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この2ヶ月、日曜日にお天気が悪い日が多かったことと、義弟のことがあったのでなかなか山に登れなかった。義弟が亡くなってもただ悲しんでいるわけにはいかず、義弟の仕事の後始末が思った以上に作業量も気苦労も多くて、私たち夫婦はストレスで体調不良を感じ始めていた。これではいけないと、22日の仕事の合間にお墓参りを済ませ、お彼岸中日の23日、思い切って山へ行くことにした。幸いお天気も良く、いつもの山の友人も一緒に、久々に4人でのお山はやはりお手軽な観音峰山。この季節、もう川遊びの人は居ないだろうから、6時半にこっちを出発しても駐車場は空いているだろうと思ったのが大間違い。3連休ということで、みたらい渓谷散策の人だろう、多くの車が停まっていた。駐車場前の温度計は14度。モミジがほのかに色づいている。8時45分、登山開始。登り始めるとすぐにキノコが目についた。これ以降、次々に違う種類のキノコが生えていて、その度に写真を撮るのでなかなか進まない。ホコリタケ。押すと中心の穴から胞子が煙のように飛び出した。その合間にちょこっとお花の写真。ホトトギスが咲いていることを期待していたのだが、ほとんどが蕾で、第一展望台の下に一輪ともう一ヶ所に一輪咲いているのを見つけただけだった。ぼけぼけ・・・。この花はアケボノソウ。観音平では白いヤマシャクヤクの花の後は全く見られなかったけれど、観音峰展望台付近ではベニバナヤマシャクヤクの花の後がたくさん見られた。ベニバナヤマシャクヤクのそばにはトリカブトも咲いていた。展望台から山頂を目指すと、さらに新しい種類のキノコが。この赤いキノコはおそらくタマゴタケ。毒々しい色だが、食用だという。11時20分、山頂到着。お腹が空いていたけれど、やはり展望の良い所で食べたいと展望台まで戻ることにした。段々お天気も良くなったので、山の写真も映える。暑い日差しの中、展望台の石碑の下でお昼ご飯にする。正面の大日山がゴリラの顔に見えた。駐車場に戻ったのが13時30分。天の川温泉で汗を流し、道の駅「黒滝」で陀羅尼助の飴とおせち料理の栗きんとん用に生栗を買い、五條でお酒を買っても17時に自宅に帰り着くことが出来た。京奈和道が阪和高速と繋がったのが大きいが、今年度中に阪和高速に和歌山南インターができるらしいから、それが完成すればもっと早く行き来できるようになる。待ち遠しい。 14053歩 天の川温泉
2018.09.24
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紺色に見えるけれど実は真っ黒。夏のイメージがあるかごバッグも、濃い色なら秋でも大丈夫かな~と思ったし、娘もフェイクファーをあしらったら冬でもOKちゃう?と言う。以前、濃い青色のかごバッグを作って、近所の洋品店に置いてもらっていたら、1か月程して色あせに気付いた。防水スプレーがダメだったのかもしれず、それ以後は紫外線吸収材の入ったニスをスプレーするなど気を使っていたのだが、ある日、色止め加工のクラフトバンドが有ることを知った。エムズファクトリー【色止め加工】漆黒12-50mこれで作ったのがこのバッグ。ずっと持ちたいかご 紙バンドを結んで作る [ 古木明美 ]この表紙のかごバッグなのだが、レシピ通りだと50mでは足りない。持ち手を合皮にし、レシピよりも1本の長さを10センチ程度少なくして編んだ。ただ、同じ強さで編んでいるつもりでも、編み進めるうちに残りの長さに長短が出てきて、端の始末に困った箇所も有った。底を編んだ時点で残りの紐の長さを確認したほうが良いかもしれない。ファーはともかく、暖色系の内袋を作る予定。洋品店が9月上旬で店を閉めてしまったので、これからは自力で売らなければならないのだが、当面はお世話になった方々にお礼の品として作って渡そうと思っている。テーマとは違うけれど・・・。9月12日、義弟が亡くなった。享年61歳(満60歳)。私と同い年。今年3月中旬、おなかが痛いとかかりつけ医に看てもらったら、色々検査してもらうよう病院を紹介され、4月になって医大病院へ入院した。S字結腸に出来たがんが腸をふさいでガスや便で腸閉塞を起こしたのだ。4月19日、手術を行ったが患部を取ることが出来ずに人工肛門を取り付けただけ。余命数ヶ月の宣告を受けた。5月1日に退院してGW明けから精力的に仕事をこなしていたのだが、8月になってさらに痩せた上にしんどそうな様子が目につくようになった。退院後、定期的に腹水を抜いたり栄養点滴を受けたりしていて、8月22日もその予定で病院へ行ったら即再入院。24日から痛み止めの点滴が始まったが、少しぼーっとする程度で、お見舞いに行ってもちゃんと話をすることが出来た。9月4日、台風後の停電を心配して電話をくれたりもしていたのに、10日になって鎮痛薬の量が増えるとほぼ昏睡状態。9月12日、血圧が低下、次第に呼吸の間隔があいて午前8時49分、死亡が確認された。義弟の長男はすでに社会人だが交際相手と入籍したばかり、次男はまだ大学生だ。さぞ心残りだろう。でも、二人とも遺された母親をよく気づかい、お通夜や告別式を立派にこなした。ただ、義弟のLPガス販売の仕事は分からないだろうから、私や夫が引継ぎの段取りをしなくてはならない。もうしばらく続く忙しい日々が、義弟が亡くなった悲しみを紛らわせてくれるだろうか。
2018.09.17
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今年最強だと言われた台風21号。台風が紀伊水道を通ると和歌山市内への影響が強いと常々言われているが、20号に続き21号も紀伊水道に入ってしまった。20号の最接近は夜中だったが21号は昼間。強い強いとテレビで連呼していたが、対策としては20号の時と同じ事(植木鉢の避難と物干しざおの固定等)しかしなかった。4日は9時開店のスーパーへ開店早々に行き、夕ご飯の買い物を済ませた。いつも通り、9時半に店番に出かけようとしたら雨風が強くなったので自主休業。そのまま家で過ごすことに。停電が起きることを考えて、夕食用に煮物を作った。主菜のアジの南蛮漬けは前日に作っていたので後はひま。リビングは2階なので揺れがひどく、1階に避難してテレビを見ていたら13時20分ごろ案の定停電が起きた。でも15時くらいには雨風が弱まったので、停電もすぐに復旧するだろうと思っていた。18時半、夫が帰宅しても停電中。仕方なく山道具を駆使して夕食を食べた。21時になっても電気は復旧せずお風呂を諦め、でも水は出たので体を拭いてパジャマに着替えた。楽天スーパーセールの開始4時間限定セールで買いたいものが有ったのだが、PCではネットが繋がらないので夫のスマホで買った。夫にちゃんと許可を得て、夫の目の前で買ったのだが、今日(6日)になって「自分の知らないお店からスマホにメールが入ってる。」と電話が有った。ホントにもう、お酒を飲んだ時はいつもこう。エアコンや扇風機が使えないから窓を開けて寝たのだが、やはり外の音が気になってあまりよく眠れなかった。5日の朝5時半、夫が起きる時刻になってもまだ停電したまま。夫は、ラッキーなことに停電していない職場で朝食を摂ると言って、6時前に家を出た。その30分後にようやく電気が復旧、早速シャワーを浴び、洗濯機を回し、冷蔵庫を確認した。停電になってから冷蔵室の扉の開け閉めは最小限にし、冷凍室は全く開けなかったので、氷が少し融けた程度で済んで本当に良かった。コーヒーを淹れてホッとした後、4日夜に停電を知ってメールをくれた娘たちや知人にお礼のメールを入れた。で、周りを見ると。すぐ前のお宅の屋根の一部が破損。我が家の金木犀も風で前かがみに。後ろの壁で反射した風の影響???お隣のカーポートの一部が壊れていたし、その向こうの空き家に至っては、トタン壁が吹き飛んだので取り壊す予定だという。その他にも屋根が無くなってしまったお宅やガレージのシャッターがめくれ上がった空き家等々、ご近所では被害が多発していた。和歌山市の最大瞬間風速が57メートルを超えたというから、その時の被害なのかもしれない。和歌浦に嫁いで37年、こんな被害は初めて。ただ、ご近所で人的被害の情報が無いことが救いだ。今日はまた北海道で大きな地震があり、大規模停電が起きているという。人的被害の情報もある。たった17時間の停電だけでも辛かったのにとやるせない気持ちだ。一刻も早くライフラインが復活しますように。そして一人でも多くの方が救出されますように。
2018.09.06
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