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以前はよく家内のピアノの伴奏でカラオケをしてた。そもそも、私は音痴なので人前で歌など歌ったことはあまり無かった。だから、飲み会が一番嫌いだった。 家内と結婚してから、カラオケに行くようになり、ピアノの伴奏で歌うようになった。脳梗塞で倒れてからは、ほとんど歌わなかった。というよりは、声が出なかった。 いつもはのぞかない、家内のピアノ室(防音対処している)へ入ったら、「喜びも悲しみも幾年月」を弾いていたので合わせて歌った。声が出る。音が外れていないと褒めてくれた。私は、褒められると直ぐ調子に乗るのでいつも怒られる。「北の宿から」「津軽海峡冬景色」「港町ブルース」「赤いハンカチ」「好きだった」などのど演歌を歌った。久しぶりに歌った。大きな声で歌った。歌うと涙が流れる。声が出ているし、合っていると褒められた。うれしかった。こんなど演歌ばかりだと年が分かりますね。近頃の歌はまるでだめです。理解できません。 脳梗塞で、声が出なくなっていたのが歌えた。やはり、刺激が必要だ。手や足と同様に刺激が回復をさせてくれるようだ。 感謝です。
2006.09.30
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会社員なら、当たり前のことであるが、明日から2週間程6時半に起きて7時半には家を出発する予定である。久しぶりに、社外での仕事が西大路(京都の一つ手前)である。 会社員であるが、自宅を連絡事務所としているので普段は、7時半に起きている。今夜は早く寝よう。 今日も足が快調だ。大分固まってきた。歩くのが楽しくなってきた。でも調子に乗るのはやめよう。早く歩くのはできるが、確実に歩く事ができるように、練習しよう。ゆっくり歩くと、歩き方の欠点が解かる。右足から意識しなくても歩く事が出来るようになってきた。健常の左足のように運べる。頑張ろう、もう少しだ。特に、休んだあとの歩き出しが上手くなれば最高だ。
2006.09.26
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ここ数日、ひざに力が入らずグラグラだった。もしかして、再発?かと心配した。歩き方を初心に戻り、やり直した。 ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩確実に歩いた。初めの日は、足とひざの感覚を確かめながら歩いた。引きずりそうになったら休み休み。それでも、つま先が上がらず引っ掛かるし、外側を擦る。 昨日も同じようにして歩いた。何時間経っただろうか、どうせ引っ掛かり、擦って歩くのなら、全く力を抜き、意識を足からなくして歩いてみようと思い、やってみた。最初の数歩は、引っ掛かったが、ひざが前に出、かかとが上がる。思わずこれだ!と叫んだ。家内には、まだ言わなかった。言うと「何にもかわらへん」とか言われ意気消沈してしまう。 今日は、弁当を作り、神社をめぐり、神峰山寺まで行こうと言うことで、昨日の歩き方をマスターしようと思いながらゆっくりゆっくりと歩いた。自分に合して同行してもらった。多分家内にしてみれば不足だったに違いない。その証拠に帰ってから私は昼ね、家内はまた出て行った。でも足は快調だった。途中、野菜を買ったり、サツマイモ堀やらしながら歩いた。足が快調だと、弁当も上手いし、買った野菜の重さも感じなかった。 いつも、ギアチェンジするとき、ニュートラルになるように、一段と回復基調に入ったようだ。下りや斜面を降りるとき、以前ならモモから下が緊張し突っ張って降りられなかった。今日の芋ほりで、畑に下りるとき斜面で突っ張りが無かった。あとは、歩き始めの具合の悪さが取れれば何とかなりそう。ユックリズムで行こう。早足はできないが。友人に、どんな事があっても走らない人がいた。ゴルフでもゆっくりゆっくりだった。今思うと、彼も麻痺があったような気がする。
2006.09.24
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昨日、近くの業務用スーパーに行った。平日の午前中なのかお客がまばらだった。 売り場をリハビリで、歩いていたら、柱の影でおばあちゃんが醤油を自分の袋に入れるのを見た。後をつけていたら、その後お肉売り場でパックを2個籠にいれた。 レジに並んでいたら、そのおばあちゃんが我々の後にいた。見たら籠の中身は、お肉のパックが1個だったが、袋は前にもまして膨らんでいた。 こんなとき、お店に言うべきか迷った。醤油はみたが、その後物陰でその醤油を出したらと思い躊躇した。テレビでは見たが、目の前では初めてだ。こんなとき、皆さんはどうするでしょう?たかが醤油やお肉のパック、お金を持ってないわけは無いのに。嫌な1日だった。
2006.09.23
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ひざサポータをしたときは、ひざが左右にぶれず調子が良かった。昨日弁天町まで行ったが、ひざに力が入らない。多分サポータのせいかと思っていた。 今日は、サポータをせずに歩いてみたがやはり力が入らない。もうしばらく様子を見てみよう。じっとしている分には、なんとも無いのだから。もう一度初心に帰って一歩一歩ゆっくり歩いてみよう。山あり谷ありの谷なんだろう。
2006.09.22
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ようやく風邪が抜けた。と言うより家内に移したみたいだ。昨夜から寒いと鼻がスースーすると言っていた。私は、それに喉が痛かった。のど飴をなめたら、胃が荒れたみたいだ。症状が全く同じだ。早く良くなれ!! 昨日から、歩きが下手になった。後ろに蹴られないのと前に出せない。サポータで一次はスムーズだったのに。凹んでます。 リュックタイプにカバンを18日に梅田で買った。購入するまで6回ほど通った。デザインがリュックリュックしてなくて気に入ったのと、今の私の小遣いで最大の価格である。因みに、6980円だった。明日、そのカバンを背負ってお仕事に弁天町まで行く事になった。
2006.09.20
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2日前の夜に無性に寒気がした。葛根湯を飲んで寝た。昨日は1日中寝ていた。今日は大分良くなったが、まだフラフラする。 昨夜、家内がNHKで脳神経の番組をやっているよの声に、返事だけはしたらしいが記憶に無い。いつもなら真っ先に見るのだが。 今日これから、阪急千里で横田さんの写真展を見に行こうと言っているが、梅田のヨドバシカメラでOA用のバックと言うよりはリュックサックを買いにもいきたい。今までは、普通の肩掛けバックだが、リュックの方が断然良いと思う。デザインも気に入ったので、家内に購入許可を打診したらOKがでた。家内の気持ちが変らないうちに買いたい。
2006.09.17
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先日、ジャージのズボンを買った。これまでは、股下70cmですそ上げしてもらっていた。今日も家内に、いつも通りに70cmですそ上げをしてもらった。 意気揚々とはいてみたら、何とすそを引きずる。測ってみたら間違いなく70cmある。とういことは自分の身長が縮んだに違いない?? どう考えても???だらけ。身長が縮むんだろうか? それでは身長を測ってみようとなった。ショックだ。脳梗塞で倒れる前までは、170cmあったのが、今日測ったら何と、168.5cm。1.5cmも縮んだ。ショックだ。 麻痺側が縮んでいる事は、認識していた。意識して伸ばせば、元の長さになると思っていた。今日測るときは、しっかりと伸ばして測ったのに。 でも、年を取ると背が縮むことは、解かっていたが、まさか自分がその域にいたとは、非常にサプライズだった。 踵を上げるように(踵がお尻に着くように)蹴って歩くことは、自然な歩きだと思う。左がそのようにして歩いている。サポータしてから、踵をお尻につくように歩く事ができ、快調である。でも、先日のように、調子に乗って歩くとまたコケル。注意して歩こう。
2006.09.14
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先日から、右の麻痺足が左より大きく感じていた。右足にサポータを巻いているが、それだけではない。今日靴屋で、足を計ったら、右が左より「0.5センチ以上」大きいとのことだった。 カタチンバな足の人は多いそうだ。普通気がつかずに「ちょっとキュウクツだな」ぐらいで履いているそうだ。その内に靴が足に合うように大きくなるのだそうだ。 去年、近くの靴のスーパーで店舗改装の為バーゲンをし、1足5~8000円する靴が全て、500~980円売られたので、10足ほどまとめ買いした。足に合うまで履く機会がない。毎日別の靴を履く。それ故、足に合うように靴が大きくなる間もなく別の靴を履く。 人間の体って左右対称でないことを実感した次第です。 昨日から、ひざサポータをして歩いてみた。前後にはヒザを曲げて歩けるが、左右の力に弱い。今日気がついたのだが、サポータをして歩くと、足を蹴って歩く事が簡単だ。健常の左とヒザの使い方が違う事は解かっていたが、どう違うのかが解からなかった。しばらくはサポータを付けて歩いてみよう。
2006.09.11
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昨日は仕事で、福島駅前のホテルと東淀川駅の近くの会社(健常なら本当に近い)へ行った。始めから足が上がらず重い。どうしてなんだろう、腕も上がるしほとんど進まなかった。階段の上り下りのみがまともな気がした。 多分、普段歩く時は、サンダル式のベルトがついた軽い履物なのに、革靴を履いた。 普段は、何ももたずに歩くのに、重いカバンを斜めに担いでいた(なで肩なので片方の肩だけでは滑り落ちる)。普段でも荷物を持つと足の出が悪い。(何故なんだろうと思う) そのように気がつき、ゆっくりゆっくり歩いた(すれ違う人が、大丈夫ですかと声を掛けてくれる)、まるでスローモーションの感じだ。そばにいた人は驚いただろうな。つまり、歩きの基本に戻ってみたら、大分良くなった。でも、仕事のときはカバンを持たなくてはならないから、克服しなければ。歩き方を変えてみようかな。 これからは、リハビリで歩く時は、カバンに重しを入れて歩いてみようかなとも思う。 福島駅は以前テレビで下町冗長溢れる場所であるように放映していたが、どこにあるのか何と言う通りかも不明なので、探せなかった。福島駅前と東淀川駅周辺はまるで浅草の裏通りみたいな感覚だった。家内が言うには、東淀川や新大阪なんかは昔田んぼだったそうだ。
2006.09.06
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今日は、珍しく家内が一緒に行ってくれた。検診では、血圧と血液検査をした。結果は全く異常なしだった。一安心だ。 帰りも歩いて帰ったら、日射病になり、救急車で再度同じ病院へ逆戻り。そこでCTを撮ったが、問題なくちょっと安静にして帰った。 一日いろんな事がありすぎた。疲れた。明日は良い日が来ることを祈ろう。
2006.09.01
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