者の視座で功と罪とを語り続けなければならない。猿橋がなによりも大切にした人間としての原点である」一人の女性科学者の生き方が、後年、児玉龍彦氏のような数多くの真摯な研究者、科学者に人間としての原点を見つめることの大切さを教え、輩出してきた。そして勇気ある行動をもたらした。組織や力ある者に迎合し、調子よく立ち振る舞うのは男女どちらが多いだろう。狩猟をしてきたDNAは、今でも戦争や争いごとに男を向かわせているのだろうか。中東のイスラム世界では今でも女性は車の運転ができないと聞く。日本でも戦前、女性には参政権が与えれていなかった。どうも男尊女卑の社会や、そういった時代は世の中を混乱させ、不安な容易ならない事態を生みだしているような気がしてならない。今福島で、汚染の広がる地域で、名もなき市井のお母さんたちが子どもを守るために立ち上がっている。世の中を変えるキーパーソンは女性のような気がしてきた。男女共同参画社会基本法があるくらいだから、まだまだ企業や公務員の管理職は男が圧倒的に多い。形式的に制約がなく男女平等に参画できるとしたら、選挙権や被選挙権の行使ではなかろうか。政治家が男女半々になったら、女性の、母親の声をさまざまな政策に反映することができる。そうすれば、今よりまともな社会に何歩か近づくのじゃなかろうか。
2011年09月05日
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『The Tree of Life 』 と 『 コクリコ坂から 』よく映画を観るようになった。まっ暗闇だと怖いが、あの程度の暗がりで、知らぬ人ではあるが、人のいる気配がして、時にフゥーと息を吐き、すすり泣いたり、笑ったりする、仕草や息遣いが感じられ、そんな一時を過ごすのが今の僕には心地好い。先週、観たのが『ツリー・オブ・ライフ』で、今日、観たのが『コクリコ坂から』。前者は今年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した前評判の映画だ。予告編を観て親子間の確執がテーマなんだろうかと思っていたが、テーマはもっとスケールが大きく、タイトルの通り「命の樹」(生きることの系とか繋がり?)を子の誕生から親(厳格な父親と慈愛深い母親)と息子たちとの関係、そのなかで葛藤しながら成長していく子ども そして兄弟の死、大人となり幼き日を回顧するへと成長していく様を描いている。後悔の念に駆られる父親の姿が痛々しい。終始、重っ苦しく、観終わってからも床に就くまで胸が押さえられているような感じがした。 それに対して、今日観た『コクリコ坂から』は、観終わってホンワカとして心が和んだ。また映画の時代背景が東京オリンピックの前年で、画面には僕が小学6年生の頃の懐かしさがあふれていた。たとえば肉屋さんの測り売り、釜で炊くご飯、布団の下にスカートを敷いて押しつけてアイロン代わりにしているシーンなど、思い出がいっぱい詰まった映画だった。この時代、古い物を壊し、新しいものを造り上げる経済成長優先の時代で、それを象徴するようなバンカラ的な雰囲気の残る高校のサークル室のはいった建物「カルチェ・ラタン」の建て替えを進めようとする学校側と、それに反対する学生たちの青春模様。それに若い二人の複雑な恋をからめた。ハッピーエンドに終わり、そこに流れる主題歌がグッとくる。http://www.youtube.com/watch?v=o_zGdZ3wTNg
2011年09月01日
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