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2012年7月6日(金)~8日(日)の3日間の日程で、恒例の七夕祭りが開催された。昨年は、震災の影響で自粛していた夜間の開催が復活し、夜間照明も鮮やかであった。今年は、七夕飾りは、例年どおり華やかに飾られていたが、お店の配置が露天商と地元の商店とのすみ分けがうまくできていたような気がした。
2012.07.08
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5月27日(日)神奈川県平塚市の北部に位置する花菜ガーデンでは、バラの花が満開の時期を迎えていた。折りしも、5月14日から6月30日まで、「ローズフェスティバル~春~2012」と称し、約890品種約1100株のバラは、圧巻である。この日は、気候も正に五月晴れであり、駐車場も満車となっていたが、30分程待つと駐車場へ入ることができた。花菜ガーデン
2012.05.28
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昨年(2011年)6月9日に腎臓摘出手術を施術して、その後人工透析治療を受けることになり、早、一年が経過しようとしています。その一年間で、いろいろな体験をしてきました。人工透析中によくある症状をほとんど経験し、また、透析治療の合間に、放射線治療や抗がん剤治療も体験してきました。人工透析へ至る体験を記録に残すべく、人工透析に関するWEBサイトが完成しましたので、以下のWEBサイトへアクセスしてください。この内容は、筆者自身への記録と医療機関の専門職の方々から得た内容をまとめたものです。糖尿病等の生活習慣病から透析へ移行する方がほとんどと聴いていますが、筆者は、腎臓疾患から腎臓の全摘による透析への移行と、多くの方々と異なった過程を辿っていますので、どうような境遇に方々の参考となるかもしれません。「人工透析への道~人工膀胱から透析者へ~」
2012.05.15
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現在、がん治療を行いながら、自然体で生活をしていますが、最近、よく「精神力が強いですね」と言われています。当人は、本当に精神力が強いと思っておりません。15年前にがんを発症し、主治医に恵まれ、治療を続けていますが、病気が発症するまでは、病院嫌いで、注射をすることさえ拒否していました。子供のころは、軟弱で、転んでちょっとした怪我をしただけで、大げさに泣いていたと母から話を聴いていました。そんな当人が、なぜ、自然体で治療を受けることができるようになったか、これも自然体で、特にがんに打ち勝つための努力をしてきたわけではありません。強いて言うなれば、「生きるため」の意志のちからが働いたのだと思います。15年前の当人は、団塊世代の真っ只中で働いており、仕事が最優先でした。当時、入院生活をしながら、仕事をしていました。当然、病気のことはすっかり忘れていた状況でした。そのような体験が、5年毎のがんの再発によって入院生活を余儀なくされましたが、目的を持った「生きること」の意志のちからが働き、現在に至っています。この「生きること」の意志とは、目的を持って毎日を満足して生きることです。入院生活で感じたことは、何もしない、目的もない生活は、大変苦痛であり、頭の中が通常のように働いている間は、仕事にしても、趣味にしても満足いくような目的を持って毎日を送りたいと思っていました。昨年は、4度目のがんの再発により、とうとう余命を宣言されたような気がしましたが、「生きるため」の意志のちからは変っていません。ますます、充実した毎日を過ごす方法を考えるようになりました。昨年は、未曾有の大震災により、尊い命が一瞬にして奪われ、無念の気持ちが残るところですが、残された人々は、こららの辛い体験を土台にして、力強く生きている姿を見ていると感激に堪えません。また、昨今、凶悪な事件で人を殺傷したり、世をはかなんで自殺する人も増えていますが、身体的に健康な人は、毎日を満足して生きる方法を見出せば、元気に生活ができるちからが沸いてくると思われます。辛い体験をした人々や障害を持った人々は、精一杯「生きるため」の意志のちからが働いているのですから。
2012.01.19
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本年の年賀状に昨年の入院状況を記載したところ、1年間ず~と入院していたように思われ、皆さんからご心配の電話やメールを頂き、申し訳ありませんでした。また、ご連絡を頂き、お礼を申し上げます。昨年、12月15日に退院し、元気に年末年始を自宅で過ごさせて頂きました。がん治療は、今年も続けますが、主治医と相談しながら、最善の方法で対応していきます。仕事は、ASPICで、週2~3日従事していますので、ご連絡頂ければ、都内での会合も可能です。また、地元では、当方の体験を活かし、週末を利用して障害者の権利擁護のための活動を行って行く予定です。さらに、自らの健康管理とリハビリのために、ダンスも続けていく予定です。2012年は、健康状態を見ながら、一歩一歩、確実に満足のいくような生活をしていきたいと思いますので、皆さんの替わらないご支援をお願い致します。
2012.01.08
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国賓として2011年11月に日本を訪れたブータン王国のワンチェク国王とペマ王妃は、日本中で大きな話題となった。その国王夫妻の来日で注目された言葉が「国民総幸福」(GNH)である。物質的な豊かさではなく、GNHが示す国民が抱く幸福度の総量を増やすことを目標とした政策を行うことである。昭和40年代の高度成長時代に育った筆者は、物質的な豊かさを求めて「もうれつサラリーマン」として働いてきた。いわゆる「団塊の世代」に生まれた筆者は、競争社会で、勝ち抜く方法を徹底的に叩き込まれ、「勝ち組」になることを教育されてきたのである。当時は、日本の高度成長を後押しするための原動力となったことには否めないが、結果として、産業廃棄物を多数、生産してきたことも間違いない。今年の3月11日を境に、果たして物質的な豊かさで幸福感が味わえるか自問自答している。自分にとって、欲しい物を際限なく集めた物は、果たして本当に必要な物か疑問となっている。近年、所有から利用への考え方が浸透してきている。レンタル品を使用したり、必要な人と必要な物をシェアしたりするシステムも広がっている。また、「断捨離」という言葉が流行語となり、身の回りをすっきりさせ、生活環境の空間を広げ、精神的な安らぎを与えるような状態になることを期待できるのである。ブータンが提唱する「国民総幸福」(GNH)を最優先に考えて、今年に起きた天災、人災を乗り換え、来年度に向け、身の回りをすっきりさせ、心のケアを試みてみたいと思う。
2011.12.23
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3月11日14時46分に、東関東大震災が発生した。筆者は、持病の治療のために、最寄の病院に15時に予約を取っていた。14時40分頃、病院の泌尿器科に到着し、受付を済ませて、検尿のために、専用トイレに入った途端に、大きな揺れを感じ、めまいがしたかと思い便座の横に座り込んでしまった。次に大きな揺れが再び起こり、これは只事ではないと思い、トイレから飛び出すと、待合室では、大きな騒ぎとなっていた。幸いにも、病院のスタッフが冷静に待機の指示を行っていたために、待合室の患者は、パニックに陥ることなく、避難指示に従い安全な場所へ誘導されることとなった。30分程経ってから、比較的軽度な外来患者は、そのまま帰宅させられ、筆者を含め、治療の必要な患者は、処置をして帰宅となった。筆者にとっても、この「3.11」を契機に、人生観が大きく変化してしまった。その後の持病の治療で、左腎臓にガンの兆候が現れ、左腎臓摘出を宣言され、6月はじめに手術の予定が組まれた。それに先立ち、人工透析に移行するために、5月はじめに右腕シャント手術を施した。幸いにも、シャント手術と左腎臓摘出手術も成功し、同時に、人工透析の導入が始まり、7月はじめに、自宅近くの透析クリニックへ移った。その後、泌尿器系のガンから肺に転移していることが判明し、10月下旬に、再入院し、抗がん剤投与の治療を受けることになり、今年いっぱい、この治療がつづくこととなった。ことしは、「3.11」以降、シャント手術、左腎臓摘出、人工透析、放射線治療、抗がん剤治療と、治療の一年を過ごしてしまった。筆者にとって、大きく人生観が変わったことは、人間ひとりひとりは、運命の渦の中にあり、いくらもがいても、そこから脱することは難しく、むしろ、その運命の渦に身を任せ、「生かされている」ことを実感したのであった。一生懸命に生きることに努力することにより、精神的に前向きとなり、悔いのない生活をおくることできると感じ始めた。日々、東日本大震災で被災した人々の様子がテレビ等で報道されているが、辛い、厳しい立場から這い上がろうとしている状況に感動し、共感を覚えてならないのである。
2011.12.14
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今年も余すところ約1ヶ月となった。今年の流行語大賞にノミネートされるのは、何だろうか・・・と考えているうちに、今年の世相を反映しているものの内、「断捨離」「エンディングノート」「タイガーマスク」「イクメン」等を挙げたい。これらに共通することは、3.11の大震災以来、日本人の価値観が大きく変化して、今までの大量消費を含めた儲けるために、何でもする環境から自分自身を見直し堅実な世相に移ってきたのではないだろうか。もともと地球に住む人類を含めた生物は、宇宙の摂理に基づき「生かされいる」と言われている。自分自身で勝手に生まれてきたのではなく、多くの人々や環境に支えられ生まれ育ってきたことを改めて考える時期にきており、安易に自分の人生を勝手に決める訳にはいかないのである。「断捨離」は、物への執着を捨てて快適な生活を目指すことを意味している。我々は、財産を所有していても人生の終わりには、本人にとって何も意味の無いものとなってしまう。「エンディングノート」は、そのような意味で、最後は、潔癖な状態にするために、予め生活環境を整理しておくノートである。「エンディングノート」に記載していくと、不要なものがかなりあることにも気づくのである。また、この度の大震災後での日本人の行動が世界に評価された。被災地においても支援物資を支給されるときに我慢強く順番を待っていたり、我慢をしていたりする民族は、世界に無いと報道されていた。ここで日本人の根本にある思想・自然観は、何なんだろうといろいろな東洋思想に関する宗教や哲学の書籍をあさってみた。もともと日本人は、表立ってボランティアや寄付行為を行うことを得意としていない。その現れとして伊達直人と名乗る「タイガーマスク」が、いろいろなタイプの寄付行為を行っていた。また、高度成長時期は、家庭を犠牲までして会社に忠誠心をしていたお父さん達であったが、「イクメン」と言われる若いお父さんは、堅実に家庭の重要性を意識して家庭を支えている。日本人は、欧米人と比べると宗教観に乏しいと言われているが、誠実性や控えめな行動は、古来からの神道に見られる自然観や中国の儒教や道教に影響を受けた仏教の思想が延々と根付いていると思われる。この度の大震災以降、本来の日本人の力強さに戻ることを期待する。
2011.11.23
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10月25日より入院により、がん治療のため、抗がん剤投与を行うことになった。入院先での透析治療も同時進行で行う。透析者による抗がん剤の点滴治療の症例は、あまりないようで、どの程度効果があるかは、実践での効果を確認する他はないようである。週1回の抗がん剤投与を3週続け、第1週目の2日目に別の抗がん剤投与を行い、5時間程度置いて、透析を行うというハードスケジュールも併せ持っていた。結果は、2週目の後半で、副作用の嘔吐と腸閉塞の前兆での腹痛に悩まされ、白血球の低下により、一時中断となった。11月17日に一旦、退院して、10日程、リフレッシュしてから、11月28日より2クール目の抗がん剤治療を行うことになっている。
2011.11.19
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6月9日、左腎臓全摘後、すべての腎臓を失ったため、翌日から透析治療を行うことになった。総合病院での導入時の透析治療は、辛い日々が続いたが、3週間程、入院中に、透析治療の基本的な勉強と管理栄養士により栄養指導が行われ、地元のクリニックへ移動した。7月1日より、透析クリニックで治療を行い、約2ヶ月が経過し、透析の環境に大分慣れてきた。退院後、放射線治療を28日間連続で、並行して行っていたため、食欲が減退して、標準体重が、現在では、50.9kgとなってしまった(手術前の体重は、56kg)が、体力回復のために、適宜、東京の事務所まで通うことにより、体調も改善してきたようである。月水金の午後から4時間の透析治療では、時間の過ごし方も少しづつ習得し、病院での導入時の治療よりも快適な環境で、治療を受けることができるようになった。
2011.08.27
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マイノリティ(少数派)は、常に厳しい環境に立たされるが、反面、その環境を跳ね除ける精神力と本来以上の実力を発揮したのが、「なでしこジャパン」だったのだと思う。マジョリティ(多数派)に属する人びとは、得てして、その組織、団体の環境に甘え、個人を抑えてしまう場合が多く、個々の能力を充分に発揮できない状況に陥ることが多々見受けられる。なでしこジャパンがアメリカ女子サッカー代表チームに勝利したのも、これらの条件が働いたのかもしてない。資金面等含めた環境に恵まれたマジョリティに属する組織、団体が常に勝利するとは限らないことが実証されたのだと思う。そのような条件下で、今回の女子W杯決勝戦を観戦して、なでしこジャパンが勝利した瞬間に、感激の涙したのは、筆者ばかりではないはずである。スポーツ観戦で、このように感動した試合は、滅多にないことを改めて考えることも、ひとつの前向きに前進する要素となるかもしれない。マイノリティの存在は、スポーツの世界のみではなく、世の中には、いろりろなタイプのマイノリティに属する組織・団体・個人が存在する。得てして、マイノリティの人びとは、世の中の存在に埋没してしまい、状況によりマジョリティに抹殺されることもありうるのである。筆者は、現在、内部障害者の団体に所属して、広報活動を展開しているが、正に我々の団体もマイノリティのひとつであり、常に存在感をアピールしない限り、世の中から抹殺される恐れもあり、世の中に認知されるまで、当事者が弱気になることなく、地道にアピールしていく必要がある。マイノリティに属する個々人は、存在感を継続的にアピールすることにより、「なでしこジャパン」の快挙のように、大きな力となるかもしれない。
2011.07.20
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7月8日(金)より10日(日)までの3日間の日程で、第61回湘南ひらつか七夕まつりが開催された。今年は、震災の影響もあり、開催が危ぶまれたが、平塚の七夕祭りは、、戦後の復興を目的に開催された経緯もあり、従来より縮小して、被災地への復旧・復興を支援することも考慮して開催された。今年の七夕まつりの飾りつけは、何となくシンプルな感じがして、原点に戻った本来の七夕まつりのように感じた。また、派手なイベントも控え気味となり、比較的静かな開催となった。
2011.07.10
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6月6日(月)より、左腎臓全摘手術および人工透析へ移行の準備で入院療養することになった。開腹手術は、今回で4回目となるために、入院手術そのものは、特に不安材料はなく、淡々と入院生活を続けているが、今回は、2つの事象が初めての経験となる。手術後、ICU(集中治療室)で治療を受け、人工透析室で逐次、透析治療となることを説明された。早速、ICUと人工透析室への見学を要望し、現場をみることにより、状況を理解することができ、不安材料が消えました。前のブログで触れましたが、県立保健福祉大学にて、講演を行った時に、客家の格言「百聞は一見に如かず、だが、百見は一行に如かず」を披露し、現場で経験することが重要ですよと、体験を踏まえて、お話をしました。今回は、見ることにより状況把握ができ、明日移行、未知の体験をすることになるが、今後の病気に立ち向かう心構えができたと思う。
2011.06.08
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5月27日(金)、神奈川県立保健福祉大学(横須賀市)にて、筆者自身の障害者であることの体験から学んだことを、将来、医療・福祉・介護の専門職となる学生約70名の前で講演をしてきました。講演の内容は、筆者自身の病気の体験、日本オストミー協会での支援活動、そして、筆者の地元での居場所の市民活動等の体験を披露させて頂きました。講演で一環して訴えたことは、以下のとおりです。1)現場で学び取ることが重要2)世の中には、いろいろな個性を持った人が生活していること3)同じ目線で対峙するフラットな関係を築くこと4)ピアの関係を築くこと5)医療・福祉・介護のネットワークを構築すること6)ユニバーサルデザインの考え方若い受講者は、熱心に耳を傾け、1時間の講演のあと、30分の質問時間を設けたのですが、専門職を目指す立場から、矢継ぎ早に、素晴らしい質問を受けました。日本における将来の医療・福祉・介護に携わる人たちが当事者の立場を理解して頂いたと思い、明るい未来を期待できる予感がしました。
2011.05.27
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日本オストミー協会本部が主導して、被災地の管轄する各支部へストーマ装具をスムーズに搬送された旨の報告を受け、平時での協力体制やネットワークづくりの重要性を身をもって体験したことは、今後の支援体制にさらにパワーアップした活動が期待される。しかしながら、報道ではあまりクロースアップされていなかったトイレ施設の問題である。古い公共施設のトイレは、和式が殆どであることと、入り口から、便器への動線が狭いところが多く、車椅子での移動ができないとの報告があがっている。また、トイレスペースに手すりが設置されておらず、高齢者の利用も困難となっている。また、環境面・管理面も含めて、衛生状態が極めて悪く、ますます利用しにくい状況となっている。今回の避難所となった学校施設のトイレについても、和式トイレが殆どであったようだ。少なくとも、平時に、排泄作業が心地よく行われるような環境や設備の改修工事を早急に検討すべきである。特に障害者に配慮した利用方法のサポートも必要である。一方、4月28日付け朝日新聞「患者を生きる 被災の地から 人工肛門」に掲載された記事で、すべてのオストメイトへ日本オストミー協会の活動が知れ渡っていないことと、自治体職員から冷たい対応をされた内容であった。日本オストミー協会の各支部の活動として、自らオストメイトと言えない当事者へ「オストメイトの皆様へ」と避難所へポスターの張り紙をして、困ったときは自治体の担当課へ連絡してくださいと・・・広報をしていたのだが、すべてのオストメイトに行き渡らなかったのは残念であった。
2011.05.08
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5月2日、人工透析を行う準備として、右腕にシャント手術を行い、無事退院しました。※残念ながら利き腕ではない左腕にシャント手術ができませんでした。シャントは、動脈と静脈を接続する手術で、1ヶ月ほど、静脈を太くする訓練を行い、太くした静脈から人工透析ができるかの確認を行い、6月第2周目に、左腎臓の摘出手術を行う予定です。その後、完全に人工透析の患者となります。インターネット上での「人工透析」の生活改善の情報も乏しく、医学的情報や手術の情報は、掲載されていますが、生活向上(QOL)に関する情報ついては、ほとんど掲載されていません。人工透析に至る患者の経緯が我々オストメイトの経緯と異なることも判りました。主に長い間糖尿病を患って、腎機能が悪化し、人工透析に至る患者がほとんどのようです。したがって、我々オストメイトのようにがんが原因で、突然障害者となった場合と異なり、長い間、闘病生活の上、人工透析に至る患者が多く、インターネット上で、病状を公開するほどのゆとりがないように見受けられます。筆者のような経緯で、人工透析に至る例は、めずらしい症例のようです。今後、「人工透析」のホームページを開設し、オストメイトとしての体験を生かした社会復帰の情報を提供していきたいと思います。
2011.05.06
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情報が溢れることにより、風評により、左右されいる人たちが多いことに気がついた。筆者が体験した状況を以下に記載する:1)ストーマ装具の買いだめ我々、オストメイト(人工膀胱・人工肛門保有者)は、ストーマ装具がないと生活が困難となり、生きていけません。幸いにも、被災地に対しては、日本オストミー協会本部の支援の基、日本ストーマ用品協会は、警察の通行許可書を得て、現地へ搬送した旨の報告を受けている。また、我々が管轄する神奈川支部管内においては、公共施設に個人のストーマ装具を保管するシステムを確立し、行政を通して、オストメイトに災害時の対応に対して、保管するよう呼びかけている。しかしながら、あるストーマ装具販売店に販売在庫に対応を確認したところ、対象オストメイトがストーマ装具の買いあさりに殺到しているとのことであった。自分の家に余分のストーマ装具を貯めこんでも意味のないことであり、公共施設への追加ストーマ装具の保管をするよう、ストーマ装具販売店へアドバイスした。2)電池・ロウソクの買いだめ当初、計画停電が計画通り、実施されなかったが、実施されたとたんに、電池・ロウソクの商品が店頭から消えてしまった。しかしながら、計画停電で一番影響を受けるのは、夜間のグループであり、買いだめをするような状況ではないはずである。結局は、電池そのものは、消費期限もあり、ごみとして捨てることになるのである。3)水道水の汚染によるペットボトルの買いあさり東京都の水道水が汚染されたとの報道があり、翌日の都内の自動販売機やコンビニでの水のペットボトルは、全く姿を消してしまった。報道のとおり、乳幼児に対する配慮が必要のため、乳幼児を抱えた家族を最優先に販売するような対応をすべきである。また、泌尿器系に疾患のある患者や、人工膀胱の患者は、一日最低2リットルの水分を摂るよう指導されている。通常、これらの患者は、自宅待機しているケースが多いために、水道水で対応できるが、都内への外出時に、水を手にいれることが出来ないのだ。2リットル分を常に持参したらとの意見も聞かれたが、2リットル=2キログラムの重さをバックに入れて移動できますか?筆者も、仕事で都内に通っています。事務所へ到着すれば、水道水が確保できます。移動中の水を確保するために、地元で、2本のペットボトルを調達して、通勤しています。さて、民間の広告機関であるACでも呼びかけていますが、必要以上の買いだめは、やめましょうを広報宣伝しています。一番困っているのは、被災地で被災された方々であることを忘れてはいけません。被災地以外で、水、電池、燃料等を買いだめすると被災地への物資が行き渡りません。首都圏においても流通体制も1週間も経過するとすこしづつ元に戻ってきます。風評に惑わされずに、冷静に行動し、買いだめを避けましょう。
2011.03.26
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3月11日15時に定期検診のために、病院の泌尿器科外来を訪れた。泌尿器科では、検査の前に必ず、検尿することになり、専用のトイレに入ったトタンにめまいを感じ、トイレで座り込んで、採尿後、待合室に戻ったところ、大きな揺れとなった。報道発表では、14時46時に国内観測史上最大のM8.8を示し、湘南地区では、震度5弱とのことであった。病院内での地震に遭遇したのは、初めてであり、病院職員が冷静に対応し、まずは、待合室から移動しないで下さいとの指示があり、状況を見て、安全な場所へ誘導された。その際に、看護師が中心となり、ひとりひとり名前を確認し、移動することになった。最初の地震から安全が確認できたとのことで、元の待合室に戻ったが、すぐに強い余震が発生し、非難場所へ再度移動することになった。病院の対策本部の指示で、余震が続いたために、外来診療を中止し、外来患者全員が帰宅を余儀なくされた。筆者は、幸いにも主治医と担当看護師と会うことができ、次回の指示を受けて帰宅することとなった。今回の体験で、病院内の非常時の対策が冷静に対応していることが、わかり、今後の行動に役に立つことができた。
2011.03.11
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今年になって、2回目の腎盂腎炎での短期入院(4日間)となりました。昨年4月に初めて腎盂腎炎で入院してから5回目となります。一般的には、腎盂腎炎は、人体構造上、女性が罹ることが多いと言われていますが、筆者は、腎ろうカテーテルの挿入による管理上の問題で腎盂腎炎に罹ってしまいました。泌尿器系カテーテルを保有している患者も多く存在すると聞いております。いままでの5回の入院の体験から、腎ろうカテーテルの管理と腎盂腎炎に罹らないようチェックしていきたいと思っております。筆者の専用WEBサイトで詳細情報を提供しておりますので、以下のサイトもご確認ください。よしひろの趣味
2011.02.20
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本日、平塚市内で活躍する「家庭医」の先生とお話してきた。「家庭医」は、医療全般に関する何でも相談できる医師である。持病を持った患者にとっては、ありがたい存在である。病気の種類によってあちこちの診療所に通わなくても、自分の主治医として相談できる存在である。「家庭医」の詳細は、以下のブログを参照してください。湘南真田メディケアセンター全国に「家庭医」の先生方が増えることを期待する。
2011.02.06
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昨年12月に「腎盂腎炎」で入院し、1ヶ月で再入院となってしまいました。しかしながら、今回は、入院への対応が早かったため、実質三日で退院となりました。今回、改めて、利用者(患者)としての病院への対応方法の発見です。厚生労働省は、各自治体に対し病院と診療所の連携(病診連携)を推進しています。筆者が住んでる自治体のおいても、思った以上に「病診連携」が進んでいることがわかりましたが、残念ながら、利用者にあまり知られていないことが課題となっています。筆者は、長年のオストメイトという障害者であり、定期検診を受けるために、主治医が経営する診療所から総合病院を紹介して頂き、精密検査を受診していました。昨年は、「腎盂腎炎」が頻繁に発症するために、総合病院での定期検診も受けていましたが、突発的に「腎盂腎炎」が発症するようになり、緊急入院を余儀なくされるようになってしまいました。この緊急入院がスムーズにできるようになったのも「病診連携」のひとつの要因であり、今回のように、症状が出て、すぐに入院手続きができたことにより、早期治療により退院が早まったと思っております。筆者のように持病を持った方々は、まずは、住まいの近くの診療所の主治医を持つことが重要と考えます。
2011.01.29
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1月15日(土)、神奈川県平塚市で、医療・介護・福祉に携わる専門職・支援者が集まり、医療・介護・福祉の分野でのネットワーク作り、それぞれの分野で活躍する人たちとの連携や情報交換を行うことを確認した。参加者は、訪問医療を行う医師、開業医、訪問看護師、病院看護師、薬剤師、ケアマネージャ、ヘルパー、その他、医療・介護・福祉に関連する専門職・支援者が集まった。ここに障害者団体の役員として筆者も参加し、当事者の役割として、「ピアサポート」をベースに「こころのケア」をサポートする役割を確認した。今後の活動において、本来の利用者である患者(当事者)がワンストップで医療・介護・福祉へのチャネルを確保できるネットワークを確立できることを期待する。
2011.01.16
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あけましておめでとうございます。昨年のブログの書き込みは、途中で途絶えてしまいました。昨年は、「腎盂腎炎」で3回、地元の総合病院へ入院してしまいました。体調が不安定な一年でしたが、今年は、無理をせず、少しづつ目標を達成していきたいと思います。今年は、ASP・SaaS・クラウドの仕事を継続すると共に、地域での福祉関連の市民活動に協力していきます。毎年恒例の箱根駅伝の復路8区の平塚地区での応援をしてきました。この段階では、早稲田大学が1位、東洋大学が2位でした。現在、テレビ観戦ですが、この順位は変わらず、結果はどうなるのでしょうか?
2011.01.03
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第60回湘南ひらつか七夕が7月1日(木)から4日(日)までの4日間の日程で始まった。七日が含まれないのは、七夕として若干違和感があるが、今年は、何とか天候に恵まれ、例年どおりの人出となったようだ。今年で、60年を迎え、平塚七夕も還暦となり、一時期は、マンネリ化とも言われ、衰退するのではないかとの懸念もあったが、最近の地域まち興しの一環で、人気も保っているようた。
2010.07.04
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3月のお彼岸の墓参りに、菩提寺の池袋のお寺お参りし、上野公園へ移動した。21日(日)の天気予報は、強風の予報であったが、東京23区内では、それほどの強風に見舞われなく、穏やかな天候だった。菩提寺の池袋のお寺から、山手線に乗り、上野公園へ足を延ばした。桜のつぼみが膨らんできており、もうすぐ開花できるような状態になっていた。一本、開花している木を発見、来週には、花見で、多くの人出が期待できそうだ。
2010.03.22
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平塚市総合運動公園内では、いろいろな植物、花が観賞できる。そろそろ梅の開花の季節かと思い、訪ねてみた。紅梅・白梅が2分程度、咲いていた。
2010.02.07
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2月3日(水)平塚八幡宮にて毎年恒例の節分祭が行われた。節分祭には弓矢の技を持って災厄を祓う除魔神事が行われ、その年の年男・年女や厄年の人々によって豆まきを行った。筆者も氏子のひとりとして、この豆まきに、毎年参拝している。今年一年、健康で活動できるよう祈願し、この地を跡にした。
2010.02.07
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1月23日(土)平塚市中央公民館にて、午前の部および午後の部の2回にわたり上映された。主催は、「いのちの作法」上映実行委員会であるが、平塚市および周辺地域で、市民活動を行っている個人及び団体所属の人々によって構成され、6ヶ月にわたって準備がされ、合計1000名以上の入場者を確保でき、満足のいくイベントとなった。上映後、「いのちの作法」の監督である小池征人氏よりこの映画の趣旨等を含めた説明と挨拶があり、また、この映画のテーマ音楽を作曲・演奏をした森拓治氏のよるウクレレの生演奏が披露され、中身の濃いイベントであった。筆者もスタッフとして参加し、約20名のスタッフと共に、それぞれの役割を、淡々と、それぞれのスタッフが自主的に行動していた。さすがに、日頃、市民活動に従事しているスタッフが揃い、トラブルなく、一日が終了し、主だったスタッフで、打ち上げ会にて、懇親を深めた。このイベントの実行委員会へスタッフとして参加し、貴重な体験を得た。地元で市民活動をしている人々と連帯感が生まれ、新たなネットワークが形成された。この映画の趣旨である「人間らしく生きる。人間らしく輝く。」のメッセージがこの開催地に若干、浸透したのでないかと期待したい。
2010.01.23
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日本オストミー協会神奈川支部で、同憂者(オストメイト)の社会復帰の相談会へのお手伝いをして5年が経過し、少しづつ日本オストミー協会の活動状況が浸透し、相談窓口の体制が確立してきました。具体的には、月1回、神奈川県内の主要地域で、オストメイト相談会を開催し、また、毎月第三木曜日(藤沢市)と第一金曜日(横浜市)に「おしゃべりサロン」を開設している。これらの活動の実績に基づき、平塚を中心とした湘南・西湘地区で、福祉相談ができる環境づくりを構築するべく、平塚市内の障害者団体や市民活動団体との連携を模索してきた。昨年より、こころをつなぐ平塚にて、障害者団体や市民活動団体のポータルサイトを開設し、コアメンバー5名で活動を開始した。さらに、他の先進事例を学ぶべく、本日、神奈川県秦野市で、既に福祉なんでも相談室を開設し、障害者団体を中心に、総合相談事業や成年後見事業を行っている総合福祉サポートセンターはだのを訪問し、立ち上げから現在に至るまでの活動状況をお聞きした。いろいろ貴重なご意見を頂いたが、ポイントは、当事者が公平・中立に地道に活動することであった。湘南・西湘地区においても、頂いた情報に基づき「福祉なんでも相談室」を構築すべく、一歩一歩、地道に、活動していくことが明確となってきた。
2010.01.12
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2010年1月10日(日)平塚市内の公共施設内で、「自分が介護される身になって・・・」と題して、男性介護者、がん患者、訪問看護師の3名がそれぞれの立場で介護にかかわる発表を行った。男性在宅介護者は、ご子息とともに奥さんを介護して13年、在宅介護の状況をビデオを介して紹介した。介護にあたるヘルパー、リハビリ担当者、訪問看護師、訪問医師、歯科衛生士等が登場し、実際の介護の現場を粒さに表現されていた。従来のスライドを使用したプレゼンと異なり、男性介護者が自らビデオを回し、生の現場を見ることができ、参加者の感動を得た。二番手は、筆者自身が、オストメイト(人工膀胱保有者)しての体験から社会復帰までの過程と内部障害者として、目に見えない社会的バリアの問題を提起した。三番手として、訪問看護師として、看護の現場の紹介と介護保険での対応の難しさを判りやすく説明された。3名の発表後、3グループに別れ、グループミーティングが開催され、活発な意見交換がなされた。共通の課題として、気軽に悩み事の相談ができる場所がない、行政も適切な対応がされていないとの課題が浮かび上がった。このインベントを主催した市民団体は、草の根の活動を月一回、開催し、誰もが気軽に立ち寄れ、何でも相談できる環境づくりをしている。筆者もオストメイトの立場でこの活動に積極的に参加している。
2010.01.10
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長編記録映画「いのちの作法」が次の日程で上映される。日時:2010年1月23日(土)午前の部11時開演、午後の部14時開演場所:神奈川県平塚市中央公民館大ホール入場券:前売り1000円人間らしく生きる。人間らしく輝く。みちのくからのメッセージです。がキャッチフレーズで、生命の尊厳とは何か?福祉社会とは何か?地方行政の姿から、日本の有るべき姿が未来が見える。・・・という映画である。興味ある方は、是非、見てほしい。いのちの作法公式サイト
2010.01.09
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1月4日(月)、本日よりIT関連の業務開始です。10時までに五反田の事務所へ行くことになっています。通勤電車は、かなり空いていました。まだ、休みが続いている所もあるのでしょうね。クラウドコンピューティングが本格化する時期となってきました。ASP・SaaSをサポートする業務に本日から取り掛かります。
2010.01.04
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本日も箱根駅伝復路8区平塚中継所より1km地点で観戦した。平塚中継所での順位は、1位東洋大学、2位とは約4分30秒程の差をつけて快走です。自宅の戻って、テレビ観戦、9区に入って、東洋大学が順調に1位を保っている。さて、今年は、東洋大学の2連覇なるか?
2010.01.03
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恒例の箱根駅伝往路3区平塚中継所手前1km付近で、応援観戦した。自宅から自転車で、海岸道路へ行き、観戦スポットを確保した。トップは、明治大学だった。10時10分過ぎにトップが通過し、ラスト20位まで10分以内で通過してしまった。今年は、各大学の実力が伯仲していると思われる。自宅へ戻り、鎌倉で新年会へ参加、帰りに鎌倉大仏殿高徳院へ寄り、江ノ電で藤沢駅へ戻った。新年会の合間に箱根駅伝の往路優勝は、東洋大学だと判った。柏原選手が、また記録更新をしたようだ。
2010.01.02
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毎年、地元の八幡宮へ初詣に行く。今年もいつものとおり30分程、並び本殿へ。その後、恒例のおみくじを買ったところ「吉」だった。今年は、平穏無事に、自然体で過ごすつもりだ。
2010.01.01
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ブログへの投稿を、またまたさぼっていました。ここのところ、本業のIT部門の仕事と福祉のボランティア活動で毎日忙しく過ごしています。そんな中で、昨年7月に福祉住環境コーディネーター3級の検定試験を受検したところ、一発で合格しました。気を良くして本年7月に福祉住環境コーディネーター2級を受検しました。8月21日に合格の通知が到着し、思いのほかびっくりし、久々に大変嬉しい思いをしました。すべて本業の合間をぬっての独学で、合格したのですから、こんなに嬉しいことはありません。福祉住環境コーディネーター2級になると、介護保険制度において「住宅改修が必要と認められる理由書」の作成者として認められるのです。福祉住環境コーディネータの仕事は、一般的には、以下ようなことを行います。◎介護保険制度下での住宅改修に係わるケアマネジャーとの連携◎福祉施策、福祉・保険サービスなどの情報提供◎福祉用具、介護用品から家具までの選択と利用法のアドバイス◎バリアフリー住宅への新築、建て替え、リフォームにおけるコーディネート◎その他、自宅リフォームやボランティア活動でも活躍現在、日本オストミー協会にて、障害福祉相談員としての活動を行っていますが、もっと広範囲の活動ができるようになりました。
2009.08.26
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あけましておめでとうございます。今年も、引き続き「背伸びせず、急がず、余裕を持って」行動をする予定です。また、「引き寄せの法則」を信じて、1年を過ごします。今年も恒例の箱根駅伝を平塚中継所付近で観戦してきました。この時点では、早稲田大学がトップでしたが、現在、テレビ観戦では、鶴見中継所で東洋大学がトップでたすきリレーをしていますが、結果はどうなるのでしょうか?
2009.01.03
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筆者が所属するNPO法人シニアジョブからいよいよ「ご隠居の底力」が9月19日に徳間書店から発刊されることになった。NPOシニアジョブは2004年に設立され、団塊の世代が定年退職後の第2の人生を豊かに過ごすために、いままで培った経験・ノウハウを社会に再還元する受け皿としての活動を行ってきた。これらの経験・ノウハウを結集して編纂されたのが、「ご隠居の底力」である。今年はじめに企画したときは、NPO法人シニアジョブの役員を中心に執筆していたが、会員各位からの投稿が増え、さらに、シニアジョブの活動に共鳴した協力者の多くが執筆に参加され、36名の各分野の執筆となった。しかしながら、「ご隠居の底力」は、執筆者の寄せ集めのオムニバス本ではなく、いわゆる第2の人生を歩もうとしているシニア世代への応援歌・ビタミン剤となる一品となることは間違いない。大きさも新書版のため、どこにでも手軽に持ち運びができ、人生の参考書としても役に立つかもしれない。一度、目を通してみたら如何かと思う。
2008.09.14
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前回のブログで、早期発見で帯状疱疹が完治したとお知らせしたが、正に、右腕の「水ぶくれ」が1週間で消滅したと報告した方が正しいかもしてない。7日間の飲みきりの薬が切れてから、右腕がピリピリし始め、神経痛の痛さに悩まされ始めた。特に、冷房の風が当たると、耐えられない感じとなった。いつもの主治医の先生に相談(皮膚科を兼ねる)したところ、正に、帯状疱疹後の神経痛と診断され、抹消神経炎による痛み、しびれを改善する薬を処方され、約2週間で、神経痛の辛さが解消してきた。現在でも指に多少シビレが残っているが、少しづつ改善できることを期待している。
2008.09.02
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「帯状疱疹ってどんな病気?」病院のパンフレットやWEB上での情報では、一度、罹ったら一ヶ月程度の治療が必要で、場合によっては、入院の必要性があるといわれている。筆者の場合は、肩こりから右腕のシビレが生じ、夜寝られない状態となった。この時は、発疹が出ておらず、シップ薬で、対処していた。シビレが生じて二日目、発疹がひとつ現れ、これは、虫刺されか、シップ薬の影響でのタダレかと思っていた。翌日、神経痛のような痛さにとうとう耐え切れず、整形外科を訪ねた。整形外科の先生の適切な診断で、「帯状疱疹」であることを指摘し、皮膚科医院を紹介していただき、その足で、すぐに皮膚科を訪れた。皮膚科の診断で:1・ウイルス感染症の治療に用いる薬2.痛みや炎症を抑える薬3.消化器粘膜を保護し、組織の修復をする薬4.細菌による感染症の治療に用いる薬(軟膏剤)等の1週間の飲み薬と軟膏剤を処方された。飲み薬によりシビルと痛みは、即効性があり、改善できた。右腕全体に、発疹が広がったが、毎日確認していたところ、少しづつ、水泡が固まってきて、黒くなっていくことが判ってきた。皮膚科へ訪れて1週間後、再度、皮膚科を訪れたところ、完治したことを担当の先生から宣言された。右腕の状態は、ケロイドのような状態だが、飲み薬の終わり、その後の体調不良は起こっていない。早期発見、早期治療により、重大問題とならなくて済みました。
2008.08.09
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6月10日(火)鎌倉の長谷寺で紫陽花を観賞してきた。平日で空いていると思ったが、小学生の遠足やら、修学旅行の生徒でごったがえしていた。幸いにも、土日は、時間待ちの行列ができるほど、紫陽花の人気スポットのひとつであるが、混んでいるとはいえ、スムーズに散策路では流れて歩けるようであった。裏山の眺望散策路に40種類以上のアジサイが群生していた。アジサイの総株数は2500株にもなるそうだ。入り口で、絵地図と写真入の特製うちわ「あじさいの風」が配布されていた(この季節限定のようだ)。筆者の自宅から鎌倉まで、電車で30分ほどで行ける距離にあるが、この群生した紫陽花を見るのは初めてである。天候に恵まれたことと紫陽花の季節がピッタリ合ったのも、何か運命の出会いのような気がして晴れ晴れとした一日を過ごした。
2008.06.12
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何かと話題となっている「後期高齢者」とは、75歳以上の高齢者を意味するが、「前期高齢者」という名称もあるのだ。65歳から74歳までの高齢者を意味するのであるが、いずれにしても65歳以上を高齢者と定義し、総人口に占める65歳以上の高齢者人口の比率を高齢化率といっている。高齢化率が7%を超えたときを「高齢化社会」、14%を超えたときを「高齢社会」といい、さらに20%を超えたときを「超高齢社会」と呼んでいます。そして、2005年10月1日現在で、高齢化率は、20%を越えてしまいました。さらに、高齢者人口は、団塊の世代が後期高齢者となる2025年にピークの3500万人となることが予測されています。正に総人口の3人に1人が高齢者となるのである。このような状況で、この国の経済、産業、伝統芸能文化等の後継者は、誰が引き継ぐのであろうか。経済産業省は、5年前にOB人材マッチングのプロジェクトを立ち上げ、平成20年度には、新現役チャレンジ支援事業に衣替えし、シニア世代の再活用を試みている。しかしながら、シニア世代には、うつ病やアルコール依存症が原因で認知症になる人が増加しており、社会問題となっている。現役時代に、有能な企業戦士や立派な職務経歴を持った人ほど、このような病に冒されやすいといわれている。そもそも、自然界の摂理による男性(オス)は、家族・子孫を外敵から守るために、外向的であり、周囲とのコミュニケーションをとり、社会構造を形成してきた。それが、定年を向え、企業の看板が外され、コミュニケーションの場を失ってしまったことによる極度な孤独感に襲われたことに起因するといわれている。前項のブログで紹介したNPOシニアジョブは、定年後のシニア世代の人々をリフレッシュ・ブラッシュアップさせ、アクティブシニアに変身する場を提供している。また、6月18日には、NPOシニアジョブ主催の「第6回シニアジョブセミナー」においては、産業カウンセラーの秋山幸子氏による「メンタルヘルスケア」の講演が予定されている。企業戦士だったシニアの方々の社会での活躍の場は、まだまだ多く残っており、また、行政が危機感を感じ、シニア世代の再活用を模索し始めている。また、海外の高学歴の富裕層や起業家を招き、地方の中小企業や農業・林業の活性化を図る試みも動き動き始めている。その海外の起業家のためのメンター的役割を経験豊富なシニア層にも求めている。シニアの諸君、精神的・肉体的な健康を保ち、少なくとも生涯現役で、生き甲斐のある人生を過ごすことができるように率先して社会参加を求めれば、必ず、開ける道があります。
2008.06.07
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ブログへの投稿をサボって、早1年が経過しようとしています。関係者や友人から、筆者は、また入院してしまったのでは・・・との問合せが相次いでいる。これでは、イカンということで、改めて、約一年の足跡をご紹介し、今後へつづけるよう努力します。昨年初めから3月頃まで、自宅療養をしていたところ、頻繁に、メールや電話で、学生時代の友人や昔ビジネスを共にした企業戦士から連絡が入るようになった。体力も落ち、競技ダンスも引退したこともあり、地元で細々とビジネスを始めようかと考えていたところ、昨年4月より、ある友人からの誘いで、ITベンチャー企業のお手伝いをすることになった。これも地元ではなく、元々のビジネスの基盤である首都圏での活動となったのである。このITベンチャー企業のビジネスの取り組みがきっかけとなり、IT分野では、最先端を行く、モバイルSaaS(サース)というビジネスに足を突っ込んでしまった。モバイルSaaSとは、インターネットを利用して、サービス提供者から業務用アプリケーションを携帯電話へ配信し、業務改善を行うシステムである。また、業界団体や筆者の人脈で、通信事業者とのチャネルも再構築することができるようになってきた。さらに、以前にもブログで紹介したNPOシニアジョブへの係わり合いが深くなり、シニアマーケットへのビジネス展開が広がってくるようになってきた。じっくり家庭で療養している状況ではなくなってきたようである。今年に入り、NPOシニアジョブの活動を一新し、1月より毎月1回、各業界団体の著名人をお招きし、シニア世代に関係する講演会を開催しています。6月18日(水)には団塊世代が悩みを抱える「メンタルケア」のセミナーを開催します。筆者も団塊世代の一期生で、今年4月以降、「つつがなく定年を迎えられました」という同輩から挨拶状を受け取る事が多くなってきた。その同輩達からは、定年後は、兎に角、ゆっくり休みたいとの意見が大半であり、その先は、ゆっくり考えるとのことである。定年後の長い人生、どのように過ごすのだろうと他人事ではないと思っている。そのような中で、学生時代の仲間から正に30数年ぶりに連絡があり、シニアジョブのセミナーに参加してくれたことがきっかけで、新しいビジネスを創生することを企画している。ますます人生が忙しくなるが、今までの団塊世代の企業戦士ではなく、ゆとりをもった活動をしていきたい考えている。
2008.06.06
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6月30日に日本ダンススポーツ連盟主催の公認指導員研修会で、「オタワ憲章:ヘルスプロモーション」の話題が出された。今回の講義では、正しいダンス指導を初心者へ伝えるために、健康面を考慮した内容となった。1.体力の向上2.脂肪燃焼3.心肺機能アップ4.脳の活性化5.きれいな“からだ”づくり6.アンチエイジング7.高い安全性等についての講義がなされた。正しいダンスを普及させることにより、本来の健康(身体と心)を取り戻そうというプログラムでもある。まずは、健康が第一であり、健康であれば、次のステップとして、人と人のコミュニケーションが広がり、住環境も整っていくことになるであろう。さて、“ヘルスプロモーション”とは、何なんだろう?1986年11月21日にオタワで開かれた第1回ヘルスプロモーション国際会議は、2000年までに、またそれ以降も、「すべての人に健康を」実現するための活動を求めて、この憲章をここに示す。・・・・と提起している。また、健康のための基本的な条件と資源とは:・平和・住居・教育・食物・収入・安定した生態系・持続可能な生存のための資源・社会的公正と公平性健康の改善には、これらの基礎的な前提条件の基盤の確立が必要である。さらに、「健康とは、社会的・経済的・個人的な発展のための主要な資源であり、生活の質の重要な側面である。政治的・社会的・文化的・環境的・行動的・生物的要因は、健康を確実に促進するものにもなりうるし、有害なものにもなりうる。」と謳っている。内容をよく理解すると、最近提唱されている「LOHAS」の考え方に通じてくる。21世紀は、昨今の企業の不祥事、企業による環境破壊を続けていると、当事者にしっぺ返しが起こり、正に、ひとりひとりの努力により、自分自身で真の健康、環境問題を考慮した生活設計を立てていかないと、DNAで設計された本来の健康で、快適な住環境で、長く生き延びていかれないのではないだろうか。まずは、身体と心の健康を磨くことから始めよう!
2007.07.17
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筆者が所属する日本オストミー協会(人工膀胱・人工肛門保有者の患者会)の会員は、ほとんどの人が、ガンが原因で病気になった人達です。しかしながら、社会復帰のために、自らの努力と患者会の仲間との交流による情報交換で、勇気を貰いまた与えています。筆者も過去3回、ガンの腫瘍が発見され、手術により、病気を乗り越えてきましたが、3回目の昨年11月に入院したときは、さすがに弱気になり、この世も終わりかと思ってしまった。過去2回のガン切除手術では、外科手術により、悪いところを取ってしまえば、約1週間傷口が癒えるまで安静にしていれば、また、元気を取り戻し、社会復帰ができていた。しかしながら、3度目の入院では、「腎ろう」というカテーテルを背中から直接腎臓へ挿入する手術を行い、そのカテーテルの状態により、何度となく「腎盂腎炎」を引き起こし、40度の高熱で三日間寝たきり状態となってしまった。人間の気力というものは、体力に左右されるもので、例えいろいろな病気を抱えていても、無理せず動ける状況であれば、健常者と同じような行動が取れてしまうのです。しかしながら、身体が弱り寝たきり状態や身体に苦痛を感じる状況に陥ると何もする気力も無くなり、先のことを考えるゆとりも無く、現状維持を保つしかありません。筆者は、「腎ろう」になり、日が浅いために、突然、体調を崩したときの対処方法が判らず、パニック状態に陥ることが度々ありました。7月の三連休の前日(金曜日)にビジネスでの東京からの帰り道に、突然、身体が重くなり、歩くのもやっとの状態になってしまいました。背中のカテーテルの状態がおかしくなったかなと思いつつやっと帰宅して、その日は、すぐに就寝、翌日も状態が変わらず、さらにその日の夜は、一晩中、左腕がズキンズキンと痛み出し、寝られない状態が続きました。いよいよガン細胞が全身に回ってしまったかな・・・いよいよこの世の終わりが近づいてきたかな・・・等、考えつつ一夜を過ごしてしまいました。翌日、妻にカテーテルの挿入部の状況を見てもらったところ、カテーテルが深く入りすぎて腎臓の壁にカテーテルがあたり、悪さをしていたことが判明しました。1cm程、カテーテルを引っ張ると、いままでの状態がうそのように身体が軽くなり元気を取り戻しました。人間の身体というものは、不思議な構造をしているのですね。ちょっとした状態で悪くもなり、よくもなるのです。人間は、いままでに体験したことがなかったり、知識として知らないことが事象として発生すると、パニック状態に陥り、恐怖となるのです。特に、自分の病気の状況をよく理解し、対処方法を把握していれば、余計なことを考えず前向きに生きていけると実感しました。
2007.07.16
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4月1日(日)新年度を向え、何となく新たな気分となり、散歩がてら近くの総合公園に花見に出かけた。空気は生暖かい、春の予感。サクラは満開!花見客は、サクラの下に陣取り、宴会の真っ最中!満開のサクラと花見客を見ながら散歩をしていると、気分もすがすがしくなり、心もうきうきしてきた。サクラの花だけではなく、キクモモという花もサクラに負け時と、濃いピンクの花で満開である。ツツジもツボミをつけ、今にも花びらが開きそうである。たんぽぽも花びらを精一杯に拡げていた。ここは正に春爛漫なのだ!満開のサクラや春の花を見ていると人々の心を和ませる。今日は、満開のサクラが鑑賞でき、何か得したような気持ちになった。
2007.04.01
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3月末ともなると、引越しのトラックがあちこち見かけるようになる。例にもれず、娘婿が、東京から名古屋へ転勤となり、いよいよ3月31日に東京のアパートを引き払い、引越し用のトラックに家財道具を載せ、一家は、新幹線で、名古屋に旅立っていった。妻は、娘の住むアパートへ引越しのための片付けの手伝いに行っていたが、本日が最後の日となった。いままで、自宅から娘のアパートへ一時間強で行かれたが、名古屋はちょっと遠すぎる。孫や娘にもあまり会えなくなると、ちょっとしんみりしていた。「孫に会えなくなるのも寂しいが、娘と話が出来なくなるのは、もっと寂しい」と本音を漏らしていた。母娘の関係とはそんなものだろうか・・・・・家財道具を運び出すのに邪魔となるために、孫と近くの馴染みの公園へ遊びに連れて行った。引越しとは無意識な2歳4ヶ月の孫は、見慣れた道を手を振り払って一人で歩き出していった。なじみの公園に着くと水遊びに興じていた。大分時間が経過したので、「そろそろオウチへ帰ろうね」と言い聞かせると、素直に帰路についた。本人は、この馴染みの公園にまた来れると思っているのであろうか・・・引越しのトラックも家財を全て積み込み名古屋に向けて出発することになった。娘婿親子と、我々夫婦は、電車に乗り、途中の駅で別れ、我々は、帰路に着き、娘婿親子は名古屋に向った・・・・その間、孫は、疲れ果てベビーカーに乗ったまま寝てしまった。目が覚めたら、新幹線の中だろう・・・・名古屋で、馴染みの公園を見つけてほしい。息子がやはり同じ年の頃、妻の実家へ遊びに行き、帰り間際になると義父は、よく言っていた。「孫に会えるのは嬉しいが、帰ってしまうと寂しい」と・・・・・その義父は、もう他界していまったが、我々も同じような年齢になると、義父の気持ちがシミジミと実感してくる・・・・・人は、その年になると、その年に応じた体験をして感じる事がある・・・・人間関係を大事にしていきたいものである。
2007.03.31
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3月17日(土)に神奈川県秦野市にて、この地域では久々のオストメイトの相談会が開催された。筆者も役員の立場上、何とか参加せねばと、午前中の用事を済ませて会場に向った。地域も限定されていることもあり、今回の相談会は、小規模な集まりとなったが、何と、ウロストミー(人工膀胱保有者)が役員を含め7名となった。専門看護師による「日常生活のケア」の講演後、グループに分かれ、個別の相談会となったが、ウロストミーのグループでは、皆さん、何不自由なく、生活しているとの事・・・・素晴らしい!!グループの中で、一名、術後半年という女性が参加したが、先輩ウロストミーの体験談を聞かされ、勇気が沸いてきたとの感想であった。約1時間の会合の中で、冬場における乾燥肌のカユミ対策についての話題となった。どうしても皮膚のカユミということで、皮膚科の医師に頼ってしまうが、根本的な治療にはならなかったとのことであった。結論は、良質な保湿クリーム等で、皮膚を保護すれば、カユミが解消するかもしれないとの提案があった。筆者の個人ホームページ「よしひろの趣味」の「ストーマケア」でも対策を紹介しているので、参考にしてみてください。
2007.03.19
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今年になって、旧友からの連絡が相次いで入ってくる・・・大変有り難いことである。今回の会合も、1月中旬に突然、メールにて、親睦会を開催しませんか・・・とのお誘いを受けた。当時、外資系会社の同僚とその取引先の通信ケーブル会社の友人である。まず、彼らと前回会ったのは何時かとの話題となった。乾杯の時に、「すみません飲めないのでウーロン茶を注文します!」「あれ、いつアルコールを止めたの?」・・・と言う会話となり、やはり私がガンで入院したことを報告していなかったんだ・・・・かれこれ10年以上も経過していることが判った。会合の年代構成は、私を含め団塊の世代とその団塊世代の後を次ぐ世代50代前半である。話題は、定年後の過ごし方となったが、今回のメンバーは、老後の対応をキチンと考えていた。それぞれ、それなりのポストについてはいるが、出来るだけパソコン等のIT機器は積極的に使用して自立できるよう心がけているようだ。会社では部下・秘書が事務処理をしてしまうので、思うようにパソコンを利用する機会がないため、自宅で、家族を含めた家庭内LANを構築してパソコンを利用しているとのこと。また、趣味も充実していきたいとの意気込みであった。1月の旧友との会合では、病気の話と定年後は、悠々自適との回答が相次いだが、今回のメンバーは、定年後も健康で、元気に過ごすために今からキチンと準備してきたいとの意気込みを示し、次回の会合の約束をして散会した。また、私が所属しているNPO法人シニアジョブがいままで培ったスキルを生かせる団体であり、プロジェクトを組んで、ビジネスの実績をあげていることを説明し、長い人生を健康で豊かに過ごすために、利用できる場であることも提案した。
2007.03.13
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昨年10月末に腎ろうで、都内の大学病院へ入院し、昨年末退院したが、今年になって、背中のカテーテルの状態が気になると共に、体力が落ちて、多少、身体を動かすのに自信がつかなかった。2月16日に、同病院で、初めてのカテーテルの交換術を行い、主治医より、ドンドン運動してもいいですよ・・・・とアドバイスを貰い、チャレンジする勇気が沸いてきた。2月22日に定例のスポーツダンスの練習会があり、久々に練習会に参加し、そのダンスサークルの練習会で会長の一言がダンスを踊るきっかけとなった・・・「小さいステップで無理せず踊ったらどう!」。5ヶ月ぶりにワルツとタンゴを踊ることができたのだ。ダンスを踊ると、背中をねじったりするために、背中から挿入されたカテーテルが腎臓の中で悪さを起こすのではないかと先入観を持っていて、踊ることに躊躇していた。正しいスタンダードダンスの踊り方は、背中をねじったりしてはいけないのだ(頭の中では判っていたのだが)。会長のアドバイスと過去の経験から、結果として、力の抜けた踊りができたと思う。5ヶ月間、入院や退院後の療養で、殆ど身体を動かすことができなかったが、このダンスがきっかけで、久々に身体を動かすことができ、身体を動かすことの素晴らしさ・爽快さを改めて感じた。高齢化社会が進む中で、「寝たきり状態」にならないために、自らの努力で、健康を維持する上での身体を動かすことの重要性も身を持って理解した。筆者にとってのダンスは、過去3回の入院手術によって、その度毎に、いろいろな意味でのリハビリとなっている。
2007.02.23
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